地図-日本・琵琶湖
(Map of Lake Biwa, Shiga -Japan-)

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 ■琵琶湖(Lake Biwa)

 琵琶湖(びわこ、Lake Biwa)は、滋賀県中央部に在る断層湖。面積670.5㎢で、日本第1。湖面標高85m。最大深度104m。風光明媚。湖名は湖の形が楽器の琵琶に似ているから。受水区域が広く、上水道/灌漑/交通/発電/水産などに利用価値大。湖中に沖島/竹生島/多景島/沖の白石などの島が在る。1964年に湖南部を横断する琵琶湖大橋(1350m)が開通。しかし近年は生活排水/工場廃水に因る水質汚染が問題と成っている。近淡海(ちかつあわうみ)。近江の海。鳰(にお)の海。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

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琵琶湖広域琵琶湖北部琵琶湖南部余呉湖信楽(紫香楽)

 ▼琵琶湖の広域地図




 琵琶湖名物と言えば鮒鮨(ふなずし)が在ります。

 ・鮒鮨/鮒鮓(ふなずし)は、馴鮨(なれずし)の一種。ニゴロブナの鱗/鰓(えら)/臓物を取り去って塩漬にしたものを、飯と交互に重ねて漬け込み自然発酵させたもの。酸味と臭味が強い近江の名産。季語は夏。

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 ■琵琶湖北部(North part of Lake Biwa)

 ・竹生島(ちくぶしま)は、[1].琵琶湖の北部に在る島。周囲2km。樹木が繁茂し、風光絶佳。都久夫須麻神社や宝厳寺が在る。
 [2].能の一。神物。竹生島の弁才天の神徳を説き、竜神が珠玉を勅使(ちょくし)に奉ることなどを描く。
 [3].[2]に取材した邦楽曲の曲名。一中/長唄/常磐津/地歌/山田流箏曲など。長唄は本名題「今様竹生島」。

 ▼琵琶湖北部の地図



 ・伊吹山(いぶきやま)は、滋賀/岐阜両県の境に在る山。標高1377m。山中薬草に富む。石灰岩の採取地艾(もぐさ)(←ヨモギ(蓬/艾)の異称)の産地。伝説に拠ると、日本武尊は近江伊吹山の神を討とうとしたが病を得、伊勢の能褒野(のぼの)で没したと言う。
 ・比良山(ひらさん)/比良山地(ひらさんち)は、滋賀県西部、琵琶湖西岸沿いに北東から南西へ連なる地塁山地。高所が2つ在り、北の武奈ヶ岳標高1214m、南の蓬莱山1174m。その雪景は「比良の暮雪」と称し、近江八景の一。麓には比良明神と言われた白鬚神社(祭神:猿田彦、滋賀県高島町)が在る。
 ・長浜(ながはま)は、滋賀県北東部、琵琶湖の北東岸に在る市。羽柴秀吉の城下町として建設。近世には港町。又、浜縮緬近江蚊帳が有名であった。人口5万6千。
 ・米原(まいばら/まいはら)は、滋賀県坂田郡の町。琵琶湖東岸に臨み、中世には湖港朝妻/筑摩が栄え、今は鉄道/国道/高速道路の分岐点として交通の要衝
 ・彦根(ひこね)は、滋賀県東部、琵琶湖の東岸中央部に在る市。元、井伊氏35万石の城下町で、国宝の天守閣を現存。人口10万3千。

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 ■琵琶湖南部(South part of Lake Biwa)

 ・雄琴温泉(おごとおんせん)は、滋賀県大津市北西部の琵琶湖畔に在る温泉。放射能泉。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>
 補足すると、雄琴港から琵琶湖汽船(竹生島行き、周遊)が出て居ます。
 ・近江八景(おうみはっけい)は、琵琶湖の南部に在る8勝景。中国の瀟湘(しょうしょう)八景に擬して定めた。比良の暮雪、矢橋(やばせ)の帰帆、石山の秋月、瀬田の夕照、三井(みい)の晩鐘、堅田の落雁、粟津の晴嵐、唐崎の夜雨。

 ▼琵琶湖南部の地図



 ・近江八幡(おうみはちまん)は、滋賀県中部、琵琶湖に臨む市。豊臣秀次の城下町として建設。後、近江商人を中心とする商業都市へ発展。蚊帳/畳表などの産地として知られた。比牟礼八幡宮/長命寺/八幡城跡などが在る。人口6万6千。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
 ・草津(くさつ)は、この場合、滋賀県南部の市。東海道/中山道の分岐点で宿場町として発達。東海道五十三次の一。現在も草津線が出て関西本線と結ぶなど、鉄道/道路交通の要地。人口10万1千。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
 ・比叡山(ひえいざん)は、京都市北東方、京都府と滋賀県の境に聳える山。古来、王城鎮護の霊山 -風水及び京都御所の鬼門封じ- として有名。山嶺に2高所が在り、東を大比叡、又は大岳(848m)、西を四明岳(839m)と言う。東の中腹に天台宗の総本山延暦寺が在る。叡山。天台山。台岳。北嶺。台嶺。滋賀県からは坂本から登る。
 ・坂本(さかもと)は、滋賀県比叡山の東麓の地名(現、大津市の一部)。延暦寺の門前町日吉神社西教寺坂本城址などが在る。
 ・大津(おおつ)は、この場合、滋賀県の市。県庁所在地。琵琶湖の南西岸に位し、古くから湖上交通東海道/東山道/北陸道の要地。人口27万8千。延暦寺日吉神社園城寺(三井寺)石山寺義仲寺浮御堂雄琴温泉琵琶湖大橋など、史跡/名勝/文化財/観光地が豊富。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
  ・琵琶湖疏水(びわこそすい)は、大津と京都間を結ぶ運河。琵琶湖の水を京都に引き、上水道/灌漑/発電/舟運に利用。1881年(明治14)田辺朔郎の計画に依り着工。1890年大津市~京都市蹴上間8.7kmの第1疏水が完成1891年日本最初の水力発電所が、1912年(大正1)には第2疏水が完成した。蹴上から鴨川運河(1895年完成)迄は、舟をインクラインで運搬。琵琶湖疎水。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>
  ・インクライン(inclined plane)とは、傾斜面にレールを敷き、動力に依って台車を走らせ、貨物や船を昇降させる一種のケーブルカー。日本では琵琶湖疏水の京都市蹴上に在ったものが有名。

