煙たい。

不自然な身体の痺れと、煙に巻かれたみたいな空気の換気の悪さ。

「和也様っ」

コマの声に反応して慌てて起きてみれば。

「げほげほっ・・・」

一面の煙と、炎と、雷。
煙の合間に飛び交う、コマの光弾と炎が和也の瞳に映る。


 《残念ですわね、霊犬殿。審判の時が来たようですわ》


緋色の残像が視界の端を横切り、風が起こった。
全ての煙をなぎ払い。
今までの不可解な戦闘状態が嘘だったかのように、静まり返る和也の自室。

和也の目の前には三人の女人。


 《この間はどーもっ》


ワンピースの裾を少しだけ持ち上げ、外見六歳の少女が軽く会釈。


 《改めてご挨拶申し上げますわ、和也殿。わたくし、三妖姫の二姫で『希蝶』と申します。彼女が三姫で『華蝶』ですわ》


花火大会のときに和也を掻っ攫った美女は、馬鹿丁寧に自己紹介を始めた。


『ちょ、なに勝手なことしてるんですかっ』

戦闘体制をとって犬型に戻ったコマは、和也のベットの上に飛び乗り二人を威嚇。


 《勝手なことぉ〜?失礼ね、これでもなるべく静かに参上したでしょ?》


華蝶は、とたんに不機嫌な顔つきになりコマを睨む。


「あの・・・?」

今まで散々一方的に攻撃を受け、生命の危機に晒された和也は思考回路停止寸前。
目の前の妖二人にどう対応していいのやら見当も付かない。


 《簡潔に申しますわ。和也殿をお迎えに参りましたの》


本来ならば『喰うか喰われるか』状態で向き合うはずの、妖撃者と妖。
希蝶は前振り無しにこう切り出した。


「僕を・・・食べたいの?」

妖は人の発する『生』を食べる。
負の感情や、妖撃者のように『能力』がある者等、多種多様。
妖自信の嗜好もあるようで、様々な『生』の食べ方をする。


ちなみに、骨の髄まで『生』を食べられてしまうと精根尽きてあの世行き。


だから妖撃者は人々から妖を遠ざけるのだ。
『生』を食べつくされて、殺されてしまわないように。


 《残念ですけれど、違いますわ》


口許に手を当てて希蝶は少し困ったように微笑んだ。


『信用できません!』

鼻の周りに皺まで作ってコマは激しく唸り続ける。
まだ少しハッキリしない思考の和也は、大きく深呼吸した。
脳に酸素を取り入れて活性化するために。

「じゃぁ、なんで?」

思った疑問をそのまま聞いてしまうあたり、彼は大物だ。
普通、妖は宿敵で語らうべき部分は微塵も無い相手である。
例え妖からの接触があろうと、大半は問答無用で封印するか消去するかのどちらかだ。


妖撃者見習いであっても、それくらいの心構えは教えられている。
だが、和也は攻撃という手段をとらなかった。
彼女たちが攻撃をしてこないから。


 《わたくし達より上位のある御方が、和也殿にお会いになりたがっているからです。あの方は直接こちらに出向けませんので、わたくし達が代わりにお迎えに上がりました》


「やっぱり、食べるの?」

和也は首を傾げ、希蝶に再度尋ねた。


上位の妖が『会いたい』という理由だけで、迎えにこの二人を差し向けるんだろうか?
素朴な和也の疑念である。


 《あああもうっ!違うって言ってんでしょ〜。アタシ達の上司が、アンタに話があるのよ、話が。だから付いてきて欲しいって言ってんの!!》


短気なのか、華蝶が苛苛して希蝶の言葉を今風にアレンジして話した。


「お喋りしたいって事?」

妖となにを話せって言うんだろう?

