万葉集(巻第十六〜十七) 青空文庫 ―鹿持雅澄『萬葉集古義』による
参考図書 解説万葉集―佐野 保田朗 藤井書店 木の名の由来―深津 正・小林義雄著 日本林業技術協会 万葉集―日本古典文学全集 小学館 |
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巻第十六〜十七(3786〜4031) | |
3786 | 春さらば挿頭(かざし)にせむと吾(あ)が思(も)ひし桜の花は散りにけるかも |
3787 | 妹が名に懸かせる桜花咲かば常にや恋ひむいや年のはに |
3789 | あしひきの山縵(やまかづら)の子今日行くと我に告(の)りせば早く来(こ)ましを |
3790 | あしひきの山縵の子今日のごといづれの隈(くま)を見つつ来にけむ |
3801 | 住吉の岸の野榛(ぬはり)に染(にほ)へれどにほはぬ吾(あれ)や媚(にほ)ひて居らむ |
3819 | 夕立の雨うち降れば春日野の尾花が末(うれ)の白露思ほゆ |
3822 | 橘の寺の長屋に吾(あ)が率(ゐ)寝し童女(うなゐ)放髪(はなり)は髪上げつらむか |
3823 | 橘の照れる長屋に吾(あ)が率ねし童女放髪に髪上げつらむか |
3830 | 玉掃(たまばはき)刈り来(こ)鎌麻呂室の木と棗(なつめ)が本を掻き掃かむため |
3832 | からたちと棘原(うまら)刈り除(そ)け倉建てむ屎遠くまれ櫛造る刀自(とじ) |
3834 | 梨棗(なつめ)黍(きみ)に粟つぎ延ふ葛(くず)の後も逢はむと葵(あほひ)花咲く |
3855 | 葛英爾延ひおほとれる屎葛(くそかづら)絶ゆることなく宮仕へせむ |
3872 | 吾が門の榎(え)の実もり食(は)む百千鳥(ももちどり)千鳥は来れど君そ来まさぬ |
3876 | 豊国の企救(きく)の池なる菱の末(うれ)を摘むとや妹が御袖濡れけむ |
3885 | 愛子(いとこ) 汝兄(なせ)の君 居り居りて 物にい行くと 韓国(からくに)の 虎といふ神を 生け捕りに 八つ捕り持ち来 その皮を 畳に刺し 八重畳 平群(へぐり)の山に 四月(うつき)と 五月(さつき)の間(ほと)に 薬猟 仕ふる時に あしひきの この片山に 二つ立つ 櫟(いちひ)が本に 梓弓 八つ手挟(たばさ)み ひめ鏑(かぶら) 八つ手挟み 獣(しし)待つと 吾(あ)が居る時に さ牡鹿の 来立ち嘆かく たちまちに 吾(あれ)は死ぬべし おほきみに 吾(あれ)は仕へむ 吾(あ)が角(つぬ)は 御笠の栄(は)やし 吾が耳は 御墨の坩(つぼ) 吾が目らは 真澄の鏡 吾が爪は 御弓の弓弭(ゆはず) 吾が毛らは 御筆の栄(は)やし 吾が皮は 御箱の皮に 吾が肉(しし)は 御膾(みなます)栄やし 吾が肝も 御膾栄やし 吾が屎(みぎ)は 御塩の栄やし 老いはてぬ 我が身一つに 七重花咲く 八重花咲くと 申し賞(は)やさね 申し賞やさね 右の歌一首は、鹿の為に痛(おもひ)を述べてよめり。 |
3887 | 天なるや神楽良(ささら)の小野に茅草(ちかや)刈り草(かや)刈りばかに鶉を立つも |
巻第十七 | |
3890 | 我が背子を吾(あ)が松原よ見渡せば海人娘子(あまをとめ)ども玉藻刈る見ゆ |
3899 | 海人娘子漁(いざ)り焚く火の朧(おほほ)しく角(つぬ)の松原思ほゆるかも |
3901 | 御冬過ぎ春は来たれど梅の花君にしあらねば折る人もなし |
3902 | 梅の花み山と繁(しみ)にありともやかくのみ君は見れど飽かにせむ |
3903 | 春雨に萌えし柳か梅の花ともに後れぬ常の物かも |
