『 かぽ~~~~ん  ― (1) ― 』










  かっちゃ かっちゃ かっちゃ !  たたたた!!  たったった ・・・!

「 はあ~~~  急がなくちゃ! 」
すぴかは一旦止まって ふう~~~~っと大きく深呼吸した。
なにしろ学校からず~~~っと走ってきたのだ。
一年生からず~~っとリレーの選手で 徒競走は当然!ぶっちぎり・連続1番~なすぴかでも
さすがにちょっとばかり息が切れてしまった。

  サワサワサワ ~~~   海からの風がおでこの汗を拭ってくれた。

「 わは ・・・・ い~きもち~~~♪ えねるぎ~ちゃ~じっとぉ~~ 」
すぴかは 海の方に向かって思いっきり す~~は~~~ ・・・ もう一回深呼吸だ。
「 ・・・よぉ~~し。 えねるぎ~じゅうてん 120ぱ~せんと~~!  」
そう。 ここからがラスト・スパートってか正念場なのだ!
「 ふん!  アタシならイッキだわさ! 」 
ぴんぴんはねる金色のおさげをちょいと噛み締めて ( これはおまじない )
すぴかは目の前の坂をにらんだ。
ゴール つまり 彼女の家はこのとてつもなく長い急な坂のてっぺんにあるのであ~る。
「 さあ~~て 行くかな~  すばる~~~~???  」
彼女はやおら後ろを振り向き、同じ日に生まれた弟を探した。

   はっはっはあ ~~~~ ・・・ ふぇ~~~

はるか彼方に もそもそやってくるセピア色の頭が見えた。
「 あ~ あ ・・・ まだあんなトコ・・・
 お~~~~い! す~ばる~~~~~~!!! 先 行くよ~~~~ 」
「  まって まって ~~~~ 」
「 おっそ~~~~~い!! アタシ、先に行くからね~~ 」
「 まって まって~~~~ いま  ・・・ はっはっは・・・  」
トントントン ・・・ すぴかがさんざん足踏みをしてイライラしていると や~~~っと
弟がやってきた。 すでに足元がよれよれしている。
「 はあ~~~~~~ ・・・・ すぴか~~ 速い~~~ 」
「 ふん。 あんたがのろまさん なんでしょ! アタシ、これでもぺ~すだうん して
 あげたんだよ! 」
「 ぼ 僕! のろまさんじゃないもん!!! 」
「 へ~~~ そう?そんならなんでアタシはず~~~っと待ってなくちゃなんないわけ?? 」
「 ・・・ う ・・・ 僕 ・・・ 僕だっていっしょうけんめい~~ うっく ・・・ 」
「 ストップ!  泣いたらホントに置いてきぼり だかんね~~ 」
「 や やだっ ! 」
「 だったら泣くなっての!  早く~~~ グレート伯父さん、待ってるよ! 」
「 う ・・・ ぐし ・・・ うん ・・・ 」
すばるはシャツの袖で滲みかけた涙をハナミズもついでにこしこし・・・拭いた。
「 な  泣いてなんか いないやい! 」
「 ふ~~ん そんじゃ~~ ここからイッキ! だかんね~~~ いい? 」
「 わ かった ・・・・ 」
「 よお~~し! いっせ~の~~せっ!! 」
 ぱぴゅ!  っていう擬音と共に金色のおさげを鯉のぼりみたいに後ろに靡かせ走りだした。
ジョーとフランソワーズの長女・すぴか嬢は ほっんとうに走るのが速いのだ。
すぴか嬢曰く 「 速く走ろう! と思えば速く走れるもん 」 だそうで・・・
彼女には生来、天然の加速装置が搭載されているらしかった。
 そして ― 残念ながら 双子の片割れ・すばるクンには神様は設置し忘れたとみえる。 
「 あ! まってまってぇ~~~~ 」
すぐ後ろからセピアの頭が必死に追い掛けてゆく。
「 ・・・ わ~~~~~・・・・ !  」
すぴかはあっという間に坂道を上って行った。
「 ふう ・・・・ あ~~~ 待って待って待ってぇ~~ すぴかぁ~~~
 あ~あ ・・・ 行っちゃった ・・ ふう 」
ちぇ・・・ 一人で悪態をついてから すばるはふう~~~~っと特大のため息 ( 本人曰く
 ちがうよ! アレは しんこきゅう!!   とこのことである ) を2~3回してから
えっちらおっちら急な坂道を上り始めた。
「 う~~ん  なんだって僕んちはあんなトコにあるのかなあ~~~
 僕! 大きくなったらぜったいここに えすかれーたー 作るから! ふう~~ 」
すっきり引き締まったスリムな姉と違って すばるはちょっとばかりぽっちゃり坊やなのだ。
てこてこ登ってゆく少年の頭上を  つい ----っとカモメが追い越していった。


