『 きみと あなたと ― (2) ― 』
企画・構成 : めぼうき ・ ばちるど
テキスト : ばちるど
ザザザザ −−−−− ザザザ −−−−
華やかな光のカケラを乗せゆ〜らゆらゆら・・・夏の海がアクビをしている。
生温い波が 暑い風と一緒に吹き寄せてきて また かえってゆく ・・・
陽射しはきついけれど、ここの海風にはどこか爽やかさが含まれていて、海岸を歩いても
暑熱に中ることはない。 むしろ心地よい熱気に身体中がパワーを貰っている気分になってくる。
つ ・・・・ 汗が背中を転げ落ちてゆく・・・
いつもこんな瞬間が大好きだった・・・
あ〜あ・・・ そうねえ・・・ 踊っているといつだってこんな気分になって。
身体中からパワーが溢れてきたのに ・・・ あ〜あ・・・
・・・ 今のわたしったら ・・・ なあんにも・・・ないわ・・・
ふうう ・・・・
フランソワーズは空にむかって ゆっくりと息を吐いた。
身体の中にまで お日様が入り込み澱んだ空気を乾かしてくれれば・・・と願って出てきたのだが。
・・・・ あ〜あ ・・・・ つまんないなあ ・・・・
な〜〜んにもすること、ないんだもの・・・・
お日様も空も。 目に前に広がる海も寄せる波も砂浜も。 吹き抜ける潮風も。
いつもの夏と ちっとも変わっていないのに。 大好きな夏なのに。
彼女の気分はちっとも <いつもどおり> にはならなかった。
う・・・ん ・・・! と彼女は手脚を海砂の上に伸ばしてみる。
岩場に敷いたクッション入りのレジャー・シートはなかなかの優れモノで
最近めっきり増えた体重でも オシリが痛くなることもない。
焼けた砂の上では 下からの熱さがかえって心地よい。
あつ〜い ・・・ でも いい気持ち、ね。
あら ・・・ べべちゃん達もそう思う? お日様、温かいでしょう?
ママンもと〜っても温かいもの。 ねえ・・・べべちゃん達、わかる?
あら? そう? 賛成してくれるのね。 うれしいな。
次の夏には ほうら・・・ 一緒に海が見られるわねえ・・・
水遊びができるのは もうひとつ先の夏かしら。
ぽんぽん・・・とせり出したお腹を叩けば自然に頬も緩んでくる。
ふわり・・・ と海風がサン・ドレスの裾を巻き上げてゆく。
白い脚がかなりお日様に曝されてしまったが 彼女は気にする風でもなかった。
どうせ 誰もいないし。 することもないし。
・・・・ ふん、 だ・・・!
なによ なによ なによ〜〜〜 皆して グルになって・・・!
ジョーも ジョーだわ!
・・・ なにも黙って 置いてきぼりにしなくたって いいじゃない〜〜
せっかくほっこりした気分になっていたのに。 コドモ達とお話、していたのに。
― ・・・ ジョーが いけないのよッ ・・・!
気分はなにやら急降下して 滅茶苦茶に腹立たしくなってきた・・・!
ば・・・! 手近なところに転がっていた小石を彼女は思いっきり海に投げた。
ぽっちゃ〜ん ・・・!
小石はがっかりするくらい手前の波打ち際に落ちた・・・
ふん・・・ ! どうせ。 どうせ わたしは戦闘型じゃないですよ・・・!
生身に一番近くて 攻撃能力も低くて。 力もないし、脚だって速くないわ。 空も飛べませんよ。
でも! わたしの索敵能力なしで どうやってミッションを進めるのよ?
そりゃ・・・ 今は ・・・多少〜身体は重いけど?
でも もう大抵のこと、やってもオッケーって病院で言われたわ?
バレエ団の先輩だって・・・生まれるギリギリまでレッスンしていた人たち、沢山いるの。
あのね、ダンサーはね! そんな生半可なカラダじゃないのよ、うん!
ミッションだって 平気よ! ドルフィン号はそんなに揺れないからバスなんかよりもずっと安心だし。
艦内で索敵しているのなら 全然安全じゃない・・・?
それなのに それなのに それなのにィ〜〜〜
ふん・・・ ! なによ なによ なによ ・・・ グルになって・・・!
もう 〜〜〜 !! ひどいわ・・・! 皆ってば!
真夏の海辺で。 島村夫人は ― いや、 サイボーグ003は身重なお腹を抱えて
一人で ぽっぽと怒りまくっていたのである。
「 え ・・・ ミッション・・・・ですか・・・? 」
その朝、起き抜けにまさに髪振り乱し邸の中をどたどた駆け回っていたフランソワーズの前に
博士がのんびりと現れた。
そして <みんな> はミッションに行った、と告げたのだ。
「 は・・・? みっしょん ・・・って どこかの・・・お店、ですか・・? 」
「 ああ? ・・・ いや、そのう・・・ つまり、だな。
ヤツらは そのう。 ドルフィン号でちょいと ・・・ その、<仕事> をしに行ったのじゃよ。
なに、心配せんでも大丈夫じゃよ。 派手なドンパチはない・・・はずじゃ。 」
「 ・・・ ドンパチって・・・! それじゃ やっぱり!
どうして急に全員が集まったのかな〜〜って ちょっとオカシイな、って思ってたんですけど。
あの。 全員、で行ったのですか。 」
「 ・・・ ああ そのようじゃったな。 ほれ、お前の仕事の分を分担しなければならんだろう?
全員で総力とあげんとな・・・ なにせ ほれ 003ほどの有能な戦士はそうそうおらんからして・・・
ヤツらも今頃 お前の有難味をよ〜く噛み締めておるのではないか。 ははは ・・・・ 」
「 ・・・ そう ですか。 」
フランソワーズは じろり、と博士を睨んだ。
「 う・・・うむ。 そ、そう なんじゃ。 うむ うむ ・・・ははは ・・・ 」
博士は とってつけた笑いで顔が妙に歪んでいる。
かなり無理をして <用意したセリフ> を棒読みしていた ・・・らしい。
・・・ グレートあたりが 台本を用意したのね・・・!
そうだわ! 原案はきっとアルベルト !
ジェットなんか面白がって囃し立てたのよ、絶対に!
そうよ、それに脚色はピュンマがいろいろ手を加えたのね、これは確実だわ。
― でも。
元はといえば ― ジョー ・・・ね! そうに決まっている!
・・・ なによ なによ なによ〜〜〜
もう〜〜〜 !!
それで よってたかって皆で わたしのこと、のけ者にして ・・・!
彼女は自分自身の妄想で かぁ〜〜っと全身が熱くなってきてしまった。
「 まあ ・・・ お前はのんびり待っておいで。 一週間もすれば帰還するじゃろ。
なに、簡単な調査と後始末だけじゃ、危険なこともあるまい。 」
「 そうですか。 危険じゃないのになぜ全員勢揃いで行ったのでしょうね?
