『 かぽ~~~~ん ―(2)― 』
うっく ・・・!
すばるの両足は ぴたり、と止まってしまった。
右の足は 右へ進みたい!と主張しているし、左足は涙声で 左~~ と訴えている。
うっく ・・・ う~~~ ・・・ぼ 僕ぅ ~~~
たら~~っと髪の毛の中から冷たい汗が流れおちてきた。
ずっと捧げ持ってきた風呂敷包みをきゅう~~っと胸に抱いたまま すばるは棒立ちだ。
僕 ・・・ どうしたら・・・どっちに行ったら ・・・ いい???
― 島村すばるクンは 地元の銭湯・松竹湯 の入口で固まっているのである。
「 ほらほら ・・・ そんなところに突っ立っていたら皆さんのお邪魔でしょう?
はやくこっち、いらっしゃい すばる。 」
左側からは お母さんがすこし呆れた顔で手招きをしている。
双子の相棒・すぴか はもうとっくに女湯の中に入ってしまった。
「 すばる~~ ほら 先に入っちゃうぞ? グレート伯父さんに下駄箱の使い方、
教えてあげなさい。 」
お父さんは右側の暖簾からアタマをだして、すばるを呼んでいる。
グレート伯父さんとおじいちゃま は 先にもう暖簾をくぐってしまった。
う ・・・ うううう ・・・ 僕ぅ ~~~
家のお風呂にはお父さんと入るときも お母さんと入るときも おじいちゃまと入るときも ある。
たいていはすぴかと一緒だけど、それは入るときまでで、すばるがいつもの~~~~んびり
湯船に浸かって水鉄砲したり <くうそう> している間に、すぴかはあっという間に
湯船をでてさっさかシャンプーして身体を洗って顔も洗って ・・・
「 ちょっと~~ どいて~よ ! 」
ばっしゃん、と すばるの隣にまた入ってくるのだ。
「 ふ~~~~ あ~~~ きもちいい~~~な♪ ふんふふ~~~ん♪ 」
「 ・・・ うん ・・・ ねえ すぴかぁ~~ あのさあ~~ 」
「 さ~て♪ しっかり石鹸のいいニオイもついたし♪ じゃね~~ 」
ざばあ~~ ・・・ すぴかはえい!と浴槽を跨いで上がってしまった。
「 ふう ~~~ ふんふんふ~~ん♪ ・・・・ ん ・・・? 」
きゅ きゅ きゅ。 すぴかはタオルで上手に髪を拭くときゅきゅっと捩じりあげた。
「 すばる~~? 先に上がるからね~~ 宿題、 がんばりな~~ 」
「 え ・・・ あ う~~ん ・・・・ 」
カチャ ― すぴかはあっという間に身体を拭き 風呂場から出ていった。
「 ふうん ・・・ しゅくだい? ・・・ あった かなあ・・・? ふ~ん ・・・ 」
すぴかがセピア色の頭を気にしつつ脱衣所から出て行こうとすると お風呂場の中から
ぼわ~~ん ・・・と間伸びした声が聞こえてきた。
「 す~ぴか~~~ ・・・しゅくだい さあ~ こくご だっけ ??? 」
「 もう~~~!!! 算数ドリルと漢字! 」
「 あ ・・・ そっか~~ そうだっけかなあ~~ 」
「 そうだよっ! ちゃんと先生が言ったもん。ちなみに~ アタシはもう終わったよん! 」
「 え ・・・ すご~い~~~ すぴかってば~~~ 」
「 ふん。 とっとと終わらせてさくっと遊びに行くってのがアタシの こんせぷと なのさ 」
「 ??? こんせんと?? すぴかってば~~ 自分のコンセント、持ってるの??? 」
「 ち ・ が~~う~~~~!! こ ん せ ぷ と !!
アタシの きほん・えいぎょうがいねん ってこと! 」
「 えいぎょう??? ・・・がいねん って なあに 」
「 ・・・ だから! アタシはアタシが~~こうやりたい!ってきめたふうに やるの!
