『  きみと  あなたと  ― (1) ― 』  

 

 

 

                                                 企画・構成   めぼうき  ばちるど

                                                 テキスト            ばちるど

 

 

 

 

 

 ・・・ ジョーはやっとそのメモに気がついた。

ドレッサーの上、雛人形の裾にそっとメモ用紙が挟んであり ― 

 

 

 

    009 へ。  実家に帰らせていただきます。  足手纏いな 003より。

 

 

「 ??!??  こ・・・これって・・・ おい〜〜 ウソだろ〜〜〜 !??? 」

ジョーはメモ用紙を握り締め ― 絶叫してしまった。

「 実家って・・・ 冗談じゃないぜ! ふ、フランスか??? いや まさか・・

 し、しかし あの身体で ・・・いくら妊娠六ヶ月だって 二人分 なんだぞ おい〜〜!! 」

そう ― 彼の愛妻は。 

島村夫人は 島村氏のコドモ ― 双子♪ ― をお腹に入れたまま家出してしまったのである。

呆然と突っ立っている島村氏を お雛様がじっと見つめていた・・・

 

 

 

   

   ―  そして 数年が経った 

 

 

 

 

 

・・・ さあ これでよし。 っと・・・  

どうかしら。 曲がってない、わよねえ。 どれどれ う〜ん ・・・

 

フランソワーズは もそもそと段組の下から這い出してきて立ち上がり 振り返る。

一歩さがって全体を見渡してみて 彼女はうんうん・・・と頷いた。

ギルモア邸のリビングの真正面に 木枠でできた段々が設置されていた。

枠組みに使われている木材はどれも節ひとつない正目で、角々には飾り金具が打ち出してあり、

全体的にかっちりと頑丈に造られている。

木材全体が飴色がかり、かなり古びてはいるが上等なシロモノなのは彼女の目にもよくわかる。

所々に丁寧に修繕した箇所が見受けられるが 代々の持ち主が施したのだろう。

長い期間家族で愛し受け継いできた ・・・ そんな感じがする。

フランソワーズは ほう・・・っと吐息をもらす。

  

   これ・・・きっとずうっと。 皆さんが大切にしていらしたのよね。

   ちゃんと段組まで修理がしてあるのですもの・・・

   わたしも毎年きちんと お手入れしなくちゃ。

    丁寧に磨いて防虫剤も入れ替えないといけないわね。

   そうよね・・・   だってこれは。  ふふふ・・・

   わたしの大切な嫁入り道具ですもの。  ねえ ・・・

 

まだ 木枠だけの段組を眺め彼女はもう微笑みが零れてきてしまう。

今年もこの季節が巡ってきた。

夫と子供たちと。 そして遠くに暮らす仲間たちも ― 平穏に暮らしてゆけることに

そして今年も 無事にこの日を迎えられることに  彼女はこころから感謝していた。

 

   今年も。  また <みなさん> とお目にかかれるわ。

   ねえ、 <みなさん> ?  わたし達。  皆元気です。

   コドモたちもどんどん大きくなって・・・ すこしはお利口さんになった・・・かもしれないから・・・

   < みなさん > を一緒にお迎えできると思います。

 

フランソワーズはちょい・・・と木枠の段組を触ってみる。 ついでに少し揺すってみた。

それは今朝ジョーが一生懸命組み立ててくれたのだ。

彼の仕事らしく、きちんと仕上げてあり木枠はがっちりと填まりねじもしっかり留めてある。

彼女も勿論夫の仕事を疑ったりはしていない。

だけど。   これは完全に母親のカンなのだが。

 

   うん・・・ これは 絶対に登るわね。

   ダメって言っても 無理だわ。  叱っても無駄よ。

   いいわ、 それならいっそ初めから対策を講じておいた方が賢いわ。

 

組み立て終わった段組を見て うんうん・・・とフランソワーズは頷いた。

 

   今のうちよ・・・!  台風たちが帰ってくる前に補強しておきましょう。

   う〜ん ・・・ なにかいい材料がないかしら。 普通の木材じゃあちょっと頼りないし・・・

   ・・・ あ !  そうだわ !   

   ドルフィン号の装甲板の残りが地下のロフトにあったはず・・・

   アレを使っておけば・・・ うん、 グッド・アイディア 〜♪

 

およそ似つかわしくない材料だが 補強には最適である。

あの装甲板素材を使えば ― チビ達がよじ登っても絶対に倒れたり潰れたりはしないはずだ。

・・・ なにせ レーザーも跳ね返すスーパー金属なのだから・・・

 

「 そうよね!  あ・・・一応博士にお断り、しておいた方がいいかもしれないわ。

 もうずっとロフトに置きっぱなしだけど。 最近はほとんど使う機会もないし・・・

 博士〜〜 あの、ちょっとお願いがあるのですけれど・・・ 」

フランソワーズは博士の書斎に飛んでいった。

 

  

   うん ・・・ ?  なんじゃね。  ・・・ え  ロフトの廃材? ・・・ ああ ああ 装甲板の!

   いいぞ、 勿論かまわんが。  一体なにに使うのかね。  

   ・・・ え!?   そ、そんなに重量がかかるのかの?

