『 クリスマス・キャロル ― (2) ― 』
イラスト : ワカバ屋
企画設定 : めぼうき・ばちるど
テキスト : ばちるど
・・・・ いて・・・・
彼はベッドの中で思いっきり顔を顰めた。
どんより溜まっていた眠気がイッキに吹き飛んだ。 いてて・・・と声に出しても、また響く。
もう長年、親しんでいるこの頭痛だが。 やはりあまり愉快なモノではない・・・
わかっていて同じことを飽きもせずに繰り返しているのだから 自業自得以外の何モノでもないのだが。
― 要するに なんてことはない飲みすぎの翌朝、なのだ。
「 ・・ったく。 ざまァ ねえなあ・・・ 」
彼は空中にむかって一つ悪態をつき、 のろのろと起き出した。
端正な横顔なのだが、こんな朝に付き合うほどの仲のオンナは いない。
昨夜のカノジョは 日付の変わらないうちに帰ってしまった。 イブは家族で過すそうだ。
ガウンを引っ掛け、窓辺に寄ってカーテンを開けついでに思い切って窓も大きく開け放った。
「 ・・・ さむ〜〜〜 !! 」
吹き込んだ真冬の風に縮みあがり大急ぎで窓を閉めようとたが ふと その手がとまる。
寒風にのって微かに音楽が聞こえたのだ。
「 ・・・? あァ・・・ 今日はイブか・・・ 」
ほんの一瞬、彼は遠い空をみやっていたが すぐに首を振り振り窓をしめた。
音楽は消え たちまちほんのわずかな華やぎも消え。彼の目の前にあるのはただの殺風景な部屋だけだ。
「 ふん・・・ シャワーでも浴びてくるか。 シケたイブだよ、まったく・・・ 」
彼は転がっていたワインの空き瓶を寄せ、二人分のグラスをシンクに放り込む。
がらんとした部屋をちらり、と見回すとそのままバス・ルームに消えていった。
そろそろ時計に針は 真上に重なる頃だった。
シュン ・・・ シュン シュン ・・・
ストーブの上のケトルがやっと湯気を上げてきた。
「 ・・・ふん。 石油ストーブってのはどうも景気が悪くっていけねェなあ。
チビの頃のあれ! あの石炭ストーブとか暖炉の方がよっぽど暖かく感じたもんだ・・・ 」
彼は飲み挿しのマグ・カップを置くと、 ポケットからくしゃくしゃになったパッケージを取り出した。
気に入りの煙草に火を点ければすこしは 気分も晴れる・・・かもしれない。
ついでに肩に掛けていたタオルで もう一度がしがし洗い髪を拭う。
シュン シュン シュン −−− !
ケトルが声高に存在を主張し始めた。
「 ・・・ ああ、アイツが。 この音好きだったな・・・
そうだ、お袋も。 オヤジもケトルでお湯の沸く音を楽しんでいたっけなあ・・・ 」
ぱさり、とタオルを椅子の背にかけ、彼はインスタント・コーヒーをカップに足した。
「 コーヒーの淹れ方や ワインのコルク抜きもオヤジに教わったよな。
ふふふ・・・ アイツ、チビだったからコルク抜きをやらせてもらえなくて、むくれてたっけ・・・ 」
彼は椅子の背にもたれ 宙に紫煙をゆるゆると漂わせてゆく。
視線は煙を追ったまま、テーブルの上に伸ばした指が探り当てた煙草の箱は からっぽ。
「 ・・・ ん? ああ もう終わりか。 しょうがないなあ、ちょっと買出しにゆくか。
明日はどの店も完全に休みだからな。 いいんだか不便なんだか・・・ 」
ちょいと空気の入れ替えでもしておくか・・・ と彼は再び窓をあけた。
カンカンカン ・・・ コツコツコツ ・・・
窓の下から 石畳に当たる靴音がけっこう賑やかに響いてきた。
一緒にどこかのカー・ラジオから漏れる音も登ってくる。
「 ・・・ ふんふん ・・・ふん♪ ああ、やっぱりイブにはこの曲だな。 よく踊りにいったもんだ・・・
教会ともとんと疎遠になったオレには今更クリスマスなんざ無関係なんだろうけど・・・・ 」
のろのろと立ち上がり、寝室へもどり昨日と同じ服を着た。
じゃ、 ちょいと出かけてくるから・・・ ファン。
彼はもう習慣になっているらしく ごく自然にチェストの上に並んだ写真立てにウィンクをした。
「 ・・・と、 これじゃ寒いな。 もっと厚手のセーターにするかな・・・・ マフラーは・・・と。 」
男性は亜麻色の前髪をぱさり、とかき上げる。
「 ん? なんだ、どこかの悪ガキが階段で遊んでいるのか・・・ 」
パタパタパタ ・・・・!
アパルトマンの階段を駆け上る足音が聞こえる。
「 ふん。 階段は遊び場じゃないぞ。 いったいどこのガキどもだ? 」
― バン ッ !!!
ドアが突然開き、 誰かが飛び込んできた ・・・!
「 ??? だ、 誰だ !? 」
兄さんッ ・・・!
彼の目の前には亜麻色の髪を振り乱し 若い女性が 突っ立ていた。
「 ・・・ フ ・・・ フランソワーズ ・・・? 」
スルスルスル ・・・ カシカシカシ・・・
小さな手の中で じゃがいもがみるみるうちに綺麗に剥かれてゆく。
隣に座り、やっぱりじゃがいもを手にしたままジャンは しげしげとその小さな手を見つめている。
「 ・・・ 上手だねえ。 器用なんだなあ・・・えっと・・・ 」
「 僕、すばる! ・・・っと あのね、メをちゃんととらなくちゃいけなんだよ? ん・・・ っと。
ジャン伯父さん、このほうちょう、つかいやすいね! 」
「 そうか? これはな ペティ・ナイフっていうのさ。 ふうん ・・・? いつもお手伝いしてるんだね。 」
「 うん! あのね〜 ナイショなんだけど。 僕、サンタさんに マイ・包丁 をお願いしたんだ〜
じゃがいも、むかせて!って言ったのに お母さんってばね〜 だめって言うの。 」
「 あ・・・ あの。 フランはこの子にはまだ危ないって言って・・・ 」
隣から 茶髪の青年がおずおずと口を挟む。 彼の手にもじゃがいもとナイフがある。
「 ふうん? ・・・ なあ、坊主・・・じゃなくて すばる。 ひとつ、聞いてもいいかな。 」
「 うん ・・・ なに? 」
「 そのう・・・すばるの・・・え〜と・・・ママンは。 いっつも幸せかい。 」
「 ・・・ っと。 は〜い いっこ、お〜わり。 え? なに、ジャン伯父さん。 」
「 うん、あのな。 すばるのママンは ・・・幸せにしてるかなって聞いたのさ。 」
「 ・・・ ジャンさん・・・ 」
ジャンはじろり、と茶髪に青年を見つめ すぐに甥っ子の側に身を屈めた。
「 僕のお母さん? あのね〜 僕のお母さんはね〜 いっつもにこにこしててね・・・
お父さんと〜お母さんは〜 いっつもらぶらぶなんだ〜 」
「 す・・・すばる! おい・・・ 」
「 らぶらぶ・・・? 」
「 うん。 まいにち、ただいま〜って帰ってくるとね、 お父さんとお母さんはね。 ちゅ〜〜〜って。
だきあって ちゅ〜〜〜って。 あいしてるゥ〜 ジョーわたしも〜 ってやってる。
いつもながいね〜って言ったら すぴかが ふらんす人だからさ って言ってたよ? 」
「 すばる ・・・ こ、こらァ・・・! 」
「 ・・・ そうか ・・・いっつもらぶらぶなのか・・・ そうか・・・ 」
― コツン ・・・
半分 剥きかけのじゃがいもが ボウルの中に落ちた。
「 あれ? まだはんぶん皮がついてるよ、ジャン伯父さん。 僕がのこりをむくね! 」
すばるのぷっくりした指が 伯父が落としたじゃがいもを拾いあげた。
「 ・・・ ァ ありがとう・・・な。 ・・・ありがとう・・・すばる。 」
「 僕、すぐにむいちゃうよ〜 ほら みててね。 」
「 ああ ああ・・・本当に上手いな。 ・・・ありがとうな、すばる・・・ 」
「 ・・・ ジャンさん・・・ 」
「 ― なんだっけか、お前。 えっと・・・? 」
ジャンは顔をあげ、初めて茶髪の青年を真正面からじっと見つめた。
「 ジョーです、島村ジョー といいます。 」
「 ジョー、か。 そうか。 ・・・ ありがとう ・・・ ジョー・・・ 」
「 ジャンさん・・・! 」
「 お父さんとさ〜 伯父さんって。 ちょこっとにてるね〜 あ、お名前もにてる〜 」
「 ・・・そ、そうかい・・・すばる ・・・ 」
「 うん? ・・・ そうかも、な。 うん、すばるはオレとも似てるな。 」
「 うん♪♪ 僕と〜〜 お父さんと〜 ジャン伯父さんと〜 三人 そっくりさん♪
それでね〜〜みんなでじゃがいも、むくんだよね〜〜♪ 」
「 ・・・ あは ・・・ そうだよなあ。 お前のママンの言いつけだも。 」
「 あ・・・ 急がないと そろそろ帰ってきますよ? 」
「 わ〜〜い 僕にまかせてッ みい〜んなむいちゃおう! 」
オトコ三人は 山盛りのじゃがいもを前ににんまり見つめあっていた。
「 あらまあ・・・・な〜んにもないじゃないの! 」
イブの昼すぎに突然現れた妹は キッチンで頓狂な声をあげている。
― この状況 ・・・
ジャンにも 妹のフランソワーズにも 勿論ジョーにも、なにがなんだかよくわかないのだが・・・
ともかく、数年前に兄の目の前で浚われた妹が 突如 <帰って> きたのだ。
・・・ 夫とコドモたちを連れ あの時と少しも変わらない姿で。
ええ〜い! 分析だの理屈だの・・・はクソくらえってんだ。
ああ、夢でも幻でも ・・・・ なんだっていいさ!
