『昔日の残照2』




授業をしに戻ってきたアティをベルフラウとウィルが叱咤。
生徒に怒られるアティも見慣れた光景で、カイル達は普段の自分達を装いアティを再度ラトリクスへと送り出す。

それから に尋ねられて自分達で結論を出した通り、各人が各人の意見を持って目的の人物の元へ出かけていく。

全員を見送って、 はカイルと海賊船漂着近くの砂浜へ足を伸ばしていた。

「こうしておれば『楽園』なのだがな」
そよぐ潮風に身を任せ が呟く。
「ファリエルの兄さんが夢見た楽園、か」
カイルも陽光を浴びて輝く自分の前髪を払いのけ、波立つ海面を眺めた。

概ね晴れる日が多い島での生活に於いては日光浴が主な寛ぎスタイルである。
もカイルも火急の用事を思いつかず砂浜で日光浴の真っ最中。
水平線の向こうを渡り鳥らしき黒い点が移動していた。

「ん? ……あれは??」
森の奥から海賊船の方向へ歩いてくる人影一つ。
見咎めた は懐から銃を抜き放ち迷いなく人影を撃った。

人影手前の樹が銃に撃ちぬかれ二つに折れる。
樹が折れたのを見届けてから は銃を懐へ仕舞う。

「久しいな、アズリア」
ギョッとして立ち竦む人影に手を振って笑う は絶対に怒らせたくない。
決意も新たにカイルは額に手を翳して人影が本当にアズリアかどうか確かめた。

「貴様!! なんの真似だ」
肩を怒らせツカツカ歩み寄ってくるのは本物のアズリアである。
額に浮かんだ青筋が彼女の怒り具合を如実に示していた。

「いや、海賊船には誰もおらぬからな。行くだけ無駄だぞ」
小さな親切大きなお世話。
は地で実演してアズリアの抗議をさらっと受け流す。
アズリアはきつい眼差しを とカイルに送っていたが、無駄だと悟ったのか、ガックリと肩を落とした。

「何故……普通にそう言えない」
苦悩の色が濃いアズリアの本音にカイルは笑いを噛み殺す。

敵の将であるアズリアも に掛かったら形無しだ。

この遣り取りを他の仲間が見たなら腰を抜かして驚き、やっぱり らしいと納得するだろう。

自分だけが目撃者になれた幸運を味わいながら、カイルは懸命に口を手で押さえた。

「我の流儀なのだ、すまないな? 付け加えれば我の名前は だと申したであろう。出来れば名前で認識してもらいたいものだな」
立ち尽くすアズリアに座るよう指で示し、 は砂浜に落ちる木の陰に座り込む。

呆気にとられていたアズリアは が譲る気など毛頭ないと早々に諦めたか。
渋々 の隣へ座り込んだ。

「島での暮らしは僥倖か? すまない、汝を揶揄しておるわけではない。剣の件を除いて尋ねておるのだ。それとも部隊で動く汝等には窮屈か」
はアズリアに睨まれ、慌てて問いかけに使った言葉の真意まで説明する。

「……ここまで手付かずの自然が残っている島は、正直珍しいと思う」
アズリアがカイルの存在を気にかけながら小さな声で答えた。

「表だけ見ればこの島は楽園で、召喚獣達が屯する、要塞となりえる島だ」
は含みを持たせ言い、胸いっぱいに潮風を吸い込む。

膝を立てて座る姿勢なので自然と手が砂へ付く。
手持ち無沙汰の手でサラサラの砂を掬っては落とし。
はアズリアの反応を窺う。

 本当に召喚獣を道具として見るのか?
 軍隊を任される汝になら分かるだろう?
 軍人を、部下を道具と見做してしまうのは簡単だ。
 戦において道具扱いする事も大事だ。
 だがビジュやギャレオ、イスラを庇う汝を見ているとな……。

 汝 には荷が重すぎる気がしてならない。
 優しすぎるのだ、汝も、アティも。

何度となくカイル達と激突し、敗退を重ねるアズリア率いる海軍。
アズリアは兎も角として、一般兵の疲労と心労はピークに達する頃だろう。
見慣れない土地、原始的な島、何より島を支配するバケモノ達。
歩み寄る事が出来ない彼等にこの島の生活は酷だ。

「何が言いたい?」
目に突き刺さる陽光の眩しさに目を細めたアズリアが隣の を見る。

「表があれば裏がある。この島の成り立ちはアティから聞いておっただろう。
島を守ろうとして死んでいった召喚師や、他の召喚師達の怨念が渦巻く危険な島なのだぞ。それでも汝はこの島を有益だと考えるのだろうか」
は改めてアズリアの音から無色の気配がしないのを確かめ。
心の中だけで深々とため息をつき、遠まわしに忠告する。

「帝国にとっては有益だ」
私情を挟まないアズリアらしく、迷いもなく即答される。

「島に在る力、はぐれの実力然り、アティの持つ剣も然り。巨大な力は内部分裂を生むだけで得にはならぬ。力の所有権を巡り争いが起きる」
は手にした砂をアズリアの目の前で砂浜へ落とした。
零れ落ちる砂に混じった何かが光を反射してキラキラ光る。