   ああ  チビさん達・・・ うん うん  それはいい!  うん、そうしなさい。

   おお、それなら補強用のパーツを準備しよう! すぐに な。

 

 

彼女からハナシを聞き、博士は二つ返事でOKをしてくれた。

それどころか 木枠自体には疵がつかない留め具用のパーツまで提供してくれたのである。

「 このカバーを巻いて、だな。 こう・・・閉じればしっかりと接合する。 」

「 わあ・・・ ありがとうございます、博士。  これで今年も素敵な日になりますわね。 」

「 そうじゃなあ・・・  うん、うん。 今から楽しみじゃわい。 」

「 ええ。 それじゃ わたし、あの子達が帰る前に仕上げてしまいますね。 」

「 おお、 頼むぞ。 母さんや。  」

「 はい♪ 」

「 今日の < お迎え > は父さんの出番かい。 」

「 ええ。 やっととれたお休みなんですのに・・・・ ゆっくりしていたら?って言ったのですけど。

 もう大喜びで行っちゃいました。 まだ 全然早い時間なのに。 」

「 あはは・・・ チビさん達の顔が見たいのじゃろう。  アイツらしいよ。 」

「 なんかね、子供たちが遊んでいるのを、見るのが好きなのですって。

 ・・・ ヘタしたら ・・・不審者と間違われちゃいますよねえ・・・ 」

「 あっはっは・・・ 大丈夫じゃよ フランソワーズ。  あの天然笑顔は ・・・ 人畜無害だ! 」

「 まあ・・・ そうですわね。  ふふふ・・・ それじゃ早速使わせて頂きますね。

 え〜と   ・・・・  このくらいあれば足りるかしらね。 」

彼女はひょい、と何本かの金属の素材をいとも簡単に持ち上げた。

 

 

 

しばらく ごそごそリビングでは <作業> が進んでいた。

「 ・・・ これで  いいかしら。  うん ・・かなりいいセン、行ってるかも。 」

島村さんちの奥さんは自分の仕事を見直して 満足の笑みを浮かべていた。

彼女がぐい、と力を掛けてみても押しても突いても 段組はビクともしない。

「 よし!  これなら安全・安心だわ。 

 ・・・ まあねえ・・・ 本当は<登る>なんてとんでもないコトなんだけど。

 ウチの台風っ子は 聞き分けてなんかくれないだろうし。 

 本当なら・・・ お着物でも着てお澄ましして。 大人しく眺めていて欲しいのに・・・

 そうよ、お歌一緒に歌ったり。 可愛いお菓子を食べたり・・・せっかくの女の子のお祭りなのになあ 」

ちょびっとブルーな溜息も出てしまった。

 

   ・・・だめ だめ。  おめでたい日でしょ。 楽しい日にするんだから。

   さあて。   あとは。 

   緋毛氈を掛けて   お雛様達のお出ましね。

 

フランソワーズは大張り切りで奥の納戸からなにやら木箱を沢山運びだし始めた。

こちらもかなり年季が入ったシロモノだが、 彼女はひとつひとつとても丁寧に開いてゆく。

 

   こんにちは。  ご機嫌いかが? 一年ぶりですね・・・

 

 

  ―  そう  ・・・ 三月三日 雛の節句がもう目の前なのだ。

 

 

やがて。  ギルモア邸にリビングには緋毛氈と敷いた大仰な雛段が登場した。

これは島村夫人の <嫁入り道具>、彼女がまだ島村氏と結婚する前に

コズミ博士から 頂いたものなのだ。

 

 

 

「 ・・・ そんな。  こんなに大切なもの、頂くわけにはゆきませんわ。 

 だって ずっとお家に伝えられて・・・ コズミ先生のお嬢様のものでしょう? 」

雛人形を譲る、というコズミ博士の申し出に、フランソワーズは心底びっくりし、慌てて辞退した。

「 いやいや・・・ 確かにアレは私の家内が嫁に来る時にもってきたものですがな。

 娘はもうとっくにいらん、と言っておるし・・・・ 孫はなあ、オトコばっかりなんですわ。 

 大切にしてくださる方に 貰っていただければ。 お雛さん達もお悦びでしょう。 

 ワシではもうとても手入れもできんしなあ。 」

「 まあ・・・ 本当に宜しいのですか? 」

「 勿論じゃ。  なに、嵩張って場所ばかり取って申し訳ないがの・・・

 まあ ・・・ よかったら貰ってやってください、お嬢さん。 」

「 ・・・ ありがとうございます・・・! ああ ・・ 夢みたい・・・! 」

 

あまりの嬉しさに涙ぐみ、フランソワーズは古風な雛人形の新しい持ち主となった。

ありがたく頂戴し さっそくジョーにギルモア邸まで運んでもらった。

旧い木箱から ひとつひとつ・・・丁寧に人形たちを取り出してゆく。

「 ・・・ 不思議なお人形ねえ。 ビスク・ドールとも違うし・・・とっても綺麗だけど・・・

 皆お澄まししてて、ちょっぴり恐いかも ・・・・ 」

自分とはまったく違った顔立ちの人形たち。

真っ白な肌に 切れ長な黒い瞳が輝く。 ちんまりした口に注した紅がとても鮮やかだ。

彩錦で作られた異国の衣裳に 彼女はますます目を見張った。

「 すごい ・・・ !  この国のヒト達って昔は皆こんな恰好をしていたのかしら・・・

 あら?  カップルの他にも大勢いるのね。  これはお友達かな。 」

顔に巻かれた薄紙をそっと外すたびに ちがった表情が現れる。

「 ・・・ ふうん ・・・ これは大きな家族なの? ううん、それともお城みたいなのかなあ。

 まあ 食器もあるわ。  これはなにかしら、チェストボックスかしらねえ。 」

フランソワーズは人形だけでなく お道具までひとつひとつ眺めては楽しんでいた。

 

「 フラン〜〜?   ・・・ ああ またここにいたのかい。 」

ジョーがキッチンのドアからひょい、と顔をだした。

「 あら ジョー。 なにかご用? 

「 うん。  冷蔵庫のミルクさ、飲んじゃってもいい? 」

「 ええ 勿論よ。 ねえ ジョー。  ここは  ・・・ このお家はね、わたし達の家 なのよ?

