部日誌12  『我らが王子を守りぬけ!?』



32世紀。
場所は地球の日本。

舞台は横浜関内の私立。海央学園(かいおうがくえん)中等部。
園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年&彼等をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋だ。
『よろづ部』のメンバーが集まり真剣に会議を開いていた。

二月頭。

「皆さん、いよいよアノ季節がやってまいりました」
重々しい口調で全員の顔を見渡すのはお団子頭の少女。
生徒会役員も兼任している、有志メンバーの笹原 友香(ささはら ともか)である。

「思い出したくもねぇ・・・」
ため息をつくのは二代目王こと霜月 涼(しもつき りょう)。
心持ちげんなりした様子で椅子から投げ出した足を広げた。

「そうかなぁ?僕は待ちに待った一大イベントなんだけど」
涼とは対照的にニコニコ笑顔なのが、海央の王子。
星鏡 和也(ほしかがみ かずや)は幸せそうにほや〜と宙を見上げる。

「甘党には幸せだよね〜」
王子の甘党は有名だが、同じく甘党なのが有志メンバーの京極院 未唯(きょうごくいん みい)。
机に両腕を伸ばし上半身を伏したままノンビリした調子で、和也に同意した。

「・・・」
青ざめて魂を飛ばしているのが未唯の彼氏。
同じく有志メンバーの京極院 彩(きょうごくいん さい)その人。
相当苦い思い出でもあるのか、虚ろな顔で笑っている。

「・・・気の毒に」
額に手を当てて首を振るのが井上 悠里(いのうえ ゆうり)。
よろづ部の副部長であり、新聞部のエース。
彩の身に降りかかった火の粉を知っているのだろう。
同情気味に横目で彩の顔色を窺っている。

「ところでなんの相談なんだ?」
一人話題にまったく付いていけないのが、麻生 辰希(あそう たつき)。
去年の夏に入部した有志メンバーだ。
頭から沢山の?を飛ばして、他のメンバーの顔を眺める。

「ああ、バレンタインだよ。うちの学園イベントアイテム持込み禁止じゃないからな。和也なんか甘党だから困んないだろーけど?そこの涼なんか甘党じゃねぇし、地獄のバレンタインってワケだ」
肩を竦める悠里に大口を開けて固まる辰希と。
苦笑いの涼に涼しい顔の和也。
見事に反応が分かれるメンバーに友香は白けた目線を送る。

「凄いんだよ〜、和也なんか特に。甘党で有名だからいっぱい貰ってるよね〜。涼は甘いもの苦手だから結構断ってるけど」
未唯が顔だけ辰希の方へ向け説明した。
「好きなものは好きだと主張して何が悪いの?」
真剣に問いかける和也に。
「「悪いわけじゃないけど、アレは殺人的な量かと・・・」」
意外にも友香と彩のコメントがハモる。
常識人的発想において、あの大量チョコはいかがなものかと。
考えてしまうのだ。

「いっとくけどさぁ、涼とバレンタインのチョコどっちが多く貰うかなんて勝負。止めときなよ?勝負になんないから」
辰希が顎に手を当て考え出せば、素っ気無い口調で未唯が釘を刺す。
瞬時に額に青筋立てる辰希と小馬鹿にした態度で辰希を見やる未唯。

ある種の一触即発状態。

「そんなよろづ部に朗報だな。今回の依頼は“バレンタイン義理チョコ”や“中途半端な本命チョコ”攻撃から王子を守れ。っつー依頼だぜ」
何時の間にプリントアウトしたのか、悠里が手に持った一枚の紙切れをヒラヒラ振った。
「え!?何で???」
和也は驚愕の表情を浮かべ悠里から紙を奪う。
「・・・」
黙読で素早く紙に印刷された『依頼』内容を確認する。

いつになく、いや。
甘い物絡みだからこそ真剣な顔に一同呆れた笑い顔。
表立って笑い声を上げないのは和也の手痛い仕返しが怖いから。
中々良い(?)チームワークが育っている。

