<双星伝>番外編 曲唄・序



 ひゅっ。
「――む?」
 夜半、鬼哭村。
 夜の見張り役として櫓に登っていた壬生 霜葉は、かすかな音に反応して辺りを見回した。
「……」
 目には捕らえられぬ、と判断すると目を閉じ、《氣》の流れを探る。
 …が、不自然な変動は欠片も見当たらない。
 結局、釈然としないまま壬生は目を開いた。


 ほぼ同刻、工房。
 こつ、こつ、こつ、ぴし、こつ、こ……
 定期的に鑿が面の素地に当てられる音の中に異音が混じり、弥勒 萬斎は手を止めた。
   音の方を見やると、最近完成したばかりの女面が割れている。《力》が面に宿るようになってからは、全くといっていいほどなかった事だ。
 あるいは、面が《力》に耐えられなかったのかもしれない。
「割れてしまったか…すまん」
 面を取り上げ、呟く。
「――ん?」
 ふと、弥勒は面の割れ方に不信を覚えた。
 真っ二つに割れている。それはまだいい。
 それ以外に、目元にひびが入っていたのだ。
 まるで、涙の跡のように。


 そして、如月骨董品店――正確にいうならば、鬼哭村の中に作った出店だ。王子にある店は、妹が管理している――にて。
 かしゃん。
 店のほうから聞こえた音に、奈涸は目を覚ました。
 盗みに入るような者など、この村にはいない。異常なほどに。
 だからその点については心配はしていなかったが、念の為に起き出し、店へと向かう。
「おや…」
 通路――といっても土間に品物を置いたその隙間だが――に櫛が落ちていた。
 主に売買されているのは武具だが、それでも生活道具の需要がないわけではない、と仕入れていた品の一つだ。落ちた所為か、割れている。
「…仕方ないな」
 苦笑を浮かべて拾い上げ、どう再利用したものか、と思案をめぐらせる。
 そのついで、と店内を見回すと。
「! ない…? そんなはずは…!」


ふぅっと思いついて書き始めました。書きあがったら順に更新しますが、ひょっとすると、途中で失速するかもしれません(苦笑)
(2002,4,15)


壱章