フォルカスは己の不運を嘆いていた・・・。
春の日の昼下がり、ハイム旧市街。
仲間たちは今ごろバナヘウムに戻って昼食を腹に詰め込んでいるところだろう。
それに比べて自分はどうだ。
セリエ・フォリナーの授業は完全に遅刻だ。問答無用でファイアストームかもしれない。まさか、ストライクノヴァはこないだろう。
「・・・・・はあ〜〜〜っ」と大きくため息をついた。
「ため息ついてないで、さっさと運んでおくれ!」
そう偉そうに振り返って言い放つばあさんに、またひとつ大きくため息をつきながら、荷車を引いて彼女の後をついて行くフォルカスだった。





 
春の風が優しく恋の始まりを告げる(その2)
 
 

 


 事の発端はこうだった。
 抱えきれない程の荷物を抱えて、フォルカス達はハイム郊外にあるバナヘウム士官アカデミーへ続く道を急いでいた。バナヘウムの生徒は当番で、授業に使ういろんな消耗品をハイムに調達しに来なければならなかったのだ。何をどれだけ・・・と決められたものを買うのでなくでなく、その月の授業カリキュラムを見て自分らで判断して必要と思われるものを買うのだ。勿論成績に加点される。戦略において重要視される物資の補給である。


 最後の品を買う店で手間取り彼らはずいぶん焦っていた。午後からの授業に遅刻だけは絶対避けたかったし、前も確認しないでがむしゃらに走っていた。すれ違う人々はぶつかりそうになる前にあわてて彼らをよけた。

 が、彼らと反対側へ向かっている方が避けねばならないという規則は当然ながらどこにも無い。
まして年若い者が年長者に道を譲るのが普通だったのに、少年たちは前方不注意で前から来る荷車を避け損なって盛大に衝突したのだった。相手の荷車につんであった果実も彼らの買い荷もそこら一面に見事に散らばり、相手の婆さんは一方的にまくし立て、その迫力に負けた彼らはフォルカス一人に責任を取らせる形で逃げたのだった。
曰く、
「優等生のおまえなら、授業に遅刻してもまだ大丈夫だから。」
「おまえのぶんは俺たちで運ぶから。」
「ばあさんもきれいなカオのおまえに手伝ってもらう方が嬉しいに決まっている。」
「って訳で、お婆さん。こいつがお婆さんの家まで荷物を責任を持って運ぶそうです。すみませんでした!」
「フォルカス!俺たちがちゃんと事情を説明しておくから、頑張れよ。」
あっというまに彼は仲間から置いてきぼりをくらったのである。


 かれこれ30分くらい前の事だ。
あとどのくらいこの老婆の荷物を牽かねばならないのだろう・・・。
昼食もまだだ。もう昼食は諦めた方がいいかもしれない。婆さんの後姿を見ながら、やっぱりため息しか出ないフォルカスだった。
ゴトゴトンゴットンと荷車の車輪の調子はずれのリズムが、すきっ腹にこたえていた・・・。
 














 一方、システィーナはまだ市にいた。






 もともとハイムは統一戦争前は、バーニシア王国の田舎町に過ぎなかった。王の居城はもっと北に位置するバーニシア城であり、経済・文化の中心も城のあるバーニシアだった。が、ドルガリア王はヴァレリアを統一した後、この新しい国の王都をそれまでのハイムの街の横の丘陵地帯に3重の堀と迷路のような城壁に囲まれた巨大な要塞の大宮殿を建設したのだった。以来、それまでのハイムの街は旧市街と言われるようになった。

 

 タコヤキを食べるのはもう諦めてさっさとオリビアへのプレゼントを買って家に帰ろうと決ていたが、実際さっさと買って帰ろうにも何を買えばいいのか決めかねていた。

 この日、3ヶ月に1度の市の規模は半端でないのだ。

 オリビアの目と同じ色の青い玉の首飾り。異国の綺麗な布で織ったリボン。白磁の小物入れ。南の大陸のからくり人形。綺麗な音色の笛・・・・。オリビアがもらって喜ぶ物よりも、自分が欲しい物を無意識のうちに探していたのは仕方のないことだったが、あっちの店先で悩み、こっちの店先で悩み、向こうにいって考え込み、何ヶ所かを行ったり来たりしていた。どれも欲しいのだ。

 その時、

「お嬢ちゃん、タコヤキ捜しているんだって?」
 後ろから声をかけてきた2人組みの男がいた。一人は背が高くハンサムといっていい顔立ちの若者で、もう一人は小太りの髭面だったが年は横の男と背がそうかわりがなさそうだ。どちらも20歳そこそこか・・・、人の良さそうな笑顔を浮かべている。

