見渡す限りの暗闇。

 

その場所は真っ暗闇で、普通の人間ならば到底歩けない環境である。


「ふあ〜。スゴイ、スゴイ」

どちらかと言うと小馬鹿にした調子で少年が周囲を見渡す。
暗闇でも目の利く少年の瞳には、妖によって囚われた生物の魂が映っていた。
無造作に打ち捨てられた遺骸なんかもゴロゴロしていて、下手なお化け屋敷よりよっぽど不気味である。

「こんなに乱雑にお食事してるのは、やっぱり長さん?」

右手を軽く握ったり離したりして少年は何かの感触を確かめた。

「ええ、そうよ」

先頭を歩く胡蝶が振り向かずに答える。因みに少年の左手首は掴んだまま。
彼が迷子にならないようにと、胡蝶なりの配慮なのだ。


暗闇の細長い通路を真っ直ぐに歩く。


途中に分岐した道などがあるが胡蝶は目もくれない。


「俺としては納得いかないですよ?相棒から得た記憶の中には、そんな姿は一つもないですしねー」

少年はドコか楽しそうな声で言い右手のひらに意識を集中させる。
淡い緑色の光が粒となって凝縮し、少年の手に重い感触。

「それが噂の退魔刀?」

胡蝶は少年の手首を思わず離し立ち止まった。
少年は刀を鞘から抜き放ち鞘をベルトとズボンの間に器用に挟む。

「え?噂になってる?」

情報には疎い少年が逆に胡蝶に尋ね返す。

「ええ。退魔の太刀は妖の妖力を奪うもの。消滅や封印とは違うけど、力が削がれてしまうから、脅威と感じるわ」

胡蝶は扇子を手に出現させ、その先で刀を示した。

「俺なんか全然ですよ?俺より強い奴は沢山いるし、過信した力は時として毒になる。剣術の師匠の言葉です」

「ふふふ。君は良い師に恵まれてるのね」

「まぁ、そうなるかもしれません。その点は教え子さんも同じでしょ」

答えながら少年は刀をニ三度振って感触を確かめる。

「・・・不本意だけど師としては立派だわ」

彼氏?である氷を評し、大層複雑な面持ちで胡蝶が呟く。

「惚気なら後で伺いますから、今は急ぎましょう」

「!?」

少年の呆れた調子の突っ込みに、胡蝶の顔が熟れたトマトのように赤くなる。

「別にそんなつもりじゃ・・・」

心なし落ち込んだ様子の胡蝶。


 本人は無自覚だろうが惚気だ、惚気。
外見が大人なわりには初々しい性格。

 どちらかと言えば胡蝶は天然。まともに取り合えば疲れるのはこっち。


少年は早々に気持ちを切り替える。
これから立ち会うのは自分にも係わりのある新天地の一大事。


 横浜が滅びるかもしれない。


 等という相棒の予想が外れることを願う一方で、最悪の事態に備え彼を助け出しておくのだ。


「気を引き締めていきましょうね、おねーさん」

少年は背筋を正す。

「盛大にお出迎えしてくれるみたいですし」

すい、と少年は手にした刀を水平に構えた。

闇が充満する空間に広がる無数の気配。

「時間を稼ぐつもり・・・ね。あの子が記憶を取り戻すまで」

胡蝶は構えた扇を一振り。扇から放たれるは蒼き珠。四方八方に飛び散り、破裂音を伴い何かを消していく。

「ベタな展開だ」

少年が銀色に煌く刀へ力を込めた。眩い光が刀から放出され、その光に焼かれた何かが絶叫し気配を消す。

「急ぎましょう」

扇と言う媒体を使い身内を切り刻みつつ、胡蝶は走り出した。

「いつの世も。女性は偉大だね」


 逞しいな〜。


胡蝶の後を追って駆け出して、少年は感嘆の声をあげる。

 

美女と美少年という一風変わった二人組みは、想像以上の力を発揮。囚われた子供を救うべく、本拠地へ正面から殴り込みといった正攻法に打ってでたのであった。

 

「「・・・」」

そんな二人を冷静に監視する四つの瞳があるとは。

このときの二人には想像も出来ない事である。

 



横浜を見下ろすは二つの影。


「でもさ〜、よかったの?あいつを置いてきて」

ツインテールを風に揺らし華蝶がポツリ。

「仕方ありませんわ。瘴気を充満させたこの場につれてくれば、彼の力が暴走する恐れがありますもの・・・それに」

「それに?」

口を濁す希蝶に華蝶が先を促す。

「今はこの仕事の方が優先ですわ」

見開く希蝶の瞳は燃えるような朱。華蝶の瞳の毒々しい黄に染まり、二人の肢体から流れ出る瘴気。


人の目に触れることのない瘴気は確実に、横浜へと溢れ出す。


「仕事かぁ〜」

何処かつまらなさそうに。華蝶はため息をついた。

 

ラストに向け話の辻褄を(ぐはっ)・・・。
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