『 春宵恋話 ― (2) ― 』
企画・構成 めぼうき ・ ばちるど
テキスト ばちるど
あの ・・・ お嬢さん?
― はい? なにか・・・・
今 さくら ・・・ とおっしゃいましたね?
― え ? ええ・・・ 花の名前です、東洋の花なんです
はい、ぼくも知っています。 それを どこで?
― 公園に植えてあります、そろそろ満開かしら。
どこの公園ですか? あの ・・・ よかったら ・・・・案内してくださいますか?
― ええ いいですわ。 明日、兄が帰ってきますのでその前なら・・・
・・・! あの 是非 お願いできますか? 早起きしてお待ちしています!
― まあ・・・ふふふ・・・それじゃ わたしもお寝坊できませんわね
ええ! そうですよ、お嬢さん。 お互いに早起き、しましょう。 お嬢さん・・・
― ええ セピアの瞳のムッシュウ・・・
ジョーはすぴかの手を引いて 花の小路をゆっくり歩いてゆく。
「 おとうさ〜〜ん ・・・!! すごい、すごいね〜〜 」
すぴかは 白い花のトンネルを見上げ歩くのも忘れ感嘆の声をあげている。
こども心にも 咲き誇る桜の見事さに見とれているのだろう。
「 そうだねえ・・・ 桜は本当に・・・ キレイだ・・・ 」
「 うん♪ ね! おとうさん 見てて・・・ 」
「 うん? なんだい、すぴか・・・ 」
すぴかは 父の手を離すと、ぱ・・・っと駆け出した。
ひらり ひらり・・・と時折り落ちる花びらが 亜麻色の髪に纏わっている。
「 おとうさ〜〜ん♪ すぴか、おどるの〜〜 おかあさんみたく おどるね? みてて〜〜 」
「 うん 見てるよ、すぴか。 」
「 さくらさんとおどりま〜〜す 」
ちょこん、と気取ってレヴェランスすると、すぴかは くるりくるり・・・ゆっくり回ったり跳んだりし始めた。
「 あは・・・上手だよ〜〜 すぴか! すごい すごいぞ〜 」
「 えへへ・・・ じょうず かな〜 アタシ〜 」
「 うん ものすごく上手だよ〜〜 お母さんみたいだ。 」
「 えへ・・・・ ほ〜ら こんなにまわれるよ〜〜 みて〜〜 おとうさん ! 」
ヒュウ −−−−−−
風が出てきた ― ふわ・・・と沢山の花びらが一時に宙に舞う。
「 うわ・・・ すぴか、こっち、おいで。 風が出てきた ・・・ すこし寒くなるかも 」
ジョーはすぴかが踊っている方へ 歩いてゆく。
白い花びらは カーテンみたいに 幔幕みたいにジョーの視線を遮って降りしきる。
「 さ ・・・ そろそろお母さんたちのところに戻ろう。 」
ジョーは 手を伸ばし 舞い散る花の中にいる娘の手をにぎった。
「 ― あの ・・・ なにか? 」
「 ???? 」
涼やかな ― でも 聞き覚えのある声が かえってきた。
「 ・・・ あれ?? 」
ジョーの握った手は 子供の生暖かい手 ・・・ではない。
「 ・?? す ぴか・・・? いや ・・・ ちがう・・大人の手だ ・・・ それに声も 」
「 はい? あの・・・どなたかをお探しですか? 」
「 ・・・ え ・・・? 」
ジョーは 咄嗟に握っていた手を放し声の主をまじまじと見つめた。
目の前には 若い女性が立っていた。
― え・・!?? ふ、フラン ・・???
「 うふふ・・・ お間違えになったのね? 」
「 ・・・あ え ・・・ その・・・ 」
件の人物はにっこりとジョーに微笑みかける。
肩口で揺れる亜麻色の髪に ひとひらふたひら花びらが纏わっている。
その笑顔は ― ジョーが世界中で誰よりも一番よく知ってる笑顔なのだ。
ジョーは ・・・ ぽかん、と口を開けたまま穴があくほど彼女を見つめてしまった。
だって ここに居たのはすぴかだぞ?
・・・ でも でも この女性は ―
ふ ・・・ フランだ・・・ フランソワーズだ、うん 絶対に・・・。
あれ?
・・・ けど ・・・ ちょっとだけ ちがう・・・?
髪も 瞳も ・・・ 同じ色なんだけど。
いつものフランと ほんのちょっとだけど違う・・・
― あ ・・・・!
・・・ 若い ・・・ 若い んだ・・・! ぼくの知っているフランよりも・・・・!
ほんの少し だけ・・・・!
「 あの・・・ なにか? 」
亜麻色の髪をゆらし碧い瞳が すこし困っている風に見える。
見知らぬ人物の不躾な視線に戸惑っているのだ。
ジョーはそれほどにも凝視していた。
「 ・・・! あ・・・ これは どうも・・・失礼しました。 その と、友達とよく似てて・・・ 」
「 まあ そうですの? 残念 ・・・ 」
「 ・・・え? ざ 残念 ・・・? 」
「 ええ。 わたしがそのお友達じゃなくて残念ですわ、ステキなセピア色の瞳のムッシュウ。 」
「 え・・・あ ・・・はあ・・・ 」
「 その方が羨ましいですわ。 ・・・ それじゃ・・・ ああ本当にここはサクラがきれい・・・ 」
彼女はジョーに微笑むと ゆっくりと踵をかえした。
な、 なんだ???
