<  Part 1   溜息  >

 

 

・・・・はぁ ・・・・

フランソワ−ズは もう一度溜息をついて顔を上げた。

さらりと肩から背へ流れたはずの髪の先が 頬にちくちくと触れる。

 

 − ・・・ヘンなかんじ・・・・

 

久振りのショ−ト・カットの感覚を持て余し、ちょっと乱暴に髪を払うと水滴が一緒に飛んだ。

「 ・・・やだ。 もう泣かないって・・・そう決めたのに。 」

目をぬぐってドレッサ−を振り返れば 頬に行く筋も涙の跡をのこした顔がぼやけて見えた。

 

 −  こんなの・・・わたしじゃない。

 

いつものクセで髪に手を当てると、カチュ−シャがするりと外れてしまった。

これって、やっぱり。

もう、身体の一部みたいに思えていたモノでも こんなに簡単に離れてしまうのね・・・

いつまでも変わらないものなんて あるわけないんだわ。

 

 − みんな、 おんなじ・・・

 

髪からすべり落ちたカチュ−シャを フランソワ−ズはじっと見詰めていたが、

やがて そっとドレッサ−の前に置いた。

 

そして。

 

そのまま、しずかに部屋を出て行った。

 

 

誰もいないのはわかっているけれど、足音を忍ばせてキッチンへ入った。

 

大丈夫、炊飯器のタイマ−はちゃんと作動している。

電子レンジの掃除も調節も 昨日のうちにやっておいた。

今日の晩御飯、二人が帰ってきてすぐに食べられるように温めなおせばいいだけにしてある。

なにが食べたい?って聞くと 必ずハンバ−グって言うのよね・・・・ ジョ−は。

赤身のいい挽肉をつかったから、さっぱりと博士の口にも合うはず。

サラダとドレッシングの準備も完了ね。

ジョ−ってばいつも味見もせずに マヨネ−ズをどばどばかけちゃうのよね・・・

おねがい、一口食べてからにして頂戴って何回いったかしら。

あとは・・・・

明日の朝のミルクとト−スト。 野菜室のストック。 卵は・・・大丈夫ね。

 

フランソワ−ズは確認するようにぐるりと見廻し、ひとつ外れていたキッチンのカ−テンの輪を填めた。

 

< ミルクの缶は 冷蔵庫の上の棚です >

 

冷蔵庫の扉、自分の目線よりもちょっと高い所にメモを苺のマグネットで留めた。

この高さ・・・・ 多分、ジョ−の目線。

彼の顔をみるとき、いっつも少し上を向くもの。

・・・・そう、キスするときも・・・・・

彼の胸に顔を埋めるとき、ジョ−はわたしの髪に口付けするの。

・・・・ そう、ベッドでも ・・・・・

 

 

ふう・・・・・

あ・・・いっけない・・・ また溜息・・・!

 

キッチンからリビングへ抜けて、そこで曲がっていたクッションを直せば もうする事は何もなかった。

 

 − ・・・・じゃ・・・・。

 

やっとの思いでドアに手かけた時、脇のサイド・ボ−ドに目が行ってしまった。

 

その部屋から、この邸から、出かけるときに必ずみんながちらっとソレを見ている。

もう、習慣になってしまったのかもしれないけれど、それはそれで楽しい。

飾り気のないわりと大判のフレ−ムに収められた写真。

一見、ばらばらに思える人影が散らばって写っている。

この地に ともかく居を構えた時のものだから、みんなの表情も今と随分ちがう。

 

だいたいが無表情で、皆集まるでもなくただ一定の場所に佇んでいるだけだ。

なんでこんな写真を飾っておくのか、と文句がでることも多いのだが・・・

 

でも。

これが、はじめだから。 ここからわたし達は出発したのだから。

自分たちの仏頂面を 笑いとばせようになったのも嬉しいもの。

みんなの苦笑まじりの文句に、フランソワ−ズはいつも微笑して首を振っていた。

 

みんなが写ってるのって これしかないんですもの。

 

お前さんも趣味が悪いな・・・

だったら 新しく撮ろうじゃん? 

・・・あっと、ダメだよ、ピュンマがいない。

ううむ・・・人生はみな漂泊の旅。 一時の憩いと旅立ち・・・

会者定離、というアルね。

一期一会という言葉は・・・とてもいい。

 

無表情な写真から、たちまちみんなのお喋りが沸きあがってきた。

それぞれの笑顔も そう、しかめっ面さえもすぐに思い浮かぶ。

本気で怒ったり 皮肉ったり。 でも それは信頼しあっていればこそ。

明日はまた何の屈託もなくこころから笑いあえる、とわかっているからなのだ。

・・・そう、わかっている・・・つもりだったのに。

 

手擦れのしたフレ−ムをそっと持ち上げる。

軽いはずのフレ−ムがずしり、とこころに重くのしかかる。

 

 − どうしよう・・・

 

写真の一人一人の顔をじっと見詰めて、フランソワ−ズはしばらく迷っていたが、 

やがてその写真たてごと、手にしていたかなり大振りのカバンに仕舞いこんだ。

ごめんなさい、とつぶやくつもりがまた、涙でかき消されてしまった。

 

 − さようなら。

 

もう、<いってきます>って言えないわ。

<ただ今>って言うことも・・・ないのね・・・・

 

 

 

 

かつかつかつ・・・・

軽い足音の後ろで ギルモア邸がだんだんと小さくなってゆく。

さら・・・さら・・・・

なじんだ海風が 短くなった亜麻色の髪にふわふわと纏わりつく。

 

こんな日がくるなんて。

こんな気持ちで この道を歩く時があるなんて。

 

どうしてこんなことに なっちゃったの・・・・

なにが わるいのか・・・・ わからない

だれが わるいのか・・・・ わからない

 

わかるのは ただひとつ

今、わたしが ここを去ることだけ。

もう、わたしの居場所は ここには無いということだけ。

 

どうして。 どうしてこんなことに なっちゃったんだろう・・・

わからない、 わからない ・・・・ わかりたくない・・・

 

 − ・・・・・ ふう ・・・・・

 

胸いっぱいに吸い込んだ息を フランソワ−ズは思い切ってはきだした。

・・・ううん、溜息じゃないの。

これは。 そうね、これは 深呼吸。

新しい明日のための 準備運動・・・・

・・・明日なんて・・・来るのかしら・・・

 

 

今度 ここに来る時は。

そう、003として来ればいい。 そんな日が巡ってきて欲しくはないけれど

わたし達は この絆を断つことはできないのだから。

だったら、003と009として・・・・ 生きてゆけばいいだけよ。

それだけのこと。 そう、それだけのこと・・・・・

 

 

 − さようなら ・・・ ジョ− ・・・・

 

 

岬へと続く私道から 街に向うバス通りへの曲がり角、

あの邸を眺めることができるいちばん最後の角を フランソワ−ズは一度もふりかえらずに

折れていった。

 

いくぶん斜めになってきた陽射しには まだ夏の名残が十分に感じられる・・そんな午後。

フランソワ−ズは ひっそりとギルモア邸から去った。

 

Last updated: 09,26,2004.                   index   /    next

 

 

****  ひと言  ****

最後まで行き着けますかどうか・・・? 甘・甘シリ−ズじゃないです、すみません。

ジョ−君もフランちゃんもちょっと・・・かも? さてさて、のんびり参りますので

どうぞ宜しくお付き合いくださいませ。