「・・・タコヤキ、知っているの?」
 システィーナは一瞬驚いた顔をみせたがすぐにそう返事をした。
「少し前、向こうの干物屋でかわいい女の子がタコヤキ捜していたって聞いて、是非教えてあげたいと思っていたところさ、なあ・・・。」
 男たちはニコニコ笑ってシスティーナに話し掛ける。
「とても珍しいもので・・・、まあ、ハイム広しと言えども知っているのは俺たちくらいだな。」
 そう自慢する男たちにシスティーナは目を輝かせた。
「来るかい?ちょっと遠いけど。」
「・・・ん。」
システィーナはこくんと頷く。どう見ても2人組は悪い人に見えなかったので、彼女はこれっぽっちも警戒しなかったのだった・・・。

 

「お嬢ちゃんの名前は何?」
システィーナの歩調にあわせて歩きながら、男たちは彼女に話し掛ける。システィーナは2人を見上げながら答えた。
「システィーナ・フォリナー。」
「ふぉ・・リナー!?」
 素っ頓狂な声があがる。

「ひょっとしてお嬢ちゃんのお父さんってあの・・・?」
「大神官・・・さま?」
 
 歩くのを止めて、おそるおそる聞いてくる男たちに
「お父様を知っているの?」と、システィーナは嬉しそうに聞いた。
 男たちは顔を見合わせて
「そりゃ・・・ま・・・あ・・・、俺たち、敬虔なフィラーハ教の信者だし・・・。」
 
 ちょっとここで待っててねと彼女に言い残して2人は向こうへ行ってヒソヒソと相談を始めた。

「お・・・おい!」
「何か・・・やばくねー?」
「貴族の娘だとは思ったけど、親が大物過ぎかも・・・。」
「どう・・・する?」
「・・・・」

 システィーナは花屋の前でそこの親父から声をかけられたのだろう、何か話している。ハイムの春を彩るいろんな花が店先に並んでいた。

「やばい事したら俺たち縛り首かもしんねー・・・?」
「もう天罰が下るかも?」
「さっさと娘を放して別のカモ見つけた方が賢いかもな・・・。」
「うーん・・・。」
「・・・・・」
「・・・・・」

2人は雁首そろえて思案中だ・・・。

「・・・・あっ!」
「どうした?」

 何かをひらめいたのか、小太りが背の高い方に耳打ちする。二言・三言、言葉を交わしてパンと手をあわせて相談は終わった。どっちにしろ貴族の子供をだしに金をむしりとろうといった類の内容に違いなかった。そして男たちはシスティーナのところに戻ってきて
「お待ちどうさま。んじゃあ、行こうか。」
そういって再び人々で賑わいをみせる通りを歩き出した。





 そうして・・・・





 フォルカスと老婆、システィーナ+2人組はハイム旧市街の市で賑わう大通りで鉢合わせたのである。



 先に相手に気がついたのは2人組が先だった。



「うわあーっ!」

 そう叫んで回れ右をした2人組はシスティーナを引っ張ってその場から逃げようとした。

 老婆も彼らに気付き叫んだ。
「待ちな!悪党!」
「まだ何も悪い事はやてませーん!」
 凄い勢いで逃げ出した男たちを指差して老婆はフォルカスに叫んだ。
「少年!あの2人を捕まえな!女の子が危ない!」
「・・・!」

 ・・・今は婆さんの下僕でも、さすがバナヘウムの優等生。フォルカスはあっという間にシスティーナをつれて逃げようとした2人組をつかまえて、老婆の前に引っ張って来たのだった。
 

 老婆は身寄りのない子供たちが暮らす孤児院の院長で、2人の男はそこの出身だったのだ。

 老婆に睨まれて2人組みは縮こまっていた。

「・・・・で、おまえらはこの娘をどうするつもりだったんだい?」
「・・・・・・」
「お言い!」

 しぶしぶ男たちは話し出した。日が暮れるまでシスティーナをここに留めて、夜になってから家まで送ってお礼を貰おうと思ったと・・・。あまりにせこい計画だ。

 「おまえらは働きもせずに・・・情けない!」
ゴチン×2で老婆の拳骨がとんだ・・・。



 頭をかかえてうずくまる2人組みをそのままにして老婆はシスティーナに優しく尋ねた。
「で、お嬢ちゃんはどうしてこいつらと一緒にいたんだね?」
「この人たちがタコヤキのあるところに連れて行ってくれるって言ったから・・・。」

「タコヤキ・・・?」
「お婆さんは知っているの?」
「いいや・・・、わしも見たことはないんじゃよ。」

 老婆はシスティーナを見つめて言葉を続けた。

「それよりも・・・お嬢ちゃんは魔法が使えるね?」
 システィーナは驚いて老婆を見上げた。
「・・・どうしてわかるの?」
老婆は笑って言った。
「わしも使えるからな・・・。統一戦争の時、わしはブリガンテス軍にいたんじゃよ。」

