『  哀しみだけが  』   

                                                 理由なんていりませんただ好きなんです −

 

           ***  はじめに ***

このSSは 原作『 ヨミ編 設定です。

原作未読の方には解り難い点が多々あると思います<(_ _)>

是非! 不朽の名作『 ヨミ編 』をご一読くださいませ。

 

 

 

カナシミガ ・・・

カナシミダケガ ・・・ 彼女ノ心ヲヌラシテイル。

 

理由ハ ワカラナイガ ・・・

 

 

ヒトの心を読むという不思議な赤ん坊は、じっと私を見つめていた。

彼の黄金にも見えるヘイゼル色の瞳には 微かに動揺の影が見える。

 

私は、ただ。 ・・・ ただ、泣くしかなかった。

涙は止め処なくながれ、嗚咽を抑えることはできなかった。

 

 − 好き・・・です。 ただ、好きなんです、あなたのことが。

    ・・・ ジョウ 

 

 

 

009がその少女を伴ってドルフィン号に乗り込んできた時、

ギルモア博士もその腕のなかにいたイワンも 一瞬言葉を失った。

 

久々のミッションのため、全員に集合をかけることとなり、

まずは009から、と博士の許で助手をしていた004が彼を迎えにいったのだ。

 

「 ・・・ ジョウ、 そのヒトは? 」

「 あの・・・ ヘレンさん、と言いまして。 父上をB..に ・・・ 」

「 拉致された、とご本人は言ってますがね。 さて・・・ 」

少々口篭った009の言葉を 004が横から引っ手繰り皮肉な口調で続けた。

 

「 004! ・・・ その言い方はないだろう? 」

「 ふん。 相変わらず甘チャンだな、009。 ヤツらの手口については

 判りきっているだろうに。 お前のウィ−ク・ポイントを衝くくらい、雑作もないことさ。 」

「 ぼくの ウィ−ク・ポイント? 」

そうさ、と004は相変わらずの仏頂面でハナを鳴らした。

「 お・ん・な に弱いってこと 。  さ、お嬢さん、わかったろう、

 ココはアンタの来るトコロじゃないんだ。 ・・・ お帰りねがおうか。 」

「 ハインリヒ! 」

 

 

私は二人の男たちのそんな遣り取りをぼんやりと見つめていた。

自分自身の扱いが問題になっているのだから、もっとドキドキするはずなのに、

なぜか他人事みたいに聞き流している自分に少し驚いたりもする。

 

短い間に あまりにもいろいろなコトが起こりすぎて

私の心が それらを上手に咀嚼し取り入れることが出来ていないからだ、と思う。

混乱し、ぼうっとした私の頭の中で はっきりと判っているコトはただひとつ。

 

 − 私。 このヒト ・・・ シマムラ ・ジョウ が好き。

 

これだけは感覚的に私の全身に染み透っている。

身体のすべてが 心のすべてが 細かく震えて彼を追っている。

私は全身全霊で ジョウを欲していた。

 

 − ・・・ 私  彼が  欲しい。

 

 

 

私は潜水艇のような不思議な乗り物 − 彼らはドルフィン号、と呼んでいた − の

船尾でぼんやりと海中を眺めていた。

ついさっきまでの騒動は夢だったかのように海の中はとろり、鎮まりかえっている。

魚の群れがときおり、平気でこの艇のすぐ脇を通り抜けて行く。

ほんの半時間前に、巨大な恐竜型のロボットの攻撃を受けキリキリ舞いしたのがウソのようだ。

「 ・・・ さっきは ・・ ゴメン。 」

「 え・・・ 」

 

・・・足音がしないので 私は全く気が付かなかったのだが。

静かに航行する艇を操縦しているとばかり思っていたジョウが 私のすぐ後ろに立っていた。

 