調査って。 わたし達の間では誰の専門分野だったでしょうかしら。 」
「 ・・・ え。 あの・・・ そ、そそそそ それは・・・だな・・・・・ 」
「 ドルフィン号は世界で一番安全な船 だと思っておりましたわ。
わたし一人の安全を 守るくらい簡単なことだと思いますけど。 」
「 ・・・ フランソワーズ・・・・ お前なあ・・・ 」
博士は途方に暮れた顔で 彼女をながめている。
あ ・・・・ いやだわ、わたしったら・・・
博士に八つ当たりしたって仕方のないことなのに・・・!
急に しょぼん・・・っと膨れ上がった頬がしぼむ。
「 ・・・ ごめんなさい。 言いすぎましたわ・・・ 」
「 いや。 ワシらが浅薄じゃったよ。 そんなに気を悪くせんでおくれ。
お前に余計な心配を掛けまい、としたことだが・・・ わかって欲しいのじゃ。 」
「 ・・・ わかるって。 なにを、ですの。 」
「 まあ ・・・ お掛け。 お前、朝からずっと家中を走り回っていたのだろう? 」
「 ・・・ あら ・・・ 」
フランソワーズは汗びっしょりな自分に やっと気がついた。
Tシャツは汗でぺっとりと肌に張り付き マタニティのジャンパー・スカートも背中が湿っぽい。
「 ・・・ イヤだ・・・ こんなに汗かいてる ・・・ 」
「 まあまあ・・・ちょっと座りなさい。 」
「 はい。 」
「 ジョーのヤツがな。 珍しく強硬に主張したんじゃよ。 フランソワーズはつれてゆけないとな。 」
「 ・・・ ジョーが・・・? 」
「 ああ。 お前の仕事は全部自分が引き受けるから、と言い張ってな。
ワシはジョーがあんなに強く自己主張するのを 初めてみたぞ。 」
「 ・・・ そうですねえ・・・ ジョーって。 あんまり自分の意見、強硬に言うひとじゃないですから。 」
「 うむ。 皆もな、ちょいとあっけにとられておったぞ。
そして全員すぐに二つ返事で OKじゃ。 もっともだ、と誰もが彼の意見に頷いた。
なあ・・・。 アイツの真剣な気持ち、理解してやっておくれ。
・・・ その子達は お前達は勿論のこと・・・ワシら全員の希望なのだから。 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワーズはそっとお腹に手を当てた。
朝から母親が どたばた活躍していたので、中の住人たちももごもご忙しい。
「 ・・・ ごめんなさい。 博士や 皆や ・・・ ジョーの気持ち、わかっているのですけど。 」
「 黙って出かけてしまったのは本当に悪かったと思うよ。
しかしなあ ・・・ 本当にお前に余計な心配を掛けまい、という皆の気持ち、わかっておくれ。 」
「 ・・・・・・・・・ 」
フランソワーズは こくん ・・・と頷いた。
「 ・・・ それじゃあな、のんびり留守番をしようじゃないか。
いくら広いこの邸でも むくつけき男ドモが7人もウロウロしおったら暑苦しいからの。
風通しよく・・・・ 気分よく過そうなあ。 」
「 ・・・ はい。 」
「 さ、それじゃ・・・その汗を流しておいで。 ワシが朝食を用意しておくから。 」
「 あ・・・ そんなこと。 わたしがやりますから。
もう大抵のことはやっていいって・・・言われてますし。 あんまり甘やかさないでくださいな。 」
「 そうかい? それじゃ ・・・ ゆっくりでいいからな。 」
「 はい ・・・ 」
フランソワーズは 穏やかな足取りでリビングを出て行った。
― ところが。
とんとんとん ・・・ とんとん ・・・ とん ・・・!
一段 一段 階段を登ってゆくごとに気分がまたまた上がったり下がったりし始めた。
博士や 皆の気持ちは ようくわかったわ。 ありがたい、と思うわ。
・・・・ でも。 ジョーってば。
ひとこと、言ってくれたらよかったじゃないの・・・!
わたし達 ・・・ 夫婦なのよっ!!!
どうやら 島村夫人のもやもやは全て 島村氏に集中してしまったらしい・・・
博士とのんびり朝食を食べ 丁寧に洗い物をし、ほんのぽっちりの洗濯モノを干せば もうやることは
なくなってしまった。
< 出かける > 前に 几帳面な仲間達は手分けをして家事をきちんと捌いてくれたらしい。
夏物のカーテンが ひらひらと海風を誘い込み、ギルモア邸のリビングは どこぞのグラビア雑誌にでも
載っていそうな雰囲気だった。
ふうん ・・・ そりゃ・・・最近はあんまり完璧にお掃除、してなかったけど。
( だってお腹、 邪魔なんだもの・・・ )
こんなにキレイにされると。 ・・・ なんだか イヤミ ね・・?
すみっこまでぴかぴかのキッチンやら 埃ひとつないリビングはかえって彼女のカンに障った。
ふん・・・だ。 こんなの、ウチのリビングじゃないわ。
ウチのリビングにはね。 ジョーの読みかけの雑誌やら 切り抜いた記事の端っこやら。
開いたまんまのノート・パソコンの側には資料がばらばら置いてあって。
ソファに座ると ・・・ あらァ?? いやだ! 博士の眼鏡の上に座っちゃった〜〜 って。
重たい本に躓いて いった〜〜い・・・! て言えば
おお! すまん、すまん〜〜 ワシがついそこに置きっ放しでなあ・・・って
博士が慌てて飛んできてくださったりして。
・・・・ 取り込んだお洗濯ものもしばらくソファの上に広げておくわ。
だってお日様の熱を冷まさないとね ・・・
キッチンのシンクには 必ず使ったグラスやらお皿があって
冷蔵庫のドアが ぱたんぱたん音をたてているの。
そうよ! それが・・・ 家族がいる、リビングなの。 キッチンなの!
こんな ぴかぴかの整理整頓ばっちり! なトコは 生活の場じゃないわ。
ふん・・・! と一人で息巻いたけれど。 だあれも ・・・ なんにも応えてくれない。
フランソワーズは ぽすん ・・・とソファに座った。
「 誰かとお喋り・・・したいな。 そうよ、女の子同士おしゃべりした〜〜い!
