万葉集(巻第十) 青空文庫 ―鹿持雅澄『萬葉集古義』による            

参考図書
解説万葉集―佐野 保田朗 藤井書店
木の名の由来―深津 正・小林義雄著 日本林業技術協会
万葉集―日本古典文学全集 小学館
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巻第十(1812〜2350)
1814  古(いにしへ)の人の植ゑけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし

杉→そのものズバリ「杉」
1815  子らが手を巻向山に春されば木の葉しぬぎて霞たなびく
1819  打ち靡く春立ちぬらし我が門の柳の末(うれ)に鴬鳴きつ
1820  梅の花咲ける岡辺に家居(を)れば乏(とも)しくもあらぬ鴬の声
1821  春霞流るるなべに青柳の枝くひ持ちて鴬鳴くも
1829  梓弓春山近く家居(を)らし継ぎて聞くらむ鴬の声
1830  打ち靡く春さり来れば小竹(しぬ)の群(め)に尾羽(をは)打ち触りて鴬鳴くも
1833  梅の花降り覆ふ雪を包み持ち君に見せむと取れば消(け)につつ
1834  梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭に降りしきりつつ
1840  梅が枝に鳴きて移ろふ鴬の羽白妙に沫雪ぞ降る
1841  山高(だか)み降り来る雪を梅の花散りかも来ると思ひつるかも
1846  霜枯れし冬のは宮人のかづらにすべく萌えにけるかも
1847  浅緑染め懸けたりと見るまでに春のは萌えにけるかも
1848  山の際に雪は降りつつしかすがにこの川楊(かはやぎ)は萌えにけるかも
1849  山の際の雪は消ざるを激(たぎ)ちあふ川のは萌えにけるかも
1850  朝な朝(さ)な吾(あ)が見る鴬の来居て鳴くべく森に早なれ
1851  青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも
1852  百敷の大宮人のかづらける垂(しだりやなぎ)は見れど飽かぬかも
1853  梅の花取り持ち見れば我が屋戸の柳の眉(まよ)し思ほゆるかも
1854 鴬の木伝(こづた)ふのうつろへば桜の花の時かたまけぬ
1855 桜花時は過ぎねど見る人の恋の盛りと今し散るらむ
1856 吾(あ)が挿せるの糸を吹き乱る風にか妹が梅の散るらむ
1857 毎年(としのは)には咲けども空蝉の世の人吾(あれ)し春なかりけり
1858 うつたへに鳥は食(は)まねど縄(しめ)延へて守(も)らまく欲しきの花かも
1859 おしなべて高き山辺を白妙ににほはせたるは桜花かも
1860 花咲きて実はならねども長き日(け)に思ほゆるかも山吹の花
1862 雪見ればいまだ冬なりしかすがに春霞立ちは散りつつ
1863 去年(こぞ)咲きし馬酔木(あしび)今咲くいたづらに土にや散らむ見る人なしに
去年(こぞ)咲きし久木(ひさぎ)今咲くいたずらに地(つち)にか落ちむ見る人なしに   日本古典文学全集、小学館

 馬酔木(あしび)→アセビ(馬酔木)ツツジ科の低木、「馬が喰えば中毒し、鹿が喰えば角を落とす」と言われる
   久木(ひさぎ)→未詳。きささげ(ノウゼンカズラ科の落葉高木、あかめがしわ(トウダイグサ科)の説あり。
1864 あしひきの山間(やまかひ)照らす桜花この春雨に散りにけるかも
1865 打ち靡く春さり来らし山の際の遠き木末(こぬれ)の咲きゆく見れば
1866 雉(きぎし)鳴く高圓(たかまと)の辺(べ)に桜花散りて流らふ見む人もがも
1867 阿保山の桜の花は今日もかも散り乱るらむ見る人なしに
1868 かはづ鳴く吉野の川の滝(たぎ)の上(へ)の馬酔木の花は土に置くなゆめ
1869 春雨に争ひかねて我が屋戸の桜の花は咲きそめにけり
