『昔日の残照1』




ラトリクスと風雷の郷を往復するアティ。
心労で倒れたアルディラと、己の失態を恥じて姿を消したキュウマと話し合うべく奔走している。


クノンとゲンジからそれぞれ話を聞いた は興味を示さず、カイルの海賊船でベルフラウとタコ料理について検討を繰り返していた。
「煮たのも生のも駄目なのよ、皆は」
タコの生け作りを頬張る とベルフラウを取り囲む、ソノラ・ヤード・スカーレル・ウィル。
流石の兵もタコは駄目らしい。
タコは。

「美味いのに食わず嫌いとはなんと我儘な」
「言い分は理解できるけど? でも に『我儘』って単語を使われる自体屈辱ね」
久しぶりに食べる和食に近い食材。
タコを食べてうっとりする の冷たい一言に、すかさずベルフラウがツッコミ返した。

「さて、上手い料理を囲みながらの議題は只一つ。汝等も彼等の話を聞いたのだろう? 大人な汝等はどう消化したのだ、彼等の言い分を」
はベルフラウの尖ったツッコミを聞き流し本題に入る。

アティがいない今、確かめておきたい。
カイル達がどれだけ『アティ個人』を大切にしているかを。

 碧の賢帝の主だから、アティを助けてきたわけではあるまい?
 その気持ちが汝等の胸に息づいておる。
 たったそれだけの事実がきっととてつもない奇跡を生む。
 サイジェントでの体験、無駄にはせぬぞ。

裏で帝国の件(くだん)の人物と繋ぎを取っているバノッサとイオスの苦労にも報いたい、こう考えている である。

「要点整理からしても良いですか?」
ヤードが挙手して意見を述べれば が鷹揚に頷く。

「封印の剣は無色の派閥の始祖達によって作られました。目的は只一つ。核識となり、この島を守ろうと反旗を翻したハイネルという召喚師の力を封印する為。
遺跡ごとハイネル氏の意識を封印する事に成功した派閥は剣を厳重に封印。遺跡が、ハイネル氏が目覚める事を恐れ、詳しい経緯さえも抹消し現在に至っています」

なるべくゆっくりと喋ったヤードの要点を抑えた解説に、全員が深く頷く。

「少ない文献から……わたしのかつての師が。要は無色の派閥の召喚師が、剣の存在を知ります。彼の指示でわたしは剣について調べました。
途中は省きますが、わたしは剣の危険性を知り派閥を離脱。
途中、帝国軍に剣を奪われカイルさん達に助けてもらい奪還に乗り出します。その過程で島に漂着、碧の賢帝はアティさんを主に選びました」

流れるように語るヤードにカイルとウィルが首を縦に振った。

「帝国軍が船で剣を運ぼうとして嵐が起きた、そして遺跡がある島に到着した。これは、引かれ合う封印の剣と遺跡が引き起こした現象、と考えれば全ての辻褄が一致します。
遺跡が復活する為、新たな部品となるアティさんを剣の主として島へ呼び寄せる。果たして遺跡と剣の思惑通りアティさんは島にやって来て遺跡に近づいていきます」

今度はベルフラウとソノラが揃って口を真一文字に引き結ぶ。

「島で起きたハイネル氏の反乱に深く関わってきた護人達は、それぞれ二つの考えを持ってアティさんに接してきたようですね。
ヤッファさんとファリエルさんは現状維持を望んでいます。平和になった島に遺跡を復活させれば、外部との軋轢が起きるかもしれないと危惧しているからです」

最後に とスカーレルが遺跡の方角を一瞥し、再びヤードへ視線を戻す。

「逆にアルディラさんとキュウマさんは遺跡の復活を望んでいます。アルディラさんは慕っていたハイネル氏にもう一度会う為に。キュウマさんは主だったリクト氏の『妻と子供にシルターンの景色を見せたい』という遺言を果たす為に。
ところがアティさんを部品として使う段階になって邪魔が入る。わたし達に対するファリエルさんの助力と さんの激励があって全ては振り出しに戻ったわけです」

努めて客観的に喋り終えたヤードは、ここまで言ってから大きく息を吐き出した。

「正直、ゾッとするよ……。アルディラやキュウマの気持ちもなんとなくね、分かるよ。でも代償が先生そのものなんて、酷すぎる」
ソノラが鳥肌のたった腕を擦りながら嫌悪感を顕にする。

「関心はできねぇな」
妹分の意見にカイルが難しい顔をして相槌をうった。

「願いの形が違うのね。誰の願いも考えて当然のものばかりだわ……島の成り立ちを考えると。勿論アタシだって先生を犠牲にするなんて案は却下よ」
スカーレルは深々と息を吐き出しながら寄せては返す波と、太陽を浴びて輝く白い砂浜へ顔を巡らせる。

島は一見楽園かと勘違いするくらい綺麗な長閑な温かな場所だった。
深く入り込めばなんてことはない。
表の楽園は作られた仮初で内部は過去の戦いの傷を癒せない戦士達が闇を抱えて生きている。
闇から光へ。
逃げ出せた幸運な自分の人生に酷似していて、スカーレルの胸は少し重くなった。

