『 祈りの杜にて ― (1) ― 』   







          ******  このお話の世界については  こちら  をどうぞ♪  *******








  ヒュ ----・・・・   

夕方の凪の時間がすぎ、海から風が吹いてきた。
ずっと開け放っていたテラス側の窓から 涼しい風が入りはじめレースのカーテンを揺らす。
「  あら ・・・ いい風 ・・・ ふう~~ これで昼間の暑さが飛んでくれると
 いいのだけれど ・・・ 」
スターシアは 窓辺に立ちひらひらと遊ぶカーテンをまとめた。
今 彼女が夫と住む官舎は海に近い。  窓をぴったり閉じないかぎりいつも遠くに
寄せては返す波の音が聞こえている。

  ザザザ   ----  サ ---- ・・・・  ザザザ  ----- 

それは松並木を揺らす風の音にも似ていて、初めて聞く者にはやはり気になるものらしい。
中には部屋に防音工事を施すヒトもいる という。

  ―  しかるに ・・・

「 ねえ 守。 私 ね、 このお家が大好きになったわ。 」
「 はへ??? 」
この部屋に引っ越してきた次の朝、 古代守の愛妻であり、イスカンダルの女王陛下は
いともにこやかに彼女のご亭主に宣ったのである。
「 そ そりゃよかった!  なにしろ前の家よりも部屋数も多いし、広いし。
 ぴかぴかの新築だものな~~  うん、うん ・・・ 君が気に入ってくれて嬉しいよ。 」
「 うふふ ・・・ あのね。 お家も素敵ですけど。 もっと素敵なものを発見したの。 」
「 もっと素敵なもの?? 」
「 ええ そうよ。  ね? 守。 目を閉じてごらんになって? 」
「 目?  ・・・ ふうん ・・・? 」
「 なにか気がつかない?  懐かしい音 ・・・ 聞こえるでしょう? 」
「 ?  ・・・・  !  あ ああ~~ そうか! これは海の、いや 波の音だ! 」
「 ご名答♪  ね ・・・ 海の音ってイスカンダルも地球も同じなのね。 」
「 ああ そうだなあ ・・・ うん 懐かしいなあ ・・・ 」
「 ね? 宮殿の奥の寝室でも波の音はかすかに聞こえていましたわ。 」
「 そうだったね。  俺はまだ起き上がれない頃から あの音が気に入っていたよ。
 なんかなあ ・・・ 故郷の町に、幼いころ過ごした町にいるみたいな気がして ・・・ 」
「 うふふ ・・・ 私も守と同じですわ。 海の音を聞いているととても ・・・
 心が休まるの。 ゆったりした懐かしい気持ちになるわ。 」
「 うんうん そうだよなあ ・・・ この官舎に引っ越してきてよかったな。 」
「 ええ♪ 私 このお家、大好き。  この街も好きになるわ。
 お散歩いっぱいして この街と仲良くなりたいの。 」
「 そうだねえ。  今度一緒に散歩してみよう。 いろいろ発見があるといいね。
 なにしろ俺達が住んでいる街だものなあ。 」
「 まあ うれしいわ。  あら? この辺りは守が子供のころ 住んでいた場所では
 ないの?  やっぱり海に近いところだったのでしょう? 」
「 ああ まあな。   しかし遊星爆弾の炸裂でこの辺りの地形はかなり変わってしまったんだ。
 せっかく復興しかけた時にまた戦争があったし なあ 」
「 そうねえ ・・・ ああ でも海は ・・・ 海や空は元に戻ったでしょう? 」
「 うん ・・・ こうやって目を瞑って波の音を聞いて ・・・ 海からの涼風を
 楽しんでいると ― ふっと少年時代の夏を思い出すよ。 」
