『   アメイジング ・ グレイス  ― 3 ―  』







ある日のあるメ−ル送信記録より。 ( 内緒で転記♪ )


to: S.Shimamura
from: S.Shimamura
subject: 質問!
すぴか、はっとりかほ って知ってる?

  to: S.Shimamura
from: S.Shimamura
subject: やり直し!
弟よ! モノを尋ねる時にはそれなりの礼儀というものがあると思うが。 姉より

to: S.Shimamura
from: S.Shimamura
subject: お願いの件
姉上様 少々お伺い申し上げます。 はっとりかほ なる女性について
ご存知でいらっしゃいましょうや。 お返事を賜りたく。 愚弟より

to: S.Shimamura
from: S.Shimamura
subject: 回答
若手ソプラノ歌手。 通称:天使の声 美人  あとはネット検索せよ。

to: S.Shimamura
from: S.Shimamura
subject: 御礼
めるし。 飛行機事故。 93、救出。 人工声帯。 

to: S.Shimamura
from: S.Shimamura
subject: 今晩!
・・・・ 今晩 ( 日本時間! ) 電話するよ! すぴ。



「 ・・・ うん、じゃあ。 また・・・  」
チン ・・・ と微かな音をたててすばるは受話器を置いた。
リビングの固定電話を使うのは久し振りだった。
いや、それどころかこの広いリビングで過すこと自体 本当に久々だったのだ。

   ・・・ あ ・・・ なんか・・・ 静か過ぎ・・・

今まで 耳元でにぎやかな姉の声を聞き、彼自身も遠慮のない会話をしていたので
急に訪れた静寂が すばるにはなおさら寂しく感じられた。
ふう・・・と大きな溜息をはき、すばるはどさり、とソファによりかかった。
幼い頃から見慣れた天井は なんだか大分煤呆けてきているみたいだ。

  掃除 ・・・ してないもんな。 そんなヒマ、ないし。
  ・・・ やっぱ 一軒家に一人で住むってキツい・・・かな。

先輩・友人・悪友どもは身軽なマンション暮らしの方がいいよ、と言う。
不規則な時間の仕事だし、すばる自身ももっと便利な場所に・・・と思わないこともない。

  でも。 ココはオレの、ううん・・・皆の <ウチ> なんだ。
  祖父サマの眠る、この地。 父さん・母さんが一緒に暮らした この家・・・
  ・・・ やっぱ オレが守らなくちゃ・・・な。

それにあのアネキだって。 帰る家がなくっちゃ。

お父さん、お母さんと アンタとの暮らしが大好きで。 あの岬の家が大好きで。
・・・ アタシ、失くすのが恐かったんだ・・・
だから・・・ 逃げたの。 アタシがいないだけで・・・
あの家は あの坂道を登ればそこで皆がいつも笑って暮らしてる・・・って信じていたかったんだ

いつか、彼の双子の姉はしんみりそんな告白をしていた。
そうだよ。 だから、オレは。 ・・・ この家を守るんだ。
すばるは大きくひとつ深呼吸をすると えいや!っとソファから跳ね起きた。
美味しいコ−ヒ−でも淹れて イワン兄さんが読ませてくれたデ−タを
覚えている限り記録しておかなくちゃ。
すばるはがしがしと大股でキッチンに向かった。

キッチンは。 いや、キッチンもがらん・・・としていて妙に広い空間に感じられた。
使わない調理器具やら食器類は仕舞ってあるせいで ますます空家めいている。
そう・・・ 子供の頃、ここは家中で一番にぎやかで楽しい場所だった。
いつもいい匂いがして、美味しいモノがあって。
その真ん中で 真っ白なエプロンで ・・・ いつもくるくる動く亜麻色の髪と小さな歌声。

  ああ・・・ そうだよな。 母さんって年中なにか歌ってたなあ・・・・
  綺麗な声だった。 チビの頃から 母さんの声がオレの子守唄だったもん。

声、か。
すばるは再び 大きな溜息を吐いた。
さきほどの電話で 音質は母とよく似た姉の声ががんがんと彼に<情報>を伝えてくれた。
飛行機事故のこと。 姉が調べた範囲では自爆テロ、と判断されているらしい、と。
墜落を免れたのは奇跡に等しく、亡くなった人はごく少数だった。

  − やっぱりね〜 お父さん達がフォロ−したのよ。 爆弾をみつけたのはお母さんね。
     ・・・ ふふふ、あの二人、まだ立派な現役ってわけ。

  − ふうん。 でもバレてないのかな。 その・・・父さん達の <存在>

  − 多分ね。 ピュンマ伯父さんあたりが巧妙に <足跡消し> をやったんじゃない。

  − そうだね。 あ、それでさ〜 はっとり・・・

  − ああ、彼女ね。 若いのに随分沢山の賞をとってる。 スタ−さんね。
    まあ・・・ やっかみも多いのかな、ここ数年は海外での活躍が主みたい。
    
  − すぴか、コンサ−トとか行った?
 
  − 一回だけね。 確かに天使の声だったわ。 

  − ふうん・・・ あんまし好きくない?

  − <好きじゃない> でしょ、すばる君。 言葉遣いは正しく!