1870 春雨はいたくな降りそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも
1871 春されば散らまく惜しき桜花しましは咲かず含(ふふ)みてもがも
1872 見渡せば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも
1873 いつしかもこの夜の明けむ鴬の木伝ひ散らす梅の花見む
1875  春されば木隠(こがく)れ多き夕月夜おほつかなしも山陰にして
1876  朝霞春日の暮れば木の間より移ろふ月をいつとか待たむ
1883  百敷の大宮人は暇(いとま)あれやを挿頭してここに集(つど)へる
1887 春日なる三笠の山に月も出でぬかも佐紀山に咲ける桜の花の見ゆべく 旋頭歌
1889  我が屋戸の毛桃の下に月夜さし下悩ましもうたてこの頃

 毛桃(けもも)→バラ科サクラ属落葉樹→1358
1893  出でて見る向ひの岡に本繁く咲ける毛桃のならずはやまじ
1895  春さればまづ三枝(さきくさ)の幸(さき)くあらば後にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも)
1896  春されば垂(しだ)るのとををにも妹に心に乗りにけるかも
1899 春されば卯の花くたし吾(あ)が越えし妹が垣間(かきま)は荒れにけるかも
1900 梅の花咲き散る園に吾(あれ)行かむ君が使を片待ちがてり
1901 藤波の咲ける春野に延ふ葛(くず)の下よし恋ひば久しくもあらむ
1903 我が背子に吾(あ)が恋ふらくは奥山の馬酔木の花の今盛りなり
1904 梅の花しだり柳に折りまじへ花に手向けば君に逢はむかも
1906 梅の花吾(あれ)は散らさじ青丹よし奈良なる人の来つつ見るがね
1907 ことならばいかで植ゑけむ山吹のやむ時もなく恋ふらく思(も)へば
1918  梅の花散らす春雨しきて降る旅にや君が廬りせるらむ
1922  梅の花咲きて散りなば我妹子を来むか来じかと吾(あ)が松の木ぞ
1923  白真弓今春山にゆく雲の行きや別れむ恋しきものを
1924  大夫(ますらを)の伏し居嘆きて作りたる垂柳(しだりやなぎ)そ蘰(かづら)け我妹(わぎも)
1926  春山の馬酔木の花の悪しからぬ君にはしゑや寄せぬともよし
1927  石上(いそのかみ)布留(ふる)の神杉(かむすぎ)神さびて吾(あれ)やさらさら恋にあひにける
1928  狭野方(さぬかた)は実にならずとも花のみも咲きて見えこそ恋のなぐさに
1929  狭野方は実になりにしを今更に春雨降りて花咲かめやも
1930  梓弓引津の辺(べ)なる名告藻(なのりそ)が花咲くまでに逢はぬ君かも
1931  川上(かはかみ)のいつ藻の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめやも
1934  相思はぬ妹をやもとな菅の根の長き春日を思ひ暮らさむ
1937  大夫(ますらを)の 出で立ち向ふ 故郷の 神奈備山に
   明けくれば 柘(つみ)のさ枝に  夕されば 小松が末(うれ)に
   里人の 聞き恋ふるまで 山彦の 相響(とよ)むまで
   霍公鳥(ほととぎす) 妻恋(つまこひ)すらし さ夜中に鳴く
1942  霍公鳥鳴く声聞くや卯の花の咲き散る岡に葛引く乙女
1945  朝霞八重山越えて霍公鳥卯の花辺(はなへ)から鳴きて越ゆなり
1946  木高くはかつて木植ゑじ霍公鳥来鳴き響めて恋まさらしむ
1948  木の暗(くれ)の暗闇なるに霍公鳥いづくを家と鳴き渡るらむ
1950  霍公鳥花橘の枝に居て鳴き響もせば花は散りつつ
1953  五月山卯の花月夜霍公鳥聞けども飽かずまた鳴かぬかも
1954  霍公鳥来居も鳴かぬか我が屋戸の花橘の土に散るも見む