そうだわ! 久し振りでみちよに電話してみようっと。 」
声に出して独り言をいい、彼女はよいしょ・・・と立ち上がってからごそごそポケットを探った。
「 ・・・ あれ? ここに入れたはず・・・ ああ あったあった・・・
やだ・・・わたし、もしかしてケータイの上に座ってたの?? ・・・壊れてないかしら。
え〜と・・・みちよ〜〜 みちよ サンは ・・・ ♪♪ 」
ほんのちょっとの間 フランソワーズはにこにこ顔で携帯を耳に当てていた ・・・ が。
「 ・・・ そっか。 そうよねえ・・・ 今、クラス中だものね。 がっかり。 」
ピ ・・・!っと携帯を折り畳むと、 もう ホントに本当〜〜に! することはなかった。
気温はぐんぐん昇りはじめ、 眼下には大海原が魅惑的な表情を浮かべ揺れている。
・・・ ちょっとだけ・・・! しっかり帽子、被ってゆけば平気よね。
このお日様なら 海の水もだってぬる〜いかも。
ちょっとだけ ・・・ 足を浸したって平気、よねえ・・・
一旦、きらめく夏の海が目に入ってしまうと もうガマンの限界は吹っ飛んでしまった。
彼女はがば!っと立ち上がると すたすたリビングを横切っていった。
「 博士〜〜〜 !! ちょっと・・・お散歩、してきます。
はい 〜〜 ちゃんと帽子、被りましたッ ! すぐに戻りますッ ! 」
・・・ そんな訳で。 島村夫人はぷらぷらと真昼の海岸を散歩して。
彼女自身の妄想でますますヒート・アップし、海を睨みつけていたのである。
ザザザザ −−−−−− !!
どんなに睨んでも ・ 呟いても。
海は相変わらずのんびり・・・ 寄って来てあっという間に帰ってゆく。
手元に残るのは ベタついた海水の感触だけだ。
「 ・・・ あ ・・・・あ。 わたしって。 なんてイヤな子なの・・・・
ねえ・・・ベベちゃん達? こんなママンじゃダメよねえ。 そうでしょう?
ねえ ・・・ どっちでもいいから。 お返事 して〜〜 ・・・! 」
彼女の中で双子たちは大欠伸でもしていたに違いない。 だんだんと もごもご・・・も緩やかになった。
「 あら ・・・ ネンネしちゃうの? ・・・ つまんないなあ・・・
あ ・・・ いいのよ、いいのよ。 よ〜〜くネンネして・・・早く大きくなってね♪
ママン、一日も早く、二人に会いたいの〜〜 待ってまちゅよ〜〜 」
はっきり言葉にしてみても。 波に負けじと声を張り上げてみても。
だあれも なんにも ― 答えてはくれない。
さわさわさわさわ −−−−−− ・・・・・ !
足元を海からの熱い風が 彼女を通り超してゆく ・・・・
海風は 目尻に浮かんだぽっちりした涙なんかたちまち乾かし持ち去ってしまった。
「 ・・・誰かと。 女の子とおしゃべりしたい・・・ でも ウチにはなあ・・・
う〜ん ・・・ あ! そうよ〜〜 ちゃんといるじゃない! ステキなレディが・・・! そうよ! 」
突然のひらめきについ今さっきまでの憂鬱顔はどこへやら、
フランソワーズは 真昼の浜辺からさっさと引き上げたのだった。
「 ・・・ ふう 〜〜〜 ! やっと引っ張り出したわ・・・ はああ・・・よ・・・いしょ! 」
納戸の奥で しばしゴトゴト ・・・ 音がしていたが・・・ 大きな声が聞こえてきた。
「 これこれ。 ウチのレディ、 わたしのふる〜いお友達ですものね。
なにせ一緒にお嫁入りしてきたのよね〜♪ 」
フランソワーズは 持ち出した木箱をそうっとそうっとチェストの上に置いた。
・・・ キシ ・・・・
微かな音と共に 木箱の蓋がスライドする。 ・・・ ふう〜っと防虫剤の匂い。
「 ・・・ ごめんなさい。 こんな時期に ・・・
でも・・・でも、ね。 どうしても どうしても アナタ に会いたくて。
会って ・・・ 話を聞いて欲しいの。
だって。 この邸で他に女の子は アナタしかいないのですもの ・・・ ! 」
ねえ。 聞いて・・・ 聞いてくださいッ !
フランソワーズの目の前には ― 彩錦を纏った <お雛様 > が澄まして座っていた。
その日から数日間 島村夫人は少ない家事の合間をみてはこの旧いお友達とおしゃべりをしていた。
「 ・・・ふむ。 今までのデータからは特別な留意点はないな。 」
「 そうだね。 電気系統は僕が完全オフにする。 もっともほとんどもう使用不可、だろうけど。 」
「 よっしゃぁ〜 もう徹底的にぶっ潰そうぜ! 上から一発でグシャ!ってのはどうだ?
ちまちまやっているよか 手っ取りはやいぜ〜〜 」
「 急ぐより確実さだ。 いかに旧式でも外に漏れたらまずい。 」
「 へ。 あ〜さいですか。 」
ドルフィン号は 巡航高度を保ち確実に目的地に近づいていた。
ゴ −−−− ・・・・・
微かな振動を伝えるコクピットでサイボーグ達は <仕事> の最終確認をしている。
今回は すでに破棄された基地が対象なので、予想外な攻撃を用心する必要はない。
必要なのはいかに効率よく、そして完璧に破壊するか、ということだ。
廃棄されて久しいNBGの基地跡が発見された。
ジャングルの奥、いかに現地の住民であっても近づくことは不可能に近い場所だった。
しかし 万が一にもやつらの武器が外部に持ち出されてはならない。
サイボーグ達は完全消滅をめざし目的地にとんだ。
「 それにね。 どうも・・・胡散臭いモノがあるらしいんだ。 」
「 だろう、な。 ただの基地をわざわざこんな不便な場所に設置する理由はない。 」
「 ほう・・・? やっぱりな。 奴さんら、またぞろ穢い手を使ったのか。
ほい、我輩が一足先にかぎまわってくるとするか。 」
「 あ ・・・ 待って、グレート。 全員で行ったほうがいいと思うんだ。 」
「 なぜかね。 探索の手が足りんのだ、我輩が・・・ 」
「 うん ありがとう。 でも怪しいのはワンフロアだけなんだ。 恐らく地下・・・ 4階。
・・・ ヤツらの実験室が並んでる。 そこに・・・。 」
「 そこに? なんだね、ボーイ。 鬼の棲み処、とでも言うのか。 」
「 ・・・ 鬼、ならまだいいんだけどね。 この反応だと・・・ 生体、いや かつて生体だったモノだよ。
遺棄された被験体が そのままになっているんだ。 それも 沢山 ・・・ 」
「 ・・・げげ・・・ なんてこった・・・ 」
コクピットの中は 一瞬言葉が途絶えた。
「 ぼく達がやらなければ。 丁寧に < 始末 > しよう。 」
「 ああ。 俺達の仕事だ。 」
アルベルトの言葉に 全員が黙って頷いた。
目的地はもう目の前だ。 呪われた地を浄化しなければならない。
・・・ 囚われ 閉じ込められたままの魂を 開放するのだ。
サイボーグ達は各自の作業に没頭し、現地への突入の準備に入った。
「 ・・・ みんな、 ごめん。 余計な仕事を増やしてしまって。
でも。 どうしても ― こんなモノ、 彼女には見て欲しくないんだ。 」
ジョーが 誰にともなく言った。
「 ああ。 当然だ。 」
「 いいってコトよ。 気にすんな! 」
「 当たり前だな。 お主が謝る必要はないぞ。 」
「 わかっている。 」
「 ・・・ ありがとう!
