今はもうない村に伝わっていたメロディーを旅の楽人たちが奏でる。
遠い昔、
その村に滞在した時に覚えたというそれは、8分の6拍子の物悲しい旋律で死者を弔う時の曲だった。

バスクから遠く離れた地で、
今、
オクシオーヌが踊る。

バスク村の最後の生き残りの娘は
先に逝ってしまった村人たちのために踊りを捧げていた。

もともと集団で踊るそれは
くるくると旋回しながら惑星が太陽の周りを公転していく宇宙の縮図だ。

けれど今は
オクシオーヌが一人で踊る。

竜使いの村の踊り
弦と葦笛と打楽器の宇宙の旋律

くるくると白いスカートがまわり、
バハムートたちが吼え、

・・・・・・村を滅ぼした男が黙ってそれを見つめていた。








竜が踊る (1)














 ジュヌーン・アパタイザは広大なスウォンジーの森の新しく開墾された村にいた。内乱が終わり、人々は新しい土地を求めて森を切り開く。豚や山羊が村の共有地で飼われ、道を作り、家や教会を建てた。そこから納められる税は国づくりの大事な資金だった。だが内乱が終わったとはいえ新政権に反抗する勢力や夜盗たちが村々を襲い、収穫物を盗んでいく。ジュヌーンは村人たちに自分たちだけで戦えるよう指導していった。城の弓の射手が弓を教えることもあった。元ガルガスタンの竜騎兵団々長だった彼はコリタニ地方の住民たちにとって圧倒的な人気を誇っていた。

 村は平和だ。とても質素で慎ましい暮らしだったが子供たちがコマや竹馬で遊び女たちは菜園でキャベツやえんどう豆などを栽培していた。子供たちの歓声が響く。それを見ながら彼は自分が滅ぼした竜使いの村のことを思った。きっとここと同じようにあの村でも子供たちが歓声をあげて走り回っていたのだろう。その村を焼き払ったのは他でもないこの自分だ。一生背負っていかねばならない光景が目の前に甦る。忘れることは許されない・・・。

 子供たちがパタパタとジュヌーンの方に走りよってくる。
 「ジュヌーン様、はいこれ!」
 泥だらけの顔をにこにこさせながら小さな手をジュヌーンに差し出した。長身の彼が屈んで彼女の手を見るとどんぐりで作った首飾りを掴んでいた。
 「これ、オクシオーヌお姉ちゃんにあげて。」
 「君が作ったのかな?」
 「みんなでどんぐり拾って作ったの。」
 「確かに彼女に渡そう。」
 「お姉ちゃんにまたドラゴン連れてここに来てほしいって言って。」
 「欲しいって言って!」
 「ドラゴン見たい!」

 子供たちが口々に約束をねだる。ジュヌーンは苦笑しながら約束した。



 夏にオクシオーヌはここに来た事があった。バハムートたちをスウォンジーの森の奥で放し飼いにしたのだ。冬の間狭い竜舎で飼って運動不足に陥った彼らは見事にデブ竜になってしまったので・・・。

 オクシオーヌはここで一夏のびのびと暮らした。コリタニ城で彼女と親しい者はジュヌーンくらいだった。熱心なフィラーハ教の信者の多い城でバスク教徒のオクシオーヌはあまり歓迎されていなかったのだ。もちろん、面とむかって彼女を批判したりする者はいない。が、微妙に一線を引く城の人たちとあえて親しくする必要もないのか、彼女は城で孤立しがちだった。が、ここでは村人に溶け込み暮らすことが出来た。故郷の村とは景色も暮らしも全然ちがったが、毎日が楽しかった。時々様子を見に来たジュヌーンは彼女の笑顔を見てもう城に帰ってくる必要もないと思ったが、竜使いの少女は秋になるとすっかりスリムになったバハムートたちとコリタニ城に帰ってきた。

 「ん〜、懐かしい眺めだわ。」
 コリタニ城の窓からいつも見ていた風景も久しぶりだと新鮮だった。
 「君が望むならあの村にいても良かったのだが。」
 ジュヌーンがそう言うと、オクシオーヌは
 「あそこにいたらジュヌーンの手伝いが出来ないわ。このごろまた各地で小規模の反乱があっているのでしょう? 抑えに出るわ。」
 そう言って微笑んだ。少しだけ、大人びた表情で。
 「それに今はここがわたしの家だし・・・」
 「そうだな・・・」

