万葉集(巻第十八〜巻第二十) 青空文庫 ―鹿持雅澄『萬葉集古義』による

参考図書
解説万葉集―佐野 保田朗 藤井書店
木の名の由来―深津 正・小林義雄著 日本林業技術協会
万葉集―日本古典文学全集 小学館
巻第十八〜二十(4032〜4516)
4041 の花咲き散る園に我ゆかむ君が使を偏(かた)待ちがてら
4042 波の咲きゆく見れば霍公鳥(ほととぎす)鳴くべき時に近づきにけり
4043 明日の日の布勢の浦廻の波にけだし来鳴かず散らしてむかも 一ニ頭云ク、ほととぎす
4051 多古(たこ)の崎木晩(このくれ)繁(しげ)に霍公鳥来鳴き響(とよ)まばはた恋ひめやも

 木晩(このくれ)→木の暗→初夏木の枝葉が茂りその下が暗くなること。またその場所や時期をいう。
4053 木晩(このくれ)になりぬるものを霍公鳥何か来鳴かぬ君に逢へる時
4058 の殿の橘弥(や)つ代にも吾(あれ)は忘れじこの橘を
4059 の下照(で)る庭に殿建てて酒漬(さかみづ)きいます我が大王かも
4060 月待ちて家には行かむ我が插せるあから影に見えつつ
4063 常世物こののいや照りにわご大王は今も見るごと
4064 大王は常磐にまさむの殿の橘ひた照りにして
4070 ひともとの撫子植ゑしその心誰(たれ)に見せむと思ひ始(そ)めけむ
     右、先の国師の従僧(ずそう)清見、京師(みやこ)に入(まゐのぼ)らむとす。
     因(かれ)飲饌(あるじ)を設(ま)けて饗宴(うたげ)す。

 撫子→ナデシコ→草木の花
4071 しなざかる越の君のとかくしこそ柳かづらき楽しく遊ばめ

 柳かづら→柳の枝や蔓性植物の類を葛にする意
4077 我が背子が古き垣内(かきつ)の花いまだ含(ふふ)めり一目見に来ね
4066 卯の花の咲く月立ちぬ霍公鳥来鳴き響めよ含みたりとも

 卯の花→ユキノシタ科の落葉低木 うつぎの花
4086 燈火(あぶらひ)の光に見ゆる我が縵早百合の花の笑まはしきかも
4087 灯し火の光に見ゆる早百合花ゆりも逢はむと思ひそめてき
4088 早百合花ゆりも逢はむと思へこそ今のまさかも睦(うる)はしみすれ
4089 高御座(たかみくら) 天(あま)の日継(ひつぎ)と すめろきの 神の命(みこと)の
   聞こし食(を)す 国のまほらに 山をしも さはに多みと
   百鳥(ももとり)の 来居て鳴く声 春されば 聞きのかなしも
   いづれをか 別(わ)きて偲はむ 卯の花の 咲く月立てば
   めづらしく 鳴く霍公鳥 あやめぐさ 玉貫くまでに
   昼暮らし 夜わたし聞けど 聞くごとに 心うごきて
   打ち嘆き あはれの鳥と 言はぬ時なし
4091 卯の花の咲くにし鳴けば霍公鳥いやめづらしも名のり鳴くなべ
4092 霍公鳥いと妬(ねた)けくはの花散る時に来鳴き響(とよ)むる
4097 すめろきの御代栄えむと東(あづま)なる陸奥山に金(くがね)花咲く
4101 珠洲(すす)の海人(あま)の 沖つ御神に い渡りて 潜(かづ)き取るといふ
   鮑(あはび)玉 五百箇(いほち)もがも 愛(は)しきよし 妻の命の
   衣手の 別れし時よ ぬば玉の 夜床(よどこ)片さり
   朝寝髪 掻きも梳らず 出でて来し 月日数(よ)みつつ
   嘆くらむ 心なぐさに 霍公鳥 来鳴く五月の
   あやめ草 花橘に 貫(ぬ)き交へ 縵(かづら)にせよと
   包みて遣らむ
4102 白玉を包みて遣らなあやめ草花橘にあへも貫くがね
4106 大汝(おほなむぢ) 少彦名(すくなひこな)の 神代より 言ひ継ぎけらく
   父母を 見れば貴く 妻子(めこ)見れば 愛(かな)しくめぐし
   うつせみの 世のことわりと かくさまに 言ひけるものを
   世の人の 立つる異立て ちさの花 咲ける盛りに
   愛(は)しきよし その妻の子と 朝宵に 笑みみ笑まずも
   打ち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや
   天地の 神言寄せて 春花の 盛りもあらむと
   待たしけむ 時の盛りを 離(さか)り居て 嘆かす妹が
   いつしかも 使の来むと 待たすらむ 心寂(さぶ)しく
   南風(みなみ)吹き 雪消(け)溢(はふ)りて 射水川(いみづがは) 浮ぶ水沫(みなわ)の
   寄る辺無み 左夫流(さぶる)その子に 紐の緒の いつがり合ひて
   にほ鳥の 二人並び居 奈呉の海の 奥(おき)を深めて
   惑(さど)はせる 君が心の すべもすべなさ 佐夫流ト言フハ、遊行女婦ガ字(アザナ)ナリ

