『  運命のひと  − Femme Fatal  −( 1 ) 』

 

 

                      企画・構成:めぼうき  ばちるど

                                            イラスト:めぼうき

                                            テキスト:ばちるど

 

 

 

どんな季節でも、たとえ葉を落とした後であっても木々の茂る場所は心和むものだ。

ヒトはいつも木陰でほっと一息をつき、少しばかりの元気をもらう。

そして  ふたたび歩き始める  − 家路へ 旅路へ  そして 人生という長い道程へ。

 

「 ・・・ ああ  ・・・ いい風だな。 ここは ほんとうに ・・・ 」

 

長身のその男性も アイアン・レ−スの扉を押し開け、ぼそ・・・っと呟いた。

いかに温暖な地域とはいえ まだ春も浅い日、広大な敷地内の緑は淡々と頼りない。

しかし そこには萌えいずるネエルギ−が潜んでいて大気には新しいパワ−が漲っていた。

そのパワ−の下では。

途切れることなく繰り返してゆく自然界の営みを 永遠( とわ )の眠りに付いた人々が見守っている。

 

カツカツカツ ・・・・

細い敷石をたどり、彼は歩く  ― 腕には溢れる白い花を抱き 額にかかる髪をゆらし。

彼は 歩く。  そう 彼女の元へ・・・ 白い彼女の <家> へ。

 

「 ふふふ・・・ 今になってようやっとアイツの気持ちがわかるな。 うん、確かに・・・  」

ほろ苦い笑みを浮かべ 彼は一つの白い十字架の前で足を止めた。

「 ・・・ やあ。 今年も来たよ。  ほら ・・・ 君に。 」

墓碑の前に捧げた白百合から 芳香が漂う。

「 ああ ・・・ そうだよね、本物の花ってこんなにいい香りなんだ? 今ごろ気がついたよ。 

 ・・・ なあ。 香り目当てでいいから・・・ ほんの少しだけ 君に会いたいんだ。

 ちょっとだけでいい、ほら。 ・・・ あのフレ−ズ、好きだったろう? あの部分・・・ 」

彼は低く口笛を吹いた。

優しい音は すい・・・っと早春の空に吸い込まれてゆく。

「 ・・・ 羨ましいな。 ほら、あのアイツがさ。 たとえ ・・・ 一晩でも一緒に過したアイツがさ・・・ 」

 

   ・・・ ぽとり。

 

彼の足元に 一粒だけ大きな水玉模様が出来た。

「 ははは・・・ 今更なあ。  もう何年経っているかってな。 でも ・・・ それでも ・・・

 君は僕の 永遠の女性 −  そう、運命の女性 ( ひと ) だ。 」

「 わかってるさ。 ふふふ・・・隣でダンナが凄い顔して睨んでるよな。 うん・・・それでも。

 君は僕の <ジゼル> ・・・・  」

彼は しゃんと背筋を伸ばし墓碑に恭しくレヴェランス ( お辞儀 ) をした。

 

「 ・・・ 愛しているよ、今もいつもこれからも。  僕の ・・・ フランソワ−ズ・アルヌ−ル ・・・! 」

 

 

 

 

 

山内タクヤは最近ご機嫌である。

彼は都内の中規模なバレエ・カンパニ−に所属しており、最近めきめきと頭角を現してきた若手だ。

国内のコンク−ルでも上位入賞をなんどか果たしている。

端正なマスクにすらっと伸びた脚で なかなか女性ファンも多い・・・らしい。

 

「 おはよ〜ございます〜〜 」

「 おはようっす! 」

「 あ〜 おはよう〜〜さん♪ 」

「 おはよ !  ねえねえ・・・ゴムとピンの余分、持ってる? アタマセット、忘れた! 」

「 あるよ〜〜 ほら!  」

「 さんきゅ♪ きゃ〜〜助かった〜〜 角のコンビニ、ピンがなくてさ・・・ 」

 

普通の会社の<朝> より ちょびっと遅い <朝> ・・・

ダンサ−達はやってくる。  革ジャン姿やもこもこのダウン・ジャケット、長いコ−トを引き摺りそうに

ひっかけている者 ・・・ 様々なファッションだけど、皆一様に大きなバッグを肩からさげたり背中に

背負ったりしていた。

 

「 おう、タクヤ〜 」

「 あ、おはよ〜ゴザイマス、 タカシ先輩〜〜 」

「 お早う。  お前、次、 『 ジゼル 』 だって? やったな〜 」

「 へへへ・・・ なんとか。 またマダムにがんがんしごかれまっす 」

「 ははは・・・まあ、泣くんじゃね〜ぞ、ボウヤ。 」

「 へへへ・・・  そ〜したいです。 」

「 え〜 凄いっすね〜 定期公演に 『 ジゼル 』 って〜 」

「 あは、パ・ド・ドウだけだから。 ヒロシ〜 お前は幕モノの方で頑張れよ。  コッペリア だろ。」

「 はい! ・・・ それで〜 相手は? 」

「 ふふふ〜ん♪ まあ いつもの通りってことで。  じゃ ・・・先に行くぜ♪ 」

タクヤはバンダナを掴むと ぱっと更衣室を飛び出していった。

「 え〜〜 いいな〜 いいな〜〜 またあの彼女とか〜〜 」

「 はっはっは・・・ ヒロ坊にはまだ10年 早いなあ。 」

「 え〜〜〜 」

男子更衣室はいつになく笑いが湧き上がっていた。

 

朝のスタジオは いつもしーーーんとしている。

ダンサ−達がストレッチをする音、 ポアントを慣らす靴音 微かに漏れ聞こえるMDの音 ・・・

様々な音が聞こえてはくるけれど、どれもほんの僅かである。

隣どうししゃべっていても 囁きを交わす程度で 皆 それぞれの <朝の作業> に熱中している。

 

「 ・・・ お早うございます ・・・ 」

ピアニストが静かに入ってきた。

「 はい、お早う。 ・・・ ここ、開けておくわよ。 」

最後に悠然と 初老の女性がドアを開けた。  

床にごろごろ寝そべっていたり バーに脚を掛けていたダンサ−達はもぞもぞと立ちあがる。

タクヤも えいや!と起き上がった。 

 

   お。 もうそんな時間かよ。  ・・・ あれ? 彼女〜 ・・・ 休みなのかなあ。 

   いや 今日は顔合わせの約束だけど。  ・・・ あ♪

 

「 お早うございます! 