 ・・・本当はその先に続けたい言葉がある。けれど、オクシオーヌは口に出さなかった。そして、ジュヌーンは彼女がその先を言わないことに心の片隅で安堵していた。



 「では。また何か困った事があったら連絡をしてくれ。」
 「わかりました。それはそうと・・・、」
 村の代表者はジュヌーンに言葉を続けた。
 「女王様がコリタニ城に来られるという噂は本当ですか?」
 「早いな?もうこんなところまで噂になっているのか?」
 「はい。」
 「まだ、正式に布告されてはいないが、本当だ。」

 ジュヌーンは解放軍でともに戦った淋しがり屋の女性を思い浮かべた。少しは貫禄がついただろうか?オクシオーヌに贈ったドレスがボロボロになったのは知らないだろう。女王がハイムを出るのを反対する声は多かったが、ヴァイスが押さえた。

 女王が来るとなると、彼女の命を狙う輩もコリタニに入ってくるだろう。例えば旧ガルガスタン王国やバグラム・ヴァレリア王国に忠誠を誓った者や、ロデリック王につながる者たちだ。外国の人間も以前とは比べ物にないほどヴァレリアに入ってきている。警備を厳重にする必要があった。ジュヌーンはコリタニへ続く街道を歩く人間を注意深く観察しながら数名の竜騎兵たちを連れて城に帰っていった。

 オクシオーヌにどんぐりの首飾りを渡す。彼女は受け取るとつけてみた。

 「似合う?」
 「ああ、とても・・・。」

 もう背伸びはしないと決めた少女は素直に喜んだ。彼はオクシオーヌの嬉しそうな顔を目を細めて見ていた。



 秋になり、城の影が長くなる・・・。








 コリタニの町は今女王を迎える準備で忙しかった。ヴァレリア一肥沃なコリタニ地方の収穫祭にハイムからカチュアが参加したいと言い出したのだ。モルーバたちは治安がまだまだだったので反対したが、ヴァイスが自分が責任を持って女王を守ると言い、しぶしぶ承知させたのだった。カチュア直々に派手な歓迎は控えるようにとの達しがあったが、コリタニの町の有力者たちはハイムに対抗して通りを吹流しや色とりどりの花で飾り立てた。町にヴァレリア中から旅芸人たちが入り、そこかしこで芸を披露していた。怪しげな薬売りとか、異国の珍しい物を持った旅の商人とかの大勢コリタニの町に入ってきていた。

 コリタニの軍事の最高責任者であるジュヌーンは連日警備で忙しかった。オクシオーヌもまたコリタニの町に不穏な動きがないか注意を払って見回っていた。

 ジュヌーンが夜遅く警備を終えて部屋に戻るといる筈のオクシオーヌがいなかった。確か今日はコリタニの町には行かなかったはずだ。ドラグーンの鎧を外し部屋着に着替えてバハムートたちがいる竜舎に向かった。時々彼女は竜達と眠ることがあるからだ。