   ばたーーーん ・・・!    玄関のドアが最大級の悲鳴をあげた。

「 たっだいま~~~ すぴか よっ!   グレートおじさ~~~ん ! 」
すぴかは一段と声を張り上げた。
「 グレートおじさ~~ん いらっしゃ~~~い!!! 」
靴を脱ぎ飛ばしつつさらに彼女は音量アップ だ。
「 ほい お帰り~~ 吾輩の小さなマドモアゼル~~~ 」
玄関の奥から 血色のよいつるつる頭の男性が出てきた。
夏だというのに ぱりっとした白麻の背広を着て粋な蝶ネクタイをしている。
「 わ~~~ グレートおじさん~~~  」
「 マドモアゼル・すぴか?  レディの挨拶は? この前、拙者が教えただろう? 」
「 あ ・・・ そだそだ。  え~と ・・・ おっほん ・・・ 」
すぴかはちょいと咳払いなんかして さささ・・・っと髪を整え (ぴんぴん跳ねるおさげを
 肩から前に垂らし、汗でおでこに張り付いていた前髪を払った。 ) くちゃくちゃに
 なりかけているTシャツを引っ張る。 そして 
「 ハロウ?  アンクル・グレート? 」
ちょいと片膝を曲げてご挨拶、そして伯父さんに片手を差し伸べた。
「 おお~~~ ミス・すぴか ~~~ お目にかかれて光栄です ・・・ 」
伯父さんはすぴかの手をとり 優雅にお辞儀をすると す・・・っとその手に口づけをしてくらた。
「 わ~~~い♪ アタシったらホントのお姫様みたい~~ 」
「 これこれ ・・・ マドモアゼルは本当のお姫様ですぞ。 いやあ~ 元気そうだね! 」
「 うん!  ど~~~ん♪ 」
「 おお~~っと~~~  わははは~~ 小さいマドモアゼルはいっつも元気だなあ~ 」
飛びついてきた姪っ子を グレート伯父さんは笑いつつ抱き留めてくれた。
「 伯父さん~~ ねえねえ今度はいつまでいるの? 張伯父さんのとこでお仕事? 」
「 今回はなあ 一週間だ。 張おじさんは、旅行中だからな、すぴかの家で
 お仕事をするぞ。 」
「 わあ~~~い♪  え お仕事って・・・ ウチで < いらっしゃいませ > や
 < ご注文は? > をやるの??  」
「 いやいや・・・ すぴかの家では別の仕事をするのさ。
 時に 相棒はどうしたのかな。 坊主の姿が見えないが ・・・ まだ学校かい? 」
グレートはすぴかをぶら下げたまま 玄関を開けてみた。
「 ・・・え?   あ!!! 忘れてたぁ~~ !! 」
ちょっち待ってて! と すぴかは伯父さんから飛び降りると、ダッシュ! で 飛び出して行った。
「 ・・・ ひょう ・・・ 速いなあ~   うん、さすがにジョーの娘だけある。 」
グレートは感心して小さな姪っ子の後ろ姿を眺めていた。


グレート・ブリテンは演劇活動の拠点をロンドンに置いている。 
彼は俳優としても脚本家としてもかなりのキャリアを持ち、評価も高い。
  しかし 時々この名優は <充電期間> として休業するのである。
その間  ヨコハマ・中華街の外れにある 張々湖飯店 では 愛想のいいフロア支配人と
饒舌な出前持ち が出現するのだった。
しかるに ・・・ 今回 張々湖飯店 は < 研修旅行につき休業 > なのである。
張々湖飯店の 研修旅行 とは  美味しいモノを食べ歩く旅 であり、オーナーシェフの
張氏以下 バイトの出前持ち君まで一緒に出掛ける。 勿論全費用はオーナー持ちだ。
「 ほっほ。 美味しいもん、ぎょ~さん頂いてなあ~ 舌を肥やさなあかんで。
 ほいでタベモノを愛せな、あかん。 それが修業の第一歩や。 」 
「 料理を愛してればなあ~ 出前もお給仕も掃除やかて、愛情籠めますやろ?
 なんでん、自分の仕事を好きや~~ 思わな、あきまへん。 」
 ・・・ というワケ らしい。

そんなワケで 今回、グレートは岬の洋館に滞在している。


 はっはっ は ~~~~ ・・・・ どたどたどた

 ほら はやくっ!!  も~~~ のろまさんなんだからあ~~~

 ・・・ の  のろま  じゃ ない  もん ・・・! 

