プラットホーム


 残業を終えて、私が駅で帰りの電車を待っていたときのことです。

カツン!

不意に、私の頭に何か当たりました。
振り返ると、そこにはいかにも「しまったぁ〜」という顔をした女の子。
そして、私の足元には、可愛らしくラッピングされた小さな箱。
どうやら、彼女がこれを投げたようです。

「?」

それを拾うと、私は怪訝そうに彼女を見やりました。

「キミがこれを? …なんで?」

そう問いかけると、その子は不意に顔を歪めて俯きました。
私は、その子と手の中の小箱を交互に見やります。
その時初めて、私は気付きました。
そっか、たしか今日はバレンタインの…。
けれども、そんな日に駅のホームでこれを投げるなんて、尋常なことではありません。
しばらくして、
「捨てた、の…」
「え…?」
「私にはもう用がなくなったから、捨てたのっ!!」
半ば絞り出すような声でそう叫ぶと、その子は両手で顔を覆ってしまいました。

…そうだったのか。
バレンタインだからって、素敵なことばかりがあるわけじゃないんだ…。
おそらくは、前日から一生懸命作ったであろうチョコレート。
あふれる思いのたくさん詰まった贈り物。

…そして、届かなかった思い。
残酷なまでの結末。
バレンタインデーの思いがけない側面を目の当たりにして、私は立ちすくむしかありませんでした…。

 


 それから、一月が経ちました。
私は、会社のマドンナ的存在である彼女からもらったチョコのお返しに胸がドキドキ状態でした。

そう・・・、明らかに義理チョコだけど・・・。
他の社員達と同じチョコ・・・。
でも私は、決心しました。
「あたって砕けろだ!!」

 その日の夕方、彼女が仕事を終えるのを私は一階のロビーで静かに待ちました。
手には、ホワイトデーの可愛い袋・・・。
ちょっと、恥ずかしい気がした。

 彼女がエレベーターから出て、「来た、今だ」と体を乗り出したその瞬間、彼女の前に一人の男性が・・・。
彼女は、彼を見て愛くるしく微笑み、勇み足で彼の側へと寄っていった。
私は、立ちすくみ、しばらく二人のその姿を見ていたが、やがて人混みへと消えていった。
しばらく、頭の中が白くなっていたが、ふと我に返って私は思った。
「あいつは確か営業部の・・・、ははは・・、そう言うことか・・・」
「俺、あいつのことあまり好きじゃないんだよな〜」

私は、ホワイトデーの袋を指で振り回しながら、何もなかったように駅へと早足で向かった。
階段を上り、ホームへ差しかかった時、振り回していた袋が、勢いよく指からすっぽ抜けた。
「あっ」と思った瞬間、袋はスーッと飛んでいって前を歩いていた女性の頭に直撃した。
「痛い!」彼女が叫んだ。
「ご、御免」
彼女は、振り返って私を見た、そして足下に落ちている袋に目をやった。
私は、おろおろしながら、やっとの思いで彼女に声をかけた。
「だ、大丈夫ですか?すみません、つい指から・・・、あっ!」
私は、ハッとした。
「彼女だ、あのときの彼女だ・・・」
彼女も気が付いたみたいだ。
「あっ、あなたは・・・あの時の・・・」
「こ、これ・・・」
彼女は、袋を拾い上げて私に差し出した。
「あ、ありがとう・・・、で、でも、もういらない・・・」
「えっ?」
「振られちゃったみたい・・・、だから・・・捨てた・・・」
しばらく、二人の間に沈黙が続いたが、次の瞬間、二人は吹き出した。
ホームでいきなり笑い出した二人に周りの人たちがいっせいに注目した。
その視線に、びっくりした私は、顔が熱くなった。
彼女も頬を赤く染めていた。
そこには、優しい春のそよ風が舞っていた。

THE    END

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