『  祈りの杜にて ― (2) ―  』





                                                イラスト   めぼうき
                                                テキスト   ばちるど





  カッコロン カッコロン    カタ カタ カタ ・・・

歯切れのいい音と 小刻みな可愛い音が 並んで聞こえてくる。
二種類の下駄の音は 実に絶妙のハーモニーを奏でているのだが ― 
ご本人達はとんと気が付いてはいない。

古代守は 細君と一緒に地元の神社までやってきた。
途中 最近復活してきた <昔ながらの商店街> に寄り、履物を選んだ。
彼自身は柾目の下駄を、そしてスターシアには黒塗りの駒下駄を買った。
「 さあ これが浴衣用の履物さ。 下駄 というんだ。 あ ・・・ 足、大丈夫かな 」
「 まあ~~ これが げた??  可愛い~~ 赤いバンドが素敵ねえ~~ 」
「 バンド?  ああ これはね、鼻緒といって・・・ ここに足の指を掛けるんだ。
 そうそう ・・・ あ 痛くない? 」
守はかがみこんで彼女の白い足に下駄を履かせた。
「 いいえ 全然。 あら 足の裏がひんやりしていい気持ち♪ あら 可愛い音~ 」
カタ カタ ―― 彼女は店先で歩いては下駄の音を楽しんでいる。
「 いやあ~~~ 素晴らしくよくお似合いですなあ~~ 」
履物屋 ・・・というか和装小物屋になぜか草履も下駄も一緒くたに置いてあったのだ。
店主はもうもう恵比寿顔~~ なにせかの女王陛下がお買い上げ、なのだから・・・
ことさら言い立てることはしなかったが 彼はちゃんと <わかって> いた。
「 懐かしいですな。 俺も下駄を履いたのは何年振りかなあ~~ 」
「 いやいや~~ ご主人さんもよくお似合いで・・・ どうぞ祭を楽しんで
 いらしてください。 」
「 ありがとうございます。 」

  カッコロン カッコロン  カタ カタ カタ ・・・
そんなワケで 二つ音は仲良く地域の神社境内までやってきた。


  ぴ~~~ ひゃらら~~~ ぴっぴっぴ~~~  ひゃらら~~~

すこし哀調を帯びた調べが 境内に流れている。
「 まあ 楽器の音、ですわね? この中でコンサートでもあるのかしら。 」
「 あ~ これはね、昔からの祭囃子・・・ う~~ん ・・・ 祭専用のBGMみたいな
 もんでさ。  MDチップになっているものを流しているんだろうね。 」
「 MDチップ ??  まあ~~~ホンモノかと思ったわ。
 ・・・ でも切ないみたいで やっぱりわくわくしてくるのね。 ふんふん~~♪  」
スターシアは初めて聞いた祭囃子を ほぼ正確にハナウタでくり返したのだった。

   ~~~~~~♪♪ ~~~~ ~~~~~~~ ♪♪  ♪ ~~~ 

「 こりゃすごい~~~  」
「 守? なにがすごいの?? 」
スターシアは周囲をきょろきょろ眺めている。
「 え? ねえ なにがあったの? 」
「 あ  は。 すごいのは  きみ  さ、スターシア。
 すぐに覚えてしまうんだねえ~~ アレはずいぶん昔の曲なんだけど。 」
「 そう? でもとても覚えやすいし、 なんだか足がふわふわしてきたわ~~
 ね  ね  早くオマツリに行ってみましょうよ~~ 」
「 はいはい 陛下 ・・・ ではこちらです、 どうぞ。 」
「 うふふ~~ ありがとう♪  」
二人は仲良く手を繋いで歩いていったが ― 今晩は激甘カプがそちこちに見られ 
手繋ぎカプくらいではそうそう目立つこともなかった。
古代さん夫妻は旨く雑踏に紛れこむのだった。

   ぴ~~ひゃら  ぴっぴっぴ~~  ぴ~~ひゃららら~~

いつの間にか 空は茜色から岱洒色になり気がつけば濃紺の夜の色になっていた。
「 まあまあ すごいヒトですわねえ ~ 」
「 おっと 大丈夫かい? 足は ・・・ 下駄は痛くないかな。 」
「 ええ 大丈夫ですわ。  げた  は私の足に合っているみたい。 」
「 そりゃ よかった~~  あ ほら。 あそこ ・・・ 金魚掬い が出てる?  」
「 きんぎょすくい ?  ・・・ きんぎょさん達を助けるゲームですか? 」
「 え ・・・ あ~~~~ ちょいとニュアンスが違うけど ・・・
 まあ ともかく面白いし 俺の腕前をみせたいなあ~~ 」
「 腕前?? あら ・・・ そんなに鍛錬が必要なのですか? 」
「 うんうん ともかく行ってみようよ。 」
「 ええ。 あ! ねえねえ 守~~ 進さんと雪さんですわ。 あ~ん ・・・
 人波に隠れてしまったわ。 」
「 へえ?  そうか~ アイツってばちょうど地球に戻ってきてたからなあ~~
 家庭サービスに努めているんだろ。 」
「 進さんはね 守。 雪さんに < ぞっこん > なのよ。
 だからお互いに相手以外の人物は ありえない のね。 」
「 ほう~~ 陛下のお見立てですか~~ 」
「 え・・・ あ だって。  わたし ・・・ 守に < ぞっこん > なんですもの。
 だからよ~~くわかります。 」
スターシアは頬を真っ赤にして俯いてしまった。
「 あはは ・・・ 俺だってよ~~くわかるよ?
