『 春宵恋話 ― (1) ― 』
企画・構成 めぼうき・ばちるど
テキスト ばちるど
坊や。 どうしたの?
― まってるんだ。
まあ・・・ 誰を?
― わかんない。 でも まってるんだ
どうして?
― 春がきたら きっと・・・ 来るから・・・って。
・・・ まあ ・・・・
― だから ぼく。 まってるんだ。
・・・・・・・・・・
― 島村 ジョー は。
この時期になると そわそわしてしまう。 自分自身、何故だかちっともわからない。
そりゃ ・・ 季節が移ってゆくのは心はずむものだし、誰だって春がくるのは嬉しい。
この国に生まれ育ったのだから 四季の移り変わりに和む気持ちも十分もっている。
夏だって秋だって冬だって ― キライじゃない。
なのに ― この季節だけは特別なのだ。 なぜだかわからないけれど・・・
「 国道沿いにずっと見てきたんだけど・・・ 」
「 枝がさ、ほんのり赤くみえるんだ。 ちょこっと花芽が出たのかなあ ・・・ 」
「 幹から直接 つぼみがでるんだね〜 」
「 ・・・ 新聞に出てなかったかい? 天気予報は? 」
「 え〜 まだ載ってないのかあ〜 ・・・ 」
「 あ! もしかしたら。 あそこならもう蕾が見えるかも・・・ 」
3月も半ばを迎えると 彼はそわそわの度もぐん・・・と増す。
日頃あまり関心のない天気予報を見るために一日に何回もあちらこちらへチャンネルを変えたり、
がさがさ新聞を広げてみたりしている。
「 ああそうね・・・ もうそんな季節なのね。 」
また ジョーの そわそわ季節 が始まったのね・・・ふう ・・・
そんなジョーの様子を フランソワーズは適当に受け流している。
彼女も最初の年こそ 一緒になって心配した。 しかし・・・
この国のこの地に住み着き <島村ジョー>という青年の妻となり数年 ―
彼女なりにこの時期の彼の扱い方、を会得していた。
もうすぐ春・・・って時 ジョーはまったく夢うつつになっちゃうのよねえ・・・
いったい・・・ このヒトの頭の中ってどうなっているのかしら。
・・・ やっぱり 最新式 は違うのかしらねえ・・・
あれこれ悩んでいても答えは見つからない。 当の本人にもわからないのだらから仕方ない。
彼女は溜息つきつき・・・ <目を瞑った>
― つまり、 ジョーの好きにさせることにしたのだ。
その日。
せっかく夫婦二人きり差し向かいの夕食なのに、ご亭主は新聞に首を突っ込んだままだ。
「 へえ〜・・・ 予想サイト があるんだ? えっと ・・・ ピ ピ ピ ・・・とォ 」
食事もそっちのけで 今度はなにやら携帯を弄くっている。
「 ・・・ あ〜あ まだかあ〜・・・ 仕方ない・・・ か。 この時期って気温の上下激しいからなあ・・・
あ♪ でもこの辺りは観測点より暖かいし もしかしたら・・・ 」
ジョーは正面に座る彼の美貌の愛妻の顔をチラ・・・っとも見ない。
「 ・・・ ジョー? 」
「 ・・・ うん? 」 こっちを向かない。
「 あの ジョー? 」
「 ・・・ うん。 」 顔も上げない。
「 ( ・・・・! ) NBGよ。 」
「 ・・・ ふうん・・・ 」 聞いてもいない。
− ばさり。 フランソワーズはジョーが広げっ放しにしていた新聞を取り上げ、畳んだ。
「 ねえ ジョー。 この前・・・ 聞いたんだけど。
ウチの子供たちも ・・・ スウィミング・スクール とか ピアノ とか 習わせたほうがいい? 」
「 ああ きみがいいようにしろよ・・・ ちょっと岬に方まで行ってみようかな。
あそこに大きな樹があったし。 いや 裏山の方が海風が当たらないから早いかなあ〜
あ・・・ちょっとゴメン ・・・ 」
カチャカチャ ・・・・ カタカタカタ ・・・
ジョーは夕食もそっちのけで 席を立ちPCに張り付いている。
「 ねえ ジョー、あなた。 どう思う? 日本ではおけいこ事っていうのでしょう? 」
「 ああ なんでもいいよ、きみが好きな方で・・・ これなら今度に週末に オッケーかな♪ 」
「 ・・・ ジョーォ? 」
「 え? あ ごめん、ごめん。 夕食が冷めてしまうね〜 ごめん〜 」
「 ・・・ 暖めなおしましょうか。 」
「 う〜ん ・・・ いいや。 ぼく、ちょっと出かけてくるから。
きみ、先に食べてていいよ。 あ 帰ってきてからぼくは自分でやるからね。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 うん、すぐに帰るからさ。 チビ達はもうネンネだよね? 」
「 ・・・ ええ。 とっくにね。 ジョーが帰ってくる前に。 」
「 あ うん ・・・ じゃ ちょっと・・・ 」
ジョーは席を立つと ジャンパーを羽織りそそくさとリビングを出て行った。
「 ・・・ ちょ・・・っと。 まあ・・・! 本気で見にいっちゃったわ・・・! 」
もう〜〜〜 !!!