「 びっくりしたろ。 どこも・・・打ったりしなかったかい。 」

「 え、ええ・・・ 大丈夫です。 」

「 よかった。 ・・・あの、004 ・・・ いや、ハインリヒのことだけど。

 彼に その・・・悪気はないんだ。 ただ。 」

彼は茶色の前髪の陰に困った顔を見せている。

「 ぼくらの敵の様子、すこしはわかったと思う。 さっきの攻撃なんてほんの序の口だけど。

 あんなヤツラを相手にしてるから、物凄く神経質になってるんだ。 」

「 ええ・・・ わかります、ゼ・・・009 」

「 あは、ジョウ、でいいよ。 君はお客さんだし非戦闘員だ。 」

「 はい ・・・ ジョウさん。 」

「 <ジョウ>。 ・・・ ヘレンさん、じゃなくて ヘレン? 」

「 ・・・あ ・・・ はい。 ・・・ ジョウ。 」

「 オッケ−♪ ああ、やっと少し笑ってくれたね。

 本当なら君を安全な場所まで送って行きたいんだけど。 

 ちょっと状況が厳しくなってしまった。 僕らと一緒に居るほうが安全かもしれないし。

 ・・・ 故郷 ( くに ) は ・・・ イギリス、だったね? 」

「 ええ。 ロンドンです。 」

「 う〜ん・・・ 申し訳ないけど・・・ もう少しココに居て欲しい。 」

「 ・・はい。 ゼロ・・・ いえ、ジョウ。 」

それまで俯いていた私は 勇気を出して顔を上げた。

意外な近さに 彼の、ジョウの笑顔があった。

・・・ セピアの瞳に優しい光が瞬いている。

私は思わず脚の力が抜け ふらり、とバランスを崩してしまった。

 

「 ありがとう、ヘレン。  あ、危ない・・・ 」

咄嗟にジョウは私の身体を抱きとめてくれた。

「 大丈夫かい・・・ 」

「 ・・・ ジョウ ・・・ 私 ・・・ あなたが ・・・ 」

頬を伝い落ちる涙が私の言葉を途切らしてしまった。

「 ・・・ ヘレン ・・・ 」

「 ・・・ ぁ ・・・・ 」

 

気がついた時には 彼の唇が私の唇を覆っていた。

彼は ・・・ 温かかった ・・・・

 

音を殺して去ってゆくブ−ツの音が微かに聞こえたが

そんなことは もうまったく気にはならなかった。

 

・・・ 私は 彼が 好き。

 

 

 

翌日、小型潜水艇は日本へと戻った。

そして、彼ら − ジョウと004という青年は −  <仲間>を迎えに行くのだ、と姿を消した。

私は 海辺の古い洋館に白髪の老人とあの不思議な赤ん坊とともに取り残された。 

時が来るまでとりあえずそこで暮らしていて欲しい、とジョウは言い、どこかへ旅だったのだ。

 

・・・ 時 ・・・? また・・・あんな戦いが起きるのだろうか。

 

私は ・・・ なぜか自分でも訳がわからない恐怖心に駆られぶるぶると震え続けた。

こわい。

・・・でも、 いったいなにが・・・?

ジョウ、お願い。 早く帰ってきて。 そして ・・・ 私を抱き締めて!

穏やかな時間を過しながらも、私は一人不安に慄いていた。

何が。 何が ・・・ こんなに恐ろしいのだろう・・・

・・・ わからない ・・・

 

老人はギルモア博士といい、私の父と同じようにB..のもとに居たという。

父のことはわからないが、安心してここにいるようにと言ってくれた。

 

「 あの・・・ 仲間って・・・その、サイボ−グの方たちって 沢山いらっしゃるのですか? 」

「 わしらの仲間はこの001も入れて9人じゃよ。 」

「 9人 ・・・ 」

「 さよう。 ま、おっつけ皆揃うじゃろう。 大丈夫、皆気のいい連中さ。 」

「 ・・・ はい。 すみません、ご迷惑をおかけします。 」

「 いやいや・・・。 すまんのはこっちで。 」

ギルモア博士は笑って 赤ん坊を足元のク−ファンから抱き上げた。

「 ちとお願いしたいのですがな ・・・ ちょっとこの子を抱いていてくれませんか。

 わしゃ、ミルクを作って来ますよって。 」

「 あら、それなら私が・・・。 どうぞ、博士はここにいらしてください。 」

「 おお・・・ そうかな。 すまんですな。 」

「 いいえ ・・・ 」

ご老人を働かせるわけにもゆかないし ・・・ 私はちょっとあの 001 と名乗る

赤ん坊が怖かったのだ。

私は 足早にキッチンに向かった。

 