「ブリガンテス!?」
 荷車の横にぼーっとつったていたフォルカスがその言葉に反応した。お人よしの側面が表に出てはいるが彼の本質は騎士としての鋭さにあった。老婆を見る目が険しくなる。


 
 ブリガンテスのロデリック王がドルガリア王とバーニシアの民に深い恨みを抱いて死んでいったという話は有名である。
 統一戦争初期、ドルガリア軍は反コリタニを掲げる無数のゲリラの一つに過ぎなかった。それが末期にはブリガンテスと勢力を2分するに至るまでに成長出来たのは、ロデリック王の援助があったからだ。だが結果的に自分が援助したドルガリアとヴァレリアの覇権をかけて最後に戦い彼は敗れ去ったのである。敵・味方関係なく、自然をも狂わせる禁じられた呪文を使いすぎて人心が彼から離れていったのも敗れた一因であったが・・・。

 今でも彼の霊が現れてバーニシアの民に祟ったという噂は絶えない。また、ブリガンテス軍の生き残りやロデリック王の縁の者がドルガリア王の命を狙ってハイムに潜入しているという噂もあった。フォルカスはそれを思い出したのである。老婆はフォルカスが言わんとしていることを理解して言った。


「怖い顔をするでない・・・。わしは今ではただの年寄りじゃ、呪文ももう持ってはおらぬ。」
「・・・・・・。」
「もう、ここでよい。おぬしの代わりに荷車を牽くやつもいることだし、ここまでご苦労だったね。」
そう言って2人組みに荷車を牽くように命じた。

「・・・いいんですか?約束ではお婆さんの家まで運ぶって・・・。」
律儀な彼は一応そう尋ねた。老婆の気が変わらぬことを祈りながら。
「わしがやっぱり運べと言ったら困るだろう?もうバナヘウムにお帰り。授業はサボるものではない。」
 フォルカスはサボるはめになったのは誰のせいだよ・・・!と言いたかったが黙っていた。
 
 老婆はシスティーナにも告げた。
「お嬢ちゃんも家にお帰り。こいつらが根っからの悪人じゃなくて良かったが、ハイムには悪い奴らも大勢いる。そんなのには注意するんじゃよ。」
「・・・はい。」
「それから・・・、わしらはハイム旧市街の北地区に住んでいる。いつかおいで。いろいろ話したい事もあるし、そこの子供たちの事も知ってもらいたいと思っておるよ。」
システィーナは肯いた。

「約束じゃ。」
 老婆は皺くちゃの手をシスティーナの頭の上に軽く置いた。
 システィーナは微かな老婆の魔力を感じた。このお婆さんは魔法で人を殺したことがあるのだろうか・・・そう思った。


「ほれっ!行くぞ!」
「システィーナちゃん、ばいばい」
 2人組はシスティーナに手を振りながら、老婆に急かされて旧市街の裏路地の方に去って行った。




「ふーっ・・・!」
 フォルカスとシスティーナの口から大きなため息が同時に出た。
「・・・!」
 システィーナがぷっと吹き出し、フォルカスがつられた。暫らく笑いあってからフォルカスが言った。
「じゃあここで・・・。」
 少女を家まで送っていくべきかと迷ったが、まだ今から急いで帰ったらセリエの実習に顔を出せて言い分けできると考えたのだ。

「さようなら、バナヘウムのお兄ちゃん。」
「さよなら、システィーナ。」
「わたしの名前知っていたの?」
 嬉しそうにシスティーナの目が輝いた。
「さっきの2人組みが君をそう呼んだだろう?」
「あは・・・、そっか・・・。」
 システィーナがにこっと笑う。可愛い笑顔だとフォルカスは思った。

 一瞬和みモードになったフォルカスは、はたと気付く。こんなところで見知らぬ女の子と油を売ってる暇などないのだ!
「じゃあ・・!」
 そう言って彼女を後にして駆け出した。
 システィーナは
「あっ、名前・・・・!」
 そう叫んだがフォルカスには届かなかった。

いいわ・・・、姉さんに聞いたらきっとわかるわ。
姉さんに頼んでバナヘウムに連れていってもらえるといいな・・・
 
それを考えたら楽しくなってきたシスティーナだった。
 



「システィーナ・・・か。」
 フォルカスは少女の名前を仲間たちに教えてやったら彼らが喜ぶだろうと思った。バナヘウム目指して一目散に走って行った・・・。


 だが、フォルカスは結局セリエの授業はおろか夕食の時間になってもバナヘウムに戻る事が出来なくなるのである
 
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