『  いとし君へのセレナーデ♪  ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

                                           企画・構成 : めぼうき・ばちるど

                                             イラスト : めぼうき

                                            テキスト  : ばちるど

 

 

 

 

 

    ダン ダン ダン ・・・!  ジャッ ジャワ〜〜〜〜・・・・!!!

 

リズミカルな音の後に 勢いよく油が跳ねる音が続き ― 香ばしい匂いがぱぁ〜〜っとわき上がった。

「「 わ〜・・・ いいにおい〜〜♪ 」」

すぴかとすばるは歓声をあげて張伯父さんの手元を覗きこむ。

「 ほっほっほ〜  ええ塩梅の火加減やな。  それ ・・・ よ・・・っと! 」

張伯父さんが くらり、と中華鍋を揺すると 色とりどりなお野菜が空中でくるりん、と宙返りした。

「「 うわ〜〜〜 すご〜い・・・ 」」

「 ・・・ すごい すごい すごい〜〜〜 張伯父さん〜〜 」

お料理好きのキッチン好きなすばるは もう伯父さんの側に張り付きっぱなしである。

「 坊、ほれ、 気ィつけや。 油が跳ねよるで。 」

「 ・・・ うん、平気! すごいな〜〜 ねえねえ どうやったらその くるりん、ができるの? 」

「 くるりん?  ・・・ あ〜 これかいな。  ・・・ よっ! 」

張大人はもう一回、鍋の中身を空中に放り投げ混ぜ合わ見事に受け止めた。

「 うわ・・・  すご・・・い・・・! どうやるの? 僕にもできるかな・・・ 」

「 そやな〜 坊がもっともっと大きゅうなってからやな。

 た〜んと御飯 食べて学校もがんばって。 お外、駆け回って頑丈なお身体になってからや。

 そやないと 鍋や包丁はよう扱えまへんで。 」

「 ん・・・! わかりました、張伯父さん。 

「 ほっほ・・・ 賢い子ォやな。 さすがにジョーはんの息子や。 ほんまにええ子ォや・・・

 ・・・ 嬢や? シュウマイ、包めはりましたか。  ん? 」

「 う〜ん ・・・ なんかァ 上手くできなかった。 でっかくなってなかみがはみ出たり

 たんなくてくしゅ〜〜っとなっちゃったり・・・ 」

「 ふん? どれどれ・・・・  アイヤ〜〜 こりゃ楽しいやないか♪ 

 な〜んもかんもおんなし大きさにする必要、あらへんで。 嬢やは 嬢やの好きなよ〜に作ったらええ。 」

「 え・・・ そ、そっかな〜〜 じゃ アタシ・・・皆の分、作るね〜〜 」

「 ほっほ・・・たのんまっせ。  ええ子ォやの〜〜 嬢も坊も・・・ 

 お母はんがお忙しゅうても、ちゃ〜んと晩御飯つくり、お手伝いでけますな。 」

「「 うん !! 」」

子供たちは大喜び ― 実はたいして役にはたっていないのだが・・・ <一緒にやる> ことが

嬉しいのだ。  それも <ほんとう> の料理人・張伯父さん となのだから。

本日は 張々湖飯店の定休日、張大人は材料持込でギルモア邸へ助っ人にきている。

 

 

 

張々湖 ― 張大人は ギルモア博士がこの地を本拠地と決めた時、彼もこの極東の島国に

料理人として腰をすえる覚悟を表明した。

そして ほんの小さな店から出発し、現在ではヨコハマ・中華街に堂々たる構えの店舗を経営している。

常連客も多く、 密かに贔屓にしてくれVIPなんぞもいるらしい。

しかし 彼はどんなに予約が立て込もうと 定休日 は断固として休み、時には臨時休業が続くときもあった。

それでも リーズナブルなお値段、最高の味。 そして心のこもったサーヴィスで

<中華飯店・張々湖> は 気取らない・隠れ家スペース、と知るヒトぞ知る、人気スポットなのだ。

 

  ― その <断固守る 定休日 > になると。

張大人は自身が選んだとりどりの素材をもって 街外れの崖っぷちの洋館を訪れるのが以前からの習慣になっていた。

「 ほっほ。 美味しいモノ、つくりに来たアルよ〜〜 」

「 これは大人!  嬉しいのお・・・ ジョーのインスタント料理ばっかりで ちょいとなあ・・・ 」

「 あ。 博士ったらヒドイですよ〜 いつも美味しいってペロリ、なのに〜 」

「 ほっほ・・・ フランソワーズはんがお忙し、なんやろ? 

 安生、ワテに任せたって。 皆はんにた〜んと笑顔をお届けしますさかい。 」

「 うわ〜〜 楽しみだなあ。 フランも 帰ってきて喜ぶよ〜〜 」

 

そんな穏やかな日々が続き  ― やがて可愛い顔がふたつ、この家に増えてからは

有能シェフはますます脚繁く 通ってくる。

フランソワーズは主婦としてとても嬉しいのだが 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「 ありがとう〜〜 大人。 でも・・・せっかくのお休みなのに・・・ いいの? 」

「 な〜んも。 フランソワーズはん? こうやってな、坊や嬢やの可愛いお顔、見るのんが

 イチバンの癒しなんや。  このお家でみ〜んなで仲良う・笑うて御飯食べて、ワイは元気百倍やで。 」

「 そうなの? 嬉しいわ〜〜 わたしたちも大人の御飯がいただけて本当に幸せ♪ 

 ありがとうございます。 」

「 ええって ええって。  それよりも。 あんさんはあんさんの 夢 をきっちり追いなはれ。

 ワテかて、ちゃ〜んと夢、追うてまっせ。 」

「 ・・・ はい。 頑張ります! 」

「 うん、うん。   さあ〜〜 皆? 今日は張おいちゃんの すぺしゃる やで〜〜 」

「「 うわ〜〜〜い♪ お手伝い、する〜〜 」」

すばるは勿論 普段はあまり料理に興味を示さないすぴかも 大人と一緒にキッチンに飛んで行った。

  ― やがて。

陽気な中華鍋の音 と 食欲をそそる匂いが キッチンから流れてくるのだった。

 

 

「 ・・・ すごいねえ・・・ 

「 え? なにが。 ジョー。 」

「 うん ・・・ 張大人さ。  チビ達なんてまだロクに手伝いにはならないだろ? でもちゃ〜んと・・・ 

 本人たちにも仕事をやらせてさ・・・ その間にさささ・・・っと手の込んだ料理をつくっちゃうだろ。 」

「 そうねえ・・・ あれは誰にもマネできないわねえ。 

 大人がいると ふ・・・っと空気が軽くなるの。 ええ いつだってよ。

 ドルフィン号で <出かけて> 行くときだって・・・大人の御飯がある!って思うとちょっとだけでも

 気分が軽くなるわよね。 」

「 ははは ・・・ フラン、 きみって。 実はかなりの 食いしん坊〜〜♪ 」

「 ジョーだって。  でも 素晴しい仲間がいてわたし達 幸せね・・・ 」

「 ん。  きみもさ、 安心してゆっくり <仕事> してこいよ?  来週、リハーサルで遅くなるんだろ?