 だって 俺は スターシア、きみに < ぞっこん > だからさ~~~ 」
「 ・・・もう~~ 守ってば ・・・ 」
「 さ 縁日を冷やかそうよ。  なにか変わった店があるといいね 」
「 わくわくするわ~~ 初めてよ、こんな気持ち。 」
二人は寄り添って地元神社の 一の鳥居 をくぐった。


「 まあ ~~ あれはなんですの? え? ヨーヨーつり?? 釣り ですか?
 あれは ・・・ あの色とりどりの丸いのは お魚なんですか!?!? 」
「 まあ ~~ 守~~ ピンクの雲がありますわ! ほら 袋に入って~~
 え ? 甘い??  この雲は食べ物なんですか??  」
「 まあ ~~ あれでマトをうちますの? 落とせばいただけるのですって?
 わたくしも やります、守!  ええ 全部当ててみせますわ! 」


神社の境内に入れば露店が所せましと並んでいて ― スターシアはもう…大変だった。
さすがに嗜みのある方なので 大きな声をあげるようなことはなかったけれど
ぴったりと側を歩く守に 小声で質問の雨を降らせていた。
頬を紅潮させ、目をきらきら輝かせている細君の問いにいちいち答えつつも 守自身も
自然と笑みがこぼれてしまう。

    あはは ・・ いやあ~~~ 可愛いなあ~~
    そうかあ~~ そうだよなあ・・・ 初めて縁日にくれば
    そりゃ 興奮するよなあ ・・・

この海に近い地域は古くから軍関係の施設やら基地があり、現在も地球防衛軍の大きな官舎がある。
住民も軍関係の者が多く、スターシアの顔を見知っている人もかなりいるのだ。
それなりに < わかっている > 人々は 微笑して軽く会釈してゆくし、 
皆が  女王陛下の休日  を ほほえましく眺めているらしい。
「 あら~  おねえさま~~~ 」
「 ・・・ 兄さん! おねえさんも ・・・ 」
後ろからよ~~く知っている声が 追ってきた。
「 ん? ああ 進~~  ユキ~  お前達も来てたのか。 」
「 まあ 進さん ユキさん こんばんは 」
弟夫婦も ぷらぷら夏祭の縁日を楽しみにきていた。
「 お義兄さま お義姉さま こんばんは~~ まあ お二人とも素敵~~~ 」
「 こんばんは。 ・・・やあ いいなあ~~ なんかなつかしい・・・ 」
進は兄夫婦の浴衣姿を ちょっと切ない笑顔で眺めている。
「 あは ・・・ スターシアが用意してくれてね。 俺も浴衣なんて何年かなあ・・・ 」
「 すごくお似合いです~~ お二人とも! お義姉さますごい~~~ 」
「 うふふふ・・・ありがとうございます、ユキさん。 ユカタって気持ちいいですね。
 まあ ・・・ それ きんぎょ ですのね? 」
スターシアはさっそく雪の下げている小さな袋に目を向けた。
空気で膨らませた袋には ちっぽけな赤いのが2~3匹 ひらひら泳いでいる。
「 ええ。 さんざん挑戦したんですけど~~ これだけ。 」
「 あはは もうねえ~~ ユキってばオオモノ狙いばっかするからさ~~ 
 結局 戦利品はこれで・・・ でも捕れてよかったよ。 」
「 あ~~ら 古代クンこそ~~ 全部外したのじゃなかったぁ?? 