ちさの花→ちさ キク科の食用になる花 夏季、黄色く目立たない花を開く
         2469 やまちさはエゴノキ ハイノキ科エゴノキ属の落葉小高木
4109 紅はうつろふものそ橡(つるはみ)のなれにし衣になほしかめやも

 橡(つるはみ)→ブナ科の落葉高木 クヌギ
4111 かけまくも あやに畏し 皇祖神(すめろき)の 神の大御代に
   田道間守(たぢまもり) 常世に渡り 八矛(やほこ)持ち 参ゐ出来(こ)しとふ
   時じくの 香久(かく)の木(こ)の実を 畏くも 残し賜へれ
   国も狭(せ)に 生ひ立ち栄え 春されば 孫枝(ひこえ)萌いつつ
   霍公鳥 鳴く五月には 初花を 枝に手折りて
   をとめらに 苞(つと)にも遣りみ 白妙の 袖にも扱入(こき)れ
   香ぐはしみ 置きて枯らしみ 熟(あ)ゆる実は 玉に貫きつつ
   手に巻きて 見れども飽かず 秋づけば しぐれの雨降り
   あしひきの 山の木末(こぬれ)は 紅に にほひ散れども
   橘の なれるその実は ひた照りに いや見が欲しく
   み雪降る 冬に至れば 霜置けども その葉も枯れず
   常磐なす いや栄(さかは)えに しかれこそ 神の御代より
   よろしなべ このを 時じくの 香久の木の実と 名付けけらしも
4112 は花にも実にも見つれどもいや時じくに猶し見が欲し
     閏五月(のちのさつき)の二十三日(はつかまりみかのひ)
4113 おほきみの 遠の朝廷(みかど)と 任(ま)きたまふ 官(つかさ)のまにま
   み雪降る 越に下り来 あら玉の 年の五年(いつとせ)
   敷妙の 手枕まかず 紐解かず 丸寝(まろね)をすれば
   いふせみと 心なぐさに 撫子を 屋戸に蒔き生ほし
   夏の野の 早百合引き植ゑて 咲く花を 出で見るごとに
   撫子が その花妻に 早百合花 ゆりも逢はむと
   慰むる 心し無くば 天ざかる 夷に一日も あるべくもあれや
4114 撫子が花見る毎にをとめらが笑まひのにほひ思ほゆるかも
4115 早百合花ゆりも逢はむと下延(ば)ふる心し無くば今日も経めやも
4120 見まく欲り思ひしなべに縵(かづら)掛け香ぐはし君を相見つるかも
4134 雪の上に照れる月夜にの花折りて送らむ愛(は)しき子もがも
4136 あしひきの山の木末のほよ取りて挿頭(かざ)しつらくは千年寿(ほ)くとそ
巻第十九
4139 春の苑紅にほふの花下照(で)る道に出で立つ美人(をとめ)
4140 吾が園の李の花か庭に降るはだれのいまだ残りたるかも