 次の公演、近いものなあ。  」

「 ええ ・・・ でもジョーも校了前で遅いのでしょう?  心配だから休もうかなって思っているの。 」

「 だめだよ。 きみだって <仕事> なんだ。 引き受けたからには最高のものをめざせよ。 」

「 ・・・ そうね、ありがとう、ジョー。 

 でも ・・・いつもいつも大人にお願いするのは本当に申し訳なくて・・・ 」

「 大丈夫。 ぼくが頼んでおいた。  勿論二つ返事で快諾さ。 

「 まあ・・・! ジョー ・・・ありがとう・・・・ 」

「 あは。 ぼくが出来るのはこんなことくらいだものな。  きみの仕事、応援してるよ。 

 それで・・・ 次の公演では何を踊るの? 」 

「 あら? まだ話ていなかったかしら。  あのねえ ・・・・ これがちょっと問題なの〜〜 」

「 え ・・・ なにかすごく難しい役なのかい。 あ ・・・ ぼくが聞いてもわかんないか・・・ 」

「 そんなことないわ。  ね? 聞いて、ジョー!! 」

「 ・・・ はい。 」

ずい・・・っとフランソワーズは身を乗り出し ジョーに密着した。

 

     うわわ・・・ でも歓迎♪ チビたちは当分キッチンだし。

     一足先に 美味しいモノ を味見しても・・・いいよな?

 

くっついてきた本人は 単にナイショ話のために身を寄せただけなのであるが・・・

くっつかれた方は 眉毛も鼻の下も ずず〜・・・んと下がってしまった。

 

     えへへへ・・・ やっぱさ〜 いざってなれば。

     このぼくが頼りなのさ。

     このぼくの意見がモノを言うのさ。

     おっほん、なんたってぼくは彼女の夫であり世帯主、なだから!

 

・・・えっへん・・・ そっと咳払いをし。ジョーは余裕の笑みを浮かべてみせる。

「 なにかな。 ぼくでよかったらなんでも相談に乗るよ。 話してごらん、うん?  」

 

     ・・・ おお 決まった♪ これぞ一家の主人のカンロク〜〜

     そうだよな〜〜 いつもこんな風に振る舞えばいいのさ、うん。

 

年下亭主は くい・・・っと胸と張る。

ジョーは彼女の背に腕を回し、やんわりと引き寄せた。

ぱふん・・・といい匂いの身体が ジョーの胸に寄り添ってくる。 

 

     う〜ん ・・・ いいなあ ・・・

     何年たっても ・・・ きみのこの感触・・・!  

     あは・・・! もう〜〜・・・ヤバいかも・・・

 

「 え・・・えっへん! そ、それできみは なにを悩んでいるのかい。 」

「 あのね!  初恋に夢中の14歳なのよ!! 」

「 ・・・ は? 

「 それでね〜〜 らぶらぶなの♪ もう〜〜恋に恋してるってカンジ。 そうねえ・・・

 こういうのを ・・・ 地に足が着いてないって言うのかしら・・・・ 」

「 ら らぶらぶ・・・? その・・・ きみ が? 」

「 そ。  ねえ? こんなことってあるかしら。 わたし、自分でも信じられないわ。 」

ほう・・・っと溜息をつき、美しい碧い瞳は ぽや〜〜ん・・・と宙を彷徨っている。

「 ・・・ そっか ・・・ 」

ジョーは努めて なんでもないよ? な声をしぼりだしたが 頭の中は真っ白状態だ。

 

    信じられない のはぼくの方だ・・・・!

    フランが ・・・ぼくのフランが ・・・う、 浮気 ???

   

    地に足が着かないほど・・・? ふ、二人の子供の母が?

 

ジョーはくらくらと眩暈がして すう〜〜っと目の前が暗くなってきた。

旦那の前で しゃあしゃあと <浮気> を口にする細君が はたしているかどうか・・・ 

そして 彼の細君はそんなことをするはずも全くないのだが。

混乱したジョーの頭は ちょいと・・・接続不良になっていたのかもしれない。

 

「 あ  あの。  聞いてもいいかい。 その ・・・ 相手 ・・・は ? 」

ジョーの声は 蚊の鳴くよ〜な・極小レベルに落ちている。

「 相手?  ・・・ ああ、パートナーは タクヤ よ。 」

「 ・・・?!?!?!?! 」

 

     なななな なんだってぇ〜〜〜〜〜 !! 

     た、タクヤって。  

     アイツか〜〜 あのヤロ〜〜〜 よくもッ !!!

 

     ひ、ヒトが黙っていれば いい気になりやがって・・!

     ゆ、許せん〜〜!!!

 

ジョーが 瞬間湯沸かし器 にヘンシンしかけた時 

 

「「 わ〜〜い 出来たよ〜〜 晩御飯〜〜 」」

「 ほいほいほい〜〜 熱々が行きまっせ〜  ギルモア先生もお呼びしてや〜〜 」

キッチンから 壮絶・食欲をそそる香りが賑やか部隊と一緒にやってきた。

「 あらま〜〜〜 おいしそう〜〜〜!! 」

「 ・・・ あ  ああ  ・・・ 美味しそうだね。 」

「 ねえねえ お父さん! アタシね! しゅうまい〜〜全部作ったんだよ〜〜

 お母さんも みてみて! ほらぁ〜〜  

「 へえ・・・すごいなあ〜〜 わああ・・・いっぱいあるね。 」

「 本当・・・こんなに沢山・・・すごいわ、すぴかさん。 」

「 えへへへ・・・・ あ! それでね〜 こっちの えびちり はね! すばるが作ったんだよ〜 」

「 うん。 僕 〜〜えびさん むいたんだよ〜 」

「 ・・・ うわ ・・・ これ。 大人の作、じゃなくて、本当にすばるが? 」

「 海老・・・! まあ〜〜 よく触れたわねえ・・・ お母さん、苦手なのに・・・ 」

「 お父はん お母はん? この子ォらをたんと褒めたって。 

 もう〜〜ぎょうさん手伝うてくれましてん。  さ、さ! 皆はんで頂きまひょ。 」

「「 は〜〜い♪ 」」

 

島村ファミリーは皆 大にこにこで楽しい食卓につくのだった。

ジョーの <瞬間湯沸かし器> はいつのまにか元火まで消えてしまい、彼は愛妻と

子供たちの笑顔で お腹も胸も幸せ一杯・・・ になっていた。

 

 

 

 

   う ・・・・ ん ・・・・

腕の中で 白い身体がもぞ・・・っとうごいた。

「 ・・・ ん?  な・・・ に。 どうか したかい ・・・ 」

ジョーは半分眠りの底に沈みかけていたが ぼんやりと目を開いた。

「 ・・・ フラン・・・?  なに ・・・? 」

「 ・・・・ ・・・・・ 」

覗き込んだのは世界で一番愛しい顔、ぐっすりと寝入っていて ・・・ ほんのわずかに開いた唇から

甘い吐息が漏れているだけだ。

「 なんだ・・・ 寝言か ・・・  ふふふ・・・・ 」

ジョーは 目の前の桜ん坊の唇にそっと口付けをする。

ついさっきまで あんなに熱く燃え昂ぶっていた肢体は 今、彼の腕の中で穏やかに息づいて・・・

「 ・・・ かわい ・・・ 」

そっと滑らせた手が 亜麻色の髪を愛撫し、甘い匂いがほのかに漂ってくる。

「 ふ ふふふ ・・・ ぼくだけの ひと。 ぼくのタカラモノ・・・ 愛してる よ・・・ 

 ・・・ あれ。  それで結局きみは何を悩んでいたのかなあ・・・? 」

夕食前の会話の断片が ぼんやりと思い浮かんできた。

「 うん ・・・ でも結局、そんなに重要なことじゃなかったんだ・・・きっと。

 そうだよな ・・・ フランが 他のオトコに関心を向けるなんて ・・・ ありえない ・・ さ。 

 きっとぼくが聞き違えたんだ、 そうさ・・・ きっと。 」

ジョーは再び とろん・・・とした眼つきになってきた。

「 ま ・・・ いっか ・・・ ふぅ 〜 ん ・・・オヤスミ〜 ぼくのフラン・・・ 」

くふん ・・・  彼はいい匂いの湧き立つ彼女の白い胸に顔を埋め最高のクッションに挟まれつつ・・・

ことん、と寝入ってしまった。

 

