――朝。 いつものように澳継より早く起きると、龍行は掛け物を畳み…… 「澳継ッ!!」 「う、うわぁッ!?」 目覚めゆくまどろみの中、いきなり大声で呼ばれ、風祭 澳継は文字通り跳ね起きた。 「ど、どうしたんだよ、たんたん?」 ごしごしと目をこすりながら澳継がぼやく間に龍行は仮面をつけて、言った。 「俺の傀儡を知らんか?」 「たんたんの…? …あッ!」 言われて見ると、部屋の隅においてあった傀儡を入れてあるはずの木箱がない。 「…本当だ」 目を丸くする澳継に、ざくりと龍行の視線が突き刺さる。 「い、いや知らねぇよ。だってさ、俺たんたんより先に寝たじゃねぇか」 「そうだったな」 荒れていた龍行の《氣》が落ち着いていく。 それに澳継は安堵を覚えると、 「まぁ、メシの時にでも聞きゃいいだろ?」 「ああ」 そう言って龍行は頷くと告げた。 「すまなかったな」 素直に謝罪されて、澳継はわずかながら戸惑う。 「あ、いや、別にいいんだよ。あれ、たんたんの大切なものなんだろ?」 「ああ」 上の空らしい、生返事。珍しいことだ。 (そんなに大切な物なのかよ?) 澳継とて大事なものがないわけではない。しかし、“男が人形を大切にする”という感覚は分からないものだった。 「朝の席で、失礼かもしれないが…」 鬼道衆の中でも、村に家族のいない者、つまりこの最近に村にやって来て、かつ《力》のある者たちは九角屋敷で食事をする事が多い。 しかし、奈涸や弥勒はたいてい自らの家―工房や店―で自炊しているのだが、今朝はなぜか屋敷に姿を見せていた。 「どうしたのだ?」 「俺の店から、ある品物がなくなった。鏡、なのだが、誰か知らないか?」 「奈涸もか?」 その返事は、回答ではなかった。奈涸は聞き返す。 「“も”? 龍行君、君のものも何かなくなったのかい?」 「傀儡の“まつり”が」 二人のやり取りを聞き、鬼道衆が頭目・九角 天戒が何事か考え始める。 「奇妙だな。誰か、他に何かあった者はないか?」 「なくなった、と言う訳ではないのだが…」 その問いかけに最初に応えたのは、弥勒。 「昨晩、俺の面の一つが何の前触れもなく割れた」 「妖面が? まさか。《力》のこもった品物はそう簡単には壊れたりしないはずだよ」 桔梗が驚きの声を上げる。 「だから、報告しているのだ」 「確かに、妙だな」 天戒が頷く。 「しかし若、弥勒のは妖面、何か要因があって割れたのはわかりますが、師匠のはただの傀儡…」 「雹が聞いたら何と言うだろうな」 ぼそりと入った龍行の突っ込みに、九桐 尚雲はしばらく黙ってしまったが、何とか復活して続ける。 「…それから奈涸のはただの鏡。関連はあまり無さそうですが…」 「すまんが、ただの鏡ではないのだ」 「ほう、聞かせてもらおうか」 九桐の要求に、奈涸は腕を組むと応えた。 「あの鏡は鎌倉時代からのものらしくてな。伝え聞くところによると、妖を封じたものらしい。確かに妖気を感じないわけではなかったのだが…さほど強いものでもなかったからな。店先に置いてあったのだ」 そんなもの抵抗力のない人も来るところに置くものではない。 「いわくつき、という訳か…」 九桐が目を伏せる。 「しかし俺の傀儡は本当にただの傀儡なのだが」 「でも、こうも考えられるよ、たーさん」 急に何かを思いついたかの様子で、桔梗。 「もしその鏡に本当に妖が封じられていたとして、その妖が解き放たれたっていうなら、宿る器を探すよね? どういう妖かは分からないけどさ、傀儡――ヒトガタなら宿りやすかったんじゃないかな」 「なるほど一理ある」 龍行が頷く。 「ふむ…。これは捨て置けぬな」 ずっと話を聞きながら考えをめぐらせていた天戒が口を開いた。 「あの蜻蛉と名乗った女の言った事も気にかかるが、望まぬかたちでの怪異が広がるのも許せぬ。――奈涸、弥勒。すまぬが街で何か起きていないか探ってきてくれ」 「いいだろう」と奈涸。 「わかった」 これは弥勒。 奈涸は忍びとして変装術に長けている。そして、弥勒は鬼道衆の中でもほぼ唯一、龍閃組にその事を知られていない人物だ。 「後は、下忍たちも…」 「いや、下手にあいつらも動かせば龍閃組に感づかれる」 「…そうですね」 余計な事を、と九桐が頭を下げる。 「こういう時に、顔を知られてるってのはつらいねェ」 桔梗が苦笑した。 |