『 ウチの家族 ― (2) ― 』
ゴソゴソ ・・・ カサカサ ・・・ カリコリ ポリン ・・
オヤツのカリントウを齧りつつ すばるはずっとキッチンでなにか作業をしている。
といっても調理をしている様子はない。
彼の < キッチン・引きこもり > はいつものことなので
フランソワーズはたいして気にもとめていない。
料理は 彼の大切な趣味 ・・・ らしい。
「 おか~さん バニラ・エッセンス~~ ない? 」
最近 金茶色っぽくなってきたクセっ毛のアタマがひょっこり覗いた。
「 え ・・・ 調味料の棚にあるでしょ? 」
「 あ~ 使っちゃったんだ~ 新しいの、買ってある~~ ? 」
「 使っちゃった?? ・・・ しょうがないわねえ ・・・ 」
母は ぶつくさいいつつキッチンに入ってきた。
「 確か ・・・ ストックの棚にあったはずよ 」
「 さがして~~~ 」
「 ・・ もう ・・・ 自分でやりなさい。 」
「 いいじゃん ごちゃごちゃすぎてわかんないし~~ せいりせいとん って知ってる?」
「 ・・・・ 」
この! と思いつつ 母はだまってストックの棚に首をつっこんだ。
島村 すばる。 ジョーとフランソワーズの長男。
見た目は チビの頃からジョーにそっくり。 ミニチュア版 ・ ジョー だ。
赤ちゃんの頃から くりくり茶色のクセッ毛でほんわか笑うその顔に
フランソワーズはくらくら~~~♪ やられっぱなし なのだ。
チビの頃は < いつもにこにこ・すばるクン >、 どこへ行ってもモテモテ ・・・
活発でお転婆な < 姉 > の後ろをいつでもにこにこ くっついて歩いていた。
小学生高学年になってからは 少しづつ様子が変わってきて
姉よりも < しんゆう > わたなべクン と行動することが増えてきた。
その息子の趣味が 料理 なのだ。
「 え~~っと ・・・ ああ あったわ、 はい。 」
「 サンキュ~~ 」
小さなビンを すばるは大喜びで受けとった。
「 ・・・ なにに使うの? もうクッキーは焼き上がっているのでしょう? 」
「 あ? ウン ・・・ 」
「 無駄遣い しないでね? バニラ ・ エッセンス なんてほんの一滴
使えば十分なのよ? 」
「 わ~かってるって ・・・ これをさ ちょ・・・っと 」
「 ?? 」
彼は 山になっている小さな包みを一つ取り、上からほんの少しバニラ・エッセンスを垂らした。
「 え?? 紙に ?? 」
「 ん~~~ ・・・ ほ~~ら いいニオイ~~~ 」
「 ん? ・・・ あら ホント ・・・ 」
丁寧にラッピングした小さな包みからは ほんのりバニラが香っている。
「 へえ ・・・ スゴイこと 知ってるのね~ すばるクン 」
「 えっへっへ~~~ 」
「 ・・・ これ、 全部明日 くばるの? 」
「 ウン。 チョコの < お礼 > だも~~ん 」
「 そ ・・・ ねえ? お母さんにも ・・・ くれる? 」
「 え? さ~~ どうかな~~~ 」
「 え~~~ ヴァレンタインにチョコ あげたでしょう~~~
ねえ ねえ お母さん すばるのクッキ~~~ 食べたいわあ~~
」
「 あは それは~~ 明日のお楽しみ さ。
さ~~てと・・・ これを紙袋にいれて・・・っと ・・・ お? この袋 」
すばるは キッチンの隅に置いてあった袋を覗きこんでいる。
「 あ それ ・・・ お父さんのだから ・・・ 」
「 おと~さんの? ・・・ あ~~~ お母さん、買ってきたヤツ? 」
「 ・・・ だって仕方ないでしょう? チョコ、たくさんもらってきたんだから・・・ 」
「 あ~ そうだね~ おと~さん 自分でやればいいのに 」
「 ・・・ 忙しいの、お父さんは。 お仕事、大変でしょ? 」
「 ふ~~ん ま いいけどさ 」
息子はひょいと肩を竦めると 自分の袋を大事そうに持って自室に消えていった。
ふう ・・・ まったく。
母は どんどん父親そっくりになってきたその後ろ姿をため息で見送った。
― 一月前の チョコの日。
フランソワーズの息子は 小さな包みを い~~~~っぱい持って帰ってきた。
誰かさんみたいに無造作に紙袋に突っ込んで ・・・ じゃなく、大事そう~に抱えていた。
「 え? だって 僕 ウレシイもん♪ チョコ~~ だいすき 」
「 うれしそうねえ すばる君? 」
母の問いに すばるは屈託のない笑顔で応える。
「 どなたから頂いたの? 」
「 えっとね~~ 上級生のおね~さんに~ 部活女子部の先輩でしょ~
給食のオバサン ・・・ あ こっちはね~ 交通指導員のおばちゃんだな~
えっとこれはぁ~ 商店街のぉ 八百屋さんのオバサンだよ 」
「 ・・・ ふうん そうなの。 クラスの女子とかからは ? 」
「 ないよ~ クラスの女子は み~~んな上級生の男子とか 部活の先輩とかに
あげてるらしいよ~ 」
「 ああ そう ねえ ・・・ オンナノコはおマセさんだから 」
「 ふ~~ん ? 」
すばるはたいして気にしいる様子はない。
あ~~~ このコってば年上好み なのかしら ・・・
将来は 姉様女房 ってこと?