じゃね! いつまで~~~~もお風呂に浸かってると ぼわぼわ~~になるよ~ 」
― バン! 相変わらず バスルームのドアはすごい勢いで閉まった。
「 あ~あ ・・ またしかられるよ~~う ・・・ ドアさ~ん ごめんねぇ~
算数ドリル と 漢字、 かあ~~ 算数はいいけどぉ~~ 漢字はめんどいなあ~~ 」
ぶくぶく~~~ すばるは目の下まで潜水した。
「 ぼこぼこ~~~ 算数は~~ えっとぉ~~ ・・・ 速さと時間 だっけか・・・
う~んとぉ~~~ 1500メートルの鉄橋があります。 そこへ時速○めーとるの速さで
電車がきました ・・・ そんな鉄橋、あるかなあ どこの鉄橋かなあ~ おかしいよな~
時速○めーとる なんて言わないよ~~ ヘンだよな~~~ 」
ドリルの問題を暗記できちゃうのもすごいが 文章題の内容が < 小鉄クン > のすばるには
ど~しても許せないでたらめぶり だった ・・・ らしい。
出題者 … というか問題を考えたヒトは電車やら鉄道について論じたいのではないので
当然といえば当然の < 非・現実的せってい > なのだ。
が。 この小鉄少年には 許せないらしい。
「 僕があ~~ 問題をだすなら ・・・ そだ! りにあ・もーたー車だな~~
アレの中でぇ 一番速いのは えっと・・・ 」
小鉄・少年は お風呂に浸かったまま う~~ん … とあれこれ妄想を始めた。
バタン! 突然 お風呂場のドアが開き ― きんきん声が降ってきた。
「 すばる!! いつまでお風呂に入っているの~~!! 逆上せちゃいますよっ! 」
「 ・・・ へ??? だから~~ 速さ 掛ける 時間 でぇ~~ 距離があ ・・・ 」
「 すばるクン! お勉強は お風呂から上がってからよ! もう十分 浸かったでしょう?
冬じゃないんだから あったまらなくてもいいし。 ほら ほら ほらあ~~~ 」
「 え ・・・お母さん~~ あ 僕ぅ~~ まだ洗ってない ・・・ 」
「 え!!?? 1時間近くなにやってたの?? 」
お母さんは ずむ! と お風呂場に入ってきた。
「 え ・・・ あの~~ お風呂の中でねえ あのね 鉄橋と電車の速さについてね~ 」
「 え! 電車ごっこしてたの??? すばるクン~~~ 君はもう幼稚園生じゃないのよ!
ほらほらほら~~ 早く洗って! シャンプーは ? え まだ?? 」
「 あ あの 僕 ・・・ その~ あの~ 」
「 もう~~~ ほらほら ・・・ お母さんが洗ってあげるから こっちいらっしゃい! 」
「 い! いいよ!!! じぶんでやる~~ やるってば~~~ 」
すばるは ひし! と湯船のヘリにかじりついた。
冗談じゃあないよ ・・・ 僕はもう三年生なんだぞ~~ !
お湯の中で 心の中で威張ってみたが ― 顔は彼の真意に反してにこにこ・・してしまう。
「 そう? それなら あと15分で上がること! いいわね!? 」
「 はぁ~~~い 」
「 それと! お風呂にあひるさん とか 金魚は持ち込み禁止! ですからね! 」
「 ・・・ 僕、 あひるとか金魚なんて持ち込んでないやい。 」
「 え? なあに? 」
「 ・・・ なんでもない。」
「 そう? それならさっさと洗ってさっさと出てらっしゃい。 」
「 ふぇ~~~い ・・ 」
バタン。 お母さんはやっとバス・ルームから出ていった。
「 ・・・ あ~あ ・・・ もう~~めんどくさ~~~ いなあ ・・・
シャンプー ・・・ いっか。 石鹸 ・・・ いっか~ 」
彼は湯船の中で パシャパシャやって髪を濡らした。
「 これでいっかあ♪ 洗ったことにしよ ・・・ よっ ! 」
ようやっと安住の地? から出ると、すばるは石鹸をちょちょい・・・と弄ってから
タオルに手を伸ばした。
「 石鹸の匂い、くっついたよね~~ よし~ お風呂 お~~わりっと 」
バタン。 またしても すばるの目の前でお風呂場のドアが開いた。
「 おわ!? ・・・ あ おじいちゃま~~~ 」
「 ほっほ~ さあすばる。 わしと一緒に風呂に入ろうな。 」
目の前には 博士がにこにこ・・・タオルをもって立っていた。
「 あ あの~~ 僕、もうお風呂 おわり~~ 」
「 まあ いいじゃないか。 お前がちゃ~んとシャンプーして身体を洗っている間に