  − へいへい。 お好きではありませんか。

  − いや。 でもね〜 こう・・・なんての? 心が・・・魂が入ればもっとイイのになって。
     お母さんさ、よくすご〜く楽しそうにふんふん鼻歌うたってたじゃない?
     ああいうのって・・・ 聞く人も楽しくなるわよねえ。

  − あ、それ、わかる! ・・・ オレさ。 最近母さんの・・・ってかオレらがチビの頃の夢、見てさ。
     すぴか、あのハンカチ、覚えてる。

  − お〜 君は立派なマザコンであるな。 ハンカチ? ああ、母の日のアレでしょう?
     お母さんの <お守り>
  
  − そうなんだけど。 ・・・・ああ、どうせオレはマザコンさ。 

  − まあまあ・・・ お母さんに勝てる女性って・・・ちょいと難しいもんね。
     それでそのハンカチがどうかしたの。  ・・・ あれ、お母さん、<持っていった>よね。

  − うん。 あ・・・ ちょっと思い出してた。 うん・・・ 情報、ありがとう、すぴか。

  − ?? どうかしたの。  まあ、お父さん達も <元気> ってことよ。

  − だね。 ・・・ はやくヨメにゆけよ〜、すぴか。

  − ふん! 余計なお世話。 アンタこそ早く身を固めなさい、お母さんが心配してるよ。

  − ・・・ そっちこそ余計なお世話〜〜 父さんが心配してるよ。

  − アンタも相変わらずね。 よくそれで医者が務まってるわね。

  − おい。 電話代もったいないじゃん、切るよ〜〜

  − はいはい。 それじゃね。 また何かあったら連絡するわ。
  
  − うん、じゃあ ・・・ またな。


この双子の姉とも数年、顔を合わせていなかった。
姉のすぴかは母の祖国で学業を終えそのまま仕事につき、彼の地に留まっている。

うん。 あのアネキのためにも。 オレはココに住むぞ。
そうだよ ・・・ オレは オレの<ウチ> をココに作らなくちゃ。

シュー・・・・ いい香りの蒸気ががらんとしたキッチンに漂い始めた。
すばるは慎重にカップに注ぎ、残りをポットにつめると地下に降りていった。

  まずは。 人工声帯、だ。 

魂が入ればもっといい歌になるわ。 ・・・ ふと先ほどの姉の声が蘇った。
服部歌帆。 
天使の声 だけど・・・? 
彼女の歌を聴いてみたい、いや 治療のためにもその必要がある、とすばるは思った。




「 アルヌ−ルさん。 あの・・? 」
「 ・・・・・・・ 」
「 ? アルヌ−ルさん。 ・・・・ アルヌ−ルさん? 」
若い女性が 困り顔でデスクの横に立っている。
彼女がよびかけている亜麻色の髪の美人は なにやら宙に目を据えて物想いの最中である。
「 ・・・ あのう ・・・  アルヌ−ルさ〜〜ん ! お〜〜い 」
黒髪の彼女はファイルを手に持ったまま、だんだん声のト−ンが上がってきていた。

都心の高層ビジネス・ビル、大小さまざまな企業がオフィスを構えている。
その一室に 《 Twins Asset Manegement  》( 双子投資顧問 ) の看板を掲げ
ジョ−とフランソワ−ズは東京支店 の支店長と秘書嬢に収まっている ・・・ のであるが。

当のご本人よりもまず、上席の男性の方がなにごと、とPCのモニタ−から顔をずらせた。

< ・・・おい! 呼ばれてるぞ? >
< え ・・・? ・・・ああ! わたしのこと・・・!? >
< ・・・ フラン、あのなあ。 しっかりしろよ・・・ >
< ごめ・・・ >

「 あら、ごめんなさい。 ちょっと考えごとをしていて・・・ なんですか? 」
「 アルヌ−ルさん。  ・・・ ふふふ〜〜 もしかして支店長のこと、見てたでしょ♪ 」
「 ジョ ・・・いえ! 支店長を? ま、まさかぁ・・・ 」
「 きゃ〜〜〜 アルヌ−ルさん 真っ赤になって か〜わゆ〜〜い♪ 」
「 やだ、そんな。 わたし達はべつにそんな ・・・  ( あ・・・! ) 」
「 ふふふ〜〜ん♪ よ〜〜くわかりました。 今日のportfolio、本店に送信しておきましたから。 」
「 あ、 ああ・・・ はい、どうもありがとう。 」
「 それじゃ時間ですので・・ お先に失礼します〜。 ふふふ・・・ どうぞお二人でごゆっくり♪ 」
「 え・・・ あ ・・・ そんな誤解しないで・・・ るみさん・・・ああ、行っちゃった・・・ 」