 季→すもも バラ科サクラ属の落葉小高木
4142 春の日に張れるを取り持ちて見れば都の大路(おほぢ)し思ほゆ
4143 もののふの八十(やそ)乙女らが汲み乱(まが)ふ寺井の上の堅香子(かたかご)の花
4145 春設(ま)けてかく帰るとも秋風に黄葉(もみち)む山を越え来ざらめや 一ニ云ク、春されば帰るこの雁
4148 の野にさ躍(をど)る雉いちしろく音(ね)にしも泣かむ隠(こも)り妻かも
4151 今日のためと思ひて標(しめ)しあしひきの峯上(をのへ)のかく咲きにけり
4152 奥山の八峰の椿つばらかに今日は暮らさね大夫(ますらを)の輩(とも)
4156 漢人(からひと)も船を浮かべて遊ぶちふ今日そ我が背子花縵(かづら)せな
4159 磯の上(へ)のつままを見れば根を延(は)へて年深からし神さびにけり

つまま→タブノキ クスノキ科タブノキ属 常緑高木 別名イヌグス
4160 天地(あめつち)の 遠き初めよ 世の中は 常無きものと
   語り継ぎ 流らへ来たれ 天の原 振り放け見れば
   照る月も 満ち欠けしけり あしひきの 山の木末(こぬれ)
   春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜負ひて
   風交(まじ)り もみち散りけり うつせみも かくのみならし
   紅の 色もうつろひ ぬば玉の 黒髪変り
   朝の笑み 夕へ変らひ 吹く風の 見えぬがごとく
   行く水の 止まらぬごとく 常も無く うつろふ見れば
   にはたづみ 流るる涙 とどめかねつも
4161 言問はぬ木すら春咲き秋づけばもみち散らくは常を無みこそ 一ニ云ク、常なけむとそ
4164 ちちの実の 父のみこと ははそ葉の 母のみこと
   おほろかに 心尽して 思ふらむ その子なれやも
   大夫(ますらを)や 空しくあるべき 梓弓 末振り起し
   投ぐ矢持ち 千尋(ちひろ)射わたし 剣大刀 腰に取り佩き
   あしひきの 八峯(やつを)踏み越え 差し任(まく)る 心障(さや)らず
   後の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも
 ちちの実→イヌビワ くわ科イチジク属 落葉低木
4166 時ごとに いやめづらしく 八千種(やちくさ)に 草木花咲き
   鳴く鳥の 声も変らふ 耳に聞き 目に見るごとに
   打ち嘆き 萎(しな)えうらぶれ 偲ひつつ 有り来るはしに
   木晩(このくれ)の 四月(うつき)し立てば 夜隠(よごも)りに 鳴く霍公鳥
   古よ 語り継ぎつる 鴬の 現(うつ)し真子(まご)かも
   あやめ草 花橘を をとめらが 玉貫(ぬ)くまでに
   あかねさす 昼はしめらに あしひきの 八峯飛び越え
   ぬば玉の 夜はすがらに 暁(あかとき)の 月に向ひて
   往き還り 鳴き響(とよ)むれど 如何で飽き足らむ
4167 時ごとにいやめづらしく咲く花を折りも折らずも見らくしよしも
4169 霍公鳥 来鳴く五月(さつき)に 咲きにほふ 花橘
   かぐはしき 親の御言(みこと) 朝宵に 聞かぬ日まねく
   天ざかる 夷にし居れば あしひきの 山のたをりに
   立つ雲を よそのみ見つつ 嘆くそら 安けなくに
   思ふそら 苦しきものを 奈呉の海人の 潜(かづ)き取るちふ
   真珠(しらたま)の 見がほし御面 ただ向ひ 見む時までは
   松柏(まつかへ)の 栄えいまさね 貴き吾(あ)が君 御面、みおもわト謂フ
4172 ほととぎす来鳴き響まば草取らむ花橘を屋戸には植ゑずて
4174 春のうちの楽しき竟(を)へばの花手折り持ちつつ遊ぶにあるべし