「 まあ ・・・ うふふ  私も波の音で故郷を思い出すの。 心が温かくなるわ。
 ね? このお家はわたし達にぴったりのお家ね♪  きっとわたし達を待っていたのよ。 」
「 そうだな・・・ よかった、ウチの奥さんに気に入ってもらって 」
「 守。 あなたとサーシアと一緒に住む場所 そこがわたしの < 家 > なの。」
「 その家を この地域を そして この星を ― 俺たちは護るだけ さ。 
「 そう そうね ・・・ 」
かつてひとつの星を統べていた女王の頬に 淋しさが不意に影を落とす。
守は さすがに見落とすことはなく細君の腕を取りだまって抱き寄せた。
「 あら ・・・ ねえ、もう 朝ですわ ・・・ 」
「 ふふふ いいじゃないか~~  」
彼は腕の中の女性 ( ひと ) の白い頬にキスの雨を降らす。
「 ・・・ もう ・・・ 守ったら ・・・ 」
「 これは おはよう の挨拶ですよ、陛下。 」
「 そう? それならわたくしも  お  は  よ  う ・・・♪ 」
彼女は自分を抱く男性 ( ひと ) にしっとりと唇を寄せた。
「 ・・・ んん~~~ ふふふ 今朝は本当に気持ちがいいなあ。 空気が軽い。 」
「 本当ね ・・・ ふううう~~~  夏が来るわね。 」
「 夏 か・・・ あ そうだ そうだ・・・そろそろこの辺りの夏祭りなんだっけ。 
 今度、散歩がてら神社の方に行ってみようよ。 」
「 ?? ナツマツリ? 」
「 うん。 この地域に代々続く神社があってね 海に近いから海の守護神社かもしれないが
 そこでまあ 一種のレクリエーション大会 かなあ。 」
「 ジンジャ??? そこで皆して ・・・ 遊ぶ  の??? 」
「 あはは・・・いやいや。 神社っていうのは まあ地域を護ってくれている
 土地神様を祀ってある場所なんだ。  すごく古い由緒あるものが多いんだよ。 」
「 まあ ・・・ 神様のお家なのね。 」
「 ああ そんなもんさ。 この辺りは遊星爆弾で壊滅的な被害に遭ったけど、
 神社の礎石やら石造りの鳥居の一部は奇跡的に残っていてね、 それを元に
 復元したはずだよ。  あ 鳥居ってのは神社の門みたいなモノのことだよ。 」
「 そうなの ・・・ 神さまはちゃんとこの地にいらしたのね! 
 ぜひぜひ行ってみたいわあ~ 」
「 いいよ 夏祭の日程は調べておくよ。  」
「 わあ ありがとう、守。  うふふふ・・・ 夏への扉が開くのねえ。 」
「 へ??   」
「 あのね ・・・ イスカンダルでは夏の月になる時、 夏への扉が開くって言ったの。
 皆 サンザーの光が大好きだったから 夏をとても楽しみにしていたのよ。 」
「 ああ ・・・ そうだったね。 あの地の夏は ・・・ とても気持ちがよかった・・・」
「 ね?  」
二人は笑みを交わし 遥かなる青き星での輝ける夏を思いおこしていた。
「 うん ・・・俺にとってもなんかなあ 青春時代の締めくくり、みたいな気がするんだ。」
「 うふふ・・・ 殿方は皆、夏には 永遠の少年 に戻るのかもしれませんわね。 」
「 ああ そんな気分かもしれない・・・ では今度はこの土地の夏を ご案内たいしますよ、
 女王陛下。 」
守は慇懃に会釈をして 細君の手にキスをした。
「 まあ 楽しみだわ~~  さあ それじゃ朝ごはんにしましょう。 」
「 夏へのドアが開く朝、か。  うん いいなあ。 」
もう一回、細君にキスをすると、守はぽん、とベッドから起き出した。




