万葉集(巻第十四〜巻第十五) 青空文庫 ―鹿持雅澄『萬葉集古義』による

参考図書
解説万葉集―佐野 保田朗 藤井書店
木の名の由来―深津 正・小林義雄著 日本林業技術協会
万葉集―日本古典文学全集 小学館
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巻第十四〜十五(3348〜3785)
3355 天の原富士の柴山木(こ)の暗(くれ)の時ゆつりなば逢はずかもあらむ
柴山(しばやま)→雑木林
3363 我が背子を大和へ遣りて待つ慕(した)す足柄山の杉の木の間か
3364 足柄(あしがら)の箱根の山に蒔きて実とはなれるを逢はなくもあやし
     或ル本ノ歌ノ末ノ句ニ曰ク、延ふ葛(くず)の引かり寄り来ね下なほなほに
栗(あはま)→栗
3379 我が背子をあどかも言はむ武藏野のうけらが花の時なきものを
うけらが花→おけら(山に自生するキク科の多年草)
3396 小筑波の茂き木の間よ立つ鳥の目ゆか汝を見むさ寝ざらなくに
茂き木→繁木
3410 伊香保ろの傍(そひ)の榛原ねもころに奥をな兼ねそまさかし良かば
 榛原ね(はりはらのね)→榛の木の根 1965思ふ子が衣摺らむににほひこそ島の原秋立たずとも
3412 上毛野久路保(くろほ)の嶺ろの葉がた愛(かな)しけ子らにいや離(ざか)り来も
3424 下毛野(しもつけぬ)三鴨の山の子楢(こなら)のす目妙(まぐは)し子ろは誰が笥(け)か持たむ
3432 足柄のわをかけ山の穀(かづ)の木の我(わ)を拐(かづ)さねもかづさかずとも
穀(かづ)の木→未詳
3433 薪伐(こ)る鎌倉山の木垂(こだ)る木をまつと汝が言はば恋ひつつやあらむ
3435 伊香保ろの傍(そひ)の原(はりはら)我が衣(きぬ)に着(つ)き宜(よら)しもよ絹布(たへ)と思へば
3437 陸奥の安太多良(あだたら)真弓弾(はじ)き置きて撥(せ)らしめきなば弦(つら)著(は)かめかも
3443 うらもなく我が行く道に青柳の張りて立てれば物思(も)ひ出(で)つも
3445 湊のやが中なる玉小菅刈り来(こ)我が背子床(とこ)の隔(へだ)しに
3446 妹なろが使ふ川津のささら荻葦と一如(ひとごと)語り宜(よら)しも
3448 花散らふこの向つ峰(を)の小名(をな)の峰(を)のひじにつくまて君が代もがも
3455 恋しけば来ませ我が背子垣内(かきつやぎ)末(うれ)摘み刈らし我立ち待たむ
3467 奥山の真木の板戸(いたと)をとどとして我が開かむに入り来て寝(な)さね
3474 の本さへ響(とよ)み出でて去(い)なばいづし向きてか妹が嘆かむ
3487 梓弓末にたままきかくすすそ寝なな成りにし奥を兼ぬ兼ぬ
3489 梓弓欲良(よら)の山辺の繁(しが)かくに妹ろを立ててさ寝処(ねど)払ふも
3490 梓弓末は寄り寝むまさかこそ人目を多み汝を間(はし)に置けれ
3491 こそ伐(き)れば生えすれ世の人の恋に死なむを如何にせよとそ
3492 小山田の池の堤にさす成りも成らずも汝と二人はも
3493 遅速(おそはや)も汝をこそ待ため向つ峰(を)のの小枝(こやで)の逢ひは違(たけ)はじ
     或ル本ノ歌ニ曰ク、
    遅速も君をし待たむ向つ峰の椎のさ枝の時は過ぐとも
3494 兒持山(こもちやま)若鶏冠木(わかかへるで)の黄葉(もみ)つまて寝もと我(わ)は思(も)ふ汝はあどか
若鶏冠木(わかかへるで)→楓 カエデ科の落葉高木
3495 伊香保(いはほ)ろの傍(そひ)の若限りとや君が来まさぬ心許(うらもと)無くも
3496 の古婆(こば)の放髪(はなり)が思ふなむ心愛(うつ)くしいで吾(あれ)は行かな
3497 川上の根白高草(ねじろたかがや)あやにあやにさ寝さ寝てこそ言に出にしか
根白高草(ねじろたかがや)→根茎が白く丈が高い茅
3498 海原(うなはら)の萎柔(ねやはら)子菅あまたあれば君は忘らす我忘るれや
海原(うなはら)の萎柔(ねやはら)→海岸又は湖沼近くに生える根の柔らかい小菅
3499 岡に寄せ我が刈る草(かや)のさ萎草(ねかや)のまこと柔(なご)やは寝ろと言(へ)なかも
草(かや)→萱
3504 春へ咲くの末葉(うらば)の心安(うらやす)にさ寝(ぬ)る夜そ無き子ろをし思(も)へば
