<双星伝>番外編 曲唄・七章



『ああ…地に還る…。それが…自然と言う…もの…』
 それを最期の言葉として、“名無し”の姿が崩れてゆく。
 そして、そこには、儚い光が漂っていた。
「残骸か?」
「ちゃうで…」
 再び構えかけた壬生を、們天丸が止める。
「見送ったりや、龍行はん」
「ああ」
 いわれずとも動き始めていた龍行は、們天丸の言葉に頷くと、川を渡り、月の光の下で消えかけた蛍光に手を伸ばし。
 そして掌の中に受け止めた。
 ぬくもりだけが伝わってくる。暖かくもあり、冷たくもある。歴代の遣い手たちが抱いてきた想い。
「これまでありがとう」
 その言葉と同時に、ぱちん、と光がはじける。
「いつかまた」
 はらはらと光の粉が地面に降り消えていくのを見送って、龍行は囁いた。

「…あれは何なのだ?」
 龍行の邪魔をしないよう、声を潜めて壬生が訊ねる。
「“まつり”の中にあった、たくさんの想いの欠片…」
「いわば魂魄の卵、やな」
 比良坂の言葉を継いで、們天丸。
 珍しく殊勝な顔で們天丸は続けた。
「あのコ、まつり言うんか。あのままいろんな人の《氣》ィ受け取っとったらちゃんと<陰の者>に成れたやろにな…」
「どういう意味だ?」
 壬生が眉を顰めた。弥勒も、表情こそ変わらないが気になっているようである。
 們天丸はぱさぱさと羽団扇を扇ぐと、
「んー…天狗のよーに天地の《氣》を享けて最初から肉体も精神も持って生まれてくるのとはまたちごぅて、人の《氣》を長い間受けることで生まれる<陰の者>もおるっちゅう訳や。…まあ、細かいのはおいとこ」
 どれにしろ陰陽の《氣》が極端やから云々と口の中で呟く。
「…ふむ」
 弥勒が相槌を打つ。
「《力》が宿るように、意思も宿る、という訳か」
「まぁそんなもんやな」
 《力》を持つ――普通ではない――物を作り出せる弥勒が彼なりに理解したのとは違い、壬生はまだよく分からないようだった。
「んー、まぁ、壬生っちにはあんま関係あらへんし、気にせぇへんでええで? …っと」
「待たせた」
「いやいや、そないな事はあらへんで」
 川向こうから戻ってきた龍行に、們天丸は笑顔を向けた。
 …と、們天丸の目が見開かれる。
「た、龍行はん…」
 は、と龍行が片手で顔を隠す。
 そう。龍行は今いつもの仮面をつけていなかったのだ。彼の顔を隠すのは、その手と張り付いた前髪だけ…
「今すぐその手と濡れたんも綺麗な前髪を――ッぐ…」
 龍行と、何故か加わった壬生の一撃に轟沈する。
「し…死んじゃわない…かしら…」
「そのくらいの加減はしているだろう…後で手当てしてやらねばなるまいが」
  息の合った協力攻撃(方陣技ではなかった)に、呆気にとられながら、比良坂と弥勒が呟きあう。
「…さて、では俺は行くとしよう」
 気絶した們天丸に肩を貸すようにして抱えあげると、壬生は背を向けた。
「世話をかけた」
「いや。…では」
 と森へ分け入って行く。微妙に村の方角とずれているようが、山中に庵でも結んであるのかもしれない。
 それを見送って龍行が口を開いた。
「弥勒も早く休んだ方がいい」
「いや。君の方が心配だ。それに、俺は徹夜には慣れている」
 静かに返された言葉に、龍行はしばらく考えると、
「なら先に失礼するとしよう」
 と言って軽く頭を下げると、村の方へと歩き始める。
「弥勒さん…ありがとう」
 それに、比良坂も続いて行った。

「…ふむ」
 那智滝のそばに一人残った弥勒は、一つの面を取り出した。
 この一連の出来事の最初に割れた女面。
「予期していた…と言うのは考えすぎか?」
 龍行が濡れたまま戦っていたのは、こぼれる涙を隠すためでは無いか、というのは。
 現に、あれだけ動いていたのに服はともかく、露出していた顔が乾いていなかったのは…?
「…いずれにせよ」
 弥勒は滝壷に歩み寄った。
「彼が仮面をはずす日も…いつかは来るのだろうな」
 弥勒の手を離れた面が、滝壷に沈んでゆく。
 どうしてこんな事をするのか、はっきりとは自分でもわかっていなかったが…手向け、だと弥勒は思っていた。
 そして、彼も自らの工房へと戻っていった。


弥勒さんともんちゃんって使いやすいですね。いえ、データとかじゃなくて、お話の中で、ですが。
(2002,6,17)


幕引