  ザワザワ  カツカツカツ  パタパタパタ ・・・

南町商店街はさまざまな人々が さまざまな足音ともに行き交っている。
時間帯によって 店の活気は違うけれど、朝から夜遅くまで多くの人が出入りする場所なのだ。
そんな雑踏の片隅で 一人の金髪美女が日傘の影に佇んでいた。

    ふうう ・・・この辺りは暑いわね ・・・・
    日傘をもってきてよかったわ
    ・・・ ああ あれも入れてきたはず・・・

美女はバッグをさぐり大きなタオルをだすと ゴシゴシ顔やら首筋を拭った。 
「 奥さん~~~ お待たせしましたね~~ 」
パタパタパタ。  大きな足音とともに大柄な女性が足早にやってきた。
「 あ ・・・ 千代さん。 こんにちは。 」
「 はい こんにちは。  まあ~~ なんて暑いのでしょうね~~~ 
 奥さん、大丈夫ですか? 」
古代家の元・スーパーお手伝いさん・大沢千代は にこにこしつつ
身体に似合わず可愛い花模様の刺繍入りのハンカチをだし  額の玉の汗を拭いている。
「 暑いときにお願いしてごめんなさい、千代さん。 」
「 あら いいえぇ~ 久しぶりに奥さんと買い物なんて嬉しくてすっ飛んできてしまいましたよ。  
サーシアちゃんや守君は元気ですか? 」
「 ええ ええ お蔭様で・・・ 」
スターシアはにっこり頷くと またタオルを顔に当てた。
「 あらまあ。 奥さん それ・・・ハンカチ替わりですか。 」
「 え? ああ これ?  ええ 守がね、俺は汗かきだからタオルがいい・・・っていうので。
 私も真似をしてみたのですけど。 いい気持ちですわ。 」
「 守君はね~ いいけど。 ああ でも奥さん~~~ 奥さんにはやっぱりレースのハンカチとか
スワトウの縁取りとかがお似合いですよ~ 」
「 ?? タオルで顔を拭くと本当にさっぱいしますもの。 千代さんもいかが? 」
スターシアは  ○○板金加工 と厳ついロゴの入った浴用タオルを広げてにっこりしている。
「 それでね こうやって・・・首に巻いていると汗がすこしは引きますわ。 」
彼女は白いタオルを首からかけた。 真正面から件のロゴがしっかり見える。
「 そりゃまあ 汗はすっきりしますけどね~~ ううう・・・麗しの女王陛下が~~
 うん! こりゃガッツリ守君に言って おかなくちゃ。 」
千代はまた玉の汗を鼻のアタマに浮かべつつ うんうん、と頷いている。
「 ?  ところで千代さん あの ・・・ お願いしたことですけど ・・・ 」
「 あ! そうでしたよね~~  こんな炎天下に立ってないで さあさあ商店街に入りましょう。 
え~~と・・・ 多分スーパーとかの衣料品コーナーも売っていますよ。 」
「 まあ ・・・ 大根やにんじんと一緒に並んでいるのですか? 」
「 あ ・・・ 並んではいませんけどね。 同じ店にあるはず・・・ 」
「 そうなんですか。  < ゆかた屋さん > で売っているのかと思いましたわ。」
「 あ~ そりゃ専門店もありますけどね~ やたら高価なだけでお勧めしませんよ。
 ほら そこのスーパーに入りましょうよ。 」
「 はい。 ・・・わあ ~~ 涼しいですね~~ 」
二人は商店街の出口付近にあるスーパーに入った。

  ―  そう 二人は、というよりスターシアは浴衣を買いにやってきた。
そして彼女のたっての頼みで 千代がアドバイス方々ヘルプに回った。
スターシアは前日、 千代に電話でお願いをしたのだ。

「 え!? 浴衣 ですか 奥さん? 」
千代は電話口の向こうで 素っ頓狂な声をあげた。
「 ええ そうなんです。 ナツマツリにはユカタ って。 検索してみつけましたの。
 週末にね 守が ナツマツリ に誘ってくれたので ・・・ 」
「 まあまあ 相変わらずお熱いのねえ~~ 」
「 ええ 暑いですわねえ。 夏ですものね ・・・ 」
「 あ は・・・ ま いいか。 それじゃ明日 南町商店街の入口で待ち合わせしませんか?
 一緒に浴衣を買いに行きましょう。 」
「 あ ・・・ いいのですか? 暑くなりそうですけど ・・・ 」
「 あっはっは・・・平気 平気~~ オンナは買い物とおしゃべりが活力源ですからね~
 明日はついでにあそこで晩ご飯用の食糧を買って帰りましょう。 」
「 あら~~ ありがとうございます。  それじゃ ・・・ 」
「 ああ はい はい。  ・・・ ○時に ・・ ええ 失礼します。 」
かちゃり、と電話を切るとスターシアは 自然ににこにこと笑ってしまった。
日頃は官舎の周辺で買い物を済ませているが、やはり賑やかな場所にゆくのは楽しい。
そして 買い物とおしゃべりが好き ってのは全宇宙の女性の共通項なのだ♪
「 うふふ~~ 楽しみねえ・・・ 守にはどんなのが似合うかしら?
 えっと・・・男性用は ・・・ あらあ~~ たくさんあるのねえ・・・
 あ これはイスカンダルにもある模様だわ ・・・ これは 波 かしら?  」
彼女はPC であれこれ検索し 楽しんでいた。


