『昔日の残照3』



出かけたアティ+護人四名を見送るカイル一家。
同時進行で風雷の郷とラトリクスではある計画が進行されていた。

「ここまでやるなんて悪趣味だよね」
ラトリクスで機材の接続を手伝うウィルが顔を引き攣らせる。

「そうでしょうか? アルディラ様は自身の大切さをまったく理解されていません。
口先では反省しているでしょうが、どれだけわたしが心配したのか。深く考えては居ないように思われます」
ウィルに手伝って貰い機械を組み立てながらクノンがキッパリ斬り捨てる。

怒りが込められたクノンの容赦ない台詞にウィルは面食らって、動かす手を一瞬だけ止めた。

「悔しい、のだと思います。アルディラ様は感情を理解しようとして混乱し、自己処分を行おうとしたわたしをお怒りになりました。
ですが、アルディラ様もわたしと近い行動を取られています」

愛しい恋人と再会する為アティを生贄にしようとしたアルディラ。

感情を知る度に嫉妬心ばかりが芽生えアルディラと仲が良いアティに嫉妬し、八つ当たりのように自己廃棄を決めたクノン。

二人の感情の方向性は微妙に異なるが行った事に差異はない。
二人とも、事が成された後の自分の身など顧みなかったのだから。

「うん、そうだね」
ウィルもクノンの怒りは理解できるので素直に同意した。

目の前で皆を守る為、イスラの凶刃に掛かって死のうとしたアティ。
後先考えずに無責任だと怒鳴った自分が居たのは記憶に新しい。

クノンも感情の発露に乏しいが、感情そのものを持たない機械人形ではない。

最近になってやっとクノンとの接し方を会得したウィルである。

「結局ハイネル様に再会できないと知って、これまで守ってきたラトリクスの長の立場さえ放棄するなんて身勝手すぎます。
残されたわたし達にどうしろと仰るのでしょう? わたし達にはアルディラ様が必要なのです。……大切な、家族ですから」
クノンは昨日の怒りが込み上げてきたのか、乱暴な手つきで配線を繋ぐ。

が、怒りに震える手では上手く配線が繋げずクノンは暫し配線と格闘する。

実は昨日、クノンは死んでも構わないと投げやりに言い放ったアルディラの頬を叩いた。
クノンを筆頭とするラトリクスの住民に対する暴言である。
自分の欲を満たす為だけにアルディラがラトリクスを守ってきたなんて誰も考えていない。
アルディラなりに精一杯、護人としての勤めを果たしてくれていたのは、ラトリクスの作業機械だって知っている。
だからこそクノンは腹を立てたのだった。

「でもやっぱりコレはやり過ぎだよ。風雷の郷に行ったベルは何を手伝ってるんだろう? どっちにしろ の入れ知恵だし……なぁ」
一人ブツブツ文句を言い始めたクノンを他所に、昨日と変わらぬ美しい青空を仰ぎ見、ウィルはため息をつく。

アティを生体部品にされた件は確かに許せない。
でも願いは人の数だけある。
ぶつかりあうのも仕方がない、とも思えるウィルだ。

「ミャーミャッ!! ミャァ」

 気にするな。

ウィルから少し離れた場所で組立作業を行うテコが、首を横に振る。

「そうだね、テコ。気にしても仕方ないか。アルディラとキュウマが最後の悪足掻きをしないよう願うしかない」
同じ姿勢で作業を行っていたので身体が硬くなっている。
ウィルは肩をゆっくりと回し固まった筋肉を解すのだった。





アティがアルディラから詳しい個人的事情を聞き終えた後、アティは遺跡をどうするか。
決めるために集いの泉で四人の護人から更なる事情を全て聞く。

ファリエル、ヤッファは普通に召集に応じたのとは対照的。

キュウマは何故か簀巻きにされて、清々しい顔つきのベルフラウ・ヤード・スカーレルの手によって運ばれてきた。

その際、キュウマが激しく魘されていて『うぅう……雷は……はう』なんて魘されていたのはご愛嬌である。

全員の気持ちを確かめないと決断は下せないから。

なんてアティらしい理由で。

長時間話し合った結果、アティは

『ファリエルさんとヤッファさんの気持ちも分かります。アルディラさんとキュウマさんの気持ちも分かります。
だけど二つの願いは矛盾していて、両方を叶えるのは無理です。だから……ちゃんと考えて結論を出します。明日、また泉に集まってください』

こう宣言して一晩じっくり考えた。

それが昨日。

そして今朝早く、アティは『遺跡は危険すぎるから封印する』との結論を下し、見届け役である護人四人と遺跡へ出かけていった。
これが数刻前、である。





意気揚々と歩くファリエルの隣で、ファリエルとの会話に応じているのは何を隠そうバノッサだ。
アルディラとキュウマが馬鹿をやらないか、こっそりアティ達の後を尾行(つ)けたのである。
次を歩くのが項垂れるアルディラとキュウマ。
申し訳ない顔をしてアティが二人の背中を見詰め、背後をヤッファと人型のイオスが歩く。