「下手したら先生の意識が遺跡に飲み込まれてたんだもの。本当、心臓が止まるかと思ったわ。アルディラお姉様とキュウマも危険を知っていて先生を利用しようとするなんて」
タコの刺身を飲み込んだベルフラウが力強く自分の考えを喋る。

「騙された、って思う。正直な感想としては」
思慮深いウィルの瞳が全員を見渡す。

「ただそれ以上に甘く見られた事が悔しい。別に僕はキュウマ達より優位に立ちたいわけじゃない。子供じみてるって言われたらそれまでだけど。
僕達を信用していないからキュウマ達は真実を隠して先生を遺跡へ誘導した。その事実が悔しいよ」
ウィルの言葉尻から出てくるのは悔しさだけ。
アティを失いかけた怒りや後悔といった態の感情は一切感じられない。

「一緒に帝国と立ち向かって島を守っているのに……根幹で信用されてなかった。結局キュウマ達からすれば、僕達はリィンバウムの人間という認識の域を脱していないのかもしれない」
淡々と語るウィルの意見に誰もが黙り込む。

巻き込みたくないから黙っていたと謝ったファリエルの気持ちも分かる。
けれど帝国と戦い、島の危機ジルコーダ襲来も共に防いだ仲間達だ。
生まれや育ちの違い、認識の違いはあるけれど乗り越えられると。
乗り越えて島で暮らす仲間になったのだとカイル達は考えていた。

遺跡内部でアルディラとキュウマが本心を吐露するまでは。

「少なくとも、互いに背中を預けるには足りる存在だと思ってましたが」
ヤードは最後の部分に自分の考えを明確に入れず、言葉を濁した。

半ば全員の悔しさを代弁するようなヤードの意見に場の空気が増して重くなる。

「あいつ等の上っ面だけしか見なかった俺等も悪い。当然、俺等の上っ面しか見る事の出来なかったあいつ等も責任がある」
長い長い沈黙を破り、カイルはこれまでを総括、雄雄しい空気を滲ませる。

「どうしちゃったのカイル!? 妙にグッとくる意見じゃない」
すかさずスカーレルがカイルの両肩をがっしと掴んで前後に揺さぶった。

「うん、そう思う」
ベルフラウもベルフラウで、スカーレルの言葉に即座に同意する。

「アニキ、島に来てから大人しかったけど。やっと何時ものアニキらしくなって」
泣き真似をして目尻を拭う仕草までするソノラ。

ヤードは普段のカイルを知らないし、 は興味なし、ウィルも取り立てて関心がないので。
心の中だけで『普段のカイルはとても頼りになるんだ』等とかなり失礼な考えを浮かべていたりする。

「腹を割って話し合いたいモンだな。あいつ等の苦しみなんて俺らには理解できない。だがどれだけの悲しみを経験してきたか、話を聞くくらいは許されるだろう?
先生ばかりに重苦しい話を任せるのは公平じゃねぇ。俺はそう考える」

島奥深くに封印されてきた悲劇。
島の面々が話そうとしないから黙ってそっとしておいた。

だがそれだけでは駄目だ。

が行動で示したように、相手を信頼し、相手を受け入れなければ絆は繋げない。

確信してカイルはこう持ちかけた。

「うん! アタシも賛成!! ファリエルが女の子だって知って、もっと仲良くなりたいって思った。
わざとじゃないけど隠されてて悔しいし、ファリエルから根掘り葉掘り色々聞いちゃうんだから!」
グッと握り締めた拳を天へ掲げてソノラが決意を固める。

「じゃぁ僕はヤッファでも宥めてくるよ。僕自身メイトルパの召喚術と相性が良いし、ヤッファの持つ知識は役に立つから」
ヤッファの持つどの知識に狙いをつけたか。
ウィルがニッコリ笑って自分からユクレス行きを明言した。

「先生はきっとアルディラ姉様を説得すると思うのよね。だったら、わたしはキュウマ捜しにでも出かけようかしら。ヤードとスカーレルも付き合ってくれるでしょう?」
ベルフラウがヤードとスカーレルに自分から協力を願い出る。

「ええ、協力してキュウマさんを捕まえましょう」
「鬼忍を捕獲ねぇ……あははは、楽しそう♪」
捜すと捕獲では大きな違いなのだが、これでキュウマの運命はほぼ九割決定されたようなモノである。
三人を除く全員がキュウマの冥福を祈った。


「じゃぁ俺は姫の護衛だな」
カイルはニカッと豪快に笑って の肩に手を置く。
「……好きにしろ」
ここ数週間で姫のあだ名が浸透したカイルの呼称を訂正する気にもなれず。
はぶっきら棒にこう答えたのだった。


Created by DreamEditor                       次へ
 ゲーム上では語られてませんが……。
 カイル達もアティを利用しようとした、護人に対しては少なからず悔しい気持ちを抱えたのではないでしょうか?
 と思って。ブラウザバックプリーズ