1955  霍公鳥いとふ時なし菖蒲草かづらにせむ日こよ鳴き渡れ
1957  卯の花の散らまく惜しみ霍公鳥野に出山に入(り)来鳴き響もす
1958  の林を植ゑむ霍公鳥常に冬まで住みわたるがね
1963  かくばかり雨の降らくに霍公鳥卯の花山になほか鳴くらむ
1965  思ふ子が衣摺らむににほひこそ島の原秋立たずとも
→榛の木(ハンノキ) カバノキ科の落葉高木
花を詠める
1966 風に散る花橘を袖に受けて君がみ為と偲ひつるかも
1967 かぐはしき花橘を玉に貫きおこせむ妹は贏(みつ)れてもあるか
1968 霍公鳥来鳴き響もすの花散る庭を見む人や誰
1969 我が屋戸の花橘は散りにけり悔しき時に逢へる君かも
1970 見渡せば向ひの野辺の撫子の散らまく惜しも雨な降りそね
1971 雨間(あまま)明けて国見もせむを故郷の花橘は散りにけむかも
1972 野辺見れば撫子の花咲きにけり吾(あ)が待つ秋は近づくらしも
1973 我妹子に楝(あふち)の花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも
1974 春日野のは散りにき何をかも御狩の人の折りて挿頭(かざ)さむ
1975 時ならず玉をぞ貫ける卯の花の五月を待たば久しかるべみ
1976 卯の花の咲き散る岡よ霍公鳥鳴きてさ渡る君は聞きつや
1978 橘の花散る里に通ひなば山霍公鳥響もさむかも
1980 五月山花橘に霍公鳥隠らふ時に逢へる君かも
花に寄す
1987 1987 片縒(かたより)に糸をぞ吾(あ)が縒る我が背子が花橘を貫かむと思(も)ひて
1988 鴬の通ふ垣根の卯の花の憂きことあれや君が来まさぬ
1989 卯の花の咲くとはなしにある人に恋ひやわたらむ片思(かたもひ)にして
1990 吾(あれ)こそは憎くもあらめ我が屋戸の花橘を見には来じとや
1991 霍公鳥来鳴き響もす岡辺なる藤波見には君は来じとや
1992 隠(こも)りのみ恋ふれば苦し撫子の花に咲き出よ朝な朝(さ)な見む
1993 よそのみに見つつを恋ひむ紅の末摘花(うれつむはな)の色に出でずとも
2051 天の原さしてや射ると白真弓引きて隠せる月人壮士
花を詠める
2094  さ牡鹿の心相思ふ秋萩のしぐれの降るに散らくし惜しも
2095  夕されば野辺の秋萩うら若み露に枯れつつ秋待ち難し
2096  真葛原靡く秋風吹くごとに阿太(あだ)の大野のが花散る
2097  雁がねの来鳴かむ日まで見つつあらむこの原に雨な降りそね
2098  奥山に棲むちふ鹿の宵さらず妻問ふの散らまく惜しも
2099  白露の置かまく惜しみ秋萩を折りのみ折らむ置きや枯らさむ
2100  秋田刈る借廬(かりほ)の宿りにほふまで咲ける秋萩見れど飽かぬかも
2101  吾(あ)が衣摺(す)れるにはあらず高圓(たかまと)の野辺行きしかばの摺れるそ
2102  この夕へ秋風吹きぬ白露に争ふの明日咲かむ見む
2103  秋風は涼しくなりぬ馬並(な)めていざ野に行かなが花見に
2104  朝顔は朝露負ひて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけれ
2105  春されば霞隠(がく)りて見えざりし秋萩咲けり折りて挿頭さむ
2106  沙額田(さぬかた)の野辺の秋萩時しあれば今盛りなり折りて挿頭さむ
2107  ことさらに衣は摺らじをみなへし佐紀野のににほひて居らむ
2108  秋風は速く吹き来ぬが花散らまく惜しみ競ひ立ち見む
2109  我が屋戸のの末(うれ)長し秋風の吹きなむ時に咲かむと思ひて
2110  人皆はを秋と言ふよし吾(あれ)は尾花が末を秋とは言はむ
2111  玉づさの君が使の手折りけるこの秋萩は見れど飽かぬかも
2112  我が屋戸に咲ける秋萩常しあらば吾(あ)が待つ人に見せましものを
2113  手もすまに植ゑしもしるく出で見れば屋戸の早萩(わさはぎ)咲きにけるかも