 「オクシオーヌ・・・?」

 松明の明りに浮き上がるのはバハムートたちの影だけで、オクシオーヌはそこにいなかった。

 城を出たのか?と思い城のはね橋の所に立つ門番に聞く。すると昼間城を出たという事だった。行き先を言っていたか?と尋ねると首を横に振った。

 「恋人に会いに行ったんじゃないのですか? 彼女この頃美人になってきていますからね。」
若い兵はいいなあとのん気に言った。

 彼女が城に戻ってきたのは次の日の昼すぎだった。



 オクシオーヌがこそこそっと城に戻ってみるとそこに苦虫を噛み潰した顔でジュヌーンが待っていた。

 「ごめんなさい・・・」
 「何処にいたのだ?」
 「言わなきゃ駄目?」
 「駄目だ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「オクシオーヌ」
 「・・・・・・ジャンヌたちが・・・・・・、」
 オクシオーヌの口から出た名前にジュヌーンは記憶があった。オクシオーヌがエレオノラ・ライムとの一件で城を飛び出した時に知り合った旅芸人一座の少女だ。あの後バハムートたちを連れて彼女に会いに行っている。
 「コリタニに来ているのか?」
 「偶然出逢って、久しぶりで懐かしくていっぱいおしゃべりして、そのまま泊まったの・・・。」
 ぼそぼそと答える少女にふ〜っとため息をつく。
 「・・・今度からちゃんと行き先を城の誰かに言って行くんだ。君が何処にいるかわかっていたらわたしも心配はしない。」
 「・・・ん…。」
 「で、彼女たちは元気だったのか?」
 「えっ?・・・あ、うん。・・・元気だったわ。」
 「・・・・・・?」
 「わたし、雲水たちの所に行ってくるわ。後でね、ジュヌーン」
 少しあわてた様子で立ち去ろうとしたオクシオーヌをジュヌーンが後ろから呼び止めた。
 「もう一つ、オクシオーヌ・・・」
 「何?」
 「隠しているのを見せるんだ。」
 「・・・・・・・・・・・・。」
 腕を組んで少女を見下ろす彼にオクシオーヌは膝上まであるブーツの中から1本の葦笛を取り出した。
 「気がついた?」
 「わたしに隠す必要はないだろう?不当に手に入れた物でなければ。それをどこで?」
 「ジャンヌから貰ったの。・・・もう行っていい?」
 「ああ。」

 オクシオーヌは手に葦笛を持って走り去って行った。後姿を見ながらジュヌーンは何か腑に落ちないものを感じたが、オクシオーヌが無事に戻ってきたことで安心して仕事に取り掛かった。女王をコリタニに迎える準備は大変だった。

 オクシオーヌが中庭を歩いていると城の下働きの女が声をかけてきた。手に縊り殺したニワトリを掴んでいる。

 「オクシオーヌ!何処に行ってたんだい?」
 気さくな中年の女は笑いながら言った。
 「ジュヌーン様がそれはもう不機嫌でね。」
 「ジュヌーンが?」
 「ああ、朝からピリピリして、みんな遠巻きに見ていたよ。物見台に登ったり、巡視路を何度も行ったり来たりして、竜舎、牛小屋、馬小屋、はてはニワトリ小屋まで覗いていたよ。まるで、娘の無断外泊におろおろする父親のようだってみんなで笑っていたさ。」

 あの彼がねえと女は付け加えた。オクシオーヌは彼女の言葉に少しだけ傷ついたが、城の者にとって自分はジュヌーンが責任感でを面倒をみているバスクの娘でしかないのはわかっていたので、あえて何も言わなかった。それに、女が言ったジュヌーンの様子を想像すると笑えてきた。悪かったと思ったがそれ以上に心配してくれたことが嬉しかった。
 
 バハムートたちはオクシオーヌの姿を見ると嬉しそうに吼えた。実際のところバハムートたちの管理は大変で、コリタニ城のお荷物とさえ陰口をたたく者もいたが、戦闘での攻撃力や伝説のディバインドラゴンの末裔ともなれば簡単に処分するわけにもいかなかった。

 「・・・ねえ、おまえたち覚えてる?」
 オクシオーヌが優しくドラゴンたちを撫でる。
 「バスクの歌を・・・・・・。」

 ドラゴンたちの横に座り、葦笛を吹いた。ひゅーっと風の音がする。バスクの草原をかけぬける風の音。

 「早くちゃんと吹けるようになりたいな・・・。そしたらおまえたちにも聞かせてあげるね。」

 オクシオーヌはひゅーっ、ひゅーっと葦笛に息を吹き込んでみた。まだメロディーを奏でる以前のレベルだった。それでも少女は懐かしむように葦笛を吹いていた。



 オクシオーヌは何度か城を出て外泊するようになった。ジュヌーンにはジャンヌのところに行くときちんと言っていたし、ちゃんと約束の時間までに戻ってきたので彼は心配することはなかった。

 時々、部屋でも葦笛の練習をした。この頃はちゃんとした音が出せるようになっていた。何の曲かわからなかったが素朴なメロディーだ。
 「いい旋律だな。」
 部屋の窓辺に腰掛けて笛を吹いていたオクシオーヌに戻ってきたジュヌーンが声をかけた。
 「曲名は?」
 オクシオーヌはそれには答えず、黙って首を横にふった。

 会話は終わる。ジュヌーンが聞いたことのないメロディー。多分、彼女の故郷の歌なのだろう。炎に消えるバスク村ははっきりと思い出せる。だが、火を放つ前の村の風景は彼の記憶になかった。