パタパタパタ ・・・・

「 ほらほら・・・早くしなさい。 始めますよ〜 」

「 はい! すみません〜〜 」

亜麻色の髪を結い上げた女性が一番最後に駆け込んできた。

 

  ・・・ よ♪ オハヨ♪

 

  あ・・・ お早うございま〜す♪

 

タクヤは ちら・・・と彼女に視線を当て ― 彼女も碧い瞳でにっこり微笑み返した。

 

「 はい、それじゃ。 二番から〜〜! 」

ピアノが鳴り始め ダンサ−達は一斉に同じ動きを始めた。

カンパニ−の朝のクラスが始まった。

 

 

 

「 だからさ! そこ、もう半拍 はやくプリエしろよ。 そうすれば・・・ 」

「 だめよ。 音を無視するなんて許せないわ。 」

「 だけど! その方がインパクトがあるリフトになるぜ? 」

「 そんなの、関係ないでしょ。 ちゃんと音と一緒に踊るの、それが古典よ。 」

「 だ〜けど。 今度は パ・ド・ドウ だけだからさ。 ちょっとくらい・・・ 」

「 タクヤ。 これは創作じゃないのよ? 古典をきちんと踊れなければ 何も出来ないわ。 

 ね、もう一回やってみましょ。 音通りよ、音に合わせてリフトしてね。 」

「 ・・・ わかったよ。 じゃ ・・・ その前のグリッサ−ドから。 7〜8・・・で音だすぜ。 」

「 オッケー。  ・・・ はい、どうぞ。 

「 ん。 」

ガランとしたスタジオで 一組の男女が熱心に踊っていた。

二人は飛び込んでくる女性を頭上に水平に捧げるリフトを 何回も繰り返しているのだが・・・

静かな曲が流れ出し 男性はスタジオのほぼ中央に佇んだ。

女性が漂うがごとき足取りで駆け寄り、床を蹴った・・・!

 

「 ・・・ 〜〜♪ で ・・・ はい・・・! 」

「 〜〜〜♪♪  わお??  いいじゃん♪ 」

タクヤは軽々と パ−トナ−の身体を宙に捧げ持った。

「 ・・・っと。 今のタイミングでどう?  」

「 いいよ〜〜 ちゃんと音通りなのに〜 全然、前よか軽い感じ。 」

「 そう? よかったわ。 」

「 も〜〜 どんな魔法、使ったのさ。 僕の <ジゼル> ? 」

「 あら、魔法だなんて。 ちょっとジャンプのタイミングを変えてみただけよ。  

 タクヤがまっすぐにリフトしてくれたから・・・ 」

「 オレ、いつもと同じだって。  ・・・ うん、いいよな〜 全然いいよ。  あ、降ろすぜ。 」

タクヤはふわり、とパトナ−を地に下ろした。

「 それじゃ、このタイミングで行きましょ。 ・・・ いつも、ね。

「 なあ? オレたち、今回 なかなかいいセンゆくかも〜〜 な。 」

「 まだ始めたばっかりでしょ。  ミルタが横恋慕するくらい魅惑のアルブレヒトを踊って。 」

「 うお〜〜 言うなあ。 しっかし オレ、か〜なり張り切ってるんだぜ。 」

「 期待してるわよ、 オバチャン・ジゼル でごめんなさいね。 」

「 また! そのフレ−ズ、キライだって言ったろ?  君はオレの<恋しいジゼル>だ! 」

「 はいはい・・・  あ・・・っと。 もう帰らなくちゃ。 ごめんね。 」

「 ・・・ いいさ。 いいこで待ってる双子のヒヨコ達にヨロシクな。 」

「 ふふふ・・・ タクヤお兄さんにまた会いたい〜〜って大ファンよ〜〜 <ひよこ達>。 」

「 おう、任せとけって♪   ・・・ うん、今日はサンキュ。 打ち合わせだけの予定だったのに。」

「 わたしこそ。 タクヤと踊れて楽しかったわ。 ・・・ じゃあ ・・・ね。 」

「 ん。 次はばっちり通すぜ〜〜 」

「 ・・・ ええ ・・・ さよなら。 」

「 ん〜〜 バイ♪ 

ペイル・ブル−の稽古着の女性は ほんの少しの間タクヤを見つめていたが、静かに出ていった。

「 〜〜〜 ふんふんふん〜〜♪♪  ここで ・・・ この辺りかな。 え〜と・・・ 」

タクヤは再び熱心に自習を始めた・・・

 

「 ・・・ タクヤ。 あの・・・ 」

突然 細いけれどよく通る声が彼を呼んだ。

「 ・・・・? うわお? なんだ〜 もう帰ったと思ってたぜ? なんだ。 」

「 あの・・・ タクヤ。 あなたは 『 ジゼル 』 踊ってね。 ・・・ どんなことがあっても。 」

「 あ? ああ・・・ そのつもりだぜ。 」

「 そ。 そうね・・・ それじゃ・・・ 」

「 ああ。 また明日な〜〜 フランソワ−ズ〜〜 ! 」

彼は ―   彼女の返事を聞けなかった ・・・・

 

 

 

 

「 ・・・ なんだって?? あ・・・! あの! なにがあったんですか!? 」

「 だから。 どうしても ・・ 無理なのでって。 きちんとお電話があったの。

 本当なら ここに来るべきなのに申し訳ないです、って 涙声だったわ。 」

「 オレ ・・・ 聞いてないっすよ?!  だって 一昨日、二人でリハして また明日って ・・・ 」

・・・ あ ・・・!  タクヤは 一瞬棒立ちになった。

 

   ― あなたは   踊ってね。 どんなことがあっても ・・・

 

   あれは。 ・・・ まさか、知っていて・・・? わかってたのか??