どん・・・。 フランソワーズは勢いよく胡椒のミルをテーブルに置いた。
「 あそこまでゆくと ・・・ もう 取りつかれているとしか思えないわ!
子供たちのことよりも気になる、なんて。 ― サクラが。 」
そう ・・・ サクラ。 桜 さくら ・・・
ジョーは毎年本格的な春の訪れに前にひたすら さくら が気になるのだ。
たった一輪の蕾が咲き始めたその日から はらはらと散り頻る花吹雪の最後のひとひらが
風に舞ってゆくときまで ― ジョーはさくらに夢中になる。
蕾が開くまで大騒ぎをし 最後のひとひらが散るのを溜息で見送り、しばらく呆然としている。
「 ― いったいどうなっているのよォ〜〜 」
人生の無二の伴侶、ベスト・パートナーである彼女も 彼の心理がちっともわからない。
勇気を振り絞って 彼女 ― フランソワーズ にポロポーズし。
やっと やっと ・・・ 彼が切望し憧れ続けてきた <家庭> をもち。
待ちに待った 小さな顔 が家族に加わった − それもふたつ同時に。
以来 ジョーは常に家族のために生きてきたしそれが彼の生きがいになっている。
― なのだが。 なぜかこの季節だけは上の空になるのだ。
「 ・・ ふん。 もう慣れっこよ。 いいわ ・・・ もう。
わたし、 わたしの好きな風に晩御飯たべて 先にお風呂に入って寝ちゃうから! 」
せっかく新調の レースのブラジャー・・・ ジョーになんか見せてあげない!
フランソワーズはぷりぷりしつつ 猛烈な勢いでお皿の上のものを口に運び・・・
カフェ・オ・レ で流し込んだ。
− ・・・・ ふんッ ・・・・・!
その夜 ・・・
― カタ ・・・・・
寝室のドアがそっと開いた。
「 ・・・ フラン ・・・? 」
そう・・・っとドアの隙間から首を突っ込み、するり、と身体をすべりこませて
ジョーが帰ってきた。
あら・・・ やっとご帰還ね。
・・・ しりません、 わたし もうとっくに寝ています。
フランソワーズはダブル・ベッドで ぴくり、とも動かない。
戸口に背を向け しっかり毛布をかぶり ― 熟睡している ・・・ フリをしている。
「 あの・・・ フラン? もう・・・眠っちゃったのかい・・・?
あの ・・・ ご ごめん・・・ キッチン、きれいに片付けてきたから・・・さ ・・・ 」
ああ キッチンね。 ふうん・・・一応晩御飯、 食べたのか・・・
「 あの・・・美味しかったよ・・・ やっぱきみの料理、最高だよね・・・
あの ・・・ チビ達の顔、見てきたんだけど・・・ よ〜く寝てたよ・・・ 」
あら 子供部屋、見てきてくれたのね ・・・ よしよし・・・
「 あの・・・ フラン ・・・ あの ごめん ・・・
あの ・・・ となり、行ってもいいかなあ・・・ あの フラン・・・ 」
・・・ どうせ わたしなんかよりも あの花の方がいいのでしょ・・・!
「 あの ・・・ いつも き キレイだね あの ・・・ いい匂いだなあ・・・
あの ・・・ きみが・・・ホシイな〜って ( ← 極小フォント )
そのう、・・・ あの ・・・隣にお邪魔してもいいでしょうか・・・ 」
かさり ― 隣の空間にジョーがこっそり入ってきた。
もぞもぞ。 がさ ― 馴染んだ香りが漂ってきて ジョーの大きな手がそうっと伸びてきた。
・・・ ふん ・・・
「 あの ・・・ そのぅ ・・・ きみ、ってその・・す ステキですね ・・・
あの ・・・ シツレイします・・・ 」
すすすす ― ネグリジェごしに 大きな掌が肩から首へそして胸に・・するり、と忍び込んでくる。
あ ・・・ や・・・だ ・・・そこ・・・!
「 あの ・・・ こっち 向いてくださ〜い・・・ あの ・・・ いい感じですね・・・
あのう〜〜 ・・・ 今晩、ご一緒しませんか ・・・ 」
ジョーの掌は 指は 持ち主よりも遥かに雄弁に語り始め 彼女も自然に甘い吐息が漏れてしまう。
・・・ く ・・・ぅ ・・・ あ やん・・・・
「 あの ・・・ きみの胸って さくら みたいだなあ〜〜 」
!? な なんですって!?
「 さくら色で さくらんぼみたいで 花びらみいたいで キレイだ ・・・ 」
― ガバ! フランソワーズは起き上がり、彼女の夫を毛布ごと押しのけた!
そして。
「 ― わたし。 さくら じゃありませんから! 今夜はイヤよ! 」
高らかに宣言すると しっかり毛布を身体に巻きつけくるり、と背を向けてしまった。
「 ふ・・・ふらんそわーずぅ〜〜〜 」
「 ― もう 寝ました。 」
「 え〜〜ん ・・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
「 オネガイシマス ・・・くぅ〜〜ん ・・・ 」
「 ・・・ ( もう・・・ ) 」
「 ・・・?♪ 」
「 ・・・ ( パサ ・・・ ) 」
「 〜〜♪♪☆☆☆ 」
「 お早う? ・・・お寝坊さん♪ もうおきて・・・・ 」
白い手が やさしくジョーの肩をゆする。
「 ・・・ う〜ん ・・・・ あと5分〜〜 まだ間に合うから〜 」
「 うふふ? まあ なにを言っているの? 今日は土曜日でしょう?