「 フラン〜〜 どうしたんだよ。 しっかりしろって。 」
アルバイト嬢が帰宅すれば もうそこは二人の居間と同じである。
ジョ−はばさり、と上着を脱ぎネクタイを緩めた。
「 ぼ〜っとして。 聞こえなかったのかい。 」
「 ごめんなさい。 聞こえてた・・・と思うけど。 誰か他の人と電話でもしているのかな〜って 」
「 おいおい・・・ 自分の名前を忘れちゃ困るぞ。 」
「 だってわたし。 もう <島村さん> の期間の方がず〜〜〜っと長いのですもの。
 アルヌ−ルの名前は ・・・ そうね、クロゼットに仕舞った若い頃のお気に入りの服、かしら。 」
「 へえ・・・ そんなものかな。 」
「 そうよ。 コレは女性にしかわからないわよ。 」
「 ふうん?  ・・・ でも、何を熱心に考えていたのかい。 どうも仕事、って雰囲気じゃなかったなあ。 」
「 うん・・・ 彼女のこと。 」
「 あ。 昨日の? ・・・ え〜〜 服部歌帆 さん ? 」
「 ええ。 わたし達、 いえ わたしのミスで結果的には彼女の人生をめちゃめちゃに
 してしまったのよね。 」
「 フランソワ−ズ。 それは考えすぎだよ。 」
「 そうかしら・・・ あんな声になってしまって・・・ 」
「 うん ・・・ でもイワンが言ってたじゃないか。 人工声帯のファイル、すばるに読ませたって。 」
「 ええ。 でも。 彼女は悩んでいたわ。
 ねえ ジョ−。 ・・・ つくりもののこの身体は 素晴しい ? 」
ほろりとフランソワ−ズの瞳から涙が零れ落ちる。
「 ・・・ ぼくは。 この身体になったからきみと出会えたたんだ。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ でも、彼女は・・・ 」
「 すばるがいるよ。 ぼくときみの息子が あの人の力になるよ、きっと。 」
「 そうだと嬉しいわ。 本当に ・・・・ ほんとうに。 」
「 大丈夫。 きみの息子だもの。 」
「 ええ・・・ そうね。 女性に優しいあなたの息子ですものね。 」
「 ・・・ このぉ ・・・ 」
「 きゃ・・・ だめよ、オフィスで ・・・ や ・・・ ジョ−ったら・・・ 」
ジョ−は腕を伸ばしするり、と秘書嬢を抱き寄せた。
そのまま 彼女のさくら色の唇に熱くキスをした。



          



「 ・・・ あら。 あ〜あ・・・ やっぱりねえ。 これじゃ入れないわね・・・
 傘を忘れたんだけどな・・・ 」
入り口のドアが細目に開いて 先ほどのバイト嬢がしっかり見ているのに
迂闊にも! 009は、そして 003さえも気がつかなかった。






「 ここのケ−キはちょっと有名なの、ご存知かもしれませんけど。 ああ、ミルク・ティ−でいいかしら。 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
「 ごめんなさい、勝手にお誘いして。
 でも ・・・ ほら、あなた、びっくりしちゃったでしょう? 
 そんな時にはね。 温かいお茶と甘いお菓子が一番のお薬なのよ。 」
「 危なかったね。 気をつけないとああいうところってバランスを崩しやすいんだよ。 」
ジョ−もフランソワ−ズも笑顔でその女性に話かけている。
黒髪を長く垂らした彼女は 固い表情のままだ。
東京タワ−で懐かしい思い出に浸った後、ジョ−とフランソワ−ズは一人の女性に出会った。
ふらふらと歩道橋の上から落ちそうになっていた彼女を助け、
二人はさり気なく彼女をお茶に誘ったのっだ。

< ねえ、ジョ−。 この方・・・ >
< うん。 あの事故の時の、教授にお嬢さんだ。 >
< やっぱり。 でも ・・・ なんだか印象が変わったわね。 暗い感じでさびしそう・・・ >
< お父さんは亡くなったし 彼女の声 ・・・ 随分と傷めてしまったようだね >
< 天使の声、とまで称された人だったのに。  ・・・ ああ、それで人工声帯、なのかしら >
< よくわかないけど。 すばるもきっと悩んでいるだろうね >

「 ほ〜ら・・・ 来たわ。 ね? 甘いモノって心も身体も元気にするの。 
 わたし達と一緒に午後のティ−タイムを過してくださいません? 」
「 ふふふ・・・なんとかかんとか言って。 きみ〜ココのケ−キが食べたかったんだろう? 」
「 あら! そんなこと ・・・ あるわねえ・・・ だってここのベリ−・タルトは絶品だもの。 」
「 まったくなあ。 お嬢さん、このヒトと付き合っていると メタボリック症候群まっしぐらですよ。 」
「 ・・・ はあ ・・・・ 」
「 あらジョ−。 あなただって甘党じゃない。 朝のカフェ・オ・レにたっぷりお砂糖を入れないと
 不機嫌なのはだあれ。  」
「 あ・・・ え〜と。 さあ、理屈は抜きにして・・・ ホント、美味しいですよ、ここのは 」
「 それじゃ・・・ いただきます。 」
「 ・・・ いただきます ・・・ 」
楽し気におしゃべりし、フォ−クを動かす二人につられ、黒髪の彼女もようやっと一言呟いた。

「 う〜〜ん、美味しい♪  生きてる幸せと噛み締めちゃうわ。 」
「 またまた・・・ きみの人生の楽しみは甘いモノ、なのかい。 」
「 ふふふ ・・・ そんなトコもあり、かも。 」
カチン・・・。 彼女のフォ−クがお皿に当たってちいさな音を立てる。

