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>>  スターダスト・シャワー

 

 プロローグ

就職活動もようやく終わり、後は卒論を残すだけとなった大学生にとって、11月は以外に気楽なシーズンである。何しろ、後期試験前の2週間を除けばあとの時間は使いたい放題なのだ。そして、自由気ままに遊べる時間はもうあとわずかしかない。大学四年生の冴草弘希にとっても、それは例外ではなかった。といっても、無類の機械好きで高校時代から異常な科学力を持った彼のことである。さまざまな実験をできる研究室と、その成果を存分に発揮できる機械工学部を自由に行き来できるチャンスの見逃すはずがない。かくして、彼の卒論は日を追うごとに異様さを増していくのだった。
弘希が高校時代の後輩の岬野つばさから電話をもらったのは、そんな11月のある日だった。
「え、しし座流星群?」
"ええ、そうです。何でも、今年は三年前と同程度の出現数が見込めるとか"
弘希は考え込んだ。彼は三年前にも旧友の誘いでこの流星群を見ている。そのときは、日本を含む東アジアで大出現、と予想されていたのだが、ふたを開けてみれば予想は大はずれ、例年と大差ない出現数に終わったのだ。もっとも、弘希にとってそれは決してがっかりするような体験ではなかった。富士山の新五号目の降るような星空の中で数多くの人たちと一緒に見たそれは、今でもしっかりと胸に焼き付いている。
しかし…、
「ほんとに一時間に何千個もの流星が見れるのかい? 流星の予想なんて当てにならないものだと今まで聞いてたけど…」
"今年は違うんですよ"
と、携帯から聞こえるつばさの声が弾んだ。
"一昨年のヨーロッパでの大出現、先輩も覚えてるでしょ?"
「ああ、あれね」
 "あれを予想した人が、今年の大出現を予想してるんです。その人の予想は決して統計的な予測じゃないですし、かなり的中率は高いんですよ"
 「へえ…」
弘希は感心した。もともと天文には人並み程度の興味しか持ち合わせていないため、今年の予想についてはほとんど知らなかった。つばさが言うには、今年のしし座流星群の極大日は、例年に比べて一日ずれるという。予報によれば、18日の夜(正確には未明)にまず例年の極大がやって来る。この日は例年並みの出現数が見込まれていた。そして、翌19日の未明、地域限定ながら今年のみの極大がやって来る。日本での極大時刻は午前3時19分。これより前の午前2時31分には前振りとも言える小ピークが予想されている。小ピークの極大では一時間に9千個、そして本命の極大では、何と一時間に一万五千個もの流星が流れるというのだ。もっとも、この値はZHRという基準から導き出されたもので、本当にこれだけの流星が見られるというわけではない。それでも、予報が的中すれば大変な数の流星が見られるのは間違いのないところだ。
”だから、行ってみて損はないと思いますよ”
そこまで言われれば、行ってみたくもなるのが人情というものである。幸い、就職活動の終わった弘希には、出席日数を気にするゼミもない。
 ”ね、一緒に行きません?”
「え、一緒に?」
”ええ。先輩たち皆さんの予定を聞いてみたら、出張観測する久川先輩を除いて皆さん地元で見るそうですし、他にそこまでしそうな知り合いいないですし…”
彼女の言う久川先輩とは、高校時代に同じ科学部に所属していた久川 篤史のことだ。天文を専門とする唯一の科学部員で、96年、97年と立て続けにやってきた大彗星の観測で大活躍している。今年は、98年同様に、天気予報を睨みつつ、条件のいい観測地を捜して本州を走り回る予定のようだ。そして、彼を除けばそこまでこのようなイベントに入れ込む友達はいない。
「う〜ん、ちょっと待ってくれよ…」
弘希は、予定日のスケジュールを確認した。といっても、3、4日とあった学園祭を過ぎた後は、後期試験までさして重要な予定は入っていない。研究室での実験も三日に一度程度で、いくらでも融通が利く。うん、と弘希はうなずいた。
「こっちはOKだよ。19日には実験の予定が入ってるけど、それはいくらでも調整できるから」
”よかった…。じゃ、18、19日はわたしとデートということで”
「了解」
妙に嬉しそうなつばさの声に、弘希はからから笑いながらうなずいた。別に何ということもないのだが、こう言いまわしをされると、さすがに少しばかり照れくさい。詳しいことは後で打ち合わせる約束をして、弘希は電話を切った。デートねえ…、と、何となくくすぐったいような気分で、弘希はカレンダーに予定を書き込んだ。かくして、3年ぶりに弘希はしし座流星群の観測に出撃することになるのだ。



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