その ・・・ あのコ達には 関係ないんだ。 あのコ達は 知らなくていい。
あのコ達は ・・・ ごく普通の当たり前の人生を歩むんだから・・・ 」
「 よ! 父ちゃん! いいぞ! 」
「 ・・・ ボーイ、 お前もそんなコト、言うようになったか・・・ うむ、我輩も嬉しい。 」
「 彼女を置いてきて正解だ。 」
「 ・・・ん ・・・ 」
ジョーは鼻の脇を転げ落ちてきた涙を跳ね飛ばし しっかりと頷いた。
「 ありがとう、皆! 」
「 オレたちはな。 いつでもどこでも 9人 なんだ。 一人抜けても9人分、仕事をする。 」
「 そうアルね。 ほいで 一人のため、いうてみ〜んなでぎょうさん気張るのんやで。 」
「 よし。 突入は 00:00。 」
「 了解! 」
ピシ ッと コクピットの空気が引き締まった。
ゴ −−−−− ・・・・!
ドルフィン号は微かな音を響かせ 軽快に滑空している。 そろそろ 夜 の部分に入るはずだ。
「 ・・・ ふう〜〜 ・・・ あとはもう、このままでオッケーだな。 」
ジョーは メイン・パイロット席で うう〜〜ん・・・・と伸びをした。
「 みんな ・・・もうすぐ帰還 ・・・ あ。 」
何気に声を掛けて振り返れば ― コクピットは 空席ばかり。
「 あは。 そうだよ・・・ さっき 上海でグレートと大人を降ろしたばっかりじゃないか。
ちぇ・・・ どうかしてるよなあ・・・ぼくは。 」
とんとん肩を叩きつつ ジョーは苦笑いをする。
「 あ〜あ・・・ あとは ・・・ 気楽な一人旅、か。 いや ドルフィン号と二人旅だよな・・・ 」
なんとかミッションは終了した。
当初の目的は完遂され ― 廃墟の基地は完全破壊し 遺棄されていた披験体たちは大人の手を借りて
完全に < 消滅 > させ その上で丁重に弔った。
「 ・・・ ボーイ。 お主の判断は正しかったな。 」
現場での<作業>中に、 グレートがぽつりと言った。
「 私だってサイボーグ ・・・ はマドモアゼルの口癖だが ― やはりこれは。
いや ・・・ この世には婦女子は知らなくてよい側面があるものだ・・・ 」
「 うん ・・・ 」
「 ま。 それを上手く隠してなんでもない顔をしてみせるのがオトコの矜持というものさ。
・・・ ボーイ。 大人のオトコになったな。 」
「 ・・・・・・ 」
ぽん・・・と肩を叩かれ ジョーは黙ってグレートと拳を合わせた。
― そして 作業は完了し。 メンバー達をそれぞれの故郷に送り届けた。
最後の二人をアジアの一角に降ろすと ― ジョーももうやることはなくなった。
「 健闘を祈る 」
「 よ! ガンバレよな〜〜 !」
「 ・・・ まあ ちゃんと話せば きっと判ってくれるかもしれない、と思えなくもないけど、さ。 」
「 護ってやれ。 」
「 お土産 楽しみにしてなはれや・・・言うとってな。 」
「 怒れる女性 ( にょしょう ) は ・・・ 虎よりも強し。 」
ちぇ! 皆好き勝手なこと、言ってくれるよなあ・・・
ジョーは黙って仲間達を見送りつつ 盛大な溜息を吐いていた。
わたしだって! サイボーグなのよ!!
もうすでに、ジョーの耳の奥には彼女の言葉がキンキン響き渡り ひた!と見つめてくる碧い瞳が
はっきりと見えていた。
「 ・・・ う〜〜ん・・・・! くそゥ〜〜 ほっんとうに あとは! 勇気だけ、だなあ・・・ 」
ゴ −−−− ・・・・・ !
ドルフィン号は次第に高度を落とし始めた。
― 次は 〇〇駅北口〜〜 終点です 〜〜
録音とはいえ実にのんびりしたアナウンスが 聞こえてきた。
ざわ ざわ ・・・ 数えるほどしか乗っていない乗客たちが ごそごそ降りる準備を始めた。
・・・ ん ・・・? あら やだ。 わたしったらすっかり眠っていたみたい・・・
いっけない! ああ ・・・終点ですものね・・・
降り口近くの優先席で フランソワーズはやっと・・・目が覚めた。
― 完全に停車してから 席をお立ちください〜〜
はいはい わかってますよ。 よ・・・いしょ・・・っと・・・!
・・・あら? 日傘 ・・・ 日傘はどこに置いたっけか・・・
「 ・・・ 大丈夫ですか、奥さん。 ほら・・・ これ、かしら? 」
すぐ後ろの席から中年すぎの婦人が手を貸してくれた。
「 あ・・・! ありがとうございます〜〜 すみません・・・ 」
「 いいえ。 ほら、足元、気をつけて。 もうすぐでしょ、お楽しみねえ・・・ 」
「 あ・・・は ・・・はあ・・・ 」
にっこり当たり障りのない笑みを交わし、彼女は無事にバスから降りた。
もうすぐって。 まだ 6ヶ月なんですけど・・・!
ま・・・助かったわ ありがとうございます〜
彼女は ぺこん、とお辞儀をしてから ゆっくりと駅舎の方に歩き始めた。
「 さあ〜て。 うふふふ・・・ 都心にでるのは久し振りね♪ 行ってきまぁ〜す♪ 」
よいしょ ・・・・ 日傘と小さなショウダー・バッグと。 二人が詰まった大きなお腹を抱えて
島村夫人は ゆうゆうとホームに向かった。
昨夜。 いや、もう日付が替わってからジョーは帰還した。
夕方にやっと一報が入ってきて フランソワーズはジョーの好物をありったけつくって・・・ 待った。
ええ 遅くてもいいの 今晩食べてくれなくていいの。
あなたを待っていた・・・ ずっとずっと 待っていた・・・
そのことだけ、感じてくれれば ・・・
時計の針が真上に重なる頃を過ぎても 彼女はリビングで待ち続けていた。
そして ・・・・
ようやく地下の格納庫からの 音 を彼女の<耳>が捕えた。
ほどなく 直通エレベーターから待ちわびた足音を響かせ 彼 が帰ってきた。
「 ・・・ ジョー。 おかえりなさい・・・! 」
「 ただいま。 ・・・ まだ起きていたのかい。 夜更かしは ・・・ 」
それ以上なにも言って欲しくなくて。 彼女は恋人の胸に飛び込み、口付けをした。
「 ・・・ んんん ・・・ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ご苦労さま。 ねえ、お腹、ぺこぺこでしょう?