だって ― たった今まで ぼくは・・・ すぴかと、ぼくの娘と一緒で・・・
あの角の向こうには フランとすばるがいるはず ・・・
― でも ・・・・!
あ あれは やっぱりフランなんだ!
白い花びらが散る中 亜麻色の髪の乙女が去ってゆく。
ジョーの足は自然に、彼自身が気づく前に、彼女を追っていた。
「 ・・・あ あの! マ マドモアゼル・・・! 」
「 ― はい? なにか・・・? 」
ジョーは息せき切って 彼女の側に駆け寄った。
「 あの! さくら と仰いましたね・・・? 」
「 ええ。 この・・・ 花の名前です。 東洋の花なのです、ご存知ないかと思いますが・・・
こんなところにも植えてあるなんて知りませんでした。 本当にきれい・・・ 」
「 ・・・ あの あなたはどこで知ったのですか? 」
ジョーは 自分自身でも信じられないのだが、ひたすら彼女をみつめつつ話しかけ続ける。
・・・ う ・・・ こんな勇気 ・・・ ぼくにもあったんだ・・・
「 この花のことですか? 市内の公園に植えてあります。 そこもとてもキレイですわ。 」
「 公園 ・・・? どこの公園ですか。 」
この辺り一帯 ― 家族でやってきた桜の小路はギルモア邸の裏山から入った場所だ。
近くに人家もなければ公園もない。
「 公園 ・・・ この付近に公園が ・・・ ありますか。 」
「 ええ。 さくら の木は最近植えられたのですがとてもキレイなんですよ。 」
「 ・・・ あ あの! よろしければ。 案内してくれますか・・・ 」
「 え・・・・ 」
「 あ ぼく! 怪しいモノじゃありません! 家族で花見にきてて・・・
娘と一緒だったんですが・・・ 」
「 まあ ・・・ お嬢さんと?? ふふふ・・・ステキな若いパパなのね。 」
「 え・・・あ ・・・ま、まあ・・・ その。 」
「 明日でもよければご案内しますわ。 お嬢さんとご一緒にどうぞ? 」
「 ええ 是非。 お願いします。 」
「 ふふふ・・・・ ムッシュウも サクラ に夢中ですのね。 あのご存知ですか・・・
サクラには 魔物 が棲んでいるのですって。 」
「 ・・・ 魔物・・・? 」
「 これは兄に聞いたのですけど。 ほら・・・今だってそこの梢から見下ろしているかも。 」
「 ええ ・・・? 」
ジョーは思わず サクラの樹を見上げてしまった。
「 うふふふ そう言って兄に脅かされましたの。 あの・・・明日の昼にその兄が帰ってきます。
その前でよろしければ 御案内しますけど・・・ 」
兄さんが・・・帰ってくる・・??
そ それじゃ・・・ <明日> は ・・・ <あの日>なのか・・・?!
ジョーの背筋に 冷たい汗が転げ落ちる。
「 あ ・・・ お兄さんを む、迎えに? 」
「 ええ そのつもりですけど。 その前ならばご一緒できますわ。」
「 是非。 それじゃ ・・・ 明日 8時に。 早起き、させちゃうけど・・・
あの ・・・ ここで待っていていいですか。 」
「 はい。 わたし、頑張って早起きしますね。 」
「 すみません・・・ あ ぼくの名前は 」
「 し♪ 仰らないで? ムッシュウ・セピアの瞳 でいいわ。 」
「 え・・・あ ・・・ それじゃ。 亜麻色の髪のマドモアゼル。 」
「 ・・・ では 明日 − 」
「 Oui a demain ・・・! 」
す・・・っと差し出された手を ジョーはこそ・・・っと形ばかり握った。
ひらり ひら ひら・・・ ひら ・・・・・・
白い花びらの帳の向こうに ほっそりした姿が去ってゆく。
「 ・・・ あ ・・・ ふ フラン・・・ フランソワーズ ・・・! 」
叫びだしそうな口を ぐ・・・っと引き結びジョーは その姿を見送る。
そう・・・ ジョーと約束した彼女は早起きをするはずだ。
<明日> ・・・ 彼女は寝過ごさない。 花の小路で待ちぼうけをくわされるが・・・
慌てて家を出て 黒い車に追いつかれる ― ことはないはずだ。
・・・・ よかった ・・・!
これで ・・・ フランは ・・・ BGに拉致されないで すむ
サ ・・・サイボーグに改造される・・・・ことはない・・・
フランは生まれた時代を普通の女性として 幸せに生きてゆくんだ
ごくり、とジョーは咽喉仏を鳴らす。 握り締めた掌が冷たい汗に濡れている。
「 ・・・ そう さ。 彼女は・・・ ヒトとして幸せな一生を ・・・送れるんだ・・ 」
ふうう ・・・・ ジョーの淋しい溜息が地を這ってゆく。
「 幸せに・・・ フラン。 きみとはもう・・・会えないんだね・・・
ありがとう・・・少しの間だけど、ぼくに 家庭 と 家族 を与えてくれて・・・
ありがとう・・・幸せに どうか 幸せに・・・ ・・・・! 」
ぽた ポタポタポタ ・・・・
ジョーの頬を滂沱と伝い落ちた涙は 彼の足元に水玉模様をつくる。
「 ・・・ ごめんね。 <明日>の朝 、きみを桜の下で待たせてしまうけど。
でも ・・・ それで きみは 003 にならずにすむ。
と 時を ・・・ 飛び越えなくて・・・ すむ 」
ジョーはゆっくりと周囲を見回した。
一人ぼっちで眺めるには ― どうも桜のトンネルは華やかすぎる ・・・
「 ・・・ 帰ろう かな。 あの邸はちゃんと・・・あるさ。
だ け ど。
そこには ― きみ はいない。 こ ・・・ こども達も ・・・ 」
ふうう ・・・・ もう一度重い吐息をはき、ジョーは歩きだした。
心も身体も 鉛みたいで自分自身が重たくて・・・ ジョーの足はなかなか進まない。
ひとりで眺める さくら もいいかも ・・・ なんて思える日、来るかなあ・・・
ジョーはゆっくりと道を引き返しはじめた。 足元しか見えない ・・・ 見られない
「 あ〜〜〜 おとうさ〜ん !! 」
― トン ・・・!
