其の一



 この世の者ではない異界の住人『妖』(あやかし)
 人々の負の感情に寄生し、精神・生命を脅かす……。
 『妖』から人々を守り、妖を封印・消滅する『妖撃者』(ようげきしゃ)
 彼らは今日も闇に蠢く異界の住人と対峙するのだった。


地球は日本。
首都東京のお隣神奈川県。
県庁所在地・
横浜市。場所は関内。
横浜スタジアムから徒歩五分の位置。
有名私立で進学校の『海央学園』(かいおうがくえん)

見習い妖撃者、星鏡 和也(ほしかがみ かずや)は優雅に頬杖なんぞついていた。
元々母親似の整った顔立ちの少年。
大きな黒目がちの瞳。やや細い眉。
純日本風の凛々しい薄い唇に、バランスのいい鼻筋。
小顔で幼い顔立ち。

和也のあだ名は『海央の王子様』

実は、海央名物の一翼を担う小学生。だったりする。(本人無自覚)

屈指の資産家、星鏡家の次男坊。
物腰穏やか温和で親切。
頭は中の上、運動神経はなかなか。
目立った馬鹿騒ぎもしない少年で、女子から中・高等部のお姉さま方まで。
絶大な人気を誇る。

そんな王子様のサマになる頬杖ポーズ。
彼の視線の先は臨時教師の美しい横顔。
小学五年になった和也の臨時担任だ。

臨時教師の名は明石 胡蝶(あかいし こちょう)
御歳二十四歳。
歳若いものの、海外の大学に留学していた才女だ。
落ち着いた雰囲気を持ち、腕白盛りのちびっ子達の悪戯にも動じない。
人格的にもなかなかできた女性である。

和也にしては珍しく。

彼が美人だと感じる女性でもある。
和也に年上趣味があるわけではない。
ただなんとなく。とても懐かしく感じることがあるのだ。
彼女の動作や仕草。話し方や表情が。

自分が幼い頃に一度、出会ったことがあるのかと。錯覚を起こすほどに。
ついつい気になって、先生を目で追う日々を重ねる和也であった。

そんな和也の目線の先。
彼女はチョークを手に黒板に漢字を書き連ねる。

現在は国語の時間。

教科書に載っていた小学五年生で初めて習う漢字。
丁寧にフリガナ付きで書いていく。
コツコツ、チョークが黒板に当たり音を立てた。

「ふぅ〜」

和也はため息一つ。

物憂げにノートへ黒板の文字を写し取る。
机を並べた隣の女子は和也から目が離せない。
四月、五月……梅雨も明けもうすぐ夏休み。

王子は日が経つにつれて元気を失くしていた。

「大丈夫? 星鏡君、顔色悪いよ」
勇気を振り絞り少女は小さな声で話しかける。
「ありがとう、平気だよ。少し風邪気味なだけなんだ」

 にこり。

とびきりの笑顔を少女に向け。
ノートにシャーペンを走らせていた和也は、少女に微笑みかけた。
少女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
間近に見る王子のスマイルにメロメロ。
授業そっちのけで頬に手を当てて、照れている。

和也は目線を戻す。少女の反応には興味がなさそうだ。
この頃の王子は、大体においてこのような感じで、罪作りな男街道まっしぐらである。

「は〜」
気だるそうにシャーペンを握る和也。

暫くぼんやりと窓から外を眺める。
盛夏と見まがうばかりの青い空。

空気が綺麗なわけではない。

横浜の夏を告げる、横浜のやや灰色がかった青い空色。
馴染みの景色が和也に夏を教える。
関内にありながら、広めの校庭。
校庭の向こう側には、ビルが連なる。
コンクリートや、レンガ風や、ガラス張り。
見た目はバラバラだが統一感を感じるビル群。

雑多だけど、和也はこの風景が好きだ。

誰もが馴染めるようで、実はそうじゃないこの街。
冗談じゃなく危険と隣り合わせ。
危ない遊びなんかも楽しめる繁華街。
裏と表の差が微妙なアクセント。昼夜のギャップが激しい喧騒の街。

和也は再度ノートへ目線を落とす。
シャーペンでノートの端に字を書いた。

『陰』

梅雨時。
和也は学校帰りに襲撃された。
正体不明の敵。
相棒を倒され、絶体絶命だった和也が放った謎の術。
師匠も相棒も。
奥歯に物が挟まった物言いで詳しく教えてくれない未知数の術。

基本的に和也はボンボン思考だ。
お気楽で、深く考えず、おっとりした気質の持ち主。
悩んだり、落ち込んだりしない。

いつもならすぐに忘れてしまうレベルなのに。

術を使ったときの、あの、身体に馴染む感触が忘れられない。
生まれる以前から魂の奥底で眠っていたような、懐かしい陰の術の感触。
「ふ〜」
走り書きを消しゴムで消す。
黒板上のスピーカーから、チャイムの音が流れた。
「夏休明けの小テスト範囲だから、復習はきちんとね」
胡蝶は強調して言い、チョークで黒板を叩く。
テストの言葉に和也は顔を顰めた。

後数日で夏休み。

妖撃者生活どっぷりの、ある意味嬉しくない拷問の日々。
鬼のような師匠の特訓を想像してみた。それだけで意味も無く疲れる。
「はぁ……」
机に突っ伏して王子はため息つきまくり。
抜け駆けできない女子生徒達は、そんなアンニュイな王子を遠巻きに眺めるだけ。
男子生徒は女子生徒の視線が怖くて、『外へ遊びに行こう』と和也を誘えないでいる。

そんなある日の和也の学園風景。





 女は、一連の王子の行動を事細かに観察していた。


 妖撃者でありながら。
 陽の当たる安全圏を歩く少年。
 長の息子でありながら、共に暮らすことを許されない異端児。
 和也自身、知ることのない本人の本質。
 頑なに秘密を守り通す、敵。

 どこまでが正しくて間違っているのか。
 女には判断できない。
 最後に見た『あの子』は寂しそうに笑っていたから。
 誰よりも優しいくせに誰よりも無茶をする『あの子』は。
 だから、少年の監視役を引き受けた。

 『あの子』の願い。
 『あの子』の最後を知る自分が適任だと思う。
 その想いは揺るがない。けれど。

 どうしてこんなにも 焦がれてしまうんだろう。
 陽の当たる場所を。

 ほの暗い暗闇の中から女は観察を続ける。
 太陽の下にいる王子様を。


ありがちなので、分かっちゃいますよね。女の正体とか。ブラウザバックプリーズ
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