ジョーの好きなものばっかり作ったわ。 あ、すぐに温めなおすから・・・ ちょっと待って? 」
「 フラン。 もうこんな時間だよ? きみは早く休まなくちゃ。
コドモ達に夜更かしをさせちゃダメだろう? 」
「 いいの。 べべちゃん達はもうとっくに眠っているもの。 大丈夫。 今はジョーが先よ。
ね・・・晩御飯、食べるでしょう? 」
「 いや・・・ すぐに簡易メンテのブースに入る。 そうすれば明日からは <ふつう> に戻れる。
さあ きみももう休むんだ。 すぐにベッドに入れよ。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ わたし ・・・ 淋しかったわ・・・ 」
「 ぼくだって、さ。 でも こうやってちゃんと帰ってこれたから。
それじゃ ・・・ ゆっくりお休み 」
ジョーは彼女の唇に ちょん・・・と軽くキスをすると そのままメンテナンス・ルームに入った。
「 あ ・・・ もう・・・! それじゃ・・・ データの整理はわたしがやっておくわ。
今からやれば 明日の朝までには余裕で完了ですもの。
ふふふ・・・ きっとびっくりね♪ さあ・・・頑張っちゃおう!
これからが わたしの、そうよ、003のミッションよね。 さあ、任せて! 」
シュ ・・・っと目の前で閉まったドアを ちょびっと恨めしく思ったけれど、フランソワーズは
気を取り直して隣のデータ室に入った。
そこにはサイボーグ達のこれまでのミッションのデータが保存してある。
ミッション終了後、収集してきたデータやら戦時記録をきちんと整理・データ・ベース化するのも
重要な仕事なのだ。
今まではほとんどが索敵を主な任務とする003が担当してきた。
長期ミッションなどでデータ量が膨大な時や 散開して戦った場合などはピュンマの手を借りることも
あったが、やはり彼女が一番の適役だった。
データの取捨選択が的確なのだ。
しかし それは <すべて> に目を通す、ということで身体的にも精神的にも厖大な負担ともなるのだ・・・
「 え〜と・・・ 今回のファイルは・・・っと。 よっこらしょ・・・ 」
フランソワーズはクッションを背に当て モニターの前に座った。
カチカチ・・・と手馴れた操作を続けてゆく。
見慣れたページが現れ 彼女は最新と思われるファイルを開けた。
「 ・・・ ああ これね。 ・・・・ あらあ???
これ・・・ 空っぽじゃない?? 今回のミッションのデータが ・・・ 消えてるわ。 」
カチカチと何回か違う手順で試みたり、別のファイルを検索してみたのだが。
「 ないわ。 これ・・・<消えた> のじゃないわね。 転送済、なんだわ。 」
キーボードの上で 手が止まった。 彼女は きゅ・・・っと唇を噛む。
「 そう。 わかったわ。 どうしても どうしてもわたしを今回のミッションからは外したいって訳ね。
いったい・・・どういうつもりなの?? 」
がたん ・・・!
彼女は椅子とクッションを後ろに跳ね飛ばし立ち上がった。
「 ジョー!! ジョーってば! これは・・・いったいどういうことなの?? 」
データ室を大股で横切り 隣のメンテ室のドアに手を掛けて ― やっと点滅するランプに気ついた。
【 Keep
Out 】
「 あ・・・ そうだわ。 ジョー・・・ 簡易メンテ中なのよね・・・
いいわ! 明日の朝一番でどうしても どうしても訳を話してもらいますからね! 」
ぴっちり閉まったドアに こつん、と額をつけて フランソワーズはつぶやいた。
「 なによ なによ・・・黙って出かけちゃって・・・。 メールもくれなくて。
やっと帰ってきたらキスひとつだけ、なんて。 ・・・ なによ ・・・・ なによ。 」
今まで ― 恐らく 彼らが出かけてしまった朝からず〜っと ガマンしてきた涙が ほろほろと落ちた。
「 ・・・ さ 淋しかったんだから・・・!
みんな 皆して ・・・行っちゃって。 ひとりぽっちで ・・・ することもなくて。 」
すん・・・とハナを啜った拍子にお腹の中でいつも元気一杯な方がとん!と彼女を蹴飛ばした。
「 あ・・・? あらら・・・ふふふ・・・ありがと、ベベちゃん♪
ママンを慰めてくれるのね? ・・・ありがとう・・・ ねえ? パパったらひどいと思わない? 」
彼女はのろのろとデータ室に戻ると どっこいしょ・・・と椅子に座りこんだ。
「 そりゃ ・・・ 移動とか戦闘状態とかを考えたから今回のミッションに置いてきぼりにしたってのは・・・
まあ 許してもいいわ。 皆の気遣いに感謝するわよ。 」
もごもごもご・・・ またまたお腹の中からも賛同の<声>が上がった。
「 ねえ、そうよね。 でも! でもね・・・! わたしだってサイボーグなの、003なのよ!
データにも目を通させないってどういうこと? わたしの存在価値なんてないってことなの? 」
なにやら 怒りが暑さを呼んだらしく、彼女は身体全体がか〜〜っと燃え上がる思いがしてきた。
「 ― いいわ。 今晩は仕方ないわ。 でも 明日は。
きちんと納得がゆく説明をして頂きますから。 ええ、じっくりとね。
・・・ あ〜あ・・・ それにしてもお腹が空いたわねェ・・・
う〜ん・・・ こんな時間にちょっとルール違反だけど。 夜食、たべちゃお♪
そうそう・・・ オヤツのケーク・サレがまだ残っていたはずよね〜 アレ 頂きましょ♪ 」
今 真っ赤になって腹を立てていた人物は もう満面の笑みでとことこキッチンへと上がっていった。
― 深夜の <お茶会> で食べたケーク・サレは 素晴しく美味しくて。
彼女は大満足で ベッドに入った。
ふん・・・! 明日の朝一番で。 覚悟していらっしゃいよね!