甲高い声と一緒に なにか・・・温かくて・元気で・ちっちゃいモノが 彼の脚に飛びついた。
え ・・・???? ま ま さか・・・・
「 まってえ〜! アタシ、おなかすいちゃった。 おべんとうにしよ! 」
「 ・・・ す すぴ か・・・? 」
「 ね、みてた? すぴかのおどり♪ おかあさんみたくじょうずだった? 」
「 あ ・・・ ああ 」
元気いっぱい訊ねてくる碧い瞳 くるりん・くるりん、と肩口でおおきく波打つ亜麻色の髪
・・・・ フラン・・・? じゃない! す・・・すぴか!
ぼくの ・・・ ぼくの娘だよ、すぴかだ〜〜〜
すぴか ! ぼくの ぼくとフランソワーズの愛の証 !
ジョーは飛びついてきたちっちゃな身体を ぽお〜〜〜んと抱き上げた。
「 わ? うあ〜〜〜い♪ たっか〜〜〜い〜〜 お父さ〜〜ん♪ 」
「 あはは・・・ すぴか すぴか〜〜♪ 」
ジョーは愛娘を抱き締め頬ずりをする。
理由はわからないけど・・・
すぴか・・・! お前がいるんだ 僕のこの腕の中に・・・
神様 ・・・ 感謝します・・・!
すぴかは父の腕の中でけらけら笑い。小さな手がジョーの頬をなでる。
「 あれェ〜 おとうさん? ・・・ ないてるの? 」
「 う・・・? い いや・・・ これ 汗さ。 ちょっと暑いかな〜 」
「 ふうん? ね〜 おとうさん、 花びらさんが飛んでるね〜 」
「 うん? 本当だねえ・・・ 追いかけっこ、しようか? 」
とん・・・ ジョーは愛娘を下におろす。
「 わ〜〜い ほらほら〜〜 おとうさん おとうさ〜〜ん♪ 」
「 すぴか〜 速いなあ〜〜 待ってくれ〜〜 」
「 えへへへ・・・ お父さん、こっちこっち〜〜 さくらさんといっしょにはしる〜〜 」
「 よぉ〜し・・・ ほ〜ら 行くぞ ! 」
「 うわ〜〜いぃ 〜〜〜♪ 」
ジョーとすぴかは 二人して花びらが舞うなかひらひら・たかたか駆け回った。
はしゃぐ父娘を 白い花々が微笑みつつ見守っている。
「 あは ・・・ ははは 〜〜 すぴか、速いなあ〜〜 」
「 おとうさんってば〜〜 こっちこっち〜♪ 」
「 よ〜し 行くぞぉ〜〜 すぴか〜〜 」
「 ねえねえ おとうさん。 おかあさんとすばるのとこまで はしっていこ。 」
「 ・・・え ・・・ おかあさん と すばる・・・? 」
「 ウン。 すばるさあ・・・おねつ、さがったかなあ・・・ 」
「 そうだねえ・・・ お母さんと一緒だから大丈夫さ。 」
「 そっか そだね〜 おかあさんもおはなみ、したかなあ・・・ 」
「 うん・・・そうだ、すぴか。 これから皆でお弁当たべながら お花見しような。 」
「 うん♪ おとうさんってば〜〜 あったまい〜〜♪ 」
「 それじゃ一緒に 走って行こう。 な? 」
「 うん♪ 」
ジョーの差し出した手に すぴかのちっちゃな手がするりとおさまった。
ジョーとすぴかは 手を繋いで駆けて行く。
さくら さくら ・・・
白い花 白い路 −−− 桜の小路には ・・・ 何が棲む?
小路の角を曲がると ― すこし先に見慣れた姿が あった。
桜の根方に腰掛けて 小さな男の子をひざに抱いている女性 ・・・
ジョーが この世で一番よく知っている ・ 一番愛している ひと。
・・・ え ・・・? ま さか ・・・
ジョーはそっと目をぬぐいひたすら前方の姿に目を凝らす。
亜麻色の髪が外向きに柔らかくはねて・・・碧い瞳に優しい笑みが溢れている。
― さっきまでジョーが話していた女性と そっくり・・・ いや ちがう。
ちがう。 このヒトは ぼくの・・・ぼくの妻 ・・・ ぼくのフランソワーズだ!