ほら・・・美味し朝御飯が出来ているわ。 ジョーの好きな卵焼きよ・・・ ねえ 起きて? 」
「 ・・・ むぎゅ♪ 」
「 あ!? もう〜〜 ヤだわ〜ジョーってばとっくに起きているのね♪ 」
「 ウン・・・ だって目の前でこんなに ・・・ 揺れているんだもの・・・・ ちゅ♪ 」
「 きゃん♪ うふふふ・・・・ お は よ う ♪ ジョー 〜〜〜 」
「 んんん ・・・・・ お早うフランソワーズ ♪ 」
白い手の持ち主はいつのまにかベッドに引きこまれてゆき ―
昨夜のケンカの顛末は もう誰の目にも明らか・・・だろう。
二人は朝っぱらから 昨夜の続き を始めそうな気配である。
「 ・・・ ジョー ・・・だめ・・・ ほら朝御飯・・・ 」
「 ウン だからきみを食べたいんだ・・・ 昨夜だけじゃ ・・・ た り な い ♪ 」
「 うふん・・・ ホント言うとね・・・わたしも・・・ ちゅ♪ 」
「 ふふふ・・・ そうだと思った・・・ ぼくは元気だよ? 」
「 ・・・ きゃ♪ す て き 〜〜 」
「 それじゃ ・・・ 」
「 ・・・ んんんん 〜〜〜 」
「 おかあさ〜〜ん ・・・・ごはん〜〜〜 」
「 ごはん ・・・ おかあさん ・・・ おとうさん どこ〜〜 」
ドアの隙間から 甲高い二重唱が聞こえてきた。
「「 あ。 すぴか と すばる ・・・ 」」
夫婦は唇を離し 見つめ合い ― ふ・・・っと苦笑した。
「 ・・・ そうでした。 朝御飯 でした。 さあ 起きて ジョー。 」
「 う〜〜ん・・・ 残念 ・・・ はいはい チビ達が待ってるからな〜 」
「 ええ。 はあい〜〜〜 今 行くわよ〜〜 」
フランソワーズは階下へと大きく返事をすると するり、と愛する人の腕から抜け出した。
「 ・・・ じゃ ・・・続きは今晩 ね。 」
「 ん。 さあ〜〜 起きるぞ! 」
ジョーも反動をつけてベッドから降り立った。
「「 それじゃ ・・・ お は よ う ♪ 」」
二人は改めて ちゅ・・・っと軽く唇を合わせると ぱたぱた<いつもの朝> を開始した。
「 おかあさ〜〜ん おなかすいたぁ アタシ ごはん〜〜 」
「 ごはん、 おかあさん ・・・ 」
「 はあい・・・ ごめんなさい 二人とも・・・ 」
キッチンに降りてゆくと小さな手が母のスカートにエプロンに飛びついてきた。
「 おかあさん〜〜 すぴか、たまごやき〜〜 」
「 たまごやき たまごやき〜〜 ボクも、おかあさ〜〜ん 」
「 はい。 ほら・・・お席の前に座りましょうね?
それで・・・ はい、すぴか。 たまご焼きよ。 すばる、あなたはスクランブル・エッグがいいのでしょ。 」
「「 わあ〜〜い 」」
「 ほら ほら 二人とも < いただきます > は? 」
「「 いただきます 」」
「 はい、どうぞ・・・ 」
明るい朝の食卓で 小さな手が小さなフォークとスプーンを使い始めた。
ジョーとフランソワーズの双子の子供たち ― すぴかとすばるはこの春に小学生になる。
「 あらら・・・ ほら、すばる。 こぼれてますよ? すぴか、ミルク、もっと飲む? 」
「 う ・・・ うん ・・・・ 」
「 アタシ、もういい。 と〜すと〜〜 と〜すと ちょうだい。 」
「 はいはい。 ジャムがいい? マーマレードかな? 」
「 ・・・ アタシ ・・・ まよね〜ず! 」
「 マヨネーズ?? ・・・ わかったわ。 すばるは? すばるもマヨネーズ塗るの? 」
「 ぼく・・・ ジャムとマーマレード! いっしょくたにぬって。 」
「 一緒くた?? 半分半分じゃだめ・・? 」
「 ううん 〜 いっしょくた、がいい。 」
「 ・・・ はいはい ・・・わかりましたよ・・・ ほら すばる、お野菜、残しちゃだめ! 」
「 ・・・ う ん ・・・ 」
「 すばる。 アタシがたべたげる! 」
「 わあ〜い♪ 」
姉は弟の皿から さ・・・っとキュウリを掴むとそのまま自分のお口に突っ込んだ。
「 はい、すばる、ジャムとマーマレード・トースト・・・・
あら? お野菜、食べたのね〜 偉い えらい あら? すぴかさん、まだお皿に残ってますよ? 」
「 ・・・え へへへへ ・・・・ 」
「 ( むぐむぐむぐ ・・・ ) ん〜〜 いま たべる〜〜 」
にぎやかな食卓を明るい陽射しがつつみこんでゆく。
「 おはよう〜〜 チビさんたち。 」
「「 あ! お父さん〜〜 お早う〜〜 」」
やっと顔を出した父親に 双子は椅子からすべりおりて飛びついてゆく。
「 あらら・・・ もう〜〜二人とも食べかけで・・・ 」
「 おはよう〜〜 おとうさん! アタシね! と〜すと、二つも食べた! 」
「 おとうさん〜〜おはよ ・・・ ぼく、じゃむとま〜まれ〜ど、いっしょくたにたべた! 」