 きんぎょ屋のオジサンも 笑ってたじゃない?  兄ちゃん、もっとよく狙えよって。 」
「 あ・・・ おっほん! しかし だな~~ 攻撃は効率よく行わねば・・・ 」
「 あら!  思い切りが大切でしょ!  」
「 そりゃそうだけど ユキみたいに無鉄砲なのは 」
「 あ~~ら 私のどこが無鉄砲なのよ~~ 」
「 こらこら・・・ 境内で喧嘩するヤツがあるか 」
守は苦笑しつつ、弟夫婦の子供同士みたいな喧嘩を分けた。
「 ・・・ あは ・・・ あ 兄さん、真田さんとか幕ノ内さんとかも来てたよ。 」
「 ほう そうか。 それじゃな~ もう少し俺達もぷらぷらしてゆくから。 」
「 あ うん。 それじゃ ・・・ あ 義姉さん、新しいハーブの種をみつけたから ・・・
 今度送ります。 」
「 まあ ありがとう 進さん。 またウチのベランダをハーブ・ガーデンにしていますの。
 見にいらしてね。 」
「 ええ是非。 なにか苗を見つけたらもって行きます。 」
「 ありがとう! 楽しみにしているわ。 」
植物などに詳しい進と香草が好きなスターシアは < 園芸仲間 > なのだ。
それじゃあ また・・・と古代兄弟夫婦は 手を振って行き交った。




     


                                       
                                         イラスト :  めぼうき



「 ふう ・・・ ヒトが増えてきましたわね。 」
「 ああ そうだなあ・・・ 皆夏祭を楽しみにしているんだろうね。 
 おい ・・・ 足、大丈夫かい。 下駄は痛くないかな。 」
「 ええ。 ちっとも。 ゲタってとても楽でいいわあ~~
 ・・・わたし、クツよりも好きかもしれないわ。 」
途中で買った綿アメの大きな袋を大事そう~~に抱えつつ スターシアはご機嫌だ。
ピンクのふわふわ~の綿アメが彼女にはぴったりで 守は頬が緩みっぱなし・・・
「 うふふ~~~ 楽しいわねえ ・・・  あ? ねえ あそこ。 真田さんじゃない? 」
「 え? ・・・ ああ さすがに陛下~~~ お目がお速いですなあ~ 
 お~~~い 真田ぁ~~~  」
「 ふふふ ・・・ 真田さん こんばんは。   ・・・ きゃ? 」

  ― カツン。  人ごみに巻かれてスターシアは参道の石畳に躓いた。

「 ! お~~っと・・・ 大丈夫かい? 」
「 え ・・・ええ  ありがとう、守 ・・・   あ・・・ げた が ・・・ 」
守がすかさず彼女を支えたのでそのまま転ぶことはなかったけれど、
下駄の鼻緒が切れてしまった。
人波を避けて 彼らは参道の端に寄った。
「 あ~ ・・・こりゃ差し替えないとだめだなあ。 」
「 さっきのお店まで戻らないとダメなのかしら。 」
「 いや なにか丈夫な布があればそれで代用できるはずだよ。  」
「 あ ・・・ じゃあこのタオルを使えます? 」
スターシアはずっと首からかけている例のタオルを差し出した。
「 う~~ん タオルはなあ・・・ 裂いたら弱くなりそうだし・・・ 」
「 おい 古代  どうした? 」
おそらく一部始終を見ていたのだろう、真田が人波をすり抜け足早にやってきた。
「 まあ 真田さん、こんばんは。 お元気でした? 」
「 こんばんは スターシアさん。  浴衣~~~ ものすごくよくお似合いですよ。 
 で・・・ どうしたのですか。 」
「 真田~~~ ・・・ ほら これさ。 」
守は細君の足元に屈んだまま 下駄を片方差し出した。
「 ? ・・・ ああ 鼻緒が切れたのか。 なにか布があれば修理できますよ。
 え タオル? それはちょっと無理だなあ。 大昔は手拭いを使ったらしいが。 」
「 あ~ 手拭かあ~ ・・・ しかしそんなモン もうないだろ? 」
「 だよな。  う~ん ・・・ あ! そうだ! この近くにね代々の植木職人の
 親方の店があるんだ。 そこなら直せるヒトがいるかもしれない。 」
「 ??? うえきやさん? あの ・・・ 木やお庭のお世話をする方々ですよね?