「 あの。 ・・・ 私の声・・・ 汚いでしょう? 」

解れた黒髪を肩に払い、その女性は目の前の男女と初めて視線を合わせた。
「 いきなり・・・ ごめんなさい。 それと さっき・・・ ありがとうございました。
 考えごとをしてて・・・ ずうっと悩んでいて・・・ もうどうしたらいいかわからなくなって。
 相談するヒトもいません。 それで・・・・ 」
きゅ・・・っと唇を噛み、彼女はまた俯いてしまった。
「 そんな、汚いだなんて少しも思いませんわ。 ハスキ−で素敵だわ、ねえ、ジョ− 」
「 うん。 そういう声にくら・・・っとくる男性って多いですよ。  ( ・・・て! ) 」
テ−ブルの下でフランソワ−ズのヒ−ルがジョ−の脚を直撃した。
「 ( 余計なコトを! ) お悩みって・・・もしよかったらお話になってみない?
 わたし達には聞くだけしかできませんけど・・・ 」
「 ・・・・・ ! 」
黒髪がゆれ、彼女はぼそぼそと話始めた。
「 私・・・ 歌を歌うコトが全てでした。 それが事故で声を酷く痛めて・・・こんな声になってしまいました。
 病院で 人工声帯にすれば美しい声が得られるかもしれない、と言われたのですが・・・ 」
「 ・・・ 人工声帯・・・ ですか。 」
「 こんな声・・・ 私の声じゃない。 でも ・・・ 私の声なんです・・・
 人工のモノで美しい声を得るか この・・・汚いけれど私自身の声で生きてゆくか・・・
 選べなくて。 ・・・・ 私 どうしら、どう生きていったらいいか ・・・わからなくて・・・ 」
コト・・・・・
フランソワ−ズが卓上に飾ってあった小さな花瓶を動かした。
銀の一輪挿しに素朴なレンゲが揺れている。

「 これは野の花、ね。 本当なら大地にしっかりと根を張って仲間達と咲き乱れているはず・・・ 」
でも、と彼女はそっとその花にふれる。
「 わたしは。 これはわたしだけの意見ですけど。 たとえ儚い存在でもありのままに
 生きたい、と思います。 それがどんな結果になろうとも・・・ 」
「 ・・・・ ありのままに ・・・ 」
「 人工のモノには素晴しい点も沢山あるから・・・ 一概には否定はできないと思う。
 でも ・・・やはり、ぼくも自然の姿が好きですね。 そこには無限の可能性もある。 」
「 可能性? 」
「 そう。 ヒトは変わってゆけるじゃないですか。 ・・・・ どう変わるか、はそのヒト次第だけど。
 そんな可能性に満ちた姿が ぼくは好きです。 」
「 これは勿論わたし達の考え方ですから。 どうぞ、あまりお気になさらないで・・・ね? 」
「 ・・・・ いえ。  ありがとうございます・・・ 」
彼女は深く頭を垂れると、バッグの中から何かを取り出しきゅ・・・っと握った。

   ・・・ あ!・・・・・ あれは ・・・ !

   ? ハンカチだよ、ただの。 どうかしたかい。

   え・・・ あ、ううん。 なんでもないわ・・・

フランソワ−ズの瞳は彼女の手元に釘付けである。
ハンカチ・・・ これは あのハンカチだわ! わたしの ・・ 子供達の ・・・ ハンカチ!
ジョ−にすら内緒の想いに フランソワ-ズはそっと目尻を払った。

「 あなたの悩み事がすこしでも晴れますように・・・ 」 
フランソワ−ズはハンカチを押さえる女性の手に そっと彼女自身の手を重ねた。

   ・・・ ああ ・・・ ! すぴか。 すばる・・・・! 
   この方を守ってあげてね。 お母さんからのお願いよ。

「 ごめんなさい。 お二人のデ−トを邪魔してしまって。 」
「 え。 デ−トって ・・・ そんな。 ぼく達はちょっと東京タワ−見物に来ただけで・・・ 」
「 あら、いいえ。 もう・・・ このヒトのコレは口癖なのよ。 ぼく達は別に・・・って。 」
「 まあ・・・! 」
その女性は初めて声を上げて 笑った。


「 ・・・ 彼女 ・・・ どうするのかしら。 」
「 さあなあ。  博士のデ−タを使ってすばるの腕なら・・・ かなりのコトができると思うけど。 」
「 ・・・ そう ・・・ そうね。 でも・・・」
「 決めるのは彼女だ。 ぼく達に、口を挟む資格はないよ。 いや、誰にだって・・・ 」
「 ・・・・・ ( そのお守りを ・・・ 大切にしてね・・・ ) 」
ジョ−とフランソワ−ズは目の前の空席にじっと視線を当てていた。




医療機関というものはどこでも終日ざわざわとしているものだ。
モノやヒトの出入りは絶えないし、行き交う足音も忙しないモノの方が圧倒的だ。
そんな中でも別世界に浸っているオトコが ・・・ ひとり。

「 先生? 島村先生? おウドン、伸びちゃいますよ〜〜 」
「 ・・・ うん、 実にそうなんだけど・・・ 」
「 ・・・は? 先生〜 それに急いで食べないとお昼休み、もうすぐ終わりでしょう? 」
「 ・・・ うん、 実にそうなんだけど・・・ 」
「 もう〜〜!  し ・ ま ・ む ・ ら 先生ってば!! 」
「 ・・・ あ? ああ、なにか? 」
食器を乗せたトレイを持って忙しなく人々が行き来している食堂で きりっとした面持ちの
ベテラン風の看護士さんが声を張り上げている。
彼女の目の前には ぼ〜〜〜〜〜〜〜っと一点を見つめて座っている白衣の若いオトコがひとり。
そして彼の目の前には もうどんぶりから溢れそうになるまで伸びきったカレ−・うどんが ひとつ。

