『  クリスマス・キャロル   ― (1) ―  』

 

                      イラスト  : めぼうき

                                                   テキスト : ばちるど            

 

 

 

 

 

シュンシュンシュン −−−−

 

ケトルが盛んに湯気を上げはじめた。

「 あらら・・・ もう沸騰してしまったかしら。 」

フランソワーズはスリッパを鳴らしてキッチンに駆け込んできた。

「 そろそろお茶を淹れたいのだけど。 お使い部隊のご帰還はまだかな・・・ アチチ・・・! 」

ケトルはぐらぐら煮立つ寸前で 取っ手の部分も熱くなっていた。

「 アチ・・・ あ〜〜 不精してキッチン・ミトンを填めなかった罰ね。 ああ、でもいいお茶になりそう・・・ 」

今度はちゃんとお手製のキッチン・ミトンを使って 慎重にガス台から持ちあげた。 

  ― トポポポポ・・・

陽気な音をたて、熱湯はまずはお気に入りのティー・ポットに流れ込んでゆく。

いつでも沸きたて! な電気ポットは確かに便利なのだが、彼女はケトルでお湯を沸かす。

特に皆が集まる ティー・タイムには 必ずケトルの出番となった。

その度にぱたぱたキッチンに走ってゆく妻に ジョーはポットを指して笑う。

「 いちいちお湯を沸かさなくても ポットにあるよ? 

「 うん・・・そうなんだけど。 でも。  だってね・・・ 好きなのよ。 

 この・・ お湯の沸くおととか 湯気がひゅう〜〜って上がるのが。

 子供のころ、この音を聴くと あ、オヤツだ! ってワクワクしたわ。 」

「 ふうん ・・・ いいね、そういう記憶って。 思い出にも匂いとか音があるのかな。 」

「 そうかもしれないわ。  だから・・・ そうね、特に冬にはお湯を沸かしたいの。

 さあ! 美味しくて楽しい時間の始まり始まり〜〜って気分になりたくて・・・ 」

「 そっか。 ふふふ・・ ウチはいつだって楽しい時間が流れるよ、奥さん。 

 あ、それにこれから美味しい時間 がはじまるんだろ。 」

・・・ このぐらいでいいかな、とジョーは手元のジャガイモの山を眺めて笑う。

今日、彼はずっとキッチンで 厨房要員 になっているのだ。

「 ええ、そうよ。  ああ、ジョー、ジャガイモはそのくらいでいいわ。 ありがとう! 」

「 いえいえ・・・マダム・シマムラ。 ぼくが手伝えるのはこれくらいだからね。 」

「 でも すご〜〜く助かるわ! メルシ、ジョー♪ 

 もうね ・・・ すばるってば 僕がやる〜 僕にむかせて! って昨日からず〜っと言ってたの。 」

「 え! そうなんだ? それじゃ・・・あと2〜3個、剥かせてやろうよ。 

ジョーは あわててまだ土のついたジャガイモを 足元のカゴから拾い上げた。

「 ああ、いいの、いいのよ、ジョー。 ジャガイモ剥きはまだすばるには無理だわ。

 ぐちゃぐちゃにするか 指を切るか のどちらかでしょ。 」

「 え・・・ そんなことないと思うよ? すばるさ、アイツ、かなり上手だぜ?

 リンゴとか器用に剥くもの。  まだアイツの手には包丁が大きすぎるみたいだけど。 」

「 ええ ・・・ そうなのね。 それで ・・・ すばるはねえ・・・ 」

ティー・ポットにコジーを被せつつ ・・・ フランソワーズは溜息をつく。

彼女の双子の子供たち ― すぴかとすばるの姉弟は今年やっと小学校に上がったのだが・・・

その二人の今年の <サンタさんへのお願い> は。

 

「 ああ、やっぱり あれにしてくれって? 」

「 ええ・・・ だってどうしても! って。 ぷられーる や みにかー や げーむ はね、

 おじいちゃまが作ってくださるモノの方がいいのですって。 」

「 あはは・・・アイツ、恵まれているねえ、幸せじゃん? 」

「 ・・・でもねえ・・・ 」

 

奥さんの白い手はてきぱきと動き、お盆の上にはたちまちお茶の仕度ができあがった。

「 いいじゃないか。 アイツら らしくてさあ。  ふふふ・・・・ 」

ジョーはにこにこ顔で ジャガイモの皮を片付けている。

こんな家庭の雑事が 彼には楽しくて仕方がないらしい。 

普段は仕事が忙しくほとんど寝に帰るだけなので、たまの休日に彼はどっぷりと <家庭生活>に填まる。 

世の男性諸氏なら辟易するであろう家事・雑事を 愛妻とともに嬉々としてこなしている。

この日、 クリスマス・イブも、ジョーは朝からフランソワーズの <指揮下> にはいっていた。

 

  ― そして。

 

  そう ・・・ その年のクリスマスに。

6歳のオトコのコがサンタさんにお願いしたものは ―  マイ・包丁

そして 同じ日に生まれた姉の <お願い> は・・・

 

   ゆにふぉ〜む・Tシャツ! べいすた〜ず か ふろんた〜れ のがいい! 

 

母譲りの亜麻色の髪をくるくる揺らして母と生き写しの碧い瞳を大きく開き、すぴかは<宣言する>

   アタシ!  やきゅう か さっか〜 のせんしゅになるんだ♪

 