4177 我が背子と 手携はりて 明けくれば 出で立ち向ひ
   夕されば 振り放け見つつ 思ひ延べ 見なぎし山に
   八峯には 霞たなびき 谷辺には 椿花咲き
   うら悲し 春の過ぐれば 霍公鳥 いやしき鳴きぬ
   独りのみ 聞けば寂(さぶ)しも 君と吾(あれ) 隔てて恋ふる
   礪波山(となみやま) 飛び越えゆきて 明け立たば 松のさ枝に
   夕さらば 月に向ひて あやめ草 玉貫くまでに
   鳴き響め 安眠(やすい)し寝(な)さず 君を悩ませ
4180 春過ぎて 夏来向へば あしひきの 山呼び響め
   さ夜中に 鳴く霍公鳥 初声を 聞けばなつかし
   あやめ草 花を ぬきまじへ 縵(かづら)くまでに
   里響(とよ)め 鳴き渡れども なほし偲はゆ
4184 山吹の花取り持ちてつれもなく離(か)れにし妹を偲ひつるかも
4185 現身(うつせみ)は 恋を繁みと 春設(ま)けて 思ひ繁けば
   引き攀ぢて 折りも折らずも 見るごとに 心なぎむと
   繁山の 谷辺に生ふる 山吹を 屋戸に引き植ゑて
   朝露に にほへる花を 見るごとに 思ひはやまず
   恋し繁しも
4186 山吹を屋戸に植ゑては見るごとに思ひはやまず恋こそまされ
4187 思ふどち 大夫(ますらをのこ)の 木(こ)の晩(くれ)の 繁き思ひを
   見明らめ 心遣らむと 布勢の海に 小船(をぶね)連なめ
   真櫂かけ い榜ぎ巡れば 乎布(をふ)の浦に 霞たなびき
   垂姫(たるひめ)に 波咲きて 浜清く 白波騒き
   しくしくに 恋はまされど 今日のみに 飽き足らめやも
   かくしこそ いや年のはに 春花の 繁き盛りに
   秋の葉の にほへる時に あり通ひ 見つつ偲はめ
   この布勢の海を
4188 波の花の盛りにかくしこそ浦榜ぎ廻(た)みつつ年に偲はめ
4189 天ざかる 夷としあれは そこここも 同(おや)じ心そ
   家離(ざか)り 年の経ぬれば うつせみは 物思(も)ひ繁し
   そこゆゑに 心なぐさに 霍公鳥 鳴く初声を
   の 玉にあへ貫き かづらきて 遊ばくよしも
   ますらをを 伴なへ立ちて 叔羅川(しくらがは) なづさひ上り
   平瀬には 小網(さで)さし渡し 早瀬には 鵜を潜(かづ)けつつ
   月に日に しかし遊ばね 愛(は)しき我が背子
4192 の花 紅色に にほひたる 面輪(おもわ)のうちに
   青柳の 細(くは)し眉根(まよね)を 笑み曲がり 朝影見つつ
   をとめらが 手に取り持たる 真澄鏡(まそかがみ) 二上山(ふたがみやま)に
   木(こ)の晩(くれ)の 茂き谷辺を 呼び響(とよ)め 朝飛び渡り
   夕月夜 かそけき野辺に 遙々(はろばろ)に 鳴く霍公鳥
   立ち潜(く)くと 羽触(はぶり)に散らす 波の 花なつかしみ
   引き攀(よ)ぢて 袖に扱入(こき)れつ 染(し)まば染むとも
4193 霍公鳥鳴く羽触にも散りにけり盛り過ぐらし波の花 一ニ云ク、散りぬべみ袖に扱入れつ藤波の花
     同じ九日よめる。
4197 妹に似る草と見しより吾(あ)が標(しめ)し野辺の山吹誰(たれ)か手(た)折りし
4199 波の影なる海の底清み沈(しづ)く石をも玉とそ吾(あ)が見る
4200 多古の浦の底さへにほふ波を挿頭(かざ)して行かむ見ぬ人のため
4201 いささかに思ひて来(こ)しを多古の浦に咲ける見て一夜経ぬべし
4202 波を借廬(かりほ)に作り浦廻(み)する人とは知らに海人とか見らむ
4204 我が背子が捧げて持たる厚朴(ほほがしは)あたかも似るか青き蓋(きぬがさ)