わやわや玄関の外が賑やかになってきた。
「 お?  のんびり坊主がやっとご帰還かな?  ・・・どれ ・・・  」
  ― ガチャリ。  古風なドアノブを回して 彼は玄関ポーチに出た。

岬の洋館の玄関からは直接海を見ることはできないが 吹き抜ける風が十分にその存在を
知らせてくれる。
「 おお ~~  いい風だ ・・・ ふん、こんな素晴らし天然のクーラーがあると
 いうのに、 汝 愚かなる人間どもよ!  なぜ無碍に木を切り倒し余分なモノを
 建てるのか。 風の道 をふさいでしまったのは汝ら自身であるぞ 」
海風にむかって ひょい、と浮かんできた気持ちをセリフにしてみた。
「 ふむ・・・ なかなかいいぞ。  うん 次にこれをモチーフに書いてみるかな・・・ 」

   どうん~~~!   

「 うわ~~~~ 今度は な なんだあ~~~  」
グレートを今度は背後から 生暖かい塊が襲ってきた。
「 えへ♪  グレートおじさん こんにちは~~~  」
「 うわあ~~~ ・・・ う う~~~~ ・・・ 不覚 ・・・! 」
彼は無念の形相で 必死に虚空を手で掻き毟りつつ がくり、と頽れた。
「 う ううう ・・・・ 道 半ばにして ・・・ むう~~ 無念 ・・・ 」
ばたり・・・と名優は地に倒れ伏した。
「 ぐれ~~と伯父さん♪ ・・・ あれえ お昼寝中なのかなあ~? 」
グレートの上から 丸顔の少年がやっこらせ、と降りた。
「 グレート伯父さんってばあ~~ こんにちは~~ すばるだよお~ 」
「 ・・・ う ううう ・・・ ああ 吾輩はまだ生きておるのかそれともすでに・・・
 おお ~~ 目の前にはセピアの髪の天使が見える ・・・  ということは ・・・ 」
グレートはやっと起き上がりぼ~~~っと焦点の合わない目を < 甥っ子 > に向けている。
「 伯父さん~~ 大丈夫??  ねえ! グレートおじさんってば!
 そんなトコにぼ~~~っと座ってないで~~ 一緒にオヤツにしよ! 」
すぴかがぐい・・・っと腕を引っ張っている。
「 おお~~ わが愛しの小さなマドモアゼル~~ ではここはまだ現世ということか・・・ 」
「 ねえ ねえ~~ お芝居のお稽古は後にして~~ ねえ オヤツだよお~
 伯父さんが送ってくれた紅茶でねえ お母さんがアイス・クリーム作ったの! 」
「 僕もねえ~~ まぜるの、手伝ったんだよ~~ 」
「「 グレート伯父さんってばあ~~ 」」
可愛い混成合唱が鳴り響く。
「 ・・・ う~~む ・・・ 天使の合唱か ・・・ 」
「「 ねえ! アイスクリーム ~~~~ ! 」」
「 ― はいよっ ! 」
伯父さんは 突然起き上がると ひょい、と双子を両脇に抱えこんだ。
「 さあて。 天使たちに呼ばれたら もう~~観念せにゃならんが。
 ここは 地上の天使たち らしいから ・・ どうやらまだこの世にいていいらしいぞ! 」
「「 わい~~~~~♪ 」」
天下の名優 ・ グレート・ブリテン氏は  <荷物> をくっつけたまま大股でキッチンへと
向った。


「 ごめんなさいね、 グレート~~ ちび達の相手をしてくださってありがとう。 」
「 いやいや ほんの軽い身体解し さ。 」
キッチンで 荷物 を下し、 荷物どもを手を洗いにバス・ルームへと追い立てた。
その後で この邸の女主人がすっと冷え冷えのレモネードを差し出す。
「 おお これは忝い。 ・・・ふう~~  いやあ~ 二人とも大きくなったなあ~~ 」
こきこき・・・ 肩を揉みつつでもグレートはもう大にこにこである。
「 ごめんなさいね~~  もう悪戯で大変なのよ~~  シャワー、使う? 」
フランソワーズが バスタオルやタオル地のバス・ローブをもってきた。
「 いやいや ・・・ 子供はどこでも元気が心情だよね。
 この前は二人に飛びつかれても 軽々と持ち運びができたが ・・・
 今日は正直いって あぶなくつんのめるところだったよ。 吾輩もトシかもなあ~ 」
「 まあ またそんな・・・ 」
「 おう~~ このレモネード、いい味だなあ・・・ 」
「 うふふ・・・我が家のシトロン・プレッセよ。 レモンは裏の温室で生ったのよ。 」
「 ほう~~  うん ・・・ 美味い♪ 」
 