 

「 ご家庭の事情なら仕方ないわね。 アメリカの大伯母さんのご容態が悪いのですって。

 1〜2週間かかると思うから ・・・ 残念だけど降りてもらうわ。 」

残念ね・・・と そのカンパニ−の主宰者であるマダムは溜息をついた。

「 あなた達 いいペアだと思っていたのだけど・・・ 」

「 ・・・ オレ。 待ちます。 」

「 え? 」

「 待ちますよ、オレ。 だってまだ一月、あるでしょう。 アイツが向こうに行ってるのって

 1〜2週間なら。 待ってます。 」

「 タクヤ。 それは無理ね。 」

「 どうしてです? オレ、ばっちり自習してオレのパ−ト、がっちり仕上げといて・・・ 彼女が帰ってきたら

 彼女のカバ−にも入ります!  二人で協力すれば・・・ 」

「 タクヤ。  発表会じゃないのよ? お客様からお金を頂く舞台よ、一生懸命やりました、では

 済まされないわ。 わかっているでしょう。  」

「 ・・・ う ・・・そ、それは・・・ 」

「 もっとあなた自身のことだけを考えなさい。  貪欲に、ね。 」

「 だから。 フランと踊れば オレ、最高の踊りが ・・・ 」

「 彼女があなたの足をひっぱるかもしれない。 クラスにも出られない後でいい踊りができると思う?

 彼女には気の毒だけど。 私は タクヤ、貴方を伸ばしたい。 」

「 ・・・ マダム ・・・ 

「 新しいパ−トナ−は・・・ めぐみ か ゆかり ね。 」

「 すんません。 もうちょっとだけ。 オレに時間をください。  お願いします! 」

タクヤは がば!っと最敬礼した。

「 ・・・ いいわ。 一週間、待ちましょう。 それ以上はね・・・ 」

「 はい! ありがとうございます!! 

もう一回 深く頭を垂れると 山内タクヤはくるりと振り返り再びスタジオに戻って行った。

ほどなくして 勇壮なメロディ−が流れてきた。

 

「 ・・・ あらまあ。 恋するモノには特別のパワ−があるみたいね?

 恋せよ、若者よ・・・ってとこかな。 」

初老の女性はくすくす笑いつつ その場を去っていった。

 

 

 

 

   ・・・ カチャン ・・・・

 ティ−・スプ−ンがテ−ブルに当たり清んだ音をたてた。

「 ・・・ あ ・・・ ごめんなさい ・・・  」

フランソワ−ズは慌てて 銀色に輝くスプ−ンを拾い上げた。 紅茶がすこし 飛び散ってしまった・・・

 

  ・・・ ああ ・・・ 今の今まで。 穏やかな当たり前の時間がながれていたのに。

  静かで平和な時間 ( とき ) は 終ってしまったわ・・・

 

「 それで。 その・・・施設、ですか、 それはどこに・・・? 」

「 うむ。 ル−マニア ・・・ いやハンガリ−に近いな。 両国の国境辺り、だったと思う。 」

「 博士は。 ご存知だったのですか。 その ・・・ <かれら>の存在を。 」

ジョ−は務めてさり気なく ごく普通の声 ― に聞こえる風に訊ねた。

「 ・・・ ジョ ・・・ 」

フランソワ−ズの唇が 微かにふるえやっと小さな <音> が搾り出された。

「 ・・・・・・ 」

ジョ−の指がきゅっと彼女の手を握る。  白い手は ― 冷たく強張っていた。

 

「 デ−タ上ではチェックした記憶はある。 しかし ・・・ もうとっくに破壊されていたと思っていた。 」

「 ・・・ 破壊? 

「 そうだ。 ヤツらは。 <跡> を残すことを極端に嫌う。 足が付くことを恐れるからじゃ。

 だから不用になった時には徹底的に、完全に廃棄するのが鉄則じゃった ・・・ 」

「 廃棄 ・・・!  ・・・・ ああ ・・・ 」

細い悲鳴があがり、フランソワ−ズの身体がゆらりと揺れた。

「 ・・・ ! 大丈夫かい。  きみ、寝室で ・・いや、子供達と休んでくるといい。 あとは僕が・・・ 」

「 いいえ・・・! 聞かせてください。  ごめんなさい、だらしないわね、わたしったら。 」

フランソワ−ズはジョ−の手を押し留めると しゃんと身体を起こした。

「 わたしにも聞く権利がある、と思います。 」

「 ・・・  そうか。  それでは詳細を話そう。 」

「「 はい、お願いします。 博士。 」」

 

  カタカタカタ ・・・・・

 

早春の風が 夜風になって窓を揺らす。  春を呼ぶはずの風が今夜は寒いだけだった。

 

 

 

 