   ま ・・・ いっか ・・・・

 

最強の戦士・サイボーグ009 は。 その身にあるまじき独り言を吐き眠りの底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

  ― そして 本日。 

すぴかとすばるは張大人の <助手> として一緒にキッチンに立っている。

お母さんが用意してくれた真っ白なエプロンをして しっかり腕まくりもした。

お父さんは お仕事で遅いし、 お母さんも りは〜さる で晩御飯より遅くなるそうだ。

二人はちょっと淋しいな〜と思ったけど。 

助っ人に来てくれた張伯父さんの笑顔を見たらそんなこと、吹き飛んでしまった。

 

「「 張伯父さん おてつだい、します〜 」」

「 よっしゃ。 ほんなら 坊はな、胡瓜の千切りや。 でけるか? これは酢の物にするさかい

 う〜〜んと細うに切ってや?  ええな。 わかるな? 」

「 うん・・・じゃなくて はい! 

すばるは 真剣な顔をしてまな板の上の胡瓜と 対決し始めた。

「 張伯父さん アタシは? ・・・アタシ ・・・千切りは ちょっとだめ、かも・・・ 」

すぴかも お口をきゅ・・・っと一文字に閉じて張伯父さんを見上げている。

「 嬢やはな。 こっちや。  ほれ、この具ゥをこの皮で包んでや。 今晩は春巻やで。 」

「 はい!  うわ〜〜 はるまき ってこうやるんだ〜? 」

「 そうや。 嬢や、このあいだ、上手にシュウマイ作ったやろ? 今度は春巻に挑戦しいや。 」

「 うわ ・・・ これでまきまきするの? うわ・・・ あ〜〜はみだしちゃった・・・

 アタシ ・・・ ぶきっちょだからなァ 」

「 ゆっくりやったらええ。  なァに、はみ出しても破れてもかまへんで。 皆いろいろや。

 嬢やがな 思ったとおりにやったらええ。 」

「 ・・・ 思ったとおりに? 」

「 そうや。  きまり や やくそく事 はちゃ〜んと守らなあかん。

 ほいでも。 そのあとは ― 嬢やが やろう!と思た通りにやってみなはれ。 」

「 ・・・ ん。 張伯父さん。 」

すぴかは 巻きかけの春巻きを握ったまま じ〜〜っと張伯父さんを見つめている。

「 お父はんもお母はんも お仕事、頑張ってはる。

 そやから 坊も嬢やも、一生懸命やらな、あかん。 なんでも、いつでも やで。 ええな。 」

「  ん !!! 」

すばるは胡瓜の千切りに夢中になっていたけれど、 すぴかはまっすぐに張伯父さんの目をみつめ、

こっくり、と頷いた。

 

    サクサクサクサ   トントントントン ・・・・ トン!

 

「 できたッ! できました!  きゅうり、ぜ〜〜んぶ千切りにしたよ! 」

「 ほっほっほ〜〜 ようやった! 坊〜〜 えらいえらい。 

 ほおお〜〜 こりゃ おっちゃんも負け負けや? こ〜んな上手な千切り、初めてみたで。 」

「 えへへへ・・・・ 」

「 すご〜い ・・・すばる、すごいね! 」

「 えへへ・・・ わあ、すぴか、それ、はるまき? すご〜〜 じょうずだね〜 」

「 え ・・・あ そ、そう? でへへ・・・ そっかな〜〜 」

双子の姉弟はお互いの <作品> に目をまん丸にしている。

張大人は そんな二人をにこにことながめつつ・・・まるまっちい手を機敏に動かしていた。

 

    シュンシュンシュン ・・・・   ぐつぐつぐつ・・・・

 

キッチンは いまやいい匂いと 蒸篭 ( せいろ ) やら お鍋の音でいっぱいだ。

晩御飯つくりはだいたい終わり、双子は張伯父さんの洗い物を手伝っている。

「 ・・・ あの さあ? 張伯父さん。  おしえて? 」

「 なんやね? ・・・ ほい、こっちのお皿、きれ〜いに拭ったって。 坊はお箸を並べてや。 」

「 はい。  きゅっきゅっきゅ〜〜 ・・・ 」

「 張伯父さ〜ん、 おはし と〜 あと・・・おちゃわんのすぷ〜ん? 」

「 お茶碗のスプーン??   ああ、 ちりれんげ、いいますのんや、坊。 

 はいな、御箸とちりれんげ、出してや。 お小皿も頼んまっせ。   嬢や 何ね? 」

「 ウン ・・・ あのさ。 お父さんたち、さ。 忘れてるんだ。 」

「 なにを、かね? 」

「 うん ・・・ けっこんきねんび。 」

「 ・・・ ほっほ・・・ そうやったな。 そやそや・・・五月やったなあ、ジョーはんらの結婚記念日。

 ま〜 嬢やはよう知ってたなあ。 」

「 うん、でもね。 お父さんもお母さんも。 全然忘れているの。 

 だからね。 アタシとすばるでお祝いしよう〜〜 って決めたんだけど・・・ 」

「 ほう〜〜 まぁ あんたら、ほんまに賢い子ぉらやなあ。  おっちゃんはなんやこう・・・

 嬉しいて涙が出てきよったで ・・・ 」

「 え。 そ・・・そっかな〜  あ、でもね、 それで ・・・ そのう〜

 お祝い、ね〜 何にしよう〜って。 すばるもう〜ん??ってわかんないって。

 ねえ ・・・ けーき はヘンだよねえ? 」

「 けーき はおたんじょうび だよ。 ね〜 張伯父さん。 」

すばるは食卓にお箸やらお皿を並べ終わり 洗い物仲間に加わった。

「 ヘンやあらへん、と思うけどな。 そやけど けーき はあんたらのお母さんが上手に焼きはるやろ。 」

「 うん。 お母さんのケーキ♪ 甘くてだ〜〜い好き♪ 」

「 ・・・ アタシは ちょっと ・・・なあ ・・・・ けーき はなあ・・・

 じゃあね なににしたらいいかな〜 張伯父さん〜〜 おしえてください。 」

すぴかもお皿拭きを終え、<ひみつかいぎ> が本格的に始まった。

「 そやなあ〜 ・・・ 五月  五月・・・と ・・・?  そや! 」

張大人は ぽん、と手を打った。

「 五月のお菓子、やったら かしわ餅 やで! 