「 せっかくのクリスマスなのに。 ちょっとだけ奮発して。 好きなおもちゃとか・・・

 可愛いレースふりふりのワンピースとか 買ってあげよう!って楽しみにしてたのに・・・ 」

「 あははは・・・ いいじゃないか〜〜 アイツららしくて。 ははは・・・

 本人たちがず〜っと欲しかったモノをもらえれば 大喜びさ。 」

「 ええ ・・・ それは そうなんだけど・・・ わたしとしてはちょびっとがっかり。

 え〜と・・・ お菓子はオーツ・ビスケットよ? あんまり食べすぎないでね。 」

「 オッケ〜〜 ♪ 今夜の御馳走のために お腹、空かせてとくさ。 

 あ・・・ チキンは? 今年はどうするのかい。 」

「 今年はね、張大人がプレゼントしたるで〜  ですって♪ でも明日の夜になるの。

 だから今晩のイブは 子供たちの大好きなポトフ。 ・・・ いいかしら。 」

「 もっちろん。 ウチのポトフは最高だからなあ♪ そうか〜 それで このジャガイモなんだ? 」

「 ぴんぽ〜ん♪  アルベルトほどじゃないけど、 やっぱり皆で食べる晩御飯にはね、

 たっぷりジャガイモが欲しいのよ。 ジョーのその <作品> はね・・・ 」

島村さんちの奥さんの目の前には ボウルにジャガイモが山盛りになっている。

「 うん? なかなか・・・ 頑張ったつもりだけどなあ。

 昔 大人とこでしごかれたから。  ジャガイモ剥きはかなりイケルと思うんだけど。 」

「 はいはい、ありがとうございます。  ポトフとロースト・ポテトになります。 

 さあ〜てと。 そろそろお野菜の煮込みを始めましょうか。 

 お肉はね、もう今朝からコトコト・・・ お鍋の中、よ。 」

「 あ・・・ そうなんだ? それで キッチン中、なんとな〜くいい匂いがするんだね。 」

「 そうです♪  え〜と、 ブーケ・ド・ガルニは・・・っと・・・ 」

フランソワーズはエプロンの紐をきりり・・・と結びなおし、ガス台にむかった。

 

   ・・・ いいなあ・・・  

   キッチンくれば いつだって美味しいそうな匂がして。

   エプロン姿のきみがくるくる動いていて、さ。

   ・・・ ああ ・・・いっつも ず〜っと。 こんな風景、夢みてたんだ・・・

 

ジョーは満足の吐息をもらし、彼の奥さんの魅惑的なヒップ・ラインをしげしげと眺めていた。

歴戦の戦士、であるはずの 009 の目尻は ― か〜なりだらしなく下がり始めている。

「 ・・・ ああ・・・ そそられるなァ・・・ ついつい、こう・・・ぷりん、と触りたい・・・

 きみの <曲線> はほっんとうにどこもかしこも ・・・ぷるるん・・・ 」

「 え? なあに? なにか言った? ・・・プリンはないわよ。 

「 え!・・・ あ・・・ な、なんでも アリマセン。 はい・・・・ 」

突然くるり、と振り向き、碧い瞳に見つめられ ジョーはどぎまぎ・・・耳の付け根まで赤くなった。

「 ? どうしたの?  あら。 顔、赤いわよ? 具合でも悪いの? 」

「 い、いえいえ!! な、ななんでもないです。  あ〜 ちょっと蒸すなあ!!  」

「 ・・・ そう? 12月に? まあ・・・それならいいけど。 イブに寝込むなんてイヤでしょ。 」

「 そりゃ勿論。 あ!  ねえ、子供たちは? 遊びに行っているのかい。 」

ジョーはひそかに汗をぬぐいつつ・・・ キッチンの窓から裏庭を覗いた。

彼らの双子の子供たち、 すぴかとすばるは今年小学校に無事、入学した。

まだランドセルの方が主役、みたいだけど、毎日元気に登校している。

そして  ― 二人の行動範囲はどんどん広がって行き・・・

もう以前みたいに、ず〜っとフランソワーズのスカートの両端をぎっちり握っていることはなくなっていた。

「 あら、あの子達はね、博士と一緒にお使いなの。 」

「 え・・・ 博士はお出掛けなのかい。 この寒いのに・・・

 用事があるのなら 言ってくださればぼくが車で行くのになあ。 あ、今からでも迎えにゆこうか。 」

ジョーはもう腰を浮かしている。

ギルモア博士は相変わらず日々研究に邁進しているが、さすがにもうあまり無理の利く年齢ではない。

ご本人は至って元気・意気軒昂! なのだが・・・

家族との幸せな日々の中で、博士の健康だけが彼らの一抹の不安だった・・・

「 大丈夫よ、ジョー。 博士のお供をあの子達に頼んだの。

 それに 地元の・・・ほら、海岸通りの商店街までだから・・・もうそろそろお帰りになるはずよ。 」

「 そうかい・・・  う〜ん ・・・でもちょっと心配だから。 

 その辺りまで行ってみる。  きみの方は もう大丈夫かな。 」

「 ええ、こっちは平気よ。  あとは・・・・ すぴか達にいちごを摘んできてもらうだけ。

 今年のクリスマス・ケーキも ウチはいちごのブッシュ・ド・ノエルよ。  」

「 ふふふ・・・楽しみだなあ♪ うん、それじゃ・・・ 行ってくるね。 」

「 わかったわ。 あ・・・ジョーもちゃんと着ていってよね?お天気はいいけど・・・すごく風が冷たいから。」

「 了解。 」

ジョーはジャンパーをひっかけマフラーを巻くと 玄関に降り立った。

 

ギルモア邸は気候温暖な湘南地方の片隅に位置しているし、 彼らの <事情> ― もある。

この程度の気温では もちろん彼らはコートなどなくても充分すませることができる。

体温調節機能は生体維持に欠かせないものだから、真冬でも真夏でも軽装ですごすことは可能だ。

  ・・・ しかし。 

 

「 ほら、ちゃんと着て? そんな薄着では風邪をひくわ? 」

「 厚手のセーターにする。 今日は多分外の取材だから。 あ ダウンのコートも・・・・ 」

「 ・・・ 、ムシ暑いな。 もう裏ナシのスーツを出しておいてくれよ。 」

「 ねえねえ これ見て? 今年はこの色でセーター、編むわね♪ 」

「 うわ〜 温かそうだね〜 あ・・・なあ、ついでにマフラーもいいかな〜 」

「 ええ おっけー♪ 」

 

彼らは ふつうに。 ごく当たり前の感覚で日々、暮らしていた。

そう、特に ― 島村家に新顔がふたつ、加わってからは・・・

普段はともすれば 自分達の特殊な身体についてすっかり忘れていることも多い。

 

「 イッテキマス・・・と・・・ 」

ジョーは習慣になっている言葉をもごもご呟きドアノブに手を伸ばした・・・

 

  ― バンッ !!!

 

「 ねえ!!  サンタさんってさあ!! 」

「 おとうさん !  おかあさん!  サンタさんってさ〜〜 ! 」

 

すごい勢いでドアが開き 可愛い叫び声が飛び込んできた。

「 ・・・!? うわ!!! 」

島村さんち の旦那さんが 顔面打撲を免れたのはまさしく能力(ちから)のお蔭だった!