「 ・・・ 眠れないのかい。 

「 え ・・・ ええ。 ・・・ あなたも・・・でしょ。 」

「 うん ・・・ 」

ジョ−はもう一回寝返りを打つと 隣に寄りそう身体に腕を伸ばした。

「 ・・・ 当たり前だよな。 あんな ・・・ 話、聞いたあとでさ。 

「 そうね・・・ 当たり前、よね ・・・ 」

「 我ながらだらしないな・・・・って思うよ。 突然のミッションや転戦に明け暮れた日々だってあったのに。

 人間は ・・・ すぐに忘れてしまうんだね。 」

「 ・・・ 忘れなくちゃ生きてゆけないもの。 でも・・・ やっぱり心の隅には残っているわ・・・ 」

「 ・・・ うん ・・・ でもなきみはさ、もう全て忘れろ。 ぼくが引き受けるから。 ・・・ いいね? 」

「 ジョ− ・・・・ ! 」

フランソワ−ズは彼女の夫の胸に ぴたり、と頬を寄せた。

「 見るな。 聞くな。 もう ・・・ 忘れろ。 きみには辛すぎる。 」

長い指が ゆるゆると亜麻色の髪を梳る。 微かに流れる甘い香りがジョ−の鼻腔をくすぐる・・・

「 ジョ−・・・ いいのよ。 わたし、見るわ。 聞くわ。 そして ・・・ 覚えているの。

 それがわたしの使命ですもの。  わたしだってね ・・・・ 」

「 <わたしだって003なのよ?> だろ。 ぼくの奥さん♪  」

「 ・・・ 意地悪〜〜 !  」

「 ああ ・・・ きみはいつだって本当に強いヒトだね。  いつも目を逸らすことがない・・・! 」

「 あなたが  ジョ−がいてくれるからよ。  ジョ−と巡りあえたから。 二人なら恐くない。 」

「 ウン。  神様に感謝だよなあ・・・  ああ ・・・ いい香だ・・・ 

ジョ−は髪をかきやると 白い項 ( うなじ ) に唇を寄せる。

「 ・・・ だ・・・ め ・・・ もう 今夜は ・・・ ア ・・・! 」

「 どうせ もう眠れないだろうから・・・ いいだろ? 」

「 ・・・ もう ・・・ 明日はまだ <普通> の日なのよ・・・ あ ・・・ 」

「 ・・・ 普通の日 だから、さ。 いつもの通り、だから・・・ チビ達もいて・・・ 」

「 そう ・・・ ねえ、ちょっと待って? 」

「 ・・・ うん ・・? 」

「 子供達 ・・・ どうしましょう・・・ 」

「 どうしようって・・・ ミッションの間、ということかい。 

「 そうよ。 ねえ、考えてみると ・・・ あの子達が生まれから初めての<仕事>だわ。 」

「 ・・・ ああ ・・・ そうかもしれない。  ちょっとした騒動とか探索で出かけたことはあったけど。 」

「 そうでしょ? ジョ−一人でのミッションとか ・・・ メンテナンスの時も ・・・

 わたし達のどちらかが留守にしたわ、 でも ・・・ 今度のミッションは・・・ 」

「 ああ。 多分1週間かそれくらい、掛かるだろうな。 アルベルトとできればピュンマにも応援を頼みたい。 」

「 そうね。 ・・・ あの子達にはお留守番をしてもらうしかないわ。 」

ジョ−とフランソワ−ズの双子の子供達は この春に小学4年生になる。

彼らは両親の、そして 伯父さん達 の<事情>について、大まかなコトは知っていた。

しかし、現実のこととしてわかっているのかどうか・・・ 定かではない。

まして、両親たちの <仕事> についてはおそらく考えてみたこともないだろう。 

赤い特殊な服を着て何をするのか、は知らされてはいなかった。

とても大切なお仕事、皆で力を合わせなければならない仕事なのだ、と教えられているだけだ。

「 留守番? 子供達だけで、かい。  」

「 まさか。 そんなの無理よ。 張大人のところとか・・・ ああ、学校には遠すぎるわね。

 ・・・そうだわ。 ご迷惑でしょうけれど、コズミ博士の御宅にお願できないかしら。 」

「 フラン! きみ ・・・ あの子達を置いてゆくっていうのか。  そんなの・・・ダメだ! 」

ジョ−は彼の細君の肩を抱き彼女の顔を見つめた。

「 ダメだよ、置いてゆくなんてそんな・・・! そんなこと、ぼくには出来ない。 」

「 ジョ− ? 」

「 親に置き去りされるって ・・・ どんなに残酷なことかわかっているのかい。

 あの子達のこころに 一生消えない傷を残すんだぞ! 絶対に消えない、深い傷を・・・ 」

「 それじゃ 一緒につれて行くつもり? ダメよ、絶対にダメだわ。 」

「 なぜかい。 今回はおそらく戦闘状態にはならないはずだ。 <完全廃棄>が目的だからな。 」

「 ・・・そうよ! それだから、尚更よ。  ・・・ あの子達ももう赤ちゃんじゃないのよ?

 今回のミッション・・・ 子供には見せたくないの。 絶対に、よ。 

「 ・・・ あ、 ああ・・・ そうか。 万一、その ・・・ 見てしまう可能性もゼロじゃないな。 」

「 そう・・・ 知らなくてもいいことってあるのよ。 少なくともわたしはわたしの子供達には見せたくないの。

 あの子達は あんな世界、知らなくていい。 知る必要は・・・ ないわ。 」

ほろほろと大粒の涙がフランソワ−ズのほほを伝い落ちる。

ジョ−は すい・・・とその流れに唇を当てた。

「 ・・・ ごめん。 そうだね。 きみの言うとおりだ・・・ あの子達なあんな世界には無縁でいて欲しい。 」

「 ジョ− ・・・ ありがとう・・・  」

「 いや、ぼくこそ。 なんだか、ムキになってしまった・・・ 」

「 ・・・ ジョ− ・・・? たとえね、世界中のヒトが去っていっても。 わたしはあなたの側にいるわ。

 あなたは もう決して一人ぼっちではないのよ。 」

「 ・・・ うん。 ・・・ ここにぼくの愛しいヒトがいるよね。 ・・・ いつだってずっと・・・ 」

「 ジョ− ・・・ やっぱり・・・ もう一度 愛して・・・ 」

「 ん。 」

ジョ−は微笑んで頷くと 寄り添う細い肩を抱き寄せた。

 