まあ それもそれなりにいいけど・・・
母としては ちょっとばかり複雑である。
「 皆おいしそうだな~~ お母さん、 好きなの、 食べていいよ? 」
「 これはすばるが頂いたものでしょ。 すばるが食べたら?
あ! いっぺんに全部は ダメよ。 」
「 わ~かってるも~ん。 今日はちょっとかざっとく。 おと~さんにも見せたいし~」
「 そう? お父さん、今晩も遅いから ・・・ リビングに置いておく?
誰も食べないから ・・・ 」
「 そ~だね~ ココにかざっとくね~ 」
すばるはハナウタ気分で 色とりどりの小箱を積み上げた。
・・・ やっぱり ジョーのムスコねえ ・・・
フランソワーズはこそっとため息をつき彼の横顔をつくづくと眺めるのだった。
― そうして 一月後。
「 おか~さん キッチン使うね~ 僕~ 」
日曜日の午後 すばるがふらり、とキッチンに入ってきた。
「 すばるクン? お腹空いたの? カップ・ラーメンとかあるわよ? 」
「 お腹 空いてないも~ん あ オーブン使っていいよね~
」
「 どうぞ? あ・・・ 晩ご飯の用意するまでに終わる? 」
「 終わるさあ~ えっとスケールと計量カップ と・・・ 」
すばるは至極ご機嫌で 器具類をどんどん出し始めた。
「 あ の なにか作るの ? 」
「 あ? あ~~ あのね~ くっきーさ。 」
「 クッキー?? 」
「 そ。 14日に < お返し > するんだ~~ 」
「 14日 ・・・? あ! ほわいと ・ で~ ・・・!
」
「 ぴんぽ~~ん 」
「 いっけな~い なにかお菓子、用意しなくちゃ・・・
あ ね~~ぇ すばるく~~ん? すばるクン特製のクッキ~~~ 少し
お父さんの < お返し > 用に分けてくれな~い ? 」
「 やだ。 お父さんの ってい~~~っぱいじゃないかあ。
僕は オイシイチョコをくれたヒト達に ありがと~~ってするんだもん。
」
いつもはほっこり系のムスコは にべもなく拒否した。
「 え ・・・ そこをなんとか ・・・
」
「 やだ。 お母さん、 今からだったらスーパーで買ってこれるよ?