 あの・・・なにか食べるときにいちいち断らなくてもいいわよ。 」

「 え ・・・ あ。 そ そっか。  そうだよねえ・・・ ごめん。

 なんか施設にいた頃の習慣ってなかなか抜けなくて。 」

「 あなたのホーム はここなのよ、ジョー。 」

「 ・・・ うん ・・・ そうだよね。  うん ・・・ 」

ジョーは嬉しそうに でもちょっぴり照れ臭さもまじるのか目をぱちぱちさせている。

「 ああ、そうだわ、あとでお買い物、付き合ってね? 」

「 うん、いいよ。  ・・・お。 もう全部出したのかい、雛人形・・・ 」

「 ええ ・・・ こんなに沢山あるのね、びっくりよ。 」

「 ふうん ・・・ うわ〜〜 こういう風に間近で見るとなんか・・・おっかないなあ 」

ジョーは所狭しと並べられた雛人形に近づきしげしげと眺めている。

「 まあ、ジョーもそう思うの?  ねえ ジョーのお雛様もこんな風だった? 」

「 え・・・  ぼくのお雛様って・・・ 」

「 日本の子供達はみんな もっているのでしょう? お雛様。 この人達は何なの? 」

フランソワーズは 三人一組の女雛をじ〜〜っと見ている。 

「 それ・・・? ああ、 確か ・・・ 三人官女 だったかなあ。 

 何って・・・う〜〜ん ・・・?? あ、そうだ、今ならね、メイドさんだよ。 」

「 ・・・ メイドさん??? ふうん ・・・ これがこの国の昔のメイド服なの・・・

 ロング・スカートで動き難そうねえ。  昔はこういう服がはやったの? 」

彼女は真剣そのものでジョーを見つめている。

「 え ・・・ あのゥ・・・あの、さ、フラン。 お雛様ってさ、 オンナノコのものなんだ。

 お雛様を飾る日は桃の節句っていうのだけど、女の子のお祭りなのさ。

 だから ぼくはあんまりよく知らないんだ。 」

「 まあ ・・・ お祭りも男女別々なの???  あ それじゃ・・・男の子は? 」

「 うん 男の子のお祭りは 5月5日。 鯉幟を上げるよ。 

 そうそう・・・ 鎧・甲の人形とか ・・・ クマと相撲してる人形もあったっけ。 」

「 ・・・ふうん ・・・  日本って面白いのねえ・・・

 不思議なお人形さんたち・・・わたし、大切にするわ。 」

「 うん、せっかくコズミ博士から頂いたんだもんな。 なんか雰囲気がきみに似合ってるね。

 ・・・ねえねえ。 だいたい片付いたらさ、買い物、行こうよ。 」

「 あ・・・ええ、わかったわ。 すぐに仕度するから・・・ちょっとだけ待っていてね。 」

「 うん。  車 出しておくから 」

ジョーは途端にご機嫌になって出ていってしまった。

「 ・・・男の子はお人形さんには興味はありません、ってことなのかしら。

 でも いいわ。 これはわたしが頂いたんだし。

 お雛様 ・・・・ 皆様? フランソワーズ、といいます、どうぞ宜しく・・・ 」

彼女は誰もいないリビングで ― 雛段の前で優雅にレヴェランス ( お辞儀 ) をした。

 

 

 

「 ・・・ そうそう ・・・そんなことがあったっけ・・・

 夜中にこっそり起きだして ず〜っとお雛様を眺めていたこともあったわね。

 あの子達の <初節句> の年には  もう子育てにヘトヘトで飾るのをやめよう、って思って。

 でも どうしても会いたくて徹夜して飾ったこともあったっけ・・・ 」

慣れた手つきで人形たちを取り出しつつ・・・ フランソワーズは懐かしい思い出を辿る。

「 そうよ! 初節句の後は ずっと・・・ウチの怪獣たちから避難していただいて

 わたし達の寝室に飾っていたんだったわねえ。 」

・・・ やっぱり ここが明るいし広いし一番いいわ・・・と彼女はほれぼれと雛段を見上げる。

 

思いもかけない運命の嵐に翻弄され この島国に住みつき この島国出身の青年と一緒になった。

そして ― 最高のプレゼントに恵まれ ・・・ 双子の子供たちの母となった。

悪夢の日々からは 想像もできなかった幸せを 今、彼女は全身で享受している。

フランソワーズにとって譲り受けた古風な人形たちは 幸せの象徴 に思えた。

娘時代は勿論のこと、この国の青年の妻となり、やがて双子の子供たちの母となった今でも

毎年とても楽しみに、大切に大切に飾ってきた。

異国の人形たちは 今では彼女の懐かしい友達になっていた。

 

「 ・・・ えっと ・・・ 桜と橘 ・・・ どっちがどっちに置くのだったかしら。 

 昔の生活ってきっと沢山の決まり事があったのね。  本当にこの国は興味深いわ。 」

最上段に ロイヤル・カップル。  金の衝立を丁寧に後ろに置く。

和紙を張ったルーム・ライトは ぼんぼり という面白い名前ですぐに覚えた。

ジョーが  メイドさんだよ、 と教えてくれた官女達にはちゃんと小道具をもたせ、

クウィンテットの少年隊にも楽器を間違えずに配給し 年配のお偉いサンやらご家来衆やら  ― 

大方の人形を段々に並べ終わったころ・・・

 

 

「 たっだいま〜〜〜〜 おか〜〜さ〜んッ !! 」

「 おかあさん ただいま・・・! 」

玄関のドアが開くと同時に 賑やかな声がふたつ、飛び込んできた。

 

     ほうら・・・ 我が家の台風たちのお帰りね・・・

 

フランソワーズは手早く木箱やら薄紙を雛段の下に仕舞いこむと 玄関に急いだ。

「 お帰りなさい  すぴか すばる   お帰りなさい、 ジョー ・・・お迎え、ご苦労さま。」

「 ただいま〜  ほうら すぴか? お母さんにただいま〜〜って。

 すばる〜〜 おい もうおろすぞ〜〜 」

「 きゃ〜〜 きゃ〜〜 おかあさ〜〜ん ただいま〜〜 

 うわ〜〜〜 アタシってば。  おとうさんよか のっぽなんだよ〜〜  」

「 おかあさん ただいま〜〜 おかあさ〜〜ん・・・・ 」

「 あらまあ・・・ あなた達ったら。  ジョー・・・大丈夫? 」

玄関まで小走りに行き いつもの通り <お帰りなさいのキス> をしようとして・・・

島村さんちの奥さんは思わず棒立ちになってしまった。

 

夫の肩の上には。  娘のすぴかが座り しっかりと父親の額に手をまわしている。

夫の胸の前には。  息子のすばるが首ったまに腕をまわしてかじりついている。

 