 そして 今、 千代と二人でスーパーの中を歩いている。
大型ショッピング・センター といった形のスーパーなので二階には衣料品やら日用品の
ブースが数多く出店していた。
「 あ あそこですよ ほら。 季節ものの商品を扱うコーナーですよ。 」
「 まあ たくさん ・・・ ! 」
千代が指さすところには 大小のマネキンが涼し気な浴衣を着てたっていた。
「 あら ・・・ これ 可愛い! 赤い・・・これはリボンかしら? 」
「 え ああ これはねえ、金魚といって・・・観賞用の小魚なんですよ。
 昔はねえ 縁日とかでは必ず見かけたものだけど ・・・ 」
「 まああ お魚なんですの? 可愛いわあ~ これにしようかしら。 」
スターシアは一番先に目に入った浴衣を手に取ってしげしげと眺めている。
「 あ 奥さん、それはねえ・・・小さな子とか赤ん坊が着る模様なんですよ。
 大人用は ほら こっちです。 」
「 そうなんですか?  ああでもこの赤いお魚さん、可愛いわあ・・・
 あ! そうだわ、サーシアに買ってゆこうかしら。 」
「 サアちゃんだってもう大人ですよ~~~ ほら いずれサアちゃんの赤ちゃんにどうです?
 赤ん坊の浴衣姿ってのも可愛いもんですよ。 」
「 ああ そうね それがいいわ。   大人用 は ・・・ 」
「 女性用はねえ ほら、この花火模様とか 花模様もいろいろありますよ~~ 」
「 どれもこれもキレイですね~  守にはどんなのがいいかしら。 」
「 守君も?  そうですねえ 彼らの世代だったら まだ子供のころには浴衣を着て
 縁日やら盆踊りに行った経験がありますよ。  う~~ん 守君には ねえ ?  」
二人は 店員を呼んでああでもない こうでもない・・・とあれこれ吟味に熱中した。


「 ふうう ~~~ あ~~~ やれやれ・・・  」
ティー・ルームで椅子に座りオーダーをすると 千代は大きくため息をつき
花模様のハンカチで額を拭った。
「 冷房はばっちり効いているはずなんですけどね~~ ああ 暑い 暑い~~
 扇子をもってくればよかった ~~ 」
小さなハンカチで ばふばふと扇ぐ。
「 まあ ・・ ごめんなさい、千代さん。 わたくしのせいで ・・・ 」
向い側い座ったスターシアは心配顔だが その頬は相変わらず白く美しい。
「 いいえぇ~~ 奥さんのせいじゃありませんよ。 私が調子にのってあちこち
 ウロウロしてしまっただけですから ~~  ふうう~~ 」
「 でも ・・・ 」
「 私もね、楽しかったんですよ~~  おしゃべりしながらのショッピングなんて
 本当に久しぶりですからね~~  」
「 そう ですか? それなら ・・・ いいのですが・・・
 ふふふ 千代さんのおかげで素敵な買い物ができました。 」
スターシアは横に置いた包みを 大切そうになぜた。
「 ふっふっふ~~~ こりゃ 夏祭の宵宮が楽しみだねえ~~ お~っと 守君に
 ちゃんとエスコートするように言い付けておきますからね。 」
千代はバチ!っとウィンクをすると グラスの水をぐぐ~~っと飲み乾した。
「 本当にありがとうございました。 」
「 またまた~~ アタシこそと~~っても楽しかったですよ~~~  」
「 うふふふ・・・わたしもです♪ 晩御飯の材料もそろったし。 」
「 そうね、ここのスーパーは安くていいものがそろっていますねえ ~~
 ま いつか商店街の方にも行きましょう。 いろいろな店があって楽しいですよ~ 」
「 ええ ええ是非ご案内くださいな 千代さん。 」
「 任せてくださいよ~~ お~っときたきた ・・・ 」
「 お待たせいたしました ・・・ 」
二人の前に 冷たいお茶と陶器のうつわに盛ったクリーム餡蜜がことん、と置かれた。
「 まあ ~ これが ・・・ くり~むあんみつ ですか? 」
「 そうですよ~  さあさ いただきましょう~~ きっとお好きですよ、奥さん。 」
「 え ええ ・・・ まあ宝石箱の中身みたいなスウィーツですのね? 」
「 あはは~~ 宝石箱ねえ~~  そりゃいいわ。 み~んな違う味ですからね、
 ひとつひとつ楽しんでみてくださいな。 」
「 はい。  え~と これはアイスクリームですね、これは知ってるわ。
 えっと・・・あ これは あんこ♪ くさだんご に入ってるアレですね♪ 
 ん~~~~ この半透明のキューブは ・・・ 不思議な食感 ~~~ 」
スターシアは興味津々・・・で クリーム餡蜜 をきれいに平らげた。 
「 千代さん。 わたくし、食べる宝石箱が大好きになりましたわ。 」
「 そりゃよかったですね~  ああ 今度は氷宇治金時とかをご紹介しますよ~~ 」
「 お願いします♪ 」
「 お任せくださいな。 」
甘党の千代は に~~んまりしていた。
   


