――内藤新宿。 「ずいぶん暇を持て余しているようだな、君は」 「るっせぇ。だったら手前もじゃねぇのかよ」 「これは、生業だ」 「…ちっ」 浅草寺周辺にて、いつものように弥勒は店を開いていた。何故かは知らぬが、龍閃組の蓬莱寺 京梧はよくここに来る。 天戒の危惧する事態がこの周辺で起きるのならば、彼の耳に入らないはずがない。そういう意味では願ったり、だ。 それに加え、今日は珍しく、同じく龍閃組の緋勇 龍斗の姿もあった。 「…今日は珍しい顔があるな」 「あ、どーも」 からり、と笑って、龍斗。 「この前は名前も言わへんで悪かったわ。緋勇龍斗や。よろしゅう、あにさん」 「龍斗くん、か。よろしく」 「おい弥勒、馴れ馴れしくひーちゃんの名前呼ぶんじゃねぇよ」 不機嫌な顔で京梧が割り込む。 「ええやん京梧。俺あにさんみたいな渋い声で呼ばれると、なんとなく嬉しいわ」 「ふっ…」 弥勒が口元を緩める。 「誰だって好感の持てる人物へは、名で呼びかけたいと思うものだろう?」 「せやなぁ」 「なッ…ひーちゃん! そこまで言うか!?」 こうしたやり取りはいつもやっているのだろう。言い合う二人の間には笑顔が絶えない。 鬼道衆の面々も、もう少しこうして彼らの素の表情を見るべきでは…と弥勒は思う。素直にそれが出来ぬ理由は、弥勒自身よく分かっていたが。 「…さて、何も買わないというなら前を空けてくれないか?」 「あー、こりゃ悪…」 にこぉ、と笑っていた龍斗の顔色が変わる。 「危ないッ!」 「!?」 叫ぶと、龍斗は弥勒の頭上に向かって掌打を放った。 耳障りな甲高い音―声だろうか?―が響く。 がちゃん、と何かが転がる音が続いた。 見ると、それは人形だった。 今の龍斗の一撃で顔が壊れているが、着物や髪の仕立てを見るに、ありふれた人形のようである。 …手に、短刀を握っていた。人の目からみた短刀であって、人形の手にあれば立派な“刀”である。 「何やこれ…」 「人形、だな」 うめく龍斗に、冷静に弥勒は応える。 「にしちゃあ物騒だな。また鬼――っと」 言いかけて、慌てて京梧は口をふさいだ。世間一般には“鬼”の仕業とされる一連の事件が“鬼道衆”によるものだと言うことは知られておらず、また極秘であると言う事をすんでで思い出したのだろう。 人形は動かないが、触れるのもなんだかためらわれる。 「破ッ!」 試しに龍斗は手刀を振り下ろした。人形はぴくりとも動かない。 「よっしゃ、これで安心やな。あにさん、大丈夫?」 「ああ。すまなかった」 と弥勒が頭を下げる一方で、京梧が人形を持ち上げる。 「うわ京梧! 刀落ちたで! 危なぁ…」 「ん? おお、わりぃな」 その短刀も拾い上げると、京梧は言った。 「おらひーちゃん、帰るぞ」 「え? あ、うん、そやね」 余所余所しく背を向けた二人に弥勒は声をかける。 「その人形、どうするつもりだ?」 「えーと、その、あー……」 歯切れの悪い、戸惑ったような声。 「…そう! 供養や! そーゆー寺知っとるねん! それじゃ!」 龍斗が言い終えると、二人は一目散に駆け出していった。普通に考えれば怪しい事この上ない。 「…ふむ」 弥勒はあごに手を当てると黙考した。 何度か見せてもらったことのある龍行の傀儡とは違うものだった。“まつり”と名付けられたそれは、もっと細身で、指の関節まで再現されていた。龍行の技術だろうか、それの動きはからくり人形よりも滑らかなものだった。 とは言え、まったく関係ないわけではないだろう。 人形は持っていかれてしまったが、さすがに渡してもらおうとするわけには行くまい。彼らから見れば、自分もまた“何の罪もない人々”の一員。何も話そうとはしないだろう。 「…今日は、このくらいか」 呟くと、弥勒は店の中に腰を戻す。 面よりも簪の方が売れ行きがよいと言う事に、面打ち師としていくらかの不満を感じつつ、弥勒は帰途に着いた。 |