 

 

 

 

パチパチパチ ・・・・

軽い拍手とともにカンパニ−の朝のクラスは終った。

ふうう〜〜と汗を拭う者、 バッグに駆け寄りごそごそ携帯を取り出す者、 たった今の振りを繰り返す者・・・

センタ−に出て自習を始めるもの・・・ ダンサ−達はてんでに動きはじめていた。

 

「 ・・・ ねえ? タクヤってさ。 どうしたわけ? メッチャ真面目だったじゃん。 」

「 え? ・・・ ああ、そうだね〜  今朝は遅刻しなかったし。 」

「 今度の公演〜〜 気合、入れてるんとちがう? 」

「 でもさ、 相手がさ・・・ 」

「 あ・・・! そうだよね〜 どうするんだろ・・・ 」

 

ダン・・・!

タクヤは大きくジャンプして 綺麗にトゥ−ル・ザンレ−ルを決めた。

ひそひそハナシが聞こえないわけじゃない。  でも ・・・ 気にはしない、と決めている。

 

    ・・・ いいんだ。 オレは待つって決めたんだ。  彼女を信じて。

    でもなあ・・・ 少しはオレにも打ち明けて ・・・ あ!

 

彼は急に踊りをやめると スタジオのドアに走っていった。

「 おお〜い・・・! みちよちゃん! 」

「 ・・・ ん? なあに、 タクヤ君 」

小柄な女性が更衣室の入り口から振り返った。

丸い頬にくっきりとえくぼが浮かぶ。

「 うん ・・・ あの、さ。 彼女のコトだけど。 あのう 〜〜 」

「 ・・・ フランソワ−ズのこと? 」

「 そ。  あの、さ。  あの・・・ 彼女、一家で出かけてるのかな。 ダンナとチビっこ達と。 」

「 チビちゃん達はお留守番のはずよ、 学校があるから。 そんなこと、言ってたわ。 」

「 ふうん ・・・ あ、でもさ、あの家に2人っきりで?? 」

「 まさか。 なんでもね〜 近くに彼女のお父さんの知り合いのお家があって そこで・・・ 」

「 ああ・・・ あのお父さんの、な。 お父さんも一緒に出かけたのか〜〜 」

「 らしいわ。 ってか 多分そのお父さんの方の親戚じゃないの? 具合が悪いっていうのは。

 ・・・ よく知らないけど。 彼女、あんまし自分のこと、べらべら喋るコじゃないでしょ。 」

「 あ・・・ ああ。そうだよな。 うん。  ありがとう! 」

「 い〜え。 ・・・ あ、 タクヤ君? 

「 うん? なに。 」

スタジオに戻りかけたタクヤを今度はみちよが呼び止めた。

「 あの、さ。 フランソワ−ズさ。 すご〜〜〜く残念そうだったよ・・・

 彼女 ・・・ 本当に 『 ジゼル 』 踊りたかったんだよ、タクヤ君と。

 お家のこと、大切にするコだからはっきりは言わなかったけど。 顔見ればわかるもの。 」

「 ・・・ ん。 ・・・ サンキュ!! 

じゃあね・・・とみちよはひらひら手を振って更衣室へ入っていった。

 

    ・・・・ そうだよ! オレだって。 オレだってフラン、踊りたいんだ!

    『 ジゼル 』 を ・・・ きみと。 

    山内タクヤのパ−トナ−はフランソワ−ズ・アルヌ−ルに決まっているんだ!

 

 

タタタ ・・・・!

タクヤは大きくセンタ−まで駆け込むと 下手奥に見える ( つもり ) の

白い十字架に向かって 典雅に頭を垂れた・・・

 

    そうさ。 オレの ・・・ ジゼル ・・・!

 

 

 

 

この国では 季節はたいていのんびりと ― それでいて確実に ― 交代してゆく。

まだまだ凍える日が続いたと思うと ぽっかりコ−ト要らずの一日があり、その翌日には冷たい雨が降る。

そんな空模様に振り回されているうちに 気が付くと次の季節がしっかり居座っているのだ。

 

「 え〜と・・・?  どっちだっけかなあ。 住所、住所〜っと・・・  」

日曜日の昼下がり、閑散とした駅前広場に一人の青年の姿があった。

ここの辺りは温暖な気候の地で、真冬でもどこかのんびりした風情で人々な穏やかに行き交う。

駅の前には稚い緑が多いロ−タリ−が広がっているが、客待ちのタクシ−は見当たらず、

バス停には数人の客がのんびりと待っていた。

 

「 う〜ん ・・・? この路線でいいんだよなあ・・・多分。  この前は車で送ってもらったから・・・

 全然わかんね〜な・・・ 」

青年はぶつぶつ独り言をいいつつ、携帯とメモを交互にのぞきこんだりバス停の表示を読んだりしていた。

「 ・・・ これっきゃないんだもんな。 多分 ・・・ これだ。 途中まで行けばなんとか・・・なる  か?? 

 いや! なとか する。 うん! 」

彼は肩からかけた大きな鞄を降ろすとバス待ちの列に並んだ。

「 ・・・ あのう、すいません。  <海岸通り> って このバスで行けますか。 」

「 ああ? 行けますよ。 ・・・ でもな〜んにもないわよ、波乗りもできないし。 」

「 あ ・・・ども。 アリガトウゴザイマス。 」

念のため 前に並ぶオバサンに尋ねたのだが のんびりした答えがかえってきただけだった。

 

    よし。 ともかく行くぞ。 

    まだ帰ってないのかもしれないけど。 でも。 黙って待つだけってのは性に合わねえ。

 

  プワ〜〜ン ・・・!

