部日誌17 『歓迎の儀式』



32世紀。
場所は地球の日本。

舞台は横浜関内の私立。海央学園(かいおうがくえん)中等部。
園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋だ。

学年も上がった四月も半ば。
大学キャンパス空き教室にて。

「甘い!!」
パコーン。
「うわっ!あぶなっ」
パコーン。
「うりゃ、スマーッシュッ!」
シュバッ。
「アンタ、大学生の癖して大人気ないっつーの!」
パコーン。
小さな卓球台でピンポンに興じ熱くなる大学生と、その餌食の姿。
そんな二人の試合を観戦する子供達の姿があった。

「歓迎ね・・・」
複雑な顔つきで短い髪の毛を撫で付ける、黒ブチ眼鏡の少年。
有志メンバー京極院 彩(きょうごくいん さい)は腕組みをする。
「譲兄も変な歓迎するよね・・・。何でもスポーツサークルだっけ?」
一人PC端末を取り出して、己の兄が所属するサークルを調べため息。
同じ部活仲間を捕まえて、大学生が勝負を挑むなんて大人気ない。
しかもその大学生が自分の実の兄で、海央名物の京極院ツインズの一人。
スポーツ担当の譲(ゆずる)だと知れば尚更。

 色んな意味で見ていてハラハラするよ。

好勝負を繰り広げる兄と部活仲間を交互に見やり、彩は再度ため息をついた。
「彩はある意味兄世代を知らないから、この際知り合っとくといいよ」
言葉の割には面倒臭い様子で、少女は教室の床に座り込む。
左跳ねした前髪と、左右色違いの瞳が特徴の少女で初代王。
セラフィス=ドゥン=ウィンチェスターは立てた膝の上に頬を乗せて詰まらなそうな顔つき。
「俺も?」
何故か連行されている、二代目王の霜月 涼(しもつき りょう)は自分を指差す。
欠伸交じりにセラフィスはうなずいた。
「涼なんか一番オモチャにされる可能性が高いんだからさ。敵を知れば防ぎようもあるじゃん」
眠そうに瞼を擦りセラフィスが気だるげに告げる。
「僕もそう思う」
思い当たる節はありすぎます。
顔にありありとそんな感情を浮かべた彩が、やけに真剣な面持ちで同意した。
それは誰を指しての言葉かな〜?」
不意に子供達の背後からかかる女性の声。
無反応のセラフィスは兎も角、彩と涼は文字通り飛び上がって驚く。
「な、ななななな・・・」
「はぁいvうちの弟がいつもお世話になってま〜すv若しくはお世話してもらってます?かな」
教室を外から覗くように、女性は窓から身を乗り出した格好。
人懐こい笑みを湛えニコニコ笑っている。
「ここ、ここ!大学キャンパスの4階!!」

酸欠の魚。
まな板に乗って捌かれます。
状態の口調の彩が床を指差し声を上擦らせる。

窓の外は無論何もない。

人が歩ける幅のものがない、のだ。

「重力に反発する浮遊器具で浮いてる」
宰相の名を持つよろづ部副部長・井上 悠里(いのうえ ゆうり)の姉、あずさ。
彼女を見向きもせずにセラフィスは断言する。

セラフィスの持つ特殊能力。
ありとあらゆる事象を見抜く千里眼の持ち主だから言い当てられるのだ。
セラフィスの力を知る彩と涼はあずさが浮いている理由を納得した。

「な、なんだ・・・」
バクバクいう胸の上を押さえ彩が胸を撫で下ろす。
女性は、あずさは満面の笑みをたたえ窓から教室内へ入る。
それからセラフィスに抱きついた。
力いっぱい。
「いや〜んっv相変わらず可愛いんだから〜vvv」
頬を摺り寄せ懐くあずさにセラフィスは曖昧に笑う。
「あずちゃん久しぶり」
恐らくセラフィスがあずさに対して付けた名称だ。

セラフィスは第三者に変な名称をつけて呼ぶ癖がある。
大抵は名前を省略したあだ名みたいなもので呼ぶが、未だ名前で呼んでもらえない者もいた。

「ふふふふ。その声聞くのも久しぶりよねぇ〜vああ、もう食べちゃいたいv」

 食べちゃいたいって。アナタ、ナニイッテンデスカ?