「 博士 ・・・ 気ヲ付ケテ。 」

「 うん? おお、イワン、目が覚めたかい。 」

「 ウン、サッキカラ・・・。 博士、ボクニハアノ女ノ子ノ心ガ読メナイ。 」

「 読めないって、なぜかね。 」

「 ワカラナイ。 何カ霧ノ様ナモノガ邪魔ヲシテイルンダ。 」

「 ふむ ・・・ ? 」

「 ・・・ ヤツラノ手先トハ 思エナイケド・・・ 」

「 まあ、皆が揃えばなんとかなると思うがの。 」

「 ボクモソウ願イタイヨ。 」

 

なぜか ・・・ 離れたリビングにいる彼らの会話が私には判ったのだが

素知らぬ顔をしていた。 やはり無用の波風はたてたくなかった。

 

それにしても・・・。

・・・ ジョウ、はやく。 早く帰ってきて ・・・ 

 

 

「 ニ−ハオ。 おや、お客さんアルか。 初めまして、ワテは張々湖、いいますねん。」

「 ・・・オレ、ジェロニモ・Jr。 よろしく、お嬢さん。 」

「 ヘイ。 ジェット、ジェット・リンクってんだ。 ヨロシク♪ 」

「 おうおう・・・ ココで同郷のお嬢さんとめぐり会えるとは。 

 拙者、グレ−ト・ブリテンと申すよ、ミス。 」

「 ・・・ジョウは? ああ、アフリカに回ったのか。 」

 

数日の中に実にさまざまなオトコたちがこの邸に集まってきた。

・・・全く多彩としか言いようがない。

あの銀髪の青年も、幾分か機嫌を直した風に思えた。

私は出来る限り一生懸命家事を手伝った。

張々湖、という丸まっちい中国人が料理の一切を引き受けていたので

ほんの助手程度だったが・・・

彼は陽気で 人当たりがよく、私に向ける視線も穏やかで優しかった。

 

 

・・・ そして。 あのヒトがやってきた。

 

 

「 ごめんなさい! 遅くなってしまったわ。 まあ、皆揃っているのね?

 ・・・ あら? こちらは・・・? 」

 

涼やかな声音とともに軽い足取りで誰かがやってきた。

 

 − ・・・・ 女性 ???

 

一瞬 あたりがぱっと明るくなった、と思ったのは私だけではないと思う。

居合わせたオトコどもは皆、眩しそうな視線を彼女に向けた。

 

・・・ なんという華やかな女性 ( ひと ) ・・・ !

金髪よりも柔らかな色合いの髪が白磁の頬を彩り、整った顔立ちを一層引き立てている。

大きな青い瞳、その優しい光が彼女の美貌を温かいものにしていた。

 

「 おお、マドモアゼル♪ 我らが姫君・・・ 」

グレ−トと名乗った中年オトコが慇懃に跪き彼女の手にキスを落とした。

他の連中も それぞれ親愛の情をはっきりと見せていた。

私はおずおずと彼女の前に進み出た。

俯きかげんだったのは ・・・ 恥ずかしいから、ではない。

・・・ 私の表情 ( かお ) を見られたくなかったから。

 

「 ・・・あ、私。 あの ・・・ ヘレン、といいます。 ジョウ・・・さんに

 助けて頂きました。 」

「 まあ・・・ そうですの。 わたし、フランソワ−ズ・アルヌ−ルといいます。

 どうぞ ・・・ 宜しく・・・ 」

「 わたしこそ・・・ お邪魔しています。 」

・・・ 私達は にこやかに握手をした ・・・ 傍目にはそう見えたと思う。

 

彼女と 眼 が合った。 ・・・ いや、 ぶつかった。

 

 

  − ・・・! この 女 (ヒト) は・・・! 