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 ■余呉湖(Lake Yogo)

 余呉湖(よごこ)は、滋賀県北部、伊香郡余呉町に在る陥没湖。湖面標高132m。最大深度13m。面積1.8㎢。余呉川に依って琵琶湖に注ぐ。羽衣伝説が在る。余呉の海。

 ▼余呉湖の地図


 ・賤ヶ岳(しずがたけ)は、滋賀県北部、琵琶湖北端部の余呉湖南東岸に在る山。標高422m。
  ・賤ヶ岳の戦(しずがたけのたたかい)とは、1583年(天正11)賤ヶ岳で、羽柴(豊臣)秀吉が柴田勝家/佐久間盛政を破った戦い。

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 ■信楽/紫香楽(Shigaraki)

 信楽(しがらき)は、[1].滋賀県甲賀郡の南西部の町。
 [2].信楽焼の略。

 ・信楽焼(しがらきやき)は、信楽地方(滋賀県甲賀郡信楽町)から産出する陶器。鎌倉時代に常滑焼の影響のもとに開窯し、農具や雑器を製出。室町時代に及んで茶器を焼いて有名と成るが、今は再び雑器を造る。信楽焼の狸幕末の頃から造られ、今では信楽焼の代名詞に。

 ・紫香楽宮/信楽宮(しがらきのみや)とは、聖武天皇の離宮742年(天平14)造営745年1~5月であった。その跡は、今の滋賀県甲賀郡信楽町黄瀬(きのせ)、又は宮町付近とされる。甲賀宮。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
  ・聖武天皇(しょうむてんのう)は、奈良中期の天皇(701~756、在位724~749)。文武天皇の第1皇子。名は首(おびと)。光明皇后と共に仏教を信じ、全国に国分寺国分尼寺、奈良に東大寺を建て、大仏を安置した。
 補足すると、聖武天皇の第2皇女が孝謙天皇(後に重祚して称徳天皇)です。
  ・恭仁京(くにきょう/くにのみやこ)は、740年(天平12)~744年迄、聖武天皇が滞在した都。今の京都府相楽(そうらく)郡加茂町/木津町/山城町一帯の木津川沿いの小盆地に位置し、東北端(加茂町)に恭仁宮が在った。正式の名称は大養徳恭仁大宮(おおやまとくにのおおみや)。

                            近江鉄道本線
 ▼信楽(紫香楽)の地図                   ↑

   ↓
                        伊賀

 ・信楽高原鐵道(しがらきこうげんてつどう)は、草津線の貴生川駅から出ている三セク線(=第三セクター線)で終点は信楽駅です。貴生川駅からは他に近江鉄道本線も出て居ます。因みに近江鉄道の経営主体は所沢の西武鉄道で、政商・堤康次郎は近江商人なのです。
  ・第三セクター(だいさん―、the third sector, quasi-public corporation)とは、国や地方公共団体と民間企業との共同出資で設立される官民共同事業体。主として国や地方公共団体が行うべき事業(公共セクター:「第一」)に、民間部門(民間セクター:「第二」)の資金や経営力などを導入して官民共同で行う所から「第三」を冠して呼ぶ。

 ●甲賀[町](Kouka [cho])

 甲賀[町](こうか[ちょう])は、滋賀県南東端、野洲川支流の杣川(そまがわ)上流域を占める町。人口1万2千。面積71.6k㎡。南は鈴鹿山脈を境に三重県阿山郡阿山町、伊賀町と鈴鹿郡関町に接して居る。甲賀忍者近江売薬の本拠地。中心の大原市場は製薬工場が多い。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>

 ・甲賀者(こうがもの)とは、江戸幕府に仕えて鉄砲同心を勤めた甲賀の地侍出身者。隠密に秀でたと言われ、伊賀者と並称甲賀衆

 忍者発祥地の伊賀・甲賀は現在それぞれ三重県と滋賀県に分かれて居ますが、両地点は非常に近く(←直線距離で僅か17km)、昔から互いに行き来が有りました。伊賀と甲賀の関係については、関連リンクのページを参照して下さい。

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●関連リンク
参照ページ(Reference-Page):伊賀の里(直線距離で僅か17km)▼
地図-日本・伊賀と甲賀(Map of Iga and Kouga, Mie and Shiga -Japan-)


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