僕はこれから クッキー作るんだ。 あ お母さんの分はちゃんとあるからね 」
「 ・・・ アリガト。 ああ じゃあ ちょっと買い物行ってくるけど・・・
一人でオーブン 大丈夫? 」
「 おか~さん? 僕 すぴかじゃないよ? キッチンのことは任せてよ。 」
「 はいはい ・・・ じゃ 大急ぎでいってくるわ~~
今年は何個買えばいいかなあ・・・ もう~~ まったく ・・・
あ すばるクン 御留守番おねがいね~~
」
「 おっけ~~ 」
「 じゃ ね。 あ オヤツの時間になったら チョコ出していいわ。 」
「 おか~さん びっくりまん チョコ 買ってきて~~
」
「 他のチョコ 家にありますよ 」
「 だって~ お菓子かうついで~~ 」
「 買うのは! お父さんのホワイト・デー用だけです~~ ああ もう・・・ 」
母はぶつくさ言いつつ コートを引っ掛け飛び出していった。
「 あ~ 残念~~ ま いっか。 さ~て と。 粉 ふるって~~・・・
アイス・ボックス クッキーなら簡単で数もできる~~っと 」
すばるは 小麦粉の袋やらボウル、スケールをだしてくると ちゃっちゃと作業を開始した。
いつもにこにこ・すばるクン ・・ は 中坊になってからちょっとづつ変わってきた。
ほんわか・スマイル と しんゆう・わたなべ君との楽しい交遊 は変わっていないが
― 茶色の髪がすこしづつ金色っぽくなってきた。
父の髪から母の髪に近くなってきた・・・という雰囲気だ。
「 へ~~~ アタシと代わりばんこかも~~ 」
最近 髪の色が濃くなってきた姉は くしゃくしゃ・・・ 弟の髪を弄る。
「 やめろよ~~~~ 」
「 あは すばるの髪ってくるん くるん~~だね~~~ 」
「 やめろってば~~ も~~ 」
「 ね~~ 部活 どう? 」
「 べつに~~ 普通。 」
「 え~~ 普通ってさ~~~ もう矢をうつの? 」
「 矢は 射る っていうんだ。 まだ。
」
「 ふ~~ん ・・・ 」
同じ日に生まれた姉にけっこう構われるのだが 平然とかわしている。
すばるは 中学生になると 弓道部 に入部した。
「 ― やってみたいから 」
ど~して? と 聞く 母や姉に彼は憮然として答えるのみだ。
「 ほう? すばるは弓道かい。 いいじゃないか。
落ち着いたすばるにはぴったりかもしれんな。 」
「 そう思う おじいちゃま 」
「 ああ。 すばるはじっくり一つのことに集中できる性格だからな。 向いているよ 」
「 僕 ・・・ がんばる! おじいちゃま 」
「 よしよし・・・ 期待しているぞ 」
博士に大いに背中を押してもらい 彼は黙々と精進している。
「 弓道? へえ・・・ アーチェリーじゃなくて和弓か 」
ジョーは息子の選択に 少し驚いた風だった。
「 うん。 」
「 マトに当てる ってことに興味を持つのはウチの特徴かもな~ 」
「 ?? 」
「 すぴかはシュート名人だろ。 お母さんはああみえても射撃は百発百中のヒトなんだ。」
「 へ~~~~~~ ・・・ お父さんは?
」
「 ・・・ あ~~~ お父さんは 百発八十中くらい ・・・ かも 」
「 ふ~~ん お父さん ヘタクソなんだね 」
「 え あ ・・・ま まあ な 」
天下の009に ムスコは容赦なく言ってのけた。
・・・ う~~~ ・・・
しっかし 射撃でフランには勝てないってのは真実だからな ・・・
でも 弓道部 か。 ふ~~~ん アイツはそういうコトに興味があるのか
ジョーは息子の新たな面を見つけ、楽しみになってきた。
― そして。 2月の14日。
ジョーのムスコは チョコの包みを腕いっぱいに貰って帰ってきたわけだ。
「 ふ~~ん ・・・ これがすばるの戦利品 か 」
夜遅く帰宅して ジョーはリビングの机に積み上げてあった包みの山をしげしげと
眺めた。
「 戦利品 だなんて。 すばるはと~~っても大事にしてるわよ?
ひとつ ひとつ 丁寧に開けて包み直して ここに置いたの。 お父さんに見せるって 」
「 ふ ふ~~ん ・・・ これってクラス・メイトからかい? 」
ジョーは 包みを一つ、そ~~っと摘みあげてみた。
ブルーと緑の紙できっちりラッピングしてあり < 島村すばるクンへ > と
カードが付いている。
ふうん・・・? 最近の女子って丸文字とかじゃないのかね?