 

 

私には彼女の思いがわかった。

・・・ 同時に 彼女にも私の思いが見通せたはずだ。

 

さきに、瞳に柔らかな光を湛えたのは ・・・ 彼女だった。

「 嬉しいわ、ココで女の子に会えるなんて。 」

「 ・・・ 私も ・・・ 」

私はぎこちなく微笑んだけれど、心の中では唇を噛み締めていた。

 

 − ・・・ 負けたわ。  緒戦は 完敗。

 

彼女 − コ−ド・ネ−ムは 003、といった − の優しい包容力に

私は手も足もでなかった。

そして 同時に。 これは本能的・直感かもしれないが、私には彼女の心が 見えた。

 

 − わたしは ジョウが 好き。

 

どのくらい彼らが<仲間>であるのかは判らなかったが、

彼女、003の心の中には片思い、とか思慕とか・・・そんな段階をとうに超えた

想いがあるのは 確かだと私は感じていた。

 

・・・ ジョウは? 彼は ・・・ どう思っているのだろう。

こんな美女を仲間に持って。 でも。 あのキスは ・・・ 同情 ・・・?

私は唇の上に、舌の上に、<彼>の感触を蘇らせそっと呟いた。

 

ジョウ。 ・・・あなたは ?

 

海辺の古びた洋館にはようやく活気が漲ってきていた。

これで ジョウが帰ってきてくれれば。

あの彼女のことは気にかかってはいたが、それ以上に私は 彼が恋しかった。

 

 

 

事態が急変したのは翌日だった。

ジョウは ・・・ 帰ってきた。

 

・・・ そして。

 

それからどっと押し寄せてきた事柄を、私はあまり思い返したくない。

海中で危うく窒息しかける、というとんでもない体験もしたけれど、

それ以上に、彼ら − サイボ−グ戦士たち − の苛烈な現状を垣間見て

ショックだったのだ。

 

それでも。 彼と ジョウと同じ屋根の下に暮らしているのは心休まることだった。

 

振り向けば呼吸 ( いき ) がかかる距離に、彼が いる。

何気ない動作で 手が触れ合う時もある。 視線が合う。

まるで初めて恋したコムスメみたいに 私の心は弾んでいた。

 

でも。

 

「 ジョウ? お茶はいかが。 

「 あ・・・ うん。 ありがとう、ちょうど飲みたかったんだ・・・

 わぁ〜 きみのカフェ・オ・レはやっぱり最高だね。 」

「 うふふ・・・・ ジョウのはミルクのコ−ヒ−割り、でしょ。 」

 

彼の隣にはいつも あの女 ( ひと ) が居た。

二人の何気ない遣り取りから 彼らの気持ちが滲みでていた。

・・・ この二人は。 お互いの気持ちに気がついているのだろうか。

 

「 お夕飯の支度、手伝います。 」

「 あら、嬉しいわ〜。 今日は大人が出かけているから・・・ 

 一人でどうしよう〜って思っていたの。 助かったわ、ありがとう、へレン。 」

「 そんな・・・ 私だって ココの住人ですもの。 」

実際、彼女は一人でも充分キッチンを切り回せる腕を持っていたが

屈託なく喜ぶその笑顔に 私まで惹き込まれてしまう。

同性から見てもこんなに魅惑的なヒトが側にいて何も無いわけがない、と思う。

彼らは<仲間>であり、同じ境遇を共有しこれからも ・・・

私の割り込む隙間などどこを捜しても見つかりっこなくて・・・ だから・・・

 

 − だめ ・・・ っ!

 

だめだ、どうしても。

どんなに理性で理由を論い理屈を捏ね回し なんとかこの気持ちをはぐらかそうとしても

・・・ だめ。 どうしても ・・・ だめだ。  諦めるなんて ・・・ できない!

