フォルカス・リダ・レンデ
バーニシアの田舎貴族の三男坊
バナヘウム士官アカデミーに学科・実技ともに最高点で合格
その後ずっと主席を維持

性格は生真面目・融通がきかない石頭・騙されやすい等など・・・

密かに宮廷の御婦人方に人気高し








春の風が優しく恋の始まりを告げる(その4)





バナヘウムの朝は早い。
朝の鍛錬は強制ではなかったが大半の生徒はその時間汗を流す。
フォルカスも例外ではなかった。
たとえ、昨夜あまり寝ていなかったとしても・・・。


 昨日一緒に彼と当番だった仲間たちがあれからの事を聞きたがって彼の周りに集まってきた。


 結局フォルカスがバナヘウムに帰りついたのは夕食の時間を過ぎてからだった。そのまま教官のところに行き事情を説明した後で、一人わびしく冷めきった夕食をとった。。理由はどうであれ、午後からの授業はさぼったことになる。罰として礼拝堂の床磨き2週間を言い渡されたフォルカスは、それから礼拝堂に行って真面目に床を磨いたのである。もっともフォルカスは熱烈なフィラーハ教信者でなかったので心はこめなかったが・・・。
 春とはいえ夜はまだまだ気温は下がる。鼻水をすすりながら。


 一方フォルカスが正当防衛とはいえ、ドルガリア王の親戚にあたる貴族を叩きのめしたことはバナヘウム士官アカデミーにとっては無視できない問題である。バナヘウムは独立した騎士養成学校で王以外の権力の介入は受けないのが原則だったが、難癖つけてくる連中は後をたたなかった。その貴族は性質が悪く今までバナヘウムとはいざこざが絶えなかったし、今度もまたドルガリア王に何と言って因縁を吹っかけてくるかわからなかった。しかし、フォルカスに落ち度はない。アカデミーは全力で大事な生徒を守ることに決めた。



「フォルカス・・・、ゴメンな。」
「おまえだけにあの婆さん押し付けて・・・。」
「あんまり帰ってくるのが遅いので心配したぞ。」
「何やっていたんだ? 婆さんいろいろ無理言ったのか」

 フォルカスはあれからのことを説明した。あの女の子の名前がシスティーナであること、嫌な貴族ともめた事などを大まかに。

 貴族がフォルカスに叩きのめされた事は彼らにとっても溜飲が下がる思いであった。が、話題はシスティーナだ。

「へー、システィーナっていったのか、あの子。可愛い名前だな。」
「・・・?、どこかで聞いたような名前だな。姓は?」
「・・・知らん。」
そうあっさり答えたフォルカスに友人の少年は言った。
「姓がわからないと捜しようがないじゃないか!」
「別に捜す必要なんてないだろう?」
「馬鹿か、あの子は美人になるのに。俺たちの知らないところで大きくなっても俺たちが顔見られないないなんて損じゃないか!」
そう叫んだ少年に他の仲間も呆れたのか彼の肩をたたきながらなだめた。
「俺が見たところどこかの貴族の娘か・・・、大商人の娘か・・・。どっちにしろ年頃になれば宮廷のパーティーに来るかもしれないだろう? 俺たちが出世して宮廷の警護なんてすれば会えるよ。」
「・・・そっかな?」
「そうだ。」
「まあ、それはどうでもいいさ。それより・・・」
彼らも少しは責任を感じているらしく、フォルカスに今日から礼拝堂の床磨きは手伝うと告げるのだった。









 その日の午後の事である。
 
 フォルカスはバナヘウムの図書館にいた。昨日の老婆が別れ際にフォルカスに言った言葉が気になっていたのだ。

「おまえもやがてはこの国を背負っていくつもりなら統一戦争の裏の歴史を知ることだな・・・。」

 どういう意味なのだろうかと思う。老婆に問うと自分で考えろと言われた。
記録に残されていない事件? 封印された出来事? それとも歴史を作ってた人間の思惑?
ぱらぱらと本をめくっても何かがわかるはずもなかった。

 とその時、
「フォルカス・リダ・レンデ、セリエ・フォリナーがおまえを呼んでいるぞ。」
上級生が声を掛けてきた。
「おまえ・・・、昨日の彼女の授業さぼったそうだな?」
にやっと笑う。 
「気をつけろよ。まじでアイスシールド装備して行った方がいいんじゃないのか・・・?」
「・・・まさか。」
冗談ですまないところが彼女の彼女たる所以だった・・・。
重い気持ちでフォルカスは彼女の待つ部屋にむかって行った。

