 あの方々は下駄のお世話もしてくださいますの? 」
「 あ は  いえ そうじゃなくて スターシアさん。 植木職の人たちは地下足袋とか
 雪駄とか 古い履物を仕事着と一緒に使っていることが多いのですよ。 」
「 じかたび ・・・ せった ・・・? それ 履くものなのですか?
 まあ~~ ねえ 守~~ 今度是非履いてみたいわあ~  」
「 あ ああ  いつか  な。 ( おい~~~ 余計なコト 言うなっ ) 」
「 ( ふん いいじゃないか! ) じゃ ちょっとひとっ走り行ってきます。」
「 あ 俺が行くよ。 」
「 お前 場所しらないだろ? それに俺は親方とは碁敵でなあ~ 結構親しいのさ。 」
「 そっか それじゃ・・・ 真田、よろしく頼む。 」
守はぺこりと、アタマを下げた。
「 了解~~ 」 さっと挙手の礼を返し、真田はあっという間に人ごみに消えて行った。
「 あ~ よかったなあ。  ヤツが戻るまですこし休んでいようよ。 
 では陛下~~~ お抱き参らせご案内申し上げます~~ 」
「 え ええ?? きゃ ・・・・ もう~~~ 守ったら~~  」
真っ赤になっているスターシアを 守は軽々と抱き上げ参道の奥へと進んでいった。


「 ほら ・・・ ここで少し休もう。 」
そこは ― 野外照明と人々のざわめきの世界から 一歩外れたところだった。
「 ・・・ ここは ? 」
「 陛下~ さあ どうぞ。 」
守は彼の細君をそっと階 ( きざはし )に降ろした。
「 ここは神社の本殿の前 さ。 本来から言えばここがこの神社の中心なんだけどね。
 今夜は参道の末の方が賑わっているな。 」
「 まあ ・・・ では ここはこの土地の神様のお家なんですの? 」
スターシアは座っていた段々から身体をひねり、真後ろになっていた社を見つめた。
「 ああ そうだね。 初詣の時とかはここにお参りにくる。 」
「 木のお家 ね。 すごい ・・・ 」
「 神社ってのは皆 こんな感じさ。 ああ 咽喉が乾かないかい? 
 なにか冷たい飲み物を買ってくるよ。 何がいい? 」
「 守のお勧めのものならなんでもよくてよ。 」
「 御意。 では しばしお待ちくださいませ 陛下 」
守はすっとイスカンダル式に挨拶をすると 縁日の賑わいの中に戻っていった。
「 ・・・ ふう ・・・ まあ ここは大きな木がたくさんあるのねえ ・・・
 ふうん ・・・ いい音 ・・・ あら? お花もいっぱい咲いているのね。 
? ・・・! あら あら あら~~ 」
境内の隅のほうに白い花が一叢、慎ましくでも精一杯に花びらを広げている。
スターシアはすぐに気が付くと、地面に降りて素足のまま社のある広場の隅へ歩いていった。
「 まあ まあ  そなた達 … ここにお邪魔していたのですか ? 」
白い花たちが ほんの少し揺れる。 花首を垂れた風にも見えた。
 ― はい  陛下  ・・・ ―
「 そう ・・・ そなた達、 ちゃんと  お許し を頂きましたか ? 」
 ―  いえ まだ … 申し訳ありません 女王陛下 ・・・ ―
「 まあ ・・・ 困った人たちね。 いいわ  わたくしがお願いをいたしましょう。
 え~と ・・・ 」
スターシアは周囲をきょろきょろ見回していたが すぐにぱっと顔をほころばせた。
「 ああ これは  ひるがお  ね?  お扇子とユカタの模様と同じですものね。 」
スターシアは素足のまま歩いてゆくと社の周りに咲く花たちの前に屈んだ。
「 きれい ・・・ ほんのすこしピンク色 なのね。 葉っぱも蔓も可愛いわ・・・ 
 あさがお とちがって夜でも咲いているのがうれしいわね 」
彼女は そっと伸び放題の蔓に触れたりつぼみを数えたりしている。
「 あら・・・ いけない~~ お願いに来たのだったわ ・・・
 初めまして、 ひるがお さん ひるがおさん  素敵な淡いピンクのひるがおさん。
 わたしくのお願いを聞いてくださいますか? 」
社の支柱や低木に絡み付いたり 地面に低く群れているひるがおにスターシアは心をこめて