鉄橋と電車の速度についての話をしてやるぞ~~ 」
「 うわ!? ほんと??? おじいちゃま~~~ 」
「 ああ 本当さ。 だから ・・・ きちんと洗うのだぞ。 いいな? 」
「 うん!!! あ おじいちゃまのお背中~~ 僕 ごしごしやったげる! 」
「 おお ありがとうよ ・・・ じゃ まずすばるのシャンプーからじゃ。 」
「 はあい♪ 」
すばるは素直に シャワーのノズルに手を伸ばした。
・・・ 博士~~~ ありがとうございます ~~~
一部始終を < 聞いて > いた母は バス・ルームに向かってお辞儀をしていた・・・
― とまあ 日頃はこんな感じのお気楽・お風呂ライフ なのだが。
今! すばるに新たなる人生の試練が襲い掛かってきたのであった。
「 ぼ 僕ぅ ~~~・・・・ どっちに行ったらいいか きめらんない~~ ・・・ 」
風呂屋の番台の前ですばるは 男湯に行くべきかお母さんにひっつい女湯に入るか ―
人生最大の危機に直面しているのだった。
「 ほい、プチ・ムッシュウ? このシューズ・ロッカーはどうやって使うのかね? 」
店先にある < 昔ながらの下駄箱 > の前でグレート伯父さんが
すばるを手招きしている。
「 あ 伯父さん~~~ え?? なにぃ~~ げたばこ? うん 今 行く! 」
すばるはダッシュ! で男湯の暖簾の下! 駆け去ったのだった。
「 お ~~~~~ なるほど? うん うん ・・・? 」
「 で ね。 伯父さん。 このふだはねえ~ ずっと持ってるの。 これがないとあかないよ
ロッカーに入れておくんだ。 」
「 ふむふむ ・・ お~ この札は木製ではないか~~~ 何ともレトロで素晴らしい! 」
「 え なに。 れ・・? 」
「 いやなに、このカード・キーは木で出来ているなあ~と言ったのさ。 」
「 ?? これと同じのがね、おんせん にもあったんだよ。 」
「 ほうほう・・・ プチ・ムッシュウ はよく覚えておるなあ。 」
「 えへ♪ あ 伯父さん~~ ほら お風呂、入ろうよ~~ お父さん~~~
おじいちゃまあ~~~ 」
すばるはグレート伯父さんの手をひっぱり お父さん達を追い掛けていった。
< 人生最大の危機 > はあっという間に解決したようだった。
うわあ ・・・ たか~~~い・・・!
すばるは浴場の天井をじ~~~っと見上げている。
「 うん? どうした? ほら ・・・ 入ろうよ。 」
お父さんがすばるの手を引いた。
「 お父さん~~ 見て ~~~ すっごく高いね! すっご~~い ・・・・・ 」
どうも双子とは 同じことで感動をするらしい。
「 え ・・・ ああ天井かあ。 そうだねえ・・・ さあ 伯父さんやおじいちゃまと
一緒に入ろう~ 前に皆で温泉に行っただろう? あの時と同じさ。 」
「 うん ・・・ あ? でもさあ~ お外が見えないよ、お父さん。 」
「 ま 多少の違いはあるさ。 でも~~ ほら、湯船はすご~く大きいだろ? 」
「 ・・・ うわ ~~~・・・! 」
すばるは洗い場で 突っ立ったままだ。
「 うん? どうかしたかい? 」
「 ・・・ すごい ・・・ これ 全部 お風呂? 」
「 そうだよ~ ここはねえ、皆のお風呂 なんだ。 いろんな人が入りに来る。
さあ すばるも ~~ 汗を流そうな。 」
「 ウン。 あ おじいちゃまとグレートおじさんは ・・・? 」
きょろきょろ辺りを見回すと ― 博士は囲碁敵でおなじみの煙草屋のご隠居さんと
話こんでいた。 グレートも側にいて どうやら紹介してもらっているらしい。
「 あ ・・・ なにか おはなし してるのかな~~~ 」
「 そうだね~ じゃ すばるはお父さんとシャンプーしようか。 」
「 うん いいよ あ お父さん、 僕のシャンプー、貸したげるね~~ 」
「 お。 ありがとう。 お父さん、シャンプー忘れてきちゃったみたいだ ・・・ 」
「 ど~~ぞ。 あ おじいちゃまとグレートおじさんにも 」
「 グレートおじさんは シャンプー、要らないと思うぞ。 」
「 ? ・・・ ! あ そだねえ~~ 」
いつもはのんび~り ゆっくり~なムスコも お父さんと並んでお父さんのマネっこで
結構さっさかシャンプーしている。
ふうん ・・・ コイツはほっんとうに生来の <のんびり屋> ?