間延びしたクラクションを響かせ、ゆっくりと循環バスがやって来た。

 

 

 

 

「 タクヤ? もうこれ以上は困るわ。 週明けからめぐみとリハに入って。 」

「 ・・・ マダム! オレは! 」

「 約束どおり一週間待ったわ。  今朝まで連絡はないし、仕方ないでしょう? 」

「 ・・・ 明日! オレ、明日、フランんちへ行ってきますから。 もう少しだけ! 」

「 お家へ行っても誰もいないのじゃない?  」

「 それでも! なにか ・・・ 判るかもしれないから。 とにかく ・・・ 待ってください! 」

「 しょうがないわね〜〜  ・・・ 気の済むようにしなさい。 ただし、週明けにはなんらかの

 返事をしてちょうだい。 」

「 ・・・ 返事 ? 」

「 そうよ、違うパ−トナ−と 『 ジゼル 』 か それとも他の演目でヴァリエ−ションか。 」

「 わかりました。 」

ぐ・・・っと拳を握りタクヤはぺこり、と頭を下げた。

 

    ・・・ どうしても。 オレはどうしても彼女と! フランソワ−ズと踊りたいんだ!

    『 ジゼル 』 じゃなくちゃ・・・ダメだ!   ・・・ ようし ・・・!

 

タクヤは更衣室にすっ飛んで行った。

 

 

「 ・・・・ ・・・・  ダメだ。 繋がらない・・・! 」

チ・・・ッ 舌打ちをしてタクヤは携帯を切った。

フランソワ−ズとは何回かパ・ド・ドゥを踊ってきた。

リハ−サルの連絡とか打ち合わせなどをするので 携帯の番号とメル・アドは交換していた。

一度は怪我をして ― リフトに失敗して彼女に蹴飛ばされたのだが・・・ ― 彼女の家まで治療に

行ったことすらあった。

治療してくれたのは同居している白髪の温厚な紳士で、 お父さん と彼女は呼んでいた・・・

似てない父娘だな・・・ とはチラリ、と思ったけれど。

彼女はその紳士を慕っていたし、なによりも 双子の子供達が おじいちゃま! と懐いていた。

 

「 そうなんだよな〜〜 幸せそうな家族だったじゃん?

 きっと身内の情に厚いんだぜ。 うん、だから ・・・ その大伯母さんとかを看病してさ〜 」

よいしょ・・・と大きなバッグを抱えあげる。

「 タクヤ〜〜 メシ、喰ってく?  オレ、この後バイトだけど。 」

「 あ。 わるい〜〜 オレさ、 ちょっと野暮用・・・ お先に〜 お疲れさん! 」

「 あ〜 じゃ〜またな〜  なんだあ? アイツ。 ぶつぶつ独り言いったりおっかね〜顔してみたり。

 急ににやけてみたり。  意味、わかんね〜 

仲間の青年は 首を捻ってタクヤを見送っていた。

 

「 幸せ家族 ・・・ か。  でもな〜 あの! ダンナ・・・

 優男 ( やさおとこ ) っぽいけど。 あの目、がさ。 ・・・ 笑ってない時の目がさ・・・ 

 おっかないんだよな。  きっと・・・ 若い頃はヤンキ−かなんかでツッパリで・・・ 真面目な彼女とは

 全然付き合いもなかったんだ、そうさ。 絶対に・・・! 」

広い通りを歩きつつ タクヤの妄想はどんどん広がってゆく・・・

 

 

   「 ・・・よお。 キレイちゃん〜〜 」 

   「 ・・・・・・・・ 」

   「 なんだよォ〜〜 シカトするなよ〜  アイサツ、してるんだぜ〜 」

   「 ・・・ どいてください。 通れません。 

   「 だから〜 アイサツしてるだろ〜 」

   「 <よお> なんて挨拶じゃないと思います。 」

   「 は! そんじゃ。 おはよ〜ございます〜  これでいいか。 キレイちゃんよ〜 

   「 わたし! キレイちゃん なんて名前じゃありませんから。 通してください! 」

   「 おっと〜〜 怒るとますますキレイちゃんだな〜  なあ、付き合えよ。 」

   「 ・・・ 結構です! 

 

タクヤの頭の中には 茶髪のヤンキ−が亜麻色の髪の乙女に絡んでいる情景がばっちり浮かぶ。

純情可憐そうな乙女は ・・・ なぜかセ−ラ−服を着ているのだが・・・

「 それでさ、無理矢理にデ−トに誘って。 彼女、真面目で優しいから・・・ ヤツの境遇に同情して・・・

 うん、きっと初めは単なる同情だったんだ。 絶対に! 

ぐ・・・っ!と 握り締めた拳に力がこもる。 

タクヤは宙を ぎろり、と睨み頭の中の <茶髪のヤンキ−> にガンを飛ばした。

 

   「 ごめん。 無理に誘ったりして。  でも アンタのこと、好きなんだ! これはマジだ。 」

   「 ・・・ ええ、わかったわ。 」  

   「 え! 本当かい?! オレ ・・・ 島村ジョ−。 ジョ−ってんだ。 」

   「 島村くん。 ・・・ あなた、本当は優しいヒトなのね。 」

   「 ・・・ ふん! アンタ、目、悪いんでない?  オレはそんなんじゃ・・・ 」

   「 ううん。 わたし、わかるもの。 島村君はとっても優しい心の持ち主だわ。 」

   「 そ・・・ そんなこと・・・ ねえよ・・・ 」

   「 ただ その表し方を知らないだけよ。 そうなんだわ。 」

   「 ふん! アンタも相当オメデタイな。 そんな甘ちゃんだといつか泣きを・・・・ 」

   「 アンタじゃないわ、わたし。  わたし・・・ フランソワ−ズ。 フランソワ−ズ・アルヌ−ル。 」

   「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ きれいな名前だ・・・ 」

 