「 ・・・ あは。 さすがにちょこっと・・・・ 重い、かも、な。 

 あ! いて! 痛てててて・・・ おい、すぴか〜〜 髪の毛を掴むのはやめてくれ! 」

「 ごめ〜ん おとうさん。  ねえねえ おかあさ〜ん、 アタシ、おかあさんよかおっきい〜〜 」

「 まあ すごいわねえ〜〜すぴかさん。  恐くないの? 」

「 ぜ〜〜んぜん♪ アタシ かたぐるま だァ〜〜いすき♪  ね、おとうさん♪ 」

「 あはは・・・お父さんも大好きさ。  おい、すばる? 降ろすぞ? 」

「 うん・・・ おとうさん もっとひくくなって・・・ 僕〜〜 こわいい〜〜 」

息子は泣きべそをかいている。

「 あら。 すばる・・・・ そのくらい ぽん・・・って降りてごらんなさい。 恐くなんかないでしょ。 」

「 アタシも! アタシも降りるね〜  いっせ〜の〜〜〜 ! 」

「 だめッ!  すぴか! だめよ〜〜 そんなとこから飛び降りたら怪我しちゃうわよ!

 ジョー〜〜〜 屈んで〜〜! 」

「 へいへい。  わかりましたよ。  おい、すぴか? ちゃんと掴まってろよ〜〜 

 すばる? もう平気だろ、離すぞ? 」

「「 うん! おとうさん  」」

ジョーはようやっと彼の身体に纏わりついていた子供たちを床の上におろした。

「 ・・・ ああ ・・・ふう〜〜 やれやれ・・・ 」

「 ジョー ・・・ 大丈夫? 」

「 うん ・・・ なんとか。  いや〜〜 チビたち、結構重くなったのな。 」

ジョーは首やら肩をごきごき言わせているが満面の笑みである。

「 おかあさん〜〜 オヤツ! きょうのおやつ、なあに? 」

「 オヤツ おやつ〜〜〜 オヤツはなに〜〜 」

「 はいはい。 ちゃんとキッチンに用意してあります。

 その前にお着換えをして。 それからお手々を洗ってウガイしてきてちょうだい。」

「 ああ ぼくも一緒に行くよ。  すぴか すばる? 

 さあ お手々をあらって がらがらがら〜〜ってウガイして。 それからオヤツだ。 」

「「 はァ〜〜い おとうさん 」」

双子の姉弟はいいお返事をして 父の左右にくっついてバス・ルームに行った。

 

     ふう・・・・ やれやれ・・・ 

     さあて ・・・ 本日も午後の部、戦闘開始、ね・・・・

 

幼稚園児の母は ふう〜〜〜・・・・っと溜息をついた。

夫と子供たちのコートにさささ・・っとブラシをかけ、玄関のクローゼットに仕舞いこむ。

「 ・・・あ〜らら・・・ もう〜〜 お靴は揃えてって何回言えばいいのかしら!

 まあ〜〜 ジョーまで・・・! いったい幾つになったのかしらね。  」

ぶつぶつ言いつつ、上がり框に脱ぎ散らされた二組のちっちゃな靴とジョーのスニーカーも拾いあつめ。

・・・ お母さんはなかなか大忙しである。

「 あら・・・! どこを歩いてきたの? お玄関まで泥だらけじゃない! もう〜〜 ・・・ 」

専用の箒を使い始めれば ―

 

「 うわ〜〜〜 !!  すご〜〜い〜〜 おかあさん、 おかあさ〜〜ん これ なに??

 ねえ ねえ すぴか、のぼれるよ〜〜 」

「 ・・・ きれい〜〜 ・・・ !  僕、さわってもいい? おか〜さ〜ん・・・ 」

 

「 ・・・あ!! 忘れてた・・・!  ちょっと〜〜〜 まって、あなた達〜〜!!! 」

島村さんちの奥さんは箒を放り出した リビングに走っていった。

 

 

    お願い ・・・!  お雛様を壊さないで・・・!

 

 

  ―  バン ッ !

かなり堅牢なドアを蹴破る勢いで彼女はリビングに駆け込んだ

 

「 ・・・ あなた達ッ !!! お雛様を!  ・・・・ あ  あら? 」

 

「「 なあに、 おかあさん 」」

彼女の双子の子供たちは  ―  雛段の前に可愛い膝を揃えてちんまり座っていた。

「 ・・・ あ。  い ・・・ いえ・・・ 二人とも お利口さんね。 」

「「 うん♪ だってお父さんが お口はとじて お手々はおひざに〜♪って 」」

「 あ・・・ そ、そうなの。   はあ・・・ よかった・・・ 

 すぴかにすばる ・・・ これはねえ 雛人形、 お雛様よ。 

 ジョー!! ありがとう〜〜 お雛様を護ってくれて! 」

彼女の夫は雛段の前に、子供たちといっしょにきちんと座っている。

「 ふふふ・・・大丈夫だよ。  チビ達だっていつまでも赤ん坊じゃないさ。

 そりゃ・・・ 時々 ・・・いや、今のところはほとんど、かなあ、 我が家は動物園だけど。

 でも ちゃ〜んと言って聞かせれば < お約束 > は守れるぜ。 なあ、すぴか。 すばる? 」

「「 うん! 」」

子供達は 父と同じ恰好をしているのが嬉しくて面白いのだろう。

小さな脚をきっちり折り畳み  せいざ  している。

「 あ ・・・ ああ、そうよねえ。  あら〜〜 あなた達・・・・ なんてお利口さんなの? 