とにかく、 妹は。 妹の家族は今、ここに確実に居るんだからな!
それでいいさ。 ああ、それで十分 上等ってもんだ!
ジャンは腹を括って 目の前の全てを現実として受け入れた。
― そして。
妹は。 数年前と同じ笑顔で同じ仕草で エプロンをしてキッチンに立っている。
「 あ? ・・・ ああ、食料か? 冷蔵庫の脇の箱にジャガイモがあるだろ? 」
「 ・・・ ジャガイモしかないわよ。 」
「 ん〜〜 冷蔵庫の中に なにか・・・ 」
「 覗いたけど。 ミルクと卵しかなかったわ。 これじゃ何にも出来ないもの。
ちょっとこれから買出しに行ってくるわね。 今夜の御飯の材料をなにかみてこなくちゃ・・・ 」
「 ・・・ いいけどさ、 今日ってイブだぜ? 店、開いてるか。 」
「 あ! そうだったわね・・・ う〜ん ・・・マルシェの方まで行ってみるわ。
ちょっと〜 ジョー? あなた達? ・・・ あら。 」
フランソワーズはぱたぱたと居間の方にやってきた。
「 ・・・ なあに、お母さん。 」
「 お母さ〜ん これあったかいよ〜〜 」
すぴかとすばるは 両親のマフラーをぐるぐる巻いたまま、石油ストーブにかじりついていた。
「 あら。 あなた達 ・・・寒いの。 」
「 ここはあったかい、お母さん ・・・ はっくしょ〜〜ん! 」
すぴかがまた大きなクシャミをした。
「 あらら・・・ ごめんね、お母さんのセーターも着る? 」
「 おい、ファン。 子供たち、どうしてこんなに薄着なんだ? すぴか、ほら。 オレのブルゾン、着てろ。 」
ジャンは自分のブルゾンをさっと脱ぎ ストーブの前にいる姪っ子を包んだ。
「 うわ〜〜 あったか〜い〜〜 おっきいね〜〜 ありがとう、ジャン伯父さん 」
「 あ〜〜 僕も! 僕も〜〜 ジャン伯父さんのふく〜〜 」
「 いいよ、ほら。 すばるといっしょに入っちゃお。 お〜しくらまんじゅ〜〜♪ 」
「 お〜しくらまんじゅう ぎゅ ぎゅ ぎゅう〜〜♪ 」
子供たちはストーブの前ではしゃいでいる。
「 あら、だめよ、そんなことしちゃ。 ブルゾンが伸びちゃうわ。 」
「 いいよ、いいよ、ファン。 どうせ普段着だし。 なあ、やっぱりかなり寒いんじゃないか。」
ジャンははしゃいでいるチビ達の側に寄り、ごしごし擦ってやっている。
「 ほ〜ら・・・ これで少しは温かいだろう? 」
「「 うわ〜〜〜い♪ きゅきゅきゅ〜〜って 」」
「 ははは・・・ ファン? このままじゃコイツら風邪ひくぞ。 これは秋の服装じゃないか。
イブの日にどうしてこんなに軽装でいるんだい。 」
「 あの・・・ わたし達の住んでいるところって。 こんなに寒くないの。 」
「 ・・・ お前達 どこにいる? 」
「 日本です。 アジアの東・・・で。 それも結構温暖な地域に・・・住んでいます。 」
「 ・・・ にっぽん ・・・? そこは お前の故郷なのかい。 」
「 はい。 ぼくはこんな外見ですけど。 日本人なんです。 」
「 ふうん? ・・・ま、地球人ならそれでいいさ。
おい、ちょっと待ってろ。 納戸にさ、たしか・・・オレ達の昔の服が仕舞ってあったはず・・・ 」
「 あ ・・・ お兄さん! 待って、わたしも捜すわ。 」
クロゼットの奥に入った兄を追ってフランソワーズも納戸に首を突っ込んだ。
「 いやだ・・・そんな古着、取ってあったの。 兄さん・・・ 」
「 いや・・ 取ってあった のじゃなくて 放置してあっただけさ。 ・・・ あ。これだ! うぷ・・・! 」
「 うわ・・・すごいホコリ・・・ 」
「 うへ・・・ ああ、でもきっちり仕舞ってあるからな。 お袋がしまったままさ。
・・・ほら、 これ! これなら暖かいいぞ、 これを・・・すぴかに。
お。 これ、オレの服じゃん? すばるに着せてやれ。 うん・・・これは・・・ その、お前の亭主にさ。 」
ジャンは何枚かの冬服をクローゼットの奥からひっぱり出した。
「 兄さん・・・ ありがとう・・・! 」
妹は兄に抱きつき頬にキスをし、 兄は笑って妹を抱き締める。
「 ・・・ ふうん・・・? きょうだいでもちゅ〜するのはふらんす人だから? 」
「 うん。 ふらんす人だから。 」
クローゼットの入り口では すぴかとすばるがじ〜〜っと中を覗き込んでいた。
「 こらこら・・・ お前たち。 ほら、寒いんだろ? ストーブの前にいなさい。」
ジョーは慌てて寄ってくると 子供たちが巻いているマフラーをくいくい引っ張った。
「「 は〜い・・・ 」」
父に促され 双子の姉弟はまたストーブにへばりついた。
コ −−−−
ストーブのたてるかすかな音が 殺風景な部屋の中にひびく。
人数が増えたせいか 部屋の中はほんのり温まってきた。
「 お父さん。 このストーブさ。 ほら、青い火がみえるね。 」
「 うん? ・・・ああ、これはね、石油ストーブっていって。 これは石油の火なんだ。 」
「 せきゆ? ふうん・・・ お父さん、 僕。 おのど、かわいた・・・ ジュース、ないかなあ。 」
「 あ! アタシも。 みるく・てぃー がのみたい。 」
「 う〜ん・・・ ちょっと待っておいで。 ジャン伯父さんに聞いてみよう。 」
「 僕、 みてくる! 」
すばるはぱっとキッチンに駆けていった。
「 あ・・・勝手にキッチンに行っちゃだめだ、すばる〜〜 おい! 」
「 わあ すばるったら〜〜 」
ジョーは すぴかと一緒に息子を追ってゆく。
「 ・・・ じゃがいもだ! お父さん じゃがいもだよ! 」
「 すばる! だめじゃないか、勝手に・・・ ここは他所のお家なんだよ。 」
ジョーはシンクの脇で息子に追いついた。
すばるは ― シンクを覗き込み 目をきらきら輝かせている。
「 じゃがいも??? なんだって? 」
「 ほら! こんなにたくさん・・・! さっきお母さんが洗っていたよね。 」