「 ふん! ツッパリが聞いて呆れるよな! そうやって純情可憐なフランに取り入りやがって。

 そんで周囲に反対を押し切って オツキアイ 始めてさ。 う〜〜〜ん、許せん!    あ、すいません! 」

トン・・・と大きなバッグがすれ違うヒトに当たってしまった。

タクヤは慌てて謝り、すこし端に寄って歩き続けた。

「 それで ・・・ フランはカンパニ−に入ってこれから!っていう時に ・・・ 

 あり? ・・・ははは・・・オレ、2駅歩いちまった。 やべ〜〜 今日は急ぐんだったよ。 え〜と・・・

 〇〇駅へは・・・ ああ、JRで行った方が早いな〜 

混み合うタ−ミナル駅の中をすり抜け 目的のホ−ムへ歩きつつも彼の妄想はどんどん広がってゆく。

いや、タクヤ自身には妄想などではなく、しっかり <事実> に見えているらしい・・・

「 アイツ、いつの間にか彼女に取り入って・・・そ〜ゆ〜仲になったりして! くそ〜〜 不良!

 あの温厚な親父さんだってそうそう簡単には許さないだろうな〜   でもさ、きっと・・・ 」

 

   「 お願いがあります! オレ・・・いえ、ぼくは。 島村ジョ−といいます。

     お、お嬢さんと け、結婚させてください・・・! 

   「 ?!  島村くん、といいましたね。  ワシは君とは初対面なんじゃが。 」

   「 はい、申し訳ありません。 ずっとフラン・・・いえ、お嬢さんとは交際させてもらってました。

     それで ・・・ あの ・・・ ぼくの責任です、結婚させてください! 

   「 責任・・・?  ・・・!?  まさか、君!  フランソワ−ズ、お前、まさか・・? 」

   「 お父さん ・・・ あの・・・ ええ。 わたし・・・ ジョ−の赤ちゃんが・・・ 」

   「 お願いします!! 」

   「 な、なんじゃと!  君! この娘は幾つだと思っているのかね! ヒトの大切な娘に、

     嫁入り前の大事な娘に〜〜 手を出すとは!! 」

   「 殴ってください、どうぞ!  でも ぼくは・・・きっとお嬢さんを幸せにしますから・・・! 」

   「 お父さん、 お願い。 わたし ・・・ ジョ−に着いて行きます。 赤ちゃんと一緒に・・・ 」

   「 う〜〜む 〜〜 な、なんということだ〜〜! 」

 

なんということだ〜〜 ・・・ と唸る彼を ちらちら振り返るヒトがいたが、ご本人は全く気づいていない。

一人で赤くなって怒ったり青スジをたてて唸ったり・・・ かなりアヤシイ人になっていた。

「 彼女、真面目だから。  生命は大切にしなくちゃ・・・って。 舞台でソロが回ってきそうだったのに!

  あの茶髪ダンナ〜〜 手、早そうだもんな〜〜 うん、きっとそうに決まってる! 」

ぼすん・・・!  自分のバッグに鉄拳をお見舞いしてみたが柔い手ごたえがあるだけだった・・・

「 そんで。 踊りからも遠ざかって ・・・ あの崖の上の家に閉じこもってさ。

 双子が生まれれば もう朝から晩まで赤ん坊の世話と親父さんと アイツの面倒見に明け暮れて・・・

 指もがさがさ・・・ ああ・・・! 白鳥の優雅な腕に赤ん坊、抱いてさ〜〜!

 夜泣きすれば彼女一人がオンブにダッコで外にでて・・・ 」

 

    「 ・・・ 泣き止んだかい。 」

    「 ジョ−?! ごめんなさい、起こしてしまったわね・・・ お疲れなのに・・・ 」

    「 きみこそ・・・ こんな寒い夜に外に出て・・・ああ、こんなに手が冷たい・・・ 」

    「 子供達はしっかりショ−ルで包んでいたから大丈夫よ・・・ 」

    「 きみばっかりに苦労をかけて・・・ごめん。  なあ、ぼくもお守をするよ。 」

    「 あら、だって。 ジョ−は明日もお仕事でしょう?  大丈夫、わたし、元気ですもの。 」

    「 ぼく達の子供なんだよ? 一緒に育てなくちゃ・・・・ な? 」  

    「 ・・・ ええ・・・! ジョ− ・・・・ わたし、幸せよ・・・・ 」

 

「 く〜〜〜 いちゃいちゃしてんだよ、そうに決まってるんだ〜〜 クソ〜〜〜 ! 」

乗換えた電車は日曜の昼間なので 結構空いていたのだが・・・タクヤの周囲は微妙に誰もいなかった。

端正な顔をしていながら、くるくる表情を変えしかも時折、大仰に溜息をついている青年を

乗客達は遠巻きしてそっと ・・・ 面白そうに観察していた・・・!

「 子育てって。 大変だよなあ・・・ あの若さで。 同い年のコ達は きゃぴきゃぴ遊んでいるってのに。

 ミルクだオムツだ、夜泣きだ・・・・って。 ああ〜〜 なんで彼女が、 あの優雅な舞姫がそんな苦労を

 しなくちゃなんないんだ?  アイツが悪い! そうさ、すべて あのダンナがさ〜〜 」

ぼす・・・! 再び彼のバッグが被害者になった。

「 もし。 子持ちなんかにならなかったら。 今頃はオペラ座とかNYとかでばりばり踊ってただろうな・・・

 ははは・・・ オレなんか手も届かない憧れの星、だったかも。  はあ ・・・ 」

ステ−ジで万雷の拍手に優雅に応えるフランソワ−ズの姿が タクヤにははっきりと見えるのだ。

「 人の運命って・・・ 残酷だよなあ・・・。 彼女はいつだって幸せそうだけど。 

ふうう〜〜〜 ・・・ 特大の溜息がでてしまった。

「 オレだってさ。 初めは全然知らなかったもんな。 そりゃ 少しは年上だろ〜な〜とは思ってたけど。

 そうそう・・・あの坊主、 すばるに最初に会った時にさ・・・ 」

・・・ は・・・! 

