『 きみと共有するものは、空気とことばと、それともうひとつ 』  

                           − 愛するということ −

 

  

 

 

居間の電話が鳴った。

 

そろそろ日付も変わる頃だったので ジョ−とフランソワ−ズは一瞬顔を見合わせた。

近頃、日常の連絡はほとんどが個人の携帯を使うようになっており、

ギルモア邸の固定電話が鳴ること自体が珍しかった。

 

「 ・・・ぼくが出る。 」

受話器に手を伸ばしたフランソワ−ズを ジョ−はさり気なく遮った。

「 <聞いて>いてくれる? 」

「 ・・・ ええ。 」

真顔でぽそり、と頷くとフランソワ−ズはジョ−の隣に腰を下ろした。

 

「 ・・・ はい。 ギルモア研究所・・・ 」

しん・・・とした部屋に 今夜は波の音がやけにはっきりと聞こえる。

「 ・・・ もしもし ・・・? 」

「 え・・? あら、お兄さん? 」

受話器を抱えたジョ−が返事をする前に フランソワ−ズは明るく声を上げた。

「 ・・・え? ああ、ジャンさんですか? ・・・はい、ジョ−です・・・はい

 いま、替わりますから・・・ 」

ジョ−の多少難アリのフランス語に笑いをかみ殺しつつ、フランソワ−ズは

にこにこと受話器を受け取った。

 

「 アロー、お兄さん? どうしたの・・・ ええ、わたしは元気よ。 」

たちまちさえずるみたいな異国の言葉がリビングに流れた。

ジョ−はともかくほっとして ソファから腰を浮かした。

兄妹だって 内輪の話があるだろうし・・・ 隣に座っているのはどうも居心地が悪かった。

 

 − 先に寝るね。

 

ジョ−は二階を指差し、フランソワ−ズが頷くのを横目で見てから戸口へ向かった。

 

「 うん、皆元気・・・ ・・・えっ?? 」

「 ・・・ どうしたの?! 」

ぽん、と跳ね上がった彼女の声のト−ンに ジョ−は反射的に振り返った。

「 え・・・ いつ?・・・それで? うん、うん・・・ まあぁ・・・ 」

大股でソファにもどると、悪いかな、とは思ったがジョ−は兄妹の電話に耳を澄ませた。

 

・・・わかンねぇや・・・

 

もちろん自動翻訳機のスイッチはオンにしたのだが、早口での身内同士の会話には

スラングも多く とても機械では対応できなかった。

 

「 ・・・ あのね。 お兄ちゃん・・・演習で怪我したの、脚の骨を折っちゃったんですって!! 」

「 えっ! 」

受話器を押さえ、フランソワ−ズが真剣な口調でまくし立てた。

「 あ・・・うん、ジョ−に・・・ それは、クロ−ゼットの奥の棚よ。 ちがうちがう・・・ 」

電話にもどると同時に フランソワ−ズの口調はますます早くなった。

「 だから・・・ うん、うん・・・。 やっぱり誰か ・・・ 平気って動けないのでしょう? 

 え? あら、なあにジョ−? 」

つんつんと肩を突かれ振り向いた途端に 彼女の手からするりと受話器がもぎ取られてしまった。

「 ・・・アロ−? ぼく、ジョ−です。 お兄さん・・・ フランソワ−ズをそちらに帰しますから。

 ええ、出来るだけ早い便で。 はい・・・はい、どうぞゆっくり治療に専念してください。 」

「 ・・・ちょっと・・・! ジョーったら・・・そんな勝手に ・・・ 」

「 はい、はい・・・。 じゃあ、決まったらすぐに。 携帯は? はい・・・はい・・・ 

 わかりました。 それじゃ・・・本当にお大事に。 」

「 ・・・あ 」

フランソワ−ズが受話器を取り戻す前に、ジョ−はかちゃり、と電話を切ってしまった。

 

「 ひどいわ・・・ 勝手に・・・ そんな。 」

「 酷くなんかないよ。 さ、きみは準備しろよ。 ぼくはエア・チケットの方を当たるから。 」

口を尖らせているフランソワ−ズなどてんで相手にせずに、ジョ−はさっさとリビングの隅に

置いてある共用のPCを立ち上げ始めた。

「 ・・・ああ! ダメだわ、博士がまだ完全に治っていらっしゃらないし・・・

 イワンも世話もあるし。 やっぱり、わたし行けないわ。 」

ギルモア博士は風邪を少々こじらせてここ2−3日寝込んでいた。

「 大丈夫。 博士は大分元気になったし。 イワンもまだ当分<昼の時間>だろ?