 

 − それでも。 わたしは ジョウが 好き。

 

 

 

星の綺麗な穏やかな夜だった。

もっともどんどんと郊外に車進めているのだから、静かで当たり前なのだけれど。

彼の運転する車の滑らかな音だけが響いている。

私はつい今しがたの奇妙な体験のショックで すこしぼうっとしていたらしい。

 

・・・ あら。 ジョウってこんなに無口だったかしら。

 

そっと盗み見た彼の横顔は相変わらず端正で、眉ひとつ動かさない。

夜目にも彼の頭の包帯は白く衝撃的で私はとうとう黙っていられなくなってしまった。

 

「 ジョウ・・・ なぜ ・・・・ 黙っているの。 」

「 ・・・ あ ・・・ うん。 」

相変わらずじっと前を見つめたまま、彼はちらとも私を見ない。

路肩の木々がだんだんと減ってきて、道路は拓けたカンジになってきた。

車はかなりのスピ−ドで山を降り、海岸の方へと向かってゆく。

 

・・・ まだ、帰りたくない ・・・

 

どんな状況であれ、私はもう少し彼と二人っきりの時間を過したかった。

 

「 ・・・ まだ私を疑っているの・・・ 」

自然に涙声になってしまった。

彼は ・・・ ちょっと驚いた風で ・・・ やっと私に顔を向けた。

「 ちがうよ、それは違う。 」

「 ちがうって・・・ なにが。  ・・・ 私、やっぱりあなたと一緒にいるべきじゃ

 なかったわ。 ・・・ 私、降りるわ! ここで降ろしてちょうだい。 」

私はドアの取っ手に手を掛けたが、彼の力強い腕で引き戻された。

「 ヘレン・・・! 」

「 ・・・ あ ・・・・ 」

とん、と私は頭から彼の胸に突っ込んでしまった。

ふわり、と ・・・ 彼自身の温気が私を被った。

 

・・・ ああ・・・! ジョウの ・・・ 匂い ・・・!

 

くらくらと眩暈に似た恍惚感に、私は思わずそのまま彼の胸に頬を押し付けた。

彼は少し車のスピ−ドを落とし、片手で私の頭をそっと撫でた。

 

「 ・・・ごめん。 無関係の君を巻き込んでしまった上に、あらぬ疑いをかけてしまった。

 今夜もわざわざ遠くまで一緒に行ってもらって ・・・  本当に ・・・ ごめんね。 」

「 ・・・ ジョウ ・・・ 」

「 ドルフィン号の中でも言ったけど。 僕らの敵は・・・強大で手強い。

 たった9人しかいない僕らはいつも神経を尖らせているんだ。 だから・・・ 」

「 ・・・ ジョウ ・・・ ごめんなさい。 」

「 ・・・ ヘレン ・・・ 」

私はたまらなくなって 彼の顔を見上げた。

ほろほろと涙がつたい、彼のシャツをぬらしてしまう。

「 泣かないで ・・・ ほら。 月が ・・・ 綺麗だよ。 」

「 ・・・ まあ、ほんとう ・・・  」

いつの間にか車は海岸縁の崖まで来ていた。

静かに止まった車から彼は頭上を指して ちょっと笑った。

 

大きな月が蒼白い光を辺りいっぱいに投げかけていた。

その冷たい明るさは 優しく、でも淋しい陰をも含んでいた。

 

「 ・・・・・・・ 」

「 ・・・ あ ・・・ 」

 

ふいに ・・・ 彼の腕が私を引き倒し・・・ 温かい唇が私の少し冷えた頬をたどり

彼の熱い舌が私の中に入ってきた。

夢中で取り縋り、舌を絡め・・・ 私の感覚は一点に絞られて行った・・・

随分と波の音が静かな夜だ、と頭の片隅で思っていたのは ・・・ なぜだろう・・・

 

 

 

「 ただいま。 」

「 ・・・ ただいま帰りました。 」

夜もかなり更けてから、帰宅した私たちにギルモア博士も他のオトコたちも

一様に非難の眼差しを向けた。

もっとも 大概はジョウの怪我を心配してのことだったが・・・

「 ちょっと ・・・ ドライブに。 ヘレンと一緒に ・・・ ね? 」

「 え・・・ええ。 」

 

「 ・・・ まあ ・・・! 」

 

彼の下手な言い訳にただ一人。 

皆が苦笑する中、彼女だけが ・・・ 表情を険しくし音をたててドア閉めた。

 

