『あまりにも古い…と言うよりは、わざと伝承を消し去ろうとしていたようだったな。お蔭で手間取った』 その晩、奈涸から鏡に封じられていた妖について報告があった。 『まず、名すら失伝している。分かった事と言えば、大地を力の源としていたらしく、石や木の葉を自在に操る事が出来た、と言う事ぐらいだ。伝承は、妖の住み着いた場所に通りかかった法師が、戦闘の末封印した…と言うところで終わっている』 何故今になってか、という問いには、 『おそらくは、法師の法力が絶えでもしたか、あるいは妖の力を活性化させる何かがあったのだろうな、おそらく…』 弥勒を襲った人形も、その力に因るものだろう、と答えた。 ―雹の屋敷。 「アヤカシと言うものは、風流を解せぬ輩じゃのう」 かきん、ぱし、と木と木が打ち合う音が響く。 「でも…彼らは、私たちとは違う秩序のもとに存在しているんです…」 かきん…かしゃん。 「技の冴えがないぞえ…龍行」 木剣を打ち合わせている二体の小さな木の人形のうち、龍行の操る人形が打ち負けて転がったのを見て、雹が言う。 「上の空で繰られれば人形も喜ばぬぞ」 「そうだな」 呟いて、龍行は指から糸をはずした。 その様子を、比良坂が心配げに見つめている。 「…のぅ、龍行。少しよいかの?」 「構わないが?」 雹は座りなおし、傍らのガンリュウを見上げつつ、訊ねた。 「以前に、わらわとガンリュウの事は聞いておるな? 此度は…お主と、まつりの事を聞かせて欲しいのじゃ」 彼女には珍しく、言葉を選びつつの発言だった。 龍行はしばらく考えると、 「詳しくは話せんがそれでもいいか?」 「むぅ…」 やや不満げに雹は呟いたが、やがて頷く。 言葉を紡ぐ龍行を、比良坂はただ見つめている。 「俺とまつりとは俺が漂泊の民になって以来の付き合いだ」 龍行は、先ほど自分が操っていた人形を手にとり、そして、置く。 「旅の中で新たに得てそして失ったものは多かったがまつりはずっと手にあった」 龍行の話を聞き、雹は袖で口元を覆うと、言う。 「龍行…なぜ、故郷から出たのじゃ? …“なくした”からか?」 「……」 龍行は答えず、首を横に振り、それからぽつりと言った。 「話せるのが何よりもよいのは分かっている」 「でも、龍行…」 そ、っと比良坂が龍行の腕に手を添えた。 「心配は要らない」 その小さな手に、自らの手を重ねる。 しばらくして。 「…わらわの前で睦まじゅうするとはよい心意気じゃのぅ、お主ら…」 雹のその言葉で我に帰ったのか、二人は慌てて離れた。 「まぁよいわ。龍行よ、あまり気落ちた姿を見せるでない。そうした姿を見せるお前のほうを御屋形様たちは気にするのじゃぞ」 「そうだったな」 そう頷いて、龍行は口元を緩めた。 「そ、それにガンリュウもまつりが居らんと悲しんでおる」 「ガンリュウが?」 龍行がすぐ、雹の背後に座すもの言わぬガンリュウを見上げたために、雹はその赤らんだ顔を見られずにすんだ。 「そうじゃ。ガンリュウはお主を気に入ったように、まつりのことも気にしておる」 「そうか」 立ち上がると、龍行はガンリュウの頭部に手を添えた。 「すまない」 その優しい声に、しかも自分にではない声だと言うのに戸惑いを感じつつ、雹は言った。 「こ、こうしておってもどうにもならぬわ。早ぅ見つかるとよいのう」 おそらく、自分が何を言っていたのかは気付いていなかっただろう。 |