さすがに加速装置・・・は稼働しなかったが 彼は009の機敏さで我が家のドアの攻撃から身を守った。

 

「 ・・・な、なんだ なんだ〜〜  ああ・・・ すぴか。 ・・・・すばるも。 」

「 あ〜〜 おとうさんッ!! ねえねえ、 サンタさんって。 ぜったいにいるよねえ!? 」

「 いるよね、おとうさん!! 」

「 ・・・ え? え?? なにが いるって? 」

 

すぴかとすばるがほっぺを薔薇いろにしていっしょくたになって駆け込んできた。

「 あのね! ま〜けっと のオジサンがね。 おとうさん・おかあさん になにをおねだりするの〜って言うの。  

お父さんとお母さん、じゃなくてサンタさんにお願い、だもんね! 」

「 僕 ・・ ちゃ〜んとおてがみもかいたし。 おいのりもしたんだ〜〜 」

「 ね! お父さん! サンタさんは ちゃ〜〜んといるよね! 」

「 いるよね〜〜  わたなべクンだっても サンタさんはいるっていってたもの。 」

「「 ねえねえ お父さん〜〜 」」

二人は息せき切って 父にまとわりつき真剣な顔だ。

「 ああ ああ、そうだよ。 サンタさんはちゃんといるよ。 お前たちの言うとおりさ。 

 それでね、良い子達のお願いを聞いてくれるんだ。 」

「「 そうなんだ〜〜♪♪ 」

一年坊主の姉弟は ほっとした笑顔になった。

「 おい? すぴか、 すばる。 博士・・・いや、おじいちゃまは? 」

「 お〜い・・・ ここにおるぞ。 はあ〜〜 やっと追いついたわい・・・・ 」

「 博士・・・! 」

ギルモア博士が よっこらしょ・・・っと玄関に入ってきた。

「 こら〜〜 すぴか、すばる! おじいちゃまを置いてきぼりにしちゃ駄目じゃないかァ〜 」

「 あ・・・ おじいちゃま〜 ごめんなさ〜い 」

「 ごめんなさい〜〜 」

「 ははは・・・ よいよい・・・子供は元気なのが一番じゃからの。 はァ〜〜・・・ 

 さ。 リュックの中身を出して 父さんに渡しておくれ。 」

「 はあ〜い・・・・  おとうさん、はい、これ! 」

「 ・・・ よいしょ・・・ はい〜〜 ! 」

姉弟は背中の色違いのリュックから ちょっと重そうな袋を取り出した。

「 ・・・ おっとっと ・・・ 博士、これ・・・? 

ジョーは慌てて両手に受け取った。

「 ああ、 オレンジじゃよ。 あと栗もな。 この国のみかんも美味いが・・・ やはりワシらは

 クリスマスにはオレンジが欲しいのでな。 今晩、皆で食べよう。 」

「 わあ〜〜い♪ アタシ、 オレンジ、だ〜〜いすき♪ 」

「 くりは? おじいちゃま、くりさんは〜〜 」

「 ああ、これも。 父さんに暖炉で焼いてもらおう。 熱々で美味いぞ〜〜」

「「 わ〜〜〜い♪♪ 」」

子供たちは玄関で大はしゃぎである。

「 さあさあ お前たち・・・ほら 上がって手を洗って! あ、ウガイもちゃんとするんだぞ!

 そろそろお茶の時間だよ、お母さんが待ってる・・・ 」

「「 わ〜〜〜お♪♪ 」」

靴を脱ぎとばす勢いで 双子たちはバス・ルームに駆けていった。

「 ああ・・・もう・・・ 博士、すみません・・・ 喧しくて。

 それに オレンジに栗、ありがとうございます。 」

ジョーは散らばった二足のちっちゃなブーツを 拾いあつめる。

「 いや〜〜 元気が何よりじゃよ。 

 ワシこそなあ・・・お前達と穏やかな聖夜を迎えられて・・・ 嬉しいよ・・・ 」

「 博士 ・・・  さあ! お茶が待ってますよ。 

 熱々のロシアン・ティー で温まりましょう。 外は寒かったでしょう? 

ジョーは博士のオーヴァーとマフラーを受け取った。

「 ・・・ ありがとうよ、ジョー ・・・  うん、いい運動になったよ。 」

「 そうですか、それはよかった・・・ チビ達の相手をしてくださってありがとうございます。 」

「 ワシの方が チビさん達に遊んでもらったのかもしれんな。  ・・・ 可愛い孫たちに・・・ 」

「 アイツ達 おじいちゃまが大好きですよ。 ・・・ さ。 お茶にしましょう ! 」

ジョーは先に立って リビングへのドアを開けた。

「  ・・・ ああ ・・・ワシにこんなことを願う資格なんぞないが・・・ 

 神よ ・・・ どうぞ ・・・ 彼らに祝福を・・・! 

博士は玄関でそっと十字を切っていた。

 

 

 

 

家中に 美味しそうな匂が漂っている。

  ・・・ コトコトコト ・・・ ボコボコボコ ・・・・ シュンシュンシュン・・・

キッチンでは ずど〜〜んと大きなお鍋が陽気な演奏会の真っ最中だ。

ぐううう・・・・  すぴかのお腹はさっきっからず〜っとなりっぱなし。

 