「依頼主は王子の兄君で、海央の大学キャンパスにいる。兄君は間接的に頼まれたみたいでな?
直接は和也と一緒に暮してる遠縁の親戚の人らしい・・・和也?大丈夫か?」
和也は紙をグシャグシャに握りつぶし、天井へ顔を向けて放心しきっている。
王子が滅多に見せない消沈した姿に悠里は声をかける。
しかし和也の反応はない。

「誰彼構わずチョコ貰うから、ホワイトデーのお返しが大変なんだと。
和也が貰うチョコは年々増えるだろ?だから今年に限ってはお灸を据える感じで、量を制限したいんだとさ」

悠里は和也からの反応が無いので事務的に説明を続ける。
一同・・・特に、去年和也のゲットしたチョコを自宅に運ぶ手伝いをした、涼と彩は何度もうなずいた。

「線引きをしてーんだけど、友香・未唯。どこら辺までが本命か意見を聞きたい」
日本のバレンタインの主役は女性。
悠里は友香と未唯へ問いかける。
「う〜ん・・・どうだろう」
眉間に皴を寄せて友香は低く唸った。
「怪しい手作りじゃなくて、チョコレート使ってて。ケーキ類もいいんじゃない?和也のケーキ好きは有名だから。手渡しする度胸のある女子かな?後は」
「そーそー!去年は机にゲタ箱に部室に。ロッカーに。色んなトコに勝手に押し込められてたのもあったよね。あたしも驚いた」
友香→未唯の順に発言。
「それとも・・・一切受け取らないか、かな?変に線引きすると後で揉めるじゃない?人の価値観なんてそれぞれだし」
友香が笑顔できっぱりすっぱり言い切って、未唯は隣で拍手した。
「お灸を据えるっていう点では妥当だな」
眼鏡をかけ直して悠里も同意する。
「でも可哀相じゃない?楽しみにしてるのに・・・」
彩は気の毒そうに和也をチラッと見た。
ここで調子付いて色々すればきっと和也は『報復』行動に出る。
確信しての一言である。
「あ〜、大丈夫。あいつのお師匠も認めてる依頼だから」
涼の一言が決定打。
「んじゃ、今年は王子のバレンタイン、チョコ抜きってコトで」
悠里が締めくくり、一同バレンタインの防御策に打って出るべく行動を開始したのだった。





王子のファンクラブへの通達。

生徒会からの通達。
王子所属の園芸部からの通達。
そして極めつけの、よろづ部からの通達。

新聞部発行のメールマガジン・掲示記事にも載せてもらって決行した『今年の王子はチョコ受け取れません・キャンペーン』

和也は打ちひしがれた。
それでもメンバーに報復しないのは、彼自身の師匠が公認した依頼だという事と。
同居人の怒りを買うのが怖いからだろう。

そして来る14日。

「はぁ・・・」
気乗りしない和也の、だらけたため息。
横を並んで歩く彩は困った顔で和也の肩を叩く。
「僕としてもなんとかしてあげたいけど。こればっかりは・・・ね」
歯切れの悪い慰めに和也は盛大にもう一度ため息をついた。
「いいよ。彩は友情よりも部活をとるんだ・・・脆い友情だね・・・」
すん。
悲しそうに小さく鼻を鳴らして項垂れる和也の態度に彩は肩を落とす。
「・・・僕で遊ぼうとしないでよ?和也」
「やっぱりバレるか」
和也は小さく舌を出した。
「バレバレだって。僕が一緒に歩いても効果は薄いだろうけどさ。他の皆で色々チェックしてるみたいだよ」
彩に突き刺さる女子生徒達の刺々しい目線。
内心ビビりまくりの彩だが、これはよろづ部の部活動。
簡単に引き下がるわけにも・・・いかない。

 怖いよ〜!!