ジョーの手にぶらさがり、ズボンをひっぱり、子供達は大喜びだ。
「 そうか そうか ・・・ じゃあお父さんも朝御飯の仲間に入ろうかな。 」
「「 うわ〜〜〜い♪ 」」
子供たちはまた椅子によじ登り、朝御飯の続きを始めた。
「 あらあら・・・ ジョー、コーヒー? それとも今朝は紅茶? 」
「 おとうさん、 アタシ・・・ みるく だよ。 」
「 そっか。 それじゃ・・・お父さんもミルクするかな〜 」
「 うわ〜〜い おそろいだあ〜〜 」
「 ぼ 僕も おそろい・・・ みるく、だも〜〜ん 」
「 フラン ・・・ ぼくも今朝はミルクにするよ。 ホット・ミルクにしてくれ。 」
「 わかったわ。 たまごは? ハムエッグかしら。 」
「 あ ・・・ いや。 チビたちと同じがいいな。 たまご焼き〜♪ 」
「 はい 了解。 ああ ほら あなた達? ちゃんとお皿の上のもの、食べてちょうだい。 」
「 ああ ぼくが食べさせるよ。 きみは 美味しいたまご焼き、頼む。 」
「 了解〜♪ 」
「 ほらほら ・・・ すぴか。 お口にマヨネーズが着いているぞ・・・
すばる? お皿にまだ野菜が残っているよ。 」
「「 はあ〜〜い 」」
いいお返事と一緒に子供達は大人しく朝御飯の続きを食べはじめた。
「 ・・・ はい ジョー。 ご注文のたまご焼きよ。 」
「 わあ〜〜 美味しそうだなあ〜 うん、きみは料理の天才だよ、フラン〜 」
「 うふふ・・・嬉しいわ♪ 」
視線を熱く絡ませあい、二人は今にも手を握り合わんばかりだ。
「 フランソワーズ ・・・ 」
「 ジョー・・・ 」
お互いの熱い吐息を感じ、色違いの瞳はたちまち潤んでくる。
「 おかあさん。 おしっこ 〜 」
「 あ〜 すばる〜〜おぎょうぎわるい〜〜 ごはんちゅう〜〜 」
「 ・・・だって だって・・・ 僕ぅ〜〜〜 も もれちゃう・・・ 」
「 !? すばる! ちょっと待って! 」
「 いい! ぼくが連れて行くよ! 」
ジョーは隣に座ってもじもじしている息子をひっかかえるとバス・ルームに飛んでいった。
「 ・・・もう〜 あ! すぴか・・・ それ、マスタードよ??
食べちゃだめ! からい からい〜よ! 」
「 ・・・・ ( むぐ ) 」
フランソワーズはあわてて娘の手からトーストを取り上げようとしたが・・・
マヨネーズの上にまったりマスタードを塗りたくった一片は ちっちゃな乳歯の間にがっちり挟まっていた。
「 すぴか! ぺ・・・して。 からい、でしょ? お口の中、痛くないの?? 」
「 むぐむぐむぐ・・・ へ〜き♪ おいし〜〜 これ・・・ 「
「 ・・・ すぴか・・・ あなた、食べちゃった・・・の・・・ 」
「 ・・・ んん。 おいし〜〜〜♪ おか〜さん、 これ、おいし〜〜 」
すぴかはマヨネーズのついたお顔でにっこり笑った。
「 ・・・ はあ ・・・ すぴかは・・・辛党なのね・・・ 」
「 おいし〜〜♪ アタシ、これ すき♪ 」
「 お〜い・・・ ちゃんと間に合ったぞ〜〜 な、すばる。 」
「 うん ・・・ 」
ジョーがすばるの手を引いてもどってきた。
「 あら ・・・ よかった。 すばる、ちゃんと御飯の前に御手洗にいっておかないとだめよ。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 これから気をつけるよな〜 すばる。 それじゃ御飯食べちゃおう。 」
ジョーは息子を隣の椅子に座らせた。
「 ・・・ おと〜さん ・・・ アタシも ・・・ おしっこ・・・ 」
「 ええ? すぴかもかい。 ・・・じゃ 行こうね。 」
ジョーはすぐに立ち上がり すぴかを椅子から抱えあげた。
「 ジョー ちょっとまって。 すぴか。 本当に御手洗、ゆきたいの。 」
「 ・・・ う うん ・・・ 」
「 そう? それならお母さんと行きましょ。 ジョー、すばるにごはん、食べさせて。 」
「 了解。 ああ・・・御飯、終ったら皆で花見に行かないか。
裏山の桜、そろそろ見ごろだと思うんだ。 」
「 あら もう咲いているのね。 それじゃ・・・皆で出かけましょうか。 」
「 え おでかけ? わ〜〜〜い うれし〜〜 すぴか、おでかけ だいすき〜〜 」
「 じゃ、はやく御手洗に行って ごはん食べ終わらなくちゃね。 」
「 ・・・ やっぱ・・・おしっこ、いい。 」
「 ほんとう? 」
「 ・・・ う ん ・・・ 」
「 それなら はやく御飯、食べて。 ほらほら すばるも! 」
「「 は〜〜い♪ 」」
ごちゃごちゃ言っていた双子の姉弟は 熱心に食べ始めた。
「 ・・・ へえ〜〜 ・・・ 」
「 あら なあに、ジョー。 コーヒー、もう一杯淹れましょうか。 」