「 お腹すいたァ〜〜〜 お母さ〜〜ん、 ごはん、まァだァ〜〜〜 」

「 あら、すぴか。 丁度いいトコロにきてくれたわね。 ね、お皿やスプーンを並べて頂戴。 

 グラスも・・・できるかな。 」

「 うん! いいよ。  あれ? すばるは、お母さん。 」

「 すばるはね、 おじいちゃまのお手伝い、ですって。 模型でもつくっているのじゃない? 」

「 ふうん ・・・ えっと。 おはし、とスプーンでしょ。  それから〜 」

「 ああ、今晩はナイフとフォークも出して。  お父さんに大きなお肉を切り分けていただかなくちゃ。」

「 うわ〜〜〜 すごい♪  くりすます・いぶ だ〜い好き♪  ばんごはん、ぽとふ? 」

「 そうよ。 ふふふ・・・すぴかの好きなたまねぎもた〜くさん入っているわよ。 

 お皿は・・・これね。 気をつけて・・・もてるかな。  」

「 うん。 大丈夫・・・ テーブルに置くの?  」

「 ええ。 ありがとう! ・・・ え〜と・・・? あとは。 

 あ! 大変 たいへ〜ん! 大事なこと、忘れてたわ、お母さん。 」

「 なに・・? 」

「 ふふふ・・・これはすぴかにお願いしたいの。 お父さんにも一緒にお願いしようかな♪ 」

「 なに・・・お母さん 」

にこにこ顔の母に 娘は目をぱちくりしている。

「 あのね。 い  ち  ご♪  ジェロ伯父さんの温室から う〜〜んと美味しそうな苺を

 つんできてちょうだい。 今晩のケーキにのっけるの。 」

「 うわ! いちご、とってもいいの?! 」

「 ええ、今日のために大事に育ててきたのですもの。  はい、このボウルに そ〜っと摘んできてね。 」

「 うわ〜〜〜い!!! は〜〜い!  おと〜〜さ〜〜ん!! 」

とびっきりにいいお返事をして、すぴかは父を呼びに駆け出した。

「 ケーキ・スポンジは焼いてあるし。 あとは飾りつけね。 

 ウチのは普通のブッシュ・ド・ノエル とはちょっと違うけど ・・・ ま、いいわ。

 あとは・・・ジョーにワインを出してきてもらって。  ・・・ワイン選びは博士にお願いしたほうがいいかも。

 子供たちは ウーロン茶ね。  ・・・ う〜ん・・・ これで いいかしら。 」

キッチンの総支配人は 腕組みをしてずず〜〜っとクリスマス・ディナーの準備を点検した。

うん ・・・ これで よし。

ギルモア邸の女主人は 満足げに頷き ・・・

 

   「 ファン? ナプキンを出したかしら。 今晩はちゃんとしたディナーなのよ。 」

   「 銀の食器にしましょう。  二人ともあとで磨くの、手伝ってね。 」

   「 ・・・ グラスに気をつけろよ、ファン。 ほら、弾くと・・・いい音がするだろう? 」

   「 ジャン? ワインを抜くぞ。 よく見ておけよ・・・こうやって、だな・・・ 」

 

不意に 本当に突然 ― 懐かしい声が耳の奥の奥から聞こえてきた。

そう ・・・ やっぱりこんな風に家族でクリスマス・ディナーの準備をしていた・・・

そしてそんなクリスマスは 毎年 毎年 ちゃ〜んと巡ってくる と信じていた。

「 欲しかったのは ・・・ 真っ白なレオタード。 パパが暖炉で栗を焼いて・・・

 ママンはお得意の ブッシュ・ド・ノエル を切り分けて。  兄さん ・・・・ 兄さんがリースを作って・・・」

 

   パパ ・・・ ? ママン、パパはどこ。  ママン? 兄さん! ジャン兄さん〜〜

   ・・・・ みんな  どこ ・・・ !??

   ここは だれも いない ・・・ 知っているヒトはだれもいないの・・・ 

   ここは だれも しらない ・・・ とおいとおいばしょなの ・・・

 

   ・・・ た す け て ・・・!

 

きゅう・・・っと冷たい手が彼女自身の心臓を握り潰してゆく・・・ 闇の帳が降りてきた。

おねがい ・・・ たすけて・・・・!   

「 フラン〜〜 お〜い? 」

「 お母さん! おかあさ〜んってば! 」

 

  ― ばん!

キッチンのドアが開き、 ジョーとすぴかが顔をだした。

彼らと一緒に 冷たい風がひゅるり、と吹き込む。

 

   ・・・ あ。   わたし。 ・・・ なにを見ていたの ・・・?

 

フランソワーズは固く握り締めていたエプロンの端を あわてて振り放した。

「 ・・・ あ・・・ な、なあに?  ごめんなさい、ちょっと・・・ぼ〜っとしていたわ。 」

「 お母さ〜ん あのねえ! はさみ、ちょうだい。 いちご、きるの。 」

「 はさみ?  ああ キッチンバサミ でいいでしょう・・・ちょっと待ってね。 」

「 フラン? どうかしたのか。 なにか あったのかい。 」

ジョーはハサミを受け取りつつ・・・・くしゃくしゃになったエプロンの端をじっと見つめている。

「 え・・・ あ ・・・ なんでもないわ。  キッチンが暑くて。ちょっと逆上せてしまったみたい・・・

 今 ドアが開いてすっきりしたわ。 」

「 そうかい・・・? ちょっと休んでろよ。 朝からキッチンに篭りっきりだろう? 」

「 ええ ・・・ でも ほぼ準備完了!よ。 あとは いちご なの。 すぴかさん、ジョーも、お願いね。 

「 は〜〜い♪ お父さん〜〜 はやく行こうよ〜〜 」

「 うん・・・ フラン? 本当に ・・・ 大丈夫かい。 」

「 ええ。 なんでもないわよ、 ほら・・・もう元気。 ほらほら・・・すぴかが待ってるわ。 」

「 ああ・・・ それじゃ、ぼくが戻るまでリビングにいろよ。 いいね。 」

「 ・・・ わかったわ。 ・・・ あ ・・・ 」

ジョーは すい・・・っと彼女の唇にキスを落とすと 娘と庭の温室に向かった。

 

   ― ジョー ・・・・  そうね。 わたしには あなた がいるわ。

   ええ ・・・ 一人じゃない。 一人じゃないのよ。

 

夫の言いつけどおり、リビングに行くと彼女はゆっくりとソファに座る。

固く握り締め、こわばっていた指で エプロンをそっとひっぱる。

ここは  家族と一緒に住むところ。  愛する人々と暮らしている世界で一番温かい場所。

そう ・・・ ここが わたしの ホーム。

「 ・・・ なんなの、一体。 ああ ・・・ イブだからって感傷的になってしまったのかしら。

 パパ ママン。  そして お兄さん。   大丈夫 ・・・大丈夫よ・・・ 」

大丈夫。 自分自身にいい聞かせ、彼女はキッチンに戻っていった。

 

 

 

 

「 なあ、ワインだけど。・・・これでいいかな。 自信ないなあ、ちょっと見てくれ。 」

「 ええ・・・ あら、博士は。 ワイン選びは博士にお願いしようと思ってたの。 」

「 書斎にはいらっしゃらなかったからさ。 一応 ぼくが選んできた。 」

ジョーが地下からワインを持ってきた。 ワイン・セラー、とまでは行かないが、ギルモア邸の地下には

温度を一定に保ったワイン置き場がある。

「 わたしだって自信ないわァ・・・ えっと こっちの赤は・・・ う〜〜ん?? サンテミリオンの・・・

 あ! そうだわ。 ねえ、ワインを開けるときにちゃんとコルク・スクリュー ( オープナーのこと ) 