さて その週の土曜日のこと ・・・
「 じゃ・・・昼過ぎには帰ってくるから 」
守は玄関で彼の細君に すまなさそうに言った。
「 あらお仕事ですもの。 それに ナツマツリ は夕方からでしょう? 」
「 賑やかになるのは な。 畜生~~ せっかくの土曜なのに休日出勤とはなあ~~ 」
「 ほらほら~ 守、第一ボタンが外れていますわ? ・・・ はい、これでいいわ。 」
「 あ・・・ うん、ありがとう。 じゃ 行ってくる。」
夏の制服をきっちりと整えると守は細君にキスをし、出かけた。
「 いってらっしゃい。 気をつけて ・・・ うふふ~~いつも素敵♪ 」
ぶつくさ言いつつも、守はきりっとした白い夏服姿で颯爽と登庁して行った。
スターシアはいつもの習慣で テラスから彼が角を曲がって見えなくなるまで
手を振って見送った。

「 ふう ~ やれやれ ・・・ えっと まずは寝室を整えて~~っと 」
彼女は エプロンをきりりと結びなおすと、ぱたぱた部屋の中へと戻っていった。
洗濯機をセットして、寝室を片づけキッチンを片づけ -  洗いあがった洗濯ものを抱えて
官舎の屋上に出た。
「 わあ~~~ すご~~い光・・・!  太陽さんがとても元気なのね・・・
 ああら・・・ いい風。 そうね この風が吹くからこの辺りはそんなに暑くないのかも 」
彼女は空を眺めたり深呼吸したりしつつも 手際よく洗濯モノを乾してゆく。
「 ・・・  ふ~~~ん♪  いい気持ち・・・・  これでお洗濯ものはぱりっと
 乾くし。 太陽さんの  えっと おひさまさん、のいい匂いがするようになるわ。 」
官舎の屋上は結構広いのだが洗濯ものを外乾しする家庭はあまり多くない。
乾燥機でイッキに仕上げる方が手早いし便利だからだ。
「 もったいないわよねえ~~ こんなに気持ちがいいのに・・・・ 」
スターシアは ひらひらしている洗濯物にそっと顔を寄せてみる。
  -  ちかり。  なにかが視線の端で光った。
「 ? ・・・ あ! こっちからは海が見えるのね! そうそう海はこの方角ですものね。 
 わ ~~~ ・・・・ きらきら光ってるわ! 」
海洋の多い星からきた女王陛下は この星の海を懐かしい気持ちで眺めていた。
「 ああ ・・・ このお家、 本当に素敵!  ふう~~ いい風・・・
 あ! いっけな~~い、のんびりしていないで < れんしゅう > しなっくちゃ 」
洗濯カゴと洗濯ばさみ入れを持ちあげ 彼女はぱたぱたと自宅に戻った。