  ドタドタドタ ・・・!  バスルームから賑やか足音が戻ってきた。

「 ね! お母さん~~~ アタシ、ガラスの器、出してきていい? 」
「 僕! 僕はあ~~~ 」
「 アタシが先! 」
「 僕も~~~ 」
「「 ね~ ね~ あいすくり~むぅ~~  」」
  ドタドタ ・・・ !   ごん!  いった~~~いぃ~~
「 すぴか すばる! キッチンで騒がないで! 何回言わせるつもり?? 」
ついに 母が介入し ― 自主的お手伝いさんズは やっと < 待機 > の
状態に落ちつた  ・・・ ように見える。
「 伯父さんは長い旅行でお疲れなの。 静かにしてあげて頂戴。 」
「「 ・・・ はあ~い ・・・  」」
「 よしよし・・ではここで ちょいとぶれいく・たいむ~~~ 」
「「 うわ~~~~~~!! 」」
「 これこれ。  無用は大声は禁止だぞ。 ここは楽屋だと思ってくれたまえ。 」
つやつや禿げ頭さん が にこやか~~に出現。
「 さあ ちびさん達や~~ お待たせしたね。 ではティー・タイムといたしますかな? 」
「 わ!  ・・・ じゃなくて  ゎ ~~~ オヤツだよ~~~~う 」
「 もう~~ 静かにって言ったでしょう? 
 すぴか、 ガラスの器をテーブルに並べて。 すばる、スプーンとグラスをだして。 」
「「 は~~~い !!  」」
最高にいいお返事をすると 双子はたちまちキッチンにかけ戻っていった。
「 ・・・ あ~あ ・・・ もう ・・ 」
「 あはは マドモアゼル? 彼らを鎮めるにはオヤツが一番のようですな。 」
「 グレート・・・ ごめんなさいね、うるさくて・・・ 」
「 いやいや 子供は賑やかでなくちゃな。  ところで紅茶のアイスクリームを
 作ったとか・・・ すぴか嬢の報告だが 」
「 ええ ええ そうなの。 グレートが送ってくださった紅茶ね、 あれで美味しく
 お茶をいれた後の出しガラを使ってね・・・ぐらぐら煮詰めて アイスに使ってみたの。」
「 ほう~~~?? で 出来栄えはいかに? 」
「 それを これから皆で確かめるの。 子供たちはねえ ものすごく楽しみにしているの。 」
「 あはは なるほど~~ 吾輩も走りたくなったよ? 」
「 まあ ~~ 」
「 では ・・・ ミセス? ご一緒していただけますか? 」
ミスタ・グレート・ブリテンは 慇懃に会釈をすると 島村夫人に腕を差し出した。
「 はい 喜んで♪ 」
夫人も軽く会釈をすると ミスターに腕を預け、足取りも軽く ― キッチンへ向かった。

  

その夜、子供たちが寝た後 岬の洋館ではテラスにカウチを持ち出し、小さな納涼会となった。
ペールに山盛りの氷に。ウィスキーにソーダ そして 冷水 ・・・チーズにカナッペも
お皿に並んでいる。
大人達はてんでにグラスに満たして 満天の星空を見上げた。
夏の夜、ここは海風が吹き抜けるように設計してあり、涼み処としては最適なのだ。
耳に心地よく波音を聞き、さわさわと夜風が昼の暑熱を持ち去ってゆく。