2114  我が屋戸に植ゑ生(お)ほしたる秋萩を誰か標(しめ)さす吾(あれ)に知らえず
2115  手に取れば袖さへにほふをみなへしこの白露に散らまく惜しも
2116  白露に争ひかねて咲ける散らば惜しけむ雨な降りそね
2117  乙女らに行相(ゆきあひ)の早稲(わせ)を刈る時になりにけらしもが花咲く
2118  朝霧の棚引く小野のが花今か散るらむいまだ飽かなくに
2119  恋しくは形見にせよと我が背子が植ゑし秋萩花咲きにけり
2120  秋萩に恋尽くさじと思へどもしゑや惜(あたら)しまた逢はめやも
2121  秋風は日に異(け)に吹きぬ高圓の野辺の秋萩散らまく惜しも
2122  大夫の心は無しに秋萩の恋にのみやもなづみてありなむ
2123  吾(あ)が待ちし秋は来たりぬ然れどもが花そもいまだ咲かずける
2124  見まく欲り吾(あ)が待ち恋ひし秋萩は枝もしみみに花咲きにけり
2125  春日野のし散りなば朝東風(あさごち)の風にたぐひてここに散り来(こ)ね
2126  秋萩は雁に逢はじと言へればか声を聞きては花に散りぬる
2127  秋さらば妹に見せむと植ゑし露霜負ひて散りにけるかも
鹿鳴(しか)を詠める
2143  君に恋ひうらぶれ居れば敷(しき)の野の秋萩しぬぎさ牡鹿鳴くも
2144  雁は来ぬは散りぬとさ牡鹿の鳴くなる声もうらぶれにけり
2145  秋萩の恋も尽きねばさ牡鹿の声い継ぎい継ぎ恋こそまされ
2150  秋萩の散りぬるを見ていふかしみ妻恋すらしさ牡鹿鳴くも
2152  秋萩の散りて過ぎなばさ牡鹿は侘び鳴きせむな見ねば乏しみ
2153  秋萩の咲きたる野辺はさ牡鹿ぞ露を分けつつ妻問しける
2154  など鹿の侘び鳴きすなるけだしくも秋野のや繁く散るらむ
2155  秋萩の咲きたる野辺にさ牡鹿は散らまく惜しみ鳴きぬるものを
露を詠める
2168  秋萩に置ける白露朝な朝(さ)な玉とぞ見ゆる置ける白露
2170  秋萩の枝もとををに露霜置き寒くも時はなりにけるかも
2171  白露と秋のとは恋ひ乱り別(わ)くことかたき吾(あ)が心かも
2173  白露を取らば消(け)ぬべしいざ子ども露に競(きほ)ひての遊びせむ
2175  この頃の秋風寒しが花散らす白露置きにけらしも
黄葉(もみち)を詠める
2182  このごろの暁露(あかときつゆ)に我が屋戸のの下葉は色づきにけり
2183  雁がねは今は来鳴きぬ吾(あ)が待ちし黄葉早継げ待たば苦しも
2184  秋山をゆめ人懸くな忘れにしそのもみち葉の思ほゆらくに
2185  大坂を吾(あ)が越え来れば二上にもみち葉流る時雨降りつつ
2187  妹が袖巻向山の朝露ににほふ黄葉の散らまく惜しも
2188  もみち葉のにほひは繁し然れども妻梨の木を手折り挿頭さむ
2189  露霜の寒き夕への秋風にもみちにけりも妻梨の木
2190  我が門の浅茅色づく吉隠(よなばり)の浪柴(なみしば)の野の黄葉散るらし
2193  秋風の日に異(け)に吹けば水茎の岡の木の葉も色づきにけり
2196  しぐれの雨間なくし降れば真木の葉も争ひかねて色づきにけり
2198  風吹けば黄葉散りつつすくなくも君松原の清からなくに
2200  九月の白露負ひてあしひきの山のもみちむ見まくしもよけむ
2202  黄葉する時になるらし月内(つきぬち)のの枝の色づく見れば
2204  秋風の日に異に吹けば露しげみが下葉は色づきにけり
2205  秋萩の下葉もみちぬ荒玉の月の経ぬれば風をいたみかも
2209  秋萩の下葉の黄葉花に継ぎ時過ぎゆかば後恋ひむかも
2213  この頃の暁露に我が屋戸の秋の萩原色づきにけり
2215  さ夜更けて時雨な降りそ秋萩の本葉の黄葉散らまく惜しも
2216  故郷の初もみち葉を手折り持ちて今日そ吾(あ)が来し見ぬ人のため
