春の風が優しく恋の始まりを告げる
 


 フォリナー家の3番目の娘・システィーナがいないとわかったのは、その日の夕方近くであった。
 

 フィラーハ教の大神官というよりも政治家としての色が濃いフォリナー家の当主モルーバは政務のためハイム城にいる事が多く、めったに自宅には帰らない。
 留守を預かる母親は2番目の娘のシェリーを連れて、この日自分の実家に大叔母の見舞いに行き、家にいなかった。
 4人の娘のうち1番上のセリエは16歳にしてすでに戦士だった。炎の巫女の資質を兼ね備えた彼女はヴァルキリーとしてドルガリア王の横に並び立つ事を許されていたが、またバナヘウムで騎士の卵たちに時々教鞭もとっており、この日はバナヘウムに出ていてやはり不在だった。
 
 
 穏やかな春の陽射しが降り注ぐ。庭に色とりどりの花が咲きほころび始め、バーニシアに春の訪れを告げるツバメが巣づくりの準備を始めていた日・・・。


 下の娘たちは屋敷の探検とか称して朝からあちこちを歩き回っていたので、屋敷の者は2人の姿が見当たらなくても別に不信に思わなかった。が、さすがに昼をかなり過ぎても食事をとりに食堂に現れて来なかったので捜してみると、北の屋根裏部屋で気持ちよさそうにスースーと眠っている末娘だけを1時間後に発見したのである。
 無理やり起こしたオリビアにシスティーナがどこへ行ったか聞いても、「内緒」の1点張りで埒があかない。
 そうしてフォリナー家では青くなってシスティーナの行方を捜す事になったのである。




 当のシスティーナはちょっとした冒険気分を味わっていた。
ハイム旧市街の市の喧騒の中。
スカートのポケットの中で100GOTH金貨1枚握り締めて・・・・。

 彼女はもうすぐ7歳をむかえるオリビアの誕生日のプレゼントを買いにきていたのだ。オリビアには家の者に行き先を言ったらプレゼントはないからと言い含めておいた。
一人で市に来るのは初めての事で、楽しくて嬉しくて足取りは軽かった。



「お嬢ちゃん、この果物食べていくかい?」
「こっちのパンはどうだね?安くしとくよ。」

 仕立ての良い上等な服を着た可愛らしい少女が一人で店先を覗いている。気軽に声を掛けてくる物売りたちの威勢のいい掛け声ににっこり笑いながら首をふって、システィーナはオリビアにあげる物をどれにしようかとあれこれ悩んでいた。



 オベロ海に浮かぶヴァレリア島は海洋貿易の中継地点で、この国の王都の市ともなると世界中の珍しいものがあふれている。東のゼテギネア大陸のガラス工芸品、西の絹や陶磁器、南の香料、北の玉・・・・。その国の自然や歴史や文化が色濃く投影されたそれらの物を見るのが、システィーナは小さい頃から大好きだったのだ。






 ちょうどその頃・・・・・・






「あーあー、何で俺たちが‘お使い’しなきゃならないんだよ」
「仕方ないだろう、当番だ。さっさと全部買って帰るぞ。飯食べ損なったら昼から死ぬ・・・。」

 バナヘウム仕官アカデミーの制服に身を包んだ15歳くらいの少年達が両手に荷物を抱えて人ごみでごった返す大通りをの足早で歩いていた。

 バナヘウム仕官アカデミー・・・。ドルガリア王の設立した騎士の養成学校。ヴァレリア全土から騎士を目指す少年たちが集まって日々勉学に、武術に競い合う。入学するのには身分は関係なかったがやはりバグラム人の貴族の師弟が多かった。


「・・・気が滅入るよな〜。」
「セリエ・フォリナーの武器と魔法を組み合わせた戦闘の実習・・・。」
「ぼーっとしてたら、容赦なくファイアストームだぜ・・・」
「美人のくせに性格きついよ・・・、ったく。」
「俺たちとそんなに年かわらないのに・・・。」
 
 少年たちはため息をつきながら話している。ヴァレリア軍の戦いの女神と言われる彼女もここでは口うるさい一人の教官でしかない。セリエに焼かれて喜ぶのはよほどのセリエ信奉者だ。一人の少年が会話に入っていない少年の方を振り返りながら話し掛けた。赤茶色の髪の整った顔立ちとしなやかな体躯の少年である。

「なあ、フォルカス。おまえ、セリエ・フォリナーと手合わせして勝つ自信あるか?」
「そうだよ、バナヘウム始まって以来の秀才のおまえなら勝てるかもしれない。」
「勝負してみろよ、おまえが勝ったら彼女も恥ずかしくても来れなくなるぞ。力ではおまえの方が強いし・・・、そしたら俺たちも万万歳!」
 