敢えて自ら問うのは愚問である。
なされるがままのセラフィスと、賢明に口を噤んで傍観に徹する男二人。
「それにしても・・・譲も負けず嫌いよね?悠里相手に頑張ること」
面倒ごとは避けて通る悠里が今日に限っては真剣な顔つきで、譲とピンポン勝負。
悠里の軽い動きと反応が新鮮に映る。
あずさの言葉に、彩と涼は悠里の鮮やかなラケット捌きに魅入った。
「球技系なら得意だよ。テニスと野球とか。バスケやバレーは苦手」
暑さに緩めたネクタイが、悠里の動きにあわせて左右に揺れる。
そんな悠里の機敏な動きを目線で示し、セラフィスが説明した。
「知らなかった」
「へー」
正直に驚く彩と、興味なさそうな涼の相槌。
「秘密にしてるわけじゃないんだろーけど。持ち前の事務処理能力の高さばかりに目がいっちゃって、こーゆう場面に遭遇する機会が少ないからっしょ」
セラフィスはあずさに抱きつかれたまま指摘する。
「確かに。普段のよろづ部活動だけじゃ、皆の一面しか見れないよね」
よろづ部活動は、依頼達成が優先されるので部員のぶつかり合いは少ない。

その代わり、より深く付き合うほどの問題も起きず。
なんとなく、のような雰囲気で続いている部分もある。
四六時中一緒に居るわけではないので、仕方がないといえば仕方がない。

今までを顧みて彩は首を何度か縦に振った。
「それが良い場合もあるんだけど、まぁ、わたし達としては。もーちょっと相手の意外性を知って欲しいっていうか。あはvロウバシンってやつね〜」

 笑顔の裏には絶対何かあるな。

涼は内心嘆息して愛想を撒き散らすあずさの横顔を見た。
「それで今回は依頼であたし達を呼び出した、ってわけ。内容は大学キャンパスからで新入生勧誘の手伝いをして欲しいだったっけ?」
セラフィスの鋭いツッコミにあずさは笑うだけ。
否定も肯定もしない。
「依頼は本物でしょ?わたしの所属する、合唱サークルの歌のレッスンに付き合って欲しいっていのは」
大学キャンパスのサークル関連の勧誘は、決まった日程内でなら、新入生の勧誘パフォーマンスが許可されている。
ユニークなシステムで、各サークルは毎年個性豊かなパフォーマンスをキャンパス内で披露していた。

あずさが所属する合唱サークルの依頼で、パフォーマンスの練習手伝いを名指して依頼された四人。
何故か悠里・涼・彩・セラフィスの接点なさそうな四人。
怪しい点はなかったので大学キャンパスに赴き、キャンパス入り口で悠里が譲に拉致られて。
仕方無しに予定になかった『なんでもスポーツサークル』でピンポン勝負を眺めるハメとなり。

今に至る。
「二代目はリズム感があるのよ。この間のクリスマスの時にそう感じた。
で、彩君はストッパー役。譲だって弟を人質に取られたら妨害してこないだろうしv
悠里は技術面で。音程とかの調整役。
セラはまんま見本で歌ってもらおうと思って」
指折り数えてあずさが言い切った。
「・・・妨害ってなにやってるんです?うちの兄さん達」

パコーン。

譲も悠里も互いに一歩も引かない。
ピンポン玉が台の上を飛ぶ音を耳に彩は不安そうにあずさを見た。
破天荒が売りの京極院ツインズ。
一体大学にナニしに行っているんだか。

 あんな大人(大学生)になりたくない。

弟から見た兄像は案外酷いものなのだ。
彩からすれば表も中身も知り尽くした兄達。
憧れもへったくれもない。

「違う違う!譲だけだよ、悪戯しかけてくるのは。護はそんな手間暇かけるタイプじゃないでしょ」
セラフィスの手を取って左右に振り、呑気に否定するあずさに。
彩は笑えないものを感じる。
「それ・・・褒めてるんですか?」
あずさの言う通り。
地雷を好んで踏みつけ自爆するタイプなのは譲兄で。
地雷を見つけたら害がない限り放置して我が道を行くのが護兄だ。
さり気に腹黒?扱いされているもう一人の兄・護の評判が気になるのは兄弟だから。
「うーん、どうだろ」
とぼけてかわすのは悠里そっくり。
あずさの唇が弧を描く。

「たぁあっ」
パコーン。
「まだまだっ」
パコーン。
「喰らえっ!」
パコーン。
「いい加減中坊相手にマジモードするの、勘弁してください・・・よっ」
シュバッ。
「手加減したら負ける・・・だろっと」
パコン。

「京極院ツインズ片割れも変わらないね、本当」

 フッ。

あずさの腕の中からわざわざ能力を使って脱出。
立ち上がり、大きく伸びをしてからセラフィスは右手を腰に当てた。
「・・・京極院ツインズ片割れ?」
涼はイマイチ要領を得ないセラフィスの固有名詞に疑問を投げかける。
「ああ、譲(ゆずる)のコトだよ。ちょっとした賭けに勝利させてもらって以来、譲はあたしの中では京極院ツインズ片割れなの」
セラフィスは言いながら悠里と譲の試合経過を確かめた。
「合唱サークルのPC画面に回線で繋いで、今から練習する?音の調整は家でやってもらいなよ。多分今の時間中は無理」
スカートに付いた埃を払い落とし、セラフィスは冷静に意見を述べる。
涼は思案顔で打ち合い続ける男二人を見やり肩を竦めた。
「だな。いいですか?」
「勿論v迎えに着たんだけど、これじゃ出るのは無理よね」
涼があずさに問いかければ、あずさは教室入り口を固める他の『何でもスポーツサークル』のメンバーを一瞥して苦笑した。