「 いやあ・・・ 極楽 極楽 ~~ 」
グレートは血色のよいスキン・ヘッドを さらに艶々とさせつつグラスを揺らす。
「 ははは・・・ グレート、お前さんもすっかりジャパナイズしたのう・・・
 極楽浄土 は 御仏のおわす楽園じゃよ  」
博士も上機嫌でちびちびと水割りを傾けている。
「 あっはっは・・・いやあ~~ 行き着く先は皆一緒、ということで・・・
それにしても ここは本当に ・・・ 極楽だ。 」
「 日本の夏は苦手だって言っていたのに・・・ 今度はどうしたの?
 来てくださったのはとても嬉しいけど ・・・ この暑さ、大丈夫? 」
「 ご心配 忝い、マドモアゼル。 しかし これさえあれば吾輩は無事でありますなあ~ 」
  カラン ・・・  グラスの中で氷が軽く音を立てる。
「 あは ・・・ 飲みすぎ注意~だよ? 明日 またちび達が纏わりついてくるよ? 」
「 おう結構 結構~~ 存分にお相手つかまつりましょうぞ?
 で なあ。 時に ―  ちょいと頼みがあるのだがね、 my boy ? 」
グレートは グラスを置くと ジョーに向かって姿勢を正した。


     「 せ  銭湯に 行ってみたい  って ??? 」



「 左様。 吾輩の祖国や欧州大陸には スパ という温泉療養所は存在するが
 銭湯 は ないのだよ。 」
夫婦ともに目をまんまるにしている二人に グレートは得々として解説している。
「 ああ・・・ そうねえ ・・・ 公衆浴場は ないかも・・・ 」
「 あ! あるよ~~ ほら、古代ローマ! 『 てるまえ・ろまえ 』 にさ~~ 」
ジョーは人気となった映画を思い出していた。
「 ジョー。 あれは 古代ローマ でしょ? < 現代 > じゃないのよ。 」
「 あ ・・・ そっか~ 」
「 ほんになあ ・・・ この国のお風呂文化は最高だと思うぞ。
 ワシはもう日本式以外の風呂に入る気はせんな~~ 」
「 わたしもですわ。 脚の疲れはシャワーでは癒せないし ・・・ 」
「 そうだよねえ~~ うん、ウチの風呂もいいけど、銭湯もいいよ~~ 
 ひろ~~い湯船に浸かるとさ、真冬でも不思議を湯冷めとかしないんだ。 」
「 あ そうだったわね。 ず~っと前に、ジョーと一緒にお風呂屋さんに行ってね・・・
 一緒に出ましょうねって言ってたのに もう~~ジョーってばいっつも遅くて。
 わたし 待たされてばっかりだったのよ。  」
「 あ~ ごめん~~ なんかさ、おじいさんとかが話かけてくるから・・・相手してて・・・」
「 ははは ・・・ boy らしいなあ~~。  で 銭湯はこの近くにあるのかい。 」
「 うん あるよ。 海岸通り商店街 に < 松竹湯 > ってのがある。
 すごく昔からあるみたいでさあ 木造のがっしりした建物でいい感じだよ。 」
「 そうそう ・・・わたし、最近、というか子供たちが生まれてから全然行ってないわ。
 ねえ 皆で行きましょうよ? 子供たちもつれて。 」
「 あ~~ いいねえ~~ 博士~~ 博士もいかがですか。 」
「 ふふふ・・・実はな、ワシはあの銭湯の常連なんじゃ。 」
「 ええええ~~~??? 」
「 午後の散歩の後でなあ 一番風呂に入ったり、 冬の夜、考えがまとまらん時に
 気分転換に浸かりに行ったりしておるじゃよ。 」
「 へええ?? ちっとも知りませんでしたよ~~ 」
「 ふふふ ・・・ こっそり行くからこその気分転換なんじゃ。
 あの湯はいいぞう~~ 広くてどっしり古びておってなあ。 お勧めじゃ。 」
「 ほっほっ~~ そりゃ そりゃ~~ それでは ・・・
 ご案内いただけるかな ・・・ my boy ? 」
「 もっちろん♪  ねえ フラン? 」
「 ええ ええ♪  あ そうだ。 せっかく夏なんだから~~ そうね♪ 」
フランソワーズは男性陣に にっこ~~り・・・微笑みかけた。