「 うん? そうだったっけ? ほら、他所のお家の中を勝手に触らない。 いいね。 」
「 う〜ん ・・・でもさァ 僕。 これ、皮 むきたい! むいちゃだめ、お父さん。 」
「 お母さんがさ、さっき・・・ ごしごしあらってたから いいんじゃない? 」
すぴかも背伸びして じゃがいもの山を眺めている。
「 う〜〜ん ・・・? でもなあ ・・・ ココは ウチ じゃないし・・・ 」
ジョーは 思案に暮れちらちら居間の方を見ていた。
「 すぴか? すばる〜〜 ジョー?? キッチンにいるの 」
「「 お母さ〜ん ! なんかごよう? 」」
すぴかとすばるは じゃがいもと父親をほったらかしにして 母の声の元へと駆けていった。
「 あ、 まてよ〜〜 お前達・・・ 」
ジョーはあわてて 彼の幼子達のあとを追う。
「 なあに、みんなでキッチンでなにをしていたの? 」
「 うん、あのね お母さん! ねえねえ 僕、むいてもいい? 」
「 え?? なにを剥くって?? 」
「 じゃがいも。 キッチンにいっぱいあった! お母さん、さっきあらっていたよね。 」
「 ええ ・・・ ねえ、じゃがいもよりも、二人ともちょっとコレを着てみてちょうだいな。 」
「 な〜に? 」
母はにこにこ顔で コドモたちを手招きしている。
「 そのお洋服じゃ寒いでしょ・・・って ジャン伯父様が出してくれたの。 ほうら・・・ 」
「 うわ・・・ え〜 ・・・ スカートぉ〜・・・ ひらひらしてるね・・・・」
「 こっちいらっしゃい。 ストーブの前で着替えましょ。 すぴかさん? はい、バンザイして・・・ 」
「 ・・・ わぷ ・・・ 」
「 すばる、おいで。 ほら、こっちの手を通してからだ。 ・・・ ああ丁度いいじゃないか。 」
「 ・・・ うん・・・っと。 ねえねえ、ジャン伯父さん、このしゃつ、ぼたん、どこ? 」
「 ここさ、ちっこいからな、とめてやるよ。 ・・・ ほら。 これなら温かいだろう? 」
「 すぴか? ちょっと後ろ向いて。 ボタンをとめて・・・ ほら、このおリボン、結んで・・・
あら〜〜 ぴったりじゃないの。 そうだわ、タイツも穿いてね・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
「 ジャンおじさん。 この びよよよ〜〜ん・・・はなあに。 」
「 びよよ〜ん・・・? あはは・・・それはな、サスペンダーだ。 ズボンが落ちないように吊ってるのさ。 」
「 さすぺんだ〜? ふうん・・・びよよよ〜〜んって うわ〜〜お♪ おかし〜〜 」
「 うん、すばる。 よく似会うぞ! オレのコドモの頃とそっくりだなあ。
ああ ・・・ すぴか。 ・・・ よく・・・似会うな。 ああ ・・・ そっくりだよ・・・ファンにそっくり・・・ 」
「 ・・・ アタシ。 すかーとってさ・・・ 」
「 まあ すぴか! ・・・ 本当・・・よく似会うわ・・・! ねえ ジョー・・・」
「 うん? うわあ・・・ すぴか! すごくいいよ、すごくステキだぞ。 すっかりレディだね
お母さんにそっくりだよ。 わあ〜〜 すばる! かっこいいなあ〜〜 」
「 えへへへ・・・ お父さん、僕 ジャン伯父さんににてる? 」
「 うんうん よく似てるよ! なあ、すぴか? 」
「 ・・・・・・・・ 」
伯父に。 父に 母に。 口々に誉めそやされつつ・・・
すばるは大にこにこで サスペンダーをひっぱたり、シャツの襟を立ててみたりしている。
なのに ・・・
すぴかはお口を への字 に結んだまま 石油ストーブの側に立っている。
たしかに この服はふんわり柔らかい肌触りで気持ちがよくて。 お母さんと同じ香がちょっとして。
なによりほんわか温かい、のだけれど。
「 ・・・ アタシ。 ずぼんのがいいもん。 ひらひら〜って ・・・ じゃまっけ! 」
襟にも袖口にも可愛いフリルが付き たっぷりと袖がふくらんだブラウスに
ひだひだのついた青いウールのジャンパー・スカートにはしっかり裏地が付いていてとても着易い。
お膝の下までスカートがあるので とっても温かい のだけれど。
お母さん ついでにこれも・・・って白いタイツも穿かせてくれたんだけれど。
と〜〜ってもほかほか温かくなったんだれども。
すぴかは どうしてもこんなオンナノコみたいな服は好きじゃなかった。
「 あら〜〜 本当によく似会うわ。 そうだわ、ちょっと髪を編んであげるわね。 」
お母さんはにこにこ顔ですぴかを抱き寄せ、きゅきゅきゅ・・・髪の裾を編みこんでくれた。
「 ・・・ ファン ・・・ あ、ごめんごめん ・・・すぴか だよな。
― そっくりだよ。 ・・・ あの頃のお前がいるよ・・・ お前とオレがいる・・・ 」
ジャンは じっと、ただただ じっと彼の姪っこと甥っこを見つめていた。
「 さあさ! ちょっと買出しに行ってくるわね。
イブだからお店が開いているかどうか・・・ でもウチにはなんにもないから。 」
「 そうか・・・ 悪いな・・・ 」
「 いいのよ、兄さん。 あ、ひとつ お願い。 キッチンにあるジャガイモね、あれを剥いておいてくれる? 」
「 僕! 僕がやる〜〜 ! お母さん、 僕がじゃがいも、むく〜〜 」
すばるがぴょんぴょん跳ねて 母に纏わりついた。
「 え・・・ だって ・・・ 」
「 フラン、 すばるにやらせてやろうよ。 ぼくも手伝うからさ。 きみはすぴかと買い物を頼む。 」
ずっと黙って見ていたジョーが 静かに口を挟んだ。
「 ジョー・・・ そう? それじゃ・・・ すばるのこと、よく見てやってね。
すぴかさん? お母さんとお買い物に行きましょう。 」
「 わ〜〜い♪ 行く行く〜〜 」
すぴかはぱっと笑顔になって ジャンパー・スカートを脱ごうとあちこちひっぱりだした。
「 あらら・・・ 何をしているの、それ着ていていいのよ?