ジョーは脚を早めた。
「 ・・・ あ ・・・ ジョー ・・・ すぴか ・・・・ 」
「 ふ フラン ・・・・ すばる ・・・ 」
ジョーは 息子を抱いた妻を 見つめる。
フランソワーズは 娘の手を引いてきた夫を 見つめる。
フラン ・・・ フラン ・・・・! きみは ちゃんといるんだ・・・
ジョー ・・・ ジョー ・・・・! あなた。 もどってきたのね
「 あ・・・ あの ・・・ 」
「 ・・・ ええ ・・・ あの 」
ジョーもフランソワーズも 言葉が出ない。 見つめ合った目と目だけで語りあっている。
言葉もなく見つめ合っている両親なんかほっぽりだして、すぴかはすばるの側に飛んでゆく。
「 す〜ばる!! おねつ、さがった? 」
「 すぴか。 うん! じゅーす、のんだらげんき〜 」
「 あ〜 アタシも〜〜 むぎちゃ〜〜 のみたい! おかあさん、むぎちゃ ある? 」
「 僕も〜〜 むぎちゃ〜〜 」
子供たちは母の膝元に纏わりついて足元に置いてある大きな袋を覗き込んでいる。
「 ねえ ねえ おかあさん! おか〜さんってば〜 」
「 おとうさん? ねえ 僕 むぎちゃ〜のみたい。 」
両親の甘い時間は たちまち雨散霧消してしまった・・・
「 ・・・ あ はいはい・・・ ええ ありますよ 」
「 そ そうだ・・・ そろそろお弁当にしようか。 なあ フラン ・・・ 」
「 そうね、そうしましょう。 」
「「 うわ〜〜い♪ おべんと おべんと うれしいな〜〜♪♪ 」」
「 ほらほら・・・お父さんがレジャー・シートを広げるから。 二人とも手伝って? 」
「 よ〜し・・・ ほら こっちの端っこ、持ってくれ、すばる。 すぴかはこっちだ。 」
「「 は〜〜い♪ 」」
島村さんちのいつもの楽しいお弁当タイムが始まった。
「 ・・・ ほんとうにキレイねえ・・・ ほら・・・ 」
フランソワーズの翳した手に 花びらが舞い落ちる。
「 あはは・・・きみ、眺めてばかりいないで食べろよ? 」
ジョーは子供たちの相手をしつつ、せっせと愛妻の はなみ・べんとう を口に運んでいる。
「 あんまり・・・キレイすぎて。 わたし・・・ 桜がこんなに こんなにステキだったなんて・・・
今まで気がつかなかったの。 」
「 うん? そうかな ・・・ たしかに春に咲く花の代表だよなあ。 」
「 そうよねえ・・・ ジョー、あなたが夢中になるわけが わかったわ。
この国の春は本当に美しいわね・・・ この花びら・・・ 魂までもってゆかれそう・・・ 」
ひら ひら・・・ ひらり ・・・・ ひら ひら・・・・ ひら ・・・・
風にのって花びらがどんどん散ってきた。
「 うわあ〜〜〜 ねえねえ おとうさん おとうさん これ・・・ゆき みたい〜 」
「 ゆき〜〜 ゆきだあ〜〜 ゆ〜きやこんこん♪ 」
子供たちはお弁当もそっちのけで 花びらを掬おうと跳ね回っている。
「 うわ・・・すごいなあ。 ちょっと避難しようか。 」
「 ・・・ジョー? どうしたの。 」
「 え? 別にどうもしていないよ。 ああ お前たち、お弁当を持って。
あっち側ならすこしは花びらも散ってこないよ。 」
「「 は〜い 」」
ジョーはレジャー・シートを畳んだり、飲み物を運んだり・・・どんどん作業を進めている。
「 ほら フラン・・・ きみもこっちへおいで。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ どうして・・ ? 」
「 え。 なにが。 」
「 なにが・・・って。 ジョーがあんなに好きだった・・・さくらよ?
ず〜っと咲くのを楽しみに 楽しみに待っていたでしょう? 」
「 そう ・・・だったかな・・・ 」
「 そうよ。 ・・・ ジョー・・・ 覚えて ・・・ないの? 」
「 いや? 桜 ・・・ うん、そうだなあ・・・ チビの頃はすごく好きだったけど。
そりゃ 今でもいいなあ、っては思うけど・・ なんでかぼくにもよくわからないや。 」
「 ・・・ そう ・・・ なの・・・ 」
「 うん。 こう・・・桜の花を眺めてると いいことが待ってる・・・って気がしてさ。
あれって・・・ なんなんだろうなあ? 」
ジョーは舞い落ちる花びらをつまみ 不思議そうな顔をしてる。
「 いいことが きっといいことがある、ステキな出会いがある。 そんな希望がわいてくるんだ。
可笑しいよね、 なんの根拠もないのにさ。 」
ジョーは 照れ笑いをしつつフランソワーズを見ている。
咲き誇る花々、 舞う花びらには目もくれない。
「 ジョー。 桜 ・・・ 好き、でしょう? 」
「 うん 好きさ。 きみの次に ね。 」
「 ― ジョー ・・・! 」
ジョー ・・・ さっき会った <小さいジョー> は ・・・
本当に あなた自身だったのね・・・
フランソワーズはまだ <小さなジョー>を抱いた温かさがこの胸に残っている。
「 あの なあ フラン。 聞いてもいいかなあ。 」
「 え・・・ なあに。 」
ジョーはちら・・・っと彼の細君の顔をみて すぐに視線を逸らせてしまう。
「 やだ・・・何なの、ジョー。 」
「 うん ・・・ あの なあ。 」
「 ええ なあに。 」
「 ・・・ うん ・・・ <あの日>な。 きみがその・・・お兄さんを迎えに行こうとしていた日・・・ 」
「 え? ・・・あ ああ・・・ あの日・・・ それがどうかしたの? 」
「 うん。 あの日・・・ きみはなにか他に予定があった・・・かい。 」
「 予定・・・? いえ 別になにも・・・ あ ううん ・・・ちょっと待って・・・ 」
「 なにかあったんだね!? 」
「 ・・・ え・・・ と なんだったかしら・・・ ずっと忘れていたんだけど・・・
今 ジョーに言われて ・・・・ う〜ん ・・・? 」
「 あの日。 きみはお兄さんを迎えに行く前に どこかへ・・・行ったかい。 」
「 ・・・・ わからない、覚えてないの。 でも ジョー・・・どうしてそんなこと、聞くの。 」
「 い・・・いや ・・・ ちょっと気になって。
お兄さんが休暇で帰還してくるのは 昼前くらいだったのじゃないかなと思ったんだ。 」
ジョーは何気なく言ったが そっとフランソワーズの表情を見ている。
「 ・・・ あの日 ・・・ そう ・・・ね。 時間 ・・・えっと・・・・
あ そうだわ ・・・ そうなの。 <あの日>ねえ ・・・ 朝にちょっと約束があって。
でも・・・ 誰とだったかしら・・・ え・・・っと・・・ ??