3505 うちひさつ美夜能瀬川(みやのせがは)の容花(かほばな)の恋ひてか寝(ぬ)らむ昨夜(きそ)も今宵も
容花(かほばな)→特定の花を指したものではない
3508 芝付(しばつき)の御浦崎なるねつこ草あひ見ずあらば吾(あれ)恋ひめやも
ねつこ草→不詳
3509 栲衾(たくぶすま)白山(しらやま)風の寝なへども子ろが襲着(おそき)の有ろこそ善(え)きも
栲衾(たくぶすま)→楮(こうぞ)類の樹皮からとった樹皮繊維
3546 の波良(はら)ろ川門に汝を待つと清水(せみど)は汲まず立ち処(ど)平(なら)すも
3548 鳴瀬ろに木積(こつ)の寄すなすいとのきて愛(かな)しけ夫(せ)ろに人さへ寄すも
木積(こつ)→木の屑
3567 置きて行かば妹はま悲し持ちて行くの弓の弓束(ゆつか)にもがも
3570 の葉に夕霧立ちて鴨が音の寒き夕へし汝をば偲はむ
3572 あど思(も)へか阿自久麻山(あじくまやま)の弓絃葉(ゆづるは)の含(ふふ)まる時に風吹かずかも
3573  あしひきの山葛蘿(やまかづらかげ)ましはにも得がたき蘿(かげ)を置きや枯らさむ
3574 小里なる花を引き攀ぢて折らむとすれど末(うら)若みこそ
3575 美夜自(みやじ)ろの岡辺に立てる貌が花な咲き出でそね隠(こ)めて偲はむ
3576 苗代の子水葱(こなぎ)が花を衣に摺り馴るるまにまにあぜか愛(かな)しけ
3577 かなし妹をいづち行かめと山菅の背向(そがひ)に寝しく今し悔しも
巻第十五
3600 離れ磯(そ)に立てるむろの木うたがたも久しき時を過ぎにけるかも
むろの木→杜松(ねず) ヒノキ科の常緑低木
3601 しましくも独りあり得るものにあれや島のむろの木離れてあるらむ
     右の八首(やうた)は、船乗りして海つ路に入(いづ)る時よめる歌
3603 青柳の枝伐り下ろし斎種(ゆたね)蒔き忌々(ゆゆ)しく君に恋ひ渡るかも
青柳(あおやぎ)→ネコヤナギ
3621 我が命を長門の島の小松原幾代を経てか神(かむ)さびわたる
3630 真楫貫き船し行かずば見れど飽かぬ麻里布の浦に宿りせましを
3655 今よりは秋づきぬらしあしひきの山松蔭にひぐらし鳴きぬ
3656 秋萩ににほへる我が裳濡れぬとも君が御船の綱し取りてば
3677 秋の野をにほはすは咲けれども見る験(しるし)なし旅にしあれば
3679 大船に真楫(まかぢ)しじ貫き時待つと我は思へど月そ経にける
3681 帰り来て見むと思ひし我が屋戸の秋萩すすき散りにけむかも
3691 天地と 共にもがもと 思ひつつ ありけむものを
   愛(は)しけやし 家を離れて 波のうへゆ なづさひ来にて
   あら玉の 月日も来経ぬ 雁がねも 継ぎて来鳴けば
   たらちねの 母も妻らも 朝露に 裳の裾ひづち
   夕霧に 衣手濡れて 幸(さき)くしも あるらむごとく
   出で見つつ 待つらむものを 世の中の 人の嘆きは
   相思はぬ 君にあれやも 秋萩の 散らへる野辺の
   初尾花 仮廬(かりほ)に葺きて 雲離(ばな)れ 遠き国辺の
   露霜の 寒き山辺に 宿りせるらむ
3693 もみち葉の散りなむ山に宿りぬる君を待つらむ人し悲しも
     右の三首は、葛井連子老(ふぢゐのむらじこおゆ)がよめる挽歌。
3700 あしひきの山下光るもみち葉の散りのまがひは今日にもあるかも
3701 竹敷の黄葉(もみち)を見れば我妹子が待たむと言ひし時そ来にける
3702 竹敷の浦廻の黄葉われ行きて帰り来るまて散りこすなゆめ
3703 竹敷の上方山(うへかたやま)は紅の八しほの色になりにけるかも
紅の八しほの色→紅はキク科の多年草→ベニバナ またはその花で染めたえんじ色をいう
3704 もみち葉の散らふ山辺ゆ榜ぐ船のにほひに愛でて出でて来にけり
3707 秋山の黄葉を挿頭(かざ)し我が居れば浦潮満ち来(く)いまだ飽かなくに
3713 もみち葉は今はうつろふ我妹子が待たむと言ひし時の経ゆけば
3716 天雲のたゆたひ来れば九月(ながつき)の黄葉の山もうつろひにけり
3747 我が屋戸のの葉見つつ吾(あれ)待たむ早帰りませ恋ひ死なぬとに

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