第十二話  『巡りゆく季節は』



この世の者ではない異界の住人『妖』(あやかし)
人々の負の感情に寄生し、精神・生命を脅かす・・・。
『妖』から人々を守り、妖を封印・消滅する『妖撃者』(ようげきしゃ)
彼らは今日も闇に蠢く異界の住人と対峙するのだった。



地球は日本。
首都東京のお隣神奈川県。県庁所在地・横浜市。場所は関内。
販売当時は最新鋭のセキュリティーが売りだった中古マンション。

「こんなもんなのかな〜」
寒さも一段と厳しい新年。
吐き出す息も白い。身を切る風ふくエントランスの郵便受け。
自分宛の郵便物を持った子供が感慨もなく呟いた。

艶のある黒髪。ショートボブに近い長さ。
切れ長の瞳に絶妙なバランスの二重。
長い睫毛と、どちらかと言えば甘いマスクに成長するであろう予感を抱かせる二枚目顔。

一見すれば育ちの良さを感じさせる少年。
お馴染み妖撃者見習い星鏡 和也(ほしかがみ かずや)である。

「合格通知、ね」
紙切れをヒラヒラ振ってため息。封筒には海央学園の文字とエンブレム。
「中学生か」
内部の小学生は冬休み前に試験を受ける。
判定通知は年明け。しかも郵送で送られるという一風変わった通知方法。
十分に勉強はしたが実際に通知を見るまでは落ち着かないもの。
ソワソワした和也が待ちに待った通知。
胸をなでおろせる・・・安堵できる内容に一安心。
気が抜けた。
「通知なんて紙一枚。それを待ち焦がれて落ち着かないのって、踊らされてるみたいだよね。不毛だ」
一人心地に呟いてから。和也は知らせを家人に伝えるべく元来た道を戻っていった。
卒業の文字も目前に迫った一月。

冬休みの在る一コマである。





合格祝いをしてくれるという師匠夫婦と家人。

準備があるから外で暇潰ししてろ。

師匠に命令されて和也はあてもなく関内をフラフラ歩いていた。
いい加減寒空の下歩くのも寒いので本屋にでも立ち寄ろうかと方向を変えた瞬間。
見知った帽子が目に飛び込んだ。
「げっ」
明らかに和也を見て相手は露骨に嫌な顔をする。
「あ、帽子君」
立ち止まった(固まった?)帽子少年へ和也は素早く近づく。
「僕に会う確率高いんだから、関内歩くときは気をつけなきゃ」
帽子少年の嫌そうな顔に和也は苦笑した。
「久しぶりだな」
社交辞令。
分かりきった挨拶に「久しぶり」和也も穏やかに言葉を返す。

 ・・・んー。師匠が帰って来いって言ってた時間までもう少しある。
 帽子君に付き合ってもらおっかな。

「勿論暇だよね?」
和也問答無用で質問。
この場から立ち去ろうとしていた帽子少年の腕を掴み。
「俺はな・・・」
逃げ腰。帽子少年は断ろうと口を開くが・・・。
「暇。だよね?」
笑顔の脅迫。和也の男には容赦ない性格を熟知している帽子少年。
冬の寒さに付け加え背筋を悪寒が走りぬけた。
「・・・」