 ただ、葦笛が奏でるメロディーに少女は故郷の村を思い描いているのだろうと思った。








 女王が数日後にコリタニに入るというある日、ジュヌーンはコリタニの有力者たちとの会食のために町に来ていた。王都ハイムは城塞都市だが、コリタニはゾード川の中州に城だけが建てられ町は城から少し離れた所に発展していたのだ。ハイムから全権を任されていた人物はガルガスタンの穏健派だった老貴族だったが、実質の責任者はハイムと深いつながりのあるジュヌーンだった。

 ジュヌーンは馬を城門の警備兵に預け町を歩いていた。女王を迎える町の様子は馬上からではよく見えないのだ。鋭く目を光らせながら町の様子を観察していく。普段身に付けているドラグーンの鎧は外していたが、長身の彼は人ごみの中でも目立った。

 「よう!」

 肩を叩かれてジュヌーンが振り返った。

 「・・・!」
 「久しぶりだな。元気だったか?」
 にっと不敵な笑みを顔に浮かべた黒髪の青年はハイムにいるはずのヴァイス・ボセッグだった。

 「ヴァイス!おまえ何故・・・!」
 とジュヌーンが叫びながらヴァイスの隣りの女性をちらっと見て腰を抜かしそうになった。

 「カ、カ、カ・・・!」
 「オクシオーヌは元気かしら? ちっともハイムに遊びに来てくれないから来たわ。」

 ヴァレリアの女王がにこにこと笑いながら立っていた。








 ずきずきとこめかみが痛む。ヴァレリアの女王と補佐役の青年が粗末ながらこざっぱりとした服を着て目の前に立っている。コリタニの町に女王陛下を田舎から見物しに来たおのぼりさん風情だ。

 「ゴリアテではいつもわたしはこんな格好していたわ。昔に返ったみたいで懐かしいわ、ねえ?」
 「・・・別に・・・・・・。」
 そっけないヴァイスの返答にカチュアは楽しそうに言った。
 「薄汚れたクソガキ時代は思い出したくない?」
 核心をつかれたヴァイスがあさっての方を見て黙っている。そんなやりとりを見ていたジュヌーンは2人の間に昔と違う空気を感じた。・・・きっと、新しい関係を築きつつあるのだろう。年長者として年下の若者たちを微笑ましく思い和みモードに入ろうとして、はたと現実に戻る。

 「おまえたちなんでこんな所にいるんだ!!」
 言葉使いは昔の仲間だった時に戻っている。
 「社会見学よ。」
 しれっとカチュアが答えた。
 「後ろに武装した兵を引き連れて馬車の中からではヴァレリアの人たちの暮らしなんてわからないわ。」
 「それはそうだが・・・、女王が消えたとなるとまわりが大騒動しているだろう。」
 「大丈夫、システィーナを置いてきたから。彼女が上手くやってくれるわ。」
 「・・・・・・・・・」

 彼女はデニムやジュヌーンとは別のところで、姉のセリエたちと一緒にバグラムに反旗を翻し戦っていたのであまり面識はなかったが、それでもジュヌーンは美しい顔立ちのフォリナー家の3番目の娘を思い浮かべた。他の3人に比べて大人しい印象だった。ハーネラの加護を受けた風のセイレーンだ。

 「セリエとシェリーが一緒だから襲われても大丈夫だぜ。」
 ヴァイスが面白そうに笑った。襲った方が命はヤバイということだ。

 「そういう問題ではないだろう!」
 「ま、あと2日したら女王陛下も城に来る。俺たちその時までに城に入るから。あんたの昔の仲間って事で、その時はよろしく。」
 「ヴァイス!」

 「そろそろ行きましょう、ヴァイス。あっちで人が火をふいてるわ。」
 「んじゃあな。」
 「お仕事ご苦労ですね、ジュヌーン・アパタイザ。」
 「カチュア・・・! おい、ヴァイス!!」
 「あ、俺たちあそこの宿に泊まっているから。・・・じゃ、オクシオーヌによろしく言っておいてくれ」

 カチュアがヴァイスを急かして2人は大道芸を見物しに行ってしまった。ジュヌーンは貴族の生まれだったから宮廷を息苦しく感じたことはない。が、この2人は田舎の港町で育っていた。カチュアはドルガリア王の忘れ形見だったが、生まれた時からフィラーハ教の神父の家庭で育ち、ヴァイスに至ってはまるっきりの貧乏庶民だ。自由な風潮が少しはあるとはいえ堅苦しいハイムの宮廷を離れ本当にのびのびとしていた。