いやいや ・・・ マイペース人間ってとこか ・・・
ジョーは自分の <小型版> をちらり、とながめつつ感心していた。
彼の息子は 赤ちゃんの時から姉の後ろでいつも にこにこ していた。
行動的で多分にせっかちである姉の後から とことこついてゆく。
食事もお風呂も着替えも ゆっくり・のんびり ・・・ なのだ。
母親は娘と同じ ― というか 彼女の気質を娘は受けついだのだが ― かなりせっかちなのだ。
いや 双子の子供を抱え、主婦として家の切り盛りをし、かつ バレエ・ダンサーとしての
活動も熱心な彼女だから のんびり していたらアウトで何もかも中途半端で頓挫してしまうから
なのかもしれない。
しかし、すばるは のんびり屋 だけれど、遅刻したり宿題を忘れたりはしない。
ちゃ~~んと始業ベルと同時に席につくし、宿題も寝る前には終わっている。
ただ ― すぴかみたく 早く終わらせて~~ 遊びに行こ! という発想はない。
どうも 彼の思考の中には < 急ぐ > という概念は存在していない・・・らしい。
「 すばる~~ シャンプー、できたかい? お湯、かけるよ~ 」
「 う ・・・? お父さん~~~ どこ?? 」
「 な~に言ってるんだ、隣にいるよ! あれ ・・・ すばる、あの土星の輪っかみたいな
ヤツ、もって来なかったのかい? ほら こういう~ の・・・ 」
「 ・・・ しゃんぷー はっと ! 」
「 あ そうそう・・・ その ハット。 おいてきちゃったのかい? 」
「 ウウン。 僕 さ。 もう大きいから ― 一人でお父さんみたく できる 」
「 お~~ そうか? それなら ・・・ ほら こっち向いて ・・・ 」
「 なあに お父さん ? 」
「 シャンプーの泡が目に入りそうだな~ 目、ぎゅっとつぶれ~ ! 」
「 りょうかい~~ 」
「 しゃわ~~~・・・っと。 よし。 じゃ 身体 洗おう。 」
「 うん! あ お父さん~~ お背中 きゅきゅってやったげる~~ 」
「 え!? す すばるにできるのかい? 」
「 でっきるさあ~~ 僕ね、いつもおじいちゃまのお背中、きゅっきゅってやってるんだ~ 」
「 ふうん・・・ そうか~すごいなあ すばるは。 それじゃお願いシマス。 」
「 は~~い♪ えっとぉ~~ 」
すばるは張り切ってお父さんの後ろに回った。
「 それじゃ~~ね 行きます~~ えいっ ! 」
ガシ。 結構つよい刺激が ジョーの背中に加わった。
「 わあ~ すごい力だなあ~~ すばる~~ 」
「 えい ・・・ えいっ! ・・・ ねえ お父さん・・・? 」
「 ・・・ うん? なんだい。 」
「 えいっ! えいっ! ・・・ねえ お父さん? 」
「 うん なに、すばる? 」
「 うん ・・・ あのさ~~ えいっ! お父さんの背中ってさ~~ えいっ! 」
「 うん ? 」
「 なんかさ~~ えいッ! えいッ ! なんかさ~~ おじいちゃまとちがってさ~ 」
「 ・・・だから何なんだい 」
「 えいっ! あ ・・・ うん あのさあ~~ えいっ! 固い ね? 」
「 あ そ そうかい?? そりゃあ~ ・・・ お父さんはおじいちゃまよか
若いから だよ。 」
「 えいっ! ・・・あ~ そだね~~ それにさ~~ お母さんの背中とさ~~ えいっ!
「 うん? お母さんの背中は ・・・ どうなんだい? 」
「 うん ・・・ あの さ。 僕のお母さんはさ~~ エイッ! 」
「 うん? だからお母さんの背中は? 」
この時 セピアの髪の父子の周りはし~~ん ・・・と静まり返った!
