『お前らはなぁ、俺様の操り人形なんだよ』 偏った支配欲。彼のそれは、《力》を得てさらに歪み、暴走し…そして。 世界における陰陽のバランスを失った彼は、そのまま、“消えた”。 自分が、倒した。 それが、始まりだった… 「…で。何でついて来てるんだよ、お前」 日が落ち、電柱の街灯が道を照らす、そんな時間。 「……」 龍麻の問いに答えず、壬生は晴れない表情のまま立ち止まった。彼にしては珍しく、明かりの中に立っている。…龍麻と一緒にいるからか。 「決めてねぇなら来るんじゃない」 「…それでは駄目なんだ」 ぽつりと呟く。それは分かっているのだ。それだけは。 「僕は知るべきなんだと思う。…狙われていたのは、僕なのだから」 その視線は下を向き、ただ自分に言い聞かせているかのように言う。 「……」 突然、龍麻は長く伸びた前髪を横に払った。 幾房かは戻ってきたが、それでも龍麻の顔が露わになる。 「…?」 滅多に見せない行動に、壬生は眉をひそめた。 龍麻が壬生を見つめる。 「!」 目を合わせた瞬間、前髪のカーテン越しとは比べ物にならない威圧感に、壬生は身を竦ませてしまった。 「お前、仲間を殺せるのか?」 「な、何を言って…?」 「拳武館の仲間を殺せるのか、って聞いてるんだよ」 「何故、そんな事を聞くんだい…」 知らず、声が細くなる。龍麻の表情は動かない。 「お前には出来ない」 「き、決め付けないでくれないか」 「なら出来るのか?」 問い返され、返答に詰まる。 出来るはずがない。暗殺という仕事上、その結束は何よりも堅いものを要求されるのだ。 たとえ裏切り者が出たとしても、どうするかは、暗殺者個人では決められない。 「…できない」 そう言うのが精一杯だった。 「なら、来るな」 「そう言う訳にはいかない!」 堂々巡りだ。 壬生はそう思っていた。 龍麻は何を知っていて、何を隠しているのかが全く分からない。何を言えば教えてくれるかも… 「そう言えば、お前、あんまり<人ならざるもの>とは戦ってないな」 「…ああ、そうだけど…?」 当然話を変えられ、戸惑いながらそう返事をする。 「『心毒以って鬼(モノ)となる』」 「え?」 唐突な言葉に、間の抜けた声をあげてしまう。 「精神的によくはねぇものを溜め込みすぎると、モノ…鬼になっちまうって話さ」 「僕を狙っていたのは、そうした鬼だと?」 「まぁ、そんなとこだろ」 やはりよく分からない。 (つまりは恨みや憎しみを僕に向ける相手…。恨まれるとすると…暗殺目標? 目標の周辺に自分の事を知られたりする事はないはずだが…) 「……」 見ると、龍麻が眉根を寄せて何事か考え始めていた。 教えるべきか、教えないべきか。 ヒトがオニに変ずる。 それは行き過ぎた感情や《力》の暴走、あるいは外法によってもたらされる。 それは別に構わない。どちらかと言えば、まだまだ戦いになる可能性があるのだから。 しかし、今回の。 原井、とかいう女生徒が、壬生に恋愛感情を抱き、思いを募らせていたところに壬生に関係の深い相手がいることを知って(全くの勘違いだ。そう言う意味でも許せん)、相手に(勝手に)憎悪を燃やして暴走した…そんな所だろう。 これは教えていいものか。 間違いなく、壬生はそうした事態に慣れてはいないだろう。慣れていれば、葵からのアプローチに、あれだけ気付かなかったはずがなかったのだから。 「なぁお前、恋愛についてどう考えてる」 「なっ…」 何を赤くなってやがる。 カーテンに戻った前髪の中から冷ややかに見つめてそう心の中でぼやく。 「僕には…縁のないものだよ」 なら葵との関係は何だ? と再び。 「なら話しても分からねぇな」 「話の繋がりが…全く見えないんだけれど」 …面倒だ、言ってしまうか。この程度乗り越えられなくて、葵を任せられるかよ。 当人たちにとってははた迷惑な事を考えつつ、龍麻は口を開いた。 「『心毒』…負の感情にはな、恋愛感情も含まれるんだよ。ま、そんなのは愛って言う仮面をかぶせた独占欲とかだけどな。…つまり、お前を悩ませていた犯人は、お前を好きだった、ってことだ」 「ぼ、僕を…?」 思い切りうろたえた様子で壬生はうめく。 「多分そうだろうと思うぜ。お前、中身はともかく外っ面は美形だ。それは認める」 「…確かに、内面まで誇れるような人間じゃない事は認めるけどね…」 さりげなく怒気が膨れ上がる。 「まぁ、美醜の話は置いておこう」 「そうだね」 今争っても意味はない。そういう事はお互い分かっている。 「そいつは暗殺組で出会ったお前に恋愛感情を募らせていった。最初はともかく、いつしかそれは何か…よくない方向の執着に変わって、そして人としての臨界点を越えて、<人ならざるもの>へと変貌しつつある」 頷きながら、壬生は龍麻の話に耳を傾けている。 「…で、お前を殺して自分のものにする、って考えに縛られてる、と。俺の推理はこんなもんだ」 「なるほどね。それで…」 もっとも龍麻がされたくなかった質問を壬生は口にした。 「元に戻す手段はないのかい?」 「ねぇよ」 たった一つしかない答えを告げる。 「倒すしかない」 「ど、どういうことだい…」 壬生が驚きの表情を浮かべる。予想はしていた。龍麻は表情が崩れぬよう気をつけながら言う。 「オニ、ってのはこの世のものじゃない、本来存在していないモンだ。それに変じた時点で、人間としてのその人物は死んでいるのさ」 「そう言う…ものなのか…」 死という言葉が、逆に壬生を落ち着かせたようだった。親しみ深い世界であるからかもしれない。…ひょっとしたら悲しい事なのかもしれないが、もはやその様な事は言っても意味がない。 「なら、早めに手を打たないと」 「は?」 今度は龍麻が驚きの声をあげる番だった。 (何で混乱しないんだ、お前?) …と。 「この世ならざるものを、あるべき場所へ。それも僕らの役目じゃないのかい、龍麻?」 「お前…意外に強いのな」 呆れも交えて龍麻がそう言うと、壬生は再び顔を赤らめて、 「あ、葵さん、が…教えてくれた事だよ」 「…名前で呼び合ってんのか、お前ら…」 「そ、その、『お互い名前でないと不公平だから』って…」 「さすが葵、言う時は言うな」 場の空気が別の方向へ向かい始めた、その時。 不自然な、生ぬるい風が吹き降りた。 |
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