「 ・・・ あ、じゃありませんよ! 昼休み、終っちゃいますよ! 」
「 え・・・? あ! いけね! ありがとう、山上婦長さん。 」
青年はぐい、と丼に箸を突っ込み・・・
「 ・・・う ぐ・・・。 ひえ・・・ すげ〜味だ・・・ 」
「 島村先生ってば・・・ 何をそんなに夢中になって考えこんでいたんです?
 あ・・・ ごめんなさ〜い カノジョのことかな♪ 」
「 ち・・・ 違いますよ! 僕たちは別にそんな ・・・  」
「 アラ!? カノジョ、いるんですか?? 」
「 ・・・え? あ・・・ そ、そういう意味じゃなくて、ですね〜〜〜 」
「 ええ、ええ。 そういうコトにしておきましょ。 先生、早くお嫁さんをお貰いなさい。
 亡くなったご両親も心配していらっしゃいますよ。 」
「 え・・・ は、はあ・・・・ 」

すばるの前にでん!と立ちはだかっていた婦長さんはなんだか満足そうな笑みを浮かべ
食堂を出て行った。

   ・・・ 亡くなったご両親、か。 

のびきったウドンの陰で溜息をひとつ。
今日の午後、服部歌帆の予約が入っている。
出来ることならば すばるは父や母に尋ねたい気持ちでいっぱいだった。

・・・ 父さん・・・ 母さん・・・・! 
教えてくれ。  人工的に強化した身体は ・・・ 父さん達を幸せにしたかい。
母さんの笑顔の支えに ・・・ なっていたのかな。

闇夜に何度彼は呟いただろう。 白い紙に何回書きなぐっただろう。
すばるの問いに応えてくれるものはなんにもなかった。

仕方ないよ。 僕は彼女の担当医として彼女の決定に従うだけさ。
そうさ・・・ 彼女が一番望む方法を採る。 そして 最善の結果めざしてベストを尽くす!
いまの僕に出来る、それが全てなんだ。

最後に特大の溜息をひとつ。
そして 島村すばるは猛烈な勢いでふにゃふにゃになったカレ−・うどんを掻き込み始めた。




「 ・・・ あら? 廊下を一本間違えたかしら・・・ 」
服部歌帆はきょろきょろと辺りをみまわした。
正面玄関からずっと俯いて歩いてきたので院内の通路を間違えてしまったようだ。
「 ここは・・・・? あら・・・ ずいぶん賑やかねえ。 」
数歩先の部屋から 病院とは思えない笑い声やピアノの音が漏れ聞こえている。
周囲の壁も 白一色ではなく花やら小鳥が描かれ なにやら額縁に入った絵もあった。
「 ・・・ え。 これ・・・ 子供の作品??  ああ、小児科病棟なのかしら。 」
ともかく 正しい方向を聞かなければ・・・と歌帆はその賑やかな部屋に近づいていった。

  ・・・ ふわり ・・・

「 なに・・・ あら。  この楽譜 ・・・? 」
歌帆は足元に飛んできた一枚の紙を拾い上げた。
「 あ〜〜 ありがとう、お姉ちゃん! 」
「 いいえ。 ・・・これ、 『 アメイジング・グレイス 』 ね。 皆で歌っているの? 」
「 あめ・・・なに?  ううん〜〜 これってさ〜  楽譜読めるヒトがいなくて
 僕たち、だ〜れも歌えないんだ。 」
パジャマ姿の少年が部屋から飛び出してきた。
「 そうなの?  ・・・・フンフン 〜〜〜 」
歌帆は小声でその曲をハミングし始めた。

  ああ、この曲・・・ 私の持ち歌ではなかったけれど。
  よく ・・・ 大きなミサとかで向こうのヒト達は皆で歌っていたっけ・・・

「 わ〜〜〜お姉さん 上手だね! すごいや。 ねえ、もっと歌って? ねえねえ〜〜 」
「 え・・・ あ、ちょ、ちょっと・・・ ボク? 」
少年は大喜びで歌帆の手を握るとどんどん前方の部屋へ引っ張っていった。
「 たっくん? どこへ行ったの・・・  あら。 お客様かしら ? 」
「 あ・・・ あの、私 ・・・ 」
部屋の奥から柔和な顔つきの老婦人が出てきた。
「 ねえねえ、 このお姉ちゃん、すごく上手なんだ〜〜 ねえ! コレ・・・歌える? 」
「 え・・・ あ ・・・あの・・・ 」
「 ごめんなさい、ご迷惑ですよね。  たっくん、ダメじゃない。 」
「 え〜〜 だってこのお姉さん、すご〜く上手だよぉ 」
「 あ・・・ あの私・・・ こんな声で・・・ 私こそごめんなさい。 」
「 まあ、どうして? ここはレクリエーション室なんです。 入院している子供達が少しでも
 楽しい時間を過せるように・・・って。  」
「 そうなんですか。 それで・・・ 歌を? 」
「 ええ。 歌なら聴いているだけでも元気になれますでしょう? 」
「 ・・・歌で ・・・ 元気に? 」
「 そうね、 パワ−を、エネルギ−を貰えるっていうのかしら。 
 子供達は皆歌が好きです。 歌えないほどの病状の子でも聞くことで随分と励まされるようですわ。」
「 うん。 僕、歌大好き〜〜 」
「 たっくん。 少し静かにして。 」
「 いろいろな歌を歌ってやりたいのですが・・・ 難しいのもあって・・・
 あの。 もしよろしければ。 先ほど拾ってくださった楽譜、歌っていただけませんか。 」
「 ・・・・でも ・・・こんな ひどい声で・・・ お聞き苦しいと思います。 」
「 お姉ちゃん。 お願い〜〜 」
老婦人はだまって にこにこ笑みを浮かべたまま頷いている。