「 お母さんの背中はね~~ こんなに広くないよ~ 」
「 ・・・あ ああ ・・・ ( ほっ ) そうだねえ~~ 」
「 でしょ? 僕がねえ~~ こうやってえいっ!ってやるとさあ~
二回くらいで 全部洗えちゃうんだ。 」
「 ふ ふうん ・・・ そ~なんだ~~ お母さん、 ありがとう!って言うだろ? 」
「 ウン。 えいっ! えいっ~~~ 」
「 いやあ~~ すばる~~ ありがとう! じゃ 今度はお父さんがすばるの背中、
ゴシゴシ~~ってするぞ~~ 」
ジョーは小さな息子を自分の前に座らせた。
「 いくぞ~~ そ~れ・・・ ! 」
「 きゃはは~~ くすぐったい~~~♪ お父さん、もっとガシガシいいよ~ 」
「 え ・・・ 大丈夫かい。 」
「 ウン! だってね~ お母さんはさ~ きゃはは~~ 」
「 お母さんは ガシガシやるんだろ? 」
「 うん。 あ お父さんも~ お母さんにガシガシ・・・やってもらうんでしょ? 」
「 え ・・・ あ ああ まあ な ( こ こら~ 何言わせる~~ ) 」
「 ね~~ そうだよね~~ お母さんはね~~~ 白くってね~~ ふわふわでね~~
いい匂いなんだよね~♪ 」
「 あ そ そうだねえ~ 」
「 そんでもってさ~~ お母さんのおっぱい、ふわふわだよね~~~ ふわん ふわん♪ 」
「 ・・・え 」
「 僕ぅ お母さんのおっぱい、だ~~い好き♪ お父さんも大好きでしょ? 」
「 す すばる~~~ 」
ジョーは慌てて息子の発言を阻止した。
「 う? なに~~ お父さん? 」
「 あ い い いや さ さあ~~ 流そうよ? ゆくぞ~~ 」
シャワー~~~ ジョーは自分も一緒にお湯をかぶった。
「 きゃわ~~~ きゃわ~~ 」
「 こ こら ・・・ 騒ぐなよ~~ 」
「 あ は ごめんね~~ お父さん あははは もっとしゃわー~~~やって~ 」
「 いいけど ・・・ ちゃんと流せよ? すばる~~ お前、いつもどうやって風呂に
入っているんだ? 」
「 え 僕? すぴかと一緒だよ? 」
「 けど すぴかが洗ってくれるわけじゃないだろ? 」
「 あったり前さあ~~~ すぴかはあっという間にシャンプーも身体も洗って
じゃね♪ って出てっちゃうもん。 」
「 ・・・ だろう なあ ~~ 」
せっかち気味の娘なのだ、 < カラスの行水 > であろうことも想像がつく。
「 うん。 」
「 で その後からすばるはゆっくりシャンプーして身体、洗うのかい? 」
「 僕? あ~~~ 僕は ねえ ・・・ 髪をちょちょちょっとぬらしてね~~
石鹸をぬりぬり~~ して。 あとはどぼ~~ん♪ 」
「 おいおいおい~~~ ちゃんと洗ってないのかい??
ちょっとこっちこい。 もう一回 洗いなおしだ~~~ 」
「 きゃわ~~~ あはは ・・・ 」
ジョーは 息子の腕を掴んで引き寄せると ― もう一回、ガシガシ洗い始めた。
「 きゃははは ・・・・ くすぐったい~~~♪ 」
「 こら! 静かにしろってば ~~ 他の人に迷惑だろ~ 」
「 きゃわ~~ ・・・ 」
「 やあ こんばんは~~ 」
浴場の隅っこで じゃれている父子に初老のオジサンが声をかけてきた。
「 こんばんは~ ・・・あ 商店街の町内会長さん~~ 」
「 元気だねえ~ すばるクン~~ 」
「 あ すいません~~ うるさくて ・・・ 」
「 わ~~ おはよ~ございます~~ ・・・ じゃなくて こんにちは! 」
「 すばる、もう こんばんは の時間だよ。 」
「 ふ~~ん じゃ こんばんは~~ 」
「 はい こんばんは、すばるクン。 いやあ~~ 毎朝 すぴかちゃんとすばるクンの
< おはよ~~ございます~~ > に皆、元気をもらってますよ~ 」
「 あ は ・・・ ど~も朝っぱらからうるさくてすいません~~ 」
「 いやいや お父さん。 ワタシら商店街のモノは皆ね、二人の元気な挨拶を楽しみにしているよ。 」
「 そ そうですか・・・ それならうれしいですけど・・・・
ほら~~ すばる! 耳の後ろ、ちゃんと洗えよ~ ほらあ~ ( ごしごし )」
「 きゃはは ・・・ぁ う うん ・・・ 」
「 松竹湯に来るのは珍しいねえ 」