コートと・・・ほら、お父さんのマフラーをして・・・ そうしたら寒くないでしょ。 」
「 う〜ん ・・・ でもぉ すぴか、 スカートさあ・・・好きくないんだも〜ん・・・ 」
「 すぴか? そのお洋服、とってもよく似合っているよ? 可愛いいなあ・・・
お父さんは その青いスカートのすぴかをもっと見たいな。 」
「 え・・・ そ そっかな・・・ 」
「 おう、そうだぞ。 すぴか・・・お前のママンにそっくりだ。 とっても可愛いぞ。 」
「 ジャン伯父さん・・・ そうかな〜〜 それじゃ・・・アタシ。 これ、きてる。 」
「 そう、そう。 じゃ、お買い物にゆきましょうね。 」
「 うん! ・・・ あ・・・ マフラー、いいや。 このおようふく、あったかいもん。 」
お転婆姫君のご機嫌はようやっと持ち直し、お母さんと手を繋いで買い物に出かけた。
「 ようし・・・ それじゃ留守番部隊は じゃがいもの皮むきだ! 」
「 うわ〜〜〜い♪ ジャンおじさ〜ん ほうちょう どこ?? 」
すばるは伯父と父の先頭にたってキッチンに駆け込んでゆく。
「 おい・・・ すばる? こらこら・・・勝手に開けちゃだめだってば・・・ 」
ジョーは相変わらず息子に振り回されどおしだ。
「 いいさ いいさ。 ここも ・・・ お前らの家だと思ってくれ。 な ・・・ ジョー。 」
「 ジャンさん ・・・ ありがとうございます。 」
「 ん。 ほら、 お前も ナイフ。 皮むき〜 開始だ。 」
「 は〜〜い! えっと・・・あ、これがいいや。 」
すばるはキッチンの低い椅子に腰掛けると 熱心に皮むきを始めた。
「 お母さん。 ここ、どこ? 海が見えないね・・・ 髪の毛が黒いひと、あんまりいないよ? 」
すぴかがきゅ・・・っと母の手を握り締めてきた。
普段はどんどん一人で先に立って歩き、はきはきお話もできるお転婆さんなのだが・・・
さすがに突然の出来事に びっくりしているらしい。
フランソワーズはやさしく娘の手を握り返した。
「 ここはね ・・・ パリよ。 お母さんが生まれて育った街なの。 パリは海からは遠い街なのよ。 」
「 ・・・ ふうん ・・・ やっぱり くりすます なんだね〜 ほら・・・あそこにも きれいだ〜 」
「 そうね、 ツリーや飾りが綺麗ねえ・・・ すぴかさん、寒くない? 」
「 うん! このお洋服・・・ 好きくないけど・・・あったかいや。 」
「 と〜〜っても可愛いわよ。 すごくすごく似合っているわ! ・・・ ああ、ボンジュール? 」
母は行き違った人と気軽の挨拶を交わす。
勿論 顔見知りではないけれど人々はふ・・・っと目が合えば誰もが微笑んで挨拶をするのだ。
「 お母さん。 知っているひと? 」
「 ううん。 でもいい日ですね? って言うのって素敵じゃない? 」
「 ・・・ すぴかも いっていい? 」
「 ええ もちろん。 あ・・・ ほら。 あのおばあちゃまに言ってみましょう? ボンジュール? 」
「 ・・・ あ こ、こんにちは! 」
「 はい、こんにちは。 まあ〜〜 なんて可愛いお嬢ちゃん・・・! 」
「 え・・・ えへへへ・・・ 」
そして。 これが < 始め >で・・・
「 ボンジュール? あら! 可愛い〜〜〜 」
「 ちっちゃな天使だね! こんにちは。 」
「 まあまあ ・・・ お母さん そっくりで可愛いこと。 はい、こんにちは。」
「 こんにちは 小さいマドモアゼル! 」
などなどなど・・・ すぴかはたちまち沢山のムッシュウやらマダム達のにこにこ顔と褒め言葉を貰ったのだ!
「 こんにちは! 」
「 こんにちは。 まあ お行儀のいいこと・・・ 神様のお恵みがありますように・・・ 」
「 ありがとうございます。 さあ、 すぴかさん。 帰りましょ。 」
「 はあい。 ねえ、お母さん。 ・・・すぴか さ。 キライじゃないかも。 このお洋服・・・ 」
「 まあ・・・ 本当によく似合っているわよ。 お父さんや伯父さんが待ってるわ。 」
「 うん! ・・・ ねえ? 今日ってさあ・・・もうばんごはん、たべた・・・っけ? 」
「 う〜ん・・・ お母さんにもよくわからないわ? でも ・・・ 今 お腹すいてる? 」
「 ・・・ すいてる! 」
「 それじゃ。 晩御飯、食べましょう。 皆で、ね。 」
「 うん♪♪ 」
すぴかはすっかり気取って スカートの端っこをちょい、と摘まんだりしている。
フランソワーズはなんだか可笑しかったけれど、にこにこ・・・娘を見ていた。
やっと開いていた店をみつけ、 なんとか晩御飯の材料を買いあつめた。
二人で荷物を分けあってまた石畳の道をもどる。
ああ ・・・ こんな風にしてママンと歩いたのは ・・・いつだっけ。
またこの道を 歩けるなんて・・・ 夢?? ええ、夢でいいわ・・・
「 おかあさ〜〜ん! は〜やく〜〜 みんな まってるよ〜 」
「 はァい〜〜 今ゆくわ! 」
亜麻色の髪をゆらし。 碧い瞳に笑みをうかべ よく似た母娘は手をつないで駆けていった。
「 おい・・・ファン? なにか手伝おうか? 」
ジャンがこそっとキッチンに顔を覗かせた。
「 お兄さん? う〜んと ・・・ ええ、大丈夫よ。 そんなに凝ったディナーじゃないし。
ねえ、お兄さん。 ちゃんとお食事、しなくちゃだめよ? いつも何を食べているの。 」
「 ああ ・・・ 家じゃほとんど食わないからな。 コーヒーと酒があれば・・・あと 煙草。 」
「 全く・・・ 今夜はね、ミート・ローフとお野菜いっぱいのポタージュよ。 時間がなくて・・・ 」
「 ジャン伯父さん! 僕と〜ジャン伯父さんと〜お父さんが むいたじゃがいも!
た〜くさん ろーすと・ぽてと にしたよぉ 」
「 お。 すばる〜〜 手伝ってくれてるのかい。 偉いなあ〜 」
「 この子ね、お料理、好きみたいなの。 危ないからあまり手を出して欲しくないのだけど・・・ 」
「 いや〜 さっきのじゃがいも剥きの手つき、なかなかだったぞ? 」
「 そう? さて・・・ポタージュはこのままもう少し煮込めばオッケー。
ミート・ローフはもうすこし、ね。 ・・・オーブン、使えてよかったわ。 」
「 オーブン? ・・・ ああ。 全然使ってなかった。 その・・・お前が ― いなくなってから。 」
「 ・・・ お兄さん ・・・ わたし。 わたしね! あの・・・ 」
妹の顔から す・・・っと血の気が引いた。 白い指がきつくエプロンの端を握り締めている。
「 あの ・・・ わたし。 あの あと・・・ さ 浚われて ・・・ か・・ 改 ・・ 」
ほろ ・・・ ほろ ほろ ほろ・・・
兄とそっくりな碧い瞳から 止め処なく涙が零れ落ちる・・・
「 ファン。 いいんだ! 言いたくないことは言わなくていい! 言わなくて・・・いいんだ! 」
「 お兄ちゃん ・・・ わたし ・・・ わたし ・・・! 」
「 いいよ、いいんだ。 そのままで。 なあ、今、ファンは 幸せ か?