 ぼく一人でも面倒はみられるさ。 」

不思議な赤ん坊は、<昼の時間>の間はしごく世話の焼けない存在である。

決まった時間のミルクと沐浴、オムツの交換さえしてあげれば、

普通の赤ん坊のような手間はまったくかからない。

たとえ忘れてしまったとしても、ちゃんと本人から<催促>が飛んでくる。

「 ・・・ でも ・・・ 食事の支度とか ・・・ 」

「 大丈夫だって。 レトルト食品は沢山あるし。 いざとなったら大人に頼るさ。 

 さあ、たまには女の子らしく素直に うん、って言えよ? 」

モニタ−の前から ジョ−はばちん、となんだか不器用なウィンクを送ってよこした。

 

 ・・・ まぁ ・・・ 

 

「 ・・・ ジョ− ・・・ ? 」

「 え・・・ なに? 」

モニタ−に向かっていたジョ−は 背中にふわりといい匂いを感じて手を止めた。

フランソワ−ズが こつん、と額を押し付けてくる。

「 ・・・ ありがとう ・・・ 」

「 ・・・・ 」

ジョ−は黙って肩に置かれた白い手を握り返した。

「 お兄さん・・・ 早く治るといいね。 」

「 ・・・ん。 単純骨折だって言ってたから、多分そんなには。 」

「 でも、一人だと何かと不自由だろ。 」

「 一応は空軍病院に入院して・・・ もう帰宅しているそうよ。 」

 

「 なるたけ早く行ってあげなさい。 」

「 ・・・ ギルモア博士? 」

戸口から突然声が飛んできて、ジョ−とフランソワ−ズはびっくりして振り返った。

「 骨折をバカにしてはならん。 

 あとの養生しだいで回復の度合いも随分ちがうからの。 」

「 博士! そんな薄着で・・・ ちゃんと寝ていらっしゃらなければ・・・ 」

「 なに、わしはもう大丈夫じゃよ。 ・・・ パリの空軍病院なら、確か・・・

 ランヴェ−ル博士がいるはずじゃ。 うん、連絡を取っておこう。 」

パジャマにガウンを引っ掛けただけの博士な大きく頷いた。

「 まあ、ありがとうございます。  でも、今夜は早くお休みになって・・・ 」

「 わかっとるよ。 さあ、お前こそ早く休みなさい。

 明日からいろいろ忙しいじゃろう? 」

「 そうだよ。 ・・・ついでにお兄さんの側でゆっくりしてくればいい。 」

 

「 ・・・ ありがとう。 」

もう隠すこともできずに、フランソワ−ズは溢れてきた涙を

ごしごしと手の甲でぬぐった。 

「 それじゃ・・・ お言葉に甘えて・・・ 兄の看病に行かせていただきます。 」

二人の前でフランソワ−ズは日本式に深々と頭を下げた。

「 やだな・・・そんな。 そうだな・・・お土産、たのんでいい。 」

「 ・・・え、なあに。 」

ちょっとおどけた風にジョ−が言った。

「 あのね。 きみの家の近くにある、ほら、あのケ−キ屋さん。

 あそこのビスキュイ。 あれ、すご〜く美味しかったから。 また食べたい♪ 」

「 ・・・ああ、ああ。 ルイの店ね? ええ、いいわ。

 あそこのはお兄さんも大好物なのよ。 たっくさん買ってくるわね。 」

「 うん。 楽しみに待ってる。 」

フランソワ−ズは明るい雰囲気にしてくれたジョ−にこころから感謝した。

「 ねえ? なんでも半分コ・・・ってか・・・ 共有しようよ?

 心配事も ・・・ 楽しい事も。 ・・・ね? 」

「 ・・・ええ、ええ。 そうね そうね・・・・ジョ− ・・・ 」

ついに抱きついてきたフランソワ−ズを ジョ−は笑って受け止めた。

「 ・・・ 忙しい? 今晩 ・・・ダメ? 」

「 忙しいけど ・・・ いいわ ・・・ 」

「 いろいろと ・・・ <共有>だよ。 」

「 ・・・ ジョ−ったら・・・ 」

ちょっと掠れた彼女の声が ジョ−にはたまらなく魅惑的に響いた。

 

 

 

「 ・・・さぁて、と。 」

がちゃり、とドアをあけて入ったリビングは・・・ とても広々と・・・そして寒々と感じた。

ジョ−は何かを捜す気分で、でもソレがなんだか判らないままぐるりと見回しそっと溜息をついた。

 

・・・ なんにもない、なあ。

 