 − ・・・ 今日は 私の勝ち、ね。

 

初めて見る彼女のキツイ表情は 美しかった。

ちら、と見ただけだったが 紅潮した頬が素晴しく綺麗だった。

 

・・・ やっぱり。 ねえ、アナタも恋しているのね。

 

私はジョウの陰で 慎ましく顔を伏せていたが

口元に浮かび上がってくる笑みを押さえるのに苦労していた。

今夜は よく眠れそう。

私は 彼の熱さの余韻を楽しんでいた。

 

 

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 

普通に歩いているのに、この邸の廊下はほとんど足音が響かない。

一見古びた洋館なのだが、内部は驚くほど最新式だった。

なんだか火照ったままの身体を持て余し、私はキッチンに水を飲みに降りた。

冷蔵庫から持ってきた水のボトルをそっと頬に当てる。

ひんやりとしたその感触を楽しんで、私は廊下を取って返した。

 

 ・・・ あら。 

 

私の姿が階段から完全に現れる寸前に ・・・ 誰かが角にある部屋のドアに

吸い込まれていった。

音もなくドアは閉まったが ・・・ 残った空気が入っていった人物を教えてくれた。

この薫り。 ・・・ ジョウのコロン ・・・

そして。

その部屋は ・・・ 彼女の 部屋。

 

私は手にしたボトルを取り落とさないことに全身の力を集中させなければならなかった。

・・・ 冷たい・・・! 

こわばった指に ちいさな水のボトルは冷たすぎ、重すぎた ・・・

束の間のウキウキした気分は跡形もなく消えた。

残ったのは ・・・ 惨めな 私。

 

その夜。 

枕に顔をきつく押し付け、毛布を被り・・・ 私はきゅっと目を瞑り、両手で耳を覆っていた。

聞こえるはずのない音がアタマの中で鳴り響き

見えるはずのない光景が眼裏でフラッシュする。

 

やめて やめて やめて ・・・

 

私は身じろぎもできずに朝の光を迎えた。

 

夜明けの少し前、 廊下側でドアがそっと開いて ・・・ ゆっくりと閉まる音がした。

 

 

 

 

そして。 いま。

私は。 私たちは ・・・ 地下にいる。

 

ぼんやりと開いた眼に、一番初めに映ったのは見慣れた岩盤の天井だった。

やがて聞こえてきた波音で、 ここが地下海の畔だということがすぐにわかった。

でも。 どうして ・・・ ?

 

 − ・・・どうしていたのかしら・・・

 

私はふらつく頭を抑え、そろそろと身を起こした。

・・・ なんだか靄に取り巻かれたみたいな気分である。

 

・・・ いた ・・・・

 

手足のあちこちにスリ傷ができている。

でも・・・ なんとか無事に生きているみたいだった。

 

ごちごち背中が痛かったのは 私が倒れている岩場のためだった。

眼が薄闇に慣れてくると、近くに誰かが、何人かが ・・・ 倒れているのが見えた。

・・・ 妹達ではない。 みんな奇妙な赤い服を纏っている。

 

端正な横顔の青年と 素晴しい美貌の女性。 ドジョウヒゲの太った中年男。

屈強な大男は赤ん坊の入った箱をしっかりと抱えている。

 

この人たち。 ・・・ 誰 ・・・?

 

呆然と見つめている私に 妹たちからの<声>が次々と入ってきた。

妹たちは今までの<本当の>出来事の一部始終を報告してくれた。

 

 ・・・・ そんな ・・・ そんなことって ・・・

 

信じられない事実の連続に私はとうとう頭を抱えて蹲ってしまった。

そして

同時に心の底からふつふつと湧き上がってくる 熱い想い に我ながら驚いていた。

 

 − ・・・ 私は ジョウが 好き。

 

<ジョウ>というのは ・・・ この茶色い髪の青年のことだろうか。

私はそろそろと近づき そっと彼の顔を見つめた。

 