 それまで黙って仲間の会話を聞いていた少年は真面目な顔をしてきっぱりと言い切った。
「何を馬鹿なこと言ってるんだ! そんな事じゃ立派な騎士になれないぞ。何事も鍛錬が大切だ。」
「あ〜あ、優等生のお言葉は耳にいたいねぇ〜。」
「本当。」
「だからおまえは融通の利かない石頭って言われるんだよ、フォルカス。」
 
 フォルカスと呼ばれた少年は
「おまえたちが不真面目なだけだよ・・・。そもそも僕たちの使命はこのヴァレリア王国の平和と繁栄のためにドルガリア王の手足となって・・・」
と仲間達に話し続けようとした。

「うわっ、フォルカスの演説が始まったぜ。」
「止めさせろ!いつまでも続くぞ!」
 そういいながら少年たちは持ってた荷物をフォルカスに押し付ける。いっぺんに山のような荷物を抱える事になったフォルカスは
「うわっ!」と叫んで、派手に荷物を落としてしまった。
 
 仲間の少年たちは笑いながら走っていく。
「待てよ!おまえら・・・・・。」
 散らばった荷物を一まとめにしながらフォルカスが叫んだが、人ごみの中に声は消されてしまった。


 これ全部僕が〜〜!?。


 生真面目で融通が利かない優等生はどうやってこれらの荷物を一人で持って帰ろうかと途方にくれていた。その時、
「これも・・・・」と言う声が聞こえてきた。
 振り返ると10歳くらいの女の子がオぺロンの涙が入った袋をフォルカスの方に差し出す。

「あ・・・、どうも・・・。」
 我ながら間抜けな声だとは思ったがとりあえず礼を言った。女の子は用があるのかじっとフォルカスを見ている。

「・・・何か?」

「バナヘウムの人?」

 意外な単語が少女の口から漏れてフォルカスは驚いたが、少女の身内にバナヘウムの者がいるのだろうと納得して「そうだ」と答えた。そういえば貴族の娘らしい服を着ている。

 会話はすぐに途切れた。フォルカスに少女と話す理由はない。少女をほっといて遠くに転がった荷物を集めていると、後ろから少女がまた話し掛けてきた。

「・・・・タコヤキ、どこにあるか教えて下さい。」

はあ? 

「お昼、タコヤキ食べたいから・・・。」

 タコヤキ・・・って、オクトパスの丸焼き・・・・?  それって食えるのか?

 適当にあしらう事が出来ずに考え込んだフォルカスが固まっていると、先に行ったはずの仲間が戻ってきた。

「何、油売ってんだよ、フォルカス!」
「うわっ、デートしている。おまえだけずるいぞ。」
 
 少年らはフォルカスをほっといてシスティーナに話し掛けた。目ざとい男子なら、いや・・・目ざとい男子でなくても彼女が物凄く可愛らしいとすぐ気づく。

「名前は?」
「お姉さんいる?」
「家近く?」
「ここで何しているの?」
 
 彼女がついでに姉の名前まで答えていたら、ここにいる全員彼女を発見した段階で”保護”しなかった罪により酷い大目玉を食らうところだったが・・・・。あいにくシスティーナは1度にわいわいと聞かれて返答に困っていた。

「タコヤキ、捜しているそうだ」
 フォルカスがかわりに説明する。

「タコヤキ」
「何だ、それ」
「あ・・・、あれじゃないのか。あれ、ドラゴンステーキみたいなやつ・・・・」
「幻の・・・?」

「う〜〜〜ん」
 全員で首をひねる。


 ドラゴンステーキ、合成肉ハンバーグ、ヤキトリ、タコヤキ。これらの4つの食品はその存在も一般には秘密とされていた。人間の持って生まれた能力を驚異的にアップさせるものだ。簡単に人の口に入れるべき物ではない。存在を知る者はごく限られていたから、彼らが知らなくて当然である。
システィーナにしたってよくは知らないのだ。


「・・・・って、首ひねっている場合じゃない。早く帰らないと、昼飯食いっぱぐれるぞ!」
「そうだった。急ごう!」
 と口々に言いながら、彼らは荷物をかかえて立ち上がり、システィーナに言う。
「知らなくてごめんね。」
「俺たちより、市場の人に聞いてごらんよ。」

 みんな知らないから聞いたのにとは言えない・・・。

「またね。」と手を振りながら慌しく去っていく。

 システィーナはそんな彼らをちょっとだけ手を振って見送った。



「可愛かったよな〜。あの子。」
「大きくなったらすっごい美人になるぜ。やっぱ名前だけは聞いておくべきだったな。」
 
 小走りになった彼らの話題は今の女の子である。フォルカスは会話を聞きながら、そうなのか・・・とか思っていた。


 それよりも、さっきあの子といる時感じた・・・ぎらついた一瞬の視線のほうが気になっていた。