ぼすん・・・!と主のいない枕に一発噛まし・・・ そのままその窪みに顔を押し付けた。
・・・なによ・・・ ! せっかく帰ってきたのに。
淋しいじゃない ・・・! ああ ・・・ ジョーの匂い・・・
夫の枕に顔を擦り付けたまま ― 彼女はことん、と寝入ってしまった。
フランソワーズは 朝 一番で! と張り切っていたのだが ― それは少々無理だった。
翌日、ジョーがメンテナンス・ルームから上がって来たのは すでに <朝> の領域ではなかった。
「 ・・・ お早う ・・・ お帰りなさい・・・! 」
「 お早う ・・・ ああ もう おはよう の時間じゃないけど さ。 」
「 ・・・・・ ! ジョー ・・・」
「 おや・・・・ どうしたんだい もう ・・・ ははは ・・・ただいま、フランソワーズ 」
ジョーはちょっと困った風に笑ったけれど、しがみ付いてきた彼女をしっかりと抱きとめてくれた。
「 ・・・ なんだ、どうした? うん・・・・? 」
「 ジョー ・・・ ジョー・・・・ さ 淋しかったわ ・・・・! 」
「 ごめん ・・・ もうちょっと早く片付けたかったんだけど ・・・ 」
「 ・・・ 片付ける・・・? 」
「 うん、意外と手間取っちゃってさ。 でももう安心してくれ、今回のミッションは完了だ。
しばらくはのんびり ・・・ したいなあ。 」
「 ちょっと伺いたいのですけど。 」
「 うん? なんだい。 」
フランソワーズは ジョーの腕から少し身体を離すと真っ直ぐに彼の目を見つめた。
「 今回のミッション、なぜわたしを外したの。
ええ、わたしの状態を気遣ってくれたのはよ〜〜くわかりました。
でも データまで隠したのはなぜ。 データ処理と記録はわたしの、 003の任務だわ。 」
「 ・・・ だから それは 」
きたな、とジョーは密かに舌打ちをし。 一息深呼吸をすると準備しておいた<答弁>を始めた。
しかし。
「 どうして 黙って行ったの。 どうして データまで隠すの。 」
彼女からは 徹頭徹尾この二言だけが何回も何回も返ってくるのだ・・・!
ジョーとしては出来る限り理路整然と<答弁>した ・・・つもりだった。
彼の妻は普段から理知的であり、理論的にものごとを考える女性なのだ。
そうさ。 フランは理系なヒトだもんな。
きちんと話せば 判ってくれるさ。 うん・・・きっと。
ジョーはこころのどこかで 女性というものを少々甘くみていたのかもしれない。
「 ですから。 わたしは納得がゆく理由を教えて頂きたいの。 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 別に難しいことじゃないでしょう? 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 ただ事実を教えてくださればいいの。 」
彼女はもう何回目だか自分でもよくわからないくらい ― 同じことを繰り返した。
< ちゃんと ミッションになるって言ったよ>
< 決定までの途中経過も話したよ>
ジョーも 何回か抗戦したけれど。
< 聞いてません > の一点張りなのだ。
・・・ そうだろうともさ。 きみの最大関心事はコドモ達と食べ物のこと、だったもの。
まあ なあ ・・・ 仕方ないだろうけど・・・
そして。
彼は何回目だかもう忘れてしまった溜息をつきだんまりを決め込んでいる。
「 ジョー!? 聞こえているのでしょう? 」
ぷつん ・・・!
ついに。 彼女 も 彼も。 所謂 堪忍袋の緒がキレてしまった・・・らしい。
「 わたしのこと。 足手纏いだと思っているのでしょう?! 」
「 ああ! 思ってるさ! ぼくだけじゃない、皆 そう思ってる! 」
・・・・ 二人は感情的な言い合いをし。 彼女は部屋を飛び出して行った。
― バタン ・・・!!!!
ドアを蹴飛ばす勢いで寝室に駆け込み ベッドに身を投げ ― たかったけれど
さすがにそれは無理だった。
ぼすん・・・! とベッドに腰掛けた途端に ぼろぼろ ぼろぼろ涙がお腹の上に落ちた。
「 ・・・ ひどい ひどい ・・・・ ジョーったら。 ジョーったら・・・・
ねえ 聞いて。 聞いてください! ジョーったらね! 」
彼女は もう半ば習慣になっているらしく、すぐにチェストの上のお雛様に話かけ始めた。
でも。
今日のお雛様は なぜかちっとも彼女の言葉に耳を傾けてはくれない。
澄ましたお顔が いつもと違って余所余所しく感じてしまう。
「 ・・・ねえ ・・・ なにか言って。 なにか・・・答えてください・・・!
ねえ、 べべちゃん達・・・ ママンはどうしたらいいの。 」
ついにはお腹に手を当てて訊ねてみたけれど 生憎こちらの住人たちはお昼寝中らしかった。
「 いいわ。 それじゃ。 聞いてくれる人がいるトコに行くわ・・・! 」
フランソワーズは きゅ・・・っと口を結び、涙でべとべとの顔をエプロンで拭いよっこらせ・・・と立ち上がった。
「 ええ! <実家に帰らせていただきます> だわ!! 」
ミ −−− ン ミンミンミン ミ −−−ン ・・・・
メトロの駅を降り立つと 急に蝉の声が降ってきた。
「 ・・・・うわあ・・・ こんな都心でもセミっているのねえ・・・ 」
フランソワーズは日傘の端っこから 街路樹を見上げた。
最近整備されたらしい舗道の脇にはかなり大きな樹が茂っていて濃い陰を落としている。
「 ふうん ・・・ この辺りの道って。 こんなカンジだったっけか。
なんか ・・・ ちょっとパリに似てる ・・・かもね・・・ ふうん ・・・ 」
毎朝 大きなバッグを抱え小走りに通っていた時にはちっとも気が付かなかった。
フランソワーズは ちょっとばかり懐かしい気分で くるりと辺りを見回した。
結局。 バスと電車とメトロを乗り継いで<通い慣れた道> を来てしまった。
「 ふふふ・・・ちょっとご無沙汰しました♪ でも また来ますよ〜
えり先輩なんてギリギリまでクラス、やってらしたものね・・・ わたしだって! 」
バレエ・カンパニーの門扉の前で フランソワーズは足を止めちょっと気取ってレヴェランス。
「 お早うございます。 ・・・ 宜しくお願いします。 」
白い日傘を傾けて 彼女は軽い足取りで建物の中へ入っていった。
「 まあ〜! 久し振りですね〜〜 わあ〜〜 もうすぐなんですかぁ〜〜 」
「 あら。 大丈夫? もうあんまり出歩かない方がいいのじゃないの? 」
「 うわ〜〜!! 元気そうだね! え?? もう生まれるんだっけ?? 」
「 あらまあ。 お母さん、いらっしゃい。 次は親子どんぶり、かしら。 」
事務所の人も 先輩も 仲良しさんも 主宰のマダムも み〜んな笑顔で迎えてくれた けど。
「 あのう。 予定日は12月〇日で。 ・・・ 双子 なんです。 」
「「「「 ええ〜〜〜〜 ふ 双子なの 〜〜〜 ??? 」」」」
せっかく張り切って稽古場まで遠征したのだが。 できればそろそろレッスンしたい、とお願いしたのだが。
ほんの30分後 フランソワーズはとぼとぼとアイアン・レースの門から出ていった。
彼女の <野望> は まあまあ・・・無事に生まれてからにしたら? とやんわりと却下されてしまった。
・・・・ どうしよう・・・ このまま ・・・
ぼんやり日傘を担いで歩き、ほとんど無意識に電車に乗って。
気がつけば ― いつもの、最寄の駅前まで戻ってきていた。
「 ・・・あ ・・・ やだ、わたしったら。 帰ってきちゃった・・・ 」
自然にいつものバス停に足が向かった。 ちょうどやってきたバスに乗ってしまった。
ふう ・・・・ やっぱり・・・ほっとするわね
窓から入る風に ほんの少しだけ海の匂いと感じ、フランソワーズは少し気分が明るくなった。
慣れた空気はやはり安心できる。
でも。 このまま・・・帰るのは なあ・・・ あら あの屋根・・・?