「 ええ ・・・ 実はね、この子の伯父がぜひ日本の銭湯に行ってみたい! っていので・・・
じゃあ 皆で行こうかってことになったんです。 」
「 ほう? 伯父さん? ・・・ ああ あそこで御宅のご隠居さんと一緒いいる? 」
「 そうそう あのつるつるアタマですよ。 」
「 ほう~~~ あは 煙草屋のご隠居と話が合ってるみたいだなあ~ 」
「 銭湯についていろいろ・・・伺っているんじゃないですかね? 」
「 ああ そうかもなあ 外国の人にも日本の銭湯の良さを知ってほしいよなあ 」
「 そうですよねえ ウチはね、皆日本式のお風呂じゃないと承知しませんよ 」
「 ふんふん そうだろうさ ・・・ うん? 」
「 ・・・ え? 」
たび ゆけばぁ ~~~~~ ・・・
湯けむりの中から びん、とお腹に響くみたいな声が聞こえてきた。
「 ?? おと~さん! これ ・・・ グレート伯父さんの声 だよ? 」
「 え そ そうかな? 」
「 うん! ね~~~ すぴかぁ~~~~~~ ? 」
すばるは 女湯との仕切りになっている高い壁に向かって声を張り上げた。
「 なに ~~~~ すばる~~~~ 」
壁の向こうから きんきん声 がすぐに返ってきた。
「 あ~~のね~~~ぇ グレート伯父さんのこえ きこえるぅ~~ ? 」
「 え・・・ ちょい待ち! おか~さ~ん ・・・ 」
「 こらこら そんな大声 出すなってば 」
「 でも! 僕 今すぴかとお話したいんだもん。 」
「 ウチに帰ってからじゃだめなのかい。 」
「 だめ! だってね、< いま をたいせつにしましょう。> 」
「 ・・・・? なんだ そりゃ? 」
「 って先生が言ったよ~ 」
「 へえ ・・・ ほら おじいちゃま達と一緒に ざぶ~~ん・・・って湯船に入ろうよ? 」
「 グレートおじさん は? 」
「 おじさんも一緒さ。 ほら・・・ 」
「 う うん ・・ すぴか~~~~~ また あとで~~~~ 」
「 すばる~~~ グレート伯父さんの声 だって~~ おか~さんが~ 」
「 わい♪ ありがと~~~ すぴか~~~
ね! お父さん。 やっぱグレート伯父さんのこえ だって! 」
「 あ ああ そうかい ・・・ どうもお騒がせてしてすみません~~~
ウチのちびが騒ぎまして ・・・ 」
ジョーは付近の客たちに謝っている。
「 う~~んにゃあ~ 元気でいいってことよ~~ 」
「 ははは ・・・ 子供はい~ですな~~ 」
ジョーはアタマを下げてから すばるにはっきりと言った。
「 すばる。 ここはウチじゃないんだ。 騒いだらダメだ。 」
「 ・・・ ごめんなさい。 」
「 お父さんに、じゃなくて。 他の人たちに言いなさい。 」
「 え ・・・ あ あの ・・・ ゴメンナサイ ・・・ 」
ぺこっと下げたセピアの小さなアタマに 周りのオジサン達は皆軽く頷き笑い返してくれた。
「 さ ・・・ おじいちゃま達と一緒に入ろうな。 」
「 うん! 」
広い洗い場を危なっかしい足つきで横切ってゆき、湯船に近い洗い場までやってきた。
そこは 所連さん達の指定席 みたいな場所で、 ご老体方が談笑していたりする。
「 おじ~ちゃまあ~~ 」
「 おお すばる・・・ 父さんと一緒にちゃんと洗ってきたかな? 」
「 うん ! しゃんぷ~もいっしょにがしがしがし~~~ だよ~ 」
「 ははあ それはよかったなあ~ 」
「 うん♪ ねえ グレートおじさん は? 僕ぅ~~ やくそく、あるんだ~~~ 」
「 グレートなら ほら そこじゃ ・・・ 」
「 え?? 」
グレート伯父さん は やはりつるつるアタマのオジイサンの前にお風呂イスを据えて
なにか一生懸命に聞いていた。
「 あれえ~ ・・・どこのおじいちゃまかなあ~~ 」
「 え? ・・・ああ 商店街の奥にあるお茶屋さんのご主人だろ? 」
「 おちゃや??? むぎ茶を売っているの? 」
グレート伯父さんは なにやら熱心に耳を傾けていた。
「 むぎ茶・・・ は売ってないかもなあ~ お話が終わったらすばるも一緒に
湯船に浸かったらいいよ。 」
「 うん! あ ・・・ でもぉ~~~ あつくないかなあ~ 」
すばるは滾々とお湯の湧き出ている大きな浴槽を ちら・・・っと横目で見ている。