話しかける。
「 故郷からわたくしの共をしてくれた イスカンダル・ブルーをこの地に住むことを
 許してください ・・・ 」

  
        お迎えできまして 光栄です。 異国の巫女殿 ・・・


不意に 穏やかな声が聞こえた。
「 ・・・?  はい? どなたですか。 わたくしに話かけていらっしゃるのは ・・・ 」
スターシアは驚いて立ち上がり 辺りを見回した。
その時 ― ふぁさ ・・・ なにかの拍子で軽く結い上げていた髪が ― 
黄金の豊かな髪がはらはらと 浴衣の肩に そして ひるがおの咲く背に流れおちた。
「 ! ・・・ あら ・・・ 失礼しました、髪が ・・・ 」
「 おお ・・・ 巫女殿の黄金の髪を拝見できて大変光栄です。 」
「 え ・・・?  」
視線を上げれば   目の前には白っぽい着物に薄縹 ( うすはなだ )色の袴をきりりと
穿いた青年が立っていた。
ぬばたまの黒髪に 黒曜石の瞳が優しく輝いている。
青年は穏やかな表情で 静かに語りかけてきた。
「 いきなり声をおかけして失礼いたしました。 」
「 まあ  貴方は ― ああ もしや この ・・・ ? 」
「 はい。  ようこそおいでになりました。 遠い遠い星の女王陛下。 
 貴女は かの青き星を護り統べていらした巫女様ですね。 」
青年は凛然と しかし柔らかな笑みを浮かべ挨拶をした。
「 はい、 よくお判りですのね。 わたくしは 母なるサンザーに仕える者です。
 貴方は。 この地を護る御方・・・ ですね? 
 そう このジンジャの御主 ( おんあるじ ) 様ですね。 」
「 御意。  よもや我らが父祖の地をお救いくださった巫女姫君をお迎えできるとは・・・
 大変に光栄です。 」
「 この星を救ったのはこの星に生まれ育ちこの星を心から愛している人々ですわ。
 わたくしは なにもしていませんもの。 」
「 いえ 巫女姫が救いの手を差し伸べてくださらなかったら、この星はもう疾うに
 滅びていたでしょう。 ― 今 この星は 再び生命の息吹を奏で始めました。 」
「 ・・・ わたくしはわたくしの星を ― 失ってしまいました。
 夫に付いてこの地に参りました。この地で この星で 生きて参りたいと願っています。
 わたくしの共をしてくれる花ともども どうぞ受け入れてください。 」
「 願ってもないことです。 私の花たちも巫女姫君を歓迎していますよ。 
 ほら お召し物にも彼らが誇らしげにその姿を写しております。 」
「 まあ ・・・ やはりこの花、 ひるがお はこちらに仕える者達ですのね。 」
「 はい。 ずっとずっと太古から彼らは共にこの地に生きてきました。 」
「 ではこの可憐な貴方様の花たちにお願いいたします。 」
スターシアは足元に咲いている白い花、イスカンダル・ブルーを一本手折り、青年に差しだした。
「 これはずっとわたくしに付いてきてくれた ・・・ わたくしの星の花です。
 どうか 彼らがこの地で生きてゆくことをお許しください。 」
「 おお この花たちは貴女に付きしたがって来たのですか・・・! 
 遠い遥かな星から・・・ 素晴らしい ・・・ 」
青年は受け取った一本 ( ひともと ) の白い花を両手で捧げ持った。
「 どうかこの地に根付き 再び女王陛下をお護りなさい。 」
「 ありがとうございます。  花たちも御礼申し上げておりますわ。 」
「 巫女姫 どうぞお掛けください。 」
青年はスターシアを神社の正殿に伸びる階に案内した。
「 ありがとうございます。 どうぞ ご一緒に ・・・ 」
「 では 失礼しまして ・・・ 」
袴を捌き、彼はきちんとスターシアの隣に座った。
「 祭にお越しですか。 いかがでした。 」
「 はい とてもとても楽しくて ・・・ このお菓子も夢みたいにキレイですのね。 」
スターシアはずっと太地にもっていた綿あめの袋を ぽん・・・と突いた。
「 ははは ・・・ お気に召しましたか。  ところでおみ足がお痛みなのでしょうか。 」