「お帰りなさい、皆さん。どうでしたか?」
アティ達が帰ってくるのを今か今かと右往左往して待ち構えていたヤードが、船へ近づいてくるアティ達へ声をかける。

謝罪したアルディラとキュウマを信用していないわけではない。
ただ遺跡が無色の派閥によって作り上げられたと知って胸中穏やかでなく。

寛ぐカイル・スカーレル・ソノラ・ を他所に一人落ち着かなかった。

「はい、無事封印する事が出来ました」
ヤードの出迎えにアティが弾んだ声音で答える。

『無事、なぁ』

 ニヤリ。

薄っすら軽薄な笑みを湛えてバノッサがキュウマとアルディラに囁く。

「「………」」
やや青い顔をしたアルディラとキュウマは無言で何も語ろうとはしない。

「お帰りなさい。無事で何よりだわ」
そこへ、スカーレルが紅茶セットを一式持って帰ってきた面々の前に船内から出てきた。
がいつぞや差し入れたジャムも紅茶のセットには加えられている。

「まぁまぁ、立ち話もなんだから座って頂戴♪」
スカーレルは木箱を並べて作ったテーブルにカップとソーサーをセットして、大き目のティーポットから芳しい香りの紅茶を注ぐ。

てきぱき支度をするスカーレルの言葉に甘えてまずはヤードが席に着く。
次にヤッファが「よっこらせ」なんて年寄り臭い掛け声と共に席に座り。
黙り込んだアルディラとキュウマはバノッサに肩を叩かれ、慌てて手近な席に腰を落ち着ける。

「ソノラと合同でクッキーを焼いたぞ。疲れた時には甘いものが一番だからな」
「そうそう! 沢山あるからね」
次に船の中から出てくるのは大量のクッキー盛った皿を手にする とソノラだ。

『うふふふ、楽しそうv わたしは の隣』
ファリエルが自分の座った席の隣を指差し を名指しして招く。
『逆は俺が座る』
さり気に牽制なのか?
果ては単純に久しぶりに会う妹とお茶がしたいのか。
バノッサは相変わらずの鉄面皮でファリエルとは を挟んだ隣に腰を据えた。

「僕はテコの姿に戻るよ。これ以上の肉体労働はしたくないからね」
バノッサと を巡って争うだけ無駄骨である。
マグナよりかは機転の利くイオスはあっさり本来の人型を放棄、白テコ姿になって のひざの上を陣取った。

カイルも遅れてやって来て全員が席に着けば、バノッサが主観を交えず、淡々と尾行結果を報告する。

「ほぅ? つまりは未練を断ち切れなかったという訳だな?」
一通り兄の説明を聞き終えた がキラリと目を光らせた。

「でも! 助けてくれたんですよ? 最後は」
クッキーを咀嚼していたアティが口の中のクッキーを飲み込み、繕うように二人を庇う。

『最後は、だろう? けじめはきちんとつけさせるべきだな』

封印の剣は二つなければ効力を発揮しない。
またもや取り込まれかけたアティを見捨てようとしたアルディラとキュウマ。

バノッサは唇の端を持ち上げた。

「でも……封印は出来たんです……」
アティは悪戯の見つかった子供の顔で口先を尖らせ必死である。

歓喜の声をあげる遺跡に強烈な一撃を与えて脅したバノッサの勇姿。
遺跡の歪んだ精神が放つ暴言を耳にし、我に返ったアルディラとキュウマの協力でアティは剣を封印する事が出来た。

『当事者はそれで構わないかもしれねぇが、当の二人の自尊心はそれじゃぁ傷ついたままだろう? クノンやミスミに示しもつかないな』
バノッサが皮肉交じりに尚も二人を糾弾すれば、アルディラとキュウマが顔を上げ、

「覚悟は出来てるわ」
「ええ、覚悟は出来てます」
異口同音で決意を表明した。

「ならば後で覚悟を各々の集落の者の前で示すが良い。クノンとミスミが汝等を案じておったからな?」
獲物を射程範囲内に収めた狩人の目、をした が半分だけの真実を二人へ告げる。


「知らないってのは幸せだよね〜、あの二人」
ソノラが小さな声でファリエルの耳に囁き、そ知らぬ顔でクッキーを口へ放り込む。
『あははは……』
ファリエルからすれば笑うしかない。

がどれだけ『怖い』のか、きっとアルディラとキュウマは知らないだろう。
表面上は和やかに進むお茶会は、予測範囲内の来客によってお開きとなるまで続くいていた。



Created by DreamEditor                       次へ
 やっぱりキュウマとアルディラは遺跡復活に対して未練タラタラだったらしい。
 尾行したバノッサ兄とイオスにばっちり目撃される。ブラウザバックプリーズ