『陽気な漂流者2』




麻痺して奇妙な鳴き声をあげるサハギョを放置。
はスバルとウィルを問答無用で正座させ、二人相手にお得意の説教をかましていた。

「分かっておるのか、スバル。汝はまだ子供で母上殿の保護下にあるのだぞ? もし汝に怪我でもあれば、我やヤッファは母上殿になんと詫びれば良い! 答えよ」
仁王立ちして凄む は顔立ちが美形なだけに迫力満点。
スバルは何故か母親の怒り顔を から連想してしまい首を竦める。

「ご、ごめんよ……けど! オイラは犯人を捕まえようってつもりはなくて。正体を知りたかったんだ!! そうすればウィルだって……」
確かに初めて見たニンゲンは少し変で、スバルの想像と違っていた。

歳も近いし、マルルゥとは違った友情が築けそうな雰囲気だったから。
だからスバルは自分の失言の挽回をしようと一人先走ったのだ。

結果は惨憺たるモノだったけれど。

「僕からも謝るよ、先走ったのは確かに悪い事だけど。スバルだって自分で全てを解決しようとしていた訳じゃないんだし……目くじら立てて怒らないで、これ位で許してよ」

初めて体験する正座に足は痺れ、数ミリ動かしただけでも身体中をゾワゾワが駆け巡る。
スバルを擁護しつつ自分の窮状も訴えて。
ウィルはまだまだ続きそうな の説教に終止符を打とうとした。

? 怒りたい気持ちは分かるけど彼等は初犯だ。そろそろ許してやったらどうだ? 正座は正直、シルターンに縁のある者じゃないと……結構きついんだ」

片目にかかる前髪を払い、イオスがウィルとスバルの顔色を見定め口を挟む。

二人とも自分がどれだけ無謀な行動を起こしたか理解しているし、 の説教(というより正座)に相当堪えている。
ならばこれ以上クドクド説教しても二人を余計に落ち込ませるだけ。
だったら気持ちを切り替え、今頃心配しているであろうマルルゥとヤッファの元へ帰るのが妥当だ。
取り成すイオスへウィルとスバルが感謝の眼差しを送り、期待に満ちた瞳を へ向ける。

「……空におる汝の父上殿にも申し開き出来ぬのだぞ? くれぐれも無茶はするな、母上殿を困らせるでない」
は渋々言葉を締め括り手をヒラヒラ振ってウィルとスバルに合図を送った。

スバルは比較的すっと。
ウィルはその場で足を崩して悶絶し、それぞれに正座を解く。

「だからこそ強くなりたい気持ちはあるじゃないか。スバルはきっと母親を護りたいんだろう? だから強くなろうと急いでいる。
ウィル、君は確かマルティーニ家の子供だったな。なら強くあれと、その努力をするのは当然の行為だ」

二人の子供の顔はかつての己の顔に重なる。
イオスは少年達の気持ちを汲み取って、改めて二人を擁護する。

「イオス、何が言いたい」
擁護発言に混じる己への非難。
しっかり感じ取って はイオスをねめつけた。

「理由は色々だけど、それぞれに皆強くなりたいと願っているという事さ。大切な誰かを護る為に…… が今迄そうしてきたようにね。
無鉄砲な行為をされると見ている方がハラハラするという気持ち、少しは理解したのか?」
傀儡戦争の時より遥かに落ち着いた、穏やかな顔でイオスは へ告げる。

を巡るマグナとの攻防は続行中で、いい加減鈍い も僅かに事態を把握しているような。
していないような。

種族の思考の違いというのがネックになって、 とイオス、マグナ他諸々は互いに親友以上恋人未満。
なんて何年か前に流行した恋愛小説バリの間柄へと発展している。

「むぅ、口だけ達者になるイオスは嫌いだ」
「僕はそんな君が好きだけど」
が口先を尖らせて剥れればイオスはさらっと気障な台詞を吐いた。
他の男がすれば歯の浮くような単語でも、顔立ちの整っているイオスが言うと様になる。

「「……」」

 不思議だ……そして自分達にはまだちょっと遠い世界だ。

スバルとウィルは突如出来上がるイオスと の世界に目を丸くして互いの間抜け面を眺めあう。

 チチチチ……。

リィンバウムでは馴染みのないカラフルなメイトルパの小鳥が樹上を飛び、森を通り抜ける微風が下草を揺らす。

「スバル、君はある程度戦えるような動きをしていたけど? 誰かに教えてもらっているのか?」
子供二人が白けた空気を醸し出すので、イオスが慌てて話題を変えた。

何せ今日が初対面。
幾ら鬼人の子だからといって戦えるとはイオスも思っていない。
ただ、スバルの身のこなしがきっちり訓練されたものだったから。
純粋に疑問に思った。

「おう! 父上に仕えていたキュウマっていう鬼忍から色々。母上もすっごく強いんだぜ。でも……修行とかいって型ばっかり教わってるだけで。物足りないんだ」
スバルは言いながら段々語尾を弱めいく。