彼は控えめにスターシアの素足に視線を向けた。
「 え? ・・・ いえ あの ・・・ ゲタのリボンが切れてしまいましたの。
 今 夫の友人が修理用具を探しに行ってくれていますの。 」
「 リボン???  ・・・ ああ 鼻緒が切れたのですね。
 宜しければ 私がお直しいたしましょう。  こちらですね? 」
「 まあ~~ ありがとうございます。  ・・・わあ ・・・ 」
差し出された駒下駄を受け取ると 青年は懐から手拭を取り出し、ぴりり・・・と裂いた。
そして実に手際良く 切れた鼻緒の代用にしてあっという間に修繕してしまった。
「 まあ ・・・ お上手ですのねえ~~ ・・・ 」
「 ははは こんなことは慣れですよ、私たちはずっと下駄や草履を用いていますから。 」
「 ありがとうございます。 ・・・ あら とても柔らかくて履き易いですわ。  」
スターシアは修理された下駄を履くと カタカタ・・本殿の前を歩いた。
「 それはよかったです・・・ああ 昼顔の浴衣がなんとよくお似合いになることよ・・・ 」
「 ユカタはとても気持ちがいいですわ。  あ ・・・ 夫が戻ってまいりました。 」
青年は 彼女の視線を追い、参道から上ってくる一人のがっしりした体格の男性を見つめた。
「 ・・・ ああ 彼が貴女の夫君ですね  」
「  はい。  わたくしのこの世で一番大切なひとです   」
「 私も 彼のことは知っています。
幼い弟を連れて夏の休暇などによく境内に遊びに来ていましたよ・・・
 いやあ あの男の子が ・・・ 立派になったものです。 」
「 まあ~~ 守 いえ 夫のことをご存知ですの? 」
「 よ~く知っています。 以前、彼の一家は親族と共に初詣に来るのが習慣でしたから。
 そうですか 彼が巫女姫君の ・・・ それはよかった。 」
「 はい。 わたくしは守と巡り合わない人生は ― もう考えることもできませんわ。 」
「 ・・・ お幸せなのですね。 」
「 はい。 」
頬を染めつつも女王陛下ははっきりと答えた。

「 お~~い スターシア ・・・ ほら 冷たいもの、買ってきたぞ~~ 」
「 あ 守~~ ここよ~~ 」
ちょっと失礼します、と断りスターシアは階から降りて守の来る方に駆け寄って行った。
「 ほら ラムネ! 旨いんだなあ~ これが。  あれ?? 下駄 ・・・ 直したのかい。
 ああ 真田が戻ってきたのか? 」
「 いいえ。 真田さんではなくて え~と・・・地元の方が直してくださいましたの。
 ほら あそこに ・・・ 」
スターシアは正殿を振り返って青年の方に手のひらを反し示した。
「 ??? 誰もいないよ?  」
「 え?  ちゃんとあの段々に座っていらっしゃる ・・・ え ?? 」
彼女は言葉を切った。 かの青年が微笑しつつ微かに首を振っているのがわかったからだ。

    あ。  もしかして ― 守には見えないのかしら ・・・

「 地元のヒトって植木職のヒトかい? 」
「 あ~~ いえ そうじゃなくて・・・ そう! ジンジャに関係のある方 よ。
 その方がね 偶然通りかかって・・・直してくださったの。  ほら・・・ 」
カタカタカタ ― 歯切れのいい音をたて スターシアは石畳の参道を走ってみせた。
「 ホントだ ・・・ 上手く直してあるなあ~ そうか~ 神社関係のヒトならば
和装にもなれているから下駄の鼻緒くらいすぐに直せるだろうなあ。 」
「 そうね。 とても上手だったわ。 」
「 ふうん・・ あれ 髪、どうした? 」
守は先ほどまできれいに結い上げたあった細君の髪が 背に流れているのに少し驚いた。
「 ああ これ? ええ ・・・ ピンが外れてしまったの。 」
「 ふ~ん? ああ 浴衣に長い髪ってのもいいなあ~ 」
「 そう? でも少し纏めますわ。 」
「 そのままでいいよ。 あ これ! ラムネ! 冷たくてうまいぞ~~ 」
守は下げてきた氷入りの袋の中から 透明な青いガラスの瓶を二本取り出した。
「 ほい。 冷え冷えをどうぞ。 」
「 ・・・まあ ひんやり♪ まあ 可愛いビンねえ  ・・・ 」
