《懲りないな、汝も》

少女と少年の二重声。
マーブル模様に歪んでいたトンネル=『道』の終着点。


一気に視界が広がる。

ソコは暖かな黄金色の光が空間を埋めていた。
和也達を乗せた氷の竜は、様々な色を持つ球体の合間を飛行する。
とても暖かで母親の胎内に居るような気分に陥る淡い金色の霞に包まれ、胡蝶と少年が何度も瞬きを繰り返した。

「懲りないよ。アナタには申し訳ないと思うけど、ネズミが一匹ここへ向かっていてさ。駆除をしに来たんだ」
誰もいない空間に和也の声が大きく響く。

 《汝の流れは汝が決めよ。干渉はせぬ》

淡い霞だけはそのままに球体のみが色と輝きを失う。

「ネズミって今回の首謀者だな?」
少年は両手を頭の後ろで組み腕を伸ばす。
ラスボス戦に向けての柔軟体操。
緊張感があるのだか無いのか判別しがたい。
「そう。首謀者って言うか……なんていうか」
人差し指を左右に振り和也が術を解く。氷の竜は三人を下へ降ろし姿を消した。

 《流石は影月。一筋縄ではいかぬな》

地面(?)らしき場所から間欠泉の水のように噴出す黒き瘴気。
中から姿を見せたのは暁も鮮やかな見目麗しき青年。

「……この気配は確かに暁様なのに」
口許を手で押さえた胡蝶が躊躇いを見せる。
青年の発する気配・容姿・言動全てが彼女の知る暁そのもの。
行動でさえ似通るものがある。

帽子少年も暁の威圧感を感じて顔を強張らせていた。

「あれは暁の残骸。前回の大開で出てきた暁の欠片。
それに取り込まれた妖達の思念が混ざった結果のニセモノさ。ニセモノ自体の自我はあるみたいだけど」
和也は暁を前に平静を保つ。臆する事無く暁と対峙。
「気配や容姿、言動が暁に近いのはそのせい。行動や作戦が下等の妖に近いのも矛盾しないんだ。ごった煮みたいなもんだからね」
暁の足元から滲み出る瘴気。
和也は少しだけ警戒して構えを取った。
「じゃぁ、本物はドコにいるんだよ!?」
少年が至極尤もな疑問を口にする。
「そこら辺は後で師匠にでも聞いてよ。僕知らないし」
「……」
和也の返答に少年は身体の力が抜ける。
おっとり気質なのは理解していたつもりだが、このような状況においてものんびりすることは無いだろう。
後で聞け、ということは。
生きて帰るつもりなのか? この敵を倒して。

「人生生きててナンボでしょ?」
ウインク一つ飛ばしておどける和也の瞳は真剣で。
身体の端端に緊張感が滲み出る。
「残骸とはいえ暁であることには変わりない。結構強いと思うよ」
和也が言い終わるや否や渦巻く瘴気は三人を包み込み、触手のように手を伸ばす。
「陰陽弾」
両手のひらを暁へ向け和也は攻撃。
瘴気の一部を浄化し、活気づかせ。
暁へ迫る陰陽の輝きを持つ弾。

 《小賢しい》

暁は一笑に付し陰陽弾を弾き返した。
「きゃぁぁっ」
触手に身体を掴まれた胡蝶が悲鳴を上げる。
身体に触手が触れた部分から力が吸い取られてしまう。
抜け落ちる力の感覚に身体が震えた。
「殲!」
少年が慌てて胡蝶に絡みついた触手を切り離す。
素早く触手から離れた胡蝶は荒く息を吐き出し、額に汗を滲ませる。

 《我の血肉となって果てるが良い》

暁の身体に巻きつく瘴気の触手。
四方八方に伸びる触手が三人を威嚇した。

「刃向かう雑魚は排除するって? まったく。残骸と言っても暁に近いじゃねーか」
突き刺さる禍々しい不浄の気。
鳥肌立つ腕を擦り少年は悪態をつく。
「本物だったら間違いなくこっちが不利なんだから。残骸相手でラッキーと思って欲しいね」
両手のひらを暁に差し向け結界を張り、和也は嫌味を込めて少年へ言った。
触手は結界に触れた瞬間に消滅するが、絶え間なく生まれ、伸びる触手が減少する気配は無い。
「あの瘴気がある限り、本体に攻撃は出来ないわ」
身体を起こした胡蝶は真っ直ぐに暁を見据えた。
彼女の蒼き双眸に宿る光は強さをたたえ、彼女の決断を反映する。
暁を……仮とはいえ、王を敵とみなす胡蝶の眼差しは何処までも強く激しい。

力強い胡蝶の呟きに和也は顔をほころばせる。

これでこそ本来の胡蝶。影月が知る、強く・優しい姉代わりだった女(ひと)