ずっと待っていたのだけど・・・ わたし そのヒトとは会えなかったの。
それで 家に帰って・・・そうよ、早起きしたので眠くて・・・
わたし、カフェ・オ・レを飲みつつ転寝しちゃったのね。 目が覚めてびっくりしたわ。 」
「 ・・・・え。 」
「 それで ・・・ お兄さんの汽車がつく時間に遅れそうになって・・・
あの ・・・ それで ・・・ 」
「 ― そうか ・・・。 ごめん、余計なこと、思い出させちゃったね。 」
「 ううん ・・・ もういいの。 だけど あの日・・ わたし、誰と約束してたのかしら。
・・・ 全然覚えていないのよ。 今まですっかり忘れていたわ。 」
フランソワーズはじっと宙を見つめているが おそらくなにも見てはいないのだろう。
「 ・・・ ごめん ・・・ 」
「 ジョー ・・・ どうしてあなたが謝るの? 」
「 う・・・ん いや・・・ その・・・ 」
「 おと〜さ〜ん こっちでいい〜〜 ? 」
「 おか〜さ〜ん・・・ 僕、ジュースぅ〜 」
子供たちは レジャー・シートを移し、もうちゃっかり座りこんでいる。
「 あ はいはい ・・・ ちょっと待ってね。
でも ・・・ さくら・・・ そうよ、桜だわ! さくら よ。 」
「 桜 ・・・ ? 」
「 ええ そうなの。 桜の側・・・ううん、やっぱりこんな風に桜がずう〜っと並んでいるところで
わたし 待っていたんだわ。 」
「 ・・・ そうか。 」
「 ずっと・・・ そのヒト、絶対に来る、って約束したのに。 とうとう会えなくて
でもね ・・・ なんだかあまり腹も立たなくて。
そう ・・・ こんな風に ひら ひら 散る花びらを ずっと見ていたの。
それで ああ きっと。 あのヒトは来ないんだろな・・・って思ってたわ。
ふふふ・・・わたし、振られちゃったわけ。 」
「 ち! ちがうよ! 振られた なんてそんな!
ぼく・・・い いや・・・ ソイツはきっと行きたくて行きたくて・・・でもどうしようもなくて。 」
ジョーはつい ムキになってしまう。
ぼくだって! きみと一緒に公園に行きたかったよ・・・
きみと きみの故郷の街を歩いてみたかった
「 ジョー? どうしたのよ。 ああ ほらほら すばる・・・ こぼしちゃだめでしょ。
すぴか〜〜 そんなに食べて大丈夫? 」
フランソワーズは笑いつつ 子供たちの世話を焼いている。
フラン・・・ きみは夢かなんかだと思っているのか・・・
いや それならそのほうが いいんだ そのほうが・・・
「 フラン ・・・ きみ さ。 もしも ・・・ 」
「 ジョー。 その先は 」
「 ? ・・・うわ? んんん ・・・ 」
ジョーの唇は ふんわりジョーの一番よく知っている香りと感触で塞がれた。
ジョー? わたし。 今 とっても幸せよ?
・・・・ わかったよ ぼくはきみがいれば それで いい・・・
「 おかあさ〜ん 僕ぅ〜〜 」
「 し〜! すばる。 いま おしゃべりしちゃ だめ。 」
「 う〜ん わ〜かったぁ〜 」
「「 おとうさ〜ん おかあさ〜ん ・・・ まだかなあ 」」
双子はちっちゃなお膝をそろえて くっついてちう・・・している両親を見ていた。
「 さくら〜〜 さくら〜〜〜 きれいだね〜〜 」
すぴかの甲高い声が 花さく小路に響く。
「 ・・・ そうねえ きれいねえ。 ほら・・・ 花びらがたくさん降ってくるわね。 」
「 雪みたいだろ? 花吹雪っていうのさ。 」
「 ふ ぶき? ・・・ ふうん ・・・ 」
すぴかは両親の間にはさまって両手を取ってもらっている。
「 ぶ〜らんこ♪ ぶ〜らんこ〜〜 わ〜〜〜い♪ 」
「 こォら〜〜 あんまり暴れるなよ〜 」
「 ふふふ・・・本当にお転婆さんなんだから♪ 」
「 えへへへ・・・ きゃ〜〜い・・・♪ あ・・・ おとうさん、すばるは? 」
「 うん? ・・・ よく寝てるよ。 」
「 すばるってば おべんとう、たべておねむ・・・ってあかちゃんだあ〜〜 」
「 そうねえ。 すばる、と〜ってもはしゃいでいたから・・・ 草臥れちゃったのよ。
ねえ すばる・・・? ふふふ・・・よく似てるわ・・・ 」
フランソワーズは夫の背中でくうくう眠っている息子をのぞきこみ、その頬を撫でた。
「 ― 似てる ? 」
「 ええ ・・・すばるってば あの子・・・ あのかわいい坊やによく似てるわ・・・ 」
ねえ <小さなジョー> ・・・
あなた、 ちゃんとステキな巡り合いをしたでしょう?