朝、登校前の和也の家に向って、今現在和也と一緒に登校中。
和也と彩は十分ほど歩いて海央学園中等部校門前に到達した。

「お早う〜、京極院君お疲れ」
「お早う笹原さん」
ゲタ箱前では友香が二人を待っていて、靴を脱いだ和也の靴を受け取り。
無断で和也の上履きと交換し和也へ渡す。
「靴くらい交換しても平気じゃない?」
「だ め よ!今日ばかりはね」
和也の意見を却下して友香は和也を伴い和也のクラスまでエスコート(?)
王子ファンの女子生徒を視線だけで蹴散らして、無事王子を席へ落ち着けさせる。
「悠里、京極院君。休み時間には麻生君と霜月君も来るから。絶対和也を一人にさせないで」
「「らじゃー」」
妙に気合の入った友香に、悠里と彩は仲良く揃って返事を返す。
「笹原さんってこういう依頼好きだよね」
「あ?ああ。友香はああ見えても映画好きでさ。スパイ映画とか、あーゆうの結構憧れてんだとよ。
真似が出来て内心楽しくってしょうがねーんだろ」
「・・・」
クラスに充満するチョコの香りに、切ない顔をする和也と。
その和也をガードするように両隣に立って会話する悠里と彩。
大々的に行ったキャンペーンが功を奏し、面と向って王子にチョコを持って話しかける女子もいない。

「放課後まではこんな感じか・・・」
一限終了後やつれた様子の辰希が姿を見せる。
「ははーん。涼の貰う大量のチョコ、そのニオイにやられたんだろ〜」
辰希の顔色を見るなり悠里が指摘した。
「・・・るせーよ」
息を吐き出し辰希は力の篭らぬ視線で悠里を睨む。
数分後、チョコの匂いに包まれた涼が登場すれば益々和也は落ち込んでいく。
「・・・気の毒だよね」
不安そうに元気のない和也を見守る彩に、涼は小声で「自業自得だろ」と答えた。

移動教室先での机の中。
ロッカーの中。
悉く和也が触れることなく、代理で同じクラスの彩と悠里が和也の荷物を徹底管理。

昼食はよろづ部で、未唯の張り巡らせたシールドなる防御壁の中でとった。
王子をチョコから守るというか。
これではまるっきり囚人扱いになっている。
朝でこそブツブツ小言を連発していた和也も、諦めたのか午後に入って大人しい。

「さあ、こっからが腕の見せ所!異星人のクラスメイトに頼んで、無理矢理チョコを届けようっていう魂胆なら。ぜーったい放課後に仕掛けてくるから」
確信を持った友香の言葉。
「お―――!!!」
未唯が元気良く腕を空高く掲げる。
「で、俺が帰りの護衛か?」
辰希が自分を示して友香を見る。
「ええ。それで護衛に未唯と霜月君ね。ナビはここから、わたしと悠里で。京極院君は校内で回収し損ねたチョコの回収」
ウキウキして指示を出す友香に涼は苦笑した。

昔から付き合いのある和也のいい加減な対応は改めるべきだと。
友香なりに考えて、今回徹底したのだろう。
和也も人の好意の無駄貰いは避けるべきだ。
人当たりが良いといっても限度がある。

こうして王子とその護衛達は帰路へついた。

「おわっ」
和也と並んで歩く辰希は突如頭上から降り注ぐチョコに驚愕した。
「排除〜!!」
未唯が何処から持ち出したか、野球のバットでチョコを打ち返す。
「!」
涼も何時から手にしていたのか。
刀で空を切り目に見えない『何か』を切断している。
「僕のチョコ・・・」
瞳をウルウル潤ませて空を眺める和也の姿から、普段の王子様オーラは見受けられず。
辰希も少々気の毒に・・・思いかけて。

「「「「王子――――ッ!!!」」」」

 特攻か?