 昨日セリエが家に帰るとシスティーナの姿が消えて大騒ぎしている最中だった。
父と母にはまだ連絡していなかったが日が暮れても見つからなければ大変なことになるのはわかっていた。
 オリビアがどうも知っているらしいと聞いたセリエは妹に会いに行った。
最初は頑として口を割ろうとしなかったオリビアもセリエが本気で怒っているのがわかったとたん泣き出してシスティーナが自分の誕生日のプレゼントを買いにハイムの市に行ったこと、人に話したらプレゼントはあげないと念を押されたことを白状した。
 
「システィーナは旧市街だ。市の店を捜せ。」
 
 旧市街にはすでに数名が捜しに出ていたが、さらに大勢が大勢走って行った。日が暮れ夕闇があたりを包む頃、娘がいなくなったという知らせをうけてモルーバが大急ぎで帰宅した。兵の助けを借りようとセリエが手配していたその時、システィーナが見つかったと連絡が入ったのである。



 妹の姿を見たセリエは
「システィーナ!おまえはどれだけ皆に心配かけたのかわかっているのか!?」
そう怒鳴って妹の頬を張り倒した。その場にいた者全てが凍りついたほどの激しさだった。

「セリエ様!」
「うわあああん」
 システィーナが大声をあげて泣き出した。
「言え、こんな時間までどこで何をしていた!」
「セリエ様!」
彼女たちを育てた乳母が咎めるようにセリエの名を呼ぶ。

「セリエ、もうよい・・・」
家から外に出てきたモルーバが長女に声をかけた。
「おまえがそんな風だったらシスティーナがおびえて何も話せなくなるではないか。」
「お父様・・・」
父にいわれるとさすがのセリエも引き下がざるをえない。
モルーバは泣きじゃくる娘に
「システィーナ、落ち着いたらわたしの部屋に来て、何があったかわたしに全部話しなさい。いいね。」
しゃくりをあげながらシスティーナは肯いた。

 
 セリエがどかどかと足音をたてて屋敷の廊下を歩いているとオリビアがそっと声を掛けてきた。
「姉さん・・・・」
「オリビア」
「あのね・・・システィーナ姉さんにわたしが話したこと黙ってて。でないと姉さんプレゼントくれないかもしれないから・・・。」
 小さな手を合わせて真剣な顔でそう言う小さな妹のやわらかい髪の毛を優しくなでてセリエはわかったと答えた。オリビアが嬉しそうに笑った。
「ありがとう!セリエ姉さん、約束ね。」
 軽やかな足取りで妹は走っていった。それを眺めながらセリエはオリビアの誕生日を忘れ去っていた自分にやっと気がついたのである。オリビアは今度幾つになるのだろうと暫らく考えて・・・7歳になるのを思い出すセリエだった。
 
「薄情な姉だな・・・、わたしは。」
 そう自嘲気味に呟きながらセリエは自分の部屋に入っていた。










 モルーバはシスティーナから事の顛末を聞くとすぐさま旧市街の警備兵の詰め所に使いの者を送った。半分泣きながら俺たちは無実だと訴えていた2人組みはやっと釈放され、自分たちの家に帰り着く事ができたのである・・・。
 
 システィーナに暴行を加えようとした王の親戚の貴族は警備兵が身柄を拘束しようとした時にはすでに行方をくらましていた。フィラーハ教の大神官でもある男の娘に乱暴を働らこうとしたと王の耳に入れば、いくら身内とはいえ追放ものである。貴族の身分を剥奪されでもしたら大変なことだ。そうなる前に自ら消えたほうが得策だと判断したのかもしれなかった。
 
 バナヘウムに害が及ぶことはないだろう・・・、モルーバは思った。システィーナも思ったほどの精神的ショックは受けていなかった。未遂ということもあり、また相手がバナヘウムの少年に叩きのめされ裸に剥かれて衆人の目に晒され笑いものになったので気がすんだのかもしれなかった。モルーバはその場にバナヘウムの少年を居合わせてくれた神に感謝した。

 
 彼はこのことを一応セリエに伝えた。セリエの顔はシスティーナの身におこった災難に青くなり、あの貴族に怒りで赤くなったりで忙しかったが、フォルカスの名前が父の口から出てきた時はさすがに驚いた。

「・・・なるほど・・・・・・」
 
 他人に無関心なセリエでも彼のことはよく知っていた。
赤茶けた髪をした整った顔立ちの真面目な少年・・・、フォルカス・リダ・レンデ。
一緒に買出しに行った生徒の話では、困っている老婆の荷車をひいて彼女の家まで送っていったと言う事だったがその後があったとはな・・・。セリエの唇の端が微かに上がった。








 夜遅く・・・
とんとんと部屋をノックする音がした。セリエがドアをあけるとそこにシスティーナが立っていた。
「システィーナ?」
「・・・・・・」
「どうした・・・?」
「あの・・・セリエ姉さんに謝ろうと思って・・・」
 そう言いながら深々と頭を下げて「ごめんなさい!」と続けた。
 