あなた ちゃんとわたしの側にきてくれたわ・・・
さくら さん ・・・ あなたにお礼をいわなくちゃね。
「 あの子? どこの子かい。 」
「 ・・・ あ なんでもないの。 ちょっと・・・知っている子がね・・・
ねえ それよりも ジョー。 本当にキレイな花ねえ。 ねえ すぴか。 」
「 うん♪ すぴかもすきだあ〜〜 おとうさんも おかあさんも好きでしょ? 」
すぴかが満面の笑顔で両親を見上げる。
「 そうね 大好きよ、 お母さん。すぴかと同じ。 」
「 お父さんも さ。 」
ジョーはすぐに答えたけれど 花は見ていない。 彼が見ているのは娘とそして妻の顔だけだ。
・・・ ジョー?
ぼくは。 ぼくが好きなのは フランソワーズ ・・・・ きみ だよ。
「 おとうさ〜ん おかあさ〜ん おうち、かえろ〜〜 」
「 ・・・ああ そうだね。 うん・・・ すばる、起きたのかな〜 すばる? おい・・・?」
「 ・・・ うん おきてる〜 へへへ らくちんだあ〜 ♪ 」
「 すばるったら。 ほら・・・もう自分で歩きなさい。 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ 」
「 すばる! て、つなご。 」
「 ・・・ ん。 おとうさん、おろして ・・・ 」
「 よし。 今度はちゃんと一人で歩けよ〜 すばる。 オトコだろ。 」
「 う ・・ん ・・・ おかあさ〜ん♪ おててつないでェ〜 」
「 はいはい・・・ ほら。 」
すばるは片手を母、もう一方をすぴかと繋いでご機嫌ちゃんである。
「 か〜えろ〜 かえろ♪ 」
ひら ・・・ひらひら ひら ・・・・・・
白い花びらが 家族4人の上に降り注ぐ。
ジョーもフランソワーズも。 そして すぴかもすばるも。 桜にふんわり ふわふわ埋もれていた。
春の宵、 すこし冷たいけれどほんわりやさしい空気の中、4人はのんびり家路をたどった。
「 ふう ・・・ いいお湯だったあ・・・・ 」
ジョーは がしがし髪をふきつつバス・ルームからもどってきた。
家族で小さな花見遠足をし、大はしゃぎで桜を遊んだ。
子供たちは晩御飯をたべるや、すぐに沈没してしまった。
ジョーとフランソワーズは 久し振りにゆっくりとした夜を過していた。
「 ねえ <桜湯> ってあるのでしょう? やってみましょうか。 」
フランソワーズが ドレッサーの前から聞いてきた。
「 え? さくらゆ? ・・・ それって・・・ 」
「 菖蒲湯 とか ゆず湯 みたいに 桜の花びらをいれるのかしら。
あ・・・ それとも ほら、桜餅のはっぱみたいなのを使うの? 」
「 ・・・ え ・・・ そういうのとは 違うと思う・・・けど・・? 」
「 あら そう? <桜湯のモト> みたいのを売ってるの?
キレイでしょうねえ、お湯がうすいピンク色になったらいいなあ。 」
かってに <桜湯> を想像し、 フランソワーズはうっとりしている。
「 あの〜・・・ フラン。 桜湯って ・・・ 飲み物なんだよ。
その・・・おめでたい席とかで飲むのさ。 」
「 え・・・ そ そうなの? まあ ・・・・
わたし、てっきり・・・お風呂かと思ってたわ〜〜 」
「 あは・・・ まあ お湯 には違いないけどな。 ぼくも飲んだこと、ないんだ。 」
「 まあ それじゃ 明日♪ さがしてくるわね〜〜 」
「 うん ・・・ いいね。 それできみと桜湯で乾杯しよう。
・・・ そうさ さくら に ね ・・・ 」
ジョーは フランソワーズの後ろにたちふんわり彼女の身体に腕をまわした。
「 ― ジョー ・・・・ 」
「 桜が さ。 いろいろ ・・・ 不思議な幻を見せてくれたりしたけど。
やっぱりぼくはこうしてきみと巡り逢い ・・・ 家庭をもてた ・・・ 」
「 ジョー ・・・ そうね。
わたしも 桜に助けてもらったみたい。 ジョーはちゃんと ジョー だわ。 」
二人はだまって鏡の中の自分達の姿をみつめた。
変わらない ・ 年齢 ( とし ) を取らない ・ つくりものの身体・・・
しかしようく見てみえれば 互いに少しずつだが変わってきている。
ジョーは すこしづつ男らしく精悍な顔つきになり、それとともに落ち着いた雰囲気をもつようになってきた。
特に子供たちが生まれてから 彼は変った。 父親の顔 を持ち、彼はより大人になった。
( 愛妻と二人きりの時には仔犬に戻ることもあるが・・・ )
フランソワーズは 彼女もしっとりと落ち着いた人妻になった。
美貌は変わらないが物腰や態度はより柔らかく、笑顔はいつも温かい。
( もっともすぴかとすばるの 姉弟連合軍 相手の時には怒鳴ったりしているが・・・ )
「 どんな時だって ― 幾つになったって ぼくにはきみだけだ・・・ 」
「 わたしもよ。 ジョー ・・・ 愛してるわ。 」
「 ・・・ ごめ ・・・ ぼく ・・・やっぱ照れ臭くてさ ・・・ 言えない。 アイシテル ・・・ってさ 」
「 わたしが代わりに言うわ。 アイシテル 愛してる・・・って。 」
「 ・・・ 言葉じゃないけど 」
「 あ ・・・ 」
ジョーは 彼女の頬を両手で挟み熱く口付けをした。
「 明日 さ。 桜湯で乾杯しよう ・・・ 幾久しゅうお願いいたします、ってさ・・・ 」
「 ・・・え ・・・? 」
ジョーの独り言はパリジェンヌの妻には理解できなかったのかもしれない。
二人はそのまま お互いの身体に腕を巻きつけあいベッドに倒れこんだ。
さくら さくら ・・・
白い花 白い影 −−− 桜の陰には ・・・ 何が棲む ?