3904 | 梅の花いつは折らじと厭はねど咲きの盛りは惜しきものなり |
3905 | 遊ぶ日の楽(たぬ)しき庭に梅柳折り挿頭(かざ)してば思ひ無みかも |
3906 | 御苑生(みそのふ)の百木の梅の散る花の天(あめ)に飛び上がり雪と降りけむ |
3907 | 山背(やましろ)の 久迩(くに)の都は 春されば 花咲き撓(をを)り 秋されば 黄葉(もみちば)にほひ 帯ばせる 泉の川の 上つ瀬に 打橋渡し 淀瀬には 浮橋渡し あり通ひ 仕へまつらむ 万代までに |
3912 | 霍公鳥何の心そ橘の玉貫く月し来鳴き響(とよ)むる |
3913 | 霍公鳥楝の枝にゆきて居(ゐ)ば花は散らむな玉と見るまで |
3916 | 橘のにほへる香かも霍公鳥鳴く夜の雨にうつろひぬらむ |
3918 | 橘のにほへる苑に霍公鳥鳴くと人告ぐ網ささましを |
3920 | 鶉鳴き古しと人は思へれど花橘のにほふこの屋戸 |
3921 | かきつはた衣に摺り付け大夫(ますらを)の着装(きそ)ひ猟する月は来にけり |
3978 | 妹も吾(あれ)も 心は同(おや)じ たぐへれど いやなつかしく 相見れば 常初花(とこはつはな)に 心ぐし 目ぐしもなしに 愛(は)しけやし 吾(あ)が奥妻 大王の 命畏み 足引の 山越え野行き 天ざかる 夷治めにと 別れ来(こ)し その日の極み あら玉の 年行き返り 春花の うつろふまでに 相見ねば 甚(いた)もすべ無み 敷布(しきたへ)の 袖返しつつ 寝る夜おちず 夢には見れど うつつにし 直(ただ)にあらねば 恋しけく 千重に積もりぬ 近くあらば 帰りにだにも うち行きて 妹が手枕 差し交へて 寝ても来(こ)ましを 玉ほこの 道はし遠(どほ)く 関さへに 隔(へな)りてあれこそ よしゑやし よしはあらむそ 霍公鳥 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ 卯の花の にほへる山を 外(よそ)のみも 振り放け見つつ 近江路(あふみぢ)に い行き乗り立ち 青丹よし 奈良の吾家(わがへ)に 鵺鳥(ぬえとり)の うら嘆(な)げしつつ 下恋に 思ひうらぶれ 門に立ち 夕占(ゆふけ)問ひつつ 吾(あ)を待つと 寝(な)すらむ妹を 逢ひて早見む |
3942 | 松の花花数にしも我が背子が思へらなくにもとな咲きつつ 松の花→松の雄花の目立たない様に、恋人から顧みてもらえない自分のみじめな立場を例えている。 |
3943 | 秋の田の穂向き見がてり我が背子がふさ手折り来る女郎花(をみなへし)かも 女郎花(をみなへし→オミナエシ(秋の七草) |
3944 | 女郎花咲きたる野辺を行き廻り君を思ひ出徘徊(たもとほ)り来ぬ |
3951 | 晩蝉(ひぐらし)の鳴きぬる時は女郎花咲きたる野辺を行きつつ見べし |
3952 | 妹が家に伊久里(いくり)の杜の藤の花今来む春も常かくし見む |
3963 | 世間(よのなか)は数なきものか春花の散りの乱(まが)ひに死ぬべき思へば |
3965 | 春の花今は盛りににほふらむ折りて挿頭(かざ)さむ手力(たぢから)もがも |
3966 | 鴬の鳴き散らすらむ春の花いつしか君と手折り挿頭さむ |
3967 | 山峡(かひ)に咲ける桜をただ一目君に見せてば何をか思はむ |
3968 | 鴬の来鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも |
3970 | 足引の山桜花一目だに君とし見てば吾(あれ)恋ひめやも |
3971 | 山吹の茂み飛び漏く鴬の声を聞くらむ君は羨(とも)しも |