厚朴(ほほがしは)→ホオノキ モクレン科モクレン属
4205 皇祖神(すめろき)の遠(とほ)御代(みよ)御代(みよ)はい敷き折り酒飲むといふそこの厚朴(ほほがしは)
4207 ここにして 背向(そがひ)に見ゆる 我が背子が 垣内(かきつ)の谷に
   明けされば 榛(はり)のさ枝に 夕されば の繁みに
   遙々(はろばろ)に 鳴く霍公鳥 我が屋戸の 植木橘
   花に散る 時をまたしみ 来鳴かなく そこは恨みず
   然れども 谷片付きて 家居れる 君が聞きつつ
   告げなくも憂し
4210 波の茂りは過ぎぬあしひきの山霍公鳥などか来鳴かぬ
4211 いにしへに ありけるわざの くすはしき 事と言ひ継ぐ
   血沼(ちぬ)壮子(をとこ) 菟原(うなひ)壮子の うつせみの 名を争ふと
   玉きはる 命も捨てて 相共に 妻問ひしける
   処女らが 聞けば悲しさ 春花の にほえ栄えて
   秋の葉の にほひに照れる 惜身(あたらみ)の 盛りをすらに
   大夫(ますらを)の 語(こと)労(いとほ)しみ 父母に 申し別れて
   家離(さか)り 海辺に出で立ち 朝宵に 満ち来る潮の
   八重波に 靡く玉藻の 節(ふし)の間も 惜しき命を
   露霜の 過ぎましにけれ 奥つ城(き)を ここと定めて
   後の世の 聞き継ぐ人も いや遠に 偲ひにせよと
   黄楊(つげ)小櫛(をぐし) しか刺しけらし 生ひて靡けり
4212 処女らが後の表(しるし)と黄楊小櫛生ひ代り生ひて靡きけらしも
4217 卯の花を腐(くた)す長雨の始水(みづはな)に寄る木糞(こつみ)なす寄らむ子もがも
4219 我が屋戸の咲きにけり秋風の吹かむを待たばいと遠みかも
     右の一首は、六月(みなつき)十五日(とをかまりいつかのひ)、芽子早花(わさはぎ)を見てよめる。
4222 この時雨いたくな降りそ我妹子(わぎもこ)に見せむがために黄葉(もみち)採りてむ
4223 青丹(あをに)よし奈良人見むと我が背子が標(し)めけむ黄葉(もみち)土に落ちめやも
4224 朝霧の棚引く田(たゐ)に鳴く雁を留め得めやも我が屋戸の
4225 あしひきの山の黄葉にしづくあひて散らむ山道(やまぢ)を君が越えまく
4226 この雪の消(け)残る時にいざ行かな山の実の照るも見む
4231 撫子は秋咲くものを君が家の雪の巌に咲けりけるかも
4232 雪の島巌に殖(た)てる撫子は千世に咲かぬか君が挿頭(かざし)に
4236 天地の 神は無かれや 愛(うつく)しき 吾(あ)が妻離(さか)る
   光る神 鳴り波多(はた)娘子(をとめ) 手携ひ 共にあらむと
   思ひしに 心違(たが)ひぬ 言はむすべ 為むすべ知らに
   木綿(ゆふ)襷(たすき) 肩に取り掛け 倭文(しつ)幣(ぬさ)を 手に取り持ちて
   な離(さ)けそと 我は祈(の)めれど 枕(ま)きて寝し 妹が手本(たもと)は 雲に棚引く
4238 君が旅行(ゆき)もし久ならば梅柳誰(たれ)と共にか吾(あ)が蘰(かづら)かむ
4241 春日野に斎(いつ)く三諸(みもろ)のの花栄えてあり待て還り来むまで
4249 石瀬野(いはせの)に秋萩凌(しぬ)ぎ馬並(な)めて初鷹猟(はつとがり)だにせずや別れむ
4252 君が家に植ゑたるの初花を折りて挿頭(かざ)さな旅別るどち
4253 立ちて居て待てど待ちかね出でて来て君にここに逢ひ挿頭しつる
4255 秋の花種々(くさぐさ)なれど色ことに見(め)し明らむる今日の貴さ
4259 十月(かみなつき)時雨の降れば我が背子が屋戸のもみち葉散りぬべく見ゆ
4263 櫛も見じ屋中(やぬち)も掃かじ草枕旅ゆく君を斎(いは)ふと思(も)ひて
4266 あしひきの 八峯(やつを)の上の 樛(つが)の木の いや継ぎ継ぎに