「 いや もういいよ。 ふ〜ん・・・さすがだな。 」
ジョーは 朝御飯中の子供たちを見つつ、感心した面持ちだ。
「 え なあに。 」
「 きみの子供たちの扱い方さ、お母さん。 」
「 ・・・そりゃ・・・毎日一緒だから・・・ クセとかわかるもの。
さっきのはね、すぴかの すばると < おんなじコト したい > っていうだけなのよ。 」
「 ふうん ・・・ よし、それじゃ。ぼくもさっさと食べて仕度しよう。 」
「 そうね。 ああ お弁当でも作ろうかしら。 ほら ・・・ おはなみ・べんとう 」
「 へえ ・・・よく知ってるんだね、 それじゃ頼もうかな。
ああ 簡単でいいよ。 昨夜の残りものでもいいさ、ぼくは飲み物を用意する。 」
その日 島村さんち は 今年最初の花見にでかけた。
「 うわ〜〜〜〜い きれ〜〜 きれ〜〜〜 」
「 ・・・ ふわふわ〜〜 きれ〜〜〜 」
すぴかとすばるは その小路にはいると上を向いたまま立ち止まってしまった。
「 な、キレイだろう? あれは さくら さ。 さ く ら。 」
「 さ く ら? ふうん・・・ きれ〜〜・・・ 」
「 ・・・ さ く ら 」
ジョーは左右に手を引いていた子供たちの側にしゃがみこんだ。
「 ほら・・・ これは桜のはなびらなんだ。 」
「 きれ〜〜・・・ きれ〜だね、おとうさん。 」
すぴかは 父の掌におちた薄い花びらを小さな指でつまみあげた。
「 そうだね。 ・・・すばる、すばるも見てごらん。 」
「 ・・・ うん ・・・ おとうさん。 」
「 ? ・・・ ああ フラン、荷物、持たせてごめんな。 」
フランソワーズが 両手に袋をさげて夫と子供たちに追いついてきた。
「 重かっただろ、持つよ。 」
「 ジョー。 ううん、これくらい平気よ。 それより子供たちのお守り、ありがと。
あら・・・ ここ ・・・キレイねえ・・・ 」
「 うん・・・ ちょっと花のトンネルみたいだろ。 」
「 ほんとう ・・・ 全体が薄いピンクに見えるわ。 」
フランソワーズも 子供たちと一緒に上を見上げて溜息をついている。
そこはギルモア邸の裏山から続く地域で 雑木林が連なっていた。
細い小路が抜けているだけなので 車は通れない。 自転車がせいぜいだろう。
そして そこには桜の古木がずう・・・っと 枝を伸ばし白い花を広げている。
ジョーの言うとおり、まさに <花のトンネル> になっていた。
そろそろ満開に近い花は 時折ふく風にのりひらりひらり・・・と舞っている。
その白くて小さな花びらを追いかけてすぴかが飛んだり撥ねたりしている。
「 あはは・・・ すぴか〜 すぴかが花びらみたいだよ。 なあ フラン・・・ 」
「 うふふふ・・・ 本当ねえ。 すぴか、桜の花びらと踊っているみたいよ?
お母さんも一緒に踊ろうかしら・・・ 」
フランソワーズは ひょい、とすぴかを抱き上げ咲き誇る桜の枝にむかって差し上げた。
「 ほうら・・・・リフトよ〜〜 すぴか姫〜〜 」
「 ?? うわ〜〜 きゃあ〜〜 たか〜い〜 うわ〜〜い♪ 」
「 花びらと一緒に ほ〜ら回るわよ? くるくるくる〜〜って・・・ 」
フランソワーズはすぴかを抱いたまま 彼女自身くるくる回ってみせた。
「 きゃあ〜〜 きゃあ〜〜 きゃあ〜〜〜♪ 」
すぴかは大喜びだ。
「 うわ・・・すげ・・・フラン・・・ あ、すばる? お前も高いたかい〜 するか? 」
ジョーは自分のズボンをぎっちり握っている息子に訊ねた。
「 ・・・ ううん ・・・ ボク ・・・ いい ・・・ 」
「 うん? そうか? ・・・ああ すばるは高いの、好きじゃなかったなあ。 」
「 ウン。 ボク ・・・ ここで見てる。 おとうさん ・・・ お水、ほしい。 」
「 うん? 水かい。 ちょっと待てよ・・・ ああ あったあった。 」
ジョーはバッグの中からペット・ボトルを取り出した。
「 すばる・・・ほら。 一人で飲めるかい。 」
「 ・・・ ん ・・・・ 」
すばるはジョーにぴったりくっついて座り込んでいる。
「 すばる? 元気ないなあ・・・ どうかしたかい。 」
「 ・・・ ウウン ・・・ これ ・・・いいきもち・・・ 」
すばるはペット・ボトルを抱えてほっぺをあてている。
「 すばる・・・ ああ お母さんたちが帰ってきたぞ。 」
フランソワーズが すぴかを抱き上げたまま戻ってきた。
「 うふふふ・・・ いい運動になったわ〜〜 ねえ すぴか? 」
「 うん♪ おかあさ〜ん もっとくるくるくる〜〜って回ってェ〜 」
「 次は自分で回ってごらんなさい? ほ〜ら・・・ 桜が一緒に踊りましょうって。 」
「 お帰り・・・ ご機嫌だな、すぴか。 」