タクヤは一瞬 息を呑み、固まってしまった。

 

「 ・・・ そうだよ! すばる・・・! それから え〜と・・・ あのお転婆娘 ・・・ すぴか!

 あの二人は ・・・ 置いてきぼりなんだよな・・・!! 」

 

 

そんな訳で  ―  タクヤは目的の駅に降り立った時、気力充分闘志まんまん、だったのだ!

ロ―カルな循環バスはあっちこっちに寄道し、 ようやく彼が見覚えのある小さな町の角で止まった。

「 海岸通り。 海岸通りでございます。 お降りの方はお手近のブザ−を押してお知らせください。 」

「 ・・・あ ! 降ります〜〜 降りますから〜〜! 」

定番のテ−プ音声に 大声で応え、タクヤはバスを飛び降りた。

しばらくきょろきょろしていたが、うん!と大きく頷き 歩きだした。

 

    うん ・・・ ここだ! このチンケななんでも屋の角を曲がるんだよな。

    ・・・ あ。 チビ達に土産がない! ・・・ ここでなんか買ってくか・・・ やっぱオヤツか〜

    コドモにはお菓子だよ!  ポテチとチ−ズわさびのポッキ−。 あと ・・・ バレエティチョコか?

    女の子は甘いもんがいいんだろうしな。 

 

彼は幹線道路の角に建つ < Drug Store > なる看板を掲げた店に足を向けた。

ドラッグ・ストア というより雑貨屋に近い店だったが 彼は一応目的を達し ・・・

「 ああ? あの岬の家? ・・・ あんた ・・・ ああ、若ダンナの友達かい。 」

「 ・・・え、ええ。 まあ、そうです。 」

「 ふうん、 ちょいと似てるな〜 若ダンナとさ。 イトコとか言ってもわからんなあ〜 」

「 ・・・え! ( 冗談じゃないぜ! ) ・・・ あの〜 それで。 旅行中とか・・・ 」

「 そ〜なんだよ! なんでもな、大旦那の親戚の具合が悪いとかで・・・外国へ行ったよ。

 いや〜〜大変だよなあ。  」

「 それで・・・あの。 チビ・・・いや、コドモさん達は? 」

「 うん? ああ、あの双子な〜。 うん、学校があるからってコズミのご隠居のとこに預かってもらってるよ。

 いや〜〜 あのご隠居さん、面倒見がいいからね〜 うん。 」

「 そ、そうですか。 コズミさん・・・ か。   あ、このバナナと苺もください。 」

「 お、まいど〜♪ コズミさんちはな、山側の ・・・ 」

タクヤの山盛りの買い物に 雑貨屋のオヤジは上機嫌でしゃべりまくってくれた。

「 それじゃ・・・・ ど〜も〜 」

「 いやあ〜〜 ハンサムな兄ちゃん〜〜 まいどあり〜〜〜♪ 」

 

    そうか・・・! パパやママと離れて淋しいだろうなあ〜

    おし! このお兄サンにまかせとけ!

 

タクヤは両手にス−パ−の袋を下げ肩には大きなバッグを掛け ― がしがしと田舎道を歩き始めた。

山といっても小高い丘に近いのだが、その麓に数件の家が散らばっている。

皆 年季の入った家屋敷だが どこも手入れや掃除が行き届き落ち着いた雰囲気だ。

 

   え〜と・・・? あ、あの角を曲がるのかな・・・・

 

タクヤはきょろきょろしつつ 生垣沿いに歩いて角まで来た。

端にはぺんぺん草が生えている道を折れると ― 

「  ・・・ あ!  タクヤお兄さん・・!?? 」

セピアの髪をした少年 と すこし離れて亜麻色の髪を流した少女が立っていた。

 

   ・・・え??  なんでフランとあのダンナが・・・チビになってるんだ??

   あ!  ・・・ すばるとあの姉貴か!

 

「 ・・・ あ。 お、おう! 元気してるか〜〜 」

タクヤは両手の荷物を持ち直すと だ・・・!と駆け出していった。

 

・・・ ケキョケキョケキョ ・・・ ホ 〜〜〜 ・・・ケキョ・・・!

 

付近の雑木林の奥から 春告げ鳥のまだヘタクソな歌が聞こえていた。

 

 
                 

 

 

   




「 よし ・・・ このまま突入しよう。 004、タイミングを計ってくれ。 008、003。 周囲の様子は? 」

「 了解。 」

「 オーライ。  レ−ダ−には特に敵影もないよ。 」

「 周囲にも ・・・ 民家や地元民の姿はないわ。  ・・・ 完全に廃墟ね。 」

「 ・・・そうか。  それで ・・・ あ、なんでもない。 」

「 内部にも人影はなし。 ・・・地下3階に被検体、多数。 生体反応は・・・ なし。 」

乾いた声が 淡々と事実だけを告げる。

「 ありがとう! ・・・ よし。 それでは作戦通りに。 」

「 了解。 

コクピット中から小気味よい返事が返ってくる。 全員でないのが少しばかり淋しい。

 

「 ―  Go ・・・ !! 

 

ドルフィン号は雲の切れ目からぐん・・・と降下していった。 





     Last updated : 03,17,2009.                 index       /       next





*******   途中ですが♪
はい、お馴染み 【 島村さんち 】 スト−リ−です♪
タクヤ君につきましては シリ−ズ中に何回か登場する好青年で
フランちゃんのバレエでのパ-トナ−なのです〜☆