「暁(仮)の足元。あの瘴気の泉が横浜と直結してる」
和也の顎先が暁の足元を示す。
まるで地下水が湧き出す如くに溢れ出す瘴気。
全ての瘴気は空間を侵食しつつも暁へと集まり、その力となっているようだ。

「先生。水属性の先生の波に、彼の浄化の力を乗せる。得意じゃないけど、僕の光属性の力も乗せる。……その間、あの触手に攻撃されるけど、瘴気を一気に浄化するには手っ取り早い。早くしないと横浜にも悪影響が出る」
胡蝶が無言のまま手に扇を出現させる。
傍らに立つ少年の手にした刀も鈍い光を放ち点滅を始めた。
「はあぁぁぁぁっ」
胡蝶の握り締める扇。
深海を思わせる蒼き輝きを放つ扇は青白い光を放ち、その周囲に水の気配が立ち込める。
扇の先には少年が刀をかざした。蒼い光に銀色の光が重なる。
「天上織り成す……黄金(こがね)の無垢よ。我の声に応えよ。妙なる響き持ち、汝の数多照らす輝きを我が前に! 護光裂(ごこうれつ)」
片手だけで素早く印を組み和也は詠唱を終えた。

片手で結界を。もう片手では光の術を発動させる。
幼い身体に掛かる負担は相当なものだ。和也の身体がグラリと傾ぐ。

和也がバランスを崩せば触手は和也目掛け走る。

 ドカッ。

明確な殺意を持って放たれる触手の突き。
小さな和也の身体は針のように鋭い触手に貫かれ宙に浮く。

「おいっ!?」
少年が咄嗟に刀を持ち替えようとするが、胡蝶に止められる。
「駄目。和也君の作戦を無駄にしないで」
首を振る胡蝶。蒼い光に銀色の光。
最後に黄金が加わった。
右上から左下に扇を払いのけ、胡蝶は宙を舞う。
空中で和也の身体を掴み、そのまま球体の上に着地。

 《クククッ……》

水に流れる浄化と光の気は暁が纏う瘴気を粉砕。
暁は三人の連携攻撃を鼻で笑う。

「ちっ、堪えてないか……」
少年は和也の無事を確かめ、自身は溢れ出す瘴気へ一撃を加える。
縦横無尽に瘴気を切り裂く白刃は幾ばくかの瘴気を浄化する。

和也の結界が無いので少年自身も瘴気の攻撃を受ける。
腕や足、体中のあちこちが切り裂かれ血が流れ落ちた。

「我、柱を成す者なり。我は望む。我は求む。四界を連ねる源よ。我が身を印とし我が声に応え現れ出でよ」
球体の上、瘴気の針で傷ついた和也は血塗れの手で印を組む。
「先生、水の力で俺を暁(仮)の上に飛ばして」
膨れ上がる和也の気。
同時に活性化する空間。
「……分かったわ」
下には孤軍奮闘する少年。目の前には傷つきながらも諦めの色を失わない教え子。
二人の子供を交互に見つめ、胡蝶は短く答えた。
「はいっ」
胡蝶の振り上げる扇に呼応して無数に沸きあがる水。
何本もの水柱が竜巻上に渦巻き、暁の周りを回る。

 《無駄な》

小馬鹿にした調子の暁が指先を伸ばせば、数本の水柱が消失。
胡蝶は悔しさに奥歯を噛み締めるも、立て続けに水柱を発生させる。
「五界陣!」
胡蝶の作り上げた水流に乗り、暁目掛け腕を振るう和也。

 《……》

暁の胸上に和也の右手。

「……」
和也の左肩を貫く暁の右腕。
胡蝶は大きく息を飲み動きを止める。剣撃を繰り返している少年も動きを止めた。
「ゲームオーバー」
左肩の痛みに荒く息をつき、和也はニヤリと哂う。
和也の右手は眩い光を放ち暁の胸部を吹き飛ばした。

 《……フッ》

 水分を失った土塊のように崩れ落ちる暁の身体。
己が体が崩壊する中、暁は只不気味なほど穏やかに微笑んだ。
何かを確信する不敵な笑みであった。

「……早く」
左肩を抑え蹲る和也が胡蝶を見上げ、指差す。
「え?」
首を捻る胡蝶。
「早く行きなよ、おねーさん」
少年も和也と同じ一点を指差し、深々とお辞儀。


 《汝が流れは汝が決めよ》


色を取り戻す球体。瞬きする間に消え失せた瘴気。

再び荘厳な雰囲気を醸しだす空間。

胡蝶の目の前に出現した真っ白な門がその扉を開く。

「先生なら今の姿のまま転生できるでしょう?」
傷が痛むのか、弱々しい和也の声音。
「頑張ったご褒美くらい貰っても、バチは当たらないんじゃないですか?」
少年が胡蝶の背中を押す。
「二人とも……」
今にも泣きそうな顔で、胡蝶は笑った。



なにが一番苦手かって妖撃者の戦闘シーンです(ドキッパリ)
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