『  いとし君へのセレナーデ  − (1) −  』

 

 

 

                                            企画   : めぼうき  ばちるど

 

                                            テキスト : ばちるど

 

 

 

 

 

風薫る五月 ―  若葉がきらきらと陽に翻るころ。

大自然は 歓喜の夏に向けてその勢いを増し、生の悦びをいっぱいに全身を揺らす。

五月は そんな煌きの時 ― 

一方 ・・・

爽やかな風が駆け抜ける中、人間たちは相も変わらず泥臭い日々を送っている。

島村家の人々も 例外ではなく ・・・ 周りの人々と共に じたばた・どたばた暮らしている・・・

 

 

 

 

 

山内タクヤ は ご機嫌である。

あの寝坊の遅刻魔な彼が 最近は稽古場に一番乗りでやってくる。

 

「 おっはよう〜〜っす! 」

 

守衛のオッサン やら 掃除のオバチャン に元気よく挨拶しスタジオ入りして。

ひとり熱心にストレッチやら筋力アップ に励んでいる。

そして。  ふんふん・・・ハナウタなんぞを口ずさみどうもにまにま笑いを隠せないでいる。

「 ・・・ なんか あったのかよ〜? 

ボーイズ・クラスの仲間達やバイト先のヤツらも首を捻るが、誰も原因がわからないのだ。

 

ともかく。  山内タクヤは ご機嫌ちゃんの日々を送っている。

 

 

 

 

島村ジョー は ご機嫌で ・・・ はない。

いつもの寝坊大王は最近ではついに帝王にまで昇格し、毎朝彼の愛妻を手古摺らせている。

 

「 もう〜〜 どうしてこんなに寝起きが悪いの! 」

 

小三になる双子の子供達は元気に登校し、忙しい細君も家事を済ませレッスンに出かけてしまった。

ひとりぼ〜〜っと食卓について 細君が用意してくれた朝御飯をもそもそと食べる。

そして。  長い前髪の奥から聞こえてくるのは 溜息ばかり。

「 ・・・ どうか したの?  」

愛妻の心配顔も 職場の同僚の不審顔も 誰も原因をしることはできないのだ。

 

ともかく。   島村ジョーは ご機嫌ちゃん ではない日々を送っている。

 

 

 

 

フランソワーズ・アルヌール嬢 ( 現:島村夫人 ) は  ご多忙である。

毎朝お日様と一緒に ベッドから − 旦那サンの腕の中から ― 滑りでて活動を開始する。

 

「 おはよう、お日様♪ また 新しい日ね。  Bonjour ! 」

 

娘時代は朝は苦手で、よく寝坊していたけれど ― 実際、寝坊が原因で彼女の人生は大きく

狂ってしまったのだが ― 今では早起きも苦にはならない。

きりり!と真っ白なエプロンをつけ、家族の朝御飯やら旦那さんのお弁当をつくり、洗濯機を回し。

さささ・・・っと掃除をすませ、家を出る。 ( 大きなバッグつき♪ )

「 いつも元気で いいね! いってらっしゃい!  」

皆が、そう、顔見知りになったご近所の商店街のオッサンやオバチャンも 彼女に笑顔を向けるのだ。

 

ともかく。   フランソワーズ・アルヌール嬢 ( 現:島村夫人 ) はご多忙な日々を送っている。

 

 

 

 

島村すぴか と 島村すばる ― 島村さんちの双子ちゃん達  ― は、元気一杯である。

二人のお家から小学校まではかなりの距離があるのだけれど 遅刻なんかしない。

すぴかは毎朝 だいたい一番乗りで学校にゆく!

 

「 おはよ〜〜ございます! 」

 

「 おはよう、すぴかちゃん! 」 「 しまむらさん、お早う。 」 「 おお今朝も元気だね、お早う。 」

「 おす! いっちばんのり♪ 」

用務員のおじさん も 給食室のおばさん も。 お掃除好きな校長先生 も。 

そして ― すぴかの どうし ・ ハヤテ君も。  み〜んなにこにこご挨拶をしてくれる。

 

「 わあい♪ きょうもいいおてんきだね 〜〜 ! お〜はようございま〜す! 」

 

雨の日だって すぴかはそう思い、かたかたランドセルを鳴らして教室に入ってゆく。

すぴかは 楽しくて・忙しくて・ご機嫌ちゃんな小学生ライフ を送っている。

 

 

 

すばるは毎朝 ゆっくりと校門を通る。

 

「 お早うございます ・・・ 」

 

姉のすぴかと ほぼ同時に起きて、一緒に家をでて、同じ通学路を歩き 一緒に登校するはずなのだが。 

なぜか校門をくぐるのは 大分後になるのだ。

「 おはよう!  しまむらく〜ん 」 「 あ ・・・ おはよう! わたなべ君 」

のんびり屋のすばるが ことこと道の右側を歩いていると途中できっと追いついてくる声がある。

<しんゆう> の わたなべ だいち君である。

 

「 かえりにさ、 JR見に行こうよ。 」 「 うん! 僕、 じこくひょう、写してきたよ 」

「 すげ〜 すばる、すげ〜! 」 「 えへへへ・・・ いっしょに見ようね。 」 「 うん! 」

 

幼稚園の頃からの仲良しコンビは小学生になってもず〜っと しんゆう だ。

お互いの家に遊びに行ったり来たり、時にはちょいと遠征したり・・・充実した少年時代を送っている。

 

    要するに 島村さんちの双子はご機嫌ちゃんな日々を過しているのである。

 

 

だけど その朝 ― 

珍しく すぴかはすばるのペースに合わせて 小学校まで普通の速さで歩いていた。

いつもは亜麻色のお下げを後ろに靡かせ、 走ってゆく道を すぴかは弟と並んで歩く。

 

     すばる〜 遅いよ! もっと早く歩けないのッ 

     あ ・・・ でも ちょっとそうだん あるもんな〜〜

 

     すぴか。 どうしてそんなに急ぐのかなあ・・・・

     まだ チャイムまでう〜んと時間、あるのにな〜〜

 

カタカタカタ ・・・  カタ カタ カタ ・ ・ ・ ・ 

ランドセルが二つ並んで 色違いの頭がぐ・・・っとくっついた。

 

「 ねえねえ すばる! 」

「 うん、なに。 すぴか。 」

 

この世で一番長い付き合いの相棒同士、< ひみつじょうほうかいぎ > が始まった。

 