≪ 次は〜 〇〇神社前〜 〇〇神社前でございます〜 ≫
間延びしたアナウンスと一緒に こんもりした森が見えてきた。
その陰に ちらり、と 甍の屋根を認めた途端に 彼女は声を上げていた。
「 すみません! 降ります 降ります〜〜〜!! 」
・・・ コズミ先生 ・・・!
バスを降りると、フランソワーズは日傘も差さずに目的の邸へと一目散に駆けていった。
老博士は 真っ赤な顔で飛び込んできた若妻の話を、最初から最後まで黙って聞いてくれた。
相槌をうつわけでもなく、かといって聞き流しているわけでもなく。
ふわり ・・・ ふわり・・・と団扇が代わりに返事をしていた。
「 それで。 ・・・ それで・・・ こちらに伺ってしまったのですけど・・・ 」
「 ふんふん。 ああ お茶受けも出さないですまんかったの。 ちょいとお待ちなさい。 」
やっと一息いれた彼女を置いて コズミ博士はふらり、と奥へ入ってしまった。
・・・ ふううう ・・・・
開け放しの縁側には さわさわといい風が通り抜ける。
コズミ博士が出してくれたイグサの座布団の香りが 清々しい。
「 あ・・・ いい気持ち ・・・ 」
フランソワーズは少々お行儀悪く 脚を投げ出してしまった。
な〜ぉ〜〜
のそのそやってきた三毛猫が彼女の側で香箱を作っている。
「 あら こんにちは。 ねえ、あなたのお家はいつでも気持ちがいいわねえ・・・ 」
ちろろ・・・ 麦茶のグラスで 氷が微かな音を立て溶けおちた・・・
「 ほい、お待たせ。 どうかな、これは。 」
「 ・・・まあ。 なんでしょう? ・・・ 果物のシロップ漬けかしら。 」
「 う〜ん・・・確かに果物、じゃがな。 甘くはないな。 ちょっとだけ端を齧ってごらんなさい。 」
「 はい ・・・ !!! う・・わ・・・ すっぱぁ〜〜い・・・ 」
フランソワーズは コズミ博士の出してくれた小さな <お茶受け> に目と見張った。
「 ・・・ これ?? あ ・・・ でも なんだかすごく美味しいですね!
きゃ・・・ すっぱ〜い・・・けど。 すっきり・・・いい気分 ・・・ 」
「 これはな、 梅干 といってな。 まあ 日本人の古来からの一種の常備薬、かもしれんです。
お母さんになるお方には ぴったりじゃろ。 」
「 はい。 なんか・・・すっきりしてきました。 」
「 ほっほ。 そりゃ よかったの。
お嬢さん・・・いや 失礼 奥方? あのな。 オトコにはなあ・・・
黙っておきたいコトがあるんじゃよ。 一人で仕舞いこんで 耐える。
そのことで大切なヒトを守りたい・・・ そんな ちょっとばかり <思い込み> があってな。 」
「 ・・・黙って、ですか。 」
「 そうじゃよ。 まあ・・・ オトコのプライド、みたいなもんかの。
ほっほ・・・ 実際はどうでもいい些細なことかもしれんが。 まあ・・・ここはひとつ、カレシの・・・
あ、いやいや、旦那さんの顔を立てて、知らないフリをしておやりなさい。 」
「 ・・・ 知らないフリ・・・ 」
「 秘すれば花 言わぬが花 ・・・ ほっほ。 奥方はご自身の <役割> に徹されてはどうかな。
外堀の守りは旦那さんに任せ、奥方は本丸にどっしり腰を据えていらっしゃい。 」
「 は はあ ・・・ 」
「 なに、オトコなんて単純じゃから。 頼られてるって思えば勇気百倍。
そのチビさん達が ジョー君のパワーの源になってますな。
主役は どん・・・!と奥で構えておられればいい。 」
「 どん、と・・・ですか。 」
「 ああ。 お母さんは どん、と な。 」
すっぱい味が不思議と後口がよい。
フランソワーズは きゅ・・・っと髪を纏めるときちんと座りなおした。
「 コズミ先生。 ありがとうございました。 」
「 ん? いや・・・なにもしておらんですわ、ワシは・・・ ほっほ。 」
― チリリン ・・・
夕風に南部風鈴が 涼しげな音を響かせていた。
「 ・・・ あ 〜〜〜 さっぱりしたァ・・・! 」
ジョーは がしがしタオルで髪を拭いつつ ・・・ 寝室にもどってきた。
「 ふふふ・・・ 夏でもね、お風呂ってステキよね。 わたし・・・もうお風呂ナシでは生きてゆけないかも。 」
「 あは、 そうだよねえ・・・ ああ・・・つっかれた・・・ 」
「 ねえ これ。 コズミ先生に分けていただいたの。 ジョー、好き? 」
カチン ・・・と ガラスの小皿がナイト・テーブルに置かれた。
「 うん? あれ 梅干か♪ うん、好きだよ。 ・・・ んん〜 すっぱい! けど ウマイ! 」
ジョーは顔を歪めて舌鼓を打っている。
「 ふふふ・・・ よかった♪ ジョー、これで元気になるわよね。 」
「 ああ・・・ すげ〜〜ウマイ! じわ〜っと元気が沸いてくる気分だよ。 」
ぼすん・・・とベッドに座って 彼は大きく伸びをした。
― 大騒ぎ の半日だった ・・・
細君の <置手紙> を見て。 ご亭主はパスポートを財布だけをポケットにねじ込んで駅まで飛んでいった。
≪ ジョー?? どこへ行くの?? ≫
≪ ふ、フランソワーズ!?? どこだい、パリか? いや・・・そんなはずは・・・
いくら脳波通信でも フランスまではとても・・・ ≫
≪ ジョーってば。 なに言ってるの? 大丈夫?? ≫
≪ きみこそ。 そこでじっとしてろ! すぐに空港にゆくから! ≫
≪ ・・・ わたし。 家にいるのよ? ≫
≪ え? ぱ、パリの、かい?? ≫
≪ は? あの。 湘南の海のそばの。 わたし達のおうち。 ≫
≪ ・・・ は ・・・ ≫
彼は危うく電車に飛び乗る間際に細君からの脳波通信で ・・・ 緊急停止したのだ!