そう、なんにも無い。

いつもは誰かのコ−トが脱ぎ捨てたままになっていたり、買い物袋が置いてあったり。

読み止しの本がソファに半分埋もれていたり、判読不明・イタズラ書き?とも見えるメモが散乱し。

ちょっと〜・・・といわれながらも スナックの食べかけの袋がころがっていたり。

・・・ ようするにギルモア邸のリビングはいつもごたごたとしていた。

 

「 もう! これじゃちっとも片付かないわ! 」

「 あ・・・ ごめ〜ん・・・ 」

「 すまん、すまん・・・つい・・・ 」

いつもいつもそんな会話が繰り返され・・・そして状態は変らない。

たまには縫い物とか取り込んだ洗濯物、本人の言い分によれば<ちょっと置いただけ>な

モノも加わり、その広いはずの居間は<満員御礼>の雰囲気が漂う。

 

でもさ。

これが・・・<ウチ>ってカンジなんじゃないかな。

 

ジョ−はその雑然とした共有のスペ−スが好きだった。

もしかして・・・ 普通の家庭、家族が共にする場所とはこんなものじゃないかな、と

想像するのも彼には楽しいのである。

 

・・・そこが。

今日は ・・・ 余分なモノは何にも ない。

フランソワ−ズは出かける前に、それこそ加速装置でも作動させたか?という勢いで

その広い部屋をキチンと整頓し掃除して行った。

 

「 フラン? いいよ、いいよ、そんなこと。 それより、荷物は? 」

「 ・・・ わたしが<よくない>のよ。 留守にする前には綺麗にしておきたいの。 」

さて、とフランソワ−ズは改めてリビングを見回した。

「 ま、ざっとだけど。 ジョ−? お願いだからあんまり散らかさないでね。

 お掃除して、とは言わないから・・・。 」

「 はいはい、わかりました。 ほら、もう出発しようよ・・・ 」

「 ええ。 ・・・ごめんなさいね、ジョ−だって忙しいのに。 」

「 ・・・・ 」 

ちょん、と彼女の唇にキスを落として・・・ ジョ−は細い肩に手をおいた。

「 それは言いっこナシ。 笑って? さ〜 行こう。 」

「 ・・・ ありがと、ジョ− ・・・ 」

目じりに涙をにじませて、それでもフランソワ−ズは明るく微笑んだ。

 

 

 

ごたごたしているほうが 全然居心地がいいんだけど。

・・・でも、すぐに元通りだろうな・・・

 

ジョ−は一人で苦笑して、やけに広々と感じるリビングを突っ切りキッチンに向かった。

最初の難関 ・・・ 本日のランチを用意しなければならない。

 

 

え〜と。

イワンのミルクと。 博士は・・・ そうだ、簡単パスタの電子レンジ用があったよな。

ぼくは。 う〜ん・・・ カップ麺でいいや。

 

初日からちょっと情けないな・・・とは思ったが面倒くさかった。

 

ま・・・いっか。 初めからぶっ飛ばしたら後半戦、バテるし。

 

ジョ−はハナ唄まじりに キッチンの収納庫を開けた。 

たくさん詰まっていると思っていたレトルト食品だのカップ麺のストックは

ほとんどなかった。

フランソワ−ズがあまり好まないので 日頃から買い整えてはいないのだ。

 

ふうん・・・。

じゃあ・・・ 午後は買出しに行こうかな。

うん、がっちり買い込んでおけば当分心配はいらないし。

今日のランチは え〜と ・・・ ああ、コレとコレがあればいいや。

まあ・・・なんとかなるよな。 せいぜい10日間くらいだものね。

そうだ、掃除も洗濯もやるぞ。 

フランが帰ってきたら・・・ びっくりするだろうな。

さすがにジョ−ね、なんて・・・ふふふ♪♪

 

サイボ−グ009の<勘と見通し>は ・・・ 日常生活ではあまり役には立たないようだった。

 

 

「 博士? 失礼します。 ・・・ 昼ゴハン、持ってきましたよ。 」

危なっかしい手つきでお盆をささげ、ジョ−はこんこんと研究室のドアをノックした。

この地下にある研究室、以前ギルモア博士は一日の大半をここに篭ってすごしていた。

「 ・・・あんな日も射さないお部屋にずっといらしては、身体によくありませんわ。

 読書ならどうぞ、上で・・・。 お食事もダイニングでご一緒しましょう? 」

「 ・・・そうじゃの。 ま、気分転換になってよいかもしれないな。 」

フランソワ−ズに五月蝿くいわれ、ようやく日常生活は普通に<地上>ですごすように

なっていたのだが、風邪で寝込んで以来また元に戻ってしまった。

・・・もっともフランソワ−ズがいないせいかもしれないけれど。

 