 ジュヌーンは人ごみに消えていく2人の後ろ姿を見ながら苦笑を浮かべるしかなかった。凄まじい魔法を使い、また見慣れているはずの彼らにとっては、人が口から火をはいても珍しいものでは無かろうに・・・。まさか・・・と浮かんだ考えにそれはなかろうと首をふり、ジュヌーンは有力者の屋敷に急いだ。

 会食でヴァレリアの美貌の若い女王のことが話題になった時、思わず咳き込んで怪訝そうな目で見られたジュヌーンだった。



 夕暮れ、ジュヌーンは城に続く街道を馬に乗って帰っていた。すれ違う旅芸人の一座が彼に道を譲る。コリタニの町にいったいどのくらいの旅芸人や吟遊詩人が集まるのだろうかと、そんなことを考えながらその一団の横を通りすぎようとすると、彼の名を呼ぶ者がいた。
 
 「ジュヌーン様!」

 ジュヌーンが馬を止め名を呼んだ方を振り返ると、娘が言った。

 「お久しぶりです。オクシオーヌは元気ですか? あたしたち、今日からコリタニの町にいるからオクシオーヌに遊びに来てと伝えてください!」
 「・・・君は・・・?」
 「ジャンヌです。オクシオーヌと友達になった・・・。」








 ジュヌーンが城に戻るとオクシオーヌが葦笛を吹いていた。

 「遅かったのね、何かあったの?」
 少女は笛を吹くのを止めて彼に問うた。が、彼はその問いに答えず
 「・・・続けないのか?」
と聞く。

 「まだ上手くないから・・・。」
 「そんなことはない。」
 「そう?」 
 「・・・バスクの・・・歌か?」
 「・・・・・・だったら嫌?」
 「・・・・・・嫌じゃないよ。」
 「よかった。」
 「オクシオーヌ・・・」
 「何?」
 「・・・・・・いや、いい・・・・・・。」
 「?」

 こんな会話をしたいのではなかった。
本当はオクシオーヌに聞き出したかった。嘘をついてまで行く所、嘘をつかねばならない理由。ジャンヌに会った。そう言えばいいのだ。
だが同時に思う。オクシオーヌが誰と何処にいようと彼女の行動を束縛する権利は自分にはないのだと。彼女が自分に嘘をついた事実に傷ついても、彼女が嘘をついたことに怒りを感じるにはジュヌーンは分別があり過ぎた。

 ふと、先日若い兵士が言った言葉が脳裏をよぎった。

 “恋人に会いに行ったんじゃないんですか?”

 そうかもしれない。だとしたら内緒にするものわかる。誰か・・・、本当に好きな人ができたのだ。それを願っていたのではないのか?

 「ジュヌーン・・・?」
 オクシオーヌは黙り込んだジュヌーンに首をかしげた。あどけない表情を浮かべた少女の顔を見て彼は何かを振り払うかのように首をふった。



 その夜、事件は起こった。女王一行が何者かに襲われたのだ。もっとも大事には至らず襲撃者はその場で命を落としたのだが、真夜中に転移石を使った兵から連絡を受けたジュヌーンは頭を抱えた。彼らの背後にある組織を聞き出すチャンスを失ったのだ。およそ手加減することを知らないフォリナー家の上2人の娘たちの取り澄ました顔が浮かんで消えた。

 ジュヌーンはシスティーナが襲われたことをコリタニの町で浮かれているカチュアとヴァイスに伝えるために自ら馬を走らせた。オクシオーヌに言う必要はないと判断し黙って城を出たので、オクシオーヌの寝室に彼女の姿がないことに気がつかなかった。



 カチュアたちが泊まっている宿の前でジュヌーンは一瞬会いに行くのを躊躇した。恋人たちが甘い時間を過ごしていることを考えたのだが、本当の女王がここにいると命を狙う者たちに知れたら一大事だ。カチュアは魔法を使えるしヴァイスの実力はおそらくヴァレリア随一だろうが、何が起こるかわからない。ジュヌーンは皆が寝静まる宿の戸を乱暴に叩いて宿の親父をたたき起こした。

 宿屋の親父が不機嫌な顔で戸を開けた。が、外に立つ長身の男がジュヌーンだと知ると眠気も吹っ飛んでカチュアたちの部屋が二階だと告げる。ジュヌーンは二階に駆け上がり、教えられた部屋の戸を叩いた。親父とその妻が何事が起こったのか心配そうに階下から見上げていた。