えらくオトナっぽい字だな~~
「 あ~ それはね 交通指導員の方から ですって。」
「 こうつうしどういん? ・・・ あ~~ 緑のオバサンかあ
」
「 ?? そういう別名があるの? 毎朝国道のところでね おはよ~ございます~~って
ご挨拶しているんですって。 その方から 」
「 へ~~~ じゃ これは? 」
金色の包みをつまみあげる。
「 それは~~ ・・・ ああ 給食室のお姉さんですって。 」
「 ひぇ~~~~ ・・・ じゃ これは 」
緑の包みには金色のリボンが付いている。
「 ああ それはね、商店街の、ほら 帰り道に通るでしょ、あそこの中で
八百屋さん あるでしょ。 あそこのオバサンから 」
「 あ ~~ チビの頃からお使いに行ってる店だろ 」
「 そうよ。 」
「 ふ~~~ん ・・・ こっちのは あは 子供っぽい字だな 」
「 え~と それは弓道部の女子部の先輩から ですって。 」
「 ・・・ ヤルなあ~~~ アイツ~~~ 」
う~~~む~~~~ すばるのヤツ~~ 年増キラーか??
「 え なあに? としまえん って遊園地でしょ? 」
思わず呻ってしまった夫を妻は不思議そう~~にみつめている。
「 え??? あ としま ・・・ えん そう! としまえん!
今度皆でゆこうかな~~って 」
「 ― どうせなら ネズミ~ランドに行きたいわ~~ 」
「 そ っか ・・・? すばるのヤツ・・・? 」
「 って いうか~ わたしが。 ね~~~~ 今度 一緒に行きましょうよう~~ 」
「 え?? あ あの ネズミ~ランドに?? 」
「 そ! チビ達ヌキで デートしましょ♪
」
「 あ いいね~~~ デートしよ♪ ・・・ あの。 そのぅ・・・
今日のアレ・・・・ どうぞお願いいたします。 」
「 ・・・ 了解。 」
ジョーはリビングの隅に置いてある紙袋を指し 再び頭をさげた。
ふう・・・ なんとか なった・・・かな
しっかし。 すばるのヤツ~~~ まだまだチビだと思ってたけど~~
ふ ・・・ まあ な。 ぼくのムスコだからな~~
殊勝な顔をしつつも ジョーは心の中で息子にエールを送っていた。
― そして 一月後の十四日 の前日!
島村すばるクンは ご機嫌ちゃんでクッキー作りに精を出しているのである。
「 ただいまぁ ・・・ ふう~ あら いい匂い~~ 」
両手に買い物袋を下げ玄関のドアを開け ― フランソワーズは思わず声をあげた。
「 すばるく~~~~ん お母さんにもすばるクンのクッキー くださ~~い
」
「 おか~さん? おかえりなさ~い 」
キッチンからのんびりした声が聞こえた。
「 あ~~~ 荷物 重い~~~ ねえ すばるく~~ん
手伝ってぇ~~ 」
「 僕 今 洗いモノ中~~~ 」
「 ・・・ ちっ 」
003は盛大に悪態をつくと 大きな袋をひょいと持ち上げガシガシ歩きだした。
― ドサ。
「 あ~~~ 重かったあ~~~ 」
「 おかえりなさ~~い お菓子だけでそんなに重い?
」
「 ・・・ 重いです。 」
「 ふ~~~ん? あ おか~さん、これ。 」
ことん。 すばるはキッチン・ペーパーにのせた熱々クッキーを差し出した。
「 ! うわ~~~~ 焼きたて?? 味見させてくれるの? 」
「 味見 じゃなくて。 えっとぉ~~ ホワイト・デーで~す☆
一日早いけど~~ チョコのお礼。 はい どうぞ。 」
「 ・・・ キッチン・ ペーパーってのがちょっと・・・ だけど。
でもおいしそう~~~ ね ね 今食べてもいい? 」
「 ・・・ 手洗ってウガイ が先なんじゃね? 」
「 ― ハイ。 」
母は ダッシュで手を洗ってきて ― 息子の作品を賞味した。
「 ふ~~~~ん ・・・ アイツめ~~ ますます 年増きらーだあ 」
ジョーは憮然としている。
その夜 いつものごとく遅くに帰宅し、深夜の食卓に付いた。
「 あらあ~ でもね 自分で焼いたクッキーを丁寧に包んでいたわよ。
美味しいチョコのお礼だも~ん って 」
「 ふうん ・・・ あ 手製のクッキーなんて大丈夫なのかい?