ダンナがいて可愛いコドモたちがいて。 それで ファンは幸せに暮らしているのかい。 」
「 ええ ・・・ ええ、ええ。 お兄ちゃん・・・ わたし、幸せよ。
ジョーと結婚して すぴかとすばるを授かって。 本当に、こころから幸せなの・・・! 」
「 そうか ・・・ そうか。 それなら もう・・・なにも言わなくていい。 ファン・・・ 」
「 ・・・ 兄さん ・・・ 」
兄妹は しっかりと抱き合い互いの温もりを心から慈しみあった。
ファン。 お前の身になにが起こったのか・・・
オレにはわからない。 お前が言いたくないのなら オレは聞かない。
・・・だけど。 あれから数年経っているのに お前は あの日のままだ。
6〜7歳のコドモがいるのに お前は18歳のままに見えるんだ・・・・
確かに お前は お前だ。 だけど ・・・ なにかが どこかが ・・・ ちがう
― いや。 なにも 聞くまい。
お前が幸せだ、と言うのなら。 お前が微笑んで生きているのなら・・・
オレは ― それ以上はなにも望まないよ・・・
「 お父さん ・・・ お母さん、泣いてる・・・? 」
「 し〜〜 すぴか。 お母さんとジャン伯父さんはね、すごく久し振りに会えたから嬉しいんだよ。
あのな、嬉しいときにも涙ってでるんだよ。 」
「 ふうん ・・・ あ、ねむいときにもでるよねえ・・・なみだ。 」
「 そうだね。 さ・・・邪魔しないように居間に行ってようか。 」
「 うん ・・・ でもお手伝いしなくていいのかな。 ・・・ お母さ〜ん ・・・? 」
すぴかはキッチンの入り口でうろうろしつつ お口の中でお母さんを呼んでみた。
お母さん ・・・ お母さん。 すぴかのお母さん ・・・ 泣かないで・・・
すると。
お母さんは くるり、と振り返りすぴかに ぱあ〜〜っと笑顔を見せてくれた。
「 ・・? あ・・・ なあに、すぴかさん。 あらら ジョーも?
あ! そうだわ〜〜 そろそろ晩御飯ですよ。 お皿を並べて? 」
「 すぴか。 ごめんな、ママンを独り占めしてて・・・ あっと 煙草が切れてたんだっけ。
悪いな〜ファン、 ちょっくら買いにいってくる。 」
「 まあ 今から? ・・・ あ、明日はクリスマスですものねえ。 どのお店もお休みよね。 」
「 ああ。 悪い、大急ぎで行ってくるから。 」
「 そう? なんだか冷えてきたから気をつけてね。 」
「 ああ。 大丈夫さ。 」
ジャンはオーヴァーを着てマフラーを巻いた。
「 ジャン伯父さん、 どこへゆくの? 」
「 どこへおでかけなの。 」
子供たちが駆け寄ってきた。 二人はすっかり桜色のほっぺになり元気いっぱいだ。
「 うん? ちょっと煙草を買いにな。 そこまで・・・ 」
「 あ、 こんびに? アタシもいっしょに行く〜〜 」
「 僕も僕も〜〜〜 ねえねえ いいでしょう? 」
「 え。 だってお外は寒いし。 もう暗くなってきているのよ? 」
「 平気! ジャン伯父さんといっしょだも〜ん、 ねえねえ いいでしょう? 」
「 ああ、二人で行っておいで。 しっかりジャン伯父さんのお供をしてきなさい。 」
「 わあ〜〜い、お父さん、ありがとう〜〜♪ 」
「 ジョー? ・・・ だって随分冷え込んできたわよ? 」
「 ぼく達のマフラーも巻いてやれば大丈夫さ。 な? すぴかにすばる。 」
「「 うん! うわ〜〜い ・・・・! 」」
すぴかとすばるは歓声をあげてジャンの側に飛んでいった。
「 ・・・ありがとう な。 」
ジャンはじっとジョーを見つめ ぽつり、と言った。
「「 いってきま〜す! ジャン伯父さ〜〜ん 早くゥ〜〜 」」
「 お、おう! 今 行くぞ。 」
三人はぱたぱたと階段を降りていった。
やがて ―
あ! 雪だァ〜〜 ! うわ〜〜ぉ♪ 雪だァ〜〜〜
窓の下から歓声が聞こえてきた。
「 ・・・ あら。 本当に・・・ ジョー? 雪が降ってきているわよ。 」
「 うん・・・? ああ どうりで冷え込むなあって思っていたけど。 雪だったのか・・・
アイツら、大騒ぎだな。 」
フランソワーズは窓辺に寄り、レースのカーテンをすこし払って外を覗いている。
すっかり曇ったガラスを 指で拭ってみれば ― ちらちらちら ・・・ 白いものが舞っていた。
「 ええ・・・ すぴか達、多分 こんなに降る雪って初めてなんじゃないかしら。 」
「 あ・・・ そうだねえ。 ウチの辺りでは霙がせいぜいだもんな。 」
「 ふふふ・・・ ぴょんぴょん跳ね回っているわよ。 あら? すばるが戻ってきたわ? 」
「 へえ? 寒いのかなあ。 」
バン・・・!
ドアが勢いよくあいて、すばるが飛び込んできた。
「 ねえねえ! お母さん! お母さんのけいたい、かして。 僕、 雪のしゃしん、とりたい!
あとでね〜 わたなべ君にみせてあげるの。 」
「 まあ、それはいいわね。 じゃ・・・・ はい、失くさないでね。 」
「 うん。 ねえねえ あとでぱそこんにめーるしてね? ぷりんと・あうと するんだ♪ 」
「 はいはい。 あ、使い方、わかるわね? ちゃんと 保存 にするのよ、すばる君。 」
「 うん♪ じゃ〜ね〜 こんびに、いってきま〜す♪ 」
タンタンタン ・・・
すばるの軽い足音が階段を駆け下りていった。
「 ・・・ コンビニ ・・・ あるかしら・・ 」
「 う〜ん・・・?? あのさ、普通 どこで買うのかい。 煙草とかは。 」
「 あのね、街角に煙草屋さんがいっぱいあったし。 新聞とかキャンディやガムを一緒に売っているの。 」
「 ふうん・・・ そういえば ぼくも子供の頃には煙草屋ってあった・・・気がする。
きみはさ。 素敵な街で育ったんだね。 」
「 ・・・ ええ、そうね。 そう・・・・ 」
ほろり、とフランソワーズの瞳から涙が落ちる。
「 ・・・・・ 」
ジョーはだまって彼女を引き寄せると ふんわりと胸に抱きこんだ。
「 夢かもしれない 幻かもしれない。 でもきみと同じ空気の中にいられて・・・幸せだよ。」
「 ジョー ・・・ 」
降りしきる雪の窓辺で ジョーとフランソワーズは静かに・熱く唇を重ねた。
「 うわ・・・っぷ・・! 雪ってつぶつぶしてるね・・・ 」
「 うん? おい、寒くないか。 おぶってやるぞ。 」
「 いい! 平気! アタシ、つよいもん。 ジャン伯父さんのお手々 あったかいし。 」
「 手袋、忘れちまったな。 おい、すばる? 大丈夫か。 」
「 うん! あ・・・ちょっとまって。 僕 写真とる。 う〜んと ・・・ 」
すばるは立ち止まると ごそごそポケットから携帯をだすと雪まみれの街燈に向けた。
パシャ パシャ パシャ ・・・・ たて続けにシャッター音が聞こえる。
「 ・・・ ?? なにやってるんだ? 」
「 ジャン伯父さん。 こんびに、ないね? どこでたばこ、買うの? 」
「 え?? なんだって? こん・・・? 」
すぴかはジャンの手をにぎったままきょろきょろ・・・そろそろ暗くなってきた街を見回している。
「 こんびに。 ろ〜そん とか せぶんいれぶん とか。 どこだろ? 」
「 まって! 僕、お父さんに聞いてみる!
え・・・・っと ・・・ たんしゅくぼたん: ぜろぜろきゅう ・ ジョー っと。 もしも〜し???