「 ・・・ 博士? 開けますよ〜 」

応えが無いまま、ジョ−は重たいドアをよっこらしょ・・・と開けた。

「 ギルモア博士、 ランチですよ? ・・・ あれ? どうしたんですかっ 」

ジョ−は思わず 湯気のたつパスタを乗せたお盆を取り落としそうになった。

 

見慣れたぼさぼさの白髪頭は 広い机の上に散乱する書類の間に突っ伏していた。

 

「 大丈夫ですか?! ・・・あ ・・・? また、熱が・・・? 」

「 ・・・ う ・・・ ああ・・・・ ジョ−か・・・ なんだか急に寒気が ・・・ 」

「 またこんな薄着で居るからですよ。 ともかく、上へ、ベッドへ行きましょう。 」

ジョ−はなんとか無事にお盆を机に乗せると 博士に肩を貸した。

 

「 ・・・ すまんの ・・・ 」

 

「 どうぞ無理しないで下さいね〜 えっと・・・ 薬はまだありましたっけ? 」

やっこら、博士を寝室に担ぎこみベッドに入ってもらった。

「 薬・・・ ああ、 ちょうど今朝で飲み終わったなあ・・・ 」

「 そうですか。 じゃあ・・・ぼく、あとで病院まで行ってきます。

 え〜と。 あ! 昼ごはん、食べれますか? 」

「 ・・・いや・・・ せっかくじゃが・・・ あまり食欲はないのでな。

 ああ、すまんがお茶だけ置いておいてくれないか。 」

「 はい。 とにかくちゃんと寝ていてくださいね。 」

 

ジョ−は博士の部屋のドアを静かに閉めた。

 

 − お茶、お茶・・・と。 えっと・・・博士のお気に入りは ・・・

 

・・・あ!

 

階段を降りきったところで ジョ−は思わず声を上げて立ち尽くした。

 

 − イワン! イワンは ・・・ どうしてるんだ??

 

そうだよ! 一緒にいるんだから、博士に何かあったらすぐに知らせてくれなくちゃ。

きっと自分の分野に没頭してるんだろうな。 

それに、ミルク! すっかり忘れちゃったよ。

 

まったく・・・、とジョ−は頭をふりふり地下の研究室へ降りていった。

 

「 お〜い・・・ イワン? お腹、空いたろ。 ごめんね〜 」

博士とイワンの書斎のドアを開け、 ジョ−は声をかけた。

「 ・・・ ねえ、昼ごはんは ・・・ あれ? 」

当然ふよふよとク−ファンが飛んでくる・・・と思っていたのだが。

< 遅カッタネ、じょ−。 僕、オ腹、ぺこぺこダヨ >なんてテレパシ−も飛んでくるかな〜と

覚悟していたのだが。

 

 ・・・・・・・・

 

書斎は静まり返り・・・ 耳を澄ませば可愛らしい・小さな寝息が聞こえるばかり。

「 イワン? お昼寝かい? 」

ジョ−は博士の大きな机の横にあったク−ファンを覗き込んだ。

< じょ− ・・・ ? 悪イ ・・・ 急ニ<夜>ニ突入シタミタイ ・・・ >

「 ・・・え??? 」

切れ切れに飛んできたテレパシ−に ジョ−は声を上げて棒立ちである。

< ふぁ〜〜 モウ我慢デキナイ・・・ オ休ミ・・・ じょ− ・・・ >

「 え〜〜?? わ、わ〜〜〜!! 寝るなよ、ちょっとまだ・・・眠らないでくれよぉ〜

 フランが帰って来るまで・・・ううん、無理なら博士がちゃんと復活するまで〜〜 」

< ・・・ ゴメ ・・ン ・・・ >

「 わ〜・・・ イワン〜〜 」

ジョ−はほとんど泣きっつらで 抱き上げた小さな仲間に取り縋った。

そんな仲間の<お願い>も虚しく、超能力ベビ−は普通の赤ん坊にもどり

くうくうと寝息をたて始めた。

 

・・・ どうしよう ・・・

 

ジョ−は呆然と腕の中の赤ん坊を見つめていた。

<普通の赤ん坊>の彼には<普通の世話>が必要なのだ。

たとえ眠っていても汗をかいたり、排泄したりするのだから

沐浴とオムツの交換は必須である。

 

・・・ 落ち着け! 落ち着いて思い出すんだ・・・フランはいつもどうしていたっけ・・・?