他人様に差し上げるんだから 」
「 ノン ノン~~ すばるのクッキー、 超ウマよ~~~ 」
「 ・・・ マダム・シマムラ? 正しい日本語でどうぞ。 」
「 ・・・ とても大変滅茶苦茶に美味しいのであります。 」
「 ほう? 味見したのかい 」
「 ノン ノン♪ わたくしも~~ ヴァレンタイン・チョコのお返し を
頂きました♪ もう~~~~ 激ウマ・・・いえ 最高に美味でありましたわ。 」
「 ふ~~~ん ・・・・ ライバルは身近にいるって真実だな!
」
ジョーはなぜかず~~~っと不機嫌である。
「 え~~ なあにぃ 自分のムスコにヤキモチ焼いて~~ 」
「 しかし だな。 あ そうだ すぴかは? 」
「 すぴか? 」
「 ウン。 ほら 貰ってたじゃないか~ チョコ~~~ 」
「 ああ ・・・ すばるのクッキー、余りを貰ってキッチン・ペーパーで包んで
テープでくるくる巻いてお終い よ。 でもね~~ きっと大評判よ~
すぴかが作った! って思われちゃうでしょうしね 」
「 ふ~~~ん ・・・・ なんかフクザツな気分~~ 」
「 ジョーの娘も息子もモテモテです。 誰かさんみたいにね~ 」
「 え・・・ あ~ おっほん。 えっと・・・ ごめん・・・ 」
「 うふ 謝らないでってば。 ジョーのせいじゃないでしょ 」
「 ・・・ でも あ! わ 忘れてたァ~~~ 」
ジョーは 大慌てでリビングに置いたジャケットを取りにいった。
「 ?? 」
すぐにドタドタ駆け戻ってきた。
「 こ これ! ぼくから・・・ ホワイト・デーだけじゃなくて
いっつもこれからもず~~っと ・・・ スキです~~ 」
はい!っと小さな包みが手渡された。
「 いいのよ そんな気を使わないで ・・・ ヴァレンタインの日に頂いたし 」
ほら これ・・・と 指す白い首筋には金のチェーンが光っている。
「 でもな これ 絶対きみに似合う~~って思って。 開けてみて?
」
ビロードの小箱からは 薄水色の輝石のピアスが出てきた。
「 ・・・ まあ ・・・ キレイ~~~ 」
「 キレイな石 ・・・ 春の空みたいね
」
「 うん アクアマリン っていうんだって。
」
「 そう ・・・ ね どう? 」
「 あ~~~~ ぴったし! 思った通りだよ~~
」
チカリ、と輝くピアスが揺れる妻の横顔を ジョーは惚れ惚れ眺めている。
「 嬉しいわあ~~・・・ ジョー ・・・ ありがと♪ 」
ちゅ。 暖かいキスが頬に降ってきた。
「 えへへへ~~~ ぼくはきみにモテたいだけで~す 」
「 うふふ・・・ 大好きよ、ジョー 」
するり。 しなやかな腕がジョーの首にからまってきた。
「 ぼくも さ ・・・ ねえ 寒いんだけど 」
「 え? あら ヒーター、強くする? 」
「 ウウン ・・・ きみ がいい。 」
長い彼の腕が彼女の腰に回る。
「 ・・・ うふふ ・・・ わたし も ・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
「 じゃ 一緒にあったまろ 」
「 それがいいわ 」
彼は彼女を抱き上げた。
茶色の瞳が 柔らかい笑みでいっぱいになっている。
ああ ・・・ このヒトのこんな瞳・・・知っているのはわたしだけ ね
フランソワーズは 心の底から 身体の芯から 愛しさが湧き上がってくる。
すぴかもすばるも愛しているし可愛いなんて言葉ではとてもいいつくせない。
だけど ― ジョーへの愛しさは また別、 いや トクベツだ。
今だって 彼がほんの時だまみせる淋しそうな横顔が 彼女は胸が痛くなるほど愛しい。
もし このヒトが ― ごく当たり前の家庭でごく当たり前に育ったとしたら。
わたし ― そんなジョーを愛したかしら ・・・
・・・ ごめんなさいね、ジョー。
わたし、ジョーが 009 にされて本当によかったって思ってる。
だって ― わたしは このジョーが 好きなんだもの・・・!
