「こりゃ骨が折れますなぁ」 不愉快げに眉をひそめて、們天丸。 彼らの周囲には鬼火や邪霊が飛び回っている。そのせいで数ははっきりとはわからないが、これまでに起きたどの戦闘よりも多いかもしれない。 『苦しぃぃ…』 『ひぃいいぃ…』 並みの人間ならば、耳をふさいで逃げ出したくなるような恨みの念がこもった呻き声があたりに満ちる。 そしてそれらに守られる――率いるかのように、まつりであったもの…“名無し”の妖がいる。 龍行たちの背後にはほとんど敵はいないものの、下手には後退できない。それは、鬼哭村の中に幽鬼が溢れかえることになる。 少しばかり前進し、比良坂を守るように陣形を作る。とは言っても、比良坂を中心に龍行が前に立ち、その左右に壬生と們天丸が立っているだけなのだが。 「皆さんに守護を…。これが私の《力》です」 比良坂の喉から伸びやかな唄が響く。 唄に秘められた《力》が舞い降り、龍行たちの身体の周囲を巡り始める。防御の力を高める、「揺ギ無キ防人ノ唄」。 その声に反応するかのように、飛び回っていただけであった鬼火が飛来し、恨みの念をぶつけようとしてくる。…が、彼らの身体を深く傷つけるほど強い念の持ち主は、ほとんどいなかった。 それどころか、 「はぁ…ッああぁッ!」 「寄らば斬る! 剣掌奥義…鬼氣、群雲!」 「まだまだ甘いでッ。火よ、灯れ!」 近づくそばから三人の技の前に散らされてゆく。 しかし、数に押されて、奥にいる“名無し”が密かに地面に足を潜らせたのには誰も気付いていなかった。 ぼこり、と比良坂の背後の地面が盛り上がり…その次の瞬間には槍のごときに尖った“名無し”の足が、比良坂へと蛇が鎌首をもたげるかのように降ってきた。 風を切る音に比良坂が気付き、悲鳴をあげたが、もはや遅い、と“名無し”が唇をゆがめた。が。 「伎楽、伽楼羅…」 何の前触れも無く届いた声と《力》がその足を砕く。 「あ…」 比良坂が振り返ると、弥勒が村と滝とを隔てる森の中から姿を見せた所であった。 「面が騒ぐのでな。様子を見に来た」 「弥勒か」 ふ、と微笑む弥勒に、龍行が安堵の声をあげる。援軍にか、比良坂が助かった事にかは、うまく隠して。 「おししいトコ取りやなぁ」 「これで、治癒の心配もいらんか」 比良坂の横に下がりながら們天丸が茶化し、壬生が笑みを浮かべた。 『覚えがある…』 “名無し”が呟いた。 『そうか、我が最初に喰らった氣の…。いや? なぜ生きて?』 くきり、と首をかしげる。その様子は妙に幼いものだった。 「よくは分からんが…」 律儀に弥勒が返事をする。 「お前が食べた、と言うのは…俺が打った面の《力》だろう」 『そうか、《力》を込めた道具か。作れる者がいたとはな』 周囲の鬼火や邪霊が消滅していくのを気にも留めずに“名無し”は呟いた。 『惜しいものよ。駆けつけなければ多少は生き長らえたものを…!』 “名無し”が身体を起こし、地面に足を叩きつける。そこから放たれた衝撃波が、前面に立つ龍行を襲った。 「くっ」 体内の《氣》をぶつけ返す事で威力を相殺し、吹き飛ばされる事を防ぐ。傷は問題ない。 「攻撃範囲がやけに広い…」 「ちと厄介やな」 壬生と們天丸がそれぞれ呟く。 ほぼ邪霊は一掃できたのだが、“名無し”自体に近づく事が出来ないのでは何も終わらない。比良坂ならば何とかなりそうだが、決定打に欠ける。 無論、傷を負うことを気にかけなければ接近は容易なものと言える。しかし、それまでに受ける傷の度合いによっては接近が無意味になってしまう。 彼らは、攻めあぐねるものを感じていた。 |