物陰に隠れていた様子の女子生徒たちが手に手にチョコを持って、和也目指して走ってくる。
咄嗟に未唯は和也の腕を掴み空高く舞い上がった。

 《涼と辰希は和也のマンション前に移動して!そこにも待ち伏せがあるかも》

耳につけた通信機から友香の声がする。

「そうはさせないわっ」
見知らぬ女子生徒が仁王立ち。
鬼気迫る顔つきで涼と辰希の行く手を阻む。
「「・・・マジかよ」」
二人は素早く周囲を見渡し、そして偶然停車しているバスの背後に回りこみ。
バスについている梯子をよじ登った。
涼が目線でエアバスの停留所を示し、辰希は察してうなずく。
「待ちなさい!」
涼と辰希の後を追いかけてくる女子生徒を振り切るべく、涼が囮。
辰希はフォローだ。

涼は目立つようにバスの屋根の上に立ち、発進するバスと一緒に県庁方面へ消える。
辰希はバスが発進した瞬間に飛び降り、エアバス停留所にまで階段を駆け上る。

広がる視界に飛び込む、未唯と和也の姿。

PC端末で和也の自宅のマンションの方角を見て。
エアバスの横。
非常用の路肩の上に設置してある道を猛然と走り出した。

片手に和也、片手にバット。
見事な力技で宙を舞うチョコを弾き返しマンション目掛けて飛翔する未唯。
目で未唯の姿を追いかけ三つ先のエアバス停留所で地上に降り、辰希は全力疾走で和也自宅前。
マンション前に到着する。

「・・・うっし!」
両頬を自分で叩いて気合を入れる。
辰希はかねてからの打ち合わせ通り、仕掛けておいた罠を起動した。
「和也!逃げるんじゃねぇっ」
大声を出して物陰に隠れている誰かの注意を引く。
立体映像で映し出された和也の映像がマンション前の道を通り過ぎ、すぐ左に抜ける道へ曲がった。
辰希は真っ直ぐ前を見詰め一世一代の芝居を打つべく。
立体映像の和也を追いかけ始める。

一時間後。

「「大成功〜!!」」
よろづ部部室にて。
友香と未唯は両手を取り合ってピョコピョコ跳ねる。

片や発言する事さえ不可能な程疲れ切った辰希は机に伏して夢の国。
似たような理由で彩も椅子に座ったまま舟をこいでいた。

「あ――――、ダリィ」
涼は首をゆっくり回す。
ゴキゴキなんて子供らしくなく骨が鳴った。
「今回ばかりはヤバイかと思ったけど。案外俺たちもやるもんだな」
済み判子を押しつつ悠里は不敵に笑う。
「はは。そーかもな」
涼の向ける目線の先にはここからは見えない和也の自宅マンション。
「そうだ。お疲れ様〜」
友香が温かい飲み物を入れる。
「やだなぁ。いくらバレンタインだからって、ホットチョコレートは作らないよ〜」
身構えた涼に苦笑し、友香は紅茶のカップを悠里と涼へ渡す。
「暫くあの香りは嗅ぎたくねーな」
紅茶の香りを胸に吸い込み涼は一息つく。
悠里はといえば、紅茶のたつ湯気に眼鏡を曇らせたまま、チビチビ紅茶を啜る。
「本命が出来たらそうも言ってられないと思うけど?」
意地悪く笑う未唯に、同じくニマニマ笑う友香の二人組み。

涼は内心、本命が出来ても絶対この二人に悟られるまい。

と。
固く心に誓ったのだった。


その後。

傷心の王子様を慰めるべくケーキバイキングへ付き合わされる、海央の教師水流夫妻の姿があったとか。
なかったとか。

「そこのホテルのケーキバイキングの最高記録更新したみたいでさ。僕の写真飾ってあるんだよね〜」

新聞部のインタビューに応じ、にこやかに語る王子の姿がありましたとさ。



今年は同居人に怒られてチョコ禁止令が出た王子のお話でした〜。バレンタインといえば和也ですよね。オマケあります。最後の和也の台詞からずずいっと飛んでください。ケーキバイキングの部分が文章になってます。ブラウザバックプリーズ