 ― ありのままに生きたい、と思います・・・
 ― 人は変われるじゃないですか。 ・・・そんな姿が好きです。

不意に歌帆のこころに先日出会ったカップルの言葉が浮かんだ。
・・・ そうだわ。 私は ・・・ <わたし>だけ。

・・・ す ・・・・っと歌帆は大きく息を吸い  そして 歌い始めた。




「 はい。 どうぞ次の方をお呼びしてください。 」
すばるは目の前のカルテをちらり、と見てく・・・っと何かを呑み下ろした。

  決めるのは彼女だ。 僕は ・・・ 彼女の協力する! どんな選択でも。

「 服部さ〜ん。  ・・・・ 服部さん? 服部歌帆さん? いらっしゃいませんか?  」
歌帆を何回も呼ぶ看護士の声が すばるの耳に付いた。
「 あれ。 服部さん、いらしてないですか。 」
「 ・・・・ そうみたいですねえ・・・ あら? 」

パタパタパタ・・・・・!

軽い足音が それも大急ぎで 近づいてきた。
「 すみません〜〜 遅れましたッ! 服部です! 」
「 はいはい。 そんなに走らなくても大丈夫ですよ。 」
「 いえ・・・! 一刻も早く島村先生に・・・ ! 」
「 あらあら・・・ 大変なファンですねえ。 どうぞ? 」
「 はい! 」

・・・バン!
「 先生! 島村先生! 」
「 服部さん、 こんにちわ。 ・・・・・・あ ・・・れ ・・・? 」
カルテから視線とあげたすばるの前には。

春の女神が ― 少なくともすばるにはそう見えた ― が息せききって立っていた。
頬をピンクに染め、長い黒髪は背に乱れ・・・ 
なによりも 彼女の瞳は黒曜石の輝きに満ちていた。
はっきりしとした意志が、望みが 彼女の瞳の中に溢れている。

  ・・・ こんなに ・・・ 綺麗なヒトだったっけか・・・

すばるはなにもかも忘れたたじっと・・・ 春の女神を見つめている。

「 わたし。 ・・・ 自分の声で生きてゆきます! 」



その日から島村医師は歌帆の声帯の機能回復に全力を注ぎ、服部歌帆は自分自身でも
ヴォイス・トレ−ニングを始めた。
以前の天使の声は取り戻せなくとも。 歌うことさえできれば。
歌帆は今までの人生の中で 一番真剣に努力を続けていた。
そして 歌帆は長い髪をすっぱりと短くした。
すばるは そんな彼女の決意に応えようと一層治療に専念するのだった。

「 そうですか、レクリエ−ション室で? 毎週、ずっとですか。 」
「 ええ。  初めは・・・本当の偶然だったのですけれど。
 こんな声でも ・・・ 楽しいって聞いてくれるヒト達が、子供達がいてくださるので・・・ 」
「 そうか〜〜 いいなあ。 」
「 え?  なにが、ですか。 」
「 いや ・・・ 患者さん達が羨ましいな。 僕もあなたの歌が聞きいたなって思って。 」
「 昔のMDでよければ いくつかありますけど・・・ 」
「 今の。 今のあなたの声で歌う歌が聞きたいです。 子供達が喜ぶ歌が。 」
「 島村先生・・・ 」
「 今度こっそり・・・ 聴きにいってもいいですか。 」
「 こっそり、だなんて。 私からお願いします、どうぞいらしてください。
 そして ・・・ 今の私の歌を聞いてください。 ひどい声ですけどガマンしてくださいね。 」
「 服部さん。 ありがとう! 是非・・・! 」
「 はい。 それでは 今日治療が終りましたらレクリエ−ション室でお待ちしています。
 先生、いつでも どうぞ。 」
「 ありがとう!  さあ、僕たちの協同作業にかかりましょう。 」
「 はい、お願いします。 」

「 あら・・・ ここ・・・・ 先生の研究室なんですか? 」
ところ狭しと積み上げてある資料やら開けっぱなしなモニタ−画面を
歌帆はもの珍しそうに眺めた。
治療室とは ・・・ とても思えない乱雑ぶりである。
「 あ・・・・ うん、いや。 違うんだ。 ここに僕が勝手に資料を持ち込んだだけで・・・ 」
「 これ 人工声帯・・・・の医学資料ですか? 」
「 ・・・ あ〜 うん。 僕自身も関心があったし、役立てる患者さんもいると思うから。 」
「 ごめんなさい、先生。 私 ・・・ 」
「 え〜 そんなあなたのせいじゃないです!  さあ、これからの僕の目標は君の声です。 」
「 島村先生 ・・・・ 」
「 もっと 少しでも楽に発声できるように治療しますよ。 」
島村先生は なぜか少しだけ言葉を途切らせた。
「 ・・・ あ〜  あの  ハ、 ハンカチを 当ててくれたヒトのためにも  ・・・ 君・・・ いえ!
 あなたの声帯を 少しでも良い状態にもって行きたいと 思います。 」
「 ・・・ はい! 」
・・・  あら。  このひと、誰かに似てる?
わたし 同じ色の 同じ温かさの瞳を知っている みたい?
歌帆は自分をしっかりと見つめてくれる島村先生の視線がちょっと恥ずかしくて ・・・でも嬉しかった。