護人として母親と自身を護ってくれるキュウマ。
頼りになる大好きな家族同然の鬼忍。
でも教えて貰うのは基礎的な型ばかりで、スバルとしては大いに不満だった。
今は亡き父親が同い年くらいには戦いに参戦したと知ってからは尚更である。

「物足りないからと言って我の家に毎日押しかけても強く成れぬぞ」
はからかい半分でスバルを挑発する。

マルルゥを介して知り合って、 の実力を知って以来、毎日 と勝負をしようと朝一番でやって来るスバル。
心意気は買うが、漠然と母を護るといった目的で強さを求めるだけでは何をしても無駄だ。
本心が伴わない強さはいつかその強さによって崩壊する。
メルギトスのように。

マグナとトリスが証明したからこそ は自信を持ってスバルへ言えるのだ。

「だって はすっごく強いじゃないか!!」
冗談で飛び掛ってきたメイトルパの亜人を鮮やかに撃退した
その姿は今もスバルの脳裏に鮮明に焼きついている。

「戦い方のスタイルが違うと申しておる。シルターンの鬼人と我とでは戦い方の流儀が違うのだ、師がおるのなら師から学んだ方が早く強くなれるぞ」

は彼等に明かしていないが神である。
本物の神様なのだ。

基礎的な能力が違う とスバルとでは取るべき修行内容が異なるのは当たり前。
が断言するとスバルは腕組みしてうんうん唸り出す。

「武器を構えて振っているだけで、本当に強くなれるのか。疑問に思うかもしれないが、素振りや型は精神統一にもなるし自分の基礎となる。無駄じゃないさ」
奇妙な表情をするスバルの頭を二度、軽く叩いてイオスなりに慰める。

「それにスバル、戦略も必要だよ。スバルがきちんと修行を受けているのは分かるけど、スバルは一人で戦うわけじゃないだろ?
だったらさっきイオスさんと がしたみたいな連携できる戦略も必要なんじゃないかな?」
畳み掛けるようにウィルも考えを口に出した。

ウィルは書物や家庭教師から教わった知識を総動員しての結論と。
目撃したばかりの とイオスの連携に不本意ながら、羨ましいと思ってしまったから。

自分にはそんな風に信頼し合える身近な存在が居ない。
言ってちょっぴり落ち込んだウィルの手の甲にテコが擦り寄り、小さく鳴いて頷く。

 この島に来てから調子が狂いっぱなしだけど。
 僕にも友達出来ちゃったんだよね……。
 本当、人生何が起きるんだか分からないや。

テコは島で出来た初めての友達で相棒。
誓約の儀式はしていないけれど、お互いにお互いの気持ちが通じ合う友達。

破天荒な美少女、 は二番目。
分け隔てない公平な態度はウィルの心を軽くして余計な鎧を壊してしまう。
不思議な力を持った不思議な友達。

マルルゥはおっちょこちょいだけど、楽しい友達。
あの人懐こさは自分にはナイモノで、見習いたい反面、あんな自分は想像できないと思う。

ヤッファは保護者? 友達と呼ぶのはおこがましい気がする。
だから感謝する相手。

「あ〜!!!! 皆で一辺に言ったらオイラ分からなくなる〜!!!」
スバルが四方から意見を浴びせられ、混乱気味に地団太を踏む。
頭を掻き毟るスバルを横目に、ウィルは新しいシルターンの友達の態度に失笑した。

「焦る必要は無いよ。スバルが必要だと思う速度で強く成ればいいんじゃないかな?」

自分も人(鬼人)の事は言えた義理ではないのだが、彼を見ていると足掻く自分に重なってなんとなく放ってはおけない。

普段のウィルなら絶対にこんな風にお節介を焼いたりはしないのに、相手がスバルだからなのか。
この島の空気がそうさせるのか。

ウィルの口から労わりと励ましの単語が口をついて出る。

「ウィル……オイラ……」
嬉しいような擽ったいような、二つの気持ちが混ざり合った感情にスバルは多くを語れない。
ウィルの名を呼ぶだけが精一杯だ。

「マルルゥの言葉を借りるなら、ウィル・スバル、汝等はもう友達であろう? 歩み寄り仲良くするのだな。二人で修行すればキュウマとやらの鼻を明かせるかもしれぬ」

スバルとウィルが望まなくても。
互いに一致団結しなければならない非常事態が、海の向こうから押し寄せてくるのだ。

その原因はもう既に島へ上陸済みだろう。
胸の中でスバルとウィルに手を合わせ は最後にこう締め括った。

「うん、宜しくな! ウィル」
持ち前の性格で立ち直ったスバルが瞳を輝かせてウィルへ手を差し出す。
「こっちこそ、宜しく」
「ミャ〜♪」
ウィルもスバルに応じて手をしっかりと握り返した。

便乗してテコも相槌を打ち二人が握手する上に着地。

和やかな空気が流れた中でマルルゥとヤッファの必死の声がジャングルに響き渡り、和み組がヤッファ達の逆鱗に触れたのはまったくの蛇足である。



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 こうしてウィル君は先生達とは違う方法で島に馴染んでいくのでした。ブラウザバックプリーズ