 使ってね。  素手で引き抜くのはやめて・・・ 子供たちがしっかり見てるのよ。 」

「 ・・・ごめん。 だけどさ〜 このオープナーって。 どうも上手く使えなくてさ。

 いいや、 コルク抜きは博士にお願いしよう。 」

「 そうね。 お上手ですものね。  ねえ、どこにいらっしゃるのかしら。 」

「 うん ・・・ またお出掛けかもしれない。 オーバーがないし。 お〜い すばる? おじいちゃまは? 」

ジョーはオレンジの皮剥きに夢中になっている息子に声をかけた。

「 ・・・ え・・・ なに ・・・ 」

「 あの・・・ すばる君? おじいちゃまはどこですか。 」

「 おじいちゃま? おさんぽ、だって。 すぐかえるよ〜って。 」

「 そう・・・ それなら もう少し待ちましょうよ。 」

「 こんな時間に散歩?  ちょっと見てくる・・・ 」

ジョーはワイン・ボトルを置き ジャケットを羽織った。

 

「 ・・・ ただいま。  遅れてすまんな・・・! 」

「「 博士? 」」

二人が心配顔になって腰を浮かした時、 リビングのドアから博士が現れた。

「 おじいちゃま〜〜 お帰りなさ〜い。 おさんぽ? 」

すぴかがぱっと博士に飛びついた。

「 ただいま・・・ うんうん コレをな拾いにいってきた。 これで完成じゃよ。 

 ほい、皆で飾っておくれ。 」

「 ・・??  」

博士はなにやら ごつごつした輪っかを持ち上げた。

「 これ・・・ リース、ですよね。  あら! まあ・・・全部松ぼっくり、だわ。 」

「 え・・・ 本当だ・・・ すごいなあ・・・ 」

ジョーは 渡されたリースをしげしげと眺めている。

大きさこそ、ごく普通のリースだがびっしりと松ぼっくりが連なっていた。

地味な色合いなのだが 松毬 ( まつかさ ) の開きが全体を華やかな雰囲気にしている。

「 ・・・ 綺麗ねえ・・・ こんな素敵なリース、初めて見ましたわ。 」

「 すご〜い〜〜 おじいちゃま、すごい! アタシ これ、ツリーにかざる! 」

「 きれいだね〜〜  すごいなあ〜〜 」

子供たちも 博士の作品に大喜びだ。

「 いやあ・・・ この近くの松林でな。 恰好のいいヤツを選んで集めていたんのじゃ。 

 なかなか集まらんで・・・やっとイブに間に合ったわい。 

 これは ワシから皆のクリスマスに、プレゼントさ。 」

「 まあ・・・素敵 ! それじゃ・・・ ツリーの正面に飾りましょうか。 

 あ、それとも 暖炉の上の壁の方がいいかしら。 皆がみられるわよね。 」

「 うわ〜〜 すごい。 サンタさんも見れるね! 」

「 サンタさんも〜〜 ♪ 」

「 そうね、サンタさんもきっとびっくりよ。  ああ ジョー? そうそう、その辺りがいいわ。 」

 

樅の木の匂に 華やかなリース。 

そして 美味しいポトフに いちごを乗せたブッシュ・ド・ノエル。

 

イブの夜、島村さんちの晩御飯はみんなにこにこ顔でいっぱいになった。

 

 

 

 

 

「 わ・・・! いきが白い〜〜 はァ〜〜〜〜 ! 」

「 うわぁ〜〜  お顔がぱりぱりするね! はァ〜〜 」

「 こらこら・・・そんなに騒がない。 もう夜なんだから、静かにしなさい。 」

「 そうよ。 夜はね、昼間より声が響くの。  しーーー ですよ。 」

「「 はァ〜い 」」

島村さんちの双子の姉弟は いいお返事をするとお口を閉じた ― ほんの少しの間だけ。

 

 サクサクサク ・・・  コツコツコツ ・・・・

 タッタッタッ ・・・  タタタタタ ・・・

 

家族の足音が一緒になって ゆっくりと海岸通りを歩いてゆく。

綺麗に晴れた空には冬の星座がぴかり ぴかり、と光っている。

クリスマス・イブに相応しい夜、島村家の家族は教会にむかっていた。

「 あら・・・ 冬の星空もキレイねえ・・・ あれは・・・ 北斗七星かしら・・・ 」

「 うん? ああ、そうだねえ。 ぼくがいつもかえってくる頃にはオリオン座があの辺りに見えるんだ。 」

「 まあ、そうなの。 わたし、冬の星座ってあんまり見ないから・・・ ふうん・・・ 

 あら・・・ 海もキレイねえ・・・。 波間に星が揺れているわ・・・ 」

フランソワーズは 足をとめて穏やかは冬の海に見とれている。

その碧い瞳には 星の瞬きすら敵わない ・・・ とジョーはひそかに頷く。

 

   ああ・・・ キレイなのは きみ、さ。

   なんて ・・・なんてキレイで可愛いんだ・・・! きみってヒトは本当に・・・!

 

「 ねえ〜 お父さ〜ん お母さ〜ん! はやく〜〜 ごミサにおくれちゃうよ! 

「 はやく〜〜 」

子供たちが振り返って父母を呼んでいる。

「 ああ・・・ごめんね、今ゆくわ。  ふふふ・・・ もうおおはしゃぎねえ。 」

「 そうだねえ。 夜の外出なんて珍しいからね。 」

「 出来れば深夜のごミサに出たいんだけど・・・ あの子たちにはまだ無理ね。 

 中学生にでもなってから、かしら。 

「 夜のミサでも アイツらには充分だろ。 普段の日曜ミサだってサボってるじゃないか。 」

「 子供には退屈なんでしょ。 わたしもちっちゃい頃は あんまり好きじゃなかったもの。 」

「 そっか〜 ぼくはさ、なんていうか・・・当たり前ってカンジだったからなあ。 」

島村さんちの人々は 普段からきちんと教会に通っていた。

フランソワーズはもともとカトリック信者だったし、ジョーも教会の施設育ち、その二人はごく自然に

子供たちを伴い、日曜日には近くの町の教会に足を運ぶ。

そして 今年。  

一年生になった子供たちは 初めてクリスマス・イブの夜のミサに参加することになったのだ。

所謂深夜ミサにはまだ無理なので 晩御飯のあと、一家はその前のミサに出かけた。

 

「 ・・・ 博士もいらっしゃればよかったのに。 

「 うん・・・ お誘いしたのだけどね。   ワシにそんな資格はないよ・・・って。 」

「 ・・・ まあ ・・・ もう、誰もそんなこと・・・ 気にしていないのに。 」

「 ・・・ うん ・・・ そうなんだけど、ね。 」

 

  ワシが教会に行けるのはな。 懺悔をするときだけ、じゃ。

  家族で行っておいで・・・

  ワシは ・・・ ここで 神よ、どうぞ皆に祝福を・・・と祈っておるから・・・

 

一緒に行きましょう! というジョーに 博士は淡く微笑んで答えた。

ワシの罪は。 そうそう簡単に赦されるものではない・・・ 

博士の笑みの下のこころを ジョーは密かに読み取っていた。

 

「 ジョー。 」

「 うん?  なんだい。 」

「 ・・・ ぜんぶ・・・いろいろなコト、ぜ〜んぶひっくるめても。 

 わたし。 ジョーに会えて、 あの子達を授かって よかった、って。 本当にそう思うの! 