「 う~~ん ・・・ ああ やはりここまで来ると少しは涼しいなあ~~ 」
守はチューブ・カーを降りると 地元駅のホームで大きく深呼吸をした。
地球防衛軍本部は都心にあり、彼は毎朝チューブ・カーとメトロを使って通勤している。
遊星爆弾とその後の二度にわたる戦乱で 都心も戦前の面影は全くとどめていない。
一旦は 荒涼とした不毛の地と化してしまったが ― 今、ぐんぐんと復興しつつある。
そして都心も以前のように高層ビルが林立し始め・・・夏には暑さも倍増してきた。
「 ふううう ・・・ ウチがこっちでよかったなあ。  うん ・・・ スターシアじゃないが 波の音とか海からの風は ~~  いいもんだ ・・・ 」
珍しく日も高いうちに帰ってきたので、守はのんびり~~ぷらぷらと家まで歩いて行った。
官舎街の周辺にも 以前に店を連ねていた商店街が復活してきている。
「 お? こ~~んなもん、売ってるのかあ~~ いいなあ ・・・ よしよし・・・ 」
守は鞄を持ち直すと 小さな店に入っていった。


数分後 ―
「 ただいま ~  」
守の指がチャイムから離れると同時くらいに 玄関のドアが開いた。
「 お帰りなさい~~ 守。 暑かったでしょう? 」
「 スターシア ・・・ ただいま ・・ ??? うわ~~~~お♪♪ 」
靴を脱ぎかけ 彼はそのまま目を見張って棒立ちになった。

  玄関先には 彼の細君が浴衣姿で出迎えてくれたのだった。

「 守 ? 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 守ってば?  もしも~~し?? 大丈夫ですかあ~~ 」
スターシアは夫に接近し、目の前で手をひらひらさせてみた。
「 あ ・・・ ああ  あまりの想定外のサプライズに目が点になっておりました、陛下~ 」
守はそんまま細君を抱きしめると すい、とキスを盗んだ。
「 ! ~~~~ んん ~~~   もう~~ 守ったら~~ 」
「 ふふふ ただいま のキスです♪  いやあ~~~ いいねえ~~ すごくいいね! 」
彼は相好を崩しっぱなし ― 要するに目じりを下げて浴衣姿の細君しか見ていない。
「 そう?  これで着方は間違っていないでしょう?  何回も練習したの 」
「 うん うん いやあ~~ 大変よくお似合いですよ、陛下。 」
「 まあ ありがとう♪ あ あのね、守の分もあるの。  この前 千代さんと一緒に
 南町商店街まで行って買ってきたのよ。  ナツマツリには浴衣、なのでしょう? 」
「 へえ~~ よく調べたねえ。  いやあ~~ それにしてもよく似合うよ~~
 その模様はなんだい? 朝顔かな 」
「 これはね、 ひるがお というのですって。 千代さんが教えてくださったのだけど、
 海辺とか ・・・ この地方でよく咲く花なのですって。 」
スターシアは自身でも 着ている浴衣の意匠をしげしげと見ている。
藍地に ほわり ほわり と、大きくひるがおの花が白く染め抜かれている。
葉やツルは薄浅葱で 花の白がなおさらくっきりと浮かびあがる。
「 君にぴったりの柄だなあ・・・ 千代さんのお見立てかい。 」
「 そうなの。 私はね 赤い・・・え~と・・・きんぎょ! そうきんぎょの模様が
 気に入ったのだけど。 それは赤ちゃんとかが着るのですって。 」
「 あ~~ ・・・ そうかもなあ・・・  うんうん こりゃいいなあ~~
 あ そうだそうだ。 これ ・・・ 帰りに見つけてさ。 ちょうどよかった ・・・」
「 まあ なあに? 」
ほら … と 守は鞄の中から包みを取り出し開いた。
「 夏のご婦人方には必需品でしょう、 これも陛下にはぴったりだと・・・ 」
「 ・・・・? 」
手渡されたものを スターシアは不思議そうに見ていたが ―  
「 ほら こうして ・・・ 」
夫がそっと手を添えてくれた。