 「カチュア、ヴァイス。起きろ、大事な知らせだ。」
 他の宿泊客に遠慮して声は殺したが彼らなら自分だとわかるだろう。すぐにヴァイスが出てきた。

 「こんな時間に何事だよ。」
 「すまない、カチュアは?」
 そう言ってヴァイスの後ろを覗き込む。ヴァイスは隣りの部屋を指差した。
 「一緒じゃないのか?」

 「冗談でしょ。何で嫁入り前の娘が男と一緒の部屋に泊まらなきゃならないの。」
 カチュアが上着を羽織ながら廊下に出てきた。
 「ということだ・・・。」
 「まあ、いい・・・。それよりも・・・。」
 ジュヌーンは2人を部屋に入れ戸を閉めてシスティーナが襲われたことを話した。微かにゆらいだろうそくの明りが彼らの驚きを表しているようだった。ジュヌーンは彼らにコリタニ城に入るよう勧めた。しばらくカチュアとヴァイスは見合っていたが、カチュアが拒否した。

 「カチュア。」
 「大丈夫よ。ヴァイスが守ってくれるわ。ねえ?」
 「・・・・・・・・・」
 「我侭だってわかっている。でも、少しだけ自由でいさせて。」
 「・・・・・・・・・」
 「駄目だ。何か起こってからでは責任が持てない。」
 「お願いよ。」
 「ヴァイス、おまえからも勧めてくれ。」
 ジュヌーンがヴァイスに同意を求めた。それまで黙っていたヴァイスが口を開いた。
 「・・・・・・・・・あんたの立場もわかるが、明後日まで俺たちの自由にさせて欲しい。」
 「ヴァイス!」「ヴァイス」
 ジュヌーンとカチュアが同時に彼の名を呼ぶ。
 「すまない、ジュヌーン。」

 「・・・・・・・・・・・・。」
 ジュヌーンはカチュアとヴァイスを見比べ暫らく考えていたが、2人の自由にさせる事にした。

 階段を下りながらヴァイスがジュヌーンに話しかけた。
 「城まで送ろうか?」
 「彼女を一人にするのか?」
 「あの女がその辺の奴にやられる玉だと思うか?」
 「・・・・・・いや・・・・・・・・・」
 「だろ?」
 ヴァイスは笑った。何といっても“プリンセス”様だぜ?と。それにつられてジュヌーンも苦笑せざるをえなかった。

 「それに・・・、今穏やかな顔をして笑うんだよ。本当にいい顔で。ハイムで無理しているのがわかるから・・・今は好きにさせてやりたいと思う。」
 「ヴァイス・・・。」
 「って、それよりあんたの方はどうなんだ?」
 「わたしが何だ?」
 「オクシオーヌだよ。いい女になったろう?」
 「まだまだ子供だ。」
 「ふ〜ん・・・。手ェ出した?」
 「そんな関係ではない。」
 「オクシオーヌは待ってんじゃねーのか?」
 「つまらん冗談だな。」
 「何年禁欲生活してるんだ?」
 「いい加減にしろ・・・。」
 じろっと睨まれてヴァイスは首をすくめた。つまらねえ奴と思った。

 宿から少し離れたところでジュヌーンとヴァイスは別れた。
 「絶対明後日には城に入れよ。」
 「わかってる。」
 「カチュアに伝えろ。おまえを見に大勢の人間がコリタニに来ている。ベルサリア・オヴェリスをな、と・・・」
 「・・・その名前は嫌いだけどな、言っとくぜ。」

 馬にまたがり城に帰るガルガスタンの竜騎士をヴァイスは暫らく見送っていた。コリタニは彼がきちんと治めているのがわかる。ヴァレリア一の肥沃なこの地方は国にとっても大事な要だ。彼とあの娘の間に何があるのかは知らないが、あの男の考えそうなことはわかる。そして自分の感情を殺す事くらい訳がないだろう。オクシオーヌも可哀想にと思う。

 「風の・・・音?」
 カチュアの待つ宿に帰るヴァイスの耳に遠くから葦笛の音が聞こえた。



 葦笛の音はジュヌーンの耳にも届いていた。その記憶がある旋律に胸騒ぎを覚えジュヌーンは音の聞こえてくる方角に馬を走らせた。

 そして、そこで見たものは・・・・・・。








 ドラゴンの横で踊る娘・・・・・・






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