 こころから そう思うのよ。  」

「 ・・・ フランソワーズ・・・ 」

「 わたしは こんなに幸せですって ・・・ 兄さんに伝えたかったわ・・・ 」

「 そうだね。 ぼくも きみのお兄さんにぼくに任せてくださいってお願いしたいな。 」

「 ・・・ ありがとう・・・ ジョー・・・ 」

寄り添ってきたしなやかな身体を ジョーはしっかりと抱き寄せた。

「 それはね。 ぼくが言うことさ。  ・・・この身体にならなかったら ぼくは 一人 だった・・・

 ずっと ずっとね。 一人ぼっちだったよ。  」

「 ・・・・・・・ 」 

ことん・・・と亜麻色のアタマがジョーの胸に収まる。

きゅ・・・っと手袋をした手と手を握りあう。

 

    このヒトと 巡り会えた ・・・!

 

    ぼくを待っていてくれるヒトを みつけた・・・!

 

星降る夜、 イブの夜に 永遠の恋人達は熱い想いも新たに腕を絡め身体を寄せ合い ― 

 

「「 お父さんッ!!! お母さんってば! は〜やく〜〜〜 」」

 

「 ・・・ はいはい・・・今 行きますよ。 」

「 ははは・・・ ごめん ごめん  」

<熱い想い> の 結晶たちが大声で呼んでいる。

恋人たちは たちまち父と母の顔になり、子供たちの元に足を早めた。

 

「 ねえねえ! べつれへむの星 って。 アレかなあ? 」

「 すぴか。 ここは べつれへむ じゃないよ。 」 

「 そんなこと、知ってるもん!  だけど〜〜  あの星、きれいじゃん。 」

両親の前になり後になりしつつ・・・姉と弟ははしゃいでいる。

二人のほっぺは薔薇色になり 白い息を撒き散らす。

 

「 すぴかさん。 あなた、本当にそれで寒くないの? セーター、持ってきたわよ? 」

「 平気! アタシ、 強いんだも〜ん! 」

「 え・・・ もしかして。 あのコートの下・・・ ? 」

「 ・・・ ええ。 ど〜してもセーターはイヤなんですって。 長袖のトレーナーだけなのよ。 」

「 ひええ〜〜 すぴか、すごいなァ。 」

「 ちゃんとまふらーしてるもん。 あったか〜いよ。 あ! 神父さまだ〜 こんにちは!! 」

「 こんばんは、でしょ。  さあさあ 皆でご挨拶しましょうね。 」

 町はずれの小さな教会の聖堂に ぽつぽつ人々が集まってきていた。

島村夫妻は お馴染みの神父様にご挨拶をして御聖堂 ( おみどう ) に入った。

 

  ― き−−ん と晴れた夜空には星々が聖なる夜を祝い盛大に瞬いていた。

 

 



       

                                            イラスト :  めぼうき






クリスマスにちなんだ聖歌を歌い、 ちゃんと覚えているお祈りを皆と唱和し。

すぴかもすばるも最上級に  いい子 にしていた。

今晩の神父様の < おはなし > は、 子供にもわかるように易しい言葉遣いだった。

「 ・・・ なんかさ。 神父さまに気を使わせちゃった・・かな? 」

「 え? ・・・ああ、そうねえ。でも易しい言葉できちんと内容を伝えるって一番難しいことかもしれないわ。 」

「 う〜ん そうだね。 それじゃ・・・なおさらチビ達を連れてきて申し訳なかったかな。

 二人とも神妙に聞いてるみたい だけど・・・ 」

「 ・・・? ・・・・やだ。  二人ともお目々がくっつきそうよ? ・・・ ほら。おきて。 」

「 ・・・ 道理で大人しいと思ったよ。 もうちょっとだろ、このままにしておこう。 」

「 そうね。  ― ねえ、ジョ−。 サンタさんって ・・・ いるわよね。 」

「 ははは・・・何だい、きみまで。  ああ、いるさ。  きっと、ね。 」

子供たちを真ん中に挟み、両親はこっそりと <話あって> いた。

勿論、

二人とも今の穏やかな日々を感謝し敬虔な気持ちでミサに臨んでいた。

あの赤い服を纏うことなく、硝煙の匂とは無縁の地でクリスマスを迎えられることを

ジョーもフランソワーズも 心から感謝していた。

 

   神様・・・

   皆に  みい〜〜んなに。 どうぞ祝福を。・・・

   皆が にこにこ 笑ってクリスマスを迎えられますよに・・・

   素敵な 聖夜を過せますように・・・

 

二人の祈りはいつだって同じだ。

・・・ 細長い窓から見える星々が ぴかり、と光っていた・・・

 

夜になって気温はぐん・・・とさがったらしい。

御聖堂 ( おみどう ) の窓が中の人いきれでうっすら曇りはじめた。

ここの教会は床暖房になっていて 足元からぬくぬくと暖気が立ち昇り、なかなか快適なのだ。

 

   ゆらゆらゆら ・・・・ こっくり こっくり ・・・

 

子供たちはもうかなり前から船を漕ぎ出している。

 

   ・・・ ふぁ・・・ あ。 いっけない・・・!

 

   ・・・ ! おっと。 いけね・・・ つい・・・

 

両側で父も母も襲ってくる睡魔と闘っていた。 御聖堂中にまったりした空気が満ちてきた ・・・

 

       ・・・ かっくん ・・・!

 

ほんの一瞬。  ― 島村さんちの人々は一緒に 父も母も娘も息子も 目を閉じてしまった。

 

 

 

「 ・・・  主は みなさんとともに。 」

「 また 司祭とともに。 」

「 行きましょう 主の平安のうちに ・・・ 」

「 主に栄光 ・・・ 」

 

    あ・・・! しまった!  ミサ、終っちゃったよ・・・!

 

    あら やだわ。  わたしったら。 ずっと居眠りしてたのかしら・・・!