 お母さん ・・・すごく嬉しいわ。  偉いわね〜〜

 お母さんはとってもそんな風にはお座りできないもの。 二人ともすご〜いわ。 」

「 おかあさ〜ん ・・・ これ なあに。 」

「 きれい〜〜  おかあさん、僕、さわってもいい? 」

「 あらら・・・ あなた達 覚えてないかしら。  去年もその前の年も ずう〜〜っと

 今ごろ 飾っているのだけれど・・・  」

「 ?? すぴか しらない。 」

「 僕も しらないよ〜 」

「 フラン、ほら 去年まではさ、 リビングには飾らなかっただろ。 」

「 ・・・ あ! そうだったわね!  ・・・・え〜と・・・ これはねえ おひなさま なの。 」

「 おひなさま ・・・?  」

子供たちはどうも怪訝な顔をしている。

「 そうだ、お前達、幼稚園で習ったんじゃないかい。  あかりを〜 ♪ 」

「 あ〜〜〜 !! アタシ、 しってる〜〜  ぼんぼんに〜〜♪ 」

「 僕も!  もももはな〜〜♪ 」

二人はたちまち父と声を揃えて歌いだした。

「 そうそう・・・ そうだよ。  なんだ、知ってるじゃないか。

 ひなまつり って幼稚園でも人形を飾ったりしているだろう ? 」

「 ・・・ もっとね ちいさいの。  おかおがちがう〜〜 おようふくもちがうもん。 」

「 うん。   こんなにいっぱい、いないよ? 」

「 そうか。  これはねえ、 お母さんがお父さんのトコにお嫁さんに来た時に

 持ってきたんだよ。  これはお母さんの宝ものなんだ。 」

「「 ふうん ・・・・ 」」

「 皆でね、 お雛様〜〜 いらっしゃい・・・って。 綺麗にお飾りしてお祝いしましょ。

 お雛祭りは女の子のお祭りなの。 」

「 あ ・・・ ようちえん でね〜 おりがみ、した。 おひなさま つくったよ! 」

「 ようちえん のほ〜るにもねえ、 おひなさま  あるけど。 こんなにおおきくないもん。 」

「 まあ そうなの? それじゃ・・・すばる、お家でも折り紙、作ってくれるかな。

 すぴか、 これはねえ、とっても古いお雛様なの。 だから幼稚園のとはちょっと違うのよ。

 ほら・・・例えばコズミのおじいちゃまのお家と ウチとは いろいろ・・・違うでしょ?

 それとおんなじ。 皆ね、ちょっとづつ違うのよ。 」

「 う〜ん ・・・ あ おへやとかちがうね。  おえんがわ もあるね。 」

「 おかあさん おかあさん 折り紙、どこ?  僕、おだいりさま と おひなさま、おるの。 」

「 はいはい・・・・ ちょっと待っててね。  

 ほら、あなた達 オヤツは?  さっき オヤツ〜〜ってお手々を洗いにいったのでしょう? 」

「「 うん♪  オヤツ〜〜 」」

「 キッチンに用意してありますよ?  」

「 うわ〜〜い♪ おかあさん ねえ、きょうのおやつ、なあに。 」

「 おやつ〜〜 おやつは な〜にっかな♪ 」

「 あなた達がだ〜〜い好きなものよ。  お椅子に座ってまってて? ミルクを温めるわ。 」

「「 うわ〜〜〜い ♪ 」」

子供たちは ぱたぱたキッチンに駆けていった。

「 ・・・ 賑やかねえ。  ジョー、ありがとう〜〜 オヤツ、一緒にいかが? 

 ちゃんと ジョーの分もつくってあるのよ。 」

「 へええ? じゃ チビ達と一緒に御馳走になるかな。  ビスケット? 」

「 ううん。 ケーク・サレよ。  甘いのとおかず味のとどっちがいい? 

「 ・・・ ケーク・サレ ???   なんだっけか・・・  

「 あら 忘れてしまった? いいわ、 キッチンで見てちょうだい。 」

「 うん。  あ ・・・ その前に 忘れもの♪ 」

「 え?  なにか幼稚園に忘れてきたの? ・・・全部持って帰ってきていると思うけど・・? 」

フランソワーズはきょろきょろ周囲をみまわした。

彼女の手元には子供たちの着替えた制服と帽子、幼稚園鞄がちらばっている。

「 ふふふ・・・・ そんなトコにはないなあ。  ほら こっち。 」

「 こっち?  ・・・ あ っ 」

顔をあげた彼女を ひょい、と抱き寄せ、ジョーはその珊瑚色の唇を奪った。

「  −−− んん・・・ ただいま のキスさ。 アイツらに邪魔されて忘れてしまっただろ。 」

「 ん ・・・ そうね。  おかえりなさい、ジョー・・・ 」

今度はオクサンの方からするり、と彼の首に腕を巻きつけ唇を寄せてきた。

「 んん ・・・ 二度も 御馳走サマでした♪  それじゃ チビ達とオヤツだ。 」

「 はい、どうぞ♪ 」

二人は互いの腰に腕を回しつつ キッチンに向かった。

 

 

 

「「 ごちそうさまでした。 」」

双子たちはテーブルの前で小さな手を合わせて仲良く声を上げた。

 

    あら・・・ 随分お行儀がいいこと・・・

    きっと幼稚園で 習ったのね。  うん、感心感心 ・・・

 

フランソワーズはにっこり子供たちに微笑みかけた。

「 オヤツ、美味しかったかな。 ねえ すぴか。 今日のはね、ハムを入れてカレー味に ・・・  」

「 すばる!  あにめ がはじまるよっ !  アタシ、 てれび、つけてとくね! 」

「 ウン、すぴか!  9、だよ、 9〜〜〜 ! 」

「 りょうかい!  せいぎ〜のみかた〜〜♪♪  」

母の言葉なんかてんで耳に入らず、 双子たちは椅子から滑り降りると ぱたぱたとリビングに

駆けて行ってしまった。

テーブルの上には  色違いのカップと お皿が一組。  からっぽのお皿と一口のこったお皿と。

すぴかが椅子から飛び降りた拍子に からり・・・とカップが転がった・・・

きれいに飲んであったのが幸い、というところ。 もう一つのカップにはまだミルクが残っている。

カップとお皿の回りには ケーキのクズが散らばっていた。

 

   ・・・ あ〜あ ・・・ 甘かったわ・・・ まだまだ赤ちゃんねえ・・・

 