    きっと 変われますよ。 大丈夫、アナタならできます。

あのセピアの髪の男性の声がふいに蘇った。 



「 先生。 伺ってもいいですか? 」
その日の治療が終ったとき、歌帆はすこしもじもじしてから口を開いた。
「 はい? なんでしょう。 」
「 あの ・・・ 先生はどうして医師を選んだのですか。 」
「 選ぶ? ・・・ ああ、職業として、という意味ですか。 」
「 ・・・・ う〜ん・・・・ 自分の道、として。 」
すばるはふ・・・っと唇に笑みを浮かべ すこし遠くに視線を飛ばした。
「 ・・・ 僕はね。 ちびの頃、よく熱だして寝込んだりしていました。 
 ぴ〜ぴ〜泣き虫で ・・・ 元気モノの双子の姉貴とは全然ちがってた。 」
「 へえ・・・? そうなんですか? そんな風には見えないけど。 」
歌帆は ぽん・・・っとすばるの腕を叩いた。
「 ははは・・・ 今はね。 でも子供の頃は、泣き虫の弱虫でね。 本の虫でもあったな。
 熱だして・・夜中に目がさめると必ず側に母さんがいてくれた。 心配そうな顔で・・・
 じっと僕を見ていた。 背中をさすってくれたり、頬にキスしてくれたり・・・ 」
「 まあ・・・  」
「 それに。 父さんの大きな手できゅ・・・っと握ってもらうと不思議に元気が沸いた。
 熱も父さんの手が額に触れると吸い取られたみたいに下がった。 
 今思うとすごく不思議なんですけど。 」
「 いえ ・・・ それ、わかります。 私の父も大きな ・・・ 温かい手をしていました。
 あまり一緒にはいられなかったけど・・・ 歌帆、大丈夫だよって・・・父の手がいつも 私の背を
 押してくれていました・・・ 」
「 いいお父さんだったのですね。 」
「 はい。 」
「 僕はそんな風に幸せに育ったけど。 そうじゃない子は沢山いるでしょう。
 だから、せめて僕が・・・いつか・・・ そんなコトもできる医者になりたい、と思ったんだ。 」
「 素敵ですね・・・・ 先生のご家族・・・ 」
「 あは。 そうだなあ・・・・ 親父とお袋はず〜〜っとらぶらぶだった。
 すぐに <二人の世界> になっちゃって僕と双子の姉は置いてきぼりを食らったりしたけど・・・ 」
「 先生? ご存知ですか? らぶらぶの両親の子は ・・・ 強いんです。
 どんなことに遭っても 負けません。 たっぷりと愛を貰っているから。 」
「 ・・・ 君も? 」
「 はい。 私の両親も。 母は早くに亡くなりましたけど父はず〜っと母を熱愛してました。 」
「 そうですか。 素敵なご両親だ・・・  
 そうだ!君に歌ってもらいたい所があるんです。 」
「 まあどこ?  こんな声でも 聞いてくださるなら、 ううん、 歌わせて下さるなら喜んで伺います。 」
「 僕がボランティアで子供たちと遊んでいる教会で・・・ウチの地元だからちょっと遠いけど。 」
「 まあ教会で? 嬉しいわ ありがとうございます、島村先生  」
「 ・・・ あの。 もう  先生  はなし! にしませんか。  」
「 え? 」
「 普通の友人同士になれないかな。 そのう〜 所謂オトモダチってやつ。 」
「 まあ。 ・・・ お友達・・・? 」
歌帆はくすくす笑い出してしまった。
「  あ〜変かなあ?  ・・・やっぱ ヘンですよね・・・ 」
「 ううん、ううん! 全然。 私も! オトモダチ 欲しかったのよ。 」
「 それでは! ・・・  あ〜え〜 歌帆さん。 」
「 はい 島村さん。 」
「 あ〜もう一歩! もう一声! 」
「 ・・・・ 島村・くん? 」
「 名前は ・・・ だめ? 」
「 ・・・ 二人だけの時なら・・・ そのうちに ・・・ 」
「 うん、それじゃ。 楽しみに待っている。 」
「 ・・・ ありがとう、 島村 ・・・ くん。 
  ねえ、あなたなら。 きっと。 あなたなら、皆に温かい気持ちを伝えることが出来るお医者様に
 なれるわ。 そうよ、あなたは ・・・ わたしに大きな力をくれたもの。 」
「 え? 僕はなんの役にもたてなかったよ? 」
「 ううん。 私。 あなたに ・・・ 聞いてほしくて。 私自身の声で 私の心の歌を・・・
 そう思ったら この声がとても愛しくなったの。
 両親から 神様から頂いた 声を大事にしたいって思えたの。 」

歌帆は治療室の隅で静かに立ち上がった。
医療器具やら診療台やら。 資料などが雑然と置いてある部屋の奥で
服部歌帆はほんの一節・二節、 メロディ−を口ずさんだ。

「 ・・・・ あ !? 」

すばるには 見えた。
天からの一条の光が 黄金 ( きん ) の光がこの歌姫の頭上に齎されるのを。
島村すばるは はっきりと見た。

  ・・・ そうだよ! 君は ・・・ まさに<天使の声>を奏でるべく生まれてきたヒトなんだ・・・!