 

ミサの最後の、人々と司祭の唱和の声で 島村夫妻は は・・・っと目を開けた。

「 ・・・ ごめん・・・ぼく、居眠りしてたみたいだ・・・ 」

「 あ・・・ わたしも ・・・ もうごミサ、 おわっちゃったみたいね・・・ 」

「 うん。  マズったな。  ・・・・ あ   ・・・ あれ ・・・? 」

「 ・・・・え? なあに。  ・・・ あら? 電気が明るくなった・・・のかしら。 」

「 ?? なんかちょっと ヘン だね? 」

「 ええ ・・・ でも、ここ。 教会、よね。  ほら、皆帰って行くわ。 」

「 うん ・・・そうなんだけど。  ・・・ああ あれれ? ここ・・・ 」

 

「 お父さん ・・・ ここ どこ。  」

「 お母さん。 いろがちがうよ? 」

 

子供たちが両親に縋りつき そっと耳打ちをしてきた。

「 どこって・・・ 教会だよ、イブのミサに出ていただろう・・・ 」

「 色ってなんの?  電気が全部点いたのじゃない? 」

「「 ううん ・・・ ちがうよ 」」

「 ちがわな・・・・ く ない。  おい、フラン。 ここは ・・・ 」

「 え。 ・・・ ジョー。 皆 ・・・ 違うわ。 教会の中だけど ・・・ あの教会じゃない。 」

「 そんなバカな。 だってぼく達ずっとここにいたぞ。 そりゃほんのちょっと居眠りしたけど。 」

「 ええ ・・・ でも、でも。 ほら 見て。 ほら ・・・ ほら!皆 ・・・ 髪や目・・・<いろがちがう> の。 

 それに ここ、明るいわ。 ううん、電気じゃないの、これは昼間の明るさよ? 」

「 ・・・ 出てみよう。  いいね、ぼくについておいで、皆。 」

「 うん お父さん 」

「 ・・・ うん。 」

「 了解。 」

子供たちは ぎっちり父母のコートの裾を握り締めていた。

 

    ・・・ う〜ん! 防護服を着込んでくるんだった・・・

    だけどなあ・・・ 教会に行くのにそれはちょっとなあ・・・

    スーパーガンも置いてきたし・・・

    ― よし。 素手だってしっかりお前達を護るぞ!

 

ジョーは油断なく左右に目を配り、妻子を庇いつつゆっくりと通路を進んで行った。

 

 

 

ざわざわざわ ・・・・  

<御聖堂>の中から 善き人々が外に出てゆく。

温かそうな毛皮や外套やマフにしっかり包まり 帽子を被る人がほとんどだ。

・・・ よいクリスマスを!   また 明日・・・   明日ね!   またね・・・・

口々に挨拶を 微笑を交わし 人々は三々五々家路を辿る。

 

  外はまだぼんやりと明るい空だった。 

 

「 ・・・ !? ここ ・・・ あの街じゃないぞ。 時間もちがう。 」

「 そうね。 ・・・ でも普通の街よ。 特に不自然な装置は ― 見当たらないわ。 

フランソワーズはしっかりと子供たちの手を握っている。

もうとっくに <能力> を最大レンジに設定し周囲を綿密にサーチをしていた。

「 今 ・・・ ちょうどお昼くらいね。 ここは ・・・ パリの町だわ。 」

「 なんだって???  そ、そんなバカな ・・・ 」

「 なぜかわからないわ。 でも。 ここは確かにパリよ。 人々の話し声もお店の看板も・・・ 」

「 だってぼく達は! 日本のあの街の、海岸通りに近い教会にいたんだよ?

 そして イブの夜の・・・ミサに出席していたじゃないか。 」

「 ええ、そうよ。 確かに夜だったわ、わたし、神父様のお話が始まった時に時計をちらっと見たもの。

 そして今は ・・・ パリにいるんだわ。 イブの日のお昼くらいよ。 」

「 そんな ・・・バカな。 皆そろって同じ夢でも見てるっていうのかい。 」

 

「 ・・・ ハックション ・・・! お母さん ・・・さむい〜〜 

すぴかが盛大なクシャミをした。

「 僕 ・・・ さむ ・・・ 」

すばるがフランソワーズのコートに擦り寄ってきた。

「 すぴか! ああ・・・ほら。 お父さんのマフラーをしなさい。 」

ジョーは自分のマフラーを外すと 娘にぐるぐる巻きにしてやった。

「 すばる・・・ これでどう? 」

すばるは母のマフラーをショールみたいに羽織らせてもらっている。

「「 ・・・うわ〜 あったか〜い♪ 」」

子供たちの強張った顔が  やっと少し緩んできた。

「 なにか・・・温かいものでも食べよう。 どこか、お店・・・カフェとかあるかな。 」

「 イブでしょう? 観光客相手の店なら・・・開いているかもしれないわ。

 行ってみましょう。 」

「 そうだな。 ・・・ 昼間なのに寒いね。 やっぱりここは ・・・ パリなんだ。 

 フラン、ナヴィゲート、頼むよ。 」

「 ええ。  ・・・ ァ  ・・・ でも ・・・ ここ。  この町 ・・・ 知ってる・・・・ 」

「 え。 なんだって? 」

「 わたし 知ってるわ。 この町を ― そう いつだって歩いて抜けていったわ。 

 裏道だって ・・・ ちゃんと知ってる・・・!  こっちへ行けば ・・・ わたしの・・・! 」

「 ・・・おい ・・・?!  フランソワーズ? 」

フランソワーズはどんどん先にたって歩いてゆく。 

その足取りは確かで 迷いも躊躇いもない。

「 ・・・ お父さん? お母さん・・・さ どうしたんだろ。 」

「 お父さ〜ん ・・・ 」

「 お父さんにもよくわからないんだ。 でも ・・・ ともかくお母さんについて行こう。 」

両側からすがり付いてきた子供達の手をしっかりと握り、ジョーは妻の後ろについてゆく。

「 大丈夫か。 転ぶなよ、お前たち。 」

「 うん。 アタシ、へっちゃら。  ・・・ 道が固いね。 でこぼこしてる・・・ 」

「 お父さん ・・・ みんな ・・・ ながいコートだね。 」

「 こんにちは・・・って 今、昼間なの? ごきげんいかが ってごあいさつなの? 」

「 ・・・ お父さん。  お母さんと同じ髪のヒトがいっぱいいるね。 」

「 そうだな。  おい、しっかり歩いてくれよ。 」

「「 うん・・・! 」」

少し先をフランソワーズは相変わらず黙ったまま・・・すたすたと石畳の道を進んでゆく。

イブの買い物に行き交う人々は ― 確かに 裾の長めなコートを着ていた。

 

    そりゃ・・・ぼくは翻訳機があるけど。 

    チビ達はどうして言葉がわかるんだ・・・? それに ・・・ 確かにパリだけど・・・

 

携帯を覗いたり、 ヘッド・フォンをしている人が 見当たらない。

年配者はともかく、青年や若い女性たちは腕を組んだり手を繋いだり・・・お喋りに夢中だ。

ぷらぷら一人で歩いている若者も 本を小脇に抱えていたりするだけだ。

 

    ・・・ いったい ここは・・・?  あ ・・・ れ・・・?

