<双星伝>番外編 曲唄・参 




――内藤新宿。
「ずいぶん暇を持て余しているようだな、君は」
「るっせぇ。だったら手前もじゃねぇのかよ」
「これは、生業だ」
「…ちっ」
 浅草寺周辺にて、いつものように弥勒は店を開いていた。何故かは知らぬが、龍閃組の蓬莱寺 京梧はよくここに来る。
 天戒の危惧する事態がこの周辺で起きるのならば、彼の耳に入らないはずがない。そういう意味では願ったり、だ。
 それに加え、今日は珍しく、同じく龍閃組の緋勇 龍斗の姿もあった。
「…今日は珍しい顔があるな」
「あ、どーも」
 からり、と笑って、龍斗。
「この前は名前も言わへんで悪かったわ。緋勇龍斗や。よろしゅう、あにさん」
「龍斗くん、か。よろしく」
「おい弥勒、馴れ馴れしくひーちゃんの名前呼ぶんじゃねぇよ」
 不機嫌な顔で京梧が割り込む。
「ええやん京梧。俺あにさんみたいな渋い声で呼ばれると、なんとなく嬉しいわ」
「ふっ…」
 弥勒が口元を緩める。
「誰だって好感の持てる人物へは、名で呼びかけたいと思うものだろう?」
「せやなぁ」
「なッ…ひーちゃん! そこまで言うか!?」
 こうしたやり取りはいつもやっているのだろう。言い合う二人の間には笑顔が絶えない。
 鬼道衆の面々も、もう少しこうして彼らの素の表情を見るべきでは…と弥勒は思う。素直にそれが出来ぬ理由は、弥勒自身よく分かっていたが。
「…さて、何も買わないというなら前を空けてくれないか?」
「あー、こりゃ悪…」
 にこぉ、と笑っていた龍斗の顔色が変わる。
「危ないッ!」
「!?」
 叫ぶと、龍斗は弥勒の頭上に向かって掌打を放った。
 耳障りな甲高い音―声だろうか?―が響く。
 がちゃん、と何かが転がる音が続いた。
 見ると、それは人形だった。
 今の龍斗の一撃で顔が壊れているが、着物や髪の仕立てを見るに、ありふれた人形のようである。
 …手に、短刀を握っていた。人の目からみた短刀であって、人形の手にあれば立派な“刀”である。
「何やこれ…」
「人形、だな」
 うめく龍斗に、冷静に弥勒は応える。
「にしちゃあ物騒だな。また鬼――っと」
 言いかけて、慌てて京梧は口をふさいだ。世間一般には“鬼”の仕業とされる一連の事件が“鬼道衆”によるものだと言うことは知られておらず、また極秘であると言う事をすんでで思い出したのだろう。
 人形は動かないが、触れるのもなんだかためらわれる。
「破ッ!」
 試しに龍斗は手刀を振り下ろした。人形はぴくりとも動かない。
「よっしゃ、これで安心やな。あにさん、大丈夫?」
「ああ。すまなかった」
 と弥勒が頭を下げる一方で、京梧が人形を持ち上げる。
「うわ京梧! 刀落ちたで! 危なぁ…」
「ん? おお、わりぃな」
 その短刀も拾い上げると、京梧は言った。
「おらひーちゃん、帰るぞ」
「え? あ、うん、そやね」
 余所余所しく背を向けた二人に弥勒は声をかける。
「その人形、どうするつもりだ?」
「えーと、その、あー……」
 歯切れの悪い、戸惑ったような声。
「…そう! 供養や! そーゆー寺知っとるねん! それじゃ!」
 龍斗が言い終えると、二人は一目散に駆け出していった。普通に考えれば怪しい事この上ない。
「…ふむ」
 弥勒はあごに手を当てると黙考した。
 何度か見せてもらったことのある龍行の傀儡とは違うものだった。“まつり”と名付けられたそれは、もっと細身で、指の関節まで再現されていた。龍行の技術だろうか、それの動きはからくり人形よりも滑らかなものだった。
 とは言え、まったく関係ないわけではないだろう。
 人形は持っていかれてしまったが、さすがに渡してもらおうとするわけには行くまい。彼らから見れば、自分もまた“何の罪もない人々”の一員。何も話そうとはしないだろう。
「…今日は、このくらいか」
 呟くと、弥勒は店の中に腰を戻す。

 面よりも簪の方が売れ行きがよいと言う事に、面打ち師としていくらかの不満を感じつつ、弥勒は帰途に着いた。


…なんか弥勒さん、愛想いいよーな? 自分で書いておいてなんですが。
ここが長めなのは…半分ぐらい愛です(きっぱり)
ちなみに、史実的なことに関してこっそり嘘が混じってたりします。くれぐれも、全て鵜呑みにしないで下さいませ。特に傀儡と人形の辺り。
(2002,4,20)


幕間 一