 に、逃げられねーな。こりゃ。

帽子少年は諦めて大きく息を吐き出す。

「じゃ、行こうか」
笑顔のまま呪符をちらつかせ、無理矢理近くの自販まで移動。
ロイヤルミルクティーを二本買い、一本を帽子少年へ投げた。
「君も海央に通うんだってね」
和也はプルトップを上げた帽子少年へ言う。
「成り行き上仕方なく。俺だって私立に合格するとは思ってなかったよ。しかも星鏡がいるんだったら尚更だ」
哀愁漂うサラリーマンのように背中を丸める帽子少年。
これからの己を想像したのか複雑そうな顔つきだ。
「どういう意味?」
にこり。まだ仕舞っていない呪符を片手に和也脅迫。
「べつになんでもないです」
超棒読みで帽子少年は機械的に答えた。
和也もそれ以上は追及せず、己の缶のプルトップを持ち上げる。
「人生持ちつ持たれつだし、お互い様ってコトで」
「イヤ、俺が持ちすぎてねー?」
渋い顔の帽子少年。
「そう?」
思い当たる節は全て記憶から消去済みの和也。
怪訝そうに相槌を打つ。
帽子少年は黙って和也奢りの紅茶缶を口に含んだ。
「でもさ?海央なら師匠も先生してるし、それなりには動きやすいでしょ。霜月君だって事情を知ってる人間が多い場所に居たほうが楽だろうし」
気負いのない自然体。右手を差し出す和也。
「・・・いつ調べた?」
警戒の色を浮かべる帽子少年。和也をねめつける。
「へ?幻に直接聞いた」
和也は鋭い帽子少年の視線を受け止め事も無げに言う。

ひょおぉぉぉ〜。

二人の間を冷たい冬の風が吹き抜ける。
和也は差し出した手が冷えたのか、右手を引っ込めた。

「その手があったか・・・」
帽子少年もとい霜月少年。
相棒の能天気さを最近すっかり失念していた。
妙に打ちひしがれる霜月少年の姿がありました。

「霜月 涼(しもつき りょう)下永谷在住の小6。来春から海央入学予定。仏日Sの血が入っていて本来は金髪・緑眼・・・ふーん」
探るような目つきで霜月少年の黒い瞳を見る和也。
「んだよ?その目は」
「なんかさぁ?今まで偽装のためだけにカラーコンタクト入れて髪染めてたのかな?とか考えると手間暇かけてるな――――って、思って」

僕だったらそんな面倒はしない。ってゆうか?術があるしね〜。

付け加えてケラケラ笑う和也に、霜月少年は脱力。
「さよけ」
愛想程度の返答を返した。
「色々あるだろうけど霜月君なりに頑張ってね」
「お前もな!!」
「え?この僕が頑張ってないとでも?」
本日三回目。呪符+笑顔を湛えた和也。
「オモッテマセン」
最初の出会いから図太く逞しくなった和也の成長を。
喜んでいいのか嘆くべきなのか。
霜月少年は奇妙な敗北感に打ちのめされた。

暫しの沈黙。

和也は足早に通り過ぎる人々をぼんやり眺める。
霜月少年は早くも持ち上がった難題に頭を悩ませる。

「僕が一人前になったし。いちおう霜月君の監視許可ももらってる。実質は師匠が監視役だけど先生がストッパーになってくれるから問題ないよ」
真正面を見たまま和也が言った。
「へぇ?ついに星鏡が一人前ね」
帽子をとって霜月少年は前髪をかきあげる。
「これは師匠の・・・、僕にも色々あったんだよ。君には所々で助けてもらったし。感謝してるつもり」
和也の胸に去来するのは地獄の特訓の数々。
思い出すだけ身の毛がよだつ。

 ホント。僕、よく死ななかったよね〜。
 普通の妖撃者見習いだったら絶対に死んでたよ。

和也の師が聞いたなら。
『お前が普通の妖撃者じゃないから見合うだけの訓練をした』と切り返されてしまうだろう。
生憎和也のぼやきを訂正してくれる人物がココには居なかったが。