  さて  ―  翌日の夕方。
崖っぷちの洋館の前には 少々変わった扮装?の人々が屯していた。
「 おと~さ~~~ん!  早くぅ~~~~ ねえってばあ~~ 」
例によって甲高い女児の声が 波よりも元気に響いている。
「 すぴかさん。 ちょっと待っていなさい。 お父さんはさっきお帰りになったばかりなのよ。」
「 う~~~~ ・・・ わかってるけどぉ~~~ あ! お父さん~~~~~ ?
 ねえねえ お父さん、 すばる ! すばるを子供部屋から引っ張り出してぇ~~~ 」
「 え?  あら ・・・ そういえばすばる ・・・ いないわね。 」
母は きょろきょろ玄関のあたりを見回し、初めてびっくりした顔になった。
「 あら やだ・・・  おじいちゃまやグレートおじさんと一緒・・・だとばっかり
 思っていたわ。  いつの間にウチの中に逆戻りしたのかしら??? 
 あ・・・ もしかしてまたハナミズが出て・・・風邪っぽいのかしら ? 」
「 お母さん !  すばるってば全然元気だよ~~ アイツさあ お部屋で
 この前買ってもらった電車グラフに張り付いているだけ。 」
「 でんしゃぐらふ???  ・・・・電車って乗るものでしょう? 
 動かない写真を見てなにが面白いのかしらね? 不思議だわあ~~
 お母さんには皆 同じに見えるわよ~~ 色とか番号が違うだけ で・・・ 」
「 ・・・ お母さん。 そのコト、すばるの前で言ったらダメだからね ・・・ 」
「 あらそうなの??   まあ~~すぴかさん、赤とんぼ模様の浴衣がと~~ってもよく似合うわ~~~
 うふふふ・・・・ ピンクの三尺帯もふわふわ ~~素敵ねえ~~ 」
母は娘の浴衣姿に 目を細め感激している。
亜麻色の三つ編みを両肩から前にたらし、赤とんぼの浴衣を着たすぴかは お人形みたいだった。
  ― ただし。 だまって立っていれば  の条件付き。
「 ふ~~~~ん ・・・ これさあ~~ なんかさあ~~ 歩きにくいんだよねえ~~ 」
彼女は浴衣の裾をばさばさ揺らしている。
「 あら そんなこと、ないわよ。 ほら・・・こうしてまっすぐに歩けば ~~ 」
お母さんは すっと背筋を伸ばすと滑るみたいに歩く。
 カッコロ カッコロ ・・・ なんだか陽気な音まで聞こえるのだ。
「 え~~~~ なんで~~ お母さん、上手~~ え・・? かっころんってなんの音? 」
「 かっころん? ・・・ ああ この下駄の音じゃないかしら。 」
「 げた? 」
すぴかはお母さんの足元をじ~っとみれば 紺地の浴衣の裾からは赤い鼻緒の黒塗りの
履物がみえた。
「 え~~~ ソレ お母さんの<び~さん>??  え~~ おもしろ~~ 」
「 これはビーサンじゃないの。下駄 っていう日本の昔からある履物なのよ。
 ここはねえ ・・・ ほら 木でできているの。 」
「 へえ~~~~ 」
すぴかはそっと触らせてもらった。 すべすべ・つるつるしていて軽い感じだ。
「 すぴかさん、履いてみる? ああ 大きくてダメかしら ・・・ 」
「 はかせて~~~     ・・・  うわお~~ つるつるぅ~~~ 」
大人の下駄は 小学生のすぴかには鼻緒がゆるゆるだし、足はつるりんこ、と滑ってしまう。
「 うひゃあ~~ ・・・ アタシはびーさん でいいや。 」
「 中学生くらいになったら下駄を買ってあげるわね。ほら いらっしゃい・・・ 」
お母さんはすぴかの浴衣を ちょちょい・・・と直してくれた。
「 ふ~~ん ・・・ すかすか涼しいけどさあ ・・・やっぱ歩きにくい~~