「ええと、ここのコードを繋いで。それで???」
「こっちにファイルをコピーするんじゃねぇの」
機械音痴まではいかない。
悠里ほどPCに詳しくないからこうして試行錯誤。

涼と彩は二人並んでPC端末と、大学キャンパスのシステムPCを繋ぎ合わせる。
セラフィスはあずさから手渡された譜面とにらめっこ。
腿を叩きリズムを取りながら音符を目で追う。
あずさは呑気にデジカメで悠里と譲のピンポン勝負を撮っていた。
「ふえ〜。眠い」
いつでもどこでも眠たがり。
案外眠っている事が多いセラフィスが、欠伸を連発する。

よろづ部の依頼を初期処理する担当だけを今のところ引き受けているので。
今回が初めての表立ってのよろづ部活動。
その割に気合も何もかもが通常以下だ。

「なぁに?そんなに嫌だった?歌の依頼は」
僅かに膨らんだセラフィスの頬を指先で突き、あずさが心底愉しそうに囁く。
「べっつにー。今年一年は、公での歌から外れられると思ってただけ」
頬にためた息を吐き出しセラフィスは拗ねた口調で呟いた。
「兄世代(うちら)風歓迎の儀式、気に入らない?」
再度投げかけたあずさの問いに答えようとして、セラフィスは首を横に振る。
涼と彩が苦心して繋ぎ合わせた音楽サークルとのネットワーク回線。
所謂インターネットの動画配信のシステムを利用した簡易テレビ電話のような。
そんな代物が出来上がったのだ。
「じゃ、早速」
鼻から大きく息を吸い込んで深呼吸。
気合を入れたセラフィスが、彩の用意したマイクを手に持った。
画面向こうでは合唱サークルの部員達が好奇の混じった目でセラフィスを見つめている。

「 後どれくらい 手を伸ばせば 届くのだろう

 あたしの裡(ナカ)の 傷ついた中身は 今朝も悲鳴あげてる

 軋んだ身体で 触れる貴方は ああ 今日も温かすぎるわ

 口先だけの約束なら 今すぐ嘘だって証明して見せて

 見せかけだけの 笑顔は十分見飽きたわ お腹一杯よ

 偽りの愛だけならいらない 欲しいのは温もりだけ

 言葉よりも先に 今すぐあたしを抱き締めて囁いて」

伴奏のピアノの音に合わせて歌い上げる声。

セラフィスの真剣な顔つきと、予想よりも透明感のある低音。
迫力ある歌声に、悠里と譲でさえも子供じみた打ち合い勝負の手を止め歌に聞き入る。
「さっすがぁ〜v」
歌い終わったセラフィスの頭を撫で撫で。
静まり返った教室の中で、あずさが一番に口を開く。
「涼?今の録音してくれた?」
あずさの手をそっと振り払い、シン、とした教室に響くセラフィスの声。
涼は曖昧に笑って指で×の字を作った。
「いや、意外・・・だ」
口元に手を当てて彩がモゴモゴ言う。
「なんだよ、弟。お前小さい頃さんざん子守唄歌ってもらってただろ?忘れたんか?」
「覚えてないよ、3歳の時なんて・・・」
譲の揶揄する言葉に彩は脱力しつつ反論した。
「少しは相互理解に近づけた?セラは歌が上手いんです〜」
一人ウキウキして、セラフィスに纏わり付くあずさに誰も何も言えない。
「そーやって対象の色々を暴く儀式、止めた方がいいと思う」
そんな中。
一番的確な言葉でセラフィスがあずさに忠告した。
「依頼は依頼。親睦を深めたいならもう少し正攻法できなよ。穿った方法を取らない事」
苦い顔でセラフィスがお小言を言えば、あずさは小さく舌を出す。
「ごめんねvつい」
悪びれないあずさの返答によろづ部メンバーは一斉にため息をついたのだった。

兄世代の不思議な不思議な歓迎の儀式。

この後全員を巻き込んだ騒動へと発展するのだが、それはまた別の話。


不発…(涙)兄世代との心温まる交流話だった筈なのに???あれ?悠里が球技得意でセラフィスが歌が上手いってだけだよ(爆)ちょっとした賭けの部分より飛ぶオマケ文あります。ブラウザバックプリーズ