「 ジョーってば。 なんで空港になんか行こうとしたの。 」
「 きみが! 実家に帰るって ・・・ 書置きするから。 てっきりフランスへ ・・・ パリに帰って
しまったのか・・・って思って。 」
「 え・・・? だって 家出するときって。 日本語ではああいう風に言うのでしょう? 」
「 ・・・ は ・・・ はい・・・?? 」
「 この前ねえ TVのドラマで見たもの。 奥さんがね、やっぱりああいう風にメモを残していたの。
だから 日本の習慣なのかなって思って。 」
「 あ ・・・ そう なんだ・・? 」
「 ねえ じっか ってなあに? あ、慣用句とか諺の一種なの? 」
「 ・・・ あ ・・・ はははは ・・・ そ、そんなモンさ・・・ あ ・・・ はァ・・・・! 」
ジョーは どさ・・・っとベッドに仰向けに倒れこんだ。
「 あら そんなに疲れてるの。 」
「 ・・・ うん ・・・ いや・・・ 」
ジョーは寝転んだまま、細君の腕をひっぱった。
「 ぼくは誓ったよね。 結婚する時にずっとずっときみを守るって。 それは一生だけど。
でも ・・・ 今、コドモ達を守れるのは きみだけ、だろう?
だから きみをちょっとでも危険な目には遭わせない。 絶対に、さ。 」
「 ・・・ ごめんなさい ・・・ ジョー ・・・ 」
「 ごめん ・・・ ぼくも ちゃんと話さなくちゃいけないよね。 」
「 ・・・ ううん ・・・わたしも どうかしてたわ。 」
「 ねえ ・・・ いいかなあ。 」
するり、と彼の指が彼女の襟元から忍びこんだ。
「 え・・・ だってわたし。 こ・・・こんな身体で・・・ は、恥ずかしいわ・・・ 」
「 なんで。 だってこのコ達はぼくのコドモだよ? 」
「 ・・・ 電気 消して ・・・ 」
「 んんん ・・・ でも その前に。
ああ ・・・ 綺麗だ・・・! 満開の桜みたいな・・・身体だね・・・! 」
「 ・・・ イヤな ・・・ ジョー ・・・ 」
その夜は どうも特別に暑い夜になった・・・らしい。
「 そうそう・・・そんなコト、あったよなあ・・・ うん。 」
ジョーは ケーク・サレの最後の一片を口に放りこんだ。
「 ジョー? あら、まだ食べているの。 そんなにこれ、お気に入りだったかしら。 」
フランソワーズがリビングから戻ってきた。
「 ・・・ ああ? うん ・・・そうだなあ。 コレは ウチの味、だもんな。 」
「 そう? フランスではわりと一般的よ? 残り物も片付くし経済的だわ。 」
「 なあ、 あの時。 チビ達がまだきみのお腹にいる夏さ。
大騒ぎしたなあ・・・ きみってば <実家にかえる> とか言って。 」
「 ??? そうだった?? 夏 ・・・夏、ねえ・・・? 」
「 え・・・忘れちゃったのかい。 ほら、ちょっとしたミッションがあって・・・
そうそう、その時も きみはやたらとコレ・・・ ケーク・サレ を食ってたよなあ。 」
「 ・・・ う〜〜ん・・・・そんなこと、あったかしら・・・
・・・ あ! ジョーがなんだか勘違いして 突然パリに行こうとした時ね?! 」
「 え ・・・ あ ああ。 そんなコトも あった・・・かも。 」
「 そうよぉ〜〜 可笑しなジョーねえ・・・って。 博士と大笑いしたの、覚えているもの。
そうそう、夏だったわねえ。 でも それがどうかしたの? 」
「 ・・・ 覚えているの、 それだけ・・・? 」
「 ?? それだけ・・・・って。 それ以外になにかあった?
あの夏は・・・ ちび達二人がお腹に詰まってて ・・・ もう重くて・・・
滅茶苦茶に暑かったなあ、って記憶があるけど。 」
「 ・・・ そっか ・・・ 」
「 そうよ〜 だから ジョーってば、こんな暑いのに何だってパリなのかなあって不思議だったわ。
あら。 理由、聞いてなかったわね。 今さらだけど。 どうして? 」
どうして ?!
あの時、 必死の眼差しで何回も何十回も繰り返した言葉を 今、笑みを含んだ碧い瞳が繰り返す。
ジョーは なんだか急にがく・・・・っと力が抜けてしまった。
「 あ ・・・ あは。 なんか ・・・ 忘れちまったな・・・・ 」
「 まあ、いやあねえ。 あれだけ大騒ぎしておいて。 もう忘れてしまったの?
・・・ 若年性健忘症、なんてイヤよ?? ほらほら お父さんってば 頑張ってください! 」
「 え あ・・・ う、うん ・・・・ 」
「 まだあの子達は幼稚園なのよ〜〜 あ!? こら〜〜 二人とも!! なにやってるの!
すぴか! すばる〜〜! そんなことしちゃ ダメでしょう〜〜! 」
フランソワーズは またばたばたとリビングに駆け込んでいった。
あんなに大騒ぎして って。 それはきみじゃないか。
・・・ ぼくは本気で焦りまくってパリまで行く気になって。 気がヘンになるくらい心配したんだ!
帰ってきたぼくに大泣きして抱きついてきたくせに さ。
ごめんなさい・・・ってあの時の顔、 ほっんとうに可愛い!!って思ったのになあ・・・
ジョーってステキ!って 飛びついてくれたのに。
最高に頼りになるわ!って 言ってくれたのに・・・ すごく嬉しかったんだぜ?
あは・・・もう きれいさっぱり・・・ 忘れちゃってるんだ・・・?
・・・・ あは。 そんな ・・・ モンなのかな・・・
「 お雛様 ・・・ コレがウチなんです・・・ね。 笑ってくれて・・・いいですよ・・・ ああ ・・・ 」
ジョーは キッチンのハッチ越しにお雛様を眺めるとふか〜〜い溜息をついた。
ええ ええ。 わかっていますよ
どこのおうちでもね。 みんな こんな風でしたよ・・・・
こんな風にね 泣いたり笑ったりしてましたよ
お雛様は 澄ましたお顔でなんでもご存知・・・なのかもしれない。
************************ Fin. *************************
Last updated : 03,23,2010.
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******** ひと言 ********
やっと終りました〜〜〜 (>_<)
どんな時にでも! やっぱり最強なのは フランちゃん です♪
お雛様ですか?
これは後に すばる君ち に受け継がれてゆきます。
ええ、 そのお話は また ・・・ いつか・・・・
ご感想のひと言でも頂戴できましたら幸いでございます〜〜 <(_
_)>
***** 追記 イラスト 到着♪ ( 04,18,2010)
ほっぺもお腹もふっくりしたフランちゃん・・・・♪
夏の海の熱気が ふわ〜〜っと漂ってきますね〜〜
優しい水彩の色使いが すばらし〜〜〜♪ めぼうき様ならではの イラストですよね(#^.^#)