・・・・・ あれェ・・・? ヘンだなあ こしょうかなあ? 」
すばるは母の携帯を ぶんぶん振っている。
そんなコドモたちを ジャンは目を見張ってながめている。
「 ねえ、もう 夜? 電気がついてる〜 あっちも こっちも・・・ 」
「 ああ。 この季節にはな、昼すぎればもうどんどん暗くなるのさ。 天気も悪いし。
あ・・・ あの店なんだけど開いてるといいが。 」
「 開いてる! 中におばあちゃんがいるよ。 ・・・ あ、こんばんわ〜 」
すぴかは先頭に立ってずんずん小さな店に入っていった。
「 ・・・ ? はい、こんにちは、お嬢ちゃん。 お使いかな。 」
「 そうなの。 あのね〜 たばこ、ください。 ジャン伯父さん、いっこでいいの? 」
「 こんにちは。 ああ、ゴロワーズ ・・・ カートンで下さい。 」
「 はいよ。 姪っ子さんと甥っ子さんかい? 可愛いねえ・・・ ほいよ。 」
「 ・・・あ?! し、しまった! 財布・・・ あっちのブルゾンのポケットに入れっぱなしだ! 」
「 ジャン伯父さん? おさいふ、わすれたの。
これ・・・さ。 さっきお母さんと行ったときの おつり ・・・ 」
すぴかが ポケットからフラン札を何枚か引っ張り出した。
「 お! ありがとうな〜〜 すぴか! おまえ、いい嫁さんになるよ! 」
「 アタシ、お使いのときって。 お金はぽっけにいれておきなさいって。 お母さんが言うもん。 」
「 そうか・・・ うん。 オレもファン・・・いや、お前たちのママンもなあ、そんな風に教わったんだ。
オレたちの母さんにな。 」
「 ふうん ・・・ あ、おばあちゃん、さようなら。 」
「 さようなら〜 」
すぴかとすばるは店番の老婆に元気にご挨拶をする。
「 はい、さようなら。 可愛い嬢ちゃんと坊や。 いいクリスマスをね・・・ 」
「「 はァい〜〜 」」
店から出ると 雪はまだ降り続いていた。
粉雪なのでコートや髪に積もってもさっと払えばびちゃびちゃになることもない。
「 さあ! 帰ろう! 美味しい晩飯が待ってるぞ。 」
「「 うん! 」」
ジャンは両側にすぴかとすばるをぶらさげて歩き始めた。
カツカツカツ ・・・・ タッタッタッ ・・・ タタタタ ・・・・
三種類に足音が 賑やかにうっすら白くなってきた石畳に響く。
雪はどんどん降ってきて 三人をすっぽりと包み込んでしまう。
「 ジャン伯父さん、 雪のかーてん がくるくるしまってきたね。 」
「 うん? ああ ・・・ そうだなあ。 すぴかはなかな詩人だな。 」
「 え・・・ えへへへ・・・そっかな〜 」
「 ・・・ おいしくないね、雪って。 」
すばるは空にむかって大きくお口を開けている。
「 ? あ、こら。 ダメだぞ〜 すばる。 都会の雪ってのはキレイじゃないんだ。 ・・・お? 」
marron
chaud 〜〜 marron chaud ・・・・
雪の向こうからなにやらダミ声が流れてきた。
「 お♪ ちょうどいいや。 おいで、お前たち。 熱々のを買おう。 」
「 ??? な、なに・・・ ?? 」
「 焼き栗さ。 この季節に名物なんだ。 ウマイぞォ〜〜 」
ジャンは子供たちの手を引いて ずんずん声のするほうに歩いていった。
「 あっちちち・・・ ほい、剥けたぞ。 すぴか。 ・・・ 気をつけろよ、すばる・・・ 」
「 わあ〜〜 あっちィ〜〜 ・・・・ お いし〜〜〜! ほっくほく♪ 」
「 ふ〜〜 ふ〜〜〜ゥ〜〜 ・・・・ やきいもみたい♪ おいし〜〜 」
「 おっと アチアチ・・・ うん、美味い〜♪ 」
三人は 熱々の焼き栗を頬張り雪の中を ぽくぽく進んでゆく。
・・・ カッツン ・・・
すぴかのブーツがなにかを蹴飛ばした。
「 あれ? なんか跳んでいったよ? ・・・ あ・・・ これ、 お花??? 」
「 うん? ・・・ ああ これは松ぼっくりさ。 」
「 え〜〜 これ、まつぼっくりなの?? だってさ ・・・ お花みたいだよ? 」
「 松ぼっくりって。 もっとまんまるでしょ。 ウチのおじいちゃまが集めてたのみたく。 」
すぴかが拾い上げた松ぼっくりは。 色こそ黒っぽい褐色だけれども ・・・ 薔薇の花みたいだった。
「 これはな、ヒマラヤ杉の松ぼっくりなのさ。 う〜んと・・・ほら、そこに大きな木が3〜4本あるだろう。
その木から落っこちてきたんだ。 」
「 ふうん ・・・ すごい! これ、おうちのりーすにかざろうよ、すばる。 」
「 うん! かざろう〜〜 」
「 そうだね、きっとキレイだろうな。 さあ〜〜急いで帰らないと!
ファンに ・・・ お前たちのママンに叱られちゃうぞ。 」
「 ジャン伯父さん、 いっせ〜のせっで 走っていこ! 」
「 ようし・・・ それじゃ。 せ〜の・・・せッ! 」
「 うわ〜〜お・・・! 」 「 ・・・ う・・・わ・・・ 」
ジャンは姪っ子と甥っ子を一緒くたに抱えあげると だーーーっと走りだした。
「「 おやすみなさ〜い ジャン伯父さん お父さん お母さん 」」
「 お休み〜 すぴか すばる。 今晩はオレのベッドで我慢してくれよな。 」
「 すみません、ジャンさん。 その・・・アイツら、邪魔っけだと思いますが・・・ 」
「 な〜に。 三人でくっついて寝ればぽかぽかさ。 」
「 お兄さん、ごめんなさいね。 ・・・・さあ、 あなた達〜〜ベッドに入りましょ。 」
「「 は〜い・・・ 」」
双子たちはフランソワーズにつれられてジャンの寝室に行った。
イブの夜 ― アルヌールさんちは久々に 賑やかだった。
キッチンからいい匂いが ふわ〜〜〜ん・・・と漂ってきて。
皆がわくわくして待つテーブルに お母さんは熱々のミート・ローフをキッチンから運んできた。
こんがりロースト・ポテトが周りを囲んでいる。
「「 うわ〜〜〜〜♪ おいしそう〜〜〜 」」
「 うん・・・ いい匂だねえ。 フラン、すごなァ〜〜 」
「 ・・・ ファン ・・・ 腕を上げたなあ! 」
「 うふふふ・・・ まずは皆で味わってみて? あ・・・ ジョー、皆に切り分けてくださる? 」
「 う・・ん ・・・ いや、ジャンさん。 お願いします。 」
「 そうか? それじゃ・・・ 」
ジャンは満面の笑顔で ナイフとフォークを取り上げた。
お皿が皆に行き渡ると、ジャンはワインのボトルを持ちだして子供たちに見せる。
「 ほら。 ようく見ておけよ。 ワインってのはな こうやって抜くのさ。 」
キュルキュル ・・・ ポン・・・!
ジャンの手にかかるとオープナーは難なくコルクを引っ張り出してくれるのだ。
「 うわあ・・・ じょうず〜〜 ジャン伯父さん! 」
「 お父さんね〜 いっつも あれ? あれれ?・・・って失敗して おじいちゃまにおねがいしてるんだァ 」
「 ふうん? ・・・ お前達はペリエな。 ほら・・・注いでやるよ。」
「 いただきまァ〜〜す♪ 」
― そうして。 熱々の肉汁たっぷりのミート・ローフを 皆お腹いっぱいに詰め込んだ!