「希蝶と華蝶も。完全な力を持ってこっちへはこれないみたいだから。
アイツ本体の行方も知れないからね。
妖撃者としては日々の仕事をこなしましょう、ってことらしいよ。霜月君の周りも少しは静かになると思う」
飲み終わった空の缶を専用のゴミ箱に捨てに歩きつつ和也。
「よく認めてもらったな?新米なのに魅入られの監視なんて」
霜月少年は横目で戻ってきた和也を見る。
「僕が長の息子だって忘れてない?勿論監視役の決定は公平に行われてるから問題ないけどね。伊達に普段から猫被ってるわけじゃないんだよ」
さり気に性格の裏表の激しさが垣間見えてしまうのは。
絶対に気のせいじゃない。
霜月少年は和也の語る言葉を耳にして確信した。
「信用度を努力して上げただけ。僕なりに動けたほうがなにかと楽だし」
「信用度・・・な」
ぬるくなった手の中の缶を持ったまま、霜月少年は歩道の赤レンガを見る。
信用度というよりかは『猫被り度』の気もする。
案外自分は感情を露にしてしまう節があるので、今和也の顔を見るのは危険だった。
「僕と知り合いのほうがなにかと得だよ」
和也は悪戯っぽく笑う。
「じゃ、四月にね」
「おお」

俺は会いたくないぞ。

言葉を飲み込んで霜月少年は和也をやり過ごしたのだった。





場所は戻って星鏡家。

ピンポーン。少し間延びした調子のチャイム音。玄関のベルを鳴らす。

「お帰りなさい、和也様」

ガチャガチャ。

玄関のドアロックが外れる音。女性の声だ。

扉の向こうに立つエプロン姿の女性。
年齢は二十四歳前後。
百七十近くあるモデル並の長身。肩までの黒髪をゴムで一つに結んでいる。
切れ長の黒い瞳。短めの睫毛。顔立ちは純日本人。
和也の相棒霊犬の小春=コマだ。

「ただいま〜」
和也はマフラーを外しつつ玄関へ入る。靴を脱いで、ついでコートを脱ぐ。
脱いだコートを手に持って居間へ向かった。居間では我が家に居るが如く寛ぐ少年が一人。
夕刊をを広げて読んでいる。和也の足音を察して新聞から顔を上げた。
「よ!」
右目を隠した長い前髪が特徴の彼は、和也の師匠。
水流 氷(みずながる こお)その人。
前世が妖撃者の長という胡散臭い肩書きを持つ。
強すぎる潜在能力で老け難いオプション持ちでもある。
「師匠ただいま」
一人がけソファーにコートを投げ、和也は居間のテーブルセットの椅子に座る。
「そうそう、お前に通知が来てるぜ。ほれ」
テーブルの上に無造作に置かれたブルーの封筒。
和也の方へ弾いて氷が告げた。
「通知?だってこの間の試験に合格したから、一応僕の立場って新米妖撃者なんでしょ?
まさか取り消し制度とかってあるわけ!?ってゆーかずっと疑問だったんだけど、32世紀にもなって未だに紙で通知って古風すぎない??」
慄きながら和也はブルーの封筒に手をかける。
氷は黙ってニヤニヤ笑っただけだった。
「分かったよ、自分で読めばいいんでしょ。読めば」
自棄になって和也が喚けば氷は再び新聞へ目を落とす。
「・・・むっ」
和也は指で乱暴に封筒を千切り中の白い便箋を取り出した。
深呼吸一回。
良くも悪くも放任主義の師匠に感謝(?)し紙を開く。

コマは台所。
氷の奥方、胡蝶(こちょう)と喋っているのだろう。
賑やかな雰囲気と時折もれる笑い声。
対照的な静かな居間。和也は紙へ目を落とした。
「・・・」
見慣れた文字。
書き手は誰だかすぐ分かる。
あまり和也に手紙を書くようなタイプの人間ではない・・・と和也は勝手に思っていたが。
読みやすい大人の文字。几帳面そうな性格が窺える。
和也の瞳が穏やかな光で満ちた。

「コマ、胡蝶先生。ちょっといい?」
紙をたたんで封筒へ戻し和也は台所の二人へ声を張り上げる。
「はーい」
コマが返事をして二人の女性は会話しながら居間へ登場。
「ごめんね。二人にも聞いてほしいんだ」
空いている席をコマと胡蝶へ勧め和也は背筋を伸ばした。
氷は無言で新聞を折りたたみ和也の方へ顔を向ける。