 あ ! グレート伯父さ~~ん おじいちゃま~~~~  」
玄関からは 粋な波模様の浴衣の伯父さんと 霜降り模様をごく自然に着こなした博士が
笑いつつ出てきた。
「 おう~~~ ぷち・マドモアゼル~~~ 赤とんぼ模様が可愛いぞ♪  」
「 グレートおじさん!  えへ・・・ そ そっかな~~ うふふ~~ 似合うぅ? 」
すぴかはほっぺを赤くして ちょっと気取ってみる。
「 ああ とてもよく似合うなあ。 お~~~ 我らがマダム~~~ 
 相変わらずお美しい ・・・ 」
彼は娘の隣で にこにこ見ているフランソワーズの前に立つと つい・・・と彼女の手をとり、
うやうやしく口づけをした。
「 うふふ ・・・ もう~~ いつもいつもお上手ねえ 」
「 いやいや これは全く本心からの叫びでありますぞ。
 この国の伝統的な民族衣装が本当によくお似合いになる。 」
グレートは満面の笑顔で 浴衣姿の母と娘を眺めている。
母は紺地に白や浅黄で夕顔の花が抜き染めしてあった。 白地の帯にもさっとつる草が描かれている。
「 うんうん ・・・ こりゃ眼福 眼福~~ 」
「 えへへ~~~ ねえ お母さん♪  グレートおじさんだってかっこいいよねえ~~ 」
すぴかはお母さんの手を握って聞く。
「 ええ そうよねえ。  初めて着たって言ってたけど。 なんだかものすごくこう・・・
 なんていうのかしら、しっくり着こなしているのねえ ・・・ 」
フランソワーズは感心して このイギリス紳士を眺めている。
グレートはジョーの借り着で、紺地に白い波模様の浴衣に黒の細帯を結んでいる。 
「 うほ~~ これは嬉しいねえ ・・・ どんな衣装も着こなさねばならんのが
 役者の使命でもあるからなあ~~  」
「 ふふふ ・・・ 本当にな、さすが千両役者というところだのう ・・・ 」
博士も感心の態で眺めているが ― その実、一番自然に着こなしているは博士なのだ。
「 おじ~~ちゃま♪ でもね、 おじいちゃまがいっちばんかっこいいよ~~
 夏にはいつでも 浴衣だもんね~~~ 」
すぴかは ぴょん・・・と博士の手に飛びついた。
「 はっはっは・・・ まあなあ。  この国の夏には ほんに浴衣は合っているよ。
 涼しいし、それでいて こう、この細帯がな、きゅっとしていて気持ちがよいよ。
 わしは夏場は 浴衣が一番だと思うぞ。 」
「 なるほどねえ・・・ キャリアが違うなあ、さすがですな。
 お? ・・・ やっと若主人殿とムスコ殿のお出ましかな ~ 」
「 あ~~~ もう~~~  お父さん~~~~ すばる~~~ 早くぅ~~~ 」
すぴかは 三尺帯をゆらゆらさせて玄関まで駆けて行った。
「 ふふふ ・・・ 浴衣の子供が走る夕べ ・・・ か。
 いいですなあ~~ ニッポンの夏 ○○の夏 ・・・ 」
「 イヤだ~~ グレート、それはねえ TVのCM! 」
「 おほ? 左様か?  なあ マドモアゼル? これはネットで見たのだが ・・・
 こうやって走ったりはしないのかね? 」
「 ・・???  」
グレートは ひょい、と浴衣の裾をたくし上げ、所謂 <尻っ端折り> というスタイルを
してみせた。
「 グレート~~~~ それはあんまりお行儀のよい恰好じゃないと思うわ~ 」
「 ほう? そうなのかね? 江戸時代やら明治時代の絵図にあったのだが ・・・・
 なかなか涼しい楽でよいと思うがなあ ・・・ 」
「 はっはっは ・・・ まあ ご婦人方の前では慎んだ方がよかろう て・・・ 」
「 そうですかね?  ふうむ・・・民族服の文化はなかなか奥が深い・・・ 」