「 大丈夫。 熱いのが好きな人はね、あっちの囲いの方に入るし。 こっちのね
浅いところなら すばるにも熱くないはずだ。 」
「 そ~なんだ~~~ それならいいや。 グレートおじさん~~ 」
すばるはお父さんの手を引っ張っていった。
グレート伯父さんは近所のおっさんやらお茶屋のご隠居さんに紹介してもらい
愛想よく振る舞いつついろいろと < 日本の銭湯文化 > についてレクチュアを受けている。
「 な~~るほどねえ~~・・・ そりゃあ たいしたもんですんなあ~~
家庭に風呂がなくても 不便はないってことですな。 」
「 そうじゃよ。 各町内にはちゃ~~と銭湯があってさ。 朝っぱらから湯にはいれたからねえ 」
「 え・・・朝から営業していたんですかい? 」
「 ああ・・・ワシらがガキの頃はなあ。夕方は町内の誰もかれも仕事が終われば
手ぬぐいと石鹸もって一ッ風呂浴びに行ったし。 年寄たちは朝風呂でのんびりしておったよ。 」
「 ほう~~ それは贅沢ですなあ~~ 王侯貴族の生活ですなあ~~ 」
「 ははは ・・・ そんでさ、風呂の中じゃみ~~んなハダカだもの、
本当にハダカの付き合い、さ。 困り事があれば相談したりして な。 」
「 ふう~~~ん ・・・ なるほど~~ ふ~~ん 」
グレートは感心しきり、である。
「 のう? さっきから思っていたんだが。 あんたさんはいい声をしていなさる。
ひとつ どうかね・・・ 」
「 はい? 」
「 ワシの秘儀を受けついてはくれまいかね? 」
「 ひ 秘儀?? ですか??? 」
「 左様。 いいかな? ( ちょいとシツレイ ) 旅ゆけばぁ~~~ 」
お茶屋のご隠居は どぼん、と湯船に入ると朗々と呻り始めた。
「 お。 ニッポンのゴスペルですか! ぜひぜひ~~ ご伝授願いたい! 」
グレートも どぼん、とご隠居に続いた。
「 たび ゆけばぁ~~~~ 」
「 そうそう。 その調子~~ するがのくにのぉぉ ぉぉぉ ~~~~ 」
「 す るがのくに のぉ~~~ 」
次第にユデダコみたいになりつつも 二人は歌い?続けている。
「 … お父さん ・・・ 僕たちも ・・・ お歌、うたうの? 」
すばるは つんつん・・・とお父さんの手を引っ張った。
「 え ・・・ いやあ~~ それは ・・・ 」
「 ほっほ グレートのことはわしが面倒を見るから・・・ すばる、お前は父さんと
一緒に湯船に浸かっておいで。 」
博士がそっと耳打ちをしてくれた。
「 は~い おじいちゃま~~ 」
「 じゃ ・・・ お願いします。 すばる~ それじゃ浅いところに入ろうか。
そうすれば熱くないと思うよ。 」
「 ウン! あ ・・・でも深いトコにも行ってみたい・・・ 」
「 よ~し ・・・ じゃ お父さんと一緒に入ろう。 ほら どぼ~ん ・・・ 」
「 どぼ~~ん ・・・ うわ ! ぷーるみたいだ~~~ 」
すばるが広い湯船の探検を終える頃まで グレートの声は松竹湯に響き渡っていた。
なにしろ本格的な発声の伸びのある声なので 誰もが楽しんで聞いていたようだ。
「 わ~~~ お父さん~ すばる~~ 遅いったら遅いぃ~~~ ! 」
「 あ すぴか ・・・ ごめんな~ 」
男性軍がやっと松竹湯のロビーに現れると すぴかが真っ先に跳んできた。
「 アタシもお母さんも~~ とっくに上がって~~ ほら 髪まできれいにかわかしたよ~ 」
三尺帯をフリフリさせて浴衣姿のすぴかは ほっぺもおでこもぴっかぴか・・・だ。
「 おう~~ すまぬなあ~~ プチ・マドモアゼル~~
いやあ~ すっかりキレイになって ・・・ わが姫君 ~~~ 」
やっぱりつるつる・ぴかぴかのいい色艶になったグレート伯父さんは 慇懃にすぴかの
手を取りキスをした。
「 うふふ~~~ グレート伯父さんもステキ~~ 」
「 フラン~~~ ごめん ・・・ 『 神田川 』 になっちゃったね。 」
「 かんだ??? 」
「 あ いや ・・・ うわ ・・・ キレイだねえ ・・・ 」
ジョーは 艶々した髪を結いあげきっちり浴衣を着た妻に見とれいている。
「 まあ イヤぁねえ・・・ あ 博士もグレートも・・・湯中り、していない?