母は溜息つきつき 台布巾で拭き取った。 床にも零れている破片を拾う。

今日のオヤツは ケーク・サレ。

これはフランソワーズの故郷のお菓子で、塩味のケーキみたいなもので有り合わせの材料を

中に混ぜて焼き上げる。 朝御飯のオカズの残りとかハムやチーズを入れてもいいのだ。

島村さんち のオヤツには頻繁に登場する定番・メニュウである。

 

すぴかは ツナ缶とタマネギが入った オカズパン風なのがすき

すばるは チーズ入りにジャムをたっぷり塗ったケーキ風なのがすき

 

最近 なかなか好みがはっきりしてきた双子たちのために、母はそれなりに工夫している。

 

   ちゃんと食べてくれたのだから ・・・ いいかしら・・・

   スーパーで売ってるポテト・チップス とか ラムネ は ・・・ どうもねえ・・・

   子供ってどうしてああいうものが好きなのかしら・・・

 

彼女はお皿とカップを片付けつつ、シンクに向かってまたしても溜息・ためいき〜なのだ。

 

「 ・・・ ああ 懐かしいなあ。 これ・・・ 久し振りで食べたよ。

不意に 後ろから声がかかった。 

テーブルの反対側で ジョーが大口あけて きょうのおやつ を齧っている。

「 え? そう・・・・? よく作るのだけれど。  ああ ジョーは子供たちのオヤツたいむに

 参加することってほとんどないんですものね。 」

「 そっか〜〜 いつものオヤツかあ、いいなあ。 

 うん、そうだね。 アイツらさ、もう生まれる前からこれ・・・ 食べてたわけだもんなあ。 」

「  ???? 」

「 きみさ、 アイツらがお腹にいるころ・・・ コレ、いっつも食べてたじゃないか。 」

「 ・・・ そうだったかしら?? 」

「 そうだよ。  うん、確かあの頃初めてぼく、これを食べたんだと思うな。 」

「 え ・・・・ そう??  これね、フランスには昔っからあるケーキで・・・

 わたしもあの子たちくらいの頃からよく母に作ってもらっていたわ。 」

「 へえ、 そうなんだ?  ぼくはさ、塩味のケーキって初めてで、とっても新鮮だった。

 それにさ・・ なによりも きみが ぱくぱくぱくぱく・・・ものすごく沢山食べてて・・・

 ちょっと感動モノだったのよ、 うん。 」

「 ・・・ え ・・・ 全然覚えてないわあ・・・ わたし、そんなに食べてた?

 あの子達が まだお腹にいる頃? ・・・う〜〜ん ・・・ やたらとお腹が空いたことは覚えているけど・・・

 ケーク・サレ も作ったかしらね、わたし。 」

「 作ってたよ。 ほとんど毎日。 そういう名前だっては知らなかったけど。 

 ぼくはホット・ケーキの中にハムとか挟んでいるのかな、と思ってた。 」

「 ・・・ う〜ん?? ほっんとうに覚えてないわ。 

  あ!?  あなた達〜〜 そんなに近くでテレビ、見ちゃダメでしょう〜〜 ほら、離れて離れて! 」

フランソワーズは 濡れた手をエプロンで拭いつつリビングに駆け込んでいった。

 

「 あは。  もう忘れちゃったのかなあ?  そうそう 大騒ぎしたのもあの時だったよなあ。

 うん、これ・・・食べてたよ、やっぱり・・・ 

 あんなに騒いだのって初めてだったかもな。  まあ・・・ あの時期だから仕方なかったのか・・・ 」

ジョーは手にした齧りかけの ケーク・サレ を懐かしそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

「 ・・・ わたしのこと。 足手纏いだと思っているのでしょう?? 

「 ああ、思ってる。  ぼくだけじゃない。 皆思ってるさ。 」

「 ひどいわ・・・! わたしだってサイボーグなのよ、皆と同じ戦士なのに・・・! 」

「 同じじゃない。 」

「 ・・・ そんな ・・・ひどい、ひどいわ〜〜〜 」

「 おい。 いい加減で聞き分けろよ。  コドモじゃあるまいし。 みっともないぞ。 」

「 ・・・まあ!  ええ、どうせわたしはコドモよ。 お子ちゃまですよ!

 もう ・・・ 知らない!!   ジョーの ・・・ 意地悪ッ !! 」

「 ・・・・・・ 

碧い大きな瞳いっぱいに涙を溜めて ― フランソワーズはどたばたとリビングから駆け出して行った。

「 あ ・・・ もう〜〜。  しょうがないヤツだなァ ・・・ 」

ジョーは苦笑すると 所在無さ気にソファに腰を降ろした。

 

  ・・・ ふう。  やっとここに座れたよ。

  まだ 足元が揺れている ・・・ みたいな気がするな。

 

アタマはちゃんと切り替えても 身体の感覚はそうそう簡単には <日常モード> には戻らないらしい。

 

   ふん ・・・ ぼく達はそもそも兵器として改造されたはずなのに な。

   切り替えの悪さなんてとんだ不具合だぜ?  え・・・ BGさんよ・・・

 

ジョーはどこか自嘲めいた表情で テーブルから新聞を取り上げた。

・・・まずは <日常> への入り口、というところかもしれない。

   ― カチャ ・・・

新聞紙の下からは ティー・カップだのケーキ皿が現れた。

お皿の上に転がっていたカップ・ケーキみたいなカタマリを ジョーはがぶり、と一口齧る。

「 ・・・ あれ。  ああ またこれを食べてたのか。  ・・・ うん、ウマイなあ・・・おかずパンか? 」

カチン ・・・  冷えたポットは残念ながら空っぽだった。

「 やれやれ・・・ これから 一騒ぎしなくちゃならないか。 

 ちぇ・・・ 皆 要領よく逃げちまってさあ ・・・  ま これは夫婦のモンダイだからなあ・・・ 」

ジョーはもぐもぐしつつ 腹を括った。  このモンダイについては絶対に譲るわけにはゆかないのだ。

いかに年下であっても!  ジョーは夫の権限で彼の意見を押し通す決意をしていた。

 