 アレなら オーブンやなくて蒸篭で できまっせ。 」

「 かしわもち ・・・?   あ! こどもの日 に食べたね! あんこが入ってておいしいかった〜 」

「 ・・・ あ あれかあ。  アタシはお味噌味のが好きだな〜 

 あれ・・・お家でつくれるの、張伯父さん。 」

「 作れまっせ。 おっちゃんがよ〜く教えたるで。  あんたらなら 安生作れまっせ。

 そや! ちょうどフランソワーズはんの<お仕事>の日ィがええな。

 楽屋に差し入れ、持ってったげたらええわ。

 ほっほっほ・・・ 坊に嬢や? ほな ・・・ ちょいとナイショ話しよ。 」

「「 うわ〜〜 なになに・・・? 」」

すぴかとすばるは張伯父さんと <だんご> になってぼしょぼしょぼしょ・・・・さくせんかいぎ に入った。

 

その晩  ― 遅く帰ってきたお父さんとお母さんは あまりにも美味しい晩御飯に感激し・・・

お母さんは勿論、 お父さんもぽろり・・・と涙を零していた。

すぴかとすばるはお腹も心も大満足で ベッドに入った。

 

 

 

 

「 あ〜あ ・・・ お〜わったっと。 ともかく一回目 クリア〜〜 ♪ ふんふんふん・・・ 」

みちよはタオルでごしごし顔を拭いた。

なんとか彼女自身のリハーサルを終え、ほっと一息・・・ハナウタ交じりにカンパニーの廊下を歩いていた。

「 あ〜〜 早くシャワーして何か食べよ〜  あ ・・・ お腹 空いたぁ〜   あれ? 」

今はクラス中の時間なので 廊下にはほとんど人影はない。

みちよは荷物を担いでぶらぶら・・・更衣室へ向かっていたのだが。 

  ― 女子更衣室の前で うろうろしているヤツが いた!

 

   やだ。 誰? ・・・ え?? あれえ〜??

 

「 ・・・ あれ〜〜 誰かと思ったら。 タクヤくん? なに、どうしたの。 今って リハ中でしょう? 」

「 え?!  あ ・・・みちよちゃん。 」

みちよに声をかけられ、タクヤは びくっと振り向いた。 

「 ・・・い、いや・・・ うん、そうなんだけど。  いや 一応終って、さ。 」

いつもさばさば明解に話す彼がしどろもどろ・・・ 額の汗は冷たい汗、の方が流れだしている。

「 なんなの? あ、 フランソワーズは? ああ もう 中? 」

みちよは更衣室のドアを指した。

「 中 ・・・そ、そうなんだ!  あのさ。 頼むよ〜〜 みちよサン! お願いだ! 」

「 ?? だから なんなの、ってば。 」

「 あ ・・・う、うん。  あの! 頼む・・・! その・・・フラソワーズを、さ 」

「 うん、 彼女を? 」

「 あの ・・・ 頼む! ・・・ 泣いてる んだ。 ってか泣きながら飛び込んじゃってさ・・・ 」

「 泣きながら?  ちょっと!! タクヤくん!! あんた〜〜 フランソワーズになに、やったの??

 まさか ・・・ リフト、落っこどした、とか!? 」

「 ち、ちがうよ! 今まで・・ リハだったんだ。  」

「 あたし達もそうだったわさ。  でもなんだってフランソワーズが泣くのよ?! 」

「 だから さ〜〜 それがわかんないんだ〜〜  終るなり、彼女・・・駆けだして・・・

 その ・・・ 泣きながら ・・・ ここに飛び込んじまったんだ。 」

「 ・・・ なにか叱られたの?  そのう・・・ 厳しく、さ。 あんた達って ロミ・ジュリ でしょ? 」

「 いや? そんなことないぜ。  普通のリハだったよ、うん。 

 俺とかいろいろ言われたけど。  彼女はソツなくキレイに踊ってた。 

 俺とのアダージオの部分も まあまあ上手くいったんだ。 」

「 そうでしょうとも。 すご〜〜く熱心に自習してたし ・・・ 彼女、真面目だもん。 」

「 うん。  それで ・・・ テクとかじゃなくて。

 相手が ロミオ じゃなくて 旦那さま だと思ってごらん って言われてさ。 」

「 え・・・マダムに? 」

「 うん。 それで彼女・・・泣き笑いみたいな顔で踊って ・・・ でもさ だんだん顔が強張ってきてさ。 」

「 うんうん ・・・ それで? 」

「 ・・・ リハが終るなり わあ〜〜って泣き出して ・・・飛び込んじゃったんだ。 」 

タクヤはくい・・・・と女子更衣室のドアを指した。

「 ・・・・!  フランソワーズ !!! 」

みちよは き・・・っとタクヤを睨むと ばたばた更衣室に駆け込んでいった。

「 あ ・・・ 俺 ・・・・ 」

 

   廊下には 恋する瞳のロミオが ただひとり ―

 

 

 

 

「 うん ・・・ それで?  ほら、顔、拭きなって。 タオル、新しいの貸すよ? 」

「 え ・・・ あ  ありがとう・・・ クシュン ・・・ 」

誰もいない更衣室の隅っこで黒髪と亜麻色の髪がくっつき合って座り込んでいた。

二人とも稽古着のままだ。

「 上手くいったんでしょ? フランソワーズたちって何回も組んでいるものねえ。 」

「 ・・・ で でもね。  あの曲って。 ものすご〜く音取りがむずかしくて。 

 それにね どこまでステップでどこからマイムなのか よくわからないの ・・・ 」

「 ああ ・・・そうだよねえ・・・  『 ロミ・ジュリ 』 は踊ったこと、無いけど。 

 Sさんの昔のビデオとか見たことあるわ。 」

「 わたしもね、 Sさんのを参考にして。 じゅ ジュリエットの気持ちになって ・・・  うっく ・・・ 」

亜麻色の髪が またタオルに顔を埋めた。

「 うん うん ・・・ そうだよねえ・・・ 感情移入しないとだめだよね。 」

「 タクヤはね ・・・ すごくノってて。  もう初めからすっかりロミオになりきってて。

 わたし なんだか焦っちゃって ・・・  」

「 あ 〜  彼、滅茶苦茶に張り切ってるもんねえ・・・ 」

「 それで ね。  ・・・ 」

 

   ( 以下  リハーサル風景  ・・・ 再録♪ )

 

 

音楽が静かに消え 恋人達はバルコニーから消えた ・・・ 

そして 後に残るのはダンサー達の荒い息の音だけ。

 

「 ふうん、 そう、ねえ。  一回目にしてはよくまとめたわね。 」

「 ・・・ は ・・・あ ・・・ 」

「 ・・・・・ 」

芸術監督も務めるマダムは 正面のイスからゆっくり立ち上がった。

「 この曲、 もっともっとよく聞いて。  しっかり自分の身体に滲み込ませるの。

 振り を追っているうちは まだだめ。 」

「 ・・・ はい ・・・ 」

「 タクヤ  最初のリフトだけどねえ? ・・・ 」

彼女は 二人の若いダンサーにそれぞれ技術上の注意をいくつか与えた。

「 ・・・ ま これから踊りこんで行くのね、二人とも。 」

「 はい・・・ 」

「 はい。 」

「 そうだわ 」

く く く ・・・っと彼女は咽喉の奥で笑い ― 

「 ロミオ!  あんたがジュリエットのこと、すご〜〜く大好き!っていうのはよ〜くわかってるから。

 皆 よ〜〜く 知ってるから。 ・・・ このシーンはそんなに熱演しないでいいの。 」

「 え ・・・あ ・・・あは・・・は・・い・・。 」

タクヤが 柄にもなく真っ赤になり  ・・・ マダムもミストレスの先輩も声を上げて笑った。

 ― フランソワーズは 顔が上げられない。 彼女も耳の付け根まで真っ赤になっている。

「 それで ― ねえ、ジュリエット? 」

「 ・・・・ は、はい! 」

「 きっちり踊れてたけど。  あの ね。 コレはロミオじゃなくて。

 あなたの愛する旦那さまなんだ〜〜って思って 踊ってごらん? 」

マダムは ぐい、とタクヤの背を押した。

「 ・・・ え。 」

「 このボウヤじゃなくて。  あなたの熱愛してる彼氏だとおもって。  さ、もう一回通してみて。」

「「 は ・・・ はい・・! 」」

 

二人はタオルを投げ捨てると 慌ててセンターに進みでた。

「 ・・・ いいですか?  音 ・・・ だします。 」

  ― 夜の音が ・・・ 静かに流れ始めた。

 

 

 

「 それで? ・・・・ なんで泣いちゃったわけ? 