  タタタタ ・・・・ すぴかが玄関から駆け戻ってきた。

「 お母さん!  お父さんがねえ~~ 石鹸がない~~って言ってるよ? 」
「 え ・・・ いやだ、わたしがもってきているのに ・・・ ジョー~~~! 」
今度はフランソワーズが小走りに戻ってゆく。
ひらり ひらひら・・・ 浴衣の裾から白い脛が見え隠れしている。
「 ・・・ うわ ・・・ こりゃなんと ・・・ チラリズムの極意というか・・・
 なんとも色っぽいですなあ ~~ 」
「 ??? いろっぽい  ってなに? 」
すぴかがつんつん ・・・ 伯父さんの袖を引く。
「 あは。 ・・・ あ~~ 素敵ってことだよ、小さなマドモアゼルや。 」
「 ふうん ・・ 」
「 ほっほ ・・・ やたらと露出するよりも ほんの少し見えるほうがずっと
 インパクトがある、ということじゃな。 古来この国のお人らはそんな粋な楽しみ方を
 よう知っていたのだなあ。 」
「 確かに 確かに ・・・・ 」

「 いやあ~~ お待たせしました~~ 」
ジョーが玄関の戸締りをして にこにこ・・・やってきた。
彼の後ろには すばるが神妙な顔で大きな風呂敷包みを抱えてついてきている。
「 ねえ~~~ アタシもそれ、もつってば~~~ 」
「 ううん いい。 これは僕のお仕事。 」
「 だってすばるってばよろよろしてるじゃん!  ねえ~~ アタシにも~~ 」
「 いい。 僕が ・・・ 」
「 アタシも~~~ !! 」
「 こらこら ・・・ じゃあ ・・・ これとこれ、すぴかがもっておくれ。 
ジョーは息子が抱えていた包みから石鹸箱とシャンプーを取り出すと娘に渡した。
「 わ~~い♪ 」
「 あらら・・・それじゃ持ちにくいでしょう? ほら ・・・ 」
フランソワ―ズは袂から風呂敷をだすと 上手に娘の荷物をくるんでやった。
「 いやあ ・・・ これは素敵な光景を見させてもらったなあ  」
側でグレートが感激の面持ちだ。
「 え? なあに? 帰りにね、子供たちの脱いだ服とか下着とか・・・汚れものを
 包んで帰ろうかなあ~って思って。 」 
「 ははあ なるほどなあ ・・・ 庶民文化はそれぞれ奥が深いですな。 」
「 え~っと? それでは出発しま~す。 
 すぴか~ すばる? グレート伯父さんをご案内しなさい。  」
「「 は~~~い♪♪ 」」
お父さんからの指令に双子たちは大喜びだ。
二人はグレートの両側に 半分ぶら下がりつつ ・・・ 伯父さんを引っ張っていった。
「 ははは ・・・ こりゃ大変じゃのう 」
「 ふふふ ・・・ でもなんでグレートは銭湯に興味を持ったのかしらねえ? 」
「 う~ん? ヨーロッパでは 入浴を楽しむ という考えはあまりないのだろ? 」
「 ええ そうね。 お風呂は身体を清潔に保つため、って感じ。
 スパ は日本の温泉に近いけど、治療のイメージが強いわ。 療養所みたいな感覚? 」
「 ふうん・・・ それならシャワーで済ますってのがわかるよなあ~ 」
「 向うでは ね。 でも! わたしはお風呂がだ~~~い好きですから♪
 温泉も好き♪  最高のレクリエーションだと確信してます。 」
フランソワ―ズとジョーは 博士を真ん中に、おしゃべりしつぷらぷら歩いている。
「 ははは  そうじゃのう・・ワシもなあ~ 冬も夏も風呂がないともうダメだな。
 身体の疲れもとれるし、うん、なにより考えゴトをまとめるには最適じゃ。 」
「 博士~~ 湯中りしないようにお願いしますよ~~ 」
「 ふん、心配無用じゃ。 わしゃ まだまだ若いモンには負けん! 」
「 はいはい ・・・ 」
浴衣の団体様ご一行は 海岸通り商店街まで来ると、横丁を曲がり二筋奥にある大きな建物の
 暖簾を別けて入った。  

 

  かぽ~~~~ん ・・・・ !  愉快な音が うわ~~ん …と高い天井に消えて行った。

「 うわあ  ・・・・ 天井 ・・・ すご~~~ 」
すぴかは 浴場に入ると上を見上げて目をまんまるにしている。
「 すぴかさん? そんなとこで立ち止まらないで? ほら ・・・ こっちいらっしゃい。 」
亜麻色の髪をレッスンの時よりもきりきり・・・っと頭のうえに結わいて、お母さんは
すぴかの背中をそっと押した。
「 後から入ってくる方の邪魔でしょ? 」
「 あ  そだね~~ごめんなさい。 」
すぴかは後ろを向いて ぴょこん、とおじぎをしてからお母さんの側に行った。
「 おんせん と似てるけど~~~ ちょっとちがうね・・・」
「 そうね。 ここはねえ、お風呂場なの。 み~~んなのお風呂場だから
 皆で大事にして皆で楽しく過ごしてゆくのよ。 」
「 ふうん ・・・ 」
「 じゃあ そこで髪と身体を洗いましょ。 」
「 え!??? 一緒くたにあらうの??? 」
「 ううん、ほら お家と一緒。 さ ・・・ ほらシャンプーとリンスはここに置くわ。  」
「 わあい♪ お母さんの、使ってもいいの? 」
「 いいわよ~ すぴか達のこどもシャンプーは すばるがもっていったみたいだし。 」
「 ふふ~~ん だ♪ アタシはお母さんのいい匂いシャンプー~~~ ふっふっふ~~ 」
「 ほらほら・・しゃべっていると、目にもお口にも入っちゃいますよ。 」
「 はあ~い。  ・・・ あ これって おんせん と同じだね~~ 」
「 そうねえ ・・・ ほら、お湯をだすわよ~~ 」
「 きゃわ~~い♪ 」
すぴかはお母さんと並んでお風呂イスにすわりお母さんと一緒にシャンプーを始めた。

 ・・・その頃 男湯では ―





Last updated : 18,03,2014.                       index    /   next