男性陣の力作? ロースト・ポテト もキレイに無くなってしまった。
クリスマス・ケーキは 丸いシフォン・ケーキにチョコレートをかけて。 上にアンジェリカが散らばっている。
「 おいし〜〜♪ 僕、ちょこ・けーき、だ〜いすき♪ 」
「 ふうん・・・? ニッポンのブッシュ・ド・ノエル は丸いのか。 」
ジャンは珍しそうにながめ、それでも妹の手作りをぱくぱくと口に運ぶ。
「 生クリームがね、手にはいらなかったのよ。 だから普通の丸い型にしたの。 ・・・ 美味しい? 」
「 おいしいよ、フラン。 いつものきみの味だよ、うん。 」
「 ま・・・ ありがとう、ジョー。 すぴか? これならそんなに甘くないでしょう? 」
「 うん ・・・ すばる、ちょこのとこ、あげる。 」
「 うわ〜〜い♪ ありがと〜〜 すぴか。 」
「 ははは・・・ すぴかは辛党かい。 ファン、本当に美味かったよ。 」
「 そう? ・・・うれしいわ、お兄さん・・・ 」
「 うん、お前のその笑顔がオレには最高さ・・・ あ、そうだそうだ・・・ 」
ジャンは席を立つと 隅の本棚から雑誌を持ち出してきた。
「 これに ・・・ 今、これに乗っているんだ。 古めかしいとこが人気でね。 」
「 ?? なに、ジャン伯父さん・・・? わあ〜〜 これ・・・ ひこうき??? 」
「 え〜〜 なになに?? ・・・赤いひこうきだあ〜 」
子供たちは 目をまんまるにして雑誌の写真を見ている。
「 え・・・ あ。 これ・・・複葉機・・・ですよね? 」
「 おう、よく知ってるな。 昔オヤジが趣味で乗っててな、オレも乗せてもらったことがあるんだ。
空軍に入ってからも時々休みに乗ったりしてたけど。 なあ? 」
「 お兄さん ・・・ 」
「 あ・・・? アタシ これ ・・・このお写真 みたことがある・・・かも ? 」
「 なあに、すぴか。 どうしたの。 」
「 ・・・ ううん。 なんでもない。 ・・・ かっこいいな〜 のりたいな〜 」
「 すごい〜〜 ジャン伯父さん、ひこうき、うんてんするんだ? 」
「 ははは、飛行機は 操縦 っていうんだよ。 そうだな・・・いつか・・・お前達を乗せてやれたら・・・な 」
「 ジャンさん ・・・ いつか、きっと! 」
「 ・・・ うん? ・・・ ああ ・・・そうだな。 」
「 さあさあ あなた達? もうお休みなさい、の時間だわ。 」
「 ああ もうこんな時間か。 よし、チビ達はオレのベッドを使えよ。 あとでオレもはじっこに寝るから。 」
「 まあ、いいの? お兄さん。 」
「 うん、お前たちは お前の部屋でいいだろ? 」
「 ・・・ ええ。 わたしの 部屋 ・・・ 」
フランソワーズは一瞬 すう・・・っと視線を遠くに飛ばしていたが、すぐに子供たちの手を握った。
「 さ。 おやすみなさい、して? 」
コ −−−−−
石油ストーブが青い炎を揺らめかせ 静かに雪の夜を暖めてゆく・・・・
「 ・・・ 昔は。 オレたちがチビのころは暖炉も時には使っていたんだどな。 」
せっかくのイブに味気ないな・・・とジャンはグラスを傾ける。
子供たちを寝かしつけた後、大人達はストーブの前でワインやコニャックを飲んでいた。
「 ・・・ そうね。 クリスマスには ・・・暖炉で栗を焼いたりしたわね。
あのね、お兄さん。 わたし達の家でも時々暖炉を燃やすの。 昨日・・・ あのコ達は
お父さんに暖炉で栗を焼いてもらったのよ。 」
「 うん・・・ そうか。 アイツら・・・幸せなんだな。 お前も 幸せなんだ・・・ 」
「 ええ。 ジャンお兄さん。 わたし・・・わたしも子供たちも幸せよ。 」
「 ・・・ そうか ・・・ 」
― ガタ !!
突如、 椅子を鳴らしてジョーが立ち上がった。
「 ― ジャンさんッ ! 」
「 な、なんだ?? ・・・おどかすなよ。 どうした。 」
「 ジョー? どうしたの。 」
兄妹は驚いて茶髪の青年と見つめている。
「 ジャンさん ― いえ。 お義兄さん って呼んでもいいですか。 」
「 あ? ・・・あ、ああ・・・別に ・・・かまわんが。 」
「 あの! ずっと。 ず〜〜っと言いたかったんです。 あの・・・ 」
ジョーは一瞬言い澱み、俯いたがすぐに かっきりと顔をあげ、妻の兄を見つめた。
「 お兄さん。 ぼくは 誓います、約束します。
どんな時でも絶対に絶対にフランソワーズを護ります。
一生、彼女の側にいて一生彼女を護りぬきます。
だから ― どうぞ貴方の大切な妹さんを ぼくに任せてください。 お願いします。 」
言い終わると ジョーは ば・・・っとアタマをさげた。
「 ・・・ ジョー・・・ あなた・・・ 」
フランソワーズはそれ以上 言葉が続かない。
「 ・・・ まあ、座れ。 それは日本風の挨拶なのかい。 」
「 お兄ちゃん! ジョーはね! 」
「 ああ、ファン 冗談だってば。 さあ、座ってくれ。 ほら、グラスが空だぞ? 」
ジャンはジョーのグラスに コニャックを注いだ。
「 ・・・ あの・・? 」
「 うん。 ・・・ コイツのこと。 頼む。 ああ、勿論チビ達もだが・・・
オレが 護ってやれなかった・・・妹を。 どうか・・・頼む、・・・ ジョー。 弟よ・・・ 」
「 ・・・ジャン ・・・お義兄さん ! 」
「 ジョー。 オレもな、お前達を護るから。 そのためにはなんだってやる。
ああ いつだって どこでだってお前たちの一番の味方だからな。 覚えておいてくれ。 」
「 お兄ちゃん ・・・ お兄ちゃん・・・ 」
「 ファン ・・・ よかったな。 お前は ・・・ いいヤツを見つけたぜ。 」
「 ジャンお義兄さん! 」
コ −−−−−−
石油ストーブの青い炎が アルヌールさんちの居間をほっこりほっこり暖めていった。
「 ・・・ ジョー? ちゃんと毛布、掛けてる? 」
「 う・・・うん。 ちょっとはみ出しているけど・・・大丈夫さ。 きみこそ、ちゃんと包まれよ。 」
「 う〜ん ・・・? やっぱりシングルに大人二人、はキツいわねえ・・・
それにこのベッドね、わたしが子供のころから使っていたものだから、ちょっと小さめかも・・・ 」
「 いいよ、きみがこうして・・・ここに居れば温かいよ・・・ 」
ジョーは腕の中の細い身体を やんわりと抱き寄せる。
「 ふふふ・・・・ わたしも。 ジョーと一緒なら全然・・・寒くなんかないわ・・・ 」
夫婦はフランソワーズが以前に使っていた部屋に泊まった。
昔の ― あの時のまま、 ひっそりと締め切っていた部屋で二人はイブの夜を過す。
・・・・ また このベッドに寝られるなんて・・・
これは ・・・ 夢? ええ、夢でいいわ 幻でもいいの。
この一瞬を ・・・ 味わえれば・・・
フランソワーズは静かに 静かに 涙を流し続けた。
「 ・・・うん? どうした ・・・ 」
ジョーは妻の涙を吸いとり こっそりキスをする。
パ −−−− ン ・・・ ポポ −−−−ンン
窓の外、遠くの空から陽気な音が聞こえてきた。
「 ・・・ あ なんだ? ああ ・・・ 花火・・・ かな? 」
「 ああ ・・・ そうね、 日付が変わったんだわ・・・ 今夜はイブだったでしょ。
― メリー・クリスマス ・・・ ジョー・・・・ 」
「 そうか! ・・・ メリー ・ クリスマス フランソワーズ ・・・・!
今晩は撃たれないで ・・・ よかった。 」
「 ・・・ まあ・・・! 」
「 あ、もう撃たれてたんだ。 きみはやっぱり射撃の名手だよ、003。 」
「 えええ? 」
「 ほら あの夜から。 ぼくはハートを射抜かれっぱなし さ。 」
「 ・・・ ジョーったら・・・ 」
イブの夜に 恋人たちはしっとりと口付けを交わし ・・・ そのまま寝入ってしまった。
コトン ・・・
ジャンはそうっと自分の部屋のドアを開けた。
常夜灯にぼんやりと照らされた中から 可愛い寝息がふた色きこえてくる。
「 ・・・ ああ。 よく寝てるな・・・・チビ達・・・ 」
静かに部屋に入ると、ジャンはベッドに脇に屈みこむ。
毛布の中には 色違いのアタマが仲良くくっつきあって眠っていた。
これは ・・・ 自分と妹、なのか。 それとも 甥っ子と姪っ子なのか。
ジャンは そうっと幼子たちの頬に手を当てた。
お前達に会えてよかった・・・!