そうだよ、お風呂は ・・・ この季節には夜に一緒に入ったよな。

うん・・・じゃあ、ぼくが入るときに一緒でいいんだ。

オムツ・・・? 普通、赤ん坊ってのは泣いて教えるよね?

多分・・・ <夜の時間>でも・・・ ぐずるとかなんとか・・・してくれるよ。

 

 − ま。 いっか。 なんとか・・・なる・・・かも。

 

ジョ−は溜息を大きくついて 小さな身体をそっとク−ファンに戻した。

 

この時点で ジョ−はまだまだ非常に楽観的であった。

 

 

 

「 博士〜? ちょっと病院まで行ってきますね〜 」

「 ・・・ すまんのう ・・・ 」

「 あれ? 顔が赤いですよ? ・・・ 熱、上がってますよ! 」

ジョ−はばたばたとバスル−ムに行き、タオルを絞ってきた。

「 帰りに<熱さまシ−ト>、買ってきますから。 」

「 ・・・ すまん・・・ 」

「 またぁ〜。 じゃ、行って来ます。 」

博士用に用意した<簡単パスタ>は冷えてしまって、最悪の味だったが

ともかくジョ−はそれをかきこんで大急ぎで出かけた。

できれば加速装置を使いたかったが・・・ あの赤い服は<日常>では目立ちすぎる。

 

・・・よおし ・・・!

 

突如、ハリケ−ン・ジョ−になった彼は研究所の前の坂を

急発進して驀進して行った。

 

 

 

どさり、とジョ−は幾つもの買い物袋をソファに置いた。

さすがに ・・・ サイボ−グといえども腕が、指がキコキコ軋んでいる。

 

・・・ 滋養のあるモノ、ねえ・・・。

 

ジョ−は買い物袋の間にぼすん、と腰を落としてつぶやいた。

 

「 ・・・ご高齢ですからね。 薬よりも暖かく安静にして滋養のあるものを

 差し上げてください。 そのほうが身体に負担がかかりませんから。 」

病院に飛び込み博士がちょっとぶり返したので薬を・・・と頼んだジョ−に

看護士サンはにっこりと笑って答えた。

「 お身内の方の温かい看護が一番ですわ。 」

 

それでは・・・と、ともかくジャガイモ・人参・玉葱・セロリ・・・そんな

お馴染みの野菜を買い込んできた。

キャベツにトマト、胡瓜にシイタケ。 手当たり次第にカ−トに入れた。

よく判らないけど、牛肉・ブタ肉・鶏肉・たまご・・・ ソ−セ−ジにハムも買ってきた。

 

さて。

<滋養のあるモノ>って ・・・ なんだ?

 

う〜ん・・・ ぼくだったら、まずお粥とかオジヤだよな。

でも・・・<滋養>があるかなあ。 やっぱ・・・こうゆう時って<ふるさとの味>が

食べたいかもな・・・。

 

博士の故郷 ・・・ ロシア料理といえば。

・・・ ボルシチ。

ジョ−の頭にたったひとつ浮かんだのがソレだった。

 

ようし。 作ってやろうじゃん?

・・・たしか、フランのお料理の本があったはずだし。

 

 − ま、いっか。 なんとか ・・・ なる ・・・かな・・・?

 

 

 

「 ・・・なんなんだよ〜 ・・・ なんで?? 」

数分後、サイボ−グ009はキッチンの床にぺたりと座り込んで

・・・ またもや半ベソをかいていた。

目の前にはとりどりに綺麗な写真を載せた料理の本が拡げられている。

これなら・・・、と誰でも食指をのばし安心するはずなのだが。

どれもなかなか美味しそうで ・・・ 丁寧な<作り方>が書いてある。

 

ただし。 フランソワ−ズの母国語、フランス語で。

 

キッチンの隅に立てかけてあった料理の本は

どれもこれも。あれもそれも。 ・・・ 全部フランス語だった。

唯一の<日本語の本>は 『漬物百科 − 浅漬けと糠漬け 』 というもので、

ぺらぺらとめくれば どのペ−ジにもびっしりとフランソワ−ズの書き込みがあった。

・・・ そう、こちらもジョ−にはチンプンカンプンなフランス語で。

 

・・・しょうがない。 大人の応援を頼もう。

 

ジョ−は諦めて立ち上がり、携帯を取り出した。

 

 

 