季節は廻る ― いかなる時代もどんなことがあろうとも・・・
辛い冬は必ずいつしか終わりを告げ 明るい春がやってくる
大自然の営みは営々と続き 決して裏切ることはない。
ヒトは去り 新しい顔が加わり そしてまた去ってゆくけれど ・・・
― そう 桜は必ず 白い花の饗宴を催す 毎年毎年・・・
亜麻色の髪の男性がベビー・カーを押して 桜並木の下をゆったりと通ってゆく。
「 きれいだねえ マァ・・・ 昔とちっとも変わらないな。 いや・・・あの頃よりもっと凄いな・・・ 」
彼は赤ん坊にむかって話かけているのか 独り言なのか。 それとも桜に聞かせているのか・・・
ひら ひらひら ひら・・・・
白い花が 若い父の髪に、ベビー・カーの上に舞い落ちる。
ベビー・カーの中から ちっちゃな手が舞う花びらに伸ばされる。
「 あはは・・・ マァ〜 来年はあんよして桜を追いかけられるよなあ。 」
「 だ〜〜 ああ〜〜〜 」
赤ん坊のご機嫌も上々らしい。
「 ・・・ この路 ・・・ 本当に何年ぶりかな・・・ 」
父親は脚を止め 白い花のトンネルを改めて見渡している。
「 待って 〜〜 ・・・ すばる・・・! 」
「 お〜う・・・ ここだよ〜 」
「 ・・・はあ はあ ・・・ ちょっと待っててば〜〜〜 」
ザザザ ・・・ と足音と一緒にセピア色の髪を振り乱し女性が走ってきた。
「 だ〜〜〜・・・・ ほら、飲み物! マァちゃんが飲めるお水もあるよ〜〜 」
ず・・・っと彼女は満杯のレジ袋を差し出した。
「 お〜〜 さんきゅ♪ わるいね〜〜 すぴか。 」
「 ふん。 その口ぶりに反省の色は感じられんぞ、愚弟よ! あれ。 歌帆ちゃんは。 」
「 うん もうすぐ追いついてくる はず・・・ 弁当、つくってるんだ。
あれ? お前んちもさ わたなべは? 」
「 すばるく〜〜〜〜ん? その言い方はよろしくないぞ。 」
「 ・・・はへ?? 」
「 うぉっほん! 君の義兄さんを呼び捨てにしてはいかんのだよ〜
義兄上 とお呼び、義兄上と〜〜 」
「 あ〜〜 う〜〜〜 しっかし今更なあ・・・アイツは <わたなべ>以外の何者でもないし〜 」
すばるは真剣な顔で悩んでいる。
お互いの母に手を引かれ幼稚園に通う頃出会った二人 ― すばる と わたなべ君は
<しんゆう> となり その付き合いは文字通り一生のものとなる。
「 ふん・・・ 幾つになっても世話の焼ける弟だわさ・・・ マァちゃん、おいで〜 」
「 ぷぷぷ〜〜〜 っぴか〜〜ま 〜〜 」
「 はあい〜 すぴか伯母サマですよ〜〜 」
すぴかはなかなか器用な手つきで ベビー・カーから赤ん坊を抱き上げた。
「 ほうら〜〜 マァちゃん・・・ さくら・・・きれいね〜〜 」
「 だ〜〜あ〜〜あ ああ〜〜 」
赤ん坊は彼女の腕の中で 白い花々に手を伸ばす。
「 さ く ら よ、桜。 あ〜 ほら。 マァちゃんのママが来るよ。 ママ〜〜〜って 」
「 お。 歌帆〜〜 こっちこっち・・・・ 」
すばるはやってきた方向に向かって手を振った。
やはり大きな荷物をさげた女性が えっほえっほと桜のトンネルを抜けてきた。
「 お〜〜 歌帆ちゃ〜ん、お疲れさま〜〜 」
「 すぴかお義姉さん あら マァ〜〜 よかったわね〜 伯母様にだっこして頂いて・・・ 」
「 ほらほら すばる〜 荷物、持ったげなって。 」
「 へいへい・・・ わあ 歌帆、張り切ってつくったな〜 」
すばるは細君から手作り 花見・弁当 を受け取った。
いつの世でも花よりだんご・・・は真実らしい。
すぴかとすばるの家族たちはお腹もおしゃべりも満足し ぼ〜・・・・っと頭上の花を眺めている。
「 ・・・ あ〜 ・・・ キレイだわねえ・・・ 」
「 うん ・・・オレ、初めて知ったよ〜 こんなトコ・・・ 」
すぴかと夫の わたなべ君 がぼそぼそ言う。
ベビー・カーに眠った子供を寝かせ 歌帆は荷物のバッグを開けたり袋をひろげたりしている。
「 歌帆? お前、なにを捜しているんだい。 」
「 ええ ・・・あの ハンカチなんだけど・・・ 」
「 ハンカチ? ・・・ ああ ほら〜 マァが齧ってたぞ。 」
「 ・・・ ううん ・・・アレじゃなくて。 私の大事なハンカチだったのに〜〜
タカラモノなのよ。 」