   ミ  −−−− ン   ミンミンミン −−−−−

 

窓の外で蝉たちが 声高に鳴きはじめた。

「  ・・・ ふうう・・・ こっちの方がず〜っと mission impossible だよなあ・・・ 」

ジョーは齧りかけの おかずパン をながめ盛大に溜息を吐いた。

  ― 今日も 暑くなりそうだ。

 

 

 

「 ・・・ フランソワーズ?  ・・・ おお、ジョー。 ここにおったか。 お前の奥方はどこじゃな。 」

ギルモア博士がひょい、とリビングに顔を出した。

「 博士?  あれ・・・ そちらじゃなかったですか? 今回のデータ解析のお手伝いをしていると思ったのですが。  

というか、いつもの彼女の任務ですよね ・・・ ミッション後の。 」

「 ああ そうなんだが。  今回はなあ・・・ ちょいと遠慮してもらったんじゃ。

 その。 内容が内容だろ? できれば今のフランソワーズには見せたくないのでなあ。 」

「 ・・・ そうですね。  ご配慮、ありがとうございます、博士。 」

「 いやいや。  今までなんでもかんでも彼女に頼っていたワシがいかんのじゃ。

 今回のことを教訓に、今後はなるべくワシも作業に加わるぞ、 うん。 」

「 すみません、ご負担をお掛けして。  で ・・・ 彼女になにか御用ですか。 」

「 あ ああ・・・・うん。 こればっかりはフランソワーズでないとなあ。 」

「 ・・・ はあ・・? 」

「 あはは ・・・ そんな心配そうな顔、するな。 なに、美味しいお茶を淹れてもらおうと思ってな。

 あとは なにか・・・つまむものが欲しくてのう。 」

「 あは♪ そりゃいいですよ。  今 ・・・アイツの最大の関心事みたいだから。 

 きっと寝室にいるのかも・・・ すぐに呼んできます。 」

「 ああ 頼んだぞ。  ワシは書斎におるでの。 」

「 はい。  ・・・ お〜い ・・・フラン〜〜  ? 」

ジョーはスリッパを鳴らして のんびり二階の夫婦の寝室に上っていった。

ついさっきの言い合いなど、きれいさっぱり・・・ 彼のアタマからは消え去っていた・・・

 

 

「 ・・・フラン? 博士がな、お茶とオヤツを・・・   あれ?  おい・・・ いないのかい・・・・? 」

夫婦の寝室は きちんとベッドは整えてあったけれどヒトの気配はなかった。

フランソワーズは 最近 眠くて眠くて・・・と昼寝をすることが多いのだが・・・・

「 あれえ・・・  ああ、買い物にでも行ったのか。 いや、それならなにか言ってゆくはず・・・ 」

ジョーはきょろきょろと部屋の中を見回してみた。

「 ・・・・ ?? なんだ これ。  なんだって こんな・・・ 雛人形が出してあるんだ?

 季節ハズレもいいとこじゃないか。  虫干し・・? まさかなあ ・・・ 」

ドレッサーの脇に 雛人形の女雛 ― いわゆる お雛様 ― がひっそりと飾ってあった。

「 わざわざ出したのか??  ・・・ なに考えてるんだ、アイツ・・・」

ジョーはますます首を捻るばかりである。

 

  昨夜遅く ミッションから帰還した。 

途中、各地でメンバーたちを送りつつ戻ったので時間がかかってしまった。

そっと邸に帰ったつもりだったが 耳聡い彼の妻はちゃんと聞きつけ・・・

無言の抱擁で ― というより 涙で一杯の目で彼を見つめ ぎゅ・・・・っとしがみついてきた。

ジョーも ・・・ 彼女の温かさを手ごたえのある身体を抱きしめ 生の喜びを噛み締めたのだった。

もう遅かったし 博士に簡単な報告をし、ジョーは休息も兼ね簡易メンテナンスのブースに入り 

そのまま朝まで爆睡した。

ようよう目覚めればすでに 真夏の昼ちかく ―  それでも生温い海風はかえって心地よかった。

ギルモア邸の庭には 洗濯物が翻り そっと捏ねておいた防護服ももうすでにきちんと特殊洗浄され

クローゼットの奥に収まっていた。

 

「 ・・・ やっぱり買い物かなあ。  いつものバッグと帽子がないし・・・ あれ。 なんだ・・・? 」

彼はやっとドレッサーの上に置かれたメモに気がついた。

 

 

    009 へ。  実家に帰らせていただきます。  足手纏いな 003より。

 

 

「 ??!??  こ・・・これって・・・ おい〜〜 ウソだろ〜〜〜 !??? 」

ジョーはメモ用紙を握り締め ― 絶叫してしまった。

「 実家って・・・ 冗談じゃないぜ! ふ、フランスか??? 

 あ・・・あの身体で ・・・いくら妊娠六ヶ月だって 二人分 なんだぞ・・・・!! 」

そう ― 彼の愛妻は。 

島村夫人は 島村氏のコドモ ― 双子♪ ― をお腹に入れたまま家出してしまったのである。

呆然と突っ立っている島村氏を お雛様がじっと見つめていた・・・

 

 

 

 

 

 そもそも。 コトの起こりは二週間前 ― ようやく梅雨雲が姿を消し始めたころだった。

崖っぷちにあるギルモア邸には 一足早く爽やかな夏の風が吹き込んでくるようになった。

 

   ふんふんふん ・・・♪  ああ、カーテンもお洗濯しなくっちゃね〜〜

   綺麗にして 夏を気持ちよく過したいわ。

 

ただでさえ苦手なじめじめの季節に  もう死ぬ思いだったけれど夏空の到来とともに

気分もすっきり晴れ上がった。 フランソワーズは上機嫌である。

 

    うわあ〜 いい気持ち  ・・・・ ちょっとひと泳ぎ、したいな〜〜 って残念だわ!