   松が根の 絶ゆることなく 青丹よし 奈良の都に
   万代に 国知らさむと やすみしし 我が大王の
   神ながら 思ほしめして 豊宴(とよのあかり) 見(め)す今日の日は
   もののふの 八十(やそ)伴の雄(を)の 島山に 赤る
   髻華(うず)に挿し 紐解き放(さ)けて 千年寿(ほ)き ほさき響(とよ)もし
   ゑらゑらに 仕へまつるを 見るが貴さ
4268 この里は継ぎて霜や置く夏の野に吾(あ)が見し草は黄葉(もみ)ちたりけり
4271 松陰の清き浜辺に玉敷かば君来まさむか清き浜辺に
4276 島山に照れる髻華(うず)に挿し仕へ奉(まつ)らな卿大夫(まへつきみ)たち
4277 袖(そて)垂れていざ我が苑に鴬の木伝(こづた)ひ散らすの花見に
4278 あしひきの山下日蔭かづらける上にやさらにを賞(しぬ)はむ
4282 言(こと)繁み相問はなくにの花雪にしをれて移ろはむかも
4283 の花咲けるが中に含(ふふ)めるは恋や隠(こも)れる雪を待つとか
4287 鴬の鳴きし垣内(かきつ)ににほへりしこの雪にうつろふらむか
4289 青柳(あをやぎ)の上枝(ほつえ)攀ぢ取りかづらくは君が屋戸にし千年寿(ほ)くとそ
巻第二十
4295 高圓の尾花(をばな)吹きこす秋風に紐ときあけな直(ただ)ならずとも
4296 天雲に雁そ鳴くなる高圓のの下葉はもみち堪(あ)へむかも
4297 をみなへし秋萩しぬぎさ牡鹿の露分け鳴かむ高圓の野そ
4302 山吹は撫でつつ生ほさむありつつも君来ましつつ挿頭(かざ)したりけり
4303 我が背子が屋戸の山吹咲きてあらば止まず通はむいや年の端に
4304 山吹の花の盛りにかくのごと君を見まくは千年(ちとせ)にもがも
4305 木(こ)の暗(くれ)のしげき峯(を)の上(へ)をほととぎす鳴きて越ゆなり今し来らしも
4314 八千種(やちくさ)に草木を植ゑて時ごとに咲かむ花をし見つつ偲(しぬ)はな
4315 宮人の袖付け衣秋ににほひよろしき高圓(たかまと)の宮
4317 秋野には今こそ行かめもののふの男女(をとこをみな)のにほひ見に
4318 秋の野に露負へるを手折らずてあたら盛りを過ぐしてむとか
4320 ますらをの呼び立てませばさ牡鹿の胸(むな)分けゆかむ秋野
4323 時々の花は咲けども何すれそ母とふの咲き出来(でこ)ずけむ
4341 の美衣利(みえり)の里に父を置きて道の長道(ながち)は行きかてぬかも
4342 真木柱(まけばしら)讃めて造れる殿のごといませ母刀自(とじ)面(おめ)変はりせず
4361 桜花今盛りなり難波の海押し照る宮に聞こしめすなべ
4371 の下吹く風のかぐはしき筑波(つくは)の山を恋ひずあらめかも
4375 の木(け)の並(な)みたる見れば家人(いはびと)の我を見送ると立たりし如(もころ)
4386 我が門(かづ)の五本(いつもと)いつもいつも母(おも)が恋すな業(なり)ましつつも
4387 千葉(ちは)の野の児手柏(このてかしは)の含(ほほ)まれどあやに愛(かな)しみ置きて発ち来ぬ
4435 含(ふふ)めりし花の初めに来(こ)し我や散りなむ後に都へ行かむ
4439 が枝の土に着くまで降る雪を見ずてや妹が籠り居るらむ
     その時、水主内親王(みぬしのひめみこ)、寝膳安からず。累日参りたまはず。
     因(かれ)此の日太上天皇、侍嬬(みやをみな)等に勅(の)りたまはく、水主内親王
     の為に、雪を賦みて奉献(たてまつ)れとのりたまへり。是に諸(もろもろ)の
     命婦(ひめとね)等、作歌(うたよみ)し堪(か)ねたれば、此の石川命婦、独り此の歌
     を作(よ)みて奏(まを)せりき。
     