「 ジョー・・・ ええ。 もう大変・・・ あら? すばる・・どうしたの? 」
さすが母親、 フランソワーズはすぐに気がついた。
すばるの側に屈みこみ、オデコに手を当て首を傾げる。
「 ・・・ ちょっと・・・熱いみたいね〜 お熱、あるかな。 」
「 ええ?? そ そうか?? 」
ジョーも慌ててすばるのオデコに手を当てた。
「 ・・・う〜ん??? よく わからない・・・ 」
「 熱っても。 微熱ね、これは。 すばる、どっか痛い? おのどとかアタマとか・・・ 」
「 ・・・ ううん ・・・ 」
「 そう? 寒くないかな〜 」
「 ・・・ さむくない。 」
すばるは小さな声でボソボソ言うと 母にしがみついた。
「 はいはい・・・ ちょっと草臥れたのかな。 」
フランソワーズは 桜の根方に座ってすばるを膝に抱いた。
「 大丈夫かい、すばる? フラン、今日は帰ろうか。 帰りに病院でも ・・・ 」
ジョーが心配顔で覗き込む。
「 うん・・・大丈夫よ。 この程度の熱なら・・・よくあるの。 少し休んでいれば元気になるわ。 」
「 そ そうかい・・・ 」
「 ええ。 それよりも ・・・せっかく <おはなみ>に来たんですもの・・・
桜・・・みて お弁当、食べて行きましょう。 ねえ すぴか? 」
「 うん・・・!!! おかあさ〜〜ん・・・ ! 」
すぴかは、きゅ・・・っとお口を噤んで父にへばりついていたが ぱあ〜〜っと笑顔になった。
「 大丈夫かい フラン? 」
「 ええ。 わたし、ここですばると待っているから・・・
ジョー、すぴかと <おはなみ> していらっしゃいよ?
ここ・・ず〜〜っと桜並木が続いているのでしょう? トンネルみたいに・・・ 」
「 そうなんだけどさ。 ・・・ いいのかい。 すばる・・・熱があるんだろう? 」
「 ここですこし休んでいれば すばるも元気になると思うわ。
このコ・・・ はしゃぎすぎたのよ、多分。 ねえ? すばる ・・・ 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
すばるはお母さんの胸にしっかりお顔を埋めていたがちょっとだけ頷いた。
「 それじゃ・・・すぴか? お父さんと行ってらっしゃいな。 ね? 」
「 う・・・ うん ・・・ でも〜〜 お母さんは。 」
すぴかはお父さんの手をぎっちり握りつつも ちらちらお母さんと弟を見ている。
「 お母さん、すばるとここで待ってるから。
お母さんに 桜がどんな風に咲いているか教えてちょうだい。 」
「 う うん いいよ。 すばる・・・ だいじょぶ? 」
「 ・・・ すぴか ・・・ 」
すばるはチラ・・・っと姉の方をみた。
「 ほら・・・ ペット・ボトルと〜〜 お煎餅を持っていったらいいわ。 」
「 そうだな〜 すぴか ・・・じゃ、お父さんと <お花見> に行こう。 」
「 うん! ・・・ おかあさん あの・・・ 」
「 いってらっしゃい、すぴか。 お父さんをお願いね。
こんなにキレイなお花なんですもの、楽しんでいらっしゃいな。 ね・・・ 」
息子を片手でだっこしたまま、フランソワーズは娘を抱き寄せほっぺにキスをした。
「 うん♪ さあ おとうさん いこ〜〜♪ 」
「 はいはい ・・・ じゃあ な フラン。 あ、これ、羽織ってろよ。」
ジョーはジャンパーを脱ぎ細君に渡すと 娘に手をひっぱられて歩きだした。
「 行ってらっしゃい、二人とも・・・ すばる? お水、飲む? 」
「 ・・・ ・・・・・・ 」
フランソワーズは小さな息子をちょっと揺すってみたが、ぐっすり眠っていた。
「 あらら・・・ なんとなく朝から元気がないな〜って思ってたんだけど・・・
寝不足か、はしゃぎ過ぎね・・・ ふうう ・・・ 」
息子を抱えなおし、彼女は桜の木の根方に座った。
羽織った夫のジャンパーが ほんわり二人を包みこむ。
「 ジョーの ・・・ジャンパー ・・・うふふ・・・ なんだか昔みたい・・
デートの時・・・雨に降られて上着を貸してくれたっけ・・・ 」
ジョーの香りがしっかり自分たちを護ってくれる、と思った。
― ほう ・・・ 溜息が 桜の間に立ち昇る
「 ・・・ きれい ねえ・・・ こうやってぼ〜〜っと見上げるのも いいかも・・・
ふうん ・・・ ジョーが夢中になるわけ ・・・ ちょっとはわかる気もするか・・・な・・・ 」
根方から見上げれば 桜は白い天蓋みたいに母子の頭上に広がっている。
「 さ く ら ・・・ か。 キレイだけどちょっと・・・怖い気もするわ ・・・ 」
― ふと。 遠い記憶の底から 白い花 が浮かんできた。
「 ・・・ あ〜 そうよ・・・確か・・・昔、パリにいた頃、見たわ・・・よね?
