『話題休閑・陽気な漂流者2後』
比べるも無いレベルでムッとしているヤッファに酒を注ぎ苦笑するのがバノッサ。
妹は時と場合を考えず『友愛』を広めるので、ユクレスの責任者であるヤッファには多大なる被害を齎しているらしい。
『俺が謝るのは簡単だが、
はこれからも確実に被害を出すだろうからな。今晩はこれで収めてくれると有難い』
何処から調達してきたのか。
芳しい香りを放つ芳醇な味わいの果実酒。
ヤッファの木製の椀に注ぎバノッサはたいして悪びれた風も無く告げる。
目線の先はヤッファの小屋外で語り合う とイオスの背中。
マルルゥは香りだけでダウンしたらしく、ヤッファの頭上で呂律の回らない台詞を吐いていた。
「確実な被害って……なぁ」
椀の中の酒を一気に煽ってヤッファは疲労を隠せない声音でぼやく。
窓から見える月と見た目だけなら観賞に耐えうる とイオスの姿。
一見して大袈裟にため息ついてみせる。
兄が妹を貶している? のか、容認を求めているのか不明な発言がヤッファの苦悩を更に高めるだけ。
本当に剥げるかもと思ったのはヤッファだけの秘密である。
『見え透いた嘘をついても得にはならないからな』
バノッサは頭を抱え出しそうなヤッファを横目に、再度椀へ酒を注ぎ、クツクツと哂った。
そんなしっとり大人組とは別の、再会組。
はイオスへ詳しい事情を説明すべく月明かりの元、静かに口を開いた。
ヤッファをマルルゥを引き受けてくれている兄に感謝しながら。
その前に一つ。
何故、この島に来たのがイオスなのか、という事。
イオスの話によれば遊びに来たミニスとトリス、ルウが新たな召喚術の開発に怪しい召喚術を発動して。
イオスが耳につけた
からのピアスがそれに反応し、気がつけばテコの姿を借りてベッドで気絶していた……等という顛末だったらしい。
「過去の帝国領にある、地図に無い島。この島の争いを未来ある展開で終わらせなければ、リィンバウムの歴史そのものが狂うという事になるのか?」
に呼ばれた? 引き寄せられた時点で平穏な騎士団暮らしは諦めた。
イオスは一通り から聞いた話を自分なりに解釈して、要約した部分を
へ問い返す。
「ああ、そうだ。ハヤト兄上とトウヤ兄上が誓約者にならない未来が来るかも知れぬし。マグナとトリスがメルギトスに敗れる歴史が訪れるやもしれん。
ハイネルの言葉を借りるならそのような不確定な未来が訪れると、そう判断しても構わぬのだろう」
背後で今後の厄介を想像して悶えるヤッファと笑っているバノッサ。
二人の声を聞きながら
は訥々とイオスへ答える。
「エルゴの王の誕生が良き事か、悪しき事かは分からぬ。だが兄上達や我や、サイジェント、ゼラム、金・蒼の派閥。
全てを繋いだ絆をこの島の遺跡如きに壊されるのは納得がいかぬのだ。ハイネルも、本来の運命の流れを取り戻して欲しいと願っておったからな」
は口角を持ち上げて悠然と微笑み、イオスへ手を差し出した。
共謀するか、主義に反するとして還るか。
自らの手札を曝け出してイオスへ返答を求める の態度は相変わらず凛としている。
イオスは眩しそうに
を見、口元を緩め異界の神の手を取った。
「……君に出会わなければ、エルゴの王が誕生しなければ。メルギトスによってデグレアを滅ぼされずに済んだかもしれない。
けれどそれは結果論だと僕は知っている。
偶然が重なって呼ばれたとはいえ、君の傍に居られるのは幸運だとも僕は知っている。勿論喜んで騎士(ナイト)の役目を引き受けさせてもらうよ」
イオスは の手を取り甲へ口付けを落とす。
結界が張り巡らされたこの島に呼び出された副作用か、 が魔力を補給しなければイオスは『白いテコ』のまま。
本来の姿を取る事が出来ない。
常にこの姿でないのは不満だけれど、そう多くを望むのも欲張りというモノだろう。
事情を知ったなら歯軋りして悔しがるマグナ&ハサハ&アメルを脳裏に描き、イオスは脳裏の彼等に勝ち誇った笑みを向けた。
「卑怯者呼ばわりされるやも知れぬぞ?」
ウィルとテコが既に眠りついている仮住まいの小屋。
数秒間だけ視線を送り は小さな声で呟いた。
全ての結末を知っていて未来を変えない為に動く。
完全に の都合だけで彼等を導く今回の冒険は、必ず誰かに非難を浴びる。
バノッサも も覚悟の上だ。
だから共犯となるイオスにも同じ覚悟を持って欲しい。
「
と一緒にそう呼ばれるなら光栄さ」
イオスが甘く囁けば とイオスの間を緑色の物体が飛んでいく。
目がまったく笑っていない、顔もまったく笑っていないバノッサが。
ヤッファの制止も聞かずにヤッファの物であろう緑のサモナイト石を投げていた。
「兄上の不興を買うようなら、還ってもらわねばならぬぞ」
生真面目な顔をした
が小首を傾げイオスへ告げる。
「肝に銘じておくよ」
バノッサの殺気に当てられて一気に吹き出る嫌な汗。
力なく応じイオスはかなり遠くへ飛んでしまったサモナイト石を捜索すべく重い腰を上げた。
手をヒラヒラ左右に振って暗闇に消えるイオスを見送り、
はバノッサとヤッファの元へ戻る。
「
〜!!! お前のニイチャンはど……」
どうなってんだ!? 過保護すぎだろう!!
言いかけるヤッファの口へ手を近づけ、 がそれ以上は語るなと目で伝えた。
それから
はバノッサの隣に座り、兄に凭れかかりながら夜空に美しく鎮座する月を見上げる。
「家長であり長男である我の兄上だからこそこの程度だ。他の兄上や姉上ならもっと怖いのだぞ。下手したらユクレスが炎上しておったかもしれん」
歳を重ねる毎に過保護度が増す兄姉。
それだけ愛されていると考えれば、なんだか胸が温かくなりこそばゆくも感じる。
ただ『危なっかしい』と評されるのだけは解せないと思う であった。
島に少なからず関わりを持つセルボルトの兄姉を想い
はヤッファにさり気なくこう喋る。
「……そうか」
の兄が焼餅焼きにせよ、そうでないにせよ。
一人で十三分に厄介なのだ。
喚起の門で彼女を発見してしまった時点で己の不運は決定だったのだろう。
諦めよう。
物事を変えようにもこの閉鎖された島では何も変られない、変われない。
ヤッファは言葉少なく相槌を打ち
に倣って見慣れすぎた南国の満月を見上げた。
明日も同じ、だけど
によって波乱が起きる平凡な一日が過ぎるだろう。
こう考えながら。
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