「 うん 懐かしいなあ~ これ、昔風の造りでさ、全部ガラスなんだ。
 あ 真田~~  ここだ ここだ~~~  」
ラムネの瓶を握ったまま、彼は参道の方にぶんぶん手を振っている。
「 古代 ~~ 遅くなってすまん 」
「 いや・・・わざわざ出向いてくれて ・・・ ありがとう! 」
「 いやなに・・・ それよりも問題の下駄の鼻緒だが。
 さすがにもう仕事着としては雪駄やら下駄は使わないそうだ。 」
「 ああ そうだろうな ・・・  」
「 しかし棟梁のとこのご隠居さんが 鼻緒修繕セット をもっていてな~~~
 借りてきた。 布は木綿のハンカチで代用できるそうだよ。 」
「 あ~~ 真田 ・・・ すまん! 実は  」
「 わたくしに言わせてくださいな。 真田さん、ご足労をおかけして申し訳ありません。
 ほら ― どうぞ ごらんになって。 」
スターシアは 真田と前をカタカタ~~~ 下駄を履いて走り回った。
「 ? あ  れ?  陛下~~ ご自分で直しておしまいになったのですか? 」
「 あ・・・ いえ・・・ あの~~ 通りかかった地元の方が ・・・
 直してくださいましたの。 」
「 ほう・・・?  これはかなり手慣れたヒトの仕事ですねえ。 
 おまけに これって ― 多分ホンモノの 浴衣地 だな~~ すごい ・・・ 」
「 なにがすごいって? 」
「 これだよ、これ。  この鼻緒の代役で使ってある布地さ。 
 これこそホンモノの手拭の生地だ。 」
「 ひょ~~~ ・・・ すげ~~~ < 修理 > だなあ。 」
ちょっと戻そう、と二人はラムネの瓶を袋の氷の中に突っ込んだ。
そしてかわるがわるスターシアの下駄を摘み上げ鼻緒の部分を観察し盛り上がっている。

   ふふふ ・・・ なんだか小さな男の子みたいね? 二人とも ・・・

スターシアはくす・・・っと笑ってしまう。
「 ― 素敵なご夫君とご友人ですね。 」
不意に あの青年の声が聞こえた。
「 はい。 ありがとうございます。 」
「 巫女姫、いらして下さった御礼にお望みを一つ、承りましょう。 なんなりとどうぞ。」
「 まあ~~ ご挨拶が遅れて失礼してしまいましたのに・・・・ 」
「 お迎えできましただけでも光栄です、巫女姫君。 」
スターシアの目の前に 先ほどの青年が居を正し頭を下げていた。
「 まあ ・・・ どうぞ頭をお上げくださいな。
 わたくしの望みって・・・ そうですわねえ・・・ 」
スターシアはしばらく考えていたが 小さくうなずくと静かに言った。
「 やはりこの星の平和と繁栄 ですわ。」
「 巫女姫らしいお望みですな。 ― されど貴女様がいらしたことによって
 この星の繁栄はすでに約束されました。 」
「 え ・・・ そう ですの?  それでは ― 」
「 どうぞ 」
「 では わたくしの家族、友人の皆さんの健康と幸せ をお願いいたします。 」
「 巫女姫。 その事はこの星の全ての八百万 ( やおよろず ) の神仏らが
 しかと肝に銘じております。 」
「 まあ ・・・ 」
「 貴女様のご恩に報いるには当然のことです。 」
「 ありがとうございます。 では ・・・ ああ 他には特に思いつきませんわ。」
「 それでは思い付かれました時には 何なりとどうぞ。 」
「 はい お願いいたします。  ではあの花たちをどうぞ宜しくお願いいたします。」
「 しかと承りました、巫女姫君。 」
青年はきっかりと頷き頭を垂れ ― すう・・・っと空気の中に溶け込んでいった。
「 ああ ・・・ また お目にかかりましょうね ・・・ 」
女王・スターシアも彼が消えた方向へ微笑を送りそっと会釈を反した。

「 お スターシア~~ ほらほら 冷えているうちに飲もう! 美味いぞぉ~~ 」
守が先ほどの袋から ガラスの瓶をもう一度差し出している。
「 あ は~~い ・・・ まあ キレイなビンですのね~~ ガラス? 」
「 そうだよ、これはね ラムネ と言って。  この中にガラス玉が入っているだろう? 