「 ・・・ うん ・・・ だって。 マダムが ジョーだって思えって・・・

 だから わたし。 このひと、ジョーなんだ・・・って思って踊ったの。

 今 わたしは ジョーとバルコニーのシーンなんだって。 目の前にいるのはジョーなんだって・・・ 」

ふんふん・・・と黒髪は熱心に聞いている。

「 で ・・・ね。 そ、そしたら ・・・ このひと・・・ し、死んじゃうんだって気がついて・・・ 」

「 死んじゃう? ・・・あ、ああ・・・ そうだね、ロミオは最後は死んじゃうよねえ・・

 でも ジュリエットも 死んじゃうよ?  」

「 わたしはどうでもいいの。 でも でも・・ そんな ジョーが・・・・し、死んじゃうなんて 

 そう思ったら 滅茶苦茶に悲しくなってきて 〜〜〜  」

うわ・・・っと彼女は 再びタオルに顔を埋めてしまった。

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ それで ・・・ 大泣き、しちゃったわけ? 」

「 うん。 ・・・ご ごめんなさい。 でも  でも・・・ ジョーが死んじゃうなんて・・・ 」

「 ・・・ ああ あなたって。  ほっんとうに 可愛いひと、なんだねえ・・・ 」

「 みちよ ・・・ だって だって・・・ 」

みちよは ぽんぽん・・・とフランソワーズの頭を軽く叩いた。

「 ああ、もうよ〜くわかったから。  シャワー、浴びよ? 着替えてさ、お茶でもしようよ。

 それにしても、さ。 フランソワーズのご主人はさあ ほっんとうに幸せだよねえ・・・! 

「 そう ・・・かしら。 ジョーにとってわたしなんて もう空気みたいな存在なのだと思うわ。 」

「 空気、ねえ・・・?  う〜ん・・・ ま、 人間、空気がなくっちゃ生きてらんないよ。 

 さあ ほら・・・ シャワーのついでにしっかり顔も洗ってきなよ。 」

「 ・・・え ええ・・・ あの  ごめんね、みちよ ・・・ 」

「 アタシよか。 外でうろうろしてるヤツに謝ってやりなよね。 」

「 ・・・?? 誰かいるの?  」

「 あ  は。  君のロミオが困ってるよ〜 」

「 あ。  タクヤ・・・ でも 彼はこんなオバチャンに興味なんかないわよ。  

 なんかね、カノジョができたみたで。 だからあんなに機嫌がいいのね〜 

 じゃ・・急いでシャワーしてくる!  ありがとうね〜〜みちよ♪ 」

バタン・・・! と彼女はシャワー・ブースに飛び込んだ。

「 ・・・ タクヤく〜ん ・・・ 君、 辛いねえ・・・辛い恋、だねえ・・・ 」

みちよは タクヤの代わりにふか〜〜〜い溜息を吐いた。

 

 

 

 

「 ・・・ 島村さん、あの ここの柱ですけど。  ?? あの〜〜 島村さん? 島村チーフ!」

「 は・・・へ? 」

「 し〜まむらさんってば。  あの〜〜次の特集の! 」

  

  バサ・・・・   

 

数枚の紙を若い女性がデスクの上に差し出した。

「 はへ!? 」

「 ですから。 特集! 」

「 ・・・ あ、ご ごめん〜〜 ごめん、アサダさん! え〜と・・・? 」

ぼ〜〜〜っと何も写っていないモニターを見つめていた男性は がば!っと姿勢を正した。

「 これ デス。 次号の企画のスケジュールですけど。  チェックしてくださいますか。 」

「 は、はい!  確かに預かりましたッ ! 」

「 あ・・・ は。 あの〜ォ、私 新人ですから・・・ ばっちりチェックしてください。 

「 マ〜オちゃん? 今、 そいつはツカイモノにならないからね〜 私が見ようか。 」

ひとつだけ離れた上席から 声がかかった。

「 あ ・・・ アンドウ課長 ・・・  あ ど、どうしよう・・・ 」

「 あは。 困らせちゃったか〜 ごめんごめん。  

 島ちゃん!  ほ〜ら ・・・・ 若いカワイイ子を困らせるんじゃないわよ! 

 しっかりしなって。 島村チーフ! 」

「 あ ・・・ す、すんません ・・・ 」

年がら年中 ざわざわしている編集部、端っこの島の騒ぎに目を向けるヒトはいない。

それぞれ 自分の守備範囲をクリアするのに懸命である。

モニターを覗きこむ者が大半だが、紙媒体をがさがさやっている者もちらほら見受けられた。

 

   ― ここは ジョーが勤める出版社の編集部。

 

<島村ちーふ> は慌てて立ち上がった。

「 す、すいません。 アンドウ課長。 ぼくがやりますから。 」

「 ふん。  ・・・ ほら。 」

「 あ ・・・はい。  悪かったね、アサダさん。 ごめん! 」

「 あ ・・・いえ・・・ 」

新人嬢は データを彼のデスクに置くと そそくさ〜と自分の席に逃げていった。

「 ・・・ は ・・・ 」

「 ちょっとォ  島ちゃん。 いったいどうしちゃったのよォ〜

 敏腕チーフが ! アンタ ・・・ 最近ちと ヘンだよ? 」

アンドウ課長は相変わらずの丸メガネをずい・・・と押し上げた。

「 あ ・・・ いや、 あの・・・  」

「 君の熱意と手腕を買って チーフに抜擢した私のこのメガネ違い、かしら? 」

「 い・・・ いえ ・・・」

ジョーはしどろもどろになりつつゆらゆら揺れるアンドウ課長にポニー・テールを目で追っていたが、ついに。

「 あの! アンドウ課長! 」

「 なに。 」

「 け、 倦怠期 って。 どんな夫婦でも ・・・やっぱり来るんですかねえ。 」

「 はあ? 」

「 ・・・つ、妻がもしかして。 そのぅ ・・・ う、浮気 したら・・・ ど、どうしたら・・・ 」

「 浮気って。 島ちゃん、アンタが? 」

「 へ? あ! と、とんでもない〜〜〜!! ぼくじゃありませんよッ 

 ウチのヤツが ・・・ そのう ・・・ 」

「 え〜〜 あ、あの金髪美人が?? 島ちゃ〜ん・・・アンタ かなり被害妄想じゃないのォ?

 彼女 ・・・ もう日本人顔負けの良妻賢母なヤマトナデシコじゃない? 

 この時代にああいう女性は絶滅危惧種、特別天然記念物、だわよ? 

 浮気・・・なんて どっからそんな発想がわくわけ?? 」

「 あ・・・ その。  恋に恋してる、とか 初恋乙女の14歳 とか・・・

 本人が言うんです・・・ もう視線がふわ〜〜っと宙に浮いてて・・

 ぼく ・・・ 飽きられてしまったのかなあ・・・ す、捨てられてしまうかも・・・  」

ぷるぷる ・・・ 彼の持つ資料が震えている。

長い前髪の奥では ひょっとしたらこのオトコは涙ぐんでいる・・・のかもしれない ・・・

アンドウ課長は あきれ返って慰める気にもならない。

 

     ・・・ったく。  ま〜ったく。 

     想像力過多、はよ〜くわかってたけど。 

     ・・・ま、そこを買って採用したのよね、昔。

     だけど ここまでだとは思わなかったわよ・・・・

     こりゃ妄想のカタマリじゃん。

 

     これじゃ 異次元に行っただの、UFOに乗っただの・・・

     今まで自分の書いた記事、ぜ〜んぶホンチャンだった って思っているのかも・・・

 

    ( ホンチャンなんだよ〜〜 アンドウさん♪ )

 

アンドウ課長は しばしじ〜〜っと不肖の部下を眺めていたが ―

「 島ちゃん、 いや。 島村チーフ。  本日中に 次号企画スケジュール、最終チェック完了のこと! 」

「 ・・・ へ ? 」

「 へ、じゃない!  いい? これは課長命令! 」

  バン ・・・!    アンドウ課長の平手ウチが デスクに炸裂した。

「 は・・・はい・・・ 」

「 そ〜して。  終了しだい帰宅 可!! 」

「 ?!  はい〜〜〜 !!! 」

島村チーフの顔が ぐぐ・・・っと引き締まった。

 

 

 

 

   カタカタカタ ・・・・ カタカタ ・・・ カチャ ・・・カチャ ・・・

 

オフィスの片隅からキーボードの音がず〜〜っと続いている。

相変わらず雑然として、人々がざわざわしている編集部だけれど、

今、ジョーには全く気にならない。  それどころか自身が叩くキーの音すら多分、聞こえてはいない。

一心不乱にモニターをみつめ 手元のデータをひっくり返し、もうひとつのモニターを開き

彼の意識は ぐう〜〜んと集中されてゆく。

それゆえ ・・・ ぶつぶつ呟いていることに 本人も気がついていなかった。

 

   カチャ ・・・ カチャカチャ ・・・・カタカタ・・・

 

「 あと ・・・ もうちょっと、だぞ。  これをPDF化して ・・・ そして  それから・・・

 あっと・・・アンドウ課長とスズキ部長にも メールしておかなくちゃな。 もうちょっと・・・! 」

ジョーはぶつぶつ言いつつ さすがに手早く仕事を進めてゆく。

「 もうちょっと もうちょっと ・・・ あと少しだ・・・ 

 待っててくれよ〜〜 すぴか すばる!  お父さんは大急ぎでお迎えにゆくからな! 」

PCモニターを数台駆使し、自在にデータを加工しつつ。

 

 ―  ジョーの心はどっぷり・・・・ 妄想の いや、思い込み の世界に浸かっているのだった。

 

  はっはっは・・・・って。

  息せき切って あの坂をさ、 駆け昇るんだ。  

  そりゃ 残業続きでくたくただよ? いくらぼくだって・・・

  でも! チビ達の笑顔を思えば  ・・・ なんてこと、ないさ!

  そうさ、 お父さんはどんなにぼろぼろだっても。  

  お前たちの笑顔さえあれば  百万回だって再起できるんだ!

 

ぐ・・・っとジョーは唇を噛み締め モニターを睨みつけているのだが。

どうも 気分は完全に ・・・ 子育て・お父さん モード全開なのだ。

 

  だだだ・・・って門から玄関まで走るよ。 ああ ・・・ 加速装置が使えたらなあ!

  玄関を、開けるよ ―  あのドアはちょっと固いんだ・・・

 

  「 すぴか! すばる〜〜 ただいま!  ・・・ん? 」

  「「  ・・・ お ・・・ お父さ〜ん ・・・ 」」

  玄関のすみっこで、アイツら・・・団子になって待ってたんだ。 二人でくっ付き合って・・・

  「 遅くなってごめんな! おや こんなところで寒くなかいのかい? お部屋で待っておいで。 」 

  「 だって だって・・・ お父さんに一等はやくあいたくて・・・

   アタシ、 すばるといっしょにおげんかんでまってたの。 」

  「 ・・・おとうさん ・・・ お・・かあさん ・・・ おかあさん は・・・ 」

  きゅう〜〜〜っとしがみ付いてくる子供たちをさ、 きゅ・・っと抱っこしてやって。

  「 すぴか すばる〜〜 淋しかったよね、ごめんな。 

   おかあさんはね ・・・ お仕事、りっぱなお仕事をしているんだよ。 」 

  「 ・・・ どうして ・・・ おかあさん・・・ 」

  泣きべそのチビ達を抱えて。 夕食つくって洗濯とかして。 風呂にも入って。

  そうさ! このぼくが! しっかりとアイツらを育てるんだ・・・! 」

 

双子たちはもう小学三年なのだが。 どうもジョーの妄想の中では幼稚園児くらいになっている らしい。

うんうん・・・と頷き、 ジョーは健気な父親役 にどっぷりと浸かっていた。

 

 カチャ ・・・ カチャカチャ ・・・・カタカタ・・・  カチャ!!

 

キーボードが 悲鳴をあげ ― 音が止まった。

「 よし。 これで完了っと。 さあ〜〜 大急ぎで帰るぞ! 

 チビたち〜〜 待ってろよ〜〜 お前達に淋しい思いはさせないぞ! 」

 

    バン・・・! ザ・・・! ゴトン・・・!

    ・・・ ダダダダダ ・・・・!!  

 

島村チーフ は荷物を取りまとめると編集部から猛ダッシュで消えていった。

「 ・・・うわ?! な、なに〜〜 」

「 ・・・? し、島村チーフ ・・・? あののんびり・のほほん氏が・・??」

「 すげ・・・ あはは〜〜 何かさ、こういうのあったよな〜 昔のアニメとかでさ〜 

 え・・・っと・・・?  あ!  かそくそ〜ち!! ってさ。 」

「 タカハシ君? アンタって〜〜 ほっとう骨の髄までオタクなんだねえ・・・ 」

「 へ へへへへ・・・ 褒めことば、サンキュウ♪ 」

「 は・・・! 処置なし! 」

呷りを食ってちらばった紙類を拾いあつめ ― それぞれはそれぞれの仕事に戻った。

 

「 ・・・ 大丈夫、かなあ・・・ 島ちゃん ・・・・ 」

「 ふむ。 まあ 仕事はちゃんとこなしたみたいだね。 」

「 スズキ部長〜〜 でも ・・・ 彼ってあんなに思い込み人間だったとは、ねえ・・ 」

「 ふうむ。  あとはあの才色兼備な奥方に任せようじゃないか。」

「 そう・・ですねえ。 それが イチバン、かも・・・ 」

そうっと部長室のドアが開き、スズキ部長とアンドウ課長は 溜息で顔を見合わせていた。

 

 

 

 

 

「 ・・・ お父さん? どうしたの??? 」

「 おかえりなさ〜い ・・・ 随分早いね〜 お父さん。 」

 

   ただいま! ・・・・っとジョーが息せき切ってギルモア邸の玄関に飛び込めば。

 

だ〜れも迎えに出てこなかったのだ。

なにか異変でも?? とジョーは靴を脱ぎ飛ばしリビングに駆け込んだ  が。

 

「 まだ 5時前だよ? 会社〜〜 どうしたの〜 」

「 あ、これからまた しゅざい? 玄関の鍵、掛けていってね。 」

すぴかとすばるは ちら・・・っと、父親を見たけれど、すぐにまたテレビに集中してしまった。

「 お ・・・ お前たち ・・・ ただいま! 」

「 ・・・ し〜〜〜 ! 聞こえないよ〜 静かにして。  今 イイトコ・・ 

「 し! すぴか。  アレが 出るぞ〜 」

「 うん! 」

ジョーの愛する子供たちは テレビアニメに夢中なのだ。

 

     あ ・・・ あれれ・・??

     ここで  お父さん!!  すぴか  すばる〜〜って

     三人でだんごになるはず、なのに・・・

 

「 あ ・・・あの。 晩御飯・・・そ、そう! 晩御飯、すぐにつくるからな!

 お腹減っただろう? お前たち。  ごめんな〜 遅くなって。 」

「 ・・・ ん〜〜? ごはん〜〜? もう出来てるもん〜 」

「 え・・・ お前達がつくったのかい。 」

「 ・・・ え〜  ?  あ、行け そこだ!!  ・・・あ〜あ  ごはんはァ お母さんが作ってあるよ。

 あとは チン! するだけ   あ〜〜 なんだ〜 続きは次回、かァ〜 」

「 そ、そうかい? それじゃ・・・・お父さん 用意するから な・・・ 

 ちょっとだけ まっててくれ。  な ・・・? 」

「 う〜ん ・・・ 別にいいけど・・・。 ねえ すばる! 最後、どうなるとおもう?? 」

「 突入して〜 おわり、かなあ。  あれ?! お父さん? なにやってるの? 」

すばるがやっと・・・ キッチンのジョーに気がついてくれた。

「 なに、って。 これ・・・チン、すればいいんだろ? 」

「 え、 あ〜〜〜 まってまって〜〜 」

「 え?? このまま レンジにいれちゃ ・・・ まずかったかい??  あ・・・! 」

 

   ガラガラ ガッシャ −−−− ン ・・・!

 

空の鍋がキッチンの床に転がった。

「 ・・・ お父さんってば。  このお鍋、お母さんが大事にしてるから 叱られるよ? 」

「 あ〜あ・・・ ここ 凹んじゃった・・・お父さん、ちょっとどいて。 」

すぴかが ずい、とジョーを押しのけ床にちらばった鍋類を集めだした。

「 あ ・・・ ごめんな、 ありがとう、すぴか。  いけね、レンジでチン! の途中だった! 」

ジョーは あわててレンジのボタンを押そうとして ―

「 だめだってば。  ・・・ これはね〜 最後にたまねぎスライスを入れて。

 あじつけ してから チン! なんだ。 」

すばるが つんつんジョーの腕を引っ張った。

「 そ、そうか、お母さん、 そういったのか。 それじゃ・・・え〜と? たまねぎ は たまねぎ?? 」

「 ・・・ ほら、 これ。 」

ごろごろごろり。   すぴかが野菜入れからたまねぎを取り出した。

「 あ ・・・ そっか。  え〜と それじゃこれを切って・・・と。  

 あっと失敗〜〜 まず 外側を剥いて・・・っと。  ァ ・・・イケネ〜〜 」

 

「 ・・・ すばる? ・・・大丈夫 だと思う? 」

「 う〜ん ・・・ 僕がふぉろ〜する。 すぴか、お皿、出してくれる。 」

「 了解。  あ・・・ 切ってるよ、お父さん。  」

「 え ・・・ あ! あ〜〜 すとっぷ すとっぷ〜〜 お父さん! 」

二人は父の後ろでぼしょぼしょ・・・<ひみつ・と〜く> をしていたのだ。

ジョーは日頃から わりと気軽にキッチンに立つ方だ。

彼自身、料理はキライではないし、<インスタント料理> などと言われていたのは独身のころのこと。

 

  なのに。  妄想の中では 実に手際よく晩御飯をつくっていた ・・・はず、なのに。

 

緊張と焦りで 包丁も鍋もなかなか言うとおりに働いてはくれなかった!

「 お父さん! たまねぎ、もっとうす〜くきらなくちゃ! 」

「 ねえ、セロリ、切る前に スジ、とった? お父さん 」

「 あ ・・・そんなにぐちゃぐちゃまぜたらだめ〜〜  さく・・・っと! 」

「 ああ!! それ、 おさとう だよ〜〜!!! 」

すばるは父にぴたり、とくっつき、いちいちチェックを入れている。

 

     う ・・・ ここで父親の権威! を示すはず、なのに・・・

     わあ お父さん すごい〜〜って

     すぴかも すばるも抱きついてくる ・・・はずなのに!

 

「 お父さん! ほら〜〜ぶくぶく〜〜ってなっちゃうよッ ! 」

「 ・・・あ ! いけね〜 

すぴかにも注意され。  ジョーは慌てて鍋をガス台から持ち上げた。

「 あ! あっちっち〜〜〜 !!」

「 ・・・ とめればいいんだってば。 お父さん 」

   カチン ― 至極冷静に すばるがガスを消した ・・・

 

  バタ −−− ン !

 

玄関のドアが乱暴に開いて  閉った。

 

      「 ジョー −−−−−− ・・・・・ ! 」

 

亜麻色の髪を振り乱し、彼女が玄関から突進してきた。 そして ガス台の前の彼に 

鍋を持ち上げたままの彼に 後ろからしっかりと抱きついた。

 

「 ?? ふ、フランソワーズ・・・? 」

「 ジョー・・・・!  ああ ・・・ 生きているのね!  ああ ああ ・・・ よかった! 」

「 ・・・ は? 」

「 もう ね、 ジョーが ・・・ ロミオで死んじゃったらどうしよう〜〜って思ってて。

 帰ってきたら 悲鳴が聞こえて ・・・ あっちっち〜〜 って ・・・  

 ああ ああ〜〜 よかった!  わたしのロミオはちゃんと生きているのね! 」

彼女は彼の背にぴったりと顔を押し付け 静か涙を流し続けていた。

 

「 ・・・ お母さん ・・・ 大丈夫かな? 」

「 お父さん ? お鍋 ・・・ 置いたほうが よくない? 」

「 あ ああ ・・・ うん 」

かたん。  ジョーは鍋をガス台に置いた。 そして 自分の背中にしがみ付いている人物に言った。

「 お帰り フランソワーズ。 」

「 ・・・ ジョー・・・! ああ、 ジョー・・・ 生きるわよね・・・ 」 

「 うん、お蔭様で。  ちょっとばかり指が熱かっただけです。 」

 

「 お母さん おかえり〜〜 」

「 おかえり、 お母さ〜〜ん  あれ? お目々どうしたの? 」

「 あ。 ほんとだ〜〜 まぶたのとこ、ムシに刺されたの? 」

子供たちは母の顔をみて ちょっと心配顔だ。

「 え・・・? そ、そう・・・ 鏡・・・鏡は〜〜 と。   あら!? やだ〜〜 こんな顔で帰って来たの?

 きゃ〜〜 ・・・電車の中でも泣いてたから・・・わたし。 」

フランソワーズは腫れぼったい瞼の自分の顔を見て、 真っ赤になっている。

「 ずっと泣いてたのかい? どうして・・・? 」

「 だって ・・・ ジョーが死んじゃうって思ったら涙がとまらなくて・・・ 」

「 へ・・・? どうしてぼくが死んじゃうのかい? 」

「 あ ・・・ あのね、 『 ロミ・ジュリ 』 のリハでね。

 マダムが ロミオじゃなくて 相手はジョーだと思って踊りなさい・・って。

 で ね ・・・ ロミオって死んじゃうでしょう?  ・・・ もしも ジョーが死んじゃったら・・・って思ったら。

 ・・・ 哀しくて 哀しくて 涙が止まらなくて・・・ 」

「 あ。  ろみお ・・・って。 今度の演目は 『 ロミオとジュリエット 』 なんだ? 」

「 ええ そうよ。 だからね〜 14歳の初恋乙女 なんて このとんだオバアチャンには

 踊れるわけ、ないじゃない?  どっきどきな初恋気分〜 なんてもう忘れちゃったわ。 」

「 あ・・・は。 そっか〜〜 それで・・・ ははは・・・ な〜んだ〜〜♪

 ねえ フラン? 」

ジョーはしきりに瞼の腫れを気にしている細君を引き寄せた。

「 ぼくのこと・・・キライにならないでくれる? ・・・ その ・・・ 一生・・・!」

「 え? ・・・・あら。 やだわ〜〜 ジョーったら。 」

フランソワーズは腫れぼったい瞼で にっこり笑うとご亭主の首にするり、と腕を絡ませた。

「 あの ね。 

 いつだって窓辺でセレナーデをうたっちゃうくらい 好きよ!

 ・・・・ ジョーは 空気 だもの。 」

「 え ・・・  く、空気・・・? この ・・・ 空気? 」

「 そ。  空気がなかったら・・ わたし 生きてゆけないもの。 

 ジョー ・・・・ だぁい好き♪ もうず〜〜〜っとず〜〜〜っと だぁい好き、よ♪ 」

「 ・・・ フラン ・・・ 」

 

    あ   これが ジュリエット なのかも・・・!

    ・・・ そうよ!  ジュリエットは こんな気持ち だったんだわ!

 

彼とあつ〜〜いキスを交わしつつ。 彼女は やったネ! 気分だった。

 





                              イラスト :  めぼうき


 

「 ― ま〜だ  やってるよぉ〜〜 ・・・ 」

「 うん・・・ ねえ、すばる。 先にさ、あれ、食べちゃおうか。 」

「 うん。 冷めないうちにね!  あ、おじいちゃまの分、 取っておかなくちゃ。 」

「 そうだね〜 すばる・・・ 味付け、大丈夫かな。 」

「 僕がしっかりチェックしたから おっけ〜さ。  すぴか〜 お皿、出して〜 」

「 うん! ちょっと待ってね〜 」

いちゃいちゃしている両親など ほっぽりだしてすぴかとすばるは美味しく晩御飯を頂いた。

 

 

 

 

ザワザワザワ −−−−−

  お疲れ様 〜〜  ありがとう〜  よかったよ!  頑張ったねえ〜 

終演後の楽屋は いつだって華やかだけれど、千秋楽の後は底抜けな陽気さが爆発する。

誰もが まだメイクのまま、衣裳のままで浮かれ歩き笑いさざめいている。

 

「 あ! タクヤ〜〜  よかったわよ〜 今日のがイチバン! 」

「 わ〜〜〜 山内さ〜ん最高!  ロミオ、最高〜〜 」

「 お疲れ様! タクヤ君、 よかったよ〜〜 」

四方八方からかかる声に  ども   ありがとうっす   あ。 ども  で切り抜け、

本日のロミオは 女性楽屋に急いだ。

 

「 ・・・あの〜〜 開けます〜〜 ! 」

「 どうぞ〜〜  」

「 ・・・ お疲れ様でした、ありがとう! 俺、もう滅茶苦茶に感動して。

 あんなにノッたステージって 久し振りで。 やっぱ 俺のパートーナはフランソワーズじゃないと 」

タクヤはイッキに喋ると、手にしていた花束をば・・・っ!と掲げ・・・

 

「 あら〜〜 タクヤ? ねえねえ〜〜タクヤもこれ、 食べて? 」

「  は ・・・? 」

「 あ、お疲れ様〜〜 ね、これ! ウチの子供達が作ってくれたの〜〜〜♪

 差し入れ、で 結婚記念日おめでとう〜 ですって。 

 わたしもジョーも これ、大好きなのよ〜  ね、 ほら どうぞ! 」

「 あ ・・・ は・・・はい。 」

 ずい・・・っと差し出されたのは   かしわ餅。

そして 差し出した本人 ― わが愛しのジュリエット ― は 衣裳のまま! もぐもぐ・・・

かしわ餅をほおばっていた。

 

「 あ! タクヤお兄さんだ〜〜! お兄さん すご〜くかっこよかった〜〜〜!! 」

「 タクヤお兄さん!!  ねえねえ、これ。 僕たちが作ったんだ、かしわもち。 」

すぴかとすばるが わらわら纏わりついてきた。

「 あ ・・・ すばる 君 と  すぴかちゃん ・・・ 」

「 ねえ、タクヤ。 本当にありがとう〜〜♪  ステキなステージだったわ〜〜

 大好きよ〜〜〜 わたしの ろ み お ♪ 」

 

  ― ちゅ・・・・!

 

ジュリエットはちょびっと餡子がついた唇で ロミオの頬に口付けをした。

  

    う ・・・わ あ 〜〜〜〜〜

 

タクヤは。  舞い上がりつつも・・・ 目の端っこで ジュリエットの旦那の仏頂面をチラ・・・と見て

大いに満足した・・・!

 

    ああ  俺って。 こんな笑顔のフランが  す、好きなんだ〜〜〜

    そうさ、 人妻で 双子の母で。  

    そんでも 一生懸命踊ってる ・・・ フランが 大好きなんだ〜〜!!

 

 

 

パタン ・・・

楽屋のドアを閉め、ロミオは ・・・ いや、 山内拓也は静かに廊下に出た。

フランソワーズは家族で <おでかけ> の約束があるらしい。

 

    ・・・ うん  ・・・ いい舞台だった ・・・!

    俺 ・・・  一生、忘れないよな〜・・・

 

大分人通りが減った楽屋の廊下をぷらぷら歩く。

「  ― タクヤ。 お疲れさま。 」

「 ? あ  マダム ・・・ ありがとうございました。 」

瀟洒なドレスのマダムに タクヤは最敬礼をした。

「 よかったわよ。  

 ねえ? ・・・ あなた、うんと恋、しなさい。 

 あの フランソワーズのご亭主がどうしてカッコイイかわかる?

 彼はね いつもいつも 彼女に恋しているから、よ。 」

「 え?  う ・・・ 浮気 とか ?  

「 ちがう ちがう。  あのご亭主はね、 もう毎日 どきどき奥さんに恋しているの!

 だから あんなにいいオトコなのよ。

 ・・・ あなたも がんばってね。 ステキなロミオ♪ 」

ぷん・・・と高価な香水が薫り、 マダムはタクヤの頬に さ・・っとキスを落とした。

「 ・・・う ・・・わ  ァ ・・・・!  

「 うふふ・・・それじゃ。  お疲れさま〜〜  a demain ! ( またあした ) 」

「 あ・・・は ・・・はい・・・ 」

 

両頬に キスをもらって。  ロミオは ぼんやり舞台裏に佇んでいた。

 

 

   そう ・・・ いつだって。 誰かが誰かに 恋 してる。

   この世は いつもちょっぴり切ないセレナーデが 流れているのだ

 

     ・・・・ そう、 愛し君へのセレナーデ が ・・・

 

 

 

 

****************************     Fin.    ******************************

 

Last updated : 05,25,2010.                       back      /       index

 

 

********   ひと言  *******

あは・・・ や〜〜っと終わりました・・・!

妄想ご夫婦は 今日も元気です?? タクヤくん〜〜切ないね・・・

掲示板にも書きましたが タイトルは 大好き某漫画から 

パクらせて頂きました <(_ _)>

 

めぼうき様と一生懸命あ〜でもない・こ〜でもない・・・って練り練りしました。

どうぞ ご感想のひと言でも頂戴できれば幸いでございます。

二週わたりお付き合いくださいまして ありがとうございました <(_ _)>