それで誰かと見に行く約束をしてた・・・はず・・・ あれは誰だったかしら・・・ 」
遠い遠い祖国の空に想いを馳せれば ひらりひらり、と記憶の中でも白い花が散っていた。
・・・ あれは ・・・ 誰 ・・・?
お兄ちゃん・・・? ううん ・・・ ちがう・・・
すこしまだ冷たい風に 時折花びらが舞い踊る。
でもジョーのジャンパーを羽織り 息子を抱いているのでフランソワーズはむしろ温かいくらいだ。
うつらうつら・・・ こっくんこっくん ・・・・
亜麻色のアタマはゆらゆら・・・前後に揺れはじめた。
ふわり ふわふわ・・・・ 母子の上にひとひら・・・ 白い花びらが落ちてきた。
・・・ うう ・・・ くしゅ ・・・くすん ・・・・
お かあ さん ・・・ おとう さん ・・・
「 ・・・? あら・・・? ここは・・・ あ ・・・こどもが泣いてる・・・? 」
フランソワーズは はっと目を開けた。 どうも居眠りをしていたらしい。
でも なぜ・・・ こんなところで・・・?
彼女はゆっくり立ち上がる。 気がつけば、何も持っていない。
「 ・・・ ここ ・・・どこ? わたし・・・ あら? なにか大切なものを持っていたはずなのに・・・ 」
きょろきょろ周りを見まわすが 人影はない。
ただ ただ 白い花が白い世界が ほう・・・っと広がっている。
・・・ くしゅ ・・・ ううう ・・・・
「 あら? やっぱり子供の声だわ。 どこかで迷子にでもなっているのかしら・・・ 」
フランソワーズは声を頼りに周囲をみつつ、歩き出した。
そこは ・・・ 左右から桜の木が枝を広げていてトンネルの様相を示していた。
「 どこにいるの?? 迷子ちゃんかな・・・ どこ? 」
声をあげ 彼女はゆっくり進んで行く。
「 ・・・ 気のせいかしら。 ううん ・・・ぜったいあれは子供の声・・・
それも誰かを呼んで・・・ 捜しているときの声 ・・・ あ ・・・? 」
路のすこし先 ・・・ やはり大きな桜の樹の側に小さな影が蹲っていた。
フランソワーズはすぐさま駆け寄った。
― 胸当てについたジーンズを着た ・・・ 小さな男の子 だ。
「 ・・・ あの・・・坊や どうしたの? お家の人とはぐれたのかしら? 」
「 ・・・ くしゅ・・・?? 」
涙だらけの顔が びく・・・っとして彼女を見上げた。
― え?? ジョ − ・・・ ???
「 ・・・だ れ・・・? 」
「 ・・・ あ あの・・・ あなた・・・迷子なの? 」
「 ・・・ おねえさん ・・・だれ。 」
小さな男の子は きゅ・・・っと口を引き結び、きっちりとフランソワーズを見上げている。
頬に涙の跡はたくさんあるが 彼 は <泣いて>はいない。
「 あ ・・・ あの・・・ お花見に来たの、それだけよ。 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 ねえ それより・・・坊や、 おかあさんとはぐれたの? 」
「 ・・・・・・・ 」
ふるふるクセのある髪を揺らし 彼は首を横にふる。
「 そう? それじゃ・・・ 道に迷ったのかしら? 」
「 ― まってるんだ 」
「 え ・・・ ( どこかで聞いたことのある・・・声 ・・・ ) どなたを?
あ・・・ お母さん? 」
「 ・・・ わかんない ・・・・ 」 左右に揺れる前髪で彼の顔が見えない。
「 あの・・・お家はどこ。 送っていくわ。 」
「 ・・・ でも まってるんだ ぼく。 お ・・・ かあ さん ・・・ 」
「 まあ ・・・ どうして? 」
「 ボクが・・・ いいコだったら。 お かあさん ・・・ きっときっと来るって・・・
みんながいうから・・・ 」
「 ・・・ そう 。 でもここは少し寒くない? お家の方に戻りましょうよ。
お姉さん、一緒に行くわ? 」
「 ・・・ んん ・・・・ 」
男の子は やっと顔をあげ彼女をみつめた。 ― 茶色の瞳 だ。
― え ・・・・?? この この眼って ・・・
「 ・・・・ ジョー ・・・・ 」
「 お姉さん ・・・ どうしてボクの名前 ・・・知ってるの。 」
セピアの瞳が じ・・・っとフランソワーズを見上げている。
ウソ〜〜〜 だってこの瞳・・・ ジョー だわ!
「 ・・・あ あの! お姉さんにも き、きみとよく似た と、トモダチ・・・がいるから。
ほうら・・・おハナが出てるわよ。 ・・・ チン〜〜! 」
「 ・・・ ち〜ん・・・ あ ありがとう・・! 」
おハナをかんでもらい 男の子 はやっと少しだけ笑った。
「 それじゃ・・・ 行きましょう。 こっち・・・でいいのよね。 」
「 ・・・ うん! 」
きゅう ・・・ 小さな手がフランソワーズの手を握り返してきた。
・・・ このコ ・・・・ この手・・・ わたし、知ってる?
