杜甫詩選
杜甫詩選
黒川洋一編
角川文庫 P268
枏樹為風雨所抜嘆(枏樹の風雨の抜く所と為る嘆き)

七言歌行。楠の大木が暴風のために根こそぎ倒されたことについての嘆きをのべる。七六一(上元二)年五月、五十歳、成都にあっての作。

倚江枏樹草堂前
故老相伝二百年
誅茅卜居総為此
五月髣髭聞寒蝉
東南飄風動地至
江翻石走流雲気
幹排雷雨猶力争
根断泉源豈天意
滄波老樹性所愛
浦上童童一青蓋
野客頻留懼雪霜
行入不過聴竽籟
虎倒竜顚委榛棘
涙痕血点垂胸臆
我有新詩何処吟
草堂自此無顔色

江に倚る枏樹(なんじゅ) 草堂の前
故老 相い伝う 二百年と
茅を(きり)り居をトするは総て此れが為なり
五月 髣髭(ほうふつ) 寒蝉を聞く
東南 飄風(ひょうふう) 地を動かして至る
江は翻り 石は走りて雲気流る
幹は雷雨を排して 猶お力争す
根は泉源に断ゆ 豈に天意ならんや

滄波(そうは)と老樹は性の愛する所
浦上 童童たり 一青蓋(いちせいがい)
野客は頻りに留まりて雪霜(せっそう)(おそ)
行人は過ぎずして竽籟(うらい)を聴く
虎倒(ことう) 竜顚(りゅうてん) 榛棘(しんきょく)に委す
涙痕 血点して胸臆(きょうおく)に垂る
我に新詩有るも何の処にか吟ぜん
草堂は此れ上り顔色(がんしょく)無からん

大意
 わが草堂の前の川べりに一本の楠の木が立っており、古老の言い伝えるところでは二百年も経っているという。茅を刈ってここに住居を定めたのはまったくこの樹のあるためであったが、五月になると木の葉の鳴るさまは、まるでひぐらしぜみを聞くかのごとくであった。

 ところが、東南からのつむじ風が大地を動かして吹いて来て、江の水は浪だち石は飛ばされて雲気が流れはじめた。木の幹は雷雨をおしのけてなおも抜けまいと抵抗したのだったが、根が大地の底から断ち切れてしまったのはよもや天の思し召しではなかろう。

 青い波と年老いた樹木とはわたしの性格の愛するところであり、江の浦べに、一つの青い傘がこんもりとそびえ立っていたのである。農夫もしょっちゅうこの木の下で霜や雪を避けようとして立ち留まり、旅人も言た足を留めて竽の、ような音に耳を傾けたものである。

 いまやその木が、虎が倒れ竜がひっくりかえったようにいばらの中に身をゆだねているのを見て、血の涙が痕を残したがら、ぽとぽとと垂れ落ちて胸の外と内をぬらすのである。これからはわたしに新しい詩ができてもどこで吟じたものであろうか、この木がなくなっては草堂も精彩を失ってしまうことであろう.


東洋の嘆きの詩人「杜甫」西洋のロマン派の詩人「ヘッセ」の競演です。1000年の時空を超えて木(一方は楠、方やセイヨウハズオウ)想いを語っています。共通点は共に戦争の真っ只中を生き抜いたことでしょう。作品は常に戦争の影が感じ取れます。杜甫は何度も読み返していますが、年齢とともに新たな発見と感動があります。

今回、ヘッセの詩とエッセイを拾い読みをして、始めは文章が長くてくどさに戸惑いを感じましたが(翻訳の限界かも?)、やはり詩人の観察眼と表現力には「なるほど」うなずきました。

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