4444 我が背子が屋戸なるの花咲かむ秋の夕へは我を偲はせ
4448 あぢさゐの八重咲くごとく弥(や)つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ

 あじさい→花紫陽→アジサイの花。集(あじ)真(さ)藍(あい)
4454 高山の巌(いはほ)に生ふる菅(すが)の根のねもころごろに降り置く白雪
4457 住吉の浜松が根の下延(ば)へて我が見る小野の草な刈りそね
4464 霍公鳥懸けつつ君を陰に紐解き放くる月近づきぬ
4471 消(け)残りの雪にあへ照るあしひきの山を苞(つと)に摘み来な
4476 奥山の樒(しきみ)が花の名のごとやしくしく君に恋ひ渡りなむ
4481 あしひきの八峯(やつを)の椿つらつらに見とも飽かめや植ゑてける君
4484 咲く花は移ろふ時ありあしひきの山菅(やますが)の根し長くはありけり
4495 打ち靡く春ともしるく鴬は植木の木間(こま)を鳴き渡らなむ
4496 恨めしく君はもあるか屋戸のの散り過ぐるまで見しめずありける
4497 見むと言はば否(いな)と言はめやの花散り過ぐるまて君が来まさぬ
4498 愛(は)しきよし今日の主人(あろじ)は磯の常にいまさね今も見るごと
4500 の花香をかぐはしみ遠けども心もしぬに君をしそ思ふ
4501 八千種の花は移ろふ常盤(ときは)なるのさ枝を我は結ばな
4502 の花咲き散る春の長き日を見れども飽かぬ磯にもあるかも
4508 高圓の野辺はふ葛(くず)の末つひに千代に忘れむ我が大王かも
4509 延(は)ふの絶えず偲はむ大王の見(め)しし野辺には標(しめ)結ふべしも
4511 鴛鴦(をし)の棲む君がこの山斎(しま)今日見れば馬酔木(あしび)の花も咲きにけるかも
4512 池水に影さへ見えて咲きにほふ馬酔木の花を袖(そて)に扱入(こき)れな
4513 磯影の見ゆる池水照るまでに咲ける馬酔木の散らまく惜しも
4515 秋風の末吹き靡くの花ともに挿頭(かざ)さず相か別れむ

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