 厳密には違うが、ゲイルもその一つの例といえよう。
 ゲイルの力を巡り。
 蒼の派閥は封印を選び。
 デグレアはゲイル利用を画策し。
 メルギトスもゲイルを手中に収めんとアメルを付け狙いおった。

 人の手に余る力は往々にして悲劇を生む。

「帝国軍は に心配されるほど柔じゃない。そもそも私と は敵同士だろう」
ここでは未来の事件に想いを馳せた に、アズリアは何度かの呆れた気持ちを前面に押し出し立場の違いを明らかにした。

これまで散々帝国軍の邪魔をしておいて急に心配してくるなんて。
やっぱりこの少女は何を考えているのか分からない。

アティ達とは違う視野を持っているとアズリアは感じる。

「我は汝等を敵だとは考えておらぬのだがな」
困った風にぼやく の仰天告白にアズリアは勿論、カイルですら目を丸くして固まる。

 最初から我の敵は無色と決まっておるのだ。
 その過程で汝等が横槍を入れておるだけだぞ?
 まぁ、アズリアも一種の被害者に該当するからな。
 出来れば穏便に和平を結びたいものだ……。

日がたつにつれ近づいてくる気配。
無色の悪意に満ちた気配をおぞましく感じながら、 は下準備だけはと考え兄とイオス共々裏で奔走していた。

「降りかかる火の粉を払ってはいけない法はないだろう? はいそうですかと、命を差し出せるほど我は人生諦めておらぬ」
が現実的な答を返せばアズリアは顔には出さないものの困惑する。

アティに代表されるように島の住民+海賊達が帝国軍を敵視しているのは明らかだ。
帝国軍が搬送していた封印の剣の所有を巡る過程で発生した敵対の構図。
本気でアティ達を追い込もうと戦いを挑んでいるアズリアを、帝国の将を前に『敵ではないと考えている』とは。
なりの冗談なのか何かの警告なのか。
軍人として優秀なアズリアでさえ判断しかねる。

「女隊長さんさ、アンタは本当はどうしたいんだ?」
カイルはここで始めて核心を突く。

この場に他の仲間がいないのでアズリア本人に直接尋ねる事にしたのだ。

アティとの話し合いに応じたかと思えば、弟を使いスパイ活動。
ウィル・ベルフラウを人質に取ったビジュの失態に怒りつつもビジュを助け。
次に弟がスバルを人質に取って碧の賢帝を奪い、アティの命を奪おうとした時はアティを庇おうとしていた。

軍人として的確な行動を取ったかと思えば正反対の人情溢れた態度を見せる。

「俺等みたいな海賊にまで正式に宣戦布告したりして、真っ向から来るなんてよ」
カイルが不思議そうにアズリアのつむじを見下ろす。

ギャレオも、刺青の卑劣なビジュも、アズリアの弟のイスラでさえ。
カイル達をただの『海賊』としか認識しておらず、まともに相手にする必要はないと考えている筈だ。
戦う都度、見下す視線を浴びているカイルには彼等の考えが手に取るように見えていた。
けれどアズリアだけは違う。
たかが海賊と侮ったのは初回だけ。
カイル達の底力を知ってからは自分が指揮をとり戦いにも参戦している。

「例え相手が海賊であろうと、私は最低限の筋は通すつもりだ。この島に来て海軍の誇りまで失ったつもりはない」
言いながらアズリアは立ち上がり、軍服の裾に溜まった砂を手で払いのけた。

「時間を置いてまた来よう。次は戦いになる、覚悟しておけ」
実にアズリアらしい捨て台詞を残し、今度こそ本当に彼女は森奥へと戻って行く。
も銃で威嚇射撃を行う非礼はせず黙ってアズリアの背中を見送った。

「一々律儀に忠告して帰るあたりがアズリアらしい。自覚はないだろうが、アティによく似ておるとは思わぬか?」
はカイルを手招きし、傍らに座らせて誰も居ないのにカイルに耳打ちした。

「妙に生真面目なところとか、案外頑固なところとか、情に脆いところとかな。他にも沢山あるぜ、きっと」
カイルが指折り数えてアティとの共通点を順に挙げていく。

「ふふふ、カイル。汝は人を見る目が上達してきたようだな。目覚しい進歩だ」
を基準に判断されたのではカイルが気の毒だ。

「厭でも鍛えられる場所に居るからな〜、俺は」
揶揄されてもへこたれずカイルは余裕のある態度で に切り返す。

この島で一番の成長を遂げているのはアティやウィル、ベルフラウでもなくカイルなのかもしれない。
は詰まらなそうに頬を膨らませ、その頬をカイルに突かれるのであった。



Created by DreamEditor                       次へ
 本当、カイルの成長には私もビックリです(え?) ブラウザバックプリーズ