「 ?? なんだってそんなもの、持ち歩いていたんだ? 」
「 ・・・だって。 私の御守なんだもの・・・ ずっと持っていたの、いつもいつも。
あの事故の時から・・・ ずっと・・・ 」
「 事故の時? ・・・ って あの事故か? 」
歌帆はすばると出会う前に 飛行機事故に巻き込まれ父親を失っている。
「 そうよ。 私の咽喉を ううん 命を護ってくれたハンカチよ。 小さなハンカチなんだけど・・・ 」
「 それって・・・あの、隅っこに刺繍のしてある古いハンカチかい。 」
「 ええ。 ちょっと使い古しみたいだけど でもね、大切にしてたの。
イヤだわ〜〜 無くしちゃったのかしら・・・ 」
「 最後に見たのはウチから出かける前かい。 」
「 ううん・・・ え〜と さっきキレイな桜の花をね、包んでおいたんだけど・・・ 」
あ。 もしかして さあ?
うん。 あの・ハンカチ なんだ
すぴかとすばるは 目の端っこで頷きあった。 そう、あのハンカチは。
お か あ さ ん ・・・ね♪
― だな。
「 歌帆。 ― サクラがさ ・・・ 持っていったんだよ。 きっと・・・ 」
「 あは・・・ そうだね、歌帆ちゃん。 サクラが 喜んでいるよ。 きっと・・・ 」
「 そう・・・かしら・・・ 」
「 歌帆さん、 桜に持ってゆかれたのかもしれないよ。 」
「 わたなべのお義兄さん。 ・・・ そう ・・・ それなら ・・・ 諦めもつくけど・・・ 」
「 あ・・・ほら〜 マァちゃんがお目々覚ませたみたいだよ〜〜 」
「 あらあら ・・・ 」
「 あは。 すばるに似てるねえ〜 可愛い・・・ 」
わたなべ君は 赤ん坊を眺めてにこにこしている。
「 なあ。 あの時、4人でここに花見に来た時 さ。 お袋ってば俺のことじ〜〜〜っと見つめて。
『 ジョー!! 』 って叫んでさ。 ぎゅ・・・っと抱きついてきたんだぜ。 」
「 へえ・・・ お母さんも? 」
「 < も >? って オヤジもか? 」
「 うん。 アタシさ、お父さんと先に歩いてたじゃん?
アタシ、花びらに喜んでおどったり跳ねたりしてたらさ。
お父さんってば急に手、掴んで・・・大真面目な顔して・・・
『 フランソワーズ! 』 だもん。 びっくりしちゃった・・・ 」
「 ふうん・・・ あ。 あのあと 二人でさ・・・ 」
「 ああ うん・・・また熱烈に ちゅう〜〜 ってやってたっけね。 」
― あは・・・ うふふふ ・・・・ 双子の姉弟は低く笑い合う。
「 二人して桜に酔ってたのかな? 」
「 かもね〜〜 夢見る夫婦 だったからね〜 」
「 あは・・・・違いない・・・ 」
「 ― それにしても ほっんとうに・・・ キレイな桜だなあ〜〜 」
のんびりしたわたなべ君の声に 皆はもういちどぼ〜〜〜っと花のトンネルを見上げていた。
春の宵 ・・・ 優しい夕暮れの空気の中、幾百 幾千の花びらが舞い落ちる。
ひらり ひらひら ひら ・・・ 恋人たちの上に 降り注ぐ
******** ちょっとだけ おまけ *********
「 あれ。 フラン ・・・ そのハンカチ・・・? 」
「 ジョー。 わたし、 これだけは! どうしても どうしても 持っていたいの。 」
「 やれやれ・・・ すばるに怒られるぞ〜〜 」
「 いいの。 これはね、わたしがあの子達から貰ったものですもの。
母の特権で ・・・ 返してもらいました。 」
「 ・・・ それって姑の特権だろ・・・ 嫁いびり ・・・ 」
「 なんですって?? 」
「 ・・・ いや なんでもないよ、奥さん♪ ア イ シ テ ル ♪ 」
「 ああん ・・・ さくら ・・・が 舞っているわ・・・ 」
「 ああ。 この小路はほんとうに キレイな桜だよなあ 〜〜 」
永遠の恋人たちは ゆっくりと桜の小路を抜けていった。
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Last updated : 03,29,2011. back / index
***************** ひと言 ******************
他愛もない?春の宵の夢・・・・ってことで。
ハンカチ云々 につきましたは 【 5周年企画 】 の 『アメイジング・グレース』 をどうぞ。