   ぱら ぱらり。  ぱら ぱら ・・・ 微かに音がして扇子が広がった。

「 まあ ~~ きれい ・・・! これはなんですか? 」
「 あは これはね、扇子といって。 こう~~ 使うのさ。 手動式ファン かな~ 」
守は扇子を使い、彼女に風を送った。
「 ~~ 素敵!  それになにかいい香がするわ ・・・ 」
「 うん、この ・・・ 木の部分、扇の骨というんだけど、香木、香のある木でできている。
 そしてこの紙にも香が焚き込めてあるそうだよ。 」
「 まあ ・・・ ふう~~~・・・・いい香・・・ ほんのりだけど それがいいのね。
 それにここに描かれている絵は ・・・ ねえ これと同じでしょう? 」
スターシアは彼女自身の浴衣を指した。
「 ご名答。 全くの偶然だけど、この絵がいいなあ~と思って買ってきたんだ。
 この花・・・ひるがお は、千代さんの言う通りにこの地域に昔からよく見られた花さ。
 海岸沿いにも自生しているし 俺も子供の頃には神社なんかでもよくみかけたよ。 」
「 ひるがお ってなんだか素敵な響きね。 そう この街のお花なのね。 」
「 そうだねえ。  うん イスカンダル・ブルーみたいな存在かもなあ ・・・ 」
「 まあ♪ 嬉しいわ~~ これ使ってみるわね。 ふ~~ん・・・いい香~~
 えっと ・・・ こうやって持って ~  こうして ・・・ 」
ひらり ひら ひら ― 白い手がごく自然に扇を扱い、微かに甘い風を送る。
「 おお~~~ いやいや大変よくお似合いですよ、陛下~~~ 
 わたくしはますます見惚れてしまいますな。 」
「 まあ 守ってば・・・ 」
「 それで これは俺の分。 これは ウチワ というのさ。 」
守は包みの中から大判の団扇をだして ばふばふと風を送る。
「 きゃ~~ 涼しい~~~  あら? ねえ この模様・・・ きんぎょ でしょ? 」
「 え? ああ そうだねえ。 涼しそうだ。 」
「 可愛いわあ~  ねえ これ、今度貸してね?  」
「 あはは ・・・ いいけど、また千代さんに怒られそうだ。 」
「 千代さんに??   あ !  そうよ そうよ~~ 守の分もあるの、浴衣。
 寸法が合うかどうか着てみてくださいな。
 ですからちゃんと手を洗ってウガイをしていらして ~~ 」
「 はいはい 奥さん。  あ ・・・ それとぉ~~ なにか ~~~腹ぺこなんですが~ 」
「 わかっていますわ。 ちゃんと < お素麺 > が冷えてます。
 具にはね、守の大好きな きんしたまご や ハムやきゅうりの千切り を山ほど♪ 
 大葉はね、ウチのプランターのです。 たくさん召し上がってね。 」
「 うわっほほ~~♪ さすが奥さん~~  感激です ! 」
守はスターシアの手にキスをすると 大股で着替えに行った。



「 ―  どうかな~~ 」
きゅ きゅ っ!  帯を扱いてきっちりと結ぶと 守は姿見を振り返った。
「 ・・・・・!!  」
「 なあ ・・・ 後ろ、ヘンじゃないかい。 帯の結び方なんてうろ覚えだからなあ~  」
「 ・・・・・! 」
「 ?? お~~~い スターシア~~~~ 」
すぐ後ろにいる彼の細君は さっきから一言も発していないのだ。

    あれ?  もしかして ・・・ イスカンダルでは
    オトコがこういう恰好をするのはタブーだった  のか???