 

通りすぎたカフェのテーブルの上に新聞が置いてあった。

    『 グルノーブル 冬季オリンピック  特集 』  

派手な見出しに ジョーはちらり、と目をやった。

 

    え? 次の冬のオリンピックは バンクーバーだよな? 

    ・・・・・ !!  196X年 だって ・・・??

 

「 お父さん! お母さん、どんどんいっちゃうよ・・・ ! 」

「 お父さん〜〜 お母さん、どこ ゆくの。 」

すぴかは真剣な顔をし、すばるは半ベソになってきた。

「 ごめん! ・・・ さ、追いつくぞ〜〜  いっちに、いっちに! 」

「 う・・・うん!  いっちに いっちに! すばる、がんばろ! 

「 う・・・ん   お母さん ・・・ 」

父子は 懸命に亜麻色の髪を靡かせ歩いてゆくパリジェンヌを追っていった。

 

 

 

「 ・・・ フラン ・・・ ここは もしかして、きみが住んでいたところなのかい。 」

「 ・・・ 帰って来た・・・わ。 わたし、帰ってきたの・・・ 」

ようやっと追いついとき、ジョーの愛しい人は 古ぼけたアパルトマンの前に佇んでいた。

「 お母さん  ここ どこ。 だれのおうち? 」

「 ・・・ はァ・・・ お母さ〜ん 僕、 お咽喉かわいたァ〜〜 」

「 し・・・ちょっと静かにしておいで、すぴか すばる・・・ 」

 

  トン ・・・ 

 

フランソワーズはそっと 一歩 その建物に足を踏み入れた ―  そして・・・

 

  トン ・・・ トントン  トントントン  トントントントントン −−−−−−

 

後はまさに飛鳥のごとく狭い階段を一気に駆け上がっていった。

「 あ・・・ おい? 二人とも! お父さんにぎゅ〜っと掴まってろよ! 」

「 うん! ・・ きゃわ〜〜 すご〜〜 」

「 ・・・ う・・・ うわァ〜〜 こわい〜〜 」

ジョーは左右に娘と息子をひっ抱えると 二段おきにがしがしと階段を昇りはじめた。

 

 

   ―  ハア ・・・。

 

フランソワーズはそのドアの前で一瞬、ほんの一瞬だけ 立ち止まり、大きく息を吐いた。

そして。

 

「 お兄さん ・・・ッ ! 」

「 ?! だれだ?!  」

突然 飛び込んできた女性に 部屋にいた男性はこちらも飛び上がらんばかりに驚き。

次の瞬間  彼は目をまじまじと見開いたまま ・・・ 立ち尽くしていた。

 

  ・・・ ウソだ・・・ そんな。 し、信じられない・・・!

  でも  でも・・・ これは この女性は・・・!

 

「 ・・・ フ ・・・ フランソワーズ ッ ?! 」

「 そうよ! 兄さん・・・ ジャン兄さん ・・・!! 」

二人は双方から腕を絡めあい しっかりと抱き合った。

「 ・・・ お前 ・・・ お前 生きていたのか・・・?! 」

「 兄さん・・・ ジャン兄さん・・・ 会いたかった・・・・ 」

兄と妹は涙にぬれた頬をすりよせキスをし、言葉は次第に嗚咽に変わっていった。

 

「 ・・・ 長いよね、やっぱふらんす人だから。 」

「 そうだね〜〜 ふらんす人 だから。 」

「 みんなさあ、 ちゅ〜〜ってやるんだね。 」

「 うん、ふらんす人 だから。 」

「 アタシたちも やる? すばる〜〜って。 」

「 ・・・ 僕、にほんじん だもん。 やらない。 」

「 ふ〜〜んだ。 アタシは はんぶんふらんす人だも〜ん。 お母さんのコだから。 」

「 ぼ、僕だって!  僕は にほんじん で ふらんす人なんだもん! 」

 

足元でごにょごにょ声がする。

「 こ、こら。 お前たち! 静かにしろってば。 」

ジョーはあわてて子供たちの手を引いた。

 

フランソワーズと抱き合っていた男性は腕を緩めるとゆっくりと向き直り ― 

戸口の側に固まって立っている3人を見た。

「 ファン ・・・この人たち は・・? 」

「 え。  あ・・・ あの ・・・ 」

「 こんにちは!  アタシ、すぴか。 しまむら すぴか よ。 」

「 ・・・ こんにちは。 僕 しまむら すばる デス。 」

「 あ・・・ あ。 し、島村ジョー といいます。 あの・・・その、つまり・・・ 」

「 あの! アタシたち、ふたごなの。 これ、お父さん。 」

「 これ、 僕のお母さん。 」

すばるがフランソワーズのコートの端を引っ張った。

「 ・・・ファン ・・・ お前の ・・・ 子供たち か・・・? 」

「 ジャン兄さん。  わたしの夫と子供たちよ。  皆、 この人はお母さんのお兄さんよ。

 そうね、あなた達の伯父様よ、ジャン伯父様。 」

「「 こんにちは〜〜  ジャンおじさま 」」

双子の姉弟は手をつなぎ ぺこり、とお辞儀をした。

 

「 ・・・ これは ・・・ 夢、か??  イブの・・・ 夢なのか・・・ ?? 」

男性は呆然とつぶやくと。

やがて 子供たちの前に屈み込み両腕をひろげ ― きゅう〜〜っと二人を抱き締めた。

 

   「  オレの。 姪っこと甥っこ だ ・・・ ! 」

 

 

 

 

Last updated : 12,15,2009.                   index        /        next

 

 

 

*****   途中ですが

え〜と。 < 島村さんち > は一応平ゼロ設定 になっています。

若干の時間軸のズレはご容赦くださいませ。

ジャン兄様的には 妹が浚われてから 3〜4年後かも・・・・

もう滅茶苦茶設定ですが お目を瞑ってくださいませ〜〜 <(_ _)>

お宜しければ 後編もお付き合いくださると嬉しいです。

ご感想〜〜ひとことなりとでもいただけましたら 狂喜乱舞♪♪