「 ・・・ アイシテル ・・・ 」
相変わらず照れ屋の彼は ベッドの中でこそ・・・っと細君の耳元で囁いた。
「 ~~~~~ 愛してるわ ~~~ 」
「 ・・・・・ 」
ホワイト・デー前日の夜は あつ~~~く甘い空気でいっぱいになった。
「 ほわ~~~ ・・・ ! 」
ジョーは テラスで思いっ切り伸びをした。
「 う~~~ん ちょこっと暖かくなってきたな~~~ 」
崖っぷちにあるこの家は 広い裏庭の後ろは雑木林につながっている。
裏庭は 温室だの物干しだのがあり 子供たちの遊び場でもある。
「 いい天気だな~~~ 布団 干そう! お~~い?
」
「 はい? 」
彼の愛妻が 洗濯モノでいっぱいの籠を抱えて現れた。
「 あ お早う~~~ フラン~~~ んちゅ♪
」
「 ~~~♪ おはよ ジョー 」
顔をよせあい軽くキスを交わす。
「 あ それ、干すんだろ? 」
「 そうよ~~ こんなにいいお天気だから洗えるモノ、全部洗ったわ。
これ乾して また洗うわ。 ジョー、シーツとかパジャマとかもっていったから 」
「 へいへい ・・・ あ ぼく 乾してくる! チビたちも手伝わせてさ。 」
「 わあ お願いできる? 」
「 もちろん! 布団も干すぞ~~ お~~い すぴか~~~ すばる~~~
布団、もっておいで~~ 」
「 なに~~~ おと~さん~~ 」
「 おとうさん~~ 干すのぉ?? 」
子供たちの元気な声が返ってきた。
シュ ・・・ ッ パシッ ! と~~ん ・・・ えいっ!
「 お~~ ナイス・シュート~~ すぴか 」
「 えへへ・・・ 次はもうちょっと後ろから 」
洗濯モノを乾すジョーの側で すぴかがシュートの練習をしている。
標準よりかなり高い位置にバスケットのゴールが設置してある。
「 アレ、ジェットが作ったヤツ? 」
「 そ。 これで練習すれば 誰にも負けないよ~になるぜって ジェットおじさんが 」
「 ・・・らしいな~~ でもすぴか スゴイなあ~
」
「 えへへ・・・ おか~さんに教わったから。 」
「 < 自分自身のクセを知れ > だろ? 」
「 え~~~ お父さん どうして知ってるの~~
」
「 ・・・ お父さんもずっと前にお母さんから教わったんだ。 」
「 え?? バスケを? 」
「 いや バスケじゃないけど さ。 今度はそこからシュートしてごらん? 」
「 ん。 ・・・・ えいっ 」
ひゅんっ ひゅ・・・ん ・・・ !
「 おう いい音じゃな 」
「 そう? おじいちゃま~~ 」
「 おお。 そうやって弓を引くとな、空気が振動・・・揺れるだろ? 」
「 ウン 音がするね 」
「 それが だな 」
布団干場の近くでは すばるが練習用の和弓を引いている。
側で 博士が周波数について説明している。
「 ふうん ~~ そっか それで式が ・・・ こうなる?
」
「 正解じゃ。 すばるは賢いのう 」
「 えへへ・・・ 」
二人は 地面に式を書いてあれこれ・・・話を進めている。
「 ― で ここに次の条件が加わると どうなるかな? 」
「 え ・・・ う~~ん・・・? 」
「 ~~~~ これが 解 です♪ 」
横から母が式を書き足した。
「 あ おか~さん 」
「 ほほう~ さすがじゃな フランソワーズ。 」
「 うふふ・・・ さあ~~ 皆 一休み、お茶にしましょ? 」
「「 うわ~~い♪ 」」
早春の明るい庭に 歓声があがった。
「 さ 手を洗って~~ 」
わあ~~ ・・・ 中学生のはずの二人はチビの頃みたいに走ってゆく。
「 おと~~さ~~ん 先にたべちゃうよ~~~ 」
「 おとうさん 僕のクッキ~~ たべて~~ 」
子供たちの声が呼んでいる。
「 おう! 今 行くよ っ 」
ジョーは 空になった洗濯カゴを持って駆けだした。
「 そう さ。 これが ぼくの、ぼくだけの! 最高の家族 なのさ。 」
************************** Fin. **************************
Last updated :
03,29,2016.
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