「 ・・・ うん・・・ これは美味いなあ・・・ 」

「 そ、そうですかっ・・・! 」

湯気の立つお皿を前に ジョ−はほとんど涙ぐみそうになった。

ベッドに身を起こし、博士はご満悦である。

「 うん・・・うん。 懐かしい味じゃよ。 」

「 ・・・ よかった ・・・! 初めてなんでビクビクしてましたよ。 」

「 え・・・!? ジョ−、これ、お前が作ったのか? 」

びっくり顔の博士に ジョ−はえへへへ・・・と頭を掻いた。

 

 

 − お電話ありがとうございます。 【張々湖飯店】 は3月〇日まで

   お休みを頂きます。 店主一同、香港まで最新の食材情報を仕入れに

   行って参りますので・・・ またのお越しをお待ちしております。 ピンポンポン♪

 

キッチンからジョ−が半ベソで掛けた電話には無情にもこんな<お返事>が返ってきた。

頼みの綱は断ち切られ、サイボ−グ009は孤軍奮戦を強いられた。

ジョ−はひゅるる〜〜 と荒野の風が自分の周りに吹き荒れた・・・ような気がした。

 

・・・ くっ・・・! 戦場で独りってことなんか何回もあったじゃないか。

負けるな・・・! ぼくは ・・・ ゼロゼロナインなんだ・・・!

 

そう、<負ける>わけにはゆかない。

老人と赤ん坊の世話、そして家の管理と。 それが今、すべて自分の双肩にかかっているのだ。

・・・それは世界の平和を護るよりも NBGを叩き潰すよりも はるかに・はるかに難しいコトだった!

ジョ−はひとり、じっと唇を噛み締めた。

 

 - フランソワ−ズ・・・・! きみは凄いよ・・・。

 

ぽとり、と涙が落ちた瞬間、 ジョ−ははっと気がついた。

・・・そ、そうだ! ネットだ〜〜 ねっと検索すれば <ぼるしち> も〜〜!!

 

 

そっと口に含んだ異国の料理は ・・・ 本当になかなか美味しかった。

ヨ−グルトの酸味が( <サワ−クリ−ム>というモノは手元になかったのだ )新鮮で

口当たりもいい。

 

・・・ ああ〜 ・・・ 美味しい・・・

 

身体の隅々にまでエネルギ−が回ってゆく・・・のかもしれない。

じつはキッチンの<惨状>が頭の隅にチラチラしていたのだが、

とりあえず今は この<ささやかな幸せ>に浸りきることにした。

 

これで・・・ ぼくも元気が ・・・ あれ・・・?

 

遠くで声がした。 いや・・・泣き声が響いてきた。

 

 − ・・・・!! イワンっ!! ごめんっ!! 忘れてた〜〜〜

 

買出しから帰って、ジョ−はとにかくク−ファンごとイワンを自分の部屋に連れてきていた。

それで・・・ それっきり、きれいさっぱり忘れていたのだ。

 

「 ごめんっ! イワン〜〜 」

飛び込んだ自室で 赤ん坊はまさにその名の通り真っ赤になって

海老反って泣き喚いていた。

 

「 ごめん〜〜 ごめんって。 ミルク、いや先にオムツ替えようね・・・ 」

ジョ−は小さな身体をク−ファンから抱き上げ、自分のベッドに寝かせ、

ロンパ−スの股のボタンを外した。

 

 − ・・・わっ!!!! 

 

次の瞬間、ジョ−はそのまま赤ん坊を<包み直す>と引っ担いでバスル−ムに突進した。

 

・・・ ちゃんと言ってくれよ〜〜〜 ああ、寝てるんだっけ・・・

 

ともかく汚れモノを始末し、あとは・・・よくわからなかったので

そのまま<お風呂タイム>にしてしまった。

 

あ〜あ・・・ いい気持ちそうだな。 平和な顔、しちゃってさ。

「 ごめんね〜 キモチ悪かったろ・・・。 お腹も空いてるよね。 」

 

ベビ−バスに浸かって、小さなアクビまでしているイワンに

ジョ−もほっとして話しかけていた。

 

「 さ・・・て。 あ〜 君の服は・・・ いけね、フランの部屋だったね。 

 ・・・ え? 」

バスル−ムから上がりふと気がつけば玄関のチャイムが盛大に鳴っていた。

 

 − ギルモアさ〜〜ん、〇〇新聞で〜す。 新聞代の集金にあがりましたァ〜〜〜

 

・・・うそ。

新聞代の集金って ・・・え?? 財布、財布、 財布はどこだ〜〜〜???