   それにしても ・・・暑いわねえ・・・・  

   あ! そうだ! カフェ・オ・レを凍らせてカキ氷にしてみようかしら。

   そうそう ・・・ 昨日の甘夏、あれをシロップ漬けにしてもいいかも・・・

 

フランソワーズは 南側の窓を全開した。

熱気をのせた海風が サァ −−−− ッと寝室を通りぬけてゆく。

ふわり ・・・ とレースのカーテンが翻り ジョーがふとモニターから顔を上げた。

「 うん・・・? 暑くないのかい。 」

「 え?  ううん ・・・ いい気持ち♪ 夏はやっぱりこのくらい暑くなくっちゃ。 

 自然の風がね、一番なのよ。  ・・・ねえ? あなた達もそう思うでしょ? 

フランソワーズは かなり目立ち始めたお腹をにこにこしつつ摩っている。

「 そうかい。 きみがいいのなら クーラーは入れないけど。

 それでな。 これはピュンマが送ってきたデータなんだが やはり怪しいな。 」

「 ああ そうなの?  ・・・ あら〜〜 やっぱり気持ちいいのね〜〜〜 

 あらら ・・・ こっちのアナタはご機嫌ちゃんねえ・・・ いいこ、いいこ・・・本当に元気ちゃんね♪ 」

ジョーはなにやらモニターのデータを睨みつつ解説をしている ・・・ のだが。

どうも 003の感度抜群の耳には入ってこないようである。

「 ―  で  〜〜〜 だろ?  アルベルトの意見ではやはり 〜〜〜でね。

 それには博士も賛成なさったし。 ぼくも必要だと思うんだ。 」

「 まあ そう? それはいいわね。  あら? 上にいるアナタもお目々が覚めたのかしら?

 ふふふ・・・のんびりさんなのかな〜〜  いいこちゃんね、アナタも。 」

「 ・・・ だから。 久々の全員参加ってことになるんだ。  いいね? 」

「 え?  ・・・ ええ いいわ。 ジョーの判断に賛成よ。

 あ! そうだわ! ランチの残りのハムとジャガイモ! あれに・・・そうよ、チーズを足して。

 ケーク・サレ を焼きましょう♪  ふふふ・・・・ ジョー、オヤツ、楽しみにしててね。 」

「 ああ ・・・ わかったよ。 」

「 じゃ・・・ちょっと用意してくるわね。  ・・・どっこいしょ・・・もうねえ、最近急に重くなって・・・

 ふふふ・・・わたしってば人生で最大に太っているかも♪ 」

大きなお腹を抱えて、もう満面の笑顔で 島村夫人はよっこらキッチンに降りていった。

「 ・・・やっぱりなあ。 うん、今回は ― ぼく達で分担だな 

ジョーは彼のオクサンの後姿を見送ると、溜息と一緒にモニターに向かって専用回線をオープンさせた。

 

 

 

 

  ― その朝、島村夫人は いつもより広々としたベッドで快適に目覚めた。

「 ・・・ あら・・・・?  ジョーってば ・・・ もう起きたのかしら・・? 」

う〜〜ん・・・と伸ばした手は いつもの広い胸に触れることはなかった。

「 ああ・・・ きっと皆の朝御飯、作ってくれているのね・・・ ありがとう〜〜 ジョー♪

 やっぱりねえ、 10人分は大変なのよ〜〜 」

さあて・・・ 起きなくちゃ・・・と 彼女はよいしょ!と掛け声を掛けて起き上がった。

「 ベベちゃん達〜〜 ?? お早う〜〜 元気でちゅか〜〜

 さあ、今朝のゴハンはなにかしら。 ママンはまたケーク・サレが食べたいのですが〜〜

 ベベちゃん達はどうでちゅか?  ああ、それでいいの? ふんふんふん〜〜 ♪ 」

フランソワーズはご機嫌ちゃんでキッチンに向かった。

 

   この時。  通常の003であったら当然気付いているはずだ。

メンバー達が皆 集まっているのに ― それぞれが別々の理由で数日前から来日していた! ― 

あまりにも あまりにも ・・・ 邸の中が静まりかえっていることに。

    ・・・・ しかし 

 

 ぺったん ぺったん ぺったん ぺったん ・・・・

 

スリッパを鳴らして フランソワーズはゆっくりとキッチンのドアを開けた。

「 ジョー? お早う・・・・    あら。 」

 

キッチンは綺麗に片付いており、シンクは水気の一滴もなく磨き上げられ ― 某料理人の手による ―

ゴミも全て始末してあった。

「 あら。  皆 ・・・リビングかしら。 ・・・・ え? 」

あわててドアを開ければ。

年中ごたごたしているリビングは綺麗に整頓して掃除機が掛けられ ― 某独逸人の手による ―

人の気配はまったくなかった。

 

「 ・・・・ どう したの ・・??  みんな ・・・ みんな ・・・どこ ?? 」

 

  カチャ ・・・ 

リビングのドアが しずかに開いた。

「 ??? あ!! は、博士〜〜〜〜 !!! ねえ 大変なんです!!

 ジョーが・・・! ジョーが  い、いえ・・・皆 誰も! いないんです〜〜 」

新聞を手に ギルモア博士がのんびりと入ってきた。

「 ん? おお ・・・ お早う、フランソワーズ。 よく眠れたかの。  」

「 博士〜〜〜 ! 誰も ・・・ 誰もいません!?? 」

「 うむ。  ミッション でな。 」

「 ― ミッション ・・・? 」

 

 

    うそ。  ・・・ わたし。 置いてきぼり・・・・!?

 

 

 ― ポッポウ  ポッポウ  ポッポウ ・・・・

リビングの壁で 古風な鳩時計がのんびりと7時を告げ始めた。

 

 

 

Last updated : 03,16,2010.                   index        /        next

 

 

******     途中ですが。

 

え・・・ 後から イラストとか増えてゆく・・・予定です〜〜♪

今回は全面的に めぼうき様 にオンブに抱っこ <(_ _)>

未経験分野?? は難しいです〜〜〜(^_^;)

さて これは 花林さま のキリリクでもありまして・・・・ 

のほほん・島村さんち、 どうぞあと一回 お付き合いくださいませ <(_ _)>