3974 | 山吹は日に日に咲きぬうるはしと吾(あ)が思(も)ふ君はしくしく思ほゆ |
3976 | 咲けりとも知らずしあらば黙(もだ)もあらむこの山吹を見せつつもとな |
3977 | 葦垣の外(ほか)にも君が寄り立たし恋ひけれこそは夢に見えけれ |
3984 | 玉に貫く花橘を乏(とも)しみしこの我が里に来鳴かずあるらし 霍公鳥は立夏(うつきたつ)日、必ず来鳴きぬ。又越中(こしのみちのなか)の 風土(くにざま)、橙橘(たちばな)希なり |
3985 | 射水川(いみづがは) い行き廻れる 玉くしげ 二上山は 春花の 咲ける盛りに 秋の葉の にほへる時に 出で立ちて 振り放け見れば 神柄(かむから)や そこば貴き 山柄(やまから)や 見が欲しからむ すめ神の 裾廻(すそみ)の山の 澁谿(しぶたに)の 崎の荒磯(ありそ)に 朝凪に 寄する白波 夕凪に 満ち来る潮の いや増しに 絶ゆることなく 古(いにしへ)ゆ 今の現在(をつづ)に かくしこそ 見る人ごとに 懸けて偲はめ |
3993 | 藤波は 咲きて散りにき 卯の花は 今そ盛りと 足引の 山にも野にも 霍公鳥 鳴きし響(とよ)めば 打ち靡く 心も撓(しぬ)に そこをしも うら恋しみと 思ふどち 馬打ち群れて 携はり 出で立ち見れば 射水川 水門(みなと)の渚鳥(すどり) 朝凪に 潟に漁りし 潮満てば 嬬(つま)呼び交す 羨しきに 見つつ過ぎ行き 澁谿の 荒磯の崎に 沖つ波 寄せ来る玉藻 片縒(よ)りに 蘰(かづら)に作り 妹がため 手に巻き持ちて うらぐはし 布勢の水海に 海人船に 真楫(まかぢ)掻い貫(ぬ)き 白布(しろたへ)の 袖振り返し 率(あども)ひて 我が榜ぎ行けば 乎布(をふ)の崎 花散りまがひ 渚には 葦鴨(あしがも)騒き さざれ波 立ちても居ても 榜ぎ廻り 見れども飽かず 秋さらば 黄葉(もみち)の時に 春さらば 花の盛りに かもかくも 君がまにまと かくしこそ 見も明らめめ 絶ゆる日あらめや |
3998 | 我が屋戸の花橘を花ごめに玉にそ吾(あ)が貫く待たば苦しみ |
4008 | 青丹よし 奈良を来離れ 天ざかる 夷(ひな)にはあれど 我が背子を 見つつし居(を)れば 思ひ遣る 事もありしを 大王(おほきみ)の 命畏み 食す国の 事執り持ちて 若草の 脚帯(あゆひ)手装(たづく)り 群鳥(むらとり)の 朝立ち去なば 後れたる 吾(あれ)や悲しき 旅にゆく 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留めもかねて 見わたせば 卯の花山の 霍公鳥 音のみし泣かゆ 朝霧の 乱るる心 言に出でて 言はば忌々(ゆゆ)しみ 礪波(となみ)山 手向(たむけ)の神に 幣(ぬさ)まつり 吾(あ)が乞ひ祈(の)まく 愛(は)しけやし 君が直香(ただか)を 真幸(まさき)くも 在り廻(たもとほ)り 月立たば 時も易(か)はさず 撫子が 花の盛りに 相見しめとそ |
4010 | うら恋し我が背の君は撫子が花にもがもな朝旦(あさなさな)見む 撫子→ナデシコの花 |
4014 | 松反(がへ)りしひにてあれかもさ山田の翁(をぢ)がその日に求めあはずけむ |
4021 | 雄神川紅にほふ娘子らし葦付 水松ノ類 取ると瀬に立たすらし |
4026 | 鳥総(とぶさ)立て船木(ふなき)伐るといふ能登の島山今日見れば木立繁しも幾代神(かむ)びそ |
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