2217  君が家のもみち葉早く散りにしは時雨の雨に濡れにけらしも
月を詠める
2225  我が背子が挿頭のに置く露をさやかに見よと月は照るらし
2228  が花咲きのををりを見よとかも月夜の清き恋まさらくに
風を詠める
2231  の花咲きたる野辺にひぐらしの鳴くなるなべに秋の風吹く
2232  秋山の木の葉もいまだもみちねば今朝吹く風は霜も置きぬべく
雨を詠める
2237  もみち葉を散らす時雨の降るなべに衾(ふすま)も寒し独りし寝(ぬ)れば
秋の相聞(したしみうた)
2243  秋山に霜降り覆ひ木の葉散り年は行くとも吾(あれ)忘れめや
2251  を守部の里の門田早稲刈る時過ぎぬ来じとすらしも
2252  秋萩の咲き散る野辺の夕露に濡れつつ来ませ夜は更けぬとも
2254  秋萩の上に置きたる白露の消(け)かもしなまし恋ひつつあらずは
2255  我が屋戸の秋萩の上(へ)に置く露のいちしろくしも吾(あれ)恋ひめやも
2258  秋萩の枝もとををに置く露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
2559  秋萩の上に白露置くごとに見つつぞ偲ふ君が姿を
2262  秋萩を散らす長雨(ながめ)の降る頃は独り起き居て恋ふる夜ぞ多き
花に寄す
2273  何すとか君をいとはむ秋萩のその初花の嬉しきものを
2276  雁がねの初声聞きて咲き出たる屋戸の秋萩見に来(こ)我が背子
2280  が花咲けるを見れば君に逢はずまことも久になりにけるかも
2284  いささめに今も見が欲し秋萩のしなひてあらむ妹が姿を
2285  秋萩の花野のすすき穂には出でず吾(あ)が恋ひ渡る隠(こも)り妻はも
2286  我が屋戸に咲きし秋萩散り過ぎて実になるまでに君に逢はぬかも
2287  我が屋戸の咲きにけり散らぬ間に早来て見ませ奈良の里人
2289  藤原の古りにし里の秋萩は咲きて散りにき君待ちかねて
2290  秋萩を散り過ぎぬべみ手折り持ち見れども寂(さぶ)し君にしあらねば
山に寄す
2293  咲きぬとも知らずしあらば黙(もだ)もあらむこの秋萩を見せつつもとな
2295  我が屋戸の葛葉(くずば)日に異に色づきぬ来まさぬ君は何心ぞも
2296  あしひきの山さな葛(かづら)もみつまで妹に逢はずや吾(あ)が恋ひ居らむ
2297  もみち葉の過ぎかてぬ子を人妻と見つつやあらむ恋しきものを
問答(とひこたへのうた)
2307  もみち葉に置く白露の色にはも出でじと思(も)ふに言の繁けく
譬喩歌(たとへうた)
2309  祝部(はふり)らが斎(いは)ふ社のもみち葉も標縄(しめなは)越えて散るちふものを
冬の雑歌(くさぐさのうた)
2313  あしひきの山かも高き巻向の崖の小松にみ雪降りけり
2314  巻向の桧原もいまだ雲居ねば小松が末(うれ)ゆ沫雪流る
2315  あしひきの山道(やまぢ)も知らず白橿(しらかし)の枝もとををに雪の降れれば
花を詠める
2325  誰が園のの花そも久かたの清き月夜にここだ散りくる
2326  の花まづ咲く枝を手折りてば苞(つと)と名付けてよそへてむかも
2327  誰が園のにかありけむここだくも咲きにけるかも見が欲るまでに
2328  来て見べき人もあらなくに我家(わぎへ)なるの初花散りぬともよし
2329  雪寒み咲きには咲かずの花よしこの頃はさてもあるがね
2330  妹がため末枝(ほつえ)のを手折るとは下枝(しづえ)の露に濡れにけるかも
2331  八田(やた)の野の浅茅色づく有乳山(あらちやま)峰の沫雪寒く降るらし
2335  咲き出たるの下枝に置く露の消ぬべく妹に恋ふるこの頃
2349  我が屋戸に咲きたるを月夜よみ宵々見せむ君をこそ待て

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