「二週間に一回実家へ泊まりに行ってたでしょ?その度に母さんと父さん。二人と色々話してたんだ」
和也は静かに前置き。全員の顔を見て悪戯っぽく笑った。
「最初は緊張したけど、慣れれば結構普通に話せるもんだね。気兼ねなしに・・・はまだ無理だけどこれから少しずつ埋めていけばいいのかなって思う。大人の言い分全部受け入れてあげられるほど、僕は大人じゃないし」
大人達は黙って和也の言葉に耳を傾ける。
カチコチ秒針が刻む時の音が鮮明に聞こえるほど静かになった居間。
「中学生になるし。これから成人して就職するまでを相談して。その結果」
和也が手にした封筒を振る。
あっさり告げる和也に胡蝶は困惑顔。
「でも和也君はまだ中学生でしょう?そんなに焦って将来を決めなくても・・・」
「うん。だから家族との同居をしないってコトにした。僕なりの生活ってのはあるし。大人になってなにがしたいか。なんて決めるにはまだ時間もかかるしね」
文字通り親との同居拒否。
それを受け入れた親。
コマは驚きに目を見開いた。
「ですが、和也様」
「コマのせいじゃない。僕が選んだ。僕が望んだ。同居しない=家族を許せない。って訳じゃないから誤解しないで」
和也の言葉に釈然としないコマは
居心地が悪そうに椅子に座りなおす。
少し重めの空気に包まれた居間、氷が徐に口を開いた。

「次期長は和也の兄だからな。和也は次男だ。次男の特権らしく、世の中の色んな物と関わりもって面白おかしく過ごせばいいーだろ。大人になるのはその後でも十分だ」
まだ和也は子供。漠然とした未来は頭に描けても、リアルな未来図なんて頭にない。
今から将来を彼に決めさせるのは酷だ。
世の中は広い。

氷の暗に告げた言葉にコマは顔をゆがめて笑う。
それから氷へ深々と頭を下げた。

「そうそう!それが言いたかったんだよ。で、勿論同居人はコマ。これからも迷惑かけると思うけどよろしくね。彼女が来ても怒らないでね」
「善処します」
『彼女』の言葉に微苦笑してコマは答えた。
帰るべき家と家族としてコマを選んだ和也。
これからも様々な問題にぶつかるだろうが、きっと大丈夫。一人ではないのだから。

本当の意味での子離れ・親離れ。
和也離れが始まるのだ。コマは心の底から思った。

「師匠も先生も。学園のこととか仕事のことで迷惑かけるかもしれないけど。これからもよろしく!」
「ほどほどにな」
迷惑レベルにもよるだろ。
口には出さないが氷は適当にあしらった。
「わたしの方こそよろしくね」
和也の成長を垣間見て。
胡蝶も胸が熱くなる。目に見えて大人になったとか、身長が伸びたとか。
如実に現れるものではないけど。
日々少しずつ大きくなっていく。人として生きる。時間が流れる。
当たり前だけれど大切な事。

「後悔しても回り道してもいいの。和也君が幸せになってくれれば」
二十数年の回り道。
迷っていた自分を待っていてくれた。だから和也もきっと。
「回り道したほうが人生面白いよね」
あはははは。能天気に笑う和也に、
「回りすぎだ」
すかさず氷が冷たく突っ込んだのは言わずもがな。
四人は数秒口をつぐんで。
それから盛大に笑った。

笑った。





日々巡る季節は。
全てを過去にしてしまう。
同時に運ぶ未来の景色。
どんな色になるかは行動一つ。
これから和也も日々事件に勉学に運動に東奔西走するだろう。
物語に終わりはない。
和也がこの世界を去る日までは。


ええっと。32世紀表記誤字ではありません。本当はずーっとこの設定でしたので。建物描写とか昔と変わってないじゃんなんて指摘もあろうかとそれはこちらで解説モドキを。ひとまず和也主役のお話はお終いです。お付き合い頂有難う御座いました。