尤もな疑問を胸に抱くが、一歩間違えば一触即発。
コマは戦う気マンマン。
二人も身構えこそしないものの、すぐに攻撃できるよう力を身体に溜め込んでいる。

戦闘に突入しそうな空気を宥めたくて、和也は更に質問を続ける。


 《そうですわ。内容は、和也殿自身が疑問を抱いておられる件(くだん)の事で》


淡い桃色の口紅を引いた希蝶の唇が、場の空気を凍らせる刃を放つ。
華蝶はあきれ返った調子で姉を見上げ、コマは完全に硬直した。

「僕の疑問・・・」

和也は一人心地に小さく言葉を反芻する。


 《どうして和也殿は一人なのでしょう?長の息子でありながら、長とご一緒に暮らしてないなんて。ふふふ、妖の間でも相当な噂ですわ》


コマに勝ち誇った表情を浮かべて見せて、希蝶は人のよさそうなお姉さん口調で言葉を紡ぎ出す。和也の青ざめた顔から更に血の気が引いた。


 《強すぎる力。曖昧な説明ですわ。その力の本質がどのようなものか、お知りになりたくはありませんか?》


見え透いた勧誘。
それは喋っている希蝶自身もはっきり自覚している。
だが、緩んだ絆を断ち切るにはこれくらいで十分。
冷静に頭の中で計算する。


『ざ、戯言をっ』

怒りに打ち震えコマは光弾を吐き出そうと、大きく口を開いた。

「やめてよ、コマ」

浮かない表情のまま和也はコマの行動を制する。
コマは主の顔と、希蝶の顔を交互に見て躊躇った後に口を閉ざした。

「どうして僕が一人で生活しなくちゃいけないのか、えっと、希蝶?は知っているってコトなの?」

希蝶の名前を自信なさげに言い、それでも真っ直ぐに希蝶を見詰め和也は問うた。


 《ええ、存じておりますわ》


獲物がエサに喰らいついた感触。
希蝶は内心ほくそえみ、表立っては先ほどから表情を崩さずに和也に答えた。

「その上司に当たる妖に会えば、すぐに教えてくれる?」


 《和也殿がお望みになるのなら》


幼子の疑問に速攻で答える希蝶。
いつも口を濁し、真実を教えてくれないコマとは好対照だ。和也の心が揺らぐ。

「・・・」

混乱と、困惑。両方の感情を色濃く顔に出し、和也は考え込んでしまった。
コマはハラハラして見守りつつ、和也の部屋に入り込もうとしない氷の気配に腸が煮えくり返る思いがする。


 目をかけてきた弟子を見殺しにするに等しい態度。


師匠として、いや、妖撃者としてあるまじき態度ではなかろうか?
ぶつけようのない怒りを腹のうちに抱え、コマは悶絶した。


 《早く決めてよね〜。アタシ達にだって都合ってもんがあるんだからさ》


前回、謎の帽子少年と遭遇した華蝶は落ち着かない。
姉と一緒とはいえ、あの少年と再度遭遇するのは絶対に嫌なのだ。
ソワソワ周囲を警戒する。

「・・・行く」

ベットの上の毛布を押しのけ和也は床へ足を落とした。

『駄目です、和也様』

和也のパジャマの端を咄嗟に咥えて、コマはベットへ和也を引き戻そうとする。

「僕は知りたい。本当に僕は誰なのか」

寂しそうに告げる和也だが、コマとてここで引き下がるわけにはいかない。

『時期が来れば必ず説明します。何故、今でなくてはならないのですか?』

「今、だからだよ」

唯一の家族に告げた最後の言葉。

「僕自身が壊れそうだ。僕の中に誰かがいる。僕の知らない記憶を持った誰かが居る。僕には知る権利がある。このまま、何も知らない振りなんてできない」

『和也さっ』


パシシシシィィィ。


和也が無意識に放つ陰の術によって、コマの動き完全に封じられる。
和也とコマの会話を傍観していた希蝶は、手を和也に差し出した。


 《それでは参りましょう》


眉を顰め和也は希蝶の手のひらを凝視した。
真実を知りたい気持ちは最高潮だが、目の前の妖を信用したわけじゃない。
彼女の手を取るのは正直躊躇われる。


 《真実は己の手でつかみ取るものですわ》


子供だましの挑発に乗ってしまうのは、悲しいかな、子供の性である。
和也はカッと頬を紅潮させ勢いに任せてその手を掴んだ。


 《じゃ、バイバーイ》


気の抜ける華蝶の別れの言葉を残し、希蝶と和也。
それに華蝶の三人は姿を消した。

 

やっとお話しが終結に向かってゴー。って感じですかね。
妖撃者目次へ 前へ