こんな風に きゅ・・・っとしがみ付いてくる手・・・ 知ってる ・・・
「 ねえ ・・・ 坊や。 聞いても いい? 」
「 ・・・・・・ 」 セピアくせっ毛が こっくり頷く。
「 ・・・ おかあさん ・・・ お留守なの? 」
「 ・・・ わかんない。 」
「 ? ・・・ でも 待っているのでしょう? ずっと・・・ ああ お手々がこんなに冷たいわ。 」
「 ・・・ わかんない。 でも ・・・ いい子にしてたら。 春になったら
おかあさんが 迎えにきてくれるよ・・・って。 」
「 まあ 誰がそんなこと。 」
「 ・・・ いろんなヒト。 ぼくが・・・ おかあさんは ・・・って言うと ・・・ 」
「 ・・・!! 」
「 だから ぼく。 いっつも サクラが咲くと いっつも ・・・ ここでおかあさんをまってる・・・
おかあさん ・・・ おかあさんが ぼくを迎えにきて・・・
でも なのに。 こないんだ ・・・ 」
― ぱた ・・・ ぱたぱた・・・
ちいさな雫が小さな靴の側に落ちる。
「 ・・・・・・・・・・ 」
フランソワーズは 男の子の側に屈みこむと きゅう・・・っと彼を抱き締めた。
・・・ このコ・・・ ジョー だわ!
そう・・・この手。 わたし、この手をようく・・・知ってるもの。
ジョー・・・ ジョー・・・! 小さなジョー・・・!
「 ・・・お おねえさん ・・・ ぼく・・・ 」
「 ね ジョー。 ・・・ 待たなくていいのよ
お母様には ・・・ もう会えないけど、 あなた、とってもステキな巡り逢いがあるから。
ジョー ・・・ お母さんを待たなくて いいの。 」
「 ・・・ え ・・・? 」
「 サクラが咲くたびに じ〜っと待ってなくても ・・・ いいのよ。
サクラが散って・・・ 誰も来なかったってがっかりしなくていいの。 」
「 ・・・・・・ 」
「 ジョー。 あなたには わたし がいるわ。 」
「 ・・・・?? 」
「 さ・・・お家にかえりましょ。 」
「 うん! お姉さん ・・・・ わあ〜〜 キレイだあ〜〜 」
少年は 彼女の手を離すとぱ・・・っと駆け出した。
「 あ〜 待ってェ〜〜 走るの、速いのねえ。 よ〜し・・・! 」
フランソワーズも笑って走りだした。
セピアの髪を風に揺らし 少年は走る。 花びらの舞う小路を駆けてゆく。
「 まあ・・・ なんだか映画みたいね? 」
「 お姉さ〜〜ん ・・・ こっち こっち〜〜 」
彼は笑い声をあげ 途中で一本の樹の脇に飛び込んだ。
「 まって まって〜〜 あら・・・? 」
フランソワーズが追いついた時 ― 少年の姿は消えていた。
「 ??? ジョー? どこ・・・? 隠れてないで 出てきて・・・ 」
深々と白い花が 彼女を見下ろしているばかり。
「 ジョー・・・・ お返事して! どこにいるの?! 」
どうしようもなく不安な気持ちに駆られ フランソワーズは桜の樹の周辺を捜しまわった。
「 ・・・ いない ・・・? そんな、だって・・・ あ! 」
走りだした辺りの樹の根方に ちょこん、と座っている後姿があった。
「 まあ〜〜 もう戻ってきたの? もう〜〜心配したわ・・・ 」
彼女は急いで戻ると 後ろからぱっと抱き締めた。
「 つ〜かまえた♪ ・・・ あら?? ジョー・・・じゃない? 」
腕の中の少年は ― やっぱりセピアの髪だったけど。 ちょっとだけ <小さなジョー> とは違っていた。
髪の色や服装だけじゃなく、 少年の持つ雰囲気が違うのだ。
今、目の前にいる彼は ほわ〜〜・・・っと欠伸をすると のんびりと彼女を見上げた。
「 ・・・ んん〜〜 あ〜 ・・・ おかあさん ・・・ ? 」
「 あ あら・・・ すばる ・・・? 」
「 僕 おひるね してなのかな・・・ おかあさん、じゅーす、のみたい。 」
「 ・・・え ああ ・・・ ちょっと待ってね。 」
フランソワーズは足元にあった大きなバッグをさぐり、ジュースのペット・ボトルをみつけた。
「 はい・・・これでいい? 」
「 うん♪ おかあさ〜ん きれいだねえ・・・ 」
「 え・・・? ああ ・・・ そうね、キレイね・・・ 桜 ・・・ 」
「 さ く ら ・・・ 」
フランソワーズは息子を抱いて 夫と娘が駆けて行った小路を眺めていた。
白い花のトンネルが 静かに彼女の前に広がっている。
さくら ・・・ なんだか ・・・すこしこわい・・・?
・・・ さくら ・・・ なにを伝えたいの・・・?
ジョーとすぴかは まだ戻らない。