ず~~っとグレートの歌声が聞こえてたけど ・・・ 」
「 いやいや わしやお茶屋の隠居はなあ日頃の鍛錬~ というヤツでな。
グレートは 首から下を熱帯魚かなにかの皮膚に変身していたらしいぞ。 」
「 まあ ・・・ その ・・・大丈夫ですの? 」
「 なあに。 湯船じゃみ~んな目を瞑っていい気分~~でおるからの。
ヨソ様の恰好なんぞ どうだっていいのさ。 」
「 ・・・ はあ ・・・ 」
イマイチ、釈然としなかったけどれど ・・・ 誰も何にも言わないので
フランソワーズはこの際、 知らん顔を決め込むことにした。
「 それで。 湯上りにはね、こうやって ・・・ 牛乳を飲む!
これがニッポンの銭湯の正しい入り方 なんだ~~ 」
ロビーでは ジョーが得々としてフルーツ牛乳( 瓶入り )をイッキ飲みして見せていた。
・・・ 勿論 片手はきっちり腰に当てている。
隣で グレートはコーヒー牛乳を、すばるはお父さんと同じフルーツ牛乳、そして
すぴかは アタシは白! と 白牛乳を イッキ~~~~!
「 さあ ~~ それじゃ 神社の方を回って帰ろうよ。 今日は縁日が出ているはずだよ 」
「「 うわ~~~い♪ 」」
カッコロ カッコロ。 カツカツ カッツン ペタペタ ペッタン ・・・
島村さんちご一行様は 浴衣姿での~んびり・・・夏の夕暮れの中、歩いていった。
「 ね~~ グレ―トおじさん~~ 」
「 ん? なんだな、 小さなマドモアゼル。 」
「 あのさあ ・・・ おじさんのこんどのお仕事って お風呂屋さんのけんきゅう? 」
「 あは・・・ そうさなあ~ それもあるが・・・
お風呂屋さん、つまり銭湯では張々湖飯店での給仕や出前持ちと同じなんだ。 」
「 ????? お風呂屋さんとぉ?? 」
すぴかは目をまんまるにしている。
「 そうだよ。 すぴか嬢。 いろ~~~なヒトが来るところっていうのはなあ
人間模様の観察には最高なのさ。 」
「 にんげん ・・・ もよう??? 模様・・・ってしましま とか 水玉とか??? 」
「 あははは~~~ うんうん、そうかもしんよ~~
ヒトのココロはいろいろ・・・だからなあ~~ 縞模様も水玉模様も あるだろうさ。 」
「 え~~~ わかんな~~い~~ 」
「 ふふふ ・・・ この世界にはいろ~~~んな人がいるってことだよ。
それを観察するのは吾輩たち、役者にとって最高の勉強なんだよ、すぴか嬢や。 」
「 ふうん ・・・ 」
すぴかはおでこにちょいとシワを寄せて考えてみる。
いろ~んなヒトがいる・・・って ・・・
そうだよねえ~~ アタシとすばるは双子だけど
でも ちがうヒトだもん。
グレート伯父さんや張伯父さんは全然違うけど
アタシたちの大事なオジサンだもん。
お風呂で会ったオバサンたちやオジサンたちも
全然ちがうけど 町内の優しいヒトたちだよね~
・・・ そっか~~ いろ~んなヒト、いるんだよね~~~
そう ― それでもって。
か ぽ ~~~~~~ ん ・・・・ !
お風呂屋さんに響く音の下では み~んなにこにこ・のんびり笑顔になるだ。
************************* Fin. **********************
Last updated : 25,03,2014. back / index