ああ・・・イワン ・・・

 

ばたばたばた・・・ 人気( ひとけ )のないギルモア邸の廊下を

ジョ−は騒々しい音をたて駆けぬけて行った。

 

「 ・・・す、すみません・・・ はい、これで足りますか? 」

「 毎度〜〜 ・・・あ? 」

息せき切って飛び出してきた茶髪ボ−イに新聞屋さんは面食らった。

じつはこの新聞配達青年、ジョ−とは顔見知りだった。

朝のジョギングのとき、配達に回る彼氏と何回かスレちがい、

ジョ−は何気に会釈したのだが・・・ ジョ−よりはるかに<パツキン>の彼氏は

どうも、茶髪のジョ−に親近感をもったらしい。

 

 − おはよっす!

 − あ・・・ お早うございます〜

 

以来、早朝のジョギング仲間になっていた。

 

「 え〜 ・・・ 一万円札っすかァ・・・ ちょっと待ってくださいね〜 」

「 ・・・ すみません ・・・ 」

 

 − くしゅん・・・っ!

 

ジョ−の腕の中でバスタオルに包まったままのイワンが小さなクシャミをした。

「 あれ? ちょっとちょっと。 それじゃァ赤ん坊が風邪ひいちまうよ?

 ちゃんと服、着せてあげなくちゃ。  うん、オレ、今晩も一回来ますから。 」

新聞屋のお兄サンはにこにことイワンの頬をなでた。

「 そん時に細かいの、用意しといてくださいよ。  あ・・・アンタもヤンパパですか?

 じつはね〜 オレもなんだ。 ま、お互い頑張ろうじゃん♪ 」

「 ・・・あ、 はあ。 まあ・・・ 」

「 これでもさ、オヤジだもんね。 いや〜仲間がいてうれしいっす。 」

「 あ・・・ ははは ・・・ 」

じゃ、あとで〜・・・と新聞屋クンはイワンの頭をクルリと撫でると

上機嫌で帰っていった。

「 ・・・ すみませ〜〜〜ん 」

ジョ−はそんな彼の背に 深々と頭を下げた。

 

・・・とにかく。 早く服を着せなくちゃ・・・

 

とりあえず、リビングに飛び込みジョ−は自分のブルゾンを脱ぎイワンを包んだ。

どうせ、服を探すのに手間取るだろうし。

これなら ・・・ しばらくは、なんとか。

 

ちょっとばかりほっとしているサイボ−グ009に またしても玄関チャイムが鳴り響いた。

 

 − ギルモアさ〜〜ん? 小包で〜す ハンコ、お願いします〜〜

 

・・・うそ。

ハンコって。 ・・・・ ハンコってそんなモノ、この家にあったっけか???

拇印・・・だめだよ〜〜 人工指紋だって・・・バレたら・・・

 

うろうろうろ・・・ がたがたがた・・・

 

ジョ−はリビングとキッチンにあるあらゆる引き出しの中を引っ掻き回した。

 

ぴんぽ〜〜〜ん・ぴんぽん・ぴんぽん〜〜〜

 

なんだ、なんだ・なんなんだ〜〜

 

NBGのしつこい無人探査機のように執拗に玄関チャイムが鳴る。

 

 − ギルモアさ〜ん・・・ 町内会の者です〜〜 回覧板です〜〜〜

 

・・・うそ。

回覧板って。 なんだよ、そんなのアリかよ〜〜〜

どうすりゃいいんだ、受け取って ・・・ それから ・・・?

 

 − ギルモアさ〜〜ん ・・・ 奥さ〜〜ん??

 

奥さん ・・・ ? <奥さん>は・・・いませんよ〜〜

ジョ−は密かにつぶやきつつ走り回っていた。

 

ぴんぽ〜〜ん・ぴんぽん・ぴんぽん〜〜

ギルモアさ〜〜ん、お願いします〜〜

 

孤軍奮戦するサイボ−グ009に 容赦なく<敵弾>は降り注ぐのであった。

 

 

 

・・・ああ、もうすぐナリタね。

ふふふ・・・ た ・ だ ・ い ・ ま ♪

機内アナウンスに促され、フランソワ−ズは窓から眼下の大海原を眺めた。

極東のこの島国に<帰ってきた>のか<やって来た>のか。

フランソワ−ズにとって、それはもうどちらでもよいことだった。

 

わたしには ・・・ どちらも大切な<ウチ>だもの。

・・・ ただいま・・・ ジョ−。

 

「 お兄ちゃん、いいかげんでいい人をみつけなさいよ〜 」

「 ば〜か。 お前が先だ。 」

「 ・・・わたしには ・・・ 」

「 ・・・ふん、ジョ−か。 ・・・ まあまあ、すれすれで及第か・・・」

「 ありがとう、お兄ちゃん。 脚が完治したら、こんどこそ日本に遊びにきて? 」

 