「 あのう・・・ 奥さん? 」
「 ・・・ す ・・・てき ・・・! 」
「 はあ???? 」
「 ・・・ なんて ・・・ 素敵なの~~~ 守・・・わたし 息ができない わ ! 」
「 ?!  お  おいおい~~~  」
守の細君は ― 一児の母であり、連れ添ってかれこれ8年くらいにもなる女房殿は 
目を  はあと  にして、頬を染め ほれぼれ・・・ ご亭主を見つめているのだった。
「 すごくすごく似合っているわ、守 ・・・ 」
「 お♪ それは嬉しいなあ。  陛下のお見立てがよろしいからですね。 」
スターシアのとお揃いの紺地に白い波模様が染め抜かれている。
裾の方へとだんだんと波の間合いが広がってゆく。 まるで大潮が寄せてくるようだ。
黒の細帯できりりと締めれば 引き締まった腰の線がはっきりと浮かび上がる。
つまり オトコの魅力 がばっちりと見てとれるのだ。
「 はあ ~~~~ ・・・・  」
スターシアは紅潮した頬に手を当てつつ、夫の姿から視線を外すことができない。
「 制服姿、大好きですけど ・・・ ユカタも最高~~~  」
「 お褒めに預かり光栄でございます、陛下。 しかし 陛下のお姿こそ ・・・
 まるで白い夏の花の化身のようですよ。 」
守は彼女の手を取ると、 慇懃にアタマをさげその手にキスをした。
「 もう~~ 守ったら・・・ 」
「 ははは それじゃ ゆるゆる出かけるかい? おっと・・・ 団扇は~~
 うん ここに差すか 」
彼は帯の結び目に 先ほど買ってきた団扇をはさんだ。
「 まあ いいわね~ じゃ わたくしも ・・・ 」
スターシアはさっそく扇子を夏帯の結び目に挟もうとした。
「 おっと・・・ ご婦人方はこう~~ 帯の間にどうぞ。 」
「 あら  ふうん、こうやるのね。 」
「 おお♪ いいねえ~~ ますます目の保養だよ~~  さあ 出かけるかい。 
 あ~~っと ・・・ 履物がないなあ。 」
守は玄関でしばらくウロウロしている。
「 ?? 靴ではいけませんの? 夏用のサンダルでは失礼かしら・・・ 」
「 うん、確か・・・商店街にあったはずだ。 いいさ 俺はこのつっかけでいい。
 きみは ・・・ ああ ほら屋上に出るときとかに履いてるそれで いいよ。 」
「 え ・・・ でもこれ・・・ 履き古しの普段用ですけど 」
「 途中で 浴衣用の履物を買おう。  ふっふっふ~~~ 楽しみだなあ~~ 」
「 ???  ヘンな守・・・ 」
「 さあさあ お出かけください、陛下。 お供いたしますよ、どうぞ。 」
「 うふ♪ 二人で一緒のお出かけって久しぶりね。 嬉しいわあ 」
「 あ う~~ん そうかもなあ・・・ 」

二人が官舎を出ると まだ夏の日差しは強くてスターシアは白い日傘を開いた。
「 どうぞ 守も ・・・ 」
「 あ いや これは これは  ではワタクシめがお持ちいたします。 」
小さな日傘なので守はアタマしか入っていない。 でも 自然に笑みがこぼれてしまう。
「 え~と ・・・ そう、これを ・・・ 」
「 ?? 」
スターシアは布製のバッグから  ― 白いタオルを出すと首にかけた。
「 ね? こうやると本当に汗が気持ちよく拭えるわね。 」
「 ・・・ あ~~~ う  うん    なあ  これ、どうしたのかい。」
守は遠慮がちにタオルを摘んだ。
「 え  これ?  ああ 官舎の修理をしてくださった工事の方がね
 おちゅうげん です って配ってくださったの。 とても気持ちのいいタオルですわね。 」
「 あ~~ 確かに・・・ 」
「 守、いいやり方を教えてくださってありがとう。 これがあれば夏は快適ね。 」
  きゅ。  浴衣美人は白い浴用タオルで 額の汗をぬぐっている。

   あ これかあ~~~
   昨日 千代さんが電話でがんがん怒っていたのは ・・・

   守君! きみの奥さんにはね! レースか絹のハンカチが似合うのよ!

   ・・・ ってすごい剣幕だったもんなあ~
   ふふふ ・・・ でも 可愛いじゃないか。 
   うん なかなか いいよ ・・・ スターシアらしくて さ 

守はくす・・っと笑いを抑え、細君の細い浴衣の肩を引き寄せる。
「 じゃ ・・・ 行こうか。 ああ 神社に行く前にね、古い方の商店街を通ってゆこうよ。
 ちょっと買い物がしたいんだ。 」
「 ええ。 あそこは好きよ。 だってね、初めて見るモノを売っているお店が
 たくさんあるんですもの。 」
「 あ~~ 昔ながらの個人商店が復活してきているからなあ。 
 ま ちょいと冷やかしがてら通ってみよう。 いいのがあれば買いたいしな。 」
「 うふふ・・・ 守と一緒にお買いもの♪ 嬉しいわあ~~ 」
「 では どうぞ 陛下。 」
「 ありがとう・・・ 」
イスカンダルの貴士( ナイト ) 閣下は 首からタオルを掛けた女王陛下に腕を差し出すと
日傘を差し掛けつつ 悠々とエスコートしていった。


 ― 余談だが。  夏祭での陛下の浴衣姿のスナップが地元のタブレット・ニュースに載り
 ( タオルを首にかけたまま! ) ○○板金加工 の社長は大感激した という・・・






Last updated : 01,04,2014.          index      /     next