一般に、荒地や砂漠などといった地面がむき出しになっている場所は、昼夜の寒暖の差が激しい。
岩や砂は熱しやすく冷めやすいという性質を持っているからだ。
逆に森林や海といった環境では、昼夜といった短いサイクルでの気温の変化は比較的小さい。
こちらは熱せられにくく冷めにくいという性質がある。
市街地で生活しているときはそんなこと考えたことも無かったのに、森で寝起きをするようになると時々それを実感するようになる。
盛夏の、一日のうちで最も暑い昼下がりでもさわやかに過ごすことができるのは、やはり緑の屋根――林冠のおかげなのだろう。
「ああやって木々の葉が太陽の光を積極的に吸収してくれるから、というのもあるんだよ。」
いつものように野歩きをしながら、セイイチロウはそんな話をしてくれた。
しかしそんな森にも、やはり季節の移ろいには敏感であった。
立秋が過ぎると暑さも峠を越え、日が沈むとセミの代わりにコオロギの音が耳に届くようになった。
それに混じって遠く低く聞こえてくるのは、フクロウの声だろうか。
相変わらずミコには鳴き声だけで種類を判別することはできないけれど。
しかしそんな具合に、夜になればひっそりと歩み寄ってくる秋の気配を感じるようになりつつも、それでもまだまだ昼間は暑い。
日なたにいると目が痛い、と感じるので、ついつい日かげに逃げ込んでしまう。
「でもこれだけ暑いと、日陰でも十分せんたく物が乾いちゃうから、それは助かるんだけどねー。」
干し終わったせんたく物を、腰に手を当ててしげしげとみつめながら、ミコはそうひとりごちた。
今日はがんばって、敷布を洗った。
自分のと、パパのと、それから兄ちゃんのと。
大物を洗うとなると、いつものたらいでは間に合わなくて。
ミコは、タケノスケが寝台代わりに使っているあのたらいを持ち出してきていた。
というか、この特大たらいはもともとこういう用途のためのものだったらしい。そうとしか思えない。
「どうせ兄ちゃんは、来てもまた床の上で寝ちゃうんだろうし」という決め付けも無かったとは……いえない。
ともかく、苦労してたらいを水場までかつぎ出して、せんたくを敢行したというわけだ。
水場は、家の裏手にある。
井戸ではなく、小川が流れているのだ。
木もれ日にきらきらと水面が輝いてせせらぎが心地いい、まるで絵に描いたような小川なのだが。
川はばが、ミコでさえひとまたぎできる程度しかない。
雪解けの季節を思わせるような豊かな水量が救いだ。
雨季に森がたくわえた水なのだろう。
飲用や炊事や掃除などに使うのであれば、これで十分まかなえるし、バケツにくんで家まで運んでいけばいいのだが。
せんたくの場合はそうはいかない。
手おけですくってはたらいへ移すという、根気の要る作業が前提になってくる。
樋(とい)を作って清水を引き、ためられる場所を作ろうか、という案も以前出たのだが。
残念ながらセイイチロウは、日曜大工はからきしダメなのである。
タケノスケに相談したこともあったが、なんだかんだで後回しになり、加えてここしばらくは“あんな具合”なので、結局今なお手付かずのままになっていた。
だから、敷布を洗うときはまとめて、だ。
大仕事を終えて、ミコはすがすがしい気分であった。
ひたいの汗をぬぐう。
この前町に出たとき、スイカを一つ持って帰ってきた。
本当は大きいのがよかったんだけど、いろいろあって小ぶりのものにせざるをえなかった。
(でも叩いたらとてもいい音がしていたので、多分大丈夫だろう。)
それを、小川につけてある。
大きめの石を五つばかり拾ってきて、流されて転がっていかないように柵(さく)のように並べてある。
上には濡(ぬ)れた布巾(ふきん)をのせた。
いつ切ろうかな、おやつにしようか、それとも晩ごはんの後がいいか……なんて楽しい悩みに心おどらせながら。
ふと、自分の汗臭さが気になった。
何しろ、こういう水事情である。
先の住人が残していった簡素な浴そう(それでも立派な五右衛門風呂だ!)があるにはあるが……さすがに毎日は湯につかれない。
髪を洗うのがせいぜいだ。
野歩きに出たときなどは、それこそ水を溜めたり沸かしたりしている時間が無いので、固くしぼった手ぬぐいで体をふいて済ますことのほうが多い。
だが。
パパは昨日から書斎にこもっている。
中間報告の締め切りが迫っていて、何としても仕上げて次に町に出るときに郵送しなければならないとかで、最後の追い込みに入っているのだという。
目の前には、敷布を洗った特大のたらいが、ぬれたまままだ片付けずに残っている。
日はまだ高く、セミの大合唱が耳に痛いくらいで。
ちなみにタローはというと、家の北側、壁の下に穴を掘ってもぐりこみ、午睡の真っ最中だったりする。
「……大丈夫だよね。……よし。」
誰もいないはずなのにきょろきょろと周囲を見渡してから、ミコは勢いをつけるかのように、ひとり大きくうなずいたのだった。