 これを上手く転がしながら飲むんだ。 」
「 ら む ね ?  うふ 冷たくていい気持ち。 」
スターシアはラムネの瓶に頬を寄せて楽しんでいる。
「 さあさあ 飲もう。 ほい、真田~ お前の分だ。 」
「 お サンキュ。  ・・ う~~~ん 懐かしい味だなあ~~ 」
「 ~~~~んんん ・・・!  あは 何年振りかなあ・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
オトコ共は 豪快に瓶を傾けたが スターシアは一口飲むと瓶をじ~~~っと見つめている。
「 ん? スターシア、 口に合わなかったかい? 」
「 守。  ・・・ 美味しいわあ~~ 」
「 あは  そうか~ よかった~~  きりっとした味がいいだろう? 」
「 陛下の宮殿でご馳走になった飲み物で 似たものがありましたね。
 クリスタルのグラスに入っていて中に花が浮き沈みしていました。 
 とてもさわやかな味の酒だった・・・ 」
真田がラムネの瓶を透かせて見つつ思い出を語る。
かつてヤマトがイスカンダルを初めて訪れた時、彼はほとんどの時間、かの星の
資料室と図書室で過ごしていた。 
「 え ・・・ お前 酒を飲んだのか?? 」
「 ああ。 陛下が差し入れてくださったよ。 」
「 まあ 覚えていてくださいましたの?  始めの杯  ですわ。 」
「 あ! あれかあ~~  ・・・ うんうん そういえば 似てるなあ~ 」
守は シャンパンにも似た酒を思い出し改めてラムネの瓶を眺めている。
「 ね ね そうでしょ?  このビンの色と ほら・・・くるくる回るガラス玉が
 始めの杯  の中のお花みたい・・・  うふふ・・・美味しい♪ 」
女王陛下はラムネがいたくお気に召したようだった。
「 本当にキレイ。 ねえ 守。 この丸いガラス、欲しいわ。 」
「 え? この・・・ 中のビー玉かい? 」
「 そうよ。 手の上で転がしたらとても可愛いと思うの。 」
「 ・・・ 可愛い・・・? 」
「 ええ。 これ、取り出してくださらない? 」
「 え・・・ あ~ こりゃ無理だなあ~ 」
「 そうなんですよ、スターシアさん。 特にこれは昔風の造りでね、
 全部ガラスで出来ていますから 瓶を割らない限りこのビー玉を取り出すのは不可能です。」
「 まあ 残念ですわ~ こんなに可愛いのに・・・ 」
「 味わって楽しみ 見て楽しむ ・・・という飲み物なんですよ。」
「 いろいろな楽しみ方があるのですね。   ―  あら 」

   カチン カチン ・・・ するり。  ― ぽと。

三人の目の前で スターシアのラムネ瓶からぽろり、 とビー玉が白い掌に落ちた。
「「  ・・・え ????  」」
「 あら ・・・  ( まあまあ 悪戯なお方ですのね♪ )  ほら ガラス玉~ 」
「 な !? どうやったのですか??? 瓶は・・・ああ そのままですよねえ・・・ 」
「 ウソだろ・・・ スターシア~~ どうやったんだ~~? 」
「 うふふ ♪ このきれいなガラス玉を転がしてみたいなあ~って思っただけですわ。
 ね? ほら ・・・ この中には 空も海もありますのね。 」
スターシアは青く透明なガラス玉を掌で転がしたり 摘み上げて星明りに翳したりして
楽しんでいる。
「 う … そ だろ ・・・ そんなことって ・・・ 可能のなのか? 」
「 いいや。  この瓶では絶対に不可能だ。 ― ただ ・・・ 」
「 ― ただ? 」
「 ああ。 ただ スターシア女王陛下なら可能 なのかもしれない。 」
呆然と呟く真田の隣で 守も目をまん丸にしたままコクコクと頷いた。

  ― 妻はやはり かの麗しき星の女王陛下 なのだ  ・・・ と 守は心底感嘆した。

黙り込んでしまった男性軍を余所目に、スターシアはラムネを美味しく飲み乾した。
「 ああ 美味しかった♪  ね もう一回 < えんにち > を見たいわ。
 真田さんもご一緒しませんこと? 」
「  あ  ・・・ ああ そう だね ・・・ 」
「 はあ ・・・ 」

   カッコロン カッコロン  カツ カツ カツ  

三人はゆっくりと参道を下り始めた。
「 あ。 ちょっとだけお待ちになってね  すぐに戻りますわ。」
「「 ・・・? 」」
スターシアは 神社の正殿に駆け戻るとちょっと拝んですぐに引き返してきた。
「 さあ 用事は済みましたわ。 ― さあ~~ えんにち! 参りましょう? 」
「 あは そうだな~ お 幕ノ内がいるぞ~~ お~い! 」
「 あはは アイツはまた食い物ばかり持ってやがる~~ 」
三人の姿は たちまち縁日のざわめきの中に吸い込まれて行った。


  ― いつの頃からか 海岸神社の境内には 
白いイスカンダル・ブルーと淡いピンクの昼顔が咲き誇るのだった。
  そして。  お社深く鎮座するご神体には  小さな硝子玉が加わっていた。






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Last updated : 08,04,2014.          back      /     index