すぴか すばる。 幸せに ・・・どうか ・・・幸せに・・!
この子達の両親は今頃 やっぱりこんな風に仲良く眠っているのだろう・・・
つ・・・ と ジャンの頬に涙が流れ落ちる ・・・
ファン ・・・ 良かったな。
ファン ・・・ 多分 オレはもう ・・・ お前には逢えないのだろう・・・
でも
いつでも どこでも。 お前の お前たちの幸せを祈っているから・・・!
ジャンは静かに頭を垂れ 手を組んだ。
・・・ 神よ ・・・・! オレの残りの人生全てをかけてお願いします・・・!
妹に。 妹の家族に ― 祝福を・・・!
パパパ −−−−ン ・・・・ !! ポンポンポン −−− !
遠くで聖夜を祝う花火が 賑やかになっていた。
― そして。
その年のクリスマスの朝 ・・・
島村さんちの人々は お父さんもお母さんも。 双子の姉も弟も。
いつもと同じ朝を いつもと同じベッドで いつもと同じ笑顔で ・・・ 迎えた。
「 ねえねえ〜〜 おじいちゃまァ これ! これもねえ、松ぼっくりなんだって! 」
「 ほう? ・・・ おお、これはなあ、シダー・ローズといってヒマラヤ杉の松毬 ( まつかさ ) なんじゃよ。
すぴかはどこで拾ったのかな。 」
「 ふうん? あのねえ、 大通りのはじっこ。 」
「 え?? この辺りにあったかのう? うん、なんじゃな すばる。 」
「 おじいちゃま〜 こるく ってね。 ポン!ってぬけるんだよね。 」
「 そうだなあ。 おや、見慣れないコルクじゃの。 ・・・ 196X年?? それにしては新しいのう。 」
「 ぬいたばっかりなんだ〜 そうだ! ねえねえ お母さんのけいたい〜〜 僕、こわしちゃったかも・・・ 」
「 おやおや・・・落としたのかい。 」
「 ううん〜〜 あのね、雪の写真、とったのに。 全然 とれてないんだ・・・ 」
「 すばる〜〜 あんた、 ほぞん にしなかったんじゃないのォ? 」
「 したよ! ・・・ でも寒くて雪で ・・・こおっちゃったのかなあ・・・ 」
「 雪?? ははあ・・・ そうかそうか。 素敵なイブの夢じゃったのお・・・
それじゃあ ・・・ このシダー・ローズとコルクはリースに一緒にくっつけような。 」
「「 わ〜〜い♪ 」」
朝御飯のあと、博士と子供たちはリビングで松ぼっくりのリースを かいぞう中 だ。
キッチンではジョーとフランソワーズはゆっくりと朝のお茶を飲んでいた。
「 ねえ? 」
「 ・・・ うん? なんだい。 」
カチン ・・・とスプーンがソーサーを鳴らす。
「 すぴかは あの松ぼっくり でしょ。 すばるはねえ、ワインのコルクをポッケに入れてたわ。 」
「 ??? ・・・・ ああ アイツら ・・・お土産かな。 」
「 わたしはね、 これがコートのポケットにあったの。 」
「 これ・・・ コイン? 5サンチーム・・・? 」
「 そうよ。 ユーロになる前のフランスのコインなの・・・ まだぴかぴかだわ・・・ 」
「 ふうん ・・・ キレイだねえ。 」
「 ふふふ・・・サンタさんのプレゼントよ。 あ ・・・ ジョーは? 」
フランソワーズは手元の小さなガラス瓶にぴかぴかの硬貨を入れた。
「 ぼく? ― うん、 ぼくはね。 ふふふ・・・最高のモノをもらっちゃったんだ。 」
「 え〜 最高の? なあに、なあに? 」
彼女はティー・セットを押しやり身を乗り出してきた。
「 ふふふ〜〜 あの な。
それは ね ― き み♪ もう世界で最高のプレゼントさ! 」
「 ・・・ あら ・・・ きゃあ〜 」
ジョーは彼の妻を高く抱き上げると そのままくるくると回った。
「 ああ、 サンタさんは。 ちゃ〜〜んといるよな。 」
「 きゃ〜〜 ジョーってば。 ええ ええ サンタさんはちゃんといるわ〜 」
「 メリー ・ クリスマス −−− ! フランソワーズ ! 」
「 ふふふ・・・ メリー ・ クリスマス! ジョー ・・・ ! 」
チリン ・・・・
銀色のぴかぴかコインが 硝子のこびんの中で微かに鳴った。
「 ・・・ ああ・・・ 妙な夢 見ちまった・・・な。 」
ジャンは重いアタマをふりふり 起き上がった。
どうも ・・・ 昨夜はテーブルに突っ伏したまま寝入ってしまったらしい。
「 ・・・ ったくなあ・・・ イブの夜といい ・・・ なんだ、ワインが飲みさしじゃないか・・・
?? コルクがないぞ? 」
立ち上がり 部屋中を見回したがコルクは落ちていない。
「 たしか ・・・ ワインをぬいて・・・? あのコルク ・・・ 夢、か??? いや・・・! 」
ジャンはぱっとキッチンにゆき冷蔵庫を開けた。
ミルクと卵と。 ・・・お皿の上には見慣れないケーキが一切れ。
「 ・・・ これ・・? たしか ・・・ ファン が・・・・?? あ・・・あれ・・・じゃがいもしかなかったはず?」
脇にある野菜入れには ニンジンとタマネギが転がっていた。
「 昨夜 ― オレは。 この部屋で・・・ 妹の一家とディナーを食べた・・・ 」
― そうだ、 それから・・・
ジャンは震える足取りで 妹の部屋の前に立った。
・・・・ ぱた ・・ん ・・・
その部屋は ― 冷たく静まりかえっていて歳月という埃だけが降り積もっていた。
ジャンはゆっくりと頷き 静かにドアを閉じた。
「 ・・・ でも。 たった一晩でも アイツはここに帰ってきて寝たんだ・・・
よかったな・・・ ファンション ・・・ 」
不思議と もう涙は湧き上がってはこなかった。
なにかとても温かい・ふんわりしたものがジャンの心を包んでいた。
引き返してきた居間のすみには 古着になった子供時代の服が丁寧に畳んであった。
トントン ・・・トン ・・・
「 ? ・・・ はい? 」
遠慮がちなノックに ジャンは訝し気にドアの前に立った。
「 あの ・・・ 私。 やっぱりクリスマスは一緒に迎えたくて・・・ 」
「 ・・・! マリアンヌ・・・! 」
ジャンは大きくドアを開けた。
「 メリー ・ クリスマス! マリアンヌ ・・・ 」
「 ジャン ・・・ メリー・ クリスマス! 」
ここでも恋人たちが 聖なる日を祝っていた。
みなさまへ
メリ ― ・ クリスマス ! 皆が笑顔で過せますように・・・!
ねえねえ! サンタさんは ほっんとうにいるんだよお〜〜
( これは双子ちゃん達からの伝言です )
************************************* Fin. *****************************************
Last updated: 12,22,2009. back / index
********** ひと言 ********
・・・ははは ・・・・ やっと終りました〜〜〜
夢物語? 幻? ウソでしょう・・・って? さあ・・・皆様のお気に召すままに・・・♪
celica様 ワカバ屋さまのキリリクを頂戴し めぼうき様と一生懸命・・・練り上げました。
そして。 これは ばちるど的・幻影の聖夜・完結編 でもあります。
二週にわたりお付き合いくださいましてありがとうございました。
ご感想の一言でも頂戴できましたら わたくし共へのなによりのクリスマス・プレゼントであります。
どうぞよろしくお願いいたしいます <(_
_)>