            







すばるが服部歌帆と知り合ってから 何回か春が廻った。
ギルモア邸の門に根を張る桜は年毎に見事な花を咲かせ・・・散っていった。
坂の上の古びた洋館は年月を経てますます古色蒼然としてきたけれど、
そこに住む亜麻色の髪の男性は気にもとめず、元気に・・・そして楽し気に暮らしていた。

そして。
もの皆花開く ある年の春。 復活祭の朝を迎え教会にはいつもより多くの信者が集まった。
大概は顔見知りだったけれど、中には旅行者や たまたま通りかかったとおぼしき人々も混じっていたが、
そのことを気にする者はいなかった。
ミサが始まり、司教が入場した後 一番後ろの席に参列した男女に注意を払ったものはいない。
ちら・・・と視線を流しても  ああ どこかのガイジンさんだろう・・・ 程度のものだった。
セピアの髪と亜麻色の髪のごく若い二人は しずかに席に着いた。

復活の慶びと感謝の祈りの内にミサは締め括られた。
司祭を務めるこの教会の神父が 最後に人々に語りけた。

「 今日は皆さんにちょっとしたイ−スタ−のプレゼントがあります。
 いえいえ、イ−スタ−・エッグではありませんよ。 
 素敵な歌を・・・聖歌を お贈りします。  
 この教会で子供達の聖歌指導をしてくださっている服部歌帆さんです。 」

一人の女性が静かに祭壇の前に進み出た。
黒目勝ちの瞳、そして 肩口にさらさらと掛かるみどりの黒髪。
彼女は しっかりと小さなハンカチを握り、語り始めた。

「 信者のみなさん・・・ 私は。 今、初めて・・・ この歌の意味がすこしわかった気がします。
 あとは一生を掛けてもっともっと深く知って行きたいと思います。
 ・・・ 聞いてください! そして、よろしければご一緒に歌ってください。
 『 アメイジング・グレイス 』 です。 」
ゆるゆるとオルガンが前奏を始めた。
歌帆は大きく息を吸うと 滑らかに ・・・ 歌い始めた。
ハスキ−な 野太い 声。 それは決して澄んだ透明なものではない。
・・・ でも 温かい 穏やかな声が聖堂にしずかに満ちて行く。
復活祭に集う人々は皆、耳を傾け ・・・ 優しいヴェ−ルに包まれてゆく気持ちだった。

歌帆の最後の声が聖堂の中空に吸い込まれていった時
人々は 拍手をもわすれただ ・・・ ただ ・・・・ 感嘆と満足の溜息を吐くだけだった。
やがて
聖堂はよき人々のこころからの拍手で一杯になった。
にこにこ顔の神父様が やっとその拍手を収めてくれた。
「 よき信者の皆さん。 ここで嬉しいお知らせをもうひとつ。
 今歌ってくださった服部歌帆さんと教会の施設の医師も務めてくださっている島村すばる先生は
 このたび婚約をなさいました。 皆さん・・・ お二人に祝福の拍手を・・・! 」

 わあ〜〜〜 おめでとう〜〜 !!
 幸せに ・・・!!  よかったな!  おめでとう〜〜〜

またまた拍手が鳴り響き 人々は春の日の二重の祝福に慶びあった。

ミサが終われば親しい人々がどっと彼らの側に集まってくる。
握手するヒト、コノヤロウ!と小突く真似をするヒト・・・ 
未来の花嫁の頬に祝福のキスをする老婦人、 だきつく同年輩の女性・・・
「 ふふふ・・・ やれやれ。 どうも <永い春> は島村家の伝統になりそうね。 」
今度は一番前の席にいたセピア色の髪をした碧い瞳の女性がぼそり、と呟いた。
 
  あれ・・・? もしかして・・・ すぴかちゃん?
  え? ああ、そうだ、そうだよ〜〜 いつ帰ったの??
  おかえりッ! すぴかちゃん!

今度は姉弟が一緒に揉みくちゃになっている。
人々が入り乱れ、 歌帆とすばる達は自然にすこし離れてしまった。
ふ・・・っと歌帆の後ろに近寄る気配がした。 
そして。
歌帆の耳元で 歌帆にだけはっきりと聞こえる声が二つ ・・・


「 ・・・ すばるを。 あの子をどうぞお願いね・・・ 」
「 幸せに・・・! すばるを頼みます。 」

「 ・・・・ え ・・・・ ? 」


歌帆が振り向いたとき、 そこには春の風が桜吹雪を巻き上げているだけだった。




***********    Fin.    **********

Last updated :  04.01.2008.                   back    /    index





*****  後書きかえて *****
・・・・ ああ やっと終りました ・・・・ !
見ず知らずの二人に恋愛をさせるって・・・なんて難しいのでしょう!! ジョ−君とフランちゃんが後ろで
ヤキモキしてるの書いていましてひしひしと感じました。
文字にしたのはばちるどですがお話の内容はず〜〜〜っとめぼうき様と
あれこれあれこれ・うんうん言って作ってきました。
書き上げた後には鋭いツッコミでチェックしていただきましたよ〜〜♪♪
そして  うふふふふ〜〜〜 な素敵イラストの数々・・・・・・ ♪♪♪
春の宵、楽しい一時をお過ごし頂ければ幸いです。

ながながとお付き合いくださいましてありがとうございました。
ご感想のひと言でも頂戴できましたら幸いでございます。           ばちるど