そんな会話が、つい半日前に兄と交わした会話が蘇る。

お兄ちゃん・・・ よかった・・・ 

兄はしごく順調に回復しており、フランソワ−ズは安心して故国を後にしたのだ。

 

 

「 ・・・ ジョ−ォ ・・・ まあ! 」

「 ・・・・・ 」

到着ゲ−トから出て、一番に目についた彼にフランソワ−ズは大きく手を振り・・・

息を呑んで目を見張った。

 

ジョ−は。

黙って微笑んで、軽く手をふり合図を返してくれた。

しかし。

 

 − こういうコトって 本当にあるのね・・・

 

眼の下にハデに隈をつくり、例のくせっ毛が逆立っているジョ−の顔を

フランソワ−ズはしみじみ、見つめた。

 

「 ・・・ あの。 ジョ−・・・? 」

「 うん? お帰り、フラン。 」

「 ただいま帰りました。 ・・・ ねえ、どうしたの?? 」

「 ・・・え? どうもしな・・・くはなかったんだ・・・ じつは。 」

やつれた顔で ジョ−はほろ苦く笑った。

「 何か ・・・ あったの?! 」

「 ・・・いや。 特別のコトは何も。 うん、全然普通の日々だったんだけど。

 いや〜・・・ 慣れない家事に少々手こずったのさ。 いつもきみに任せっ放しにしていて・・・

 ごめん・・・ 悪かったね。 」

ジョ−は 静かに微笑んだ。

 

「 なんだか・・・ずっと頼もしくなったみたい・・・ ジョ− 」

「 ・・・そ・・・・そう? 」

「 ええ。 あなたって・・・ 本当はなんでも出来ちゃうのね。 」

「 そうでもないよ。 ・・・ フラン、凄いのはきみの方さ。

 家事って・・・ 本当に大変だね。 うん、ぼく、きみを尊敬するよ〜 

 きみと共有する体験ができて・・・ よかった。 」

「 ・・・? でも、嬉しいわ〜 これからも安心してジョ−に家のこと、お願いできるわね。 」

「 ・・・・・・ 」

ジョ−は黙って。 黙って・静かに微笑んでみせた。

 

 

フランソワ−ズはまだ知らない。

 

彼女の大切なオムレツ専用のフライパンで ジョ−が玉葱とにんにくを炒めたことを。

琺瑯のミルク・パンを盛大に焦げ付かせたことを。

彼女の取って置きのウェッジ・ウッドのメモリアル・プレ−トで食事していたことを。

 

イワンが夏物を何枚もごろごろと重ね着させられていることを。

洗濯機の脱水槽の中で洗濯物がシワシワのまま、干からびていることを。

ストックしてあったリネン類がことごとく引っ張りだされていることを。

 

ギルモアさんちの若奥さんは実家に帰っちゃったらしい、と近所で評判なことも。

あのヤン・パパさんは大丈夫かしら・・・と地域のヲバサンたちが

ちらちらと研究所をながめていることも。

 

・・・ そう、

最強の戦士・サイボ−グ009が日常生活では 実はてんで無力であることを、

フランソワ−ズは ・・・ まだ知らないのである。

 

 

「 さ、帰りましょ。 ああ・・・ やっぱりウチが一番いいわ〜 」

「 ぼくは ・・・ きみの隣が一番だな。 」

「 ま・・・。 ・・・ふふふ。 わたしもよ、ジョ−・・・ 」

そっと寄り添ってきたたおやかな身体を ジョ−はぐっと抱き寄せた。

ジョ−が一番慣れ親しんだ香りが ふわりと彼をつつんだ。

 

 − ねえ? また・・・<共有>したいんだけど。

 − ま・・・。 いいわ・・・ でも、今晩まで待って。

 

<愛するということ>は なにもかもを共有すること・・・なのだ。

そう・・・なにもかも。

 

 

*****     Fin.   *****

 

Last updated : 02,28,2006.                        index

 

 

***   ひと言   ***

ジョ−君の奮戦記 ・・・・ 一応原作設定です。 ( ジャン兄、健在ですし〜 )

でもなんだか平ジョ−みたいかも・・・ (-_-;)  

そしてこのあと、『 惜別 』 ( by めみ様 @【 silent film 】 ) と

『 がんばれジョ−たん 2 』 ( by  めぼうき様 @ silent film 】 ) に

続のです〜〜??? ( す、すみません〜〜お二方〜〜(^_^;) )

タイトルは ・・・ E.フロムの宗教書!からのパクリであります〜〜