「 ・・・む ・・・ああ ・・・ ヘレン ・・・ 無事だったかい? 」

赤い服の青年は頭を振りゆっくりと起き上がった。

他の人々の意識も戻ったが、皆一様に怪訝な表情だった。

「 ・・・ 私が ・・・ なにもかもお話しますわ ・・・ 

「 君が ? 」

私は 必死で震えを押さえて長い長い物語を話始めた。

 

 

 

 

「 私 ・・・ 私たち ・・・ 」

「 行きます ! 」

「 だ、だめだっ! 」

「 よせ、行くなっ」

私と妹を呼び止める彼の瞳は こんな時にも優しい。

・・・ その眼で見つめてくれるだけで ・・・ もう、充分だわ。

 

 − 私。 行きます ・・・ 

 

妹と共に私は彼らに背を向けて歩き出した。

・・・ さようなら ・・・ ジョウ

 

< あなたが好き! ・・・ アルベルト!>

隣をあるく妹のビ−ナの思考が飛び込んできた。

それに呼応するように あの銀髪に青年が叫んだ。

 

「 ビ−ナ ・・・っ!! 」

妹は一瞬振り返り ・・・ 微笑み ・・・ そして直ぐに顔を背けた。

 

・・・ そうね、ビ−ナ。

あなたも 知っている、わかっているのね。

 

  この恋は 実らない

  この愛は 消えてゆく

  でも

  私は 彼が 好き。

 

 

死の暗黒に呑み込まれる寸前まで 私は彼の名を呼び続けるだろう。

妹もまた・・・。

 

 アナタが ・・・ 好き。 どうしようもなく、ただ・・・ 好き。

 

始めから、そう、出逢った時から。 どこか・・・頭の隅で私は感じていた。

いや、はっきりと知っていた・・・のかもしれない。

ただ、気付かないフリをしていただけなのだ。

 

どんなに恋しても いくら愛しても。

行き着く果ては 孤独の闇・・・

この恋は ・・・ 行き場がない。

この愛は ・・・ 応えてもらえない。

 

でも ・・・・ それでも いい。

 

 

私は 息絶えるその瞬間まであなたのことを想っています。

せめて。 せめてあなたも。 この世の最後に 私の面影を思い浮かべてくれますように・・・

 

さようなら ・・・ ジョウ

 

あなたに 会えてよかった。

 

 

私は妹と共に岩伝いに ・・・ アイツの許に歩いた。

なにが待ち受けているかは 充分にわかっていた。 

それでも。

私たちは 行かねばならない。

 

・・・ その瞬間は すぐにやってきた。

アイツのレイガンが 私たち姉妹の身体を貫いた・・・

 

 

 ・・・そう。

 私は ずっとこの瞬間を待っていたのかもしれない。

 ただ ・・・ 哀しみだけが

 私の心を 私の生命 ( いのち ) を 黒々と蓋っていった。

 

 

 ・・・ 愛しているわ ・・・ 私の ゼロゼロ ・・・ ナイン ・・・

 

 

 

 

                 ***********

 

 

 

 

・・・ 身体が 熱い ・・・ 身も心も ・・・ 溶けてゆく ・・・

ああ ・・・ もう。 これで いい ・・・

これで ・・・ いいんだ。 すべて 終りに したい ・・・

 

 

009が 最後に見たものは。 

落ちて行く先の惑星( ほし )の 青さ。

そして

もっと深く・ もっと温かい 青の瞳をもつ少女の面影。

 

薄れ行く意識の中で 彼、009は かの女 ( ひと ) の名を呟いた。

 

  ・・・ フランソワ−ズ ・・・・

 

 

 

 

   この恋は 実らない

   この愛は 消えてゆく

   でも

   私は あなたが 好き。 

   ただ・・・どうしようもなく 好き・・・

 

そんな少女の願いは 闇夜に呑み込まれていった。

 

 

*****   Fin.    *****

Last updated: 05,09,2006.                          index

 

 

***  ひと言  ***

ジョ−を巡る女性達のなかで比較的地味な存在・・・かも、です>>へレン。

でも ジョ−が最後に心に描いた面影・ベストスリ−?の中のひとりですからね♪

ジョ−だって ・・・ 好きだった、と思います。( ごめ〜〜ん、フランちゃん〜〜 )