 セリエは妹を見下ろしながらふーっと息を吐いた。大事に至らなくて良かったと思う。大切な大切な可愛い妹だ。

「わたしのほうこそ、おまえをたたいてすまなかった・・・。痛かっただろう?」
セリエはしゃがんで妹の頬をそっと撫でた。
「少し・・・、でもわたしがこっそり家を出て行ってみんなに心配かけたのだから・・・。」
はにかむように笑いながら、システィーナはたたかれたのは仕方ないと言った。セリエの胸が痛む。

「システィーナ」
「なあに?」
「わたしの部屋に入るか?少し話をしよう」
「いいの?」
 システィーナの顔が明るくなった。
「わたし、セリエ姉さんに聞きたいことがあったの」
 
 
 システィーナはセリエに自分を助けてくれたバナヘウムの少年のことをいろいろ尋ねた。セリエは彼のことを妹に話した。妹はこの上なく・・・幸せそうな顔をしてずっと聞いていた。





 その時間、当のフォルカスは鼻水をすすりながら底冷えする礼拝堂の床を磨いてたのであったが・・・。















 「失礼します。」
 沈痛な面持ちでフォルカスはセリエの待つ部屋に入って行った。
 セリエは窓から新緑の緑が鮮やかな外の景色を眺めていたが、フォルカスの入室に気付くと振り返って言った。

「昨日は妹が世話になった。礼を言う。」
「・・・?」
「システィーナのことだ。」
「あーっ!」
 思い当たる節に気付いてフォルカスは叫んだ。
「妹ー!?」
「なんだ、知らなかったのか?」
 呆れたようにセリエは尋ねた。
「システィーナとだけで・・・」
「姓は聞かなかったのか? 妹はおまえの名を尋ねたのだろう?」
「・・・はい、別に聞く理由はありませんでしたから・・・。」
「・・・・・・」
「もう会う事もないと思ったし・・・。」
「・・・・・・・・・」




 なるほどな・・・、彼は妹に興味なしか・・・。
システィーナのがっかりする顔が目に浮かぶようだ。




 いつだったか、セリエが仕方なく宮廷の舞踏会に出た時のことである。早々に退出して庭で休んでいると、貴婦人たちの会話が聞こえてきた。その中にバナヘウムでよく耳にする優等生の名前があがったので何気なく聞いていると、こんな内容だった。
 ある色事のお盛んな女性がバナヘウムの優等生を誘惑しようとしたら、彼は彼女の色香に目もくれず平然と、自分はドルガリア王と同じく恋愛とかけっこんとかは晩年でいいと思っています・・・、そう言ってのけたそうだ。それを目撃した人物がこれを話して面目を潰された女性は当分宮廷に出てこられなかったという。
 貴婦人たちは自分こそが彼の心を射止めるのだと夢見るように話していたが・・・。




 彼の辞書には今のところ、恋という字は存在しない。もっともセリエの辞書にもそんな単語は載っていないが。
 健全な少年は立派な騎士を目指して毎日を勉学と鍛錬に費やすのだろう。







 セリエは昨夜のシスティーナとの会話を思い出す。結局システィーナはセリエのベッドにもぐりこんで並んで眠った。

「バナヘウム始まって以来の優等生だ、彼は。」
「わたしよりも強くなるだろう。」
 そう言った時の嬉しそうな妹の顔。

「彼は動物からも好かれている。バナヘウム一気性の荒い馬が彼にだけ背を許すとか・・・」
 それを聞いた妹の目の輝き。

「一羽の雌鶏が彼のベッドでタマゴを生んでそのまま暖めてだして・・・、卵が孵るまで彼は床の上で寝ていたそうだ。」
 妹が声をたてて笑う。

 フォルカスが生真面目すぎて応用能力のない実戦で役に立たないタイプだと陰口をたたく者がいるのは事実だったし、セリエもそう思っていたがこれは黙っていた。




 そうして眠ったシスティーナの頬を風が優しく通り過ぎていく。幸せな夢を見ているのだろうか・・・。

この上なく幸せそうに眠るシスティーナの顔を思い出し、今目の前にいる少年の顔をまじまじと見て・・・、

 セリエは妹の前途多難な恋の行く末を思って唸りたくなった。








END(2002.12.2)
 
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<後書き> 
やっと完成して良かったです。わたしに長編は無理だとよ〜くわかったです。
最初はその1でフォルカスが出会うのはシスティーナじゃなくて別の人物だったのですが、
その人にすると話が続かないのでシスティーナにしました。その人とはこちら