「 ねえ。 ・・・忘れてるよね!? 」

「 うん。 忘れてる。 」

「 だめだよね、そんなの・・・。 ぜったいにだめだよ! 」

「 うん。 だめだよ。 」

「 お誕生日はさ、 ちゃんと覚えてるよね。 」

「 うん、覚えてる。 」

「 ケーキもプレゼントも。 ちゃんとあるよね。 」

「 うん、あるよ。 いちご・け〜き♪ 」

「 でも。 ・・・ 忘れてる、ぜったいに。 すっかり忘れてるよ、二人とも。 」

「 うん。  お父さんもお母さんも 忘れてる。 」

「 だめ だよね! 」 「 だめだよ。 」

 

   「「 けっこんきねん日 なのに〜〜〜〜 !!  」」

 

そう ― ジョーとフランソワーズはかれこれ10年前、 5月の佳き日に簡素な式を挙げた。

そして 日々の雑事に紛れ ― 

「 けっこんきねん日 」 は特に子育て真っ最中な現在、もうすっかり記憶の奥底に埋もれていた。

 

   「「 そんなの、 だめ だよ!  ね ! 」」

 

すぴかとすばるは色違いの瞳を見つめあい、うんうん・・・! と大きく頷きあった。

「 それじゃ さ。  すぴか・・・ ね? 」

「 うん! そだね、 すばるってあたま、いいなあ〜 」

「 そんなこと、ないよ。  でもそれじゃ・・・さ。 」

「「 僕たち ・ 私たち でお祝い、しよう! 」」

に・・・っと笑い合えば 共同戦線は無事に成立なのだ。

以心伝心 ― これはもう001だって顔負けの、二人だけの <とくぎ> である。

 

「 す〜ぴかちゃ〜〜ん! おはよう〜 鉄棒、しよ! 」

「 うん、まみちゃん! 」

「 おはよう、しまむら君。 JRのじこく表〜 ありがとう! 」

「 わたなべく〜ん お早う。 うん、また写してくるね〜 」

 

二人はあっと言う間にそれぞれの仲良しの方にくっついて行った。

でも ちゃ〜んと。 すぴかもすばるも心の中で <さくせんかいし!> って決心していた。

 

 

 

 

 

 

  ポン −−−。  静かに音が消えた。

同時に スタジオのセンターに出ていた数人のダンサー達はぴたり、とポーズを決めた。

 

「 ・・・ はい、悪くないわ。 皆、ちゃんと私の言うこと、キャッチしてくれたわね。

 あ  みちよ? もうちょっとだけ、蹴りを遅くしてごらん? 始めのア・ラ・セゴンド・ターンよ。

 がまんして アームスが先 ・・・そう! ほら、ちゃんとダブルで回りきったでしょ。 」

鏡に前には初老の女性が ひと言二言、ダンサーたちにアドバイスをする。

「 はい、next ! ・・・あっと・・・ フランソワーズ? そんな顔してたら。 旦那様に嫌われますよ。

 笑って。  すまいる〜〜〜 若奥さん! 」

「 あ ・・・ は、 はい ・・・ 」

前列の右端にいた亜麻色の髪のダンサーが ぽ・・・っと頬をそめ。 スタジオ中に笑いがおこった。

み〜んな。 彼女とその旦那サンは いまだって熱々♪ なことを知っているのだ。

フランソワーズの茶髪・イケメンな旦那サン は ここ・・・彼女が所属するバレエ・カンパニーでも有名である。

 

「 ・・・ やだ〜〜 もう〜〜〜 

「 ふふふ ・・・でもさ、 どしたの。 なんか 暗いよ? 」

「 え・・・そ、そう。  う〜ん ・・・そうかも。 」

「 なんで?  ケンカでもしたの? ダンナとさあ・・・ 」

「 し、してないわよ〜〜みちよ。  ・・・ ちょっと 気が重いだけ・・・ 」

「 あ。  もしかして、今日から リハ? 」

「 ・・・ そうなの〜〜  」

「 あは そりゃ・・・ しょうがない ねえ・・・ 」

スタジオの後ろで フランソワーズは仲良しのみちよと ぼそぼそ小声で囁きあっていた。

 

       あ〜〜 ・・・ 気が重い〜〜 ・・・・

       今日はまだ 振り移しだし。 

       マダムじゃなくてバレエ・ミストレスのSさんだから

       ・・・ そんなに緊張 すること ないのに ・・・

 

       ( 注: バレエ・ミストレス   振り付け者、指導者などのアシスタントを務める女性

             男性は バレエ・マスター )

 

       ああ ・・・あ。 でも なあ・・・・ どうして、かしら。 

       どうして わたし に回ってきたのかしら。

       ・・・ 選りにもよって。

       可憐なヒトや 上手なひと、もっといっぱいいるのに〜〜

       わたし・・・ 二人の子持ちのオバサンよ??

       恋する14歳の乙女?   初恋に夢中の少女? 

       ・・・ え〜ん、いったいどうして そうなるのぉ〜〜

       どうやって 踊れっていうのよ〜〜 

       この! とんだおばあちゃん が なんだって・・・

 

       『 ロミオとジュリエット 』 なの〜〜〜

 

ふううう〜〜〜〜〜〜

フランソワーズは スタジオの隅で、レッスン中に 深いふかいふか〜〜い溜息をついていた。

そんな彼女の様子を 指導者のマダムはこっそり目の端に入れ、 くす・・・っと笑みを洩らしていたが

いかに 天下の003であっても見つけることはできなかっただろう。

 

そう。  フランソワーズ・アルヌール嬢 ( 現:島村夫人 ) は。

次の公演で 『 ロミ・ジュリ 』 を 振られたのである。 

 

 

 

 

流れる旋律が あたかも夜泣き鶯の声にも似た音で しずかに終った。

愛の睦言は 夜の静寂 ( しじま ) に溶け込んでいった ・・・ そんな曲のラストだ。

 

      はあ ・・・!

 

「 ・・・ あ ・・・あの。 やっぱり どうも上手くできなくて・・・  」

動きを止めたばかりの女性が 荒い息と一緒につぶやいた。

「 え? なに・・・ なんでそんなこと、言うの。 」

「 ・・・ え  だって ・・・全然 思い通りに・・・動けなくて・・・ 」

「 あら そんなこと、ないわ。 フランソワーズ、ちゃんと動いてたわよ。 」

「 ・・・・ でも ・・・・ 」

鏡の前で亜麻色の頭が 俯いている。

荒い息を鎮めつつも 彼女はもじもじと足元ばかり見ているのだ。

ぽとぽと回りに落ちている水滴は どうも汗だけではないらしい。

MDプレイヤーの側に立っていた女性は ほ・・・っと溜息をつき 姿勢を崩した。

「 可愛いジュリエットだったわよ?  フランソワーズらしい・・・ 」

「 ・・・ え ・・・ 」

「 相手ナシで踊りにくかったかもしれないけど。 でも 今みたいなカンジでいいと思うわ。

 フリはちゃんと入っているし。 」

「 ・・・ でも なんか。 自分でよくわからないんです、 この踊り ・・・ 」

「 そうねえ。  バルコニーのシーンは一応 パ・ド・ドゥ だけど 音とかとりにくいかもね。

 DVD見てもよく判らないしね。  やり難いかな・・・・  」

「 はい。 これってどんどん拍子が変わってゆくみたいで・・・ なにがなんだか・・・ 」

「 音をね、 徹底的に音符のひとつひとつまで身体にしみこませて。  

 あとはね。 ふふふ・・・ ロミオに恋して踊ればいいのよ。 」

「 え。 こ、恋 して・・・? 」

そう、とミストレスを務めるその女性は にっこり笑った。

「 だって。 これは素敵は恋の始まり、でしょう?  ほら〜そんな 顔、 しな〜い。 」

「 あ ・・・ は、 はい・・・ 」

「 あとはさ、 もっと踊りこんで。  それからタクヤとまた苦労してね。 うふふ・・・  」

「 ・・・ Sさ〜ん ・・・ 」

「 あはは・・・ ごめん ごめん。 でも・・・彼となら大丈夫よ。 あなた達、すごく息が合っているもの。」

「 は ・・・あ。 」

「 今度の舞台は パ・ド・ドゥ だけだけど。 いつかさ、全幕でやりたいわねえ。 」

「 え。 『 ロミ・ジュリ 』 を? 

「 そうよ。 あれって男性たち、かっこいいシーンが多いじゃない?

 ティボルト と マキューシオ とか。 決闘シーン、いいわよねえ・・・ 」

「 ・・・ あ、そうですねえ。 町のシーンとかも賑やかですよね。 」

「 日本じゃ・・・ 大きなバレエ団とか協会の公演じゃないとちょっと無理かな。

 でも そのうちにさ、きっと。 じゃあ・・・今のカンジでもっと踊りこむのね。 」

「 はい。  ありがとうございました・・・ 」 

フランソワーズは ぺこり、と頭を下げた。 

 ・・・ 汗がぼたぼた床に水玉模様を描く。

ミストレスを務めてくれた先輩を送り、ほっと一息、彼女はタオルに顔を埋めた。

「 ・・・ 『 ロミ・ジュリ 』 かあ   そうね、幕モノっていいわよねえ・・・ 」

 ( 注 : 幕モノ ・・・ 全幕もののグランド・バレエ。 『 眠りの森の美女 』 や 『 白鳥の湖 』 など )

ふんふんふん・・・と思わず 他のシーンの音楽が口から零れだす。

 

       メインの場面は勿論素敵だけど。

       そうねえ ・・・ 舞踏会の貴族達の踊り も好き! あの曲もいいし。

 

スタジオに一人、なのがかえって嬉しくて、フランソワーズはハナウタ交じりに踊り始める。

 

       ・・・ こう だっけ、か?  忘れちゃったわ・・・ 

       習ったの、50年も前 だものね

 

あの頃 ― 食い入るように熱心に見ていた舞台が 先輩たちの踊りが 鮮やかに甦る。

 

       そう! 決闘シーン!  あれ、大好きなの。

       ああ〜〜 あのシーン、やりたくて仕方なかったわよねえ・・・

 

パシ・・!っとタオルを振り回し、彼女は剣を持つ青年貴族 ・・・ のつもりである。

 

       ジュリエットよりも マキューシオ を踊りたかったわ。

       ほら あの シーン・・・! かっこいいのよね〜

 

「 従兄のティボルトもステキ。  ちゃんと可愛い従妹のために決闘するのですもの。

 あ・・・ もしも。  お兄さんがティボルトだったら。 

 やっぱりジョーと決闘だ! って言うのかなあ。 妹をたぶらかすヤツは許せん!って・・・

 ふふふ ・・・ ジョーなら どうしても剣を取らないわね。  」

鏡に映る自分と踊りつつ ・・・ 彼女は楽しい妄想の世界に填まりこんでゆく。

 

   (   以下  @フランソワーズの <楽しい妄想世界 > )

 

 

「 剣と取れ。  わが挑戦を受けてみよ! 」

「 ・・・ なんですか。 いきなり・・・ 街中で。 」

「 ふん。  やっぱりキャピュレット家のヤツラは腰抜け揃いだな!

 恐くて剣もとれないらしいな。 この臆病者め。 」

スレンダーな青年が 亜麻色の髪を、剣の緒と共にゆらしている。

「 ! 聞き捨てならないですね。  あなたは誰ですか。 」

「 俺の名は ジャン・アルヌール ・・・ じゃなくて ティボルト! モンタギュー家の者だ! 」

「 アルヌール・・・? それじゃ・・・フランソワーズ ・・・じゃなくて ジュリエットの? 」

「 ふん。 彼女はわが最愛の妹だ。 お前などに名を呼ばれたくないな!

 さあ 剣を取れ! 

「 イヤです。 ぼくはある愛するヒトに誓いました。 もう決して無用な争いはしない、と。

 戦争 殺人 ・・・ 殺し合いはもうたくさんよ!と彼女は言った・・・ 」

「 ふん、臆病者の戯言か! それとも怖気ついたのか。 」

「 ・・・ く!! 」

「 その勝負。  この私が引きうけよう。 」

激昂しているジャン ・・・じゃなくて ティボルトの前に ずい・・と一人の青年が進み出た。

長身できりりと引き締まった身体に 爽やかな笑顔だ。

「 誰だ!? 」

「 ― わが名は  マキューシオ。  このオトコの親友だ。 」

 

「 きゃ〜〜〜 かっこいい♪♪ そうね そうね〜〜 キラ・・っと髪が陽に輝いて。

 マキューシオはすらり、と剣を抜くの♪

 ・・・ う〜〜ん ・・・・? これって・・・誰のキャラかしら。  」

フランソワーズの頭の中であれこれ考えるがなかなかマキューシオの <顔> が決まらない。

「 う〜ん そうなのね、それで ・・・ ジョー・・・じゃなくて ロミオの替わりに剣を取るのが・・・

 え〜と・・・ ジェット かなあ?  ううん、 案外あの冷静なピュンマかも♪ 」

仲間達、ひとりひとりを当てはめてみるのだが どうもしっくりイメージと合わない。 

彼女は ぶんぶんと首を振る。

「  ・・・いえ! やっぱりこの場を盛り上げる・極めつけのマキューシオは!

 そうよ〜 かの偉大なる名優〜〜  ミスタ・グレート・ブリテン  に決まっているわ! 

 金髪を靡かせて・・・ こう・・・ 剣を振るうの! 」

 シュ −−−ッ!  口で効果音まで発して彼女は だん!と一歩踏み出し  ―

 

 

「 ・・?? フラン ・・・ なに やってるんだ? 

 

 

「 ・・・え?  ・・・きゃ〜〜 タクヤ・・・・!  み、見てたのォ〜〜〜 」

スタジオのドアの前で 山内拓也が呆れ顔で立っていた。

 

 

 

 

 

 

「 ・・・え。 コンクールですかァ ・・・ 」

「 そうよ。 私はあまり好きではないけれど。 賞を取っておくことは重要だわ。

 それを足がかりに ― 海外にでなさい。 」

「 海外に・・・? 」

「 そう。 NY でも ドイツ でも ロンドン でも。

 タクヤ、あなたはこの国に埋もれている必要はないわ。 」

「 う〜ん ・・・ そうっすかネ ・・・ 」

「 そうよ! 」

このカンパニーの主宰者、初老のマダムは すこしばかりイライラしていた。

海外のカンパニーで踊りたい! そんな望みを持つダンサーは山ほどいる。

いや すこしでも自信のあるモノ、 ガッツがある若者達は一度は皆 <外> に出たがるのだ。

この小さな島国を飛び出して。 自分の踊りがどこまで通用するか試してみたい!

いや、 なんでもかんでもいいから 吸収したい・・・!

多くの駆け出しの若いダンサー達がそんな望みにウズウズしている。

 

    そうよ。  思いっ切り 飛んで行きなさい・・・!

    早くから 小器用に纏めてしまうのは つまらないわ。

 

    大空へ! 新しい広い世界へ!  ・・・ 私が大昔に そうしたように、ね。

 

それなのに。  目に前にいる、かなり条件に恵まれた青年はイマイチ乗り気 ではない。

 

    まあ。 この子ったら。  もっと野心があると思っていたのに!

 

桜も散り果て そろそろ街路樹も若葉が目立ってきた頃のこと。

都心ちかくの中規模なバレエ・カンパニー、その廊下の隅っこで男女がぼそぼそ・・・話をしていた。

男女、と言っても母息子、 いや もっと年齢は離れているかもしない。

女性の方が 熱心に語りかけてる。

「 好きな場所で思いっきり踊ったらいいわ。 あなたにはそれができるはず。 

 私は そのつもりで指導してきたわ。 」

「 はあ ・・・ 」

「 だから今度の T新聞 か 全日本 で上位を取って 」

( 注 : ↑  双方とも有名な全国規模での舞踊コンクール )

「 あの。 俺。 ここで踊りたいんスけど。 」

「 え? ・・・ ここって 日本で? 」

「 はい。 日本の ココで。  俺・・・まだまだ踊りたい作品、たくさんあるし。

 あ〜 その、マダムの指導、受けたいっす。 ・・・ 彼女ともっと踊りたいし・・・ 」

「 カノジョ? 」

「 あ! い、いえ・・・! なんでもないっす。 あの俺、もっとここで勉強したいデス! 」

「 ・・・ 本気? 」

「 はい! マジ・・・い、いや、本気デス! 」

 

    ふう〜ん ・・・そうか。  恋するワカモノ、なのか。

    想い人は ・・・ あ、 はは〜ん・・・ あのカノジョね 

    ・・・ そりゃ ハードル高いねえ タクヤ ・・・

    というか ・・・ impossible dream ( 見果てぬ夢 ) だわねえ・・・

 

マダムは内心 にんまりしたが 勿論オクビにも出しはしない。

「 そう? それなら次の公演。 『 ロミ・ジュリ 』 でどう? 」

「 ろ・・・ろみ・じゅり、ですか ・・・!? 」

「 そうよ。 幕モノは無理だけど、あのバルコニーの場面。 ちょっと音が難しいけど。

 お芝居の要素も多いし。 勉強になると思うわ。   それで 」

「 あ、あの! あの〜〜 その。 相手 っつか。 じゅ ・・・ じゅりえっと は・・・ 」

「 え? ああ。 まだ決めてないけど・・・ ゆみこ か ジュン ・・・ あゆみもなかなかいいわね。 」

「 あのゥ〜〜  ・・・ 」

「 そうねえ?  若いコよりも経験のある人の方がいいかしらね。 それじゃ ・・・ 」

「 そ それじゃ? 

 ごく・・・っと タクヤは咽喉をならし、不躾なまでにじ〜〜っとマダムの顔を見つめてしまった。

 

     あ〜ら。 カワイイわねえ・・・

     恋する若いコの真剣さって 本当に好きよ。

     ・・・ それじゃ 思いっ切りいい作品に仕上げて頂戴ね!

 

「 ええ。 フランソワーズは どう? あ・・・ 年上 はイヤかな。 」

「 ・・・・・!!!! ・・・・ 

タクヤは物も言わず ただ ただ ぶんぶんと首を振り続けていた。

 

   ― という経緯で 彼はカノジョと 『 ロミ・ジュリ 』 を踊ることとなり。

      まだ 胸に収めておいてね、と言われ。

      

・・・ そうして山内拓也の ご機嫌ちゃんな日々 が始まっていたのである。

 

 

 

 

 

   カン カン カン ・・・!   カン ・・・ カン !!!

 

剣が交わる ・・・ にはかなり軽めな音がひびく。

「 は・・・! お。 うまくかわしたな〜 」

「 はん! ロミオ! 貴様の腕は その程度なのか。  行くぞ! 」

「 おお〜〜 ちょい、ノルなあ〜〜 おし、それじゃ。

 あの音に合わせてゆくぞ? あ・・・あのシーンの振り、知ってる? 」

「 ええ だいたい。 それじゃ、わたし、マキューシオ でいい? 」

「 くっそ〜〜  ま、いっか。 花を持たせてやる。 」

「 メルシ。 それじゃ ・・・ 音、掛けるわね。 ・・・ はい! 」

「 よし。  行くぞ! 」

「 受けて立つ。  こい、ティボルト! 」

  

   カン カン カン ・・・!   カン ・・・ カン !!!

 

スタジオの真ん中で。  

タクヤとフランソワーズは激しく剣と剣を打ち合わせ ― ている つもり になっていた。

たまたま 窓辺に置いてあったロール・カーテンを引き降ろす棒を剣代わりにして

要するに。  二人はいいトシをしてちゃんばらごっこを楽しんでいるのだ。

 

「 次な、 次の音で俺が ・・・ 突く! 

「 ・・・う・・・!  ・・・・って倒れるのね。  ああ 〜〜 」

思い入れたっぷりに フランソワーズは床に崩れ落ちた。

「 うわ〜〜 フラン。 乗りすぎだぜ・・・ 

 

「 ! こら〜〜!! スタジオでそんなもの、振り回すんじゃないぞ、お前ら!

 え? ・・・タクヤか?? あれ。 フランソワーズか、相手は?! 

 

スタジオの戸口から 突然声が飛んできた。

「 あ すまんです〜〜 K先生〜〜 」

「 きゃ・・・ ごめんなさい〜〜 」

ばたばたばた ・・・ 二人は荷物を抱えると大慌てでスタジオから逃げ出した。

「 もう〜〜 お前ら〜〜 どこのジュニア・クラスのワルガキどもかと思ったぞ! 」

「「 すみませ〜〜ん!! 」」

  あははは・・・  うふふふ ・・・・

謝りつつカンパニーの廊下を走り 二人は声を上げて笑ってしまった。 

 

「 ・・・ はァ・・・・ いや〜ん、恥ずかしい〜〜 K先生に見られちゃったわ。 」

「 あは・・・ いいじゃん、楽しかったし。 

「 えへへ・・・つき合わさせてごめんなさいね。

 Sさんのリハだったの。 その後で 『 ロミ・ジュリ 』 のこと、いろいろ考えていたら・・・

 なぜかあの決闘シーンになってしまって・・・つい ・・・ 」

「 ・・・ 君って、 フラン。 ほっんとうに楽しいヒトだなあ。 

 一緒に暮らしたらさ、退屈しないだろうな、きっと。 」

「 あ〜ら こんな思い込み人間と一緒に暮らすのは大変よ〜〜? 

 ジョ・・・いえ、 ウチの主人なんか もう呆れてモノもいえない、って。 

「 ! ・・・随分失礼じゃないか! ・・・ふ 夫婦だって 言っていいコトと悪いコトがあるだろ! 

「 え? あら いいのよ。 後で一緒に大笑いしてるから♪

 ジョーってばね、 時々涙 零して笑ってるの。 ・・・でも、わたしって。 そんなに可笑しい? 」

「 ・・・ あ ・・・い  いや・・・ い、いつもご円満で結構なコトで・・・ 」

「 えんまん?  ・・・ああ 仲良しってことね。 う〜ん・・・わたしのことなんか・・・

 ジョーはもう空気と同じ ・・・くらいに思っているのかも・・・ 」

「 そ! そんなこと!  夫婦ってのは互いに尊敬しあい互いの立場を尊重し、だな 」

「 まあ〜〜 いいわねえ そんな風に夢がある時が・・・

 タクヤってば モテモテなのにすごく真面目な結婚観なのね、偉いわ〜〜 ステキ♪

 ね? ナイショで教えて・・・? 」

フランソワーズは ゴシゴシタオルで顔を拭いつつ・・・ ぐ・・・っとタクヤに身を寄せた。

 

     う ・・・わァ・・・! 

     お 落ち着け〜〜! こんな距離、 にちじょ〜じゃんか。

     もっと密着して踊ったことだってあるんだぞ、俺と・・・ 彼女!

 

「 え ・・・ あ。 な、なにかな〜〜 お、俺にわかることならなんだって! 」

「 あらあら 張り切ってるわね。  そう、上手く行っているのね! 」

「 う ・・・ うまく? なにが。 

「 まあ〜〜 今さら隠さなくていいのよ? タクヤをわたしの仲じゃな〜い。 」

「 な、 仲!??? なななな なに かな〜〜 」

ひたすら大汗かいて どぎまぎしている青年を前に 金髪碧眼美女はころころと笑う。

 

     まあ〜〜 おトボケねえ、タクヤったら。

     ・・・ ふふふ ・・・ なんとなくジョーに ・・・ううん、すばるに似てるかな? 

     そうねえ、男の子ってみんな こんな風にカワイイところがあるわよねえ・・・

     ふふふ・・・ いいわね・・・ 若いって本当に・・・

 

「 ジュン先輩に聞いたわよ。 タクヤってこの頃 超〜〜 機嫌がよくて。

 朝も一番乗りだし、 ボーイズ・クラスでもびしばしに決めてるって。 」

「 え ・・・ あ。 そ、そっかな〜  いや、うん! 今度の舞台、びし!っと決めたいから、俺。

 ・・・せっかく その ・・・ フランと 」

「 まあ〜〜偉いわ! 責任と自覚ね! それじゃますます訊きたくなっちゃう♪ 

 ね? ナイショにするから。 お し え て ♪ 」

「 ( うわ〜〜 ) だだだ だから なななな なにを ・・? 」

「 うん、あのね。  ― カノジョは だあれ? 

「 ・・・ は? 

「 ま〜たまた・・・トボケちゃって。  ほ〜んとうに日本人の男の子って照れ屋さんなのね。

 ジョーと一緒だわあ。  」

「 あ ・・・ あの? 」

「 いいわ〜〜 もう聞かないから安心して? でも ・・・ いつか紹介してね。 」

「 しょ、紹介 ・・・ って そのう〜〜 フランに? 」

「 そ。 こう見えても結婚生活の先輩として。 そして タクヤとのツキアイの経験から

 いろいろアドバイスしたげるから♪  うふふ〜〜〜 楽しみ〜〜 」

「 は ・・・ はあ ・・・ 」

 

      おいおいおい・・・・!  若奥さん!

      そ〜んな発言〜〜 誤解のモトだぞ〜〜

 

タクヤはひたすら心の中でツッコミを入れてるのが精一杯・・・

彼は眼の前の 恋するヒトの笑顔に 目が釘付けになっているのだ。

「 あ! いっけな〜〜い もうこんな時間! チビ達が待ってるわ。 それじゃ タクヤ、またね。

 今日は付き合ってくれてありがとう! ・・・うふふふ・・・楽しかったわあ〜〜 」

「 あ  うん、俺も。  あの ・・・ ロミ・ジュリ、頑張ろうな! 」

「 ええ。  それじゃ・・・ a demain ! ( また明日ね ) 」

ちょん・・・と彼の頬にキスすると フランソワーズはひらり・・・と女子更衣室に入っていった。

 

      う ・ わ〜〜〜〜 !!!!

 

「 あ ・・・ああ。 また ・・・ 明日  フラン ・・・ 」

 

両手で荷物を抱えたまま。  タクヤは 呆然と突っ立っていた。

彼女の唇がほんの微かに触れた頬は  焼け付くみたいに熱くなっていた・・・!

 

 

 

 

パタパタパタ ・・・・  トントントン ・・・ ジャ〜〜〜

 

リズミカルな音と いい匂い そして 部屋いっぱいの温かい空気 ・・・・

ジョーはいつだってこの家のキッチンが大好きだ。

どんなに遅く疲れきって帰ってきても、 ここに座ればすべて吹き飛んでしまう。

彼の最愛のヒトが 彼だけのために くるくると立ち働き 彼の食事を作ってくれる。

それだけで ジョーはもう・・・ 嬉しくて嬉しくて息も詰まりそうになる。

マッハのスピードに耐えるはずの人工心臓は もうバクハツしそうにドキドッキだ。

 

このフランス女性と結婚し、双子の子持ちとなった今でも島村ジョーは毎晩頬を染めて帰宅するのだ。

初めて持った 自分の家庭 ・・・ 自分の居場所。

ジョーは 今 ・・・ 最高にシアワセだ!と確信していた。

  ― それが。  その至福の時間 ( とき ) が 最近とうも雰囲気が変わってきた・・・風に

ジョーには思えるのだ。

勿論、 以前と変わらず彼の細君は優しく。 美しく そして 甲斐甲斐しく彼の食事をつくり。

10年以上たっても 夜にはあまァ〜〜い・あつ〜〜い時を彼と分かち合う。

彼は満足の気分にどっぷり浸っている ・・・ はず なのだが。

 

 それで タクヤがね ・・・  タクヤってばね、   ちょっと似てるの、ううん タクヤが・・・

 タクヤもそう言ってたわ   だからね〜 タクヤったらね   タクヤはねえ、そういうの・・・

 

彼女の口から 最近とみに<特定個人> の名前が連呼されるのだ・・・!

勿論、 ジョーは細君のことは信じている。  彼女に疑いの気持ちを持ったことなど微塵もない。

特殊な状況で出会い 特殊な日々を共に過し やっと想いが通じて 一緒になった彼女・・・

ジョーにとって フランソワーズはいつだっつて相思相愛最愛のヒト、なのだ。

彼女が微笑んでいてくれるから ジョーは頑張ることができる。

彼は 今だって固く固くそう信じている。

それに彼女の仕事のことは よ〜〜く理解している。 あれは ・・・芸術なのだ。

いちいち気にするのは 下司の勘ぐり、というもので。  自分ができることは彼女の活躍を温かく

見守ってあげることなのだ・・・と。

それが自分にしかできない 自分の <仕事> なのだ・・・と 言い聞かせてきた。

 

              だ   け   ど。

 

・・・ ジョーは悶々としている。

ジョーはそんなワケで  ご機嫌ちゃん じゃない日々を送っている。

要するに彼は 彼自身が滅茶苦茶にヤキモチ妬きだ、という事実に気がついていない。

それが全ての <根源> なのだけれど・・・

相変わらず美しい彼女は その頬をほんのり染めつつ。 ジョー以外の男性の名を連呼しているのだ。

しかも ― 彼は 彼を 知っている。

彼は 彼が彼女のことを <想っている> ことも知っている。

そして 彼も 彼が知っていることを 知っている。  

    ・・・  彼女は いったい??  ―  これは全くの謎、だ。

 

 

 

      ***** 突然 ・設問  ♪ *****

 

( 問 1 ) 以下の文章で  とは誰か。 姓名で回答せよ。( 複数回答不可 )

 

     そして 彼も が知っていることを 知っている。 

 

( 答え )   (         )

 

( 問 2 ) 上記の文章で 彼が知っていること とはなにか。 具体的に記述せよ。 ( 20字以内 )

 

( 答え )    ____________________

 

 

     *****************************

 

 

 

 

   ふうん そうなんだ?   へえ・・・ なかなかいいね。   よかったねえ・・・

   確かにそうかもしれないな    がんばれよ    きみなら大丈夫さ 

 

ジョーは上の空で 同じ答えを順繰りに呟きつつ・・・ ぼ〜〜っと皿の上のものを口に運ぶ。

「 ジョー?  それ ・・・ 煮物なんだけど。 」

「 ああ そうだね、 がんばれよ。 」

「 ・・・ ジョーォ? わたしの言うこと、聞いているの? 」

「 うん、もちろんさ。  きみなら 大丈夫だよ。 

「 ジョー。 島村ジョーさん? 」

「 ・・・ え?  あ!! あああ・・・・うん、なかなか美味しいねえ、この煮物〜 」

「 煮物にドレッシングかけて 美味しい? 」

「 ・・・ あ ・・・ 。 ご、ごめん ・・・ その ・・・ぼんやりしてて・・・ 」

やっと顔を上げれば。  ジョーの最愛の女性が眉間に縦ジワ、で彼を見つめていた。

「 ごめん・・・! せっかくのきみの料理 ・・・ 」

「 いいけど。  ねえ、 疲れ過ぎているのじゃない? 早くお休みなさいよ。 」

「 え・・・ あ。 でも・・・せっかくきみが作ってくれた晩御飯 まだ 残って ・・・ 」

「 いいわよ。 お食事中もぼ〜〜っとしているなんて ・・・ 本当に大丈夫?

 明日にでも 博士にお願いして臨時のメンテナンスをして頂く? 」

「 大丈夫だってば。 ・・・ ちょっと考え事をしていただけだよ。

 ともかく ・・・ メシはちゃんと食わせてくれ。  」

「 ええ ええ どうぞ。 おなかいっぱい食べてちょうだい。 

「 ん。 ・・・ お代わり! あ、 お茶漬けにしてくれ。 

「 はいはい・・・ 」

ずい・・・っと出された茶碗を フランソワーズは素直に受け取った。

 

     なんなの〜〜?? ぼ〜〜っとしていたかと思えば

     急に不機嫌になって・・・

     メンテナンスって そんなに気に障ったのかしら・・・

 

   ズ  ズズズズ  ズズズズ −−−−−− !

 

ジョーは結構美味しそうに茶碗に口をつけている。

 

     う・・わ ・・・  やっぱり・・・

     ・・・ この音 ・・・ う〜ん ・・・ に  が  て★

 

フランソワーズは そっと。  <耳> をシャット・ダウン した。

一日の内で最高に楽しみにしている ・・・ はずの晩御飯 なのに。

ジョーは実に味気なく お茶漬けごはんを食べていた。

 

     ・・・ なんなんだ〜〜??

     なんだって ・・・ せっかくの晩飯を・・・ こんな・・・・!

     きみの笑顔を眺めつつ きみの美味しい煮物を食べよう!って

     張り切って帰ってきたのに〜〜

 

いつもはほんわか・モード満載のキッチンも その晩だけは ・・・ 気まず〜〜い沈黙が満ちた。

 

   ズ  ズズズズ  ズズズズ −−−−−− !

 

島村氏のお茶漬けをかき込む音だけが ・・・ 響いていた。

 

 

 

 

すぐに 入ってくるわね。  急ぐから・・・ ね?

 ― そう言って 彼女は入れ違いにバス・ルームに消えた。

 

    ふ ふ〜〜ん ・・・

    ほっんとは 一緒に入りたいんだけどな〜〜♪

 

ジョーはがしがしとバスタオルで髪を拭いつつ ・・・ ベッドにぼすん!と腰掛けた。

 

晩御飯は実に微妙〜〜な雰囲気になってしまった。

  しかし そこは結婚生活10年超・・・の二人、 そのままプイと背を向け合って・・・などということはない。

ごく自然に仲直りするテを ちゃ〜んとわかっている。

「 ・・・ きみ さ。 先に風呂、入れよ。 」

「 あら いいわ。 ジョーこそお疲れでしょ? わたし、ここを片付けたいし。 」

「 あ ・・・手伝うよ。  あの ・・・ ごめん ・・・ 

「 ありがと。 嬉しいわ。 でも お風呂先にどうぞ? ・・・ ね? 」

「 あ ・・・ う、うん ・・・ 」

愛妻の潤んだ瞳が なにを望んでいるのか・・ くらい、いかにジョーだってすぐにわかる。

彼も きゅ・・・っと白い手を握り <了解♪> の合図を送る。

「 じゃ ・・・ 先に な。 」

「 ・・・ ええ。 」

ちょん・・・・と鼻先にキスを貰い ジョーはたちまちご機嫌ちゃんになって二階に上がって行った。

そして ― いい具合に温まり 疲れも流し。  ハナウタ交じりにベッドにいる、というわけだ。

 

「 ・・・う〜ん ・・・ ああ いいお湯だったなあ〜〜

 ふ ・・・やっぱさっきは拙かったなあ・・・ぼ〜っとしてて。 

 でも! ・・・ぼくって。 なんか・・・気の回しすぎ、だよな。

 フランだって。 アイツと踊るのは 仕事 なんだし。

 うん ・・・ 家に帰って仕事の話をするのは ぼくだってあることだもの。

 そりゃ ・・・ アイツ・・・ 気になるけど、さ。  でも! フランはぼくの妻♪だもんな

 アイツだって そのこと、ちゃ〜〜んと知ってるし。 すばるのこと、可愛がってくれたしさ。

 うん。 彼女はぼくの妻でぼくの子供たちの母 じゃないか。 そうさ、 うん! 

 ぼくは アイツのことなんか これ・・・・・っぽっちも気になんかしてない! そうさ! 」

わざわざ当たり前のことを反復することこそ 気にしている  証拠なのだが。

ミッションでは抜群のカンと冷静な判断力を発揮する 009は 

私生活では て〜〜んでヌケサクなお子ちゃまなのである。

 

「 ・・・まだ、かなあ・・・  あのベビー・ドール、着てくれるかな。 

 仕事、かあ・・・・ うん、大変だよなあ・・・ どんな仕事だって大変だよ、うん・・・

 

     ほわ 〜〜 ん ・・・・

 

熱さの篭る吐息が またひとつ、ベッド・ルームにただよってゆく

ばさ・・・ バスタオルを肩かけたまま ジョーはベッドに寝転んだ。

「 あ〜あ・・・・  でも、なあ。 ・・・家庭より仕事に生きる!って女性も最近多いよなあ・・・

 も・・・もしも。 フランが ・・・ ある日、 帰ってこなかったら。 

 そ、そんなこと あるわけないよ!

 ・・・ でも  でも。  もしも・・・

 仕事に生きます! なんて決心して・・・パリに帰っちゃったら! フラン〜〜 そんな!

 ・・・ でも・・・ でも。

 それできみがシアワセなら・・・ ぼくは ・・・ああ ぼくは! 」

きゅう〜〜〜・・・!

ジョーはうすい掛け布団を しっかりと握り締めた!

「 ぼくは ・・・。 どうしたらいいんだ?  あ! 子供たち・・・!

 うん。 ぼくが ・・・ ちゃんと育てるから。  子供たちはぼくが育てる!

 ああ、あの子達に淋しい思いなんかさせない。 絶対に! 

 仕事もさ、早く上がらせてもらって・・・・ メインから外されるだろうな・・・

 うん、いいんだ、そんなこと。 子供たちの方が大切だよ!

 大急ぎで帰ってきて ・・・ そう、途中で買い物もして、さ。 ・・・ 玄関開けると・・・ 」

 

 

「 ただいま! ごめんな〜 遅くなって・・・ 」

「 お父さ〜〜ん!!! お帰り!! 

「 すぴか! ただいま。  いい子にしてたかい。  すばるは? 」

「 お父さ〜〜ん  だっこ〜♪  すばる? すばるは今、じゃがいも、むいてるよ。 」

「 そうか〜 晩御飯の仕度、手伝ってくれて嬉しいなあ・・・  」

「 アタシ! 今ね おふろばのそうじ、してたんだよ! きゅ、きゅ!って ブラシでみがいてた。 」

「 うわ〜〜えらいぞ! お父さん、すご〜く嬉しいな。 さすがにお姉さんだね、すぴか。

 それじゃ 今晩はみんなの好きな カレーにしよう〜〜 」

「 ・・・ え ・・・ また? 」

「 あれ? すぴかはカレー、キライかい? ニンジンだってたまねぎだって大好きだろう? 

「 好き、だけど。  ・・・ アタシ ・・・ ぽとふ たべたい・・・な・・・ 」

「 ・・・ ポトフ? 」

「 ウン。 ・・・ ぽとふ。 お母さんのぽとふ が食べたい・・・ お母さんの ・・・ 」

「 すぴか ・・・ 」

「 ・・・・ お父さん  おかえり〜〜! 」

「 お。 すばる〜〜 ただいま!  お前、 じゃがいも、剥いてくれたんだって? ありがとうな。 」

「 ウン ・・・ 僕。 ・・・ 僕は ろーすと・ぽてと が食べたいんだ・・・ 」

「 ロースト・ポテト? ・・・確か冷凍のがあったぞ。 あれ、チン!しようか。 」

「 ・・・僕 ・・・・ お母さんの ろーすと・ぽてと ・・・ じゃなくちゃ ヤ だ・・・

 うっく ・・・・ お母さん お母さん  お母さ〜ん・・・ 」

「 すばる ・・・ おい、泣くな! オトコだろ。 」

「 うっく ・・・ でも 僕 ・・・ お母さ〜ん 」

「 アタシ。  お母さんのぽとふがいい。 お母さんの ・・・ お・・かあさ〜ん ・・・ 」

子供たちは玄関で 父のズボンやら上着をにぎりしめつつくしゅくしゅ泣き出してしまった。

ジョーはしばらく呆然と我が子たちを見ていたが  さっと屈みこんだ。

「 ・・・さ おいで 二人とも。  ごめんな ・・・ 淋しい思いをさせて。

 今晩は一緒にお風呂に入って一緒に寝よう。 な?  すぴか ・・・ すばる・・・ 

「「 おとうさ〜〜ん ・・・!! 」」

 

 

「 そうだよ・・・ うん、ぼくがうんと頑張ってあの二人を立派に育てるんだ。 

 お前たちのお母さんは 立派な仕事をしているひとだよ、って言い聞かせて ・・・

 だから 淋しいけど、がまんしておくれ、って。  」

 

      ほわ 〜〜ん ・・・・

 

今度はちょいとフクザツな吐息が空中に漏れてゆく。

なによりも夫と子供たちを愛している彼女が そんな生き方を選択するわけがない。

そのことは 誰よりもジョー自身がよ〜〜〜〜く解っているのだが・・・

  ― この二人・・・どうもかなりの似たもの夫婦でとんでもない妄想癖がある・・・らしい。

清潔で ぴん・・・!とアイロンの利いたリネンの上で お日様の匂いのする掛け布団に包まりつつ

ジョーの妄想はどんどん激化してゆく。

「 なんとか晩御飯も終って。 お風呂に入ろうかな〜 ・・・なんてぼんやりTV見てるとさ・・・

 すぴかが もじもじしてるんだ。  すばるもさ、姉さんのうしろにひっついて・・・ 

 

 

 

「 さあ〜〜 そろそろお風呂に入ろうか。 すぴかがキレイに掃除してくれたもんな〜 気持ちいいぞ〜

 うん? どうしたんだい? 

「 ・・・ お父さん。 あの ね・・・ 明日までにね、 たいそくふく に ぜっけん をつけてゆくの。 」

「 ぜっけん?  ・・・ ああ、ゼッケンな。  ふうん、運動会でもあるのかい。 」

「 ううん。  体育のじゅぎょう で まらそん、するの。 それで ・・・ みんな ぜっけんがいるの。 」

「 へえ? あ! もしかして ・・・ お前たちの体操服に ・・・ 」

「 うん。 あのね、 20センチ と 10センチ の布にね、 しまむら って書いてたいそうふくに

 つけてきなさい、って。 」

「 僕も おんなじ。 」

すぴかとすばるは ジョーの前にぷら〜〜ん ・・・と体操服と布切れを差し出した。

「 え・・・・!  ぬ、縫い物かい???  うわ・・・ こりゃ ・・・ まいった ・・・! 」

「 ・・・ お父さん、 できない? 」 

「 あしたまで、なんだ。 お父さん ・・・ 」

両側から 色違いの瞳がひた・・・!と父を見つめていている。

 

    え〜〜〜い! この子たちのため、だ! 

    ・・・ 縫い物なんて ・・・ 小学校の家庭科以来だけど。

    やってやる!  ああ、そうだとも。 父親の威信かけて。

 

      ― あとは 勇気だけだッ !

 

ジョーは心の中で 定番のセリフを吐くと。 にっこり子供たちに言った。

「 わかった。 お父さんに任せなさい。 」

「「 うわ〜〜〜♪ お父さ〜〜ん♪ 」」

ほそっこい腕が二組 ジョーの首ったまに齧りついてきた。

「 ははは ・・・こらこら・・・ そんなにくっ付いたら、お父さん 縫えないだろ? 」

ジョーは 笑いつつも ぐ・・・・っと気を引き締めて( ? ) たいそうふく と ぜっけん を見つめた。

 

    こ これを ・・・ 縫いつければ いいんだな。

    よ、よし。 やってやる・・・ !

 

「 すぐに出来るかな。 ・・・ お母さんみたいに ・・・ みたいには・・・うまく・・・??

 いて! ・・・ あ しまった!  ・・・ フラン〜〜〜  お母さ〜〜ん ・・・ 」

ジョーはぶつぶついいつつ 糸針を格闘し始めた・・・

 

    お母さん  ・・・ お母さ〜〜ん ・・・・

 

 

 

「 ・・・ジョー?  ジョーってば。 どうしたの? 」

ゆらゆらゆら ・・・  優しく揺り動かされて。 良い香りがふわ〜ん・・・と漂ってきた。

「 ・・・ う ・・・?  お ・・・かあ さん ・・・ ? 」

「 あらら ・・・ジョーってば。  どうしたの? ・・・ お母様の夢? 

「 ・・・ え ・・・・ ??   あ ・・・ フラン ・・・・ 」

「 寝ちゃったの?  なんだか魘されていたわ。 夢、みてた? 」

ぼ〜〜っと目を開ければ。  彼の目の前には ・・・・

 

     ああ ・・・! 夢  かあ〜〜 ・・・ 

     よかった・・・!

     フラン〜〜〜 !! きみがいなくっちゃ ぼくは ・・・ぼくは・・・!

 

ジョーは返事もせず そのまま、彼の愛妻をベッドに引き込んだ。

「 あ ・・・ もう〜〜 だめよ・・・わたし、まだ髪を乾かしていない ・・・ きゃ・・・! 

「 そんなの ・・・ いいよ!  おいで。 」

「 ・・・ うん。  あの ジョー ・・・怒ってる? 」

「 え?  なにが。 」

「 だって。  最近なんか・・・ ジョーってば機嫌、わるいみたい・・・ 」

「 ふふふ・・・ そうだな〜 怒ってる、かも。 」

「 ・・・ え やっぱり?  ねえ ・・・ どうして。 」

「 うん。 きみがこ〜〜んなに ・ いつまでもず〜〜っと魅力的だから♪

 もう〜〜 どうかなりそうなくらい・・・あ  い  し  て  る よ! 」

「 ・・・ ジョー・・・・♪ わたしも ・・・ 」

 

なんのかんの言っても この二人、熱愛夫婦に変わりはないのだ。

 

 

 

    ・・・ あ  ・・・ 雨 ・・ かなあ・・・・

 

ジョーは ぼ〜〜〜っと心地好い疲れを中で目を開けた。

腕の中には彼女のたおやかな身体が うすく薔薇色に染まって ・・・ 寝息をたてている。

「 ・・・ ああ ・・・ アイシテル よ・・・・ フランソワーズ・・・♪ 」

寝顔をみつつ こっそり呟けば ―

 

「 ・・・う・・・ん ・・・ 愛してる ・・・わ   ろ  み ・・・ お ・・・ 」

「 な!?? 」

ジョーは。  ガバ・・・ッ!!っと 跳ね起きてしまった。

 

 

 

 

Last updated : 05,18,2010.                   index        /        next

 

 

******  途中ですが 

続きます・・・! 

ジョー君のお誕生日なのに・・・ 悶々とさせてごめんね(^_^;)

妄想夫婦? ストーリー♪ お宜しければあと一回お付き合いくださいませ。 <(_ _)>

ひと言でもご感想を頂戴できましたら 幸せでございます。

 

タクヤ君につて : 彼はフランソワーズの通うバレエ団所属の若手有望ダンサーです。

フランちゃんとは何回も パ・ド・ドゥ を